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2018-07-16 (Mon)
今年6月上旬に月井栄三郎さんのご案内のもと栃木県の小湿地で観察したハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、5回目の今回は交尾行動をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

今回の観察地の特徴、ハッチョウトンボ♂が なわばりを構える場所の要点については、過去記事(こちらこちら)を参照ください。

なわばり内にとまって監視している、本種の成熟♂の視野に成熟♀が現れると、♂はその♀に接近し、交尾態(リング)を形成して、なわばり内の草にとまります(写真1)。

ハッチョウトンボの交尾 

写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 交尾。(写真はクリックで拡大します)


観察初日の朝8時過ぎからこの小湿地でハッチョウトンボの観察を開始し、羽化直後個体や成熟途上から完全成熟までの単独静止個体の撮影を一通り終えた、午前10時18分のことでした。


月井さんに「ほら、交尾してますよ」と指し示されて、あわててカメラを向けたのが、私にとっての本種交尾の初撮影となりました。


その後も視野を広くとりながら観察を続けたところ、交尾態のリングで草にとまるところや、ぶら下がって交尾を続けている状態を、次々とカメラに収めることができました。

その中で、1回だけですが、交尾態形成のプロセスの一部始終を目撃することもできました。

すなわち、なわばりを占有していた単独♂が、単独♀を視野に認めて、即座に飛びかかり、瞬時に交尾態を形成して、近くの草にとまるところまでのシーンを、連続的に私の脳裏に焼き付けました。

動画として撮影できなかったのが悔やまれますが、撮影初心者の私にそれを望むのは無理というものです。

それはそれとして、10時18分の交尾の後にも、私たちがこの生息地での観察・撮影を切り上げた11時18分までに、私は全部で10件の交尾態(それぞれ別カップル)を発見し、撮影することができました(ベテランの月井さんはもっと多く確認されたことでしょう)。

気付いた交尾カップルは漏らさず撮影しましたので、全ての交尾イベントの初撮時刻をデータとして残しておくことにします(以下の通り)。

10時18分、10時22分、10時24分、10時27分、10時39分、10時42分、10時44分、10時46分、11時02分(2件)、11時08分。

以下、撮影した交尾写真から4,5点をピックアップして、ハッチョウトンボの交尾行動の特徴を見ていきます。

写真2は、写真1とは別カップルの交尾です(10時39分)。

ハッチョウトンボの交尾

写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 交尾。 (別カップル)


写真2の♂は6本の脚で踏ん張って、自分と同じくらいの体重の♀を腹端と腹基部の2箇所で吊り上げた自分の腹部を、しっかりと持ちあげています。


♀も、ただ身を任せるのではなく、自分の脚で♂の腹部を抱えるようにして、自分の体重を支える位置を分散しています。


写真3は、また別のカップルの交尾です(10時57分)。


ハッチョウトンボの交尾 

写真3 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 交尾。 (別カップル)


写真3を掲げたのは、交尾行動というより、♂の体色で「おやっ」と思ったからです。


腹部背面の色が茶色から赤に変わる途中で、腹基部近くには淡色の横縞が明瞭に残っています(完熟では消える)。


ただし、複眼は真っ赤で、完熟個体と変わりありません。

(本種♂・♀の成熟に伴う体色変化については、こちらの過去記事で写真つきでスケッチしています)。


というわけで、写真3の♂はかなり早熟(?)な個体であると言えます。

もしかすると、ドンファンになる資質を持っているかもしれません(笑)。


写真4は、更に別のカップルの交尾です(11時02分)。


ハッチョウトンボの交尾 

写真4 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 交尾。 (別カップル)


写真4の♂は、全身真っ赤で、成熟度は十分です。


この写真を掲げた理由は、♀が植物の葉の上に体重を乗せかける位置に、このカップルがとまっているという、ちょっと例外感のあるシーンだからです。


この態勢であれば、♂は頑張って♀の体を自分の腹部で吊り上げる必要が薄れ、エネルギー的にはお徳ということになります。


であれば、他のカップルもこのような、小さな低木の水平の葉の上にとまればよさそうなものです。

しかし、実際のところ、写真1~3のような、ぶら下がるとまり方が大勢を占めています。


実際、写真4のカップルも、3分後には、同じ低木のすぐ隣の枝先のほぼ鉛直に垂れた枯葉にとまりかえました(写真5)。


ハッチョウトンボの交尾 

写真5 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 交尾。 (写真4と同一カップル)


今度は♀はぶら下がり、♂は多少なりとも♀をリフトしています。


なぜ、♀がぶら下がりになるように、とまりかえたのか?


それは♂の副交尾器のうちのペニスの抜き差しの動き(これは精子置換に必要)が、写真4のような態勢ではやりにくいからではないかと私は考えます。


というのも、♀がぶら下がった状態であれば、♂の上述の動きは、いつでも同じ程度の力加減で行うことができると思われるのに対し、写真4のように、いわば「ベッド」の上で♂の上述の動きをしようとした場合、「ベッド」たる葉の弾性や振り子運動の特性などの(1枚1枚の葉の間の)微妙な違いに対応しなければならなくなると考えられるからです。


これは考え過ぎかもしれません。


しかし、3億年のトンボの進化の歴史の中で、気の遠くなるような数のモデルチェンジ(進化)を繰り返して現在のトンボの行動があるわけですから、私の考え過ぎどころか、もっとすごい(私の想像が及ばない)適応があっても不思議ではありません。


このカップルの交尾は、途中とまり替えもありましたが、11時02分02秒から11時05分13秒まで、3分11秒間続きました。


この日、最後に撮影したハッチョウトンボの交尾(11時08分)が、実は写真1です(下に再掲します)。


ハッチョウトンボの交尾 

写真1(再掲) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 交尾。


写真1の♂も、6本の脚でしっかり2頭分の体重を支えています。

♀の6本の脚も信頼しきったかのように、♂の腹部にからみついています。


♂の腹基部には部分的に淡色(黄色)部が残り、これから更に男盛りになっていくことを予想させます。


このように、仲睦まじく子づくりに励んだ後には、産卵とそのエスコート(産卵警護)が、同じ なわばり内で行われることになります。


次回記事では、ハッチョウトンボのこの産卵行動と♂による産卵警護行動を取り上げます。


お楽しみに。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。



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目次
1 序章  幼虫や成虫の形態名称,生態学の用語などについて解説。
2 生息場所選択と産卵  トンボの成虫が産卵場所を選択する際の多様性を解説。 
3 卵および前幼虫  卵の季節適応とその多様性について解説。 
4 幼虫:呼吸と採餌  呼吸に使われる体表面,葉状尾部付属器,直腸を解説。 
5 幼虫:生物的環境  幼虫と他の生物との関係の研究例を紹介。 
6 幼虫:物理的環境  熱帯起源のトンボが寒冷地や高山に適応してきた要因を議論。 
7 成長,変態,および羽化  幼虫の発育に伴う形態や生理的な変化について解説。 
8 成虫:一般  成虫の前生殖期と生殖期について,その変化を形態,色彩,行動,生理によって観察した例を紹介し,前生殖期のもつ意味とその多様性を議論。 
9 成虫:採餌  成虫の採餌行動を探索,捕獲,処理,摂食などの成分に分割することで,トンボの採餌ニッチの多様性を整理。 
10 飛行による空間移動  大規模飛行と上昇気流や季節風との関係を解説。 
11 繁殖行動  繁殖には,雄と雌が効率よく出会い,互いに同種であると認識し,雄が雌に精子を渡し,雌は幼虫の生存に都合の良い場所に産卵することが必要。 
12 トンボと人間  トンボに対する人間の感情を,地域文化との関連において紹介。
巻末 用語解説 付表 引用文献 追補文献 生物和名の参考文献 トンボ和名学名対照表 人名索引 トンボ名索引 事項索引

〒 151-0061東京都渋谷区初台 1 − 23 − 6 − 110(Tel: 03-3375-8567) 
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この本の監訳者の一人である私(生方秀紀)と原著者P.S.コーベット博士とのツーショット写真つきの関連ブログ記事はこちら:



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2018-06-28 (Thu)
6月上旬に栃木県の小湿地で観察したハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、4回目の今回は♂同士の なわばり争いをとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。


目 次
 ◆はじめに
 ◆ハッチョウトンボの なわばりサイト
 ◆ナワバリを監視する♂
 ◆♂同士の追い合いをカメラで追う
 ◆♂同士の追い合い行動のまとめ
 ◆謝辞


はじめに

本種の なわばり争いについては、すでに過去記事「奥の蜻蛉道(2):真夏のミズゴケ湿原のトンボ」でレポートしていますが、成虫の数が少なく争いそのものがレアだったこともあり(そのため写真もなし)、以下のような簡単な記述に終わりました。

「しばらく見ていると、ハッチョウトンボの♂同士の なわばり占有を巡る追い合いが始まりました。
上から見て直径1~2mの範囲内を目まぐるし速度で旋回しながらの追い合いです。
 カメラにどう収めようかとまごまごしている間に、追い合いは決着し、再び池塘のまわりに静穏が戻りました。」

今回は、個体数も多く、活発に♂同士の追い合いが見られたことから、その様子をなんとかカメラフレームに収めることができましたので、観察者である私の記憶も掘り起こしながら、本種の なわばり争いを、飛行スタイルに着目しながらスケッチすることにします。


ハッチョウトンボの なわばりサイト

写真1は、この小湿地の中で、ハッチョウトンボの なわばり争い、交尾、産卵がよく見られた一帯です。

ハッチョウトンボの繁殖場所 
写真1 ハッチョウトンボのナワバリ争い、交尾、産卵が見られたポイント(写真はクリックで拡大します)

ミズゴケ属 Sphagnum、モウセンゴケ属 Drosera、ホタルイ属 Schoenoplectus の植物などが繁茂し、小面積の浅い止水(池塘と呼ぶほどの深さはありません)が散在しています。 

中央右の日陰部分をバックに、真っ赤な成熟♂がホタルイ属植物の茎の上端近くにとまっています。

午前9時をまわるころから、この小湿地の上で、真っ赤な♂同士がクルクルと追い合う行動が見られるようになりました(やはり、直径1~2m程度の範囲内の追い合いがほとんどでした)。

そうです、これは なわばり(縄ばり、territory:防衛された土地)を守る個体と、隙あらば奪おうとする個体との争いです。

このように、ハッチョウトンボ♂が小さな なわばりを持ち、防衛することは、以前から論文等でよくしられています。


ナワバリを監視する♂

そこで、まず なわばりを占有し、見守っている♂の姿からご覧いただきます(写真2)。

ナワバリを監視するハッチョウトンボ♂ 
写真2 なわばり を監視するハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 

写真2は、写真1のポイントから数m離れた、モウセンゴケやトクサ属植物の繁茂する湿地で なわばり を監視するハッチョウトンボ♂を斜め上から撮影したものです(6月2日9時26分)。

写真3は、写真2の個体をほぼ真横から撮ったものです。

ハッチョウトンボ成熟♂ 
写真3 なわばり を監視するハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂(同一個体)、拡大(前々回記事からの再掲)

この♂は翅を下前方にすぼめ、腹を水平に真っ直ぐ伸ばして、しっかりとトクサ属植物の茎の先端近くにとまっています。

これは、もし♀がやって来れば即座に交尾し、その後♀が産卵すればそれをガードして、その結果少しでも多くの子孫を残すという使命を果たす上で、一つのぬかりもない態勢といえます。

それだけでなく、♀がやって来やすいと判断して待ち受けているこの場所を横取りしようとする、他の♂が現れれば、即座に飛び立ち、その相手を体を張って追い払おうという、なわばり防衛のための監視態勢でもあります。

そのような なわばりには、♀よりも♂のほうが、より高頻度で入り込んできます。

結果として なわばりの占有権をかけての争いが、観察者の眼の前で盛んに繰り広げられることになります。


♂同士の追い合いをカメラで追う

そのような ♂同士の追い合いは、私の観察初日の午前9時前後から活発になりました。

以下に、9時7分から9時9分までの約2分間に撮影した♂同士の目まぐるしい追い合いから、その行動の特性を探ります。

約40回シャッターを押して得られた画像の中から、ピントは超甘ながらも、追い合いの際のトンボの姿勢や飛行方向を読み取れるものを選んで組写真にしたものが、写真4~6です(abc順を含め、時系列通り)。

最初に、写真4(a~d)に写った♂の態勢を、順に見ていきます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、1 
写真4(a~d) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、1

a)クルクルと追い合いが始まったので、手動連写を開始した後の1枚です。
お互いが見える位置で飛んでいますが、正面衝突のおそれがない、すれ違いルートを飛んでいることが見てとれます。

b)なわばり争い中の一方の♂です。
腹部を少し上方に反らし気味にし、脚はしっかり畳んで羽ばたいています(320分の1秒で撮影)。

c)かなり接近戦に見えますが、やはり正面衝突は避けています。
ただし、下手をすると相手と翅の先端同士が接触しかねない距離で擦れ違っています。

d)右の♂は、相手の♂と交錯した後、更に相手に立ち向かおうと、進行方向を相手のいる右方向(画面向って左方向)に変えようとしているのが、左右両翅翅の打ち下ろし方向が進行左下方向(画面向って右下方向)になっていることから、見てとれます。
この打ち下ろし方向のコントロールは、翅胸部を進行方向に対して右に傾けることで実現されます。

次に、写真5(e~h)の♂の様子を見ます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、2 
写真5(e~h) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、2

e)互いに突進したライバル同士が共に急ターンをしている様子が伺えます。
右上の♂は、進行左方向(画面手前方向)にターンするように、翅胸を進行左方向に大きく傾けています。
左下の♂は、はっきりしませんが、進行やや左上方向にターンしようとしているようにも見えます。

f)左上の♂が、右下の♂を追っています。
右下の♂は、画面手前左上から画面奥右下の方向に飛びながら、更に自身の左方向に舵を切っているように見えます。
この♂は追われる立場に見えますが、腹部を少し上方に反らし気味にしています。

g)追う立場の左上の♂は、右に急ターンしようとしています。
追われる立場の右下の♂は、上昇しようとしているように見えます。
そして腹部を少し下げ気味です。
これは、追う方の♂に対して自らの腹部を誇示して対抗意識をアピールしているのかもしれません。

h)追う立場の中央♂は、画面奥左上方向から手前右下方向に飛んできたように見えますが、この時点でも、相手を更に追うように、自身の左に急カーブしようとしています。
右上の♂は、この瞬間には相手を避ける方向に飛んでいます。
この写真には左下にも♂が写っており、一時的ながら、3♂による三つ巴の争いになっていたことがわかります。

最後に、写真6(i~L)の♂の様子を見ます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、3 
写真6(i~L) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、3

i)互いに至近距離ですれ違っていますが、一方は画面左上方向に、もう一方は右下方向に向かっています。
右下の♂は、翅胸の背面を自身の右に少し傾けていることから、右方向(画面手前方向)にターンしようとしているのでしょう。

j)左の♂は、画面奥に向って進み、若干左ターンしようとしています。
右の♂は、画面左奥から手前右に下降気味に飛んでいます。
左の♂は、相手である右の♂を後方から追おうとしているのかもしれません。
逃げる方が、まっすぐ逃げるのではなく、横へ、横へと逃げるという動きが、追う・追われる2個体による円環・螺旋状の飛行を作り出すと思われます。

k)なわばり争い中の一方の♂の飛ぶ姿を真横からとらえています。
腹部は上方にやや反らせ気味で、脚はしっかりと畳んでいます。
真っ赤な腹部と真白な尾部付属器のコントラストが目を惹きます。

L)一方の♂が画面左から突進するのに対し、他方の♂はそれから逃げるのではなく、相手から見て右方向にターンしようとしています(8000分の1秒で撮影)。
これはただ逃げるのではなく、簡単には引き下がらないという敵愾心のあらわれだと思われます。
このような敵愾心のある♂同士の争いが、お互いに相手を追尾する円環追尾あるいは螺旋追尾という、目まぐるしい空中戦を引き起こすと考えられます。


♂同士の追い合い行動のまとめ

ここまで見てきた個別ショットの観察を突き合わせることで、ハッチョウトンボ♂同士の追い合い行動全体の傾向をまとめてみました。

なわばりに好適な(すなわち♀が交尾・産卵にやって来やすい)湿地上では、成熟♂同士(通常2♂)が互いに接近した場合、その場所の占用権をめぐって追い合いが始まります。

互いに相手に向って突進する場合でも、どちらの個体も正面衝突のおそれがない、すれ違いルートを飛びます(a)。

ただし、かなり接近して、下手をすると相手と翅の先端同士が接触しかねない距離で擦れ違うこともあります(c)。

相手の♂と交錯した後、少なくとも一方が、急ターンしてでも、進行方向を相手のいる方向に変え、引き続き追尾しようとする傾向があります(d、e、g、h)。

追われる方が、交錯後、向きを横方向に変えることもよく見られれます。
すなわち、追われる方も一方的に逃げるのではなく、敵愾心(ライバル意識)をもって逆に相手に立ち向かう傾向を持つと解釈できます(f、j、L)。

このような敵愾心をもつ♂同士の動きが、お互いに相手を追尾する円環追尾あるいは螺旋追尾という、目まぐるしい空中戦を作り出すことになると考えられます(j、L)。

なわばり争い中の、追う方の♂が、腹部を少し上方に反らし気味にしていることが頻繁に見られます(b、d、h、k、L)。

追われる立場の♂が腹部を少し上方に反らし気味にしているケースも、稀に見受けられます(f)。

追われる立場の♂の場合、腹部を少し下げ気味にするケースも確認されました(g)。
これは、追う方の♂に対して自らの腹部を誇示して対抗意識をアピールしているのかもしれません。

このようなアクロバチックで高速な飛行動作からなる なわばり争いを、この小さな体のハッチョウトンボが疲労した様子も見せずに繰り返すのには、驚嘆せざるをえません。

次回記事では、いよいよ、ハッチョウトンボの交尾・産卵行動を取り上げます。
お楽しみに。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-22 (Fri)
月井栄三郎さんのご案内のもと栃木県の小湿地で観察した、ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、3回目の今回は、繁殖場所に一時的に形成された、成虫の異日齢集団をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆異日齢集団との出会い
 ◆異日齢集団の構成
 ◆異日齢集団が成立する条件
 ◆未成熟個体の退避エリア?
 ◆謝辞


異日齢集団との出会い

その小湿地でのハッチョウトンボの観察は、今年6月2日・3日の、いずれも朝8時台にスタートしましたが、今回記事でスケッチするのは、3日の午前8時16分に撮った写真に収められた成虫の集団です(写真1、2)。

ハッチョウトンボの異日齢集団(1) 
写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 成虫の集団(写真2の中央部分を拡大) (写真はクリックで拡大します)

ハッチョウトンボの多日齢集団 
写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 成虫の集団 

写真2からは、14個体のハッチョウトンボ成虫(♂11個体、♀3個体)の姿を識別することができました。

左から4分の1の位置の♂だけは たまたま 飛翔中ですが、他は皆、朝露のからみついたトクサ属 Equisetum 植物の茎を脚でつかみ、ほぼ水平の姿勢を保っています。


異日齢集団の構成

写真2に写っている♂の大部分(9個体)は、灰色~薄茶色の複眼、腹基部に白横縞のある成熟途上の個体(前回記事の写真6,7を参照)で、残りの2個体(左端、下;左から4分の1)は頭部背面、胸部、腹部が赤化していて成熟がほぼ完了した個体(前回記事の写真10,11を参照)です。

写真2に写っている♀*3個体のうち、1個体(中央)は茶色の複眼をしたほぼ成熟したもの(前回記事の写真4を参照)で、残りの2個体(左端、下;左から4分の1)は複眼が灰色~薄茶色の成熟途上のものです(前回記事の写真2,3を参照)。

(*注:ハッチョウトンボ♀は腹部の白い横縞が少なくとも4本あることから、♂(2本以下)と簡単に区別できます。[前回記事の掲載写真参照])

ここまで確認してきた通り、この小湿地のこの日のこの時刻には、わずか座布団1枚ほどの小面積に様ざまな日齢のハッチョウトンボ成虫♂♀が、10個体、20個体といった高密度で混在していました。

前日の朝8時53分にも、ほぼ同様の状況の写真を撮っています。

この時期、時間帯のこの小湿地では、少し探せば当日羽化したばかりの個体も見つかり(前々回記事参照)、昼近くになれば活発にナワバリ争いや交尾産卵行動(次回記事参照)が繰り広げられていました(次回以降の記事参照)。


異日齢集団が成立する条件

繁殖場所に成立する、このような高密度の両性・異日齢集団は、長年トンボの観察をしてきた私にとっても、驚きの光景でした。

他のほとんどすべてのトンボの種では、羽化後の成虫は繁殖場所である水辺を離れ、林野や草原で数日から数週間の前生殖期 pre-reproductive period を過ごします。

その間に彼らは採餌と休息に専念し、生殖腺を成熟させ、また飛行能力も高めた上で、満を持して繁殖場所を訪れるというのが通例です。

ハッチョウトンボでは、体のサイズが ”半端なく” 小さいため、採餌のために広大なエリアを必要としないのかもしれません。

そのため、羽化場所(=繁殖場所)またはそのすぐ近くに留まっても、栄養は足りるということなのかもしれません。

もう一つは、成熟途上の個体が、すでに成熟した♂個体から ”セクハラ” や ”パワハラ” を受ける危険が少ないという条件が存在しているのかもしれません。

裏返して言えば、成熟♂は湿地上に滞在している同種成虫の性別、成熟度を識別できていて、未成熟の♂♀に対してむやみに交尾や喧嘩をしかけないという、行動ルールを持ち合わせているのかもしれません。


未成熟個体の退避エリア?

今回、もう一つ気付いたことがありました。

それは繁殖場所である小湿地に隣接する、乾燥したまばらで草丈の低い草地(湿地から10~15m低度離れている)(写真3)に、やはり高密度のハッチョウトンボ成虫が滞在していたことです(6月2日の9時57分頃と10時15分頃に現認;写真なし)。

ハッチョウトンボが生息する小湿地に隣接する草地 
写真3 ハッチョウトンボが生息する小湿地に隣接する草地

彼ら・彼女らは、おそらく小昆虫を捕食することにかかわって、飛んだりとまったりしていました。

この場合、どちらかといえば、成熟途上の個体が多く目についた(逆に、真っ赤な成熟♂、茶・黒・白の横縞の腹をもった成熟♀は目立たなかった)ので、もしかすると湿地でのナワバリ争いや交尾行動が活発化する時間帯に、それらに巻き込まれるの避けて、成熟途上の個体たちが少し乾燥湿地側に行動場所をシフトしていたのかもしれません。

そういえば、交尾が見られるようになった午前10時以降、湿地のトクサ属群落での成熟途上のハッチョウトンボ成虫の割合が低下した印象がありました(ただし、羽化直後の個体は残存していましたし、成熟途上個体もいるにはいました)。

このような理由での、湿地と湿地周辺草地との間の成虫の移動が、実際あるのかどうかについては、それに的を絞った観察調査が必要になります。

可能であれば、個体識別マークをつけて計画的に観察したいところです。

次回記事では、ハッチョウトンボ成熟♂間のナワバリ争い行動を取り上げます。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-12 (Tue)
栃木県の小湿地での観察に基づいたハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、2回目の今回は成虫の羽化完了時点から成熟までの体色変化をトレースします(初回記事はこちら)。

このトピックについては、すでに過去記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」で取り上げていますが、その記事では中間段階の写真が若干不足していただけでなく、完熟段階の写真を欠くという不十分さがありました。

今回記事は、それを補うとともに、過去記事の観察地である岐阜県と今回記事の舞台である栃木県との間でこの過程に何らかの相違があれば、それを見出すのがミッションとなります。


目 次
 ◆♀の体色変化
 ◆♂の体色変化
 ◆体色変化パターンの、岐阜と栃木の間の比較
 ◆♂と♀の成熟色の違い
 ◆謝辞


♀の体色変化

まずは、羽化当日から完全成熟までの、いくつかの段階を代表する成虫♀の写真を順にご紹介し、♀の体色変化を探ります。

写真1は、今年6月2日の9時32分にその小湿地で撮影した、羽化当日の♀です(シリーズ前回記事から再掲)。

ハッチョウトンボ羽化直後の♀ 
写真1  羽化当日のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀(再掲)(写真はクリックで拡

写真1では、翅を開き鉛直にぶら下がるように植物の茎にとまっています。

複眼は羽化直後同様の乳濁した薄紫色です。

翅脈は羽化直後同様に白いですが、縁紋は薄い灰色にまで着色しています。
脚の黒味も増しています。

腹部に、♀特有の斑紋パターン(褐色、白、黒の横縞の繰りかえし)が、うっすらとですが、出ています。

下の写真2の♀(別個体)も鉛直にとまっていますが、翅脈も縁紋も十分黒化し、翅の基部には透明黄褐色斑が現れています。

ハッチョウトンボ未熟♀ 
写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀ (別個体)

写真2では、腹部の茶色・黒色の横縞模様は、いくらか濃くなっています。

しかし、複眼の発色はほとんど進んでおらず、大部分、薄紫がかった乳白色です。

下の写真3の♀は、水平にとまり、複眼の色が淡褐色になり、腹部の茶色、黒色もより強くなっています。

ハッチョウトンボ未熟♀ 
写真3 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀ (別個体)

写真3では、翅基部の黄色斑の部分の翅脈の色が茶色になっています。
ただし、成熟♂のその部分のように赤くはなっていません。

下の写真4の♀では、複眼は焦げ茶色へと濃くなり、翅胸前面の黒斑も濃くなっています。

ハッチョウトンボ♀ 
写真4 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀ (別個体)

写真4では、腹部の色は写真3とほとんど変わりはありません。

ちなみに、この♀は、私の眼の前で、飛んでいた小昆虫を空中でつかまえてこの草にとまり、モグモグ食べているところです。

写真5の♀は、私の眼の前で♂と交尾し、その後♂のナワバリ内で打水産卵をしていた個体で、打水産卵の合間に小休止しているところです。

ハッチョウトンボ♀、産卵中の休息 
写真5 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀、産卵中の休息 (別個体)

写真5の個体と写真4の個体の間に、色調に差は見出せませんので、写真4,5とも、完全に成熟した♀の色調を示しているといえます。

過去の同様テーマの記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」では、♀で写真4、5の段階の提示をしていませんでしたので、今回記事で体色変化の追跡がほぼ完全になったといえるでしょう。


♂の体色変化

つぎは、♂の体色変化についてです。

いずれも6月2日に同じ湿地で撮影したものです。

下の写真6の♂(別個体)の複眼は乳白色の濁りが強く残り、茶色への変化がほとんど現れていません。

 ハッチョウトンボ未熟♂
写真6 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真6では、翅基部の黄褐色班ははっきり現れていますし、翅脈は基部近くの前縁のものを残して黒化しています。

腹部背面は、黄褐色を呈してきていて、各腹節の後寄りの色がより濃くなっています。

腹部第3,4節の前端部に白色の横縞があるのも目立ちます。
その一方で♀のように黒い横縞は現れていません。

下の写真7の♂では、複眼の乳白色の濁りは消え、複眼背面に茶色味が出ていますが、まだ茶色にまではなっていません。

ハッチョウトンボ未熟♂ 
写真7 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真7の♂では、腹部背面の黄褐色は、写真6よりもいくらか濃くなっていますが、赤味は出ていません。

下の写真8の♂では、複眼背面に赤味がはっきり表れています。

ハッチョウトンボ未熟♂ 
写真8 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真8では、翅脈のうち、基部に近い前縁が赤化しています。

腹部の赤化が末端3~4節で始まっていますが、中間部の腹節では茶色化すらあまり進んでいません。

このように、写真7写真8の個体の間で、腹部の色彩変化のパターンに微妙な個体差が出ているようです。

下の写真9の♂は、腹部背面の色が茶色を通り越して、黒味がかった赤茶色にまで濃くなっています。

ハッチョウトンボ♂ 
写真9 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真9では、腹部第3,4節の前端部の(写真7では)白色だった横縞は黄色く濁っています。

下の写真10の♂は、腹部背面が赤くなり、ハッチョウトンボの♂らしい色彩に到達しかかっています。

ハッチョウトンボ♂ 
写真10 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真10では、腹部第3,4節の前端部の黄色い横縞はまだ消えることなくハッキリと見えます。

下の写真11の♂は、複眼はもとより、腹部全体、それに胸部を含め真っ赤に染まっています(ただし、胸部、腹部には黒斑あり)。

ハッチョウトンボ成熟♂ 
写真11 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

これらの複眼、翅脈前縁、腹部の赤化は、♀には見られないことから、♂にだけ現れる第二次性徴ということになります。

写真10までは白かった尾部付属器は、写真11ではオレンジ色がかっています。

これこそ、完全に成熟した♂の色彩コーディネートといえるでしょう。

過去の同様テーマの記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」では、♂については3段階の写真を提示しただけでしたが、今回は初期を含む6段階の写真を提示できましたので、より肌理(きめ)の細かい体色変化のトレースができたのではと思います。


体色変化パターンの、岐阜と栃木の間の比較

♂、♀それぞれの、体色変化パターンを、岐阜県(過去記事)と栃木県(今回記事)のそれぞれの1生息地の間で比較してみました。

♀に関しては、今回の写真だけからは、岐阜と栃木の間で明らかな相違を見出すことはできませんでした。

一方、♂では以下のような差が見られました。

岐阜では、複眼がまだ赤くなっていないのに、腹部背面が濃い茶色になっている個体がいました(過去記事の写真6)。

それに対して、栃木では、腹部背面が濃い茶色になっている個体では、複眼は赤くなっていました(今回記事の写真9)。

これを地域間の違いと決めつけてしまうのは、危険が大きすぎます。

単なる個体変異(遺伝子レベルの変異があるにせよ)にすぎず、それゆえ、同じ地域内に赤眼先行タイプと濃茶色腹先行タイプが共存(あるいは連続的変異として存在)している可能性のほうが高そうです。

しかし、今後、各地でこのような体色変化パターンに注目した観察がなされれば、変化パターンに何らかの地域変異が検出される可能性もゼロではありません。


♂と♀の成熟色の違い

以上、見てきたように、ハッチョウトンボは、羽化直後には体全体として乳白色に近い色彩だったものが、♀では複眼は茶色、腹部は茶色、黒、白の横縞模様へと変化しています。

もしかすると、この横縞模様は、湿地の枯草や底泥を背景にした場合の、迷彩色(つまり保護色による隠蔽擬態)の機能を持っているかもしれません。

一方、♂では成熟すると、複眼背面、胸部、腹部とも真紅に染まり、大変目立ちます。

過去記事で比喩したように、ハッチョウトンボでは(人間とは逆に)♀よりも♂のほうが、大人に近づくにつれてドレスアップしています。

トンボの世界ではなぜこうなっているのかについては、以下の過去記事で考察していまので、興味のある方はご笑覧ください。


次回記事では、交尾・産卵を含むハッチョウトンボ成熟成虫の行動を取り上げます。


謝 辞

現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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