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2018-02-08 (Thu)
昨年9月後半の河川中流部の池沼群(関東地方)へのプチ遠征で、10種のトンボが観察され、少し興味深い行動も見られましたので報告します。

この湿地は河川の堤防沿いにあり、大小の浅い池沼が散在しているところで、周辺は水田地帯になっています。
河川の後背湿地に起源を持ち、周辺が農地化された後も自然な植生に近い状態を残している池沼と考えらえます。

写真1はそのうちの一つの小さな池で、岸辺沿いには草刈りが行われた形跡があります。

河川中流部の湿地(1) 
写真1 トンボの観察された池。後背湿地のうちの一つ(写真はクリックで拡大します)

この周辺には、写真1と同様のたたずまいの池がいくつか散在していて、時おりトンボの舞う姿が見られます。

そんな中、最初の被写体になったのは、アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823) の産卵ペアです(写真2)。

アオイトトンボ連結産卵 
写真2 アオイトトンボ Lestes sponsa の連結産卵

♂♀ともに抽水植物にバランスよくとまり、♀は産卵管を突き立てて卵を産もうとしています。

写真3は同じカップルを背面から写したものです。

アオイトトンボ連結産卵(2)
写真3 アオイトトンボ Lestes sponsa の連結産卵(同一カップル)

♀の腹端が右に100度ほど捻じれています。
うまく卵を産むことに難儀している雰囲気が漂っています。

同じような産卵中の♀の腹端数節の極端な捻じれは、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 でも観察・撮影し、ブログ記事では捻じれが生じた原因の考察も添えました(当該過去記事はこちら)。

アオイトトンボ産卵の観察は途中で切り上げて、少し移動すると、ヨシの葉の上にノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883) ♀がとまっていました。

更に移動すると草むらでアオイトトンボ♀が小さな昆虫をつかまえて食べていました(写真4)。

アオイトトンボ♀の捕食 
写真4 捕食中のアオイトトンボ Lestes sponsa 

沢山卵を産んでお腹が空いたのでしょうか、ムシャムシャと噛み砕く音が聞こえてきそうです。

近くの一つの池のはずれに細い水路があり、その水面にハグロトンボ Atrocalopteryx atrata (Selys, 1853)♀が息絶えて浮かんでいました(写真5)。

ハグロトンボ♀の死骸
写真5 ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata♀の死骸

ピントはとても甘く、証拠写真にしかなりませんが、翅に汚れや小さな傷が見てとれることから、成熟し、おそらく交尾産卵も何度か経験した個体であったことを推測させるには十分です。

その意味で、このなきがらは、虫の一生をやり遂げ、思い残すことがなかったとつぶやいた後の姿にも見えてきます。

この後、このハグロトンボの遺骸はアメンボ等の餌食となり、生態系の中に返礼品としての有機物、無機塩類を捧げることになります。

同じ水路の水面上に水平に突き出した細い枯れ茎に、ハグロトンボ♂4頭が同じ方向(対岸方向)を向いてとまっています(写真6)。

ハグロトンボ♂ 
写真6 同じ向きでとまるハグロトンボ Atrocalopteryx atrata ♂ 4頭

もちろん、どの♂も、ここにやってくる♀を待ち受けているに違いありません。
これらの♂間で短時間の追い合いも見られましたが、どれか1♂が独占的な なわばり を占有するまでには至らない状況のもとでのこの「集団待機」なのでしょう。

産卵基質を含む好適な なわばり場所が相対的に不足し、そのため♂の込み合いが生じ、追っても追っても侵入が繰り返されるため、防衛コストが交尾獲得による利益(ベネフィット)を上回ってしまうという状況下ではこの集団待機という戦術は短期的にはベストチョイスになります。

この仮説をテストするには、この場所に何度も通い、じっくり時間をかけて記録をとりながら観察し、コストや利益をも計測する必要があります。

どなたか、いかがでしょう?

その水路を離れて移動し、別のやはり細水路沿いを歩くと、草の葉にアジアイトトンボ Ischnura asiatica (Brauer, 1865) ♂がとまっていました(写真7)。

アジアイトトンボ♂
写真7 アジアイトトンボ Ischnura asiatica 

沼辺の抽水植物の折れた先端にはアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883) ♂がとまっています(写真8)。

アキアカネ♂ 
写真8 アキアカネ Sympetrum frequens 

少し移動しながら別のトンボを探していると、草むらの折れた枯れ茎の先端に、シオカラトンボ Orthetrum albistylum (Selys, 1848) ♂がほぼ水平にとまり、同じ茎の少し下方にはアオモンイトトンボ Ischnura senegalensis (Rambur, 1842) ♂が鉛直にぶらさがっていました(写真9)。

シオカラトンボ♂とアオモンイトトンボ♂
写真9 シオカラトンボ Orthetrum albistylum ♂とアオモンイトトンボ Ischnura senegalensis 

告白すれば、このアオモンイトトンボには撮影時点には気づかず、帰宅後の写真現像の際に気づきました。

このアオモンイトトンボに忍者の素質があるのか、それとも私の視力あるいは認知力が低下してきたのか、その答えは言わないのが花でしょう(笑)。

一つの池のほとりの草の先端に、ナツアカネ Sympetrum darwinianum Selys, 1883 ♂がとまっていました(写真10)。

ナツアカネ♂ 
写真10 ナツアカネ Sympetrum darwinianum 

胸部側面や顔面が写っていいないので、種の同定は慎重にならざるをえませんでしたが、腹部・胸部の赤味、腹部の黒斑の特徴、尾部付属器のおよその形状で判断できました。

少し移動すると、池から突き出たヨシの葉にぶらさがり、ノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883)交尾をしていました(写真11)。

ノシメトンボ交尾
写真11 ノシメトンボの交尾

体色に赤味のある♂と比べて地味な色彩の♀ですが、胸部側面の虎縞模様のアクセントがくっきりしていて、意外にお洒落に見えます。

また少し移動すると、池の浅い所の抽水植物の茂みの間を縫うように連結打水産卵しているアカネ属の連結ペアがいました(写真12~14)。

写真13~14を現像し、拡大して見ることで、主に♂顔面の青白い特徴からマイコアカネ  Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) と同定できました。

マイコアカネ連結産卵(1)
写真12 マイコアカネ  Sympetrum kunckeli 連結産卵 (コントラスト調整後)

マイコアカネ連結産卵(2) 
写真13 マイコアカネ  Sympetrum kunckeli 連結産卵同一ペア(コントラスト調整後)

マイコアカネ連結産卵(3)5マ
写真14 マイコアカネ  Sympetrum kunckeli 連結産卵、同一ペア(コントラスト調整後)

この連結ペアは静止画のほかに、短時間の動画2本も撮影しました。

その動画を再生して打水のリズムをカウントしたところ、1本は14秒間に17回、もう1本は10秒間に13回、いずれもリズミカルに打水していました。

14秒のほうは後半で(小移動のため)打水と打水の間が少し空いたため、平均打水間隔がやや長くなりました。

以上、写真1の小さな池やそれに似た景観のいくつかの小さな池、そして細い水路や草むらでの観察で、9種のトンボが確認できました。

それらの小池群から少し離れたところに、かなり水面が広く残された浅い沼がありました(写真15)。

河川中流部の湿地(2) 
写真15 大型の抽水植物を伴う広く浅い沼

この写真15の沼に私が近づいた時です。
ヤンマが頭上高くを飛び過ぎたかと思うと、急降下し、沼縁の草の藪の中に突き刺さりました。

どこに行ったかと、そっと近づいて見ると、草間越しに黄緑系のヤンマの姿がありました(写真16)。

カトリヤンマ♀ 
写真16 カトリヤンマ Gynacantha japonica ♀ (コントラスト調整後)

帰宅後、現像中の写真と図鑑を見比べたところ、カトリヤンマ Gynacantha japonica Bartenev, 1910 ♀であることがわかりました。

拡大してみると、両方の複眼に♂が連結の際に尾部付属器で把持した時にできる小さな疵が残っていることがわかります。

このことから、この♀は交尾・産卵をしたことがある個体である(可能性が高い)ことがわかります。

現地では、このまま産卵でもしてくれるのかと期待して観ていたのですが、まもなく舞い上がって視界の外に消えていきました。

この後、この広い沼の中に胴付長靴(ウェーダ―)を着用して入り、はまらないように慎重に一歩一歩、歩きながら抽水植物ゾーンで活動しているトンボを探しました。

それにより、この沼でもアオイトトンボ連結、アジアイトトンボ♂、ナツアカネ、シオカラトンボを確認することができました。

もっと大物のトンボも期待していたのですが、曇り空の天候、訪れる季節や時刻の選択の甘さもあってか、淡い期待に終わりました。

とはいえ、この後背湿地一帯での短時間の観察で、5科10種(うちアカネ属4種)のトンボを確認でき、とりわけマイコアカネ産卵や当ブログ初登場のカトリヤンマに遭遇できたのはラッキーでした。

次回記事では、秋の四国路トンボ巡礼記(その1)と題して中々興味深いトンボたちをご紹介する予定です。

お楽しみに。


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2018-02-05 (Mon)
赤とんぼシーズン真っただ中の、昨年9月下旬、地元在住の昆虫研究者お二方(Tさん、Mさん)の御案内のもと訪れた、関東地方の農業地域の水辺を回るトンボ歩き。

今回は、その第三報に続いて、第四の立ち寄り地「林内の小規模な高層湿原」からのレポートです。

この立ち寄り地は、丘陵地の林内に成立している小規模な高層湿原です(写真1)。

林内の小規模な高層湿原 
写真1 林内の小規模な高層湿原。 (写真はクリックで拡大します)

この写真に写った池塘はこの湿原で最大・最深のもので、他にも数カ所池塘がありますが、それらはいずれも湿性植物とその遺体等で浅く、そして小面積になっていて、トンボの生息地としては先細りしている様子が伺えました。

この日のここまでの3箇所の立ち寄り先とは全く景観の異なる生息地ですので、雰囲気が大きく変わったトンボの種が観察されることも期待できました。

湿原内を、植物をなるべく傷めないようにゆっくり歩きながらトンボの姿を探したところ、写真1の池塘のほとりの、枯れた低木の枝の垂直なとがった先端に、赤化したアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883) ♂がとまっていました(写真2)。

アキアカネ♂ 
写真2 アキアカネ Sympetrum frequens  

この池塘の周りには、ほかにも二・三のアキアカネが見られました。
どの立ち寄り先にも必ず登場するとは、アキアカネはさすがポピュラーなトンボです。

もっと、違ったトンボはいないかと、この狭い湿原をゆっくり一回りしたところ、低木が数本侵入していて、草丈も高い湿原周縁部でオツネントンボ Sympecma paedisca (Brauer, 1877) ♂を見つけました(写真3)。

オツネントンボ♂
写真3 オツネントンボ Sympecma paedisca 

翅にも体表にも傷みの出ていない個体です。

晩夏から初秋に羽化して大人の仲間入りをしたわけですが、この後、この成虫の体で長い冬を越し、春先、この地域のどこかの水辺に現れて交尾して子孫に命をつなぐという大きな仕事が待っています。

※当ブログで、過去に数回オツネントンボを主役級でとりあげていて、下記記事にはそのリストを添えています。

さて、この湿原内の探索で、別の小さな池塘のほとりにナツアカネ Sympetrum darwinianum Selys, 1883 ♂の姿を認めました(写真4)。

ナツアカネ♂
写真4 ナツアカネ Sympetrum darwinianum 

枯草の折れた先端にとまっています。

横からの写真なので、胸部側面の黒斑が帯状に上方に伸びる途中が直角に切断されるというナツアカネの特徴が、透明な翅越しに確認できます。

アキアカネと違って、胸部全体、そして頭部も真っ赤に染まっているのもナツアカネ成熟♂の特徴です。

湿原探索を続けると、ポピュラーさにおいてアキアカネのライバルともいえる、ノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883) もいました(写真5)。

ノシメトンボ♀
写真5 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum 

♀です。
ナツアカネ♂と比べたら、思いっきり地味な色調です。

トンボ類の♀が♂に比べて一般に地味で目立たないのは、当ブログでも繰り返し書いているように、対捕食者対策、つまり、背景の中に紛れることで捕食者に発見されにくくしていると解釈して間違いないでしょう。

それでも、眼のよい、そして勘のよい(この時間帯にこのあたりにお目当ての餌動物がいるはずだと予想できる)捕食者の餌食になることも稀ではありません。

こんなこともあるので、トンボの親が沢山の卵を産んで、その中の運のよい子供だけでも生き残って子孫を残せるようにしているというわけです。

さて、この湿原ではアカネ属の3種はいずれも複数個体が見かけられましたが、湿原特有な、あるいは湿原を好む種は今回観察できませんでした。

とはいえ、好天に恵まれ、6科13種(うち、アカネ属7種)と、多くのトンボ達の元気な姿に接することができました。

最後に池塘のほとりで、Tさん、Mさんとそれぞれツーショットの記念写真を撮り、現地を後にしました。

素晴らしい経験をプレゼントしてくださったTさん、Mさんに改めて謝意を表して、4報にわたるこの地域での赤とんぼ探訪記を打ち上げとします。


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2018-02-03 (Sat)
赤とんぼシーズン真っただ中の、昨年9月下旬、地元在住の昆虫研究者お二方(Tさん、Mさん)の御案内のもと訪れた、関東地方の農業地域の水辺を回るトンボ歩き。

今回は、その第二報に続いて、第三の立ち寄り地「樹林沿いの溜池群」からのレポートです。

この立ち寄り地は、低い丘陵地上の樹林帯に接した溜池群で、その周辺に開かれた水田を涵養しています。

写真1はその溜池の一つで浮葉植物のジュンサイが繁茂しています。

溜池(第三の立ち寄り地) 
写真1 樹林に接し、ジュンサイが繁茂する溜池。(写真はクリックで拡大します)

ジュンサイは富栄養化した水域では衰退することが知られています(角野 2014)ので、この池は富栄養化があまり進んでおらず、トンボにとっても棲みやすい池といえそうです。

池の岸辺に生えた木の、葉のおちた水平な小枝の先にアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883)♀がとまっていました(写真2)。

アキアカネ♀ 
写真2 アキアカネ Sympetrum frequens ♀

腹部背面だけが綺麗に赤化しています。

ほかに何か変わったトンボはいないかと、少し離れた別の溜池に向って見ました。

私が足を止めたのは、樹林に接した、比較的水が澄んだ感じの溜池(写真3)で、岸近くの底からはハリイかホタルイの仲間と思われる沈水植物が繁茂しています。

ネキトンボの産卵が見られた溜池の一角 
写真3 ネキトンボの産卵が見られた溜め池の一角。

その少し沖合にはジュンサイの浮葉が散在していて、その上空を、翅の基部を鮮やかな黄色に染めた赤とんぼが雌雄連結で飛び回り、水面に♀の腹端を打ち付けています(写真4)。

ネキトンボ連結産卵 
写真4 ネキトンボ Sympetrum speciosum の連結打水産卵

ネキトンボ Sympetrum speciosum Oguma, 1915 の連結打水産卵です。

自由に、軽快に、水面上の直径10m程度の範囲内を飛びまわり、2頭の息ぴったりに繰りかえし下降し、的確な高さとタイミングで水面に♀の腹端を打ち付けます(写真5)。

ネキトンボ連結産卵
写真5 ネキトンボ Sympetrum speciosum の連結打水産卵、同一ペア

もちろん、この打水のタイミングに、♀の生殖口からは少数の受精卵が水中に放たれているはずです。

写真6は、打水直後のカップルで、水面には波紋が残っています。

ネキトンボ連結産卵 
写真6 ネキトンボ Sympetrum speciosum の連結打水産卵、同一ペア

写真7は、打水と打水の間の水平飛行で、このように低いところを飛びながら次の打水のタイミングをうかがっている様子が伺えます。

ネキトンボ連結産卵 
写真7 ネキトンボ Sympetrum speciosum の連結打水産卵、同一ペア

同じ池の水面上の広い範囲を、ギンヤンマ Anax parthenope (Selys, 1839)♂がパトロールしていました(写真8)。

ギンヤンマ♂ 
写真8 ギンヤンマ Anax parthenope ♂のパトロール

赤とんぼ達に目を奪われている私に、「俺のことを忘れるなよ~!」と注文をつけに来たのでしょうか(笑)。

ご心配なく。
そのようなことを口に出さなくとも十分な存在感を漂わす体格と力強い飛び方の持ち主です。

隣接の溜池に移動中、岸辺の枯れ木の先端にはノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883) ♀がとまっていました(写真9)。

ノシメトンボ♀ 
写真9  ノシメトンボ Sympetrum infuscatum

少し離れた別の枯茎の先にはノシメトンボ♂がとまっています(写真10)。

ノシメトンボ♂ 
写真10 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum

写真9、10のいずれも、斜め後ろから、腹部にピントを合わせて撮影していますので、この部分における♂と♀の形態や色彩の比較が可能になっています。

♀の腹部第4~7節側面下方の黒斑には、♂のそれにはない淡色斑があることが見てとれます。

別の枯れ枝には、ネキトンボ♂がとまっていました(写真11)。

ネキトンボ♂ 
写真11 ネキトンボ Sympetrum speciosum

腹部や複眼上面の紅色と競い合うかのように、翅基部を濃い橙色に染めて、たいへん鮮やかな印象を与えています。

ネキトンボは私が長く住んでいた北海道には分布していない種ですので、関東に転居後はじめてこの種を観察・撮影した際にはその鮮やかに心を奪われたものです(ブログ未発表)。

少し離れた低木の複葉の垂直な1枚の先端には赤化したアキアカネ ♂がとまっています(写真12)。

アキアカネ♂ 
写真12 アキアカネ Sympetrum frequens

背後方からたっぷりと陽光を浴びて朱色のドレスを引き立たせています。

もう少し移動した先には、ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum (Müller, 1766)  ♂もいました(写真13

ミヤマアカネ♂ 
写真13 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum

ミヤマアカネは、翅の濃褐色の帯がオシャレなアクセントとなっているだけでなく、翅脈や縁紋まで紅色になり、赤とんぼ村のファッションモデルの資格十分です。

おやおや、溜池の岸の踏み固められた草地の枯れ茎の断片の上にハグロトンボ Atrocalopteryx atrata (Selys, 1853)♀がとまりました(写真14)。

ハグロトンボ♀ 
写真14 ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata ♀

華やかな赤とんぼ村の住人達の蔭で、なんという控えめで目立たない体色なのでしょう!

きらきら水が輝く水辺で草の緑を背景にすれば、それなりに存在感はアピールする種なのですが(過去記事「ハグロトンボ:翅打ち合わせ行動の意味は?」参照)。

このハグロトンボ、私がカメラを構えていると、ふわっと飛び上がり、またほぼ同じところにとまりました。
ピントはあっていませんが、飛び立った瞬間の翅がX字に大きく開いたところが撮れました(写真15)。

ハグロトンボ♀ 
写真15 ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata ♀、同一個体

池の岸から少し離れた、溜め池の横を通る農道の砂利の上には、ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773) ♂がとまっていました(写真16)。

ショウジョウトンボ♂ 
写真16 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia ♂。

少し暑いのでしょうか、腹端をやや挙上しています。
この姿勢は、体表が受ける陽光の相対角度を減じることで体温調節の機能をもつとされています。

翅の基部が橙色で腹部が真っ赤な点はネキトンボに似ますが、ショウジョウトンボは複眼、胸部、顔面、さらには脚までが真っ赤です。

種の和名が猩々に例えられたのも納得がいくというものです(過去記事「ショウジョウトンボ♂」も参照)。

ショウジョウトンボは、広い意味の赤とんぼに含まれる種の一つですが、アカネ属(別名、アカトンボ属)Symperum ではなくショウジョウトンボ属 Crocothemis に属します。

そこから歩いて別の溜池の岸を見ると、枯草の折れた先端にアキアカネ♀がとまっていました(写真17)。

アキアカネ♀ 
写真17 アキアカネ Sympetrum frequens

今回の赤とんぼ探訪シリーズでは、繰りかえしアキアカネが登場し、いささか食傷気味ですが、この個体はとても色艶よく、凛とした姿で写っているので、敢えて掲載することにしました。

ひとつの溜池の浅い部分に密生した抽水植物(おそらくカンガレイSchoenoplectus triangulatus)の茎(棹)に爪をかけて、アジアイトトンボ Ischnura asiatica (Brauer, 1865) が交尾していました(写真18)。

アジアイトトンボ交尾 
写真18 アジアイトトンボ Ischnura asiatica 交尾。 

♂、♀とも、この抽水植物の葉の縁のギザギザのえぐれ(食痕と思われる)に脚の爪をかけて体を支えています。
えぐれのない縁とくらべて滑りにくいでしょうから、このとまり場所の選択は納得がいきます。

深度合成機能をもたないカメラでの斜め上方からの撮影のため、♂♀同時にピントを合わせることができませんでした。

というわけで、♀の頭部・胸部にピントのあった写真も掲げておきます(写真19)。

アジアイトトンボ交尾 
写真19 アジアイトトンボ Ischnura asiatica 交尾(同一ペア、♀にピント)。

同じ植物群落の見通しのよい水面近くにはアジアイトトンボの単独♂が2頭、互いに離れてとまっていました。
♀がやってきたら交尾しようと待ち構えているのに違いありません。

※アジアイトトンボについて、当ブログの過去記事には以下の関連記事があります。
 よろしければクリックしてご笑覧ください。

同じ植物群落の草の先端に、ノシメトンボ♀もとまっていました(写真19)。

ノシメトンボ♀ 
写真19 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum

今回の赤とんぼ探訪ではノシメトンボもやや食傷気味ですが、めずらしく頭部から腹端までピントが合っていて、腹部正中線が黒色を呈していることもよくわかりますので掲載しておきます。

溜池巡りをもう少し続けていると、円弧状に曲がりながら水面に突き出した枯草の茎にアキアカネ♀がとまり、沖合を眺めていました(写真20)。

アキアカネ♀ 
写真20 アキアカネ Sympetrum frequens ♀

この♀は、写真2、写真17のアキアカネ♀と比べて、腹部背面もほとんど赤化していません。
色彩の個体差の実例として掲げておきます。

溜池の岸の草にはモノサシトンボ Pseudocopera annulata (Selys, 1863) ♂がとまっていました(写真21)。

モノサシトンボ♂ 
写真21 モノサシトンボ Pseudocopera annulata ♂

モノサシトンボは、当ブログの過去記事に2,3回、準主役で登場していて、「奥の蜻蛉道(4):アマゴイルリトンボとの出会い」では、♂、♀それぞれの写真を掲載しています。

このあたりで、Tさんから「そろそろ次の観察地へ移動しましょうか」との声がかかりました。

この第三の立ち寄り地での赤とんぼ探訪は、ギンヤンマやハグロトンボ、アジアイトトンボ、モノサシトンボといった脇役にも恵まれ、実りのあるものとなりました。

この立ち寄り地でのアカネ属の種のカウントは4種となり、そのうちのネキトンボはこの日初確認でした。

第一・第二の立ち寄り地と合せたアカネ属の種の確認数は7種となりました。

更に、この訪問地で確認した別属の赤とんぼであるショウジョウトンボを加えれば、この日、8種の赤とんぼと会えたことになります。

第三の立ち寄り地では、5科9種のトンボを短時間に確認できました。
このことは、この溜池群が第一・第二の立ち寄り地に比べて水辺環境の多様性も高く、トンボにとってまだまだ好適な環境を維持していることの証左となるでしょう。

ただ、これら溜池群のうちの一つの池で、私の観察・撮影中にも釣り人が2人来ていて、釣り糸の遠投を繰り返していましたので、なんらかの外来魚が放流されていた可能性も考えられ、トンボたちの生息地が徐々に悪化していくことも懸念されました。

トンボだけでなく、多くの在来種の存立を脅かす特定外来種のこれ以上の拡散を抑制するには、この問題の深刻さを洗い出し、多くの人に認識してもらうことも必要であり、当ブログでも可能な限りそのことに取り組んでいきたいと思います。

謝辞:
現地にご案内いただいた、Tさん、Mさんに感謝いたします。

引用文献:
角野 康郎(2014)「日本の水草」文一総合出版。



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2018-01-22 (Mon)
昨年9月下旬、地元在住の昆虫研究者お二方(Tさん、Mさん)の御案内のもと訪れた、関東地方の農業地域の水辺を回るトンボ歩き。

今回は、その第一報「赤とんぼ探訪記(1):赤さ比べ、そして長毛マフラー」に続いて、第二の立ち寄り地写真1)からのレポートです。

緩傾斜の棚田 
写真1 第二の立ち寄り地 傾斜のゆるい棚田地帯 (写真はクリックで拡大します)

ここは、木立や農家の建物も遠くに見える広々とした傾斜のゆるい棚田地帯です。

その棚田の横を流れる用水路と並走する農道(写真2)を歩くとすぐに、脇の土手の草むらに赤とんぼの姿がありました。

緩傾斜の棚田の用水路
写真2 ミヤマアカネの交尾・産卵が見られた水路

近寄るとそれはミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum (Müller, 1766)  ♀でした(写真3)。

ミヤマアカネ♀ 
写真3 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum 

ミヤマアカネの成熟♂の体躯は鮮やかな赤色をしていますが(写真10)、♀のほうは成熟しても、くすんだ茶褐色系で、かなり地味です。
そのため、とくに背景が枯草や土の場合は、背景にうまく溶け込むことになります。

用水路の土手の草には、ツユクサの水色の花びらを背景に、マユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) ♂がとまっていました(写真4)。

マユタテアカネ♂
写真4 マユタテアカネ Sympetrum eroticum 

腹部だけでなく、翅の付け根の赤色も鮮やかです。

稲穂が頭を垂れた田圃に目をやると、ところどころにアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883)の姿がありました。
写真5はそのうちの1♀です。

アキアカネ♀
写真5 アキアカネ Sympetrum frequens 

稲穂にとまっていますが、足場の選び方が今一つだったようで、やや不安定な止まり方に見えます。
胸部に目をやると、アキアカネに特徴的な第一側縫線上の先細りの黒斑が見てとれます。

ミヤマアカネの♀も近くの稲穂にとまっていました(写真6)。

ミヤマアカネ♀
写真6 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum 

もちろん、写真3とは別の個体です。

ミヤマアカネと稲穂の組み合わせは私にとって新鮮でした。

このシーンが教てくれるのは、この水田地帯がアキアカネにとってはもちろん、ミヤマアカネにとっても、棲みやすいということではないでしょうか。

農道に戻ると、おやおや、道端に生えるアザミ(?)の穂先でアキアカネの♀が体後部を挙上するオベリスク姿勢(ただし、中途半端)をとっています(写真7)。

アキアカネ♀ 
写真7 アキアカネ Sympetrum frequens ♀のオベリスク姿勢

気温はそれほど高くありませんが、澄んだ秋空越しに射す太陽光で、体が少し火照ったのかもしれません。

水路の土手の草むらでは、枯草の茎にぶらさがるように、ミヤマアカネが交尾していました(写真8)。

ミヤマアカネ交尾
写真8 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum の交尾

顔面まで含めて鮮やかな紅色のこの♂の右前翅は半月状にえぐれる傷を追っています。
どのような事故で負った傷でしょうか。

いずれにせよ、羽化後翅が十分伸長し、硬化した後での、比較的最近負った傷なのでしょう、前縁部は先端まで折れずに残っています。

そして、この程度の傷であれば、♀に言い寄り、射止める能力は損なわれていない、ということを証明しています。

さて、このミヤマアカネのカップルがぶらさがっている同じ枯草の茎の先端近くに、別の赤とんぼがとまりました。

マユタテアカネ♂です(写真9)。

ミヤマアカネ交尾カップルとマユタテアカネ♂
写真9 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum の交尾カップルと同じ茎にとまるマユタテアカネ S. eroticum ♂。

よく似たマイコアカネと区別するために画像処理で明るくして観察してみると、翅胸側面にマイコアカネのような小黒斑がなく、顔面に青味はなく眉条斑があることから、マユタテアカネと確認できます。

マユタテアカネは、ミヤマアカネのカップルをそれ以上邪魔するでもなく、その場にとまっていました。

別の草の葉の上には、ミヤマアカネの♂がとまっていました(写真10)。

ミヤマアカネ♂
写真10 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum 

翅脈も含めて体全体が真っ赤で、大変華やかです。
ただし、脚と翅の縁紋の前縁、それに触角は黒いままです。

写真3&6のミヤマアカネ♀とくらべると本種の成熟♂♀の色彩の違いがよくわかると思います。

なお、トンボでは、羽化後の成熟やその後の老化によって体色が変化することが多いので、種間や性間で体色を比較する場合には注意が必要です。

用水路に目を移すと、コンクリート底の上を清冽ながら浅い水が流れる場所で、ミヤマアカネのペアが連結打水産卵をしていました(写真11)。

ミヤマアカネ産卵
写真11 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum の連結打水産卵

珍しいシーンが私の眼の前に突然現れ、産卵が終らないうちにと、あわてて撮影したこともあり、適切なISO感度とシャッター速度を選択することに失敗してしまいました。

シャッター速度が320分の1秒と遅かったため、写真はブレまくり、トンボの姿がカメラフレームに収まらないケースも続出しました。

ミヤマアカネの産卵シーンの撮影は初めてでしたので、何か1枚、証拠写真として掲載したいと考えて、消去法で最後に残ったのが上の写真です。

画像をこれ以上拡大しないでください(笑)。
そしてマズイ写真の例として引用しないでください(笑)。

このミヤマアカネの産卵は、同じカメラ(EOS7D)で動画も撮影しましたが、これもとても公開できるような写りとはなりませんでした。

しかし、打水のリズムが、8秒間に9回、しかもメトロノーム級の精確な刻みだったことは確認できました(動画ファイル名:MVI_6999の、再生開始後9~17秒の間)。

そうこうしているうちに、現地で案内してくださったTさんから「こちらにマイコアカネがいますよ!」との掛け声がかかりました。

声の方角に向ってそくさくと畦道を進むと、サワサワと垂れている稲穂の群れの中にマイコアカネ  Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) ♂の姿がありました(写真12)。

マイコアカネ♂ 
写真12 マイコアカネ Sympetrum kunckeli 

稲穂の上にとまり、腹部を挙上させた凛々しい姿を見せてくれました。
翅の先が破れているのが若干、玉に瑕ですがそれを差し引いても、うっとりする姿態です。

翅胸側面にマユタテアカネにはなかった小黒斑があり、顔面は白いだけでなく、かすかに青味を帯びています。

眉こそありませんが、なるほど京都の小路をそろりと歩む舞妓さんの化粧した顔を連想させるものがあります。

ただし、真紅の振袖で身を包んでいるのは♀ではなく、♂のマイコアカネのほうなのは(今流行りの言葉を用いれば)「残念!」な真実といえるかもしれません(笑)。

今回は本種♀の観察・撮影はできませんでしたが、本種♀は、尾園ほか(2012)によれば、成熟♂にくらべて、翅胸側面は黄色味が強く、腹部は通常橙色となっています(中には♂型の♀というものも存在し、腹部背面が若干赤化します)。

ミヤマアカネの交尾・産卵や、お目当てのトンボの一つであるマイコアカネを見ることができて満足気味の私に、案内してくださっているTさんとMさんから、「次のポイントに行きましょう」と声がかかりました。

ここ、第二の立ち寄り地の赤とんぼは、4種。
第一・第二の立ち寄り地を合わせて6種となりました。

次の第三・第四の立ち寄り地で更に赤とんぼの種は増えるのでしょうか。。。

次回記事をお楽しみに。


引用文献:

 尾園暁、川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


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2018-01-20 (Sat)
1月も後半。トンボは一部の成虫越冬種を除いてオフ・シーズン。

こういう時は、シーズン繁忙期に取材したままブログ掲載のタイミングを逸してしまったトンボ達の活動シーンを、遅ればせながら紹介するというのも一方法。

ということで、2017年秋の赤とんぼ探訪の旅を、シリーズで数回にわたってレポートしたいと思います。

1回目の今回は、9月下旬、地元在住の昆虫研究者お二方(Tさん、Mさん)の御案内のもと訪れた、関東地方の農業地域の水田や人工池、湿地を回るトンボ歩きの最初の立ち寄り地からのレポートです。

直近のアメダス地点の気温が20℃をやや上回り、空模様は晴れ一時曇り、風速は5メートルというトンボ日和のもと、最初の立ち寄り地(写真1)に足を踏み入れました。

木立に囲まれた人工池Sep2017 
写真1 最初の立ち寄り地 (写真はクリックで拡大します)

周囲を田畑に囲まれた小規模な林地の中の小さな池(写真1)のほとりで私を出迎えてくれたのは、ナツアカネSympetrum darwinianum Selys, 1883 ♂でした(写真2)。

ナツアカネ♂ 
写真2 ナツアカネ Sympetrum darwinianum ♂

先が折れた枯草の先端にとまっているこの♂は、顔面から複眼上部、翅胸を経て腹部先端まで真っ赤に染まっています。

とりわけ、顔面の真ん中から上(後頭楯+前額+額瘤)は赤色が鮮やかなだけでなく、まるで肉瘤のように隆々と盛り上がり、この♂の燃え上がる恋心が透けて見えるかのようです。

ナツアカネは水辺の植物にとまって♀を待ち、そこにやってきた♀と交尾するとされています(杉村ほか、1999)。

写真の♂の各足先の爪の先はしっかりと止まり場にくいこみ、体の安定を保っています。
「この場所をそう簡単には他の♂には渡さないぞ」という決意の表れかもしれません。

よく見ると、翅にはクモの糸が2,3本からまっていて、羽化して以来この日までのこの♂の奮闘ぶりをうかがわせます。

池のほとりの白っぽい岩の上に別のも赤とんぼがとまっていました。
マユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) ♂です(写真3)。

マユタテアカネ♂ 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum  ♂

写真2のナツアカネに比べ、腹部を除く体躯は赤色を避けるかのように、茶色~チョコレート色をしています。

前額には、濁った淡褐色の地色にチョコレート色の斑点(専門用語は、眉斑)があります。
この眉斑は典型的には1対の太眉のように見え、これがマユタテアカネという和名の元になった?
もちろん、その通りです。

マユタテアカネ♂のもう一つの特徴は、尾部上付属器の先半分が大きく上方に反りかえっていることです。
これについては以前の記事「マユタテアカネ♂」でクローズアップ写真を添えて解説していますので、学名の由来とあわせて笑覧ください。

写真3のマユタテアカネ♂も、やはり、♀の到着を待って、この岩周辺の水辺を なわばり として占有しているに違いありません。

さて、この池から少し離れて、木立が水田に面した土手面に回り込んでみました。
そこの草の葉に半ばぶらさばるようにとまっていたのはアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883) ♂です(写真4)。

アキアカネ♂
写真4 アキアカネ Sympetrum frequens  ♂

この♂からもわかるように、アキアカネ♂は、ナツアカネ♂に比べて腹部以外はあまり赤くなりません。
その点、写真3のマユタテアカネ♂と同様のファッションを採用しているといえます。

写真4のアキアカネ♂の頭部・胸部を拡大してみたところ、翅胸前面の体毛が思っていたよりも密で長いことに気づきました(写真5)。

アキアカネ♂、頭部・胸部拡大
写真5 アキアカネ Sympetrum frequens  ♂(写真4と同一個体)

前胸背板に襟のように見える毛があることについては私も以前から知っていましたが、これもあらためて注目するとなかなか立派です。
更には、頭部後縁にも長い毛が生えています。

尤もらしい解釈としては、頭部を上下左右に動かした際に、トンボが自分がどの方向を向いているかを認識するための接触感覚を得るためというものがあります。
これは私が大学の生物学科(動物学専攻)学生だった時に動物生理学の教授(玉重三男先生)が授業で紹介した仮説の一つであったと記憶しています。

実際、トンボ目の幼虫・成虫の体表面の随所に列生している、このような刺毛は接触感覚を担っていることが知られていますし(Corbet, 1999)、特に飛行中の視界の向きと飛行メカニズムである胸部の向きとの立体角度の把握はパイロット(この場合はトンボの脳)にとって大変重要ですので、この仮説は初期仮説としては大いに妥当だと思います。

さて、その場から少し歩いて近くの土留め用コンクリートの杭に目をやると、その天面にノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883) ♀がとまっていました(写真6)。

ノシメトンボ♀
写真6 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum ♀

陽があたっていないため、ノシメトンボ♀の色がよけいに地味にみえます。

別角度からの写真を拡大すると、下唇をあんぐりと開け右前脚で複眼をこすっています(写真7)。

ノシメトンボ♀
(写真7)ノシメトンボ Sympetrum infuscatum  ♀(写真6と同一個体)

そして、顔面には水滴。
どうやら、池の面をかすめ飛びながら水を飲んで戻った後のようです。

※当ブログでノシメトンボが主役となった記事に、「ノシメトンボ:ハンディキャップもなんのその」があります。関連過去記事のリンクもありますので、ご笑覧ください。

さて、そうこうしているうちに、午前11時を少しすぎていました。

黄金色に染まる水田に目を向けると、たわわに実る稲の穂先でアキアカネが交尾していました(写真8、9)。

アキアカネ交尾
写真8 アキアカネ Sympetrum frequens  交尾

アキアカネ交尾、ズームイン
写真9 アキアカネ Sympetrum frequens  同一交尾カップルにズームイン。

♂は籾6本の脚の爪をしっかりと籾にかけて、体を支えています。
♀は6本の脚で♂の腹部につかまっています。
こうして、自分の頸部と生殖口にかかる体重をいくらかでも分散させているのかもしれません。

ちなみに、♀の頭部と胸部をつなぐ細くしなやかな首にも強い力(重力)がかかっているはずです。
トンボにはこの力から細い首を守るために巧みなしくみがあることがStanislav N. Gorb博士らによって明らかにされています。
それは「頭部ー頸部固定装置」。
これについては、いずれ稿を改めてご紹介したいと思います。

少し離れた別の稲穂にはアキアカネ単独♀がとまっていました。
♂の求愛をじっと待っているのかもしれません。

アキアカネの配偶システム(mating system)を把握するには、配偶場所を中心に粘り強く、繰り返し観察することが必要ですが、今回も駆け足での生息地巡りのため、それは叶いませんでした。

※アキアカネについては、これまでに何度もこのブログでとりあげていて、下記記事中にはそれらの記事へのリンク集をつけています。

こうして、最初の立ち寄り先で幸先よく、4種のアカネ属のトンボに遇うことができ、短時間ながら観察・撮影することができました。

中でもナツアカネは当ブログには初登場で、写真に写った姿をじっくり眺めた私に対しても、なかなかのインパクトを与えてくれました。

私が埼玉県に転居するまで長く居住していた北海道釧路地域ではナツアカネは非常に稀で、あこがれのトンボの一つであったと言っても言い過ぎではない存在でした。

さて、次の立ち寄り地では、更に別のアカネ属のトンボにも出会うことになります。

次回記事をお楽しみに。

最後になりましたが、現地を親切にご案内いただいただけでなく、生息状況などについてご教示くださったTさん、Mさんのお二方に心よりお礼申し上げます。


引用文献:

Corbet, P.S. (コーベット, P.S. )(1999著)、椿・生方・上田・東、監訳(2007)『トンボ博物学―行動と生態の多様性ー』。海游舎。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。


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