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2019-06-15 (Sat)
今年5月末の好天の日、森田幸人さん(HP「国営武蔵丘陵 森林公園のトンボ」の制作者)と松崎雄一さん(HP「故郷・埼玉のトンボ」の制作者)のお二人によるご案内のもと、良好なトンボ生息地を巡ってのトンボ観察の機会をもち、念願のサラサヤンマ Sarasaeschna pryeri (Martin, 1909) の交尾(写真1)・産卵を観察・撮影することができました。

他の興味深いトンボの種も観ることができましたが、今回はこのサラサヤンマの観察記録を報告します。

交尾中のサラサヤンマ1
写真1 交尾中のサラサヤンマ Sarasaeschna pryeri  (写真はクリックで拡大します)


目 次:
◆幸先よくサラサヤンマの交尾に遭遇
◆交尾中のヤンマ類♂の腹部屈伸運動
◆交尾中のヤンマ類♂の腹部屈伸運動は何のため?
◆お次のサラサヤンマの交尾カップルは、中断後の再交尾に苦闘(?)
◆交尾を終えた♀は休憩してから産卵へ
◆謝辞
◆引用文献
◆ハッシュタグ


幸先よくサラサヤンマの交尾に遭遇

私達は、午前10時過ぎに、サラサヤンマの最初の観察ポイントに差し掛かりました。

林縁の草地や踏み分け道上を、時おりサラサヤンマ♂が通過します。

とくに高頻度でサラサヤンマ♂がパトロールしていたのは、写真2の踏み分け道の一帯です。

サラサヤンマの探雌飛翔場所の例
写真2 サラサヤンマの探雌飛翔が見られた林内の草地

ここは、ゆるい傾斜の谷底に相当する部分で、通路の両側面はヨシ類の茂みとなっていて、その奥は樹林になっています。

そこでパトロールしていた♂のうちの1頭が、突然その場(空中)で連結態になったのを松崎さんがめざとく見つけました。

その連結ペアは飛びながら交尾態になり、少し高い木(写真3、中央)の枝の葉にぶらさがるようにとまりました(写真4)(時刻(時、分、秒):10:20:34)。

サラサヤンマが交尾態で静止した木の例
写真3 サラサヤンマが交尾態で静止した木(中央、手前)

サラサヤンマ交尾
写真4 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の交尾 (10:26:20)

交尾は10時20分に始まり、10時30分に私達がその観察を打ち切った後も、その場で静かに続けられていました。

その間、このカップルの交尾の様子を57回撮影しました。

その画像の中に、♀の腹端部が強く折れ曲がっているケースと、比較的真っ直ぐなケースのものが含まれていました(写真5A,B)。

サラサヤンマ交尾中の♂腹部の動きの一例
写真5A,B サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri 交尾中の♂腹部の動きの一例(A:‏‎10:29:36; B:10:29:44

A、Bそれぞれのシーンでの♂、♀の腹部の姿勢は以下のとおりです。

A:
・♂の腹部第2節と3節の間は20度前後背方に曲げられている。
・♀の腹部8節と9節の間はほぼ真っ直ぐ(10度くらい背方に曲がる)。

B:
・♂の腹部第2節と3節の間はほぼ真っ直ぐになっている。
・♀の腹部8節と9節の間は70度前後に強く背方に曲げられている。。


交尾中のヤンマ類♂の腹部屈伸運動

上述のサラサヤンマ交尾ペアで、A、Bの姿勢の違いを作り出しているのは、♂の腹部第2節と3節の間の屈伸です。

この♂のこの部位での腹部の屈伸は、腹部第2節と3節の接続部の背側と腹側それぞれに備わっている縦走筋(Asahina 1954)の交互の収縮・弛緩によるものです(この縦走筋は各節間にも備わる)。

ヤンマ科昆虫の交尾ペアにおける同様の腹部屈伸を、ネット上の検索で見出すことができます(例:ギンヤンマの交尾〔トンボ動画、2013〕。

この動画のギンヤンマのケースでは、♂の腹部第2,3節のリズミカルな屈伸が、後半の20秒間に13回繰り返されます。


交尾中のヤンマ類♂の腹部屈伸運動は何のため?

さて、このような動きはこの交尾ペアにとってどういう意味をもつのでしょうか?

一言でいえば、この動きによって、♀の交尾嚢中に蓄えられていた、別の♂の精子を♀の体外に掻き出す(あるいは交尾嚢中の奥に押しやる)こと(精子置換)が、たとえ不完全であっても実現されうるからです。

これにより、後から交尾した♂が自らの精子でより多くの卵を受精させ、結果として自らの子孫をより多く残すことができるわけで、♂にとっての生涯繁殖成功を高める戦略の一つとなっています(Waage 1979; 東・生方・椿 1987; コーベット〔椿・生方・上田・東 監訳〕2012;他)。

ただ、上に述べたことはあくまで一般論であり、具体的にこのヤンマの♂の陰茎の各部が♀の生殖器の中でどのように動き、自分の精子や他の♂の精子がどういうタイミングで、どのような方向に移動させられているのかといった、実態の解明にはなっていません。

解明するためには、交尾中のヤンマを捕まえ、顕微鏡下で交尾を続けさせて♂のその部分を観察したり、交尾を中断させた♂の腹部第2節と3節の間を人為的に屈伸させるなどの、実証科学的アプローチが求められます。

しかし時間や設備がなくてそれもままならない場合には、世界のどこかで誰かが研究した成果を報告した論文を探して読むのが手っ取り早い解答への接近になります。

実際、今回、この目的にピッタリの論文が見つかり、すでに解答が見えてきています。

ですが、その内容をここに書くと長くなりますので、後日、別の記事としてご紹介することにします。


お次のサラサヤンマの交尾カップルは、中断後の再交尾に苦闘(?)

以上で午前中のサラサヤンマの観察を切り上げた後、別の観察ポイントで他の2,3種のトンボを観察し、昼食をとりながら、森田さん、松崎さんと昆虫談義に花を咲かせました。

そして、午後の部では、午前中とは別の観察ポイントで再びサラサヤンマの交尾を、そして更に産卵までを観察することができました。

写真6が、午後、活発にサラサヤンマ♂のパトロールが見られた草地で、両サイドは篠竹の藪や低木が連なり、更に外側は樹林や湿地となっています。

サラサヤンマのパトロール、連結が見られた山道
写真6 サラサヤンマの探雌飛翔と連結が見られた林内の草地

この場所で、複数のサラサヤンマ♂が、0.5~1.5mくらいの高さをパトロール飛行していました(写真)。

サラサヤンマ♂、湿地上をパトロール
写真7 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri ♂の草地での探雌飛翔 (12:20:58)

これらの♂は、一筋に通り過ぎていくのではなく、これはという所では折り返したり、ゆっくり飛び回るなど、飛翔圏を集中させる傾向を示しました。

そのような♂のうちの1頭が、目ざとく♀を見つけて空中で連結し、舞い上がって交尾態で背の高い篠竹の葉にとまりました(写真8;12:41:28)。

このケースでも第一発見者は松崎さんでした(流石!)。

交尾中のサラサヤンマ
写真8 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の交尾(別個体) 12:41:36

その10秒後には、ペアはいきなり連結態になって飛び立ちました(写真9A,B)。

サラサヤンマ交尾の一時中断
写真9A,B サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri 交尾の一時中断(同一ペア) (いずれも、12:41:38)

写真9Bでは、♂の頭部が写真9Aの♀の右の前翅の位置まで降下していますので、ペアは連結態になって少し落下しつつ羽ばたいて高度を回復しつつあることが見て取れます。

松崎さんと私は、彼らを刺激しないように迷彩色の衣服に身を包み、そっと移動しながらそれぞれのカメラのレンズを向けていたのですが、このペアの慌てぶりから見て、それでも感づかれたのかもしれません。

このペアは、少し(水平距離で数m)飛んで、別の枝に交尾態でとまり替えました(写真10)。

サラサヤンマ交尾ペア、♂の陰茎が一時的に抜ける
写真10 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri、再交尾を試みているが♂の陰茎が未挿入(同一ペア)(12:42:38)

上の写真10をよく見ると、♂の陰茎(♂の腹部第3節前端と第2節後端部から前方に突出し、後方に折れ曲がっている器官)が挿入されていないことがわかります。

他の写真も調べたところ、写真9Bでいったん交尾を解いてタンデムで移動し、再び交尾態(正確には環状態)になってから写真10までの間の7カットのいずれにおいても陰茎が挿入されていないと判断されました。

したがってこのペアは1分間以上にわたって、再交尾(陰茎の再挿入)に手間取っていたことになります。

写真10の24秒後に撮影した写真11では、♀の腹部第9節(最後から2節目)が♂の腹部第2節にほぼ密着しているので、再交尾が成立していると考えられます。

サラサヤンマ交尾、陰茎再挿入後
写真11 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の再交尾、陰茎再挿入後(同一ペア)(12:43:02)

写真9Aでは、♂は腹部第2,3節を反らせていませんが、写真11の1分半後(‏‎12:44:24)にこのペアの写真撮影を中断するまでの間の15枚の写真(写真1(再掲)もその一つ)をチェックしたところ、♂は腹部第2,3節を同様に背方に反らせていたので、反らせている時間の方が長かったことがわかります。

交尾中のサラサヤンマ
写真1再掲 交尾中のサラサヤンマ Sarasaeschna pryeri  の再交尾(同一ペア)(12:43:48)

この交尾ペアはその後も交尾を続けていましたが、私達は、12時44分24秒に観察・撮影をいったん打ち切り、他のトンボの種の観察ポイントに移動しました。


交尾を終えた♀は休憩してから産卵へ

その観察を終えて、写真11のポイントに戻ると、サラサヤンマの♀1頭が篠竹の枯葉と木の枝の交差部にとまりました(写真12、13)。

サラサヤンマ、交尾直後の♀
写真12 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri ♀(交尾分離後の一時的休息)(同一個体)(12:59:12)

サラサヤンマ、交尾直後の♀
写真13 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri (交尾分離後の一時的休息)(同一個体)(13:01:00)

写真12、13の♀は、右前翅のクモの巣網のからみつきが同じなので、写真11の交尾ペアのうちの♀であることがわかりました。

つまりこの♀は交尾が終って、しばし休憩中だったということになります。

このあと、この♀は1,2度とまり替えをし、飛び立って移動を開始しました。(13:02:06)

20mほど飛んで移動し、枯葉が積もった、抜かるんだ湿地に着地しました。

その方向を撮影したものをトリミングしたところ、産卵直前の♀と、産卵動作にはいっている♀の様子がなんとか捉えられていたことがわかりました(写真14A,B)。

サラサヤンマの産卵
写真14A,B サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri の産卵 (同一個体)(A:13:32:42; B:13:32:46) 

写真14Aは、♀が着地直後のもので、まだ腹が真っ直ぐです。(13:32:42)

写真14Bでは、♀が腹を曲げて枯草の間のぬかるみに差し込んでいる様子があり、産卵を試みていることがわかります。(13:32:46)

松崎さんは、そっとこの♀に近づくことができ、じっくりと撮影していました。

私のほうは、その♀が私の近くに移動してきて産卵するのを待っていましたが、そうは問屋がおろさず、♀は写真14A,Bの数分後に林の中に消えてゆきました。

こうして、今回のこの良好なサラサヤンマ生息地への訪問で、首尾よく交尾の様子を撮影することができました。

一方、産卵の様子の観察・撮影は、はなはだ不十分であったので、次の機会にリベンジということになりました。


謝辞:
サラサヤンマ生息地の案内と生息状況の解説をされた、森田さん、松崎さんに感謝いたします。


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引用文献

Asahina, S. (1954) A morphological study of a relic dragonfly Epiophlebia superstes Selys (Odonata, Anisozygoptera). The Japanese Society for the Promotion of Science, Tokyo, 153 pp.

コーベット, P.S. (1999著)、椿・生方・上田・東、監訳(2007)『トンボ博物学―行動と生態の多様性ー』。海游舎。

東 和敬・生方秀紀・椿 宜高(1987)『トンボの繁殖システムと社会構造』東海大学出版会。

トンボ動画 (2013)ギンヤンマ交尾 https://www.youtube.com/watch?v=UwZ9UWvim50

Waage, J. K. (1979) Dual function of the damselfly penis: Sperm removal and transfer. Science 201:916-918.


ハッシュタグ:
#ヤンマ科 #昆虫写真 #昆虫の行動 #昆虫の生態 #トンボの行動 #トンボの交尾 #トンボの生態 #トンボの写真

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2019-05-30 (Thu)
ご愛読いただいている当ブログ「トンボ自然史研究所」が、FC2ブログランキング「自然科学ランキング」で、昨日夕刻、初の月間首位を達成しました(5月29日日午後8時現在)!

FC2ランキング月間首位達成
FC2ブログランキング自然科学2019年5月29日、午後8時現在 (画像はクリックすると拡大します)

一昨日に返り咲いた週間首位も維持しています。

月間ランキングは2位と僅差の1位ですので、三日天下も難しいところですが、うれしいです。

いつも申し上げている通り、このランキングは単純なアクセス数ではなく、記事を閲覧し、ランキングのタグをクリックされた方の人数の総計によるものです。

同点の場合は、ランキングサイトからのOUT POINT、さらには月間IN POINTの大小でランク付けされます。

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付記(2019年5月31日22時):
月間首位、週間IN首位とも5月末日21時の時点で変動がありません。
このままいけば、2019年5月の首位を獲得することになりますが、どうなりますやら。

FC2ランキング、5月の月間首位達成
FC2ブログランキング自然科学 2019年5月31日21時現在


付記2【5月の月間首位確定!】(2019年6月1日17時):
FC2ブログランキング自然科学の月間INのデータは6月に入りリセットされましたが、「トンボ自然史研究所」の週間IN首位は6月1日13時の時点で変動がありません。
それどころか、トンボ自然史研究所」の週間INの値は、前日21時のデータと比較して、2位との差が10ポイント、3位との差が14ポイントずつそれぞれ拡がっています。
このことから、2019年5月月間順位において、5月末日の21時から24時の間に、上位3者の順位変動はなかったことが確定しました。
ということで、5月月間首位の栄冠は「トンボ自然史研究所」が拝受したことになります。
皆様の応援、有難うございました。

FC2ランキング、5月の月間首位達成(確認)
FC2ブログランキング自然科学 2019年6月1日13時現在

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2019-05-29 (Wed)
5月17日、好天に誘われて、豊かな自然に囲まれた河川中流部に出かけたトンボ探訪の続編です。

午前11時に行動開始して今期最初のトンボであるミヤマカワトンボ♂、そしてアオハダトンボを観察・撮影したことは、前回記事で取り上げました。

引き続き岸沿いを歩くと、間もなく河原の石に中型のサナエトンボ科の昆虫が1頭とまりました。

目 次:
◆石の河原にヤマサナエ♀
◆ヤマサナエ♀が活動していた河原の景観
◆河原にアオサナエ♂の姿も
◆用水路でホバリングするヤマサナエ♂
◆なわばりで休む(?)ヤマサナエ♂
◆強く頸をひねるヤマサナエ♂
◆ヤマサナエ♂、水路の水面近くの石にとまる
◆水路に背を向けてとまるヤマサナエ♀
◆次回記事予定
◆引用文献
◆ハッシュタグ


石の河原にヤマサナエ♀

河原の中くらいの石にとまったそのサナエトンボ科昆虫は、ヤマサナエ Asiagomphus melaenops (Selys, 1854) ♀でした(写真1)。

ヤマサナエ♀
写真1 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops (写真はクリックで拡大します)

私がしばらく眺めていると、この♀は2,3回飛び立っては、またすぐ近くの石上にとまりました。

私が撮影を終えて更に岸沿いを歩くと、飛び回っている別の♀個体がいて、なんと私の帽子の上にとまりました。

それを自撮りしていたなら、インスタ映えしたかもしれません(笑)。

この♀は、まもなく近くの細かい砂利の上にとまり、その後もとまり替えをしていました。


ヤマサナエ♀が活動していた河原の景観

写真2は、このヤマサナエ♀が活動していた河原の景観です。

ヤマサナエが活動していた河川中流部
写真2 ヤマサナエ♀が活動していた河川中流部


河原にアオサナエ♂の姿も

写真2から少し下流側に移動した地点の河原の、岸から50~60cmの小砂利にアオサナエ Nihonogomphus viridis Oguma, 1926 ♂がとまりました(写真3)。

アオサナエ♂
写真3 アオサナエ Nihonogomphus viridis 

アオサナエは、頭部・胸部の淡色斑の色が黄緑色なので、サナエトンボ科の他の多くの種(その部分の色が黄色系)とは容易に区別できます。

とくに♂では、尾部上付属器が大きくてガッチリしているので、この特徴を一度覚えると同定に苦労しません。

写真3の♂は水面側を向いてとまっており、他の♂が来ると飛び立って追い払います。
そしてすぐに、ほぼ元の位置に戻って、とまりました。

他の♂がいない場合も、時おりとびたって水面上をパトロールし、また小砂利の上にとまりました。

このパトロール中に、水面にピチャっと体を打ち付けるのが、2度確認されました。

水を飲むためか、産卵に適した場所かどうかを確かめたのか、それともなんなのか、この水面接触の動機は不明です。

ただし、この時間帯は晴れたり曇ったりの天気でしたが、直近のアメダス点での気温は25℃前後とそれほど高くなく、火照った体を水で冷やす必要性はあまりなかったと思われます。

このあと、川岸をさらに歩くと、アオハダトンボの♂・♀を、さらにミヤマカワトンボ♀も観察・撮影できました(前回記事参照)。


用水路でホバリングするヤマサナエ♂

ここまでで、この川のこの付近でのトンボの種は出尽くした感があったので、私は川本体から離れ、段丘を1段登って農地が広がる平坦地に出ました。

そこには直線的で幅の狭い(1m前後)用水路があり、その浅いゆっくりした流れは、先ほどの川に注ぎこんでいます(写真4)。

カワトンボspが見られた用水路
写真4 ヤマサナエの なわばり♂と単独♀が見られた用水路

トンボはいないかと、この水路沿いを少し歩くと、早速、流れの上空でホバリングしているサナエトンボ科昆虫の1頭の♂に出会いました。

ヤマサナエ♂です(写真5~7)。

ヤマサナエ♂
写真5 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops ♂

ヤマサナエ♂
写真6 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops ♂ (写真5と同一個体)

ヤマサナエ♂
写真7 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (写真5と同一個体)

上空といっても、水面からは2mくらいの高さなのですが、水路の法面の高さが1m以上ありますので、観察者の私からは見おろす高度です。

その高度の空中で、この♂は数秒ごとに水平方向の向きを変えながら、ホバリングを続けていました。

写真5~7のいずれにおいても、後足を伸ばして後方になびかせているように見えるのが、ちょっと変わった感じです。なぜなのでしょう?

水辺でエネルギッシュに視線を固定しながら待機(ホバリングまたは静止)しているのは、もちろん視野の中に♀が入り込んでくれば、即、連結・交尾しようとしするのが目的です。

したがった、写真5~7の時点での♂の脚の挙動は、瞬時につかみかかって♀を虜にするために、後脚をあらかじめ構えているのかもしれません。

この状況でこのホバリングをしているもう一つの目的は、ライバルたる同種♂が現れれば一戦交えよう、さらには「ここはすでに私のなわばりだぞ」とアピールすること、すなわちトンボ類に典型的な なわばり占有行動と(例:東・生方・椿 1987)考えられます。


なわばりで休む(?)ヤマサナエ♂

写真5~7の♂の撮影から約7分後*には、その♂がホバリングしていたポイントから少し離れた位置の水路上に突き出た細い枯枝に、1頭のヤマサナエ♂がとまっていました(写真8)。

翅面や体表の汚れ具合は似通っていますので多分写真5~7の♂と同一個体と思われますが、別個体ではないとは言い切れません。

(*注:この7分間に私はアサヒナカワトンボ単独♂・♀とオオイトトンボ産卵を観察・撮影していました;次回記事で報告予定。)

ヤマサナエ♂
写真8 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (たぶん写真5と同一個体)

この♂は、このとまり方では居心地が悪いのか、私がしばらく見ていると、枯れ枝の上向きの小突起(横枝の折れた残り?)の上を飛び越えるように、腹部全体を虫体の右方向に少し移動させて姿勢を替えました(写真9)。

ヤマサナエ♂
写真9 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (写真8と同一個体)

この腹部の飛び越えのはずみで、体軸が虫体を背面から見て反時計回りに30度ほど行き過ぎたために、この♂は体のバランスを若干崩し、脚で細枝をつかんだまま、翅をバタバタさせるのが見られました。

写真9は、そのバタつきの後、体軸を細枝にほぼ沿う角度まで立て直した後のものです。


強く頸をひねるヤマサナエ♂

この♂は、私が続けて見ていると、頭が前方から見て反時計回りに140度ほど回転するほどまで、(写真10)強く頸をひねりました。

ヤマサナエ♂
写真10 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (写真8と同一個体)

写真11は首のねじれを通常のまっすぐな状態に戻す途中のようで、角度は80度ほどまで軽減されています。

ヤマサナエ♂
写真11 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (写真8と同一個体)
 
この♂は、なぜ写真10,11のような首の動きを示したのでしょうか?

トンボ類がこのような頸(頭)の動きをするときは、頭部(主に複眼)の側面や背面を前脚でこすって、塵や汚れをこすり取る(体清掃行動のひとつ)場合がほとんどです。

しかし、この♂の場合、前脚で頭部側面や背面をこすっている様子が伺えません。

おそらく、頭部下面(口器〔上唇、大顎、下唇〕や前頭楯など)を左前脚でこする体清掃をしたものと思われます。確たる証拠はありませんが。

体清掃したとするならば、何をこすり落とそうとしたのかといえば、それはクモの巣網の糸だろうと思われます。

というのも、このとまり場所はクモの糸だらけですから。
写真9~11からわかるように、サナエの頭部付近だけでも、この細枝と平行に少なくとも7本のクモの糸が張られています。


ヤマサナエ♂、水路の水面近くの石にとまる

同じ水路の、水面近くの石にもヤマサナエ♂がとまっていました(写真12~14)。

ヤマサナエのなわばり占有場所の景観
写真12 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (別個体)

写真12からは、♀が草陰の水面でひっそりと産卵していたとしても発見可能な、水面上の低い位置にも なわばり占有♂が視線を送っていることが伺えます。

ヤマサナエ♂
写真13 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops (写真12と同一個体)

写真12~13の♂は翅や体表の汚れが少ないことから、写真5~11の♂とは別個体のようです。

ヤマサナエ♂
写真14 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops  (写真12と同一個体)

写真14は、時間的には写真12,13よりも1分半ほど前に撮ったものですが、この写真から、ヤマサナエ♂がなわばりの主要監視場所から飛び立って戻る際に、監視する向きを微妙に替えることがあることがわかります。


水路に背を向けてとまるヤマサナエ♀

この用水路でのトンボの観察を切り上げる直前に、用水路の対岸の地面の草の葉にサナエトンボ科昆虫の♀がとまっていました。

ヤマサナエの♀です(写真15)。

ヤマサナエ♀
写真15 ヤマサナエ Asiagomphus melaenops 写真1とは別個体)

用水路の水のある方向ではなく、その反対の陸地方向を向いてとまっています。

このとまりかたは、積極的に婚活しているとは思われず、休養と栄養補給(採餌)が狙いであるように見えます。

もっとも、偶然近くを同種♂が通りかかれば、交尾を仕掛けるに違いありませんが。

もう少し長くこのポイントで観察を続けていれば、そのようなドラマチックな(?)光景が見られたかもしれませんが、この日は、他の生息地でもトンボ探訪をする予定が残っていたため、後ろ髪をひかれる思いでこの用水路を後にしました。


次回記事予定

次回記事では、この用水路で同じ時間帯に観察・撮影したアサヒナカワトンボの♂・♀とオオイトトンボの連結産卵について報告する予定です。


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引用文献:
東 和敬・生方秀紀・椿 宜高(1987)『トンボの繁殖システムと社会構造』東海大学出版会。

ハッシュタグ:
#サナエトンボ科 #トンボの行動 #トンボの生態 #トンボの縄張り #昆虫写真 #トンボの写真 #トンボのブログ

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2019-05-28 (Tue)
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2019-05-20 (Mon)
5月17日、好天に誘われて、豊かな自然に囲まれた河川中流部トンボ探訪に出かけました。

午前11時に行動開始。石がゴロゴロした河原の岸沿いを歩くと、突然、小型のサナエトンボと思われる昆虫が水辺付近から斜め上空に舞い上がり、対岸の樹林の中に吸い込まれるように姿を消しました。

足下の河原の水辺に羽化殻が残されていないか目を凝らしてみましたが、見当たりません。

サナエトンボの羽化殻の有無や数量の調査が目的なら、しつこく探すところでしたが、この日はトンボの成虫の姿を早く、そしてじっくりと見るのが目的でしたので、更に岸沿いに歩を進めました。


目 次:
◆今期初トンボはミヤマカワトンボ♂
◆石の河原にヤマサナエ・アオサナエの姿も
◆おやおや、小砂利の河原にアオハダトンボ♂
◆傍流の石上にはアオハダトンボ♀
◆ひっそりたたずむミヤマカワトンボ♀
◆ミヤマカワトンボの♂たちは、ここでも なわばり争い
◆次回記事予定
◆ハッシュタグ


今期初トンボはミヤマカワトンボ♂

すると、すぐに現れました。

カワトンボ科としては大き目で、茶系統の翅をヒラヒラさせながら羽ばたくのですぐにわかる、ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia Selys, 1853 ♂です(写真1)。

ミヤマカワトンボ♂
写真1 ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia ♂ (写真はクリックで拡大します)

これが私にとって今期初トンボとなりました。写真1は、水面上をパタパタと飛び回った後、岸の中くらいのサイズの石の上に、水面方向を向いてとまったときのものです。

4~5m先に他の♂が来たのを見つけると、この♂は飛び立って突進し、互いにクルクル追い合ったりもしながら追い回しました。

なわばり♂がとまっていた場所から10~15m離れた河原上で、相手が飛び去るのを確認すると一方の♂がほぼ元の地点に戻ってとまりました。

先にその場を占有していた♂個体が、後から侵入してきた♂を追い払って戻る なわばり防衛行動です。

カワトンボ科の♂には、このように明瞭ななわばり行動を示すものが多いことが知られています。


石の河原にヤマサナエ・アオサナエの姿も

この個体の撮影を終えて岸沿いを歩くと、河原にヤマサナエやアオサナエの姿もありました。

この2種については一括して次回記事で取り上げます。


おやおや、小砂利の河原にアオハダトンボ♂

それらサナエたちと触れ合った後、今度は河原の小砂利の上にミヤマカワトンボよりも一回り小さく、金属光沢のある藍色の翅を持つアオハダトンボ Calopteryx japonica Selys, 1869 ♂ がとまりました(写真2)。

アオハダトンボ♂
写真2 アオハダトンボ Calopteryx japonica (証拠写真)


傍流の石上にはアオハダトンボ♀

更に岸沿いを歩き、コンクリート護岸沿いに川の浅い傍流が接しているポイント(写真3)を通りかかると、水辺(写真3の中央の石列の写真右端に近いところ)の中サイズの石の上に今度はアオハダトンボがとまっていました(写真4)。

アオハダトンボのいたポイント
写真3 アオハダトンボ C. japonica ミヤマカワトンボ C. cornelia のいたポイント (写真左側が下流方向)

アオハダトンボ♀
写真4 アオハダトンボ Calopteryx japonica (証拠写真)

♀が水辺のこの位置にとまるというのは、同種♂の求愛を期待してのものと考えてよいでしょう。

ただし、産卵に適した水草がほとんど見当たらないことから、アオハダトンボにとって なわばり占有場所としても産卵場所としても、あまり好適であるようには見えません。

アオハダトンボ♀は、翅の色が茶系統であるため、ミヤマカワトンボに色彩的には接近しますが、ミヤマカワトンボのように後翅に帯状の濃色斑(写真5参照)がないことから容易に区別できます。

どちらの種の♀も、翅の先端付近の前縁に白色の偽縁紋があることから、♂と区別できます。


ひっそりたたずむミヤマカワトンボ♀

対岸の護岸の中段のあたり(写真3の中段左)にも色の濃いカワトンボ科昆虫の姿が見られたので、望遠ズームで引き寄せ一眼レフカメラのファインダ―を覗くと、それはミヤマカワトンボ♀でした(写真5)。

ミヤマカワトンボ♀
写真5 護岸の中段にとまっていたミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia ♀(証拠写真)

写真5ミヤマカワトンボ♀は、水面とは高度差のある、ゆるく傾いたコンクリート面にとまって何をしていたのでしょう?

♂のプロポーズを受けるには、あまりにも潤いのない場所です。

近くに草も生えていますので、そこを行き交う小さな虫を捕食するのが狙いだったのかもしれません。


ミヤマカワトンボの♂たちは、ここでも なわばり争い

写真3の向ってすぐ左(下流側)は岩壁がそそり立つ淵になっていて、その水面上1,2mではミヤマカワトンボの♂同士の追い合いが繰り返されていました。

写真6は、そんな追い合いの合間に岸辺の石上にとまったミヤマカワトンボ♂写真1の♂とはもちろん別個体)です。

ミヤマカワトンボ♂
写真6 ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia ♂(別個体)

この淵のあたりも水草がなく、ミヤマカワトンボの産卵には適しません。

そのようなこともあって、写真5の♀は元気に追い合いをしている♂たちの目にとまる場所に入り込むのを差し控えているのかもしれません。


次回記事予定

次回記事では今回記事の観察経路で見られたサナエトンボ科2種(ヤマサナエ、アオサナエ)について、写真を添えて報告する予定です。

また、次々回記事ではこの川に流れ込む農業用水路で見られたオオイトトンボ、アサヒナカワトンボほかを取り上げることにしています。


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