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2019-01-17 (Thu)
関東平野の正月。北東の乾いた季節風が、首都圏上空を覆っていた様ざまな大気汚染物質を太平洋上に吹き飛ばし、見通しのよい場所に立つ人の網膜には、はるか彼方に延々と連なる、関東の山並が像を結びます。

前回記事では、昨年年1月7日(快晴の日)の午前11時過ぎに、さいたま市西端の荒川にかかる羽根倉橋から眺望・撮影することができた山々を、15枚のパノラマ写真として並べ、山名つきでご紹介しました。

今回記事から数回にわたって、その時に撮影した山々の一つ一つ(その中には日本百名山に列せられる高峰(たとえば写真1の白根山)から、こんな山もあったんだと思わせるような地味な山までが含まれます)を、望遠クロ―ズアップ写真で紹介してゆきます。

日光白根山~錫ケ岳 
写真1 日光白根山、錫ケ岳 (写真はクリックすると拡大します)

今回は、真北~北北西方向に見える、栃木県と群馬県の県境付近の山々の紹介です。

紹介にあたっては、単に写真を載せるだけでなく、私個人とその山とのかかわりについても触れたほか、山の標高、所属山系、成因、火山であれば活動歴などもネット情報を参考にしながら書き添える方針としました(特記のない場合は大部分ウィキペディアに依拠)。


目 次:
◆雄々しくそびえる男体山
◆東の大関、日光白根山
◆Skyに聳える皇海山(寒い!)
◆武尊山は剣ケ峰から奥は雲隠れ
◆山座同定のテクニック
◆次回予定:
◆引用文献:
◆ハッシュタグ:


雄々しくそびえる男体山

写真2は、羽根倉橋から、ほぼ真北方向にある女峰山~男体山のあたりを、焦点距離123mm(以降の写真もほぼ同様の焦点距離)の望遠レンズで撮ったものですが、パソコンで画像調整する前のものであるため、山の姿が大気中の浮遊物の影響でぼんやり霞んで見えます。

女峰山~男体山(画像調整前) 
写真2 女峰山~男体山(画像調整前)

そこで同じ写真を、前回記事同様、PhotoScapeというフリーソフトでコントラストを強調する一方で輝度を下げる調整をしたものが写真3です。

男体山~女峰山 
写真3 女峰山~男体山

ちょっと強引な処理ですし、仕上がりもザラザラしたものになりましたが、稜線を境に山の色と空の色がはっきりと区別でき、雪渓や山襞も識別できるようになります(以下の写真はすべて同様の画像調整後)。

写真3では、日光連山のうちの、以下の山々が識別できます。

左(西寄り)から右(東寄り)への順に、
1)男体山:2486mの火山;日本百名山の一つ。3万年前から7千年前までの間噴火を繰り返した成層火山(石崎ほか 2014)。
2)大真名子山:2376m;溶岩ドーム; 約90万年前以降.最新の噴火(三岳溶岩ドーム)は1万5000年前より新しい(西来ほか 2014)
3)小真名子山:2323m;第四紀の溶岩円頂丘
4)帝釈山:2455m(福島県境にある同名の山とは別)
5)女峰山:2483m;成層火山,溶岩ドーム;約50万年前~40万年前(西来ほか 2014)。日本二百名山の一つ。
6)赤薙山:標高2010m;火山。

写真3に写っている一連の山々は、火山学界では「男体・女峰火山群」と呼ばれています。

西来ほか(2014)によれば、男体-女峰火山群は約2万5000年前~7500年前に火山活動した成層火山とされます。

地質調査総合センター(2016)のデータベースでは、男体-女峰火山群は複成火山や溶岩ドームから成り、約90万年前以降火山活動があったと推定され、最新の噴火は 7,000年前(男体山)とされています。

この最新の研究成果を受けて、男体山は2017年6月に火山噴火予知連絡会によって、活火山と認定されています(吉川 2019b アクセス)。

男体山は、私個人(群馬県生まれ)にとっては、日光を訪れるときに正面から迎えてくれる山で、それ以上の思い入れはありませんが、栃木県民にとってはシンボル的な山の一つなのではないでしょうか。


東の大関、日光白根山

男体山より左(西寄り)にレンズを向けると、白根山(以下、日光白根山)と錫ケ岳が雪で輝いています(写真1)。

日光白根山~錫ケ岳 
写真1(再掲) 日光白根山、錫ケ岳

日光白根山(奥白根山)は、日光連山に属し、標高2578mと、東日本(関東・東北・北海道)最高峰の山で、日本百名山の一つとされています。

日光白根山は、西来ほか(2014)によれば、約2万年前以降から火山活動をしている活火山(溶岩流および小型楯状火山、溶岩ドーム)で、地質調査総合センター(2016)によれば、最新噴火は1890年です。

錫ケ岳(2338 m)は、西来ほか(2014)によれば、270~210万年前に活動した成層火山とされていますが、地質調査総合センター(2016)では、錫が岳は複成火山となっています。

群馬県の県境付近には東西に一つずつの白根山があり、互いに区別するために日光白根山草津白根山という別称があります。

どちらの白根山も山頂部や雪渓が雪で輝く2000m超級の活火山であり、それを眺める人々に畏敬の念をもたらす存在であり、私に言わせれば北関東の山の中で東西の大関と呼ばれても恥じないだけの威容を持ち合わせています(草津白根山については次回記事で取り上げます)。

私は、日光白根山の西の麓にあたる、群馬県片品村の教員住宅で生まれ、小学校1年までそこで過ごしましたので、当時、近くにある千明牧場(メイズイなどの競走馬を生産)を家族で訪問する機会も数度あり、その時に日光白根山の優美な姿を眺めた記憶が今でも残っています。


Skyに聳える皇海山(寒い!)

更に左(西寄り)にレンズを向けると、皇海山袈裟丸山が並んで空に聳えています(写真4)(親父ギャグは繰り返しません〔笑〕)。

皇海山、袈裟丸山 
写真4 皇海山、袈裟丸山

皇海山(2144m)は、足尾山地に属し、西来ほか(2014)によれば約160万~90万年前に活動した成層火山です。地質調査総合センター(2016)では複成火山としています。日本百名山の一つです。

袈裟丸山1961m)は日本三百名山。100万年前前後に活動した成層火山で、皇海火山と活動期が重複しています(西来ほか 2014)。

吉川(2019a アクセス)によれば、皇海山・袈裟丸山周辺の火山岩は、かつての火山が浸食されて山体の形を失い、一部分だけが残っているのことです。

皇海山は、私が学童期(小学2年から高校3年まで)を過ごした群馬県沼田市でも、見晴らしのよい場所からなら眺めることができ、その形から「とっちゃん帽子山」と愛称で呼んでいた記憶が私の頭の中に残っています(当時の成人男性の盛装用に着用した中折れ帽に似ていませんか?)。


武尊山は剣ケ峰から奥は雲隠れ

皇海山・袈裟丸山から更に左(西寄り)に望遠レンズを向けると、武尊山が白い輝きを見せています(写真5)。

武尊山 (前武尊) 
写真5 武尊山(前武尊のみ見えている)

武尊山は、前回記事のパノラマ写真では雲と手前の木立に遮られて見えていませんでしたが、同じ日、橋上の撮影位置をあちこち替えて撮影を繰り返した中で、なんとか写っていました(写真5)。

残念ながら武尊山の全形は雪雲に覆われて見えていませんが、向かって右手前に尾根をこちらに張り出している前武尊をなんとかとらえることができています。

前武尊の一つ奥のピークである剣ケ峰は、襲い掛かる雪雲の縁で見え隠れしています。

2017年1~2月に羽根倉橋から約3km上流側(運動公園北東隅付近)の左岸の土手の上で同様の撮影をした際(過去記事参照)には、武尊山がくっきりと全容をあらわしていました(こちらの写真参照)。

武尊山(2158m)は、越後山脈に属する日本百名山の一つです。西来ほか(2014)によれば、120万~100万年前に活動した成層火山(地質調査総合センター〔2016〕では複成火山)とされます。

私が小学生の頃遊び回った沼田公園(群馬県沼田市)からは武尊山がよく見え(こちらの過去記事および写真を参照)、前武尊・剣が峰などの稜線の凹凸は、当時の私に仰向けの人の顔を連想させました。

当時、私の家に下宿していた(というより、していただいていた)男子高校生が武尊山登山を敢行し、日本武尊(やまと たける)の剣をかたどったシンボルとのツーショット写真を見せてくれたことがあり、いずれ自分も登ってみたいという気持ちにさせられたものです。

その武尊登山は、私が大学入学から定年退職まで北海道で過ごしたため、実現しないままになっています。


山座同定のテクニック:
このシリーズ記事で採用している山座同定のテクニックについては、前回記事に詳しく紹介してありますのでご参照ください。


次回予定:
次回記事では、赤城山、榛名山という群馬の二大シンボル火山、そして草津白根山とそれらの間に見え隠れする上越国境の山々などを取り上げる予定です。


引用文献:

地質調査総合センター(2016):日 本 の 火 山. 
https://gbank.gsj.jp/volcano/index.htm
https://gbank.gsj.jp/volcano/Quat_Vol/volcano_list.html#E

石崎泰男・森田考美・岡村裕子・小池一馬・宮本亜里沙・及川輝樹 (2014):男体火山の最近 17,000 年間の噴火史. 火. 山, 59, 3, 185-206.
https://gbank.gsj.jp/volcano/Quat_Vol/volcano_data/E03.html

西来邦章,伊藤順一,上野龍之,内藤一樹,塚本 斉(@産業技術総合研究所 深部地質環境研究コア)(2014):第四紀噴火・貫入活動データベース:データ一覧.
https://gbank.gsj.jp/quatigneous/index_qvir_datalist.php

吉川敏之(2019a アクセス):栃木県の地球科学:第四紀の火山岩類.
https://finding-geo.info/Tochigi/Quat_volcano.html

吉川敏之(2019b  アクセス):栃木県の地球科学:男体火山の地質.
https://finding-geo.info/Tochigi/Nantai_Volcano.html

ウィキペディア:(各山についての一般的な知識について参照した)。
https://ja.wikipedia.org


ハッシュタグ:
#羽根倉橋から見える山 #さいたま市から見える山 #荒川から見える山 #埼玉県から見える山 #関東の山々 #関東の山並 #栃木県の山 #日本百名山


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2019-01-11 (Fri)
関東平野の正月は、晴れの日が多いとはいえ、北東の乾いた季節風が体感気温を下げ、人々は着ている防寒着をぐっと引き締めて、前かがみで歩を進めます。

この強い風は、首都圏上空を覆っていた様ざまな大気汚染物質を太平洋上に吹き飛ばし、夏場にはなかなか見られない比較的澄んだ空気を、そこに住む人々や生き物にもたらします。

こんなとき、市街地をはずれた小高い土手などの見通しのよい場所に立つと、はるか遠くに延々と連なる、関東の山並を見ることができます。


目 次
◆いざ、羽根倉橋へ
◆富士山は雪化粧
◆関東の山並を連続パノラマに
◆日光連山が浮かび上がる
◆故郷、沼田盆地を囲む山々
◆見えました!榛名山
◆西の大関、白根山(草津白根山)も輝く
◆武甲山の隣に、なんと両神山
◆新春の日差しを浴びる富士山
◆東京都内のランドマークタワー
◆筑波山が見えた!
◆山座同定のテクニック
◆Googleの航空写真モードマップを補助的に利用
◆地図ナビゲーターソフト「カシミール3D」の試用
◆ハッシュタグ
◆次回予告


いざ、羽根倉橋へ

その山々をできるだけ多くカメラに収めようと、正月休みも終わりになろうかという時期(昨年1月7日)の快晴の日の午前11時、さいたま市西端の荒川にかかる羽根倉橋(写真1)にでかけました。


羽倉橋のたもとからの富士山 
写真1 羽根倉橋のたもとからの富士山 (写真はクリックで拡大します)

端のたもとに立つと、対岸(志木市)のはるかその先に霊峰富士山がどっしりと構えています。


富士山は雪化粧

写真2は橋の上から望遠レンズで写した富士山の写真を、PhotoScapeというフリーソフトでコントラストおよび輝度の調整をしたものです。

羽倉橋からの富士山 
写真2 羽根倉橋からの富士山

これにより、全身に雪をまとい、悠然と構える富士山の姿が露わになります。


関東の山並を連続パノラマに

今回(昨年正月)の「一人撮影会」には、一つの目論見がありました。

それは、一昨年の2月に、荒川の約3km上流側(運動公園北東隅付近)の左岸の土手の上で、同様の撮影をした際(過去記事参照)に、群馬県の平野北端に並び立つ二大火山のうちの赤城山は見えたのに、榛名山が手前の木立の蔭に隠れて見ることができなかったことへのリベンジです。

つまり、邪魔になった木立から南へ大きく離れ、標高も土手の上よりも標高の高い羽根倉橋の上からなら、榛名山が見えるのではないかという淡い期待です。

結論からいえば、この目論見が当たっていただけでなく、あまり期待していなかった筑波山までも見えて、寒風の中での撮影の辛さを吹き飛ばして余りある満足を得ることができました。

以下、それらを含め、北の山から順に、上空から見て反時計回りに西、南へと方向をずらしながら撮影した、関東の山々のパノラマ写真をご覧いただきます。

写真3は、羽根倉橋から、北~北北西方向を焦点距離55mm(写真17まで同様)で写したもので、パノラマ写真のその1に相当しますが、どこに山があるかちょっと分かりにくいです。

女峰山~袈裟丸山、コントラスト未調整 
写真3 北~北北西方向:女峰山~男体山~白根山~皇海山~袈裟丸山、コントラスト未調整

  • そこで、今回の一連のパノラマ写真もPhotoScapeでコントラストを最大にし、明度を下げたものを掲げます。


日光連山が浮かび上がる

写真4は、写真3をそのように調整した上で、私が山の名を書き込んだものです。

女峰山~袈裟丸山、山名入り 
写真4 北~北北西方向:女峰山~男体山~白根山~皇海山~袈裟丸山

いずれも栃木県日光方面の標高2500m前後の山々で、中でも最高峰白根山(日光白根山)はその名に恥じず、尖った山容を雪で化粧しています。

※ いずれの写真も、写真をクリックし、さらに虫メガネマークをクリックして拡大すると、くっきりとした山の姿を見ることができます。


故郷、沼田盆地を囲む山々

下の写真5は群馬県東部方面(北北西方向)です。

皇海山~子持山、山名入り 
写真5 北北西方向:皇海山~赤城山~子持山

私が小学校2年生から高校3年生までの成長期を過ごした、沼田盆地を取り囲んでいる山々(赤城山、子持山)の南面が写っています。

残念ながら、そのうちの一つである武尊山は雲を被っているのと、手前の木立に遮られて、この写真では見えていません。

※武尊山は、この日、別の角度から撮影できていますので、次回記事に掲げることにします。

赤城山と子持山の間には谷川岳連山が見えるはずですが、雪雲に隠れていて見えません。


見えました!榛名山

下の写真6(北北西方向~北西方向)には、私の今回の撮影の主目的であった榛名山が写っています。

赤城山~榛名山、山名入り 
写真6 北北西方向~北西方向:赤城山~小野子山~榛名山

私の育った沼田盆地からは榛名山は見えませんので、赤城山の肩を持ちがちな私ですが、榛名山が予想以上にスケールが大きく、赤城山に引けを取らない火山群であることに気付かされました。

※榛名山を構成する個性的なそれぞれの山を特定した、望遠クローズアップ写真は次回記事で掲載する予定です。

赤城山と榛名山の間には、東から順に子持山と小野子山という二つの1200m級の小火山が並んでいます。

小野子山と榛名山の間には、2000m級の上ノ倉山、上の間山が白い顔をのぞかせています(次回記事も参照)。


西の大関、白根山(草津白根山)も輝く

北西方向をカバーする下の写真7には、榛名山と浅間山(2568m)の間に2000m級の白根山(草津白根山)、本白根山、2300m級の四阿山の白い峰々が、手前の鼻曲山、浅間隠山ほかの1500~1700m級の山並の向こうに、聳えています。

小野子山~浅間山、山名入り 
写真7 北西方向:小野子山~榛名山~白根山~四阿山~浅間山

日光白根山を、その位置取りから群馬の山並の東の大関とすれば、草津白根山は西の大関にあたるといえるでしょう。

※白根山、本白根山、四阿山の望遠クローズアップ写真も次回記事で取り上げる予定です。

下の写真8(西北西~北西方向)には、四阿山、浅間山から埼玉県の笠山、堂平山までの山並が収まっています。

四阿山~堂平山、山名入り 
写真8 西北西~北西方向:四阿山~浅間山~堂平山

埼玉県から連なる低めの山々の連なりが北西端で途絶える少し前に、その後方に聳え立つ、群馬・長野県境の最高峰 浅間山は、すり鉢を伏せたような独特の山容から、特に雪をかぶった冬季には遠方からでも識別は容易です。

小川町の笠山は、ネット検索によると乳房山という別名があり、ドライブなどでこの山が車窓に見えると、ついつい別名が先に思い浮かんでしまいます。


武甲山の隣に、なんと両神山

下の写真9(西北西方向)には、更に武甲山ほかの秩父山地の山々が連なっています。

東御荷鉾山~大持山、山名入り 
写真9 西北西方向:東御荷鉾山~堂平山~武甲山~大持山

武甲山の右には、なんと両神山の幅広のゴツゴツした山頂が覗いています。

両神山は、羽根倉橋の約3km上流側(運動公園付近)で撮影した際(過去記事)には、前景の山に隠れていたため、私はその存在に気づいていませんでしたので、今回の撮影での私へのサプライズ・プレゼントとなりました。

※次回記事では、この両神山についても、望遠レンズでクローズアップしたものを掲げようと思います。

武甲山から更に西に目を移すと(西~西北西方向)、2000m級の雲取山、1700m級の鷹ノ巣山が手前の山地(1400m級)の背後に顔をのぞかせています(写真10)。

両神山~鷹ノ巣山、山名入り 
写真10 西~西北西方向:両神山~武甲山~雲取山~鷹ノ巣山

真西方向にカメラレンズをスライドさせると、大菩薩嶺(2057m)とその手前の山々(御前山〔1405m〕、大岳山〔1266m〕)、が見えてきます(写真11)。

雲取山~大菩薩嶺~大岳山 
写真11 西方向:雲取山~大菩薩嶺~大岳山

少し南(西南西~西方向)にレンズを向けると、なだらかな低山地越しに権現山(1312m)の頂きが見えます(写真12)。

大菩薩嶺~権現山 
写真12 西南西~西方向:大菩薩嶺~権現山


新春の日差しを浴びる富士山

そして、南西~西南西方向にカメラが向くと、とうとう富士山が現れました(写真13)。

権現山~富士山~大室山 
写真13 南西~西南西方向:権現山~富士山~大室山

今回の記事の冒頭の写真1,2と同じ角度 羽根倉橋の対岸(志木市)への延長方向です。

手前の山々が低く(生藤山も標高990m)、そしてなだらかなため、富士山は裾野の先近くまでよく見えています。

カメラが南西方向を向くと、富士山の真東に位置する、標高1500m級の丹沢山塊がずっしりと構えています(写真14)。

富士山~丹沢山~三ノ塔 
写真14 南西方向:富士山~丹沢山~三ノ塔

更に、南南西~南西方向を眺めると、丹沢山塊で南東方向に半独立して構える大山(1252m)の姿を最後に、関東の山並は途絶えます(写真15)。

蛭ケ岳~丹沢山~三ノ塔~大山 
写真15 南南西~南西方向:蛭ケ岳~丹沢山~三ノ塔~大山

手前のビルや木立に隠されていますが、大山の南麓は平塚市や周辺市を含む平野部に隣接していて、その先は相模湾となります。

以上で、関東の山々の連続的なパノラマ写真は完結しました。

とはいえ、谷川岳付近の全貌や栃木県北部の山々(高原山など)は、天候(前者)や手前の建造物等の陰になる(後者)のため確認できていませんので、今後機会があったら新たな撮影場所の開拓を含めてチャレンジしたいと思います。


東京都内のランドマークタワー

カメラレンズを大きくスライドさせて南東~南南東方向に向けると、荒川の右岸(西岸)のはるか彼方に東京都心の高層ビル群が見えます(写真16)。

東京都心方面(ドコモ代々木ビル等) 
写真16 南東~南南東方向:東京都心方面(ドコモ代々木ビル等)

手前の鉄塔が被っていますが、ニューヨークのエンパイアステートビルによく似た形のビルが見えています。

ネット検索により、それはNTTドコモ代々木ビル(高さ239m)であることがわかりましたた。

更にカメラレンズを東にスライドさせると(南東方向)、一目でそれとわかる、東京スカイツリー(高さ634m)がポツンと立っています(写真17)。

東京23区東部方面(東京スカイツリー等) 
写真17 南東方向:東京23区東部方面(東京スカイツリー等)

※これら二つのランドマークタワーの望遠写真は次回記事にアップします。


筑波山が見えた!

東京方面(南東方向)からカメラを大きくスライドさせて、北東方向にレンズを向けると、過去記事にとりあげた撮影の際には確認できなかった筑波山がビルの隙間から顔を出していました(写真18)。

さいたま新都心方面(筑波山等) 
写真18 北東方向:さいたま新都心方面(筑波山等)

丁度、羽根倉橋の上から、さいたま市方向へ振り返った国道の延長方向(新都心方面)に、筑波山が控えていることになります。

つまり羽根倉橋は、富士山と筑波山を結んだ直線上に(正確には、その直線に近く、かつほぼ平行な位置に)架けるられているということになります。

※筑波山の望遠写真も次回記事に掲載します。


山座同定のテクニック

私が採用した山座同定のテクニックは、こちらの過去記事に作業用地図(下に再掲)と、その時に参考にしたサイトのリストを添えて説明しています。

さいたま市の荒川堤防から見える山を特定するための方位線 
図1.さいたま市の荒川堤防から見える山を特定するための方位線(電子国土地図[3枚貼り合わせ]に方位線を上書きして作成)(過去記事から再掲)

今回撮影した山々の大部分はこの過去記事と重複しますので、それらの山名は過去記事から転記しています。


Googleの航空写真モードマップを補助的に利用

山座同定の補助として、Googleマップの航空写真モード(3D表示)を、前回も今回も活用しました。

すなわち、Googleマップで当該山域を開き、マウス操作により、個々の山のおおよその視認方位、距離、高度を調整しながら、慎重に確定する方法です。

今回、とくに榛名山、(草津)白根山、筑波山、東京のランドマークタワー2棟は今回初撮影ですので、Googleマップの航空写真モードで慎重にチェックしました。

これとは別に、当該の山・ランドマークをほぼ同一方向から撮影したインターネット上の画像なども参考にしました。


地図ナビゲーターソフト「カシミール3D」の試用

山座同定をする定番ソフトとして、フリーソフトの「カシミール3D」と有料の地形データ(山旅クラブ・地図サービス)(こちら)を使う手があります。

私も、今回そのソフトを短時間ながら試用してみて、展望・撮影の現在位置の固定、数々の撮影条件のきめ細かい設定、見えている山名表示など、いくつかのメリットを体験できました。

今後、本格的に山座同定を行う機会が増えるようであれば、カシミール3D(+有料地形データ)等の専用ソフトのユーザーになることも選択肢に入るでしょう。

Googleマップの航空写真モードも、操作しやすさ、地形以外の情報(建造物、道路、樹林や岩肌の区別など)の表示、それに完全フリー(無料)というメリットがあり、撮影方向や撮影高度を誤らないように注意するならば、十分使える(今のところ間に合っている)というのが、現時点での私の感想です。

※ なお、今回記事および過去記事中の山名について、何かお気づきの方がおられましたら、コメント欄等でご指摘いただければ幸いです。


ハッシュタグ:
#羽根倉橋から見える山 #さいたま市から見える山 #荒川から見える山 #埼玉県から見える山 #関東の山々 #関東の山並 

次回予告:
次回記事では、今回のパノラマ写真の中の山々のうち、「これは」というものを取り上げて、望遠クローズアップ写真とともに、撮影者(私)の感想を並べたいと思います。


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2019-01-05 (Sat)
謹賀新年
2019年 元旦

2019年年賀メッセージ 

(※画像はクリックで拡大します。)


Left: Nannophya pygmaea Rambur,1842
Right: Aeshna mixta soneharai Asahina, 1988


トリビア:
マダラヤンマ亜種小名 soneharai は私の妻(イノシシのイラスト提供者)の父、曽根原今人にちなんだものです。



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2018-12-26 (Wed)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに21編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第22報の今回は、この日4番目(最後)の訪問地と、そこに行く途中の昼食休憩地で観察した、トンボ以外の昆虫たちを取り上げます。


目 次
◆エンマコオロギ
◆トノサマバッタ
◆カシワスカシバ 
◆オオカマキリ
◆次回記事予告
◆謝辞
◆引用文献


エンマコオロギ

まずは、4番目の訪問地で撮影した、エンマコオロギ Teleogryllus emmaです(写真1)。

エンマコオロギ♀ 
写真1 エンマコオロギ Teleogryllus emma ♀ (写真はクリックで拡大します)

前回記事のマユタテアカネを撮影した直後に、道端のちょっとした斜面をチョコチョコ歩くコオロギを発見しました。

私のカメラの接近に気づいたのか、枯れ草の隙間にしがみついて、少なくとも8秒間そのまま動かないでいました。

※ 同じコオロギ科に属するマダラスズについては、私も共著者の一人として論文(Masaki et al. 2017)を発表したことがあり、当ブログでも数回過去記事に登場していますが、和名にコオロギとつくものは今回が初登場となりました。

数枚写真を撮った後、渓流畔に下りて、ヤゴを漁る飯田さんの姿にレンズを向けたのを皮切りに、飯田さん採集のヤゴの観察・撮影に専念しました(こちらの過去記事参照)。

帰宅後、ネットでの画像や解説を参考にし、写真1の個体をエンマコオロギの♀と同定しました。

※ 同定の参考にした主なサイト:
 昆虫エクスプローラ
:コオロギ・マツムシ図鑑
(11種類)
 http://www.insects.jp/konbuntykkoor.htm


トノサマバッタ

この日、第三の訪問地から第四の訪問地に車で移動の途中、飯田さんらに山村の風景に溶け込んだ蕎麦屋に案内され、こだわりの味の一膳を3人の仲間と一緒にしばし味わいました。

食後の麦茶をすすったあと店を出て、駐車した場所に戻る途中、同行の高橋賢悟さんが何かを見付けて立ち止まりました。

そして「跳ねないで~」といいながらカメラを向けています。

それは、舗装された路上にたたずむ、やや大き目のバッタでした(写真2)。

トノサマバッタ 
写真2 トノサマバッタ Locusta migratoria

「トノサマバッタですね~」と飯田さん。

帰宅後、ネットでの画像や解説を参考にして検討した結果、やはりトノサマバッタ Locusta migratoriaであることがわかりました。

※ バッタといえば、私が大学教員をしていた時に、卒業研究でバッタ類(バッタ目[直翅目])の生態をテーマにしたいという学生がいて、調査方法や調査地の設定、標本の同定、データの分析方法などを私が指導したことがありました(山本・生方 2009)。ただし、そのデータにはトノサマバッタは含まれていません。

※ 写真2の個体の同定で参考にした主なサイト:
昆虫エクスプローラ:バッタ図鑑|トノサマバッタ亜科(9種類)
http://www.insects.jp/konbuntykbatta.htm

※ トノサマバッタ♂♀判別の参考サイト:
The Australian Government Department of Agriculture and Water Resources: About locusts.
http://www.agriculture.gov.au/pests-diseases-weeds/locusts/about/about_locusts


カシワスカシバ 

バッタの写真を撮っていると、同行の山本桂子さんから「ほらほら、これ見てー!」と声がかかりました。

振り返ると、道端の草の葉にスズメバチそっくりな虫(写真3)がとまっています。

カシワスカシバ♀ 
カシワスカシバ Scasiba rhynchioides

ほんとうにスズメバチによく似ています。

スズメバチと区別つかないように見えたのは最初だけで、近くでよく見ると、頭部・胸部がふさふさとした毛で覆われています。

私もその場で、蛾の仲間にスズメバチに擬態するのがいるという豆知識のはいった記憶の抽斗(ひきだし)が開きました。

「スズメバチそっくりだけれど、蛾の仲間でしょ、これ?」、と私。

「スカシバの1種ですね。」と飯田さん。

※ さすがに、昆虫観察者にポイントを押さえた観方をされたのでは、擬態者の化けの皮がはがれるというものです。

それでも、蛾類をメニューに加えている、鳥などの天敵の眼を欺くには十分でしょう。

循環論法になりますが、それだからこそこのような目立つ色彩をしながらも、敵だらけの生態系の中で生き長らえているというものでしょう。

探虫団が取り囲んだのを察知したのか、この虫は飛び立ち、路面に下りて、車道の車の下に入り込みました。

飯田さんは路面に腹ばいになって、車の下のこの虫をレンズで追いかけています(さすがセミプロ!)。

まもなくすると、飛び立ち、道端の丸太の断面にとまりました(写真3)。

これも、帰宅後、ネットでの画像や解説を参考にし、カシワスカシバ Scasiba rhynchioides の♀と同定しました。

※ 同定の参考にした主なサイト:
みんなで作る日本産蛾類図鑑:49.スカシバガ科 スカシバガ亜科 成虫縮小画像一覧
http://www.jpmoth.org/Sesiidae/Sesiinae/F0000Thumb.html


オオカマキリ

このスカシバの観察を終えて車に乗り込もうとする私達に、「僕もいるんだけど~」とつぶやいているかのように視線を送る昆虫がいました。

カマキリです。

オオカマキリ♂ 
オオカマキリ Tenodera sinensis 

「僕もいるんだけど~」は、「日本むしむし話」風の表現。

より生物学的に意味のある比喩に置き換えるなら、「僕に手をだすんじゃないだろうな?そしたら、ただじゃおかないぞ」とつぶやくかのような眼でこちらを睨んでる、といったところでしょう。

「何もしないよ~」となだめながら、カメラのオートフォーカスを合わせる私。

さて、カマキリといっても何種類もいます。

何カマキリでしょう?

写真を何枚か撮っておけば帰宅後のネット検索で種名はわかるだろうと、高を括っていたのですが、このカマキリの同定には、思いのほか難儀しました。

その概形からオオカマキリ Tenodera sinensis チョウセンカマキリ Tenodera angustipennis のいずれか、というところまでは割合早くわかったのですが(下記参考サイトA)、その後が微妙です。

胴体を手でつかんで持ち上げて、腹側を写しておけば、脚の基部の色から両種の区別は簡単につくことを知ったのですが、それは後の祭り。

そこでネット検索でヒットした、カマキリとチョウセンカマキリの見分け方(下記参考サイトB,C)を参考にして検討した結果、どうやらオオカマキリらしいという結論となりました。

前頭部中央濃色ラインは細く一様で、チョウセンカマキリのように中央部で太くなく、両側の濃色ラインに匹敵するほどでもない(下記参考サイトB)、というオオカマキリの特徴にほぼ一致しました。

また、頭楯・上唇中央の淡色ラインは広く、チョウセンカマキリのように頭楯部分で細くはならないという点(下記参考サイトB)、でもオオカマキリの特徴にほぼ一致しました。

「胸部」(前胸)の長さの、「胴部」(中胸以降、腹端と翅端の長い方)の長さに対する比率の平均は、♂の場合、オオカマキリで0.41、チョウセンカマキリで0.51なのだそうです(下記参考サイトC)。

今回撮影したカマキリでは、0.43と、オオカマキリに近い値となりました。

ただし、「胸部」(前胸)の前方が少し持ち上がっているために、上方から撮影したこの写真では、「胸部」(前胸)が相対的に短く写っている可能性が高く、実際の比率はもう少し高いかもしれません。

※ 同定の参考にした主なサイト(A)
昆虫エクスプローラ:カマキリ目(蟷螂目)[カマキリ図鑑](7種類)
http://www.insects.jp/konbunkama.htm

※ オオカマキリ vs. チョウセンカマキリの比較検討の参考サイト(B):
蝶鳥ウォッチング:類似☆ オオカマキリ × チョウセンカマキリ 比較図Ⅰver.1.1 
https://yoda1.exblog.jp/14108584/

※ オオカマキリ vs. チョウセンカマキリの比較検討の参考サイト(C):
蝶鳥ウォッチング:類似2☆ オオカマキリ×チョウセンカマキリ Ⅱ Ver.1.1
https://yoda1.exblog.jp/18729016/


次回記事予告

以上で、四国トンボ巡礼の現場での観察記録はすべて報告し終えました。

次回記事では、この四国トンボ巡礼中に観察された昆虫やクモのうち、擬態している種(カシワスカシバ、アカスジキンカメムシ、ヤマトシリアゲ、トリノフンダマシ)に再登場してもらい、擬態とは何かについて簡単にまとめてみたいと思います。


謝 辞

現地に案内して下さった飯田貢さん、楽しい昆虫観察を共有させて下さった山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

Sinzo Masaki, Masayuki Soma, Hidenori Ubukata, Haruo Katakura, Rie Ichihashi, Zhuqing He, Nobuaki Ichijo, Norio Kobayashi & Makio Takeda,(2017)Ground crickets singing in volcanic warm “islets” in snowy winter: Their seasonal life cycles, photoperiodic responses and origin.
Entomological Science, 19(4), 416-431.

山本冬人・生方秀紀(2009)釧路湿原周辺部における直翅目昆虫10種の環境選好性. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第41号: 97-104.
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/1133/1/kusiroron-41-08.pdf


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2018-12-22 (Sat)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集した、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889) など3種のトンボ幼虫を観察・撮影(静止画&動画)することができました(直前の3回の記事参照)。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに20編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

目 次
 ◆マユタテアカネ!
 ◆なんと、腹部背面に大きな穴が
 ◆穴が開いた原因は?
 ◆昆虫の体腔と血リンパ(文献から)
 ◆今回のケース
 ◆不幸中の幸い?
 ◆次回記事予告
 ◆謝 辞
 ◆引用文献


マユタテアカネ!

実は、この訪問地で見たトンボはもう1種ありました。

それはマユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) (1頭の♀)です(写真1)。

マユタテアカネ♀ 
写真1 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀(写真はクリックで拡大します)

飯田さんが3種のヤゴを採集した渓流をまたぐ、小さな橋のたもとに近い林道脇の草の葉にとまっていました。


なんと、腹部背面に大きな穴が

撮影していた時点では気が付きませんでしたが、帰宅後パソコン画面で撮影画像を見たところ、腹端近くの背面に大きな穴が開いていることに気づきました。

下の写真2は、別の植物の葉にとまり替えた同じ個体を、反対方向(右側面)から写したものです

マユタテアカネ♀ 
写真2 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀ (同一個体)

右側方から見た方が、その穴はより大きく見えます。

写真2の、該当部分をトリミングして拡大して見ました(写真3)。

マユタテアカネ♀腹端部拡大(傷痕) 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum 腹部の負傷部分 (写真2の部分拡大)

腹部第7節の背面中央から右側面にわたって、外骨格(外皮)が大きくえぐられたように欠損しています。

更に拡大して見てみると、腹部背板の右側面の表面(クチクラの外面)の模様(体軸に沿った黒条)が、体の内部に押し込まれているように見えます。


穴が開いた原因は?

この見立てが正しいと仮定すると、体の外部から小さな鈍頭の硬い物が強い力で押し当てられ、外骨格が破断しながら体内に押し込まれたと考えられます。

おそらく、なんらかの肉食性節足動物がこのトンボの腹部につかみかかり、この部分に噛みついたときの傷であろうと思われます。

そのまま噛みつかれるに任せていたら、命を落としていたに違いなかろう、だからそうではなく、このトンボは敵を振り落として舞い上がり、逃げおおせることができたのだろうと、筆者の想像は膨らみます。

さて、身体にこんなに大きな穴が開いているのに、そのまま生きて活動を続けられるのか、という疑問がここで生じます。


昆虫の体腔と血リンパ(文献から)

昆虫を含む節足動物は開放血管系であり、外骨格*で覆われた体の内部の空洞部(体腔)は血リンパhaemolymphと呼ばれる体液で満たされています。

(*外骨格についてはこちらの過去記事[図入りで解説]を参照ください。)

この血リンパが、体の背面直下中央に体軸に沿ってほぼ全身を貫く背動脈拝借画像1参照)の中を往路(体後方の腹端部から前方の頭部内側に向って)のみ強制的に流動させられ、復路は体腔という大きなトンネル内を、ゆっくりと漂いながら後方に進むことで循環します。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像1 昆虫の構造モデル(成虫)前々回記事から再掲):7. 背動脈 (図では、 赤く太い管状)Wikipedia日本語版も参照)
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons

この血リンパには、血球のほかに、栄養分、酸素、ホルモン、生体防御分子などの、生きていく上で重要な成分と老廃物が含まれています(岩花 1982、相沢ほか ‎2012)。

この大切な血リンパを満たしている体腔を覆う外骨格が大きく破れるということは、人間でいえば太い静脈、リンパ管が破れて外気に触れ、外部からそこへ病原体や異物、小昆虫などが侵入したり、低血圧や運動障害を起こすなどして、その昆虫を手当てなしには死に至らせてしまいかねない状況に置くことになるでしょう。

昆虫の外骨格の小規模な傷に対しては、昆虫外骨格内の免疫応答として、抗菌性物質の蓄積やメラニン合成による傷口の修復などがある(朝野 2015)とされます。

外骨格にできた傷を観察すると、メラニン合成に伴って傷害部位が黒色化し、かさぶた様の黒色物質が形成されているようにみえる(朝野 2015)とのことです。

これにより、水分の蒸発を防ぐとともに、病原の影響をふせぐことができると考えられています(朝野 2015)。

外骨格の傷が深く、表皮を突き抜けるような場合は、血液由来の成分や血球によって傷口をふさぐと思われる(朝野 2015、Sun et al. 2006)とのことです。


今回のケース

今回のマユタテアカネのケースは上記の中の傷が深いケースに該当するといえます。

外骨格が大きく損傷を受けた直後は、血リンパの一部が流出したり、水分が蒸発するなどもしたでしょうが、血液由来の成分や血球などが空気に触れる部分を糊のように固める修復に活躍し、それ以上の血リンパの喪失や外部からの病原体や異物の侵入を抑制したかもしれません。

だからこそ、今回の写真のように、生き続け、正常に飛翔や静止を行えているのでしょう。

とはいえ、このトンボは腹部背面がえぐれていますから、背動脈も切断され、腹部第7節以降の腹節では血リンパの循環も失われ、栄養分の供給も途絶えることになります。

そのため、摂食や逃避はともかく、交尾や産卵は難しいのではないかと思われます。

なぜなら、交尾や産卵にかかわる内部生殖器への、そして腹端近くの腹節の筋肉への栄養供給の悪化や、その筋肉を支持する外骨格の損傷が生じているはずだからです。


不幸中の幸い?

翅の汚れの状態などから、撮影した時点でこの個体は、羽化後の日数はかなり経過し、生殖年齢にも達していたと想像されます。

この大きな傷を負う前に、いくらかでも子供を残していたのであれば、ここまで生きてきたトンボ成虫個体のミッションを、少なくとも一部は果たしたことになります。

トンボの世界では、成虫になる前に9割以上の個体が命を失うのが普通です。

羽化中や羽化した後でも天敵に襲われたり、風雨その他の影響による事故で次から次へと死んでいきます。

このようなことを考えると、ここまで行きながらえた今回のこの個体は、「怪我で済んだ」アンラッキーの中のラッキーな個体と見るべきかもしれません。


次回記事予告

以上で、昨年9月から10月にかけての2日間の四国トンボ探訪で見られた、全てのトンボについての紹介を終えました。

この探訪の2日目、第4の訪問地およびそこへ移動する途中では、トンボ以外にも、コオロギ、ハチに擬態した蛾、バッタ、カマキリにも出会い、それぞれ楽しい気分で撮影しました。

次回記事では、種名も添えてそれらを報告する予定です。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

相沢智康、出村誠、河野敬一(2012) 鱗翅目昆虫で働く生体防御タンパク質の構造生物学, 蚕糸・昆虫バイオテック, 81, 115-123 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/81/2/81_2_115/_pdf/-char/ja

朝野 維起 2015 年.昆虫外骨格による生体防御.  蚕糸・昆虫バイオテック 84(3), 181-194
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/84/3/84_3_181/_article/-char/ja/

岩花 秀典 1982 年  昆虫の病原微生物に対する防御反応
化学と生物 20 巻 9 号 p. 580-588
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/20/9/20_9_580/_pdf/-char/ja

Sun et al. 2006;朝野(2015)から間接引用。 


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