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2018-04-07 (Sat)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征で、最初に訪れた生息地(溜池A写真12)では、本シリーズ(関連記事はこちら)第七報までに列挙したように、5科13種のトンボの成虫(そのうち初対面3種;文末リスト参照)に出会うことができました。

第八報の今回は、溜池Aから掬い上げられたトンボ目の幼虫(ヤゴ)3種を取り上げます。


目 次:
 ◆トンボ目生息調査と採集・撮影
 ◆溜池Aにはどんなヤゴが?
 ◆タイワンウチワヤンマの幼虫
 ◆タイワンウチワヤンマ幼虫に不思議な穴!? → 正解は小型のミズムシ類
 ◆トラフトンボの幼虫
 ◆ショウジョウトンボの幼虫
 ◆今回の幼虫同定の根拠
 ◆生活史の中の幼虫
 ◆最初の訪問地溜池A
 ◆溜池Aで今回の訪問で観察されたトンボ目のリスト(学名省略)
 ◆引用文献
 ◆謝辞
 ◆引用文献


トンボ目生息調査と採集・撮影

一般的にいって、トンボ目を含むどの生物に関しても、生態や生息状況の観察には、種の正確な同定が大切です。

かつては、カメラの性能も不十分でしたし、フィルム代がかさみますので、種の同定のためには、(見慣れた種を除いては)サンプル個体を採集して、標本用に持ち帰ることが不可欠でした。

しかし最近では、トンボの成虫については、ネットを使わずとも、性能のよいデジタルカメラ(+望遠・マクロレンズ)で撮影すれば、定評あるトンボ図鑑(浜田・井上 1985、杉村ほか 1999、尾園ほか 2012)と照らし合わせることで、画像によりほとんどの種の同定が可能になっています。

ですので、(成虫の場合には)新記録種あるいは新奇な形態変異に遭遇した場合等を除いては、種個体群の維持の観点から、不必要な採集は自制することが推奨されます。

一方、幼虫の生息調査のためには、水中カメラを駆使しない限り、たも網等で掬い上げることが不可欠ですし、その上で、標本用に持ち帰るか、または生きたままの姿をいくつかの角度からカメラで接写する必要があります。


溜池Aにはどんなヤゴが?

今回の私の遠征は、地元の熱心な昆虫研究者・愛好家のグループ(ここでは「松山探虫団」(仮称)と呼ばせてもらいます)による、溜池のトンボ生息状況調査にゲスト参加させてもらうことで実現したものです。

この日の「松山探虫団」メンバーの1人、武智礼央さん(昆虫研究者;『愛媛のトンボ図鑑』[かわうそ復活プロジェクト、2013]の共著者)は、溜池A で、他のメンバーがデジカメ&肉眼で観察する中、たも網による水生昆虫生息状況調査に没頭しておられました。

おやおや、何かの生き物が採れたらしく、団員が集まっています(写真1)。

溜池で水生昆虫を調査中のメンバー 
写真1 掬った幼虫をチェック中の武智さんほか探虫団メンバ―。(写真はクリックで拡大します)

「どれどれ」と、私も覗きにいきました。

写真2からわかるように、手前から大、中、小3種類、各1個体のヤゴが、一緒に掬われた落葉屑、水草屑の中から掻き出されていました。

溜池で調査メンバーが掬ったトンボ幼虫
写真2 武智さんがこの時に掬い上げた溜池Aのトンボ幼虫

その場で武智さんの許可を得て、網の中で運命の時(?)を待つヤゴたちの写真を数枚撮影させてもらいました(写真2~8)(写真の当ブログへの掲載も快諾されました)。


タイワンウチワヤンマの幼虫

これらヤゴ3個体の中で、一番大きいヤゴが、写真3~4です。

タイワンウチワヤンマ幼虫 
写真3 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 幼虫

主に杉村ほか(1999)の図鑑を参照して、写真3、4のヤゴを、タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax (Hagen in Selys, 1854)と同定しました。

同定の根拠については、本記事の後半の「今回の幼虫同定の根拠」のところで記述します。

写真3から判断できることを、以下に列挙してみます。
・全体に厚くて丈夫そうなクチクラに覆われている。
・触角は鞭状ではなく、棍棒状。
・ただし、先端の節がヘラ状に幅広く広がってはいない。
・後頭部は前後幅があり、後ろに向ってあまりすぼまらず、側面後端が角張っている(ただし、角は丸みがある)。
・脚はそれほど長くなく、第7腹節の中間くらいまでの長さ。
・腹部は幅広く、背面から見て楕円形をしていて、第8腹節の側棘が判別できる。
・背棘の有無は判別困難。

写真4も同じ個体です。

タイワンウチワヤンマ幼虫 
写真4 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 幼虫(同一個体)

写真4では、背棘は少なくとも4~7節の後縁中央に存在するように見えます。

また、側棘は7~9節の後側端にあるように見えます。


タイワンウチワヤンマ幼虫に不思議な穴!? → 正解は小型のミズムシ類

 注記:この部分は4月8日および9日に記事初版から一部書き換えました。小見出しも末尾に「? → 正解は小型のミズムシ類」を加筆しています。

すでにお気づきの方もおられるかもしれませんが、このタイワンウチワヤンマ幼虫の腹部第8節
から第9節の前端にかけての中央やや左に、ヤゴの表皮(クチクラ)、さらには体の内部まで、円形にくり抜かれているように見えます(写真5~6)。

タイワンウチワヤンマ幼虫の腹端部(穴が開いている) 
写真5 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 幼虫写真3の部分拡大)

写真5では、その円い「穴」を通して、背景のたも網のメッシュが覗いているようにも見えます。

タイワンウチワヤンマ幼虫の腹端部(穴が開いている) 
写真6 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 幼虫写真4の部分拡大)

写真6では、少し後方からの撮影のためか、円形の「穴」の内側に、ヤゴの体内の白っぽい肉質部が覗いているように見えます。

写真7は、同じタイワンウチワヤンマ幼虫ですが、「穴」の位置からみて別個体であることがわかります。

タイワンウチワヤンマ幼虫の腹端部(穴が開いている) 
写真7 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 幼虫別個体の部分拡大)【付記:穴ではなく付着したマルミズムシということになれば、それはスライド可能なので、タイワンウチワヤンマは同一個体となる】

こちらは、腹端部の右側に、やはり、背から腹に貫通する「穴」が開いてるように見えます。

この解釈のもとで、当記事をいったん公開し、フェイスブックやツィッターで告知したところ、当シリーズ記事の取材でお世話下さった飯田貢さんから、「穴ではなく、マルミズムシ類(カメムシ目)が付着しているようだ」とのご指摘がありました。

フェイスブックでの飯田さんの追加の説明と、私がネットで調べた情報を総合した結果から、私の「穴説」は崩れ去り、飯田さんのご指摘どおり、マルミズムシの仲間に間違いないという結論になりました。

穴という先入観を捨て、ミマルズムシ類に該当するかどうかを判定するスタンスで、写真5~7をもう一度じっくり見直すと、「マルミズムシ類以外ではありえない」という確信が湧いてくる結果となりました。

穴説を打ち出す前に、「何かが付着している」という選択肢も頭を横切りましたが、写真5で穴を通してたも網のメッシュが覗いている、という先入観に影響された判断で先入観が補強されてしまっていました。

飯田さんが、この付着したマルミズムシ類を見破ることができたのは、昆虫全般への強い関心と、この溜池を含む、身近な生息地における昆虫についての豊富な観察体験があったからこそと思います。

マルミズムシ類については、次回記事で簡単に取り上げたいと思います。

 注記:一部書き換えはここまでです。


トラフトンボの幼虫

ヤゴ3個体の中で、中間サイズのヤゴが、写真8です。

トラフトンボ幼虫 
写真8 トラフトンボ Epitheca marginata 幼虫 

写真8のヤゴを、トラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883)と同定しました(本記事の後半の「今回の幼虫同定の根拠」参照)。

写真8から判断できることを以下に列挙してみます。
・触角はよく見えないが、特に太短かったり、短棒状だったら判別できるはずなので、細い糸状(鞭状)の触角を持っているはず。
・複眼は小さいが、頭部前側面に突出する。
・頭部前面の複眼間に黒褐色の帯状斑がある。
・後頭部は背面から見て逆台形で、背面に起伏がある。
・脚が長い。
・脚に腕章状の褐色斑がある。
・腹部に小さい側棘があることは分かるが、背棘の有無の判別は困難。
・腹部の黒褐色斑がよく見える。


ショウジョウトンボの幼虫

ヤゴ3個体の中で、一番小さいヤゴが、写真9~11です。

ショウジョウトンボ幼虫 
写真9 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 幼虫

写真9~11のヤゴを、ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773)と同定しました(本記事の後半の「今回の幼虫同定の根拠」参照)。

写真9から判断できることを以下に列挙してみます。
・複眼は大きく丸く、前方にも突出する。
・側棘が腹部8,9節に認められる。
・側棘は尖って意外と長い。
・背棘は見えない。

ショウジョウトンボ幼虫 
写真10 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 幼虫(同一個体)

写真10から判断できることを以下に列挙してみます。
・頭部前面がよく見えているが、銀杏の葉のような形の下唇側片が左右からしっかりとかみ合わさっている。
・複眼は丸く大きく、頭部側面に突出する。
・脚の腿節には腕章状の褐色斑がある。

ショウジョウトンボ幼虫 
写真11 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 幼虫(同一個体)

写真11からは以下のことがわかります。
・背棘がない。
・側棘も目立たない。


今回の幼虫同定の根拠

主に杉村ほか(1999)(必要に応じて尾園ほか(2012))を参考に、写真から判断できた特徴を検討・総合して、今回の3個体の幼虫(ヤゴ)の種の同定を、以下のように行いました(比較対象は日本産の種)。

タイワンウチワヤンマ同定の根拠:
・日本産トンボ目不均翅亜目幼虫で、写真3~4のように腹部が縦にくらべて横に広がるのは、サナエトンボ科のコオニヤンマ Sieboldius albardae Selys, 1886 とタイワンウチワヤンマ、それにヤマトンボ科のオオヤマトンボ属 Epophthalmia、コヤマトンボ属 Macromia くらいである。
・コオニヤンマでは、触角は団扇状に幅広く扁平に広がり、第7,8腹節側棘が目立って大きい。それに対してタイワンウチワヤンマの触角は鈍頭で短い円柱状で、第7,8腹節側棘は特に目立って大きくはない。
・オオヤマトンボ属およびコヤマトンボ属の幼虫では、触角は鞭状で、脚が長い(後脚腿節が腹部第8節後端付近まで届く)。

トラフトンボ同定の根拠:
写真8の個体は、触角が糸状で細長く(鞭状で)、腹部が短いことから、トンボ科かエゾトンボ科・ヤマトンボ科に属する。
・ヤマトンボ科では頭部を背面から見た場合、左右に丸く膨らむが、写真8の個体は台形を逆さまにした形なので、トンボ科かエゾトンボ科に該当する。
・エゾトンボ科幼虫はトンボ科よりも脚が長く、後脚腿節の長さが頭幅以上となるのが多い。写真8の個体はこれに該当する。
・エゾトンボ科の中で、写真8の個体のように左右の複眼をつなぐような帯状の黒褐色斑があるのはトラフトンボとオオトラフトンボである。
・オオトラフトンボの第9節の側棘は長く、あきらかに先端が肛上片の先端を越えるが、トラフトンボの第9節の側棘の先端は肛上片の先端を越えない。
・それに、そもそも、オオトラフトンボは四国には分布しない。

ショウジョウトンボ同定の根拠:
写真10の個体は、触角が糸状、下唇側片が銀杏の葉状であること、下唇腮側片の歯の刻みが弱いことからトンボ科とわかる。
・トンボ科の中で、背棘がなく(写真11)、複眼は大きく(写真9)、頭部の前側方にあり(側方であったり、前側方だが前にも突出したりはしない)(写真9)、第8,9側棘がはっきり突出する(写真9)のは、ショウジョウトンボである。


生活史の中の幼虫

今回採集された幼虫は、いずれも腹長に対する翅芽サイズの比率が、終齢の場合にくらべて若干低いように見えることから、亜終齢かその一つ前の齢のものと思われます。

タイワンウチワヤンマ:
・高知県では、タイワンウチワヤンマの1回目の羽化は5月末から7月中旬にかけて行われ、ごく少数が9月上旬にこの年2回目の羽化を示す(青木2017の図7;元データは松本[2001])。
・このことから、今回採集されたタイワンウチワヤンマの幼虫は、この年には羽化せず、幼虫のまま越冬して、翌年の6月頃羽化する個体と考えられる。


トラフトンボ:
・トラフトンボは、高知県では4月上旬から6月中旬にかけて出現する(杉村ほか1999)。
・トラフトンボは幼虫期間が長く、春季羽化の年1化(1世代)の生活史をとっている(尾園ほか2012)。
・したがって、今回採集されたトラフトンボの幼虫は、この年(2017年)に羽化することはなく、翌年(つまり2018年)の4~6月に羽化すると考えられる。

ショウジョウトンボ:
・ショウジョウトンボは、高知県では4月中旬から12月上旬にかけて出現する(杉村ほか1999)。
・ショウジョウトンボの卵期間は最短5日、幼虫期間は最短2カ月と短く、年に2回以上羽化する(尾園ほか2012)。
・したがって、今回採集されたショウジョウトンボの幼虫は、残り1カ月以内に終齢への脱皮、幼虫の皮の中での成虫への変態を経て、年内に羽化する可能性と、冬を越して翌春羽化する可能性を共に持つ。


最初の訪問地、溜池A

今回記事で取り上げた幼虫(ヤゴ)の採集地点である、最初の訪問地(溜池A)の景観を再掲しておきます(写真12)。

溜池その1 
写真9 最初の観察地(溜池A)(再掲)。

溜池Aのトンボ生息地としての特徴については、本シリーズ第一報で簡単に紹介しています。


溜池Aで今回の訪問で観察されたトンボ目のリスト(学名省略)

今回の記事までの8件のシリーズ記事で、溜池Aで観察されたトンボ(幼虫を含む)の、すべての種を取り上げましたので、以下にリストアップしておきます。

アオイトトンボ科:
 アオイトトンボ
イトトンボ科:
 ムスジイトトンボ(初対面)
 アオモンイトトンボ
 アジアイトトンボ
ヤンマ科:
 ギンヤンマ
サナエトンボ科:
 タイワンウチワヤンマ(幼虫も)
エゾトンボ科
 トラフトンボ(幼虫のみ)(初対面)
トンボ科:
 ショウジョウトンボ(幼虫も)
 ハネビロトンボ
 ナニワトンボ(以下、アカネ属 Sympetrum)(初対面)
 オオキトンボ(初対面)
 ノシメトンボ
 リスアカネ 
 ネキトンボ

以上、6科14種のトンボを確認することができました。
そのうち4種とは初対面でしたので、満足のいく結果となりました。

たった2時間半程度の滞在でこれだけの種に会えたということは、この池がトンボ生息地として大変好条件を備えていることの証でしょう。

大規模な溜池で使用権者による維持管理も大変でしょうが、トンボを始めとした在来の水生生物の多様性をいつまでも保全していくために、管理者と自然観察者やその団体、それに調査研究者との連携の向上が望まれます。

本シリーズ、次回記事では、カトリヤンマオニヤンマ(いずれも成虫の話題)を取り上げる予定です。


引用文献:

青木典司(2017)温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ。神戸のトンボ(ブログ)。http://www.odonata.jp/04topics/Ictinogomphus_pertinax/index.html (更新:2017.01.03 12:00)

浜田 康・井上 清 (1985) 日本産トンボ大図鑑。講談社。

松本導男(2001)高知県南国市のタイワンウチワヤンマ羽化記録。Gracile (63):11-15。(青木2017から間接引用)。

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。


謝辞
トンボ幼虫の撮影とブログ掲載を快諾された武智礼央さん、現地をご案内いただいた高橋士朗さん、飯田貢さん他の皆さんに謝意を表したいと思います。【付記:飯田さんにはマルミズムシ類についてもご指摘いただきました、改めて感謝いたします。】


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2018-03-21 (Wed)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征では、初対面の種を含む多くのトンボとの出会いがありました(関連記事はこちら)。

第六報の今回は、最初に訪れた生息地(溜池A:写真13)で観察された、タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax (Hagen in Selys, 1854)(サナエトンボ科)をとりあげます。

脇役として、 アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823)(アオイトトンボ科)にも登場してもらいます。


目 次:
 ◆タイワンウチワヤンマとの再会
 ◆「ちょっと邪魔だネ、アオイトトンボさん」
 ◆私とタイワンウチワヤンマ
 ◆タイワンウチワヤンマの北上・東進
 ◆アオイトトンボをじっくり眺める
 ◆最初の訪問地の景観
 ◆謝辞
 ◆引用文献


タイワンウチワヤンマとの再会

本シリーズ第三報で取り上げた、ノシメトンボの連結打空産卵の撮影を一通り終えた後(午前10時51分)、岸辺に目をやると、折れた草の上にタイワンウチワヤンマ♂がとまりました(写真1)。

タイワンウチワヤンマ♂ 
写真1 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax  ♂。輝度調整後(以下同様)。(写真はクリックで拡大します)

きちんと畳んだ前脚を複眼の後に立てるように格納し、中脚と後脚でガマ属 Typha と思われる草の葉の折れ目にとりすがっています。

少し違った角度からの撮影を狙って、私が被写体に向って少し右に移動してから撮ったのが、写真2です。

 タイワンウチワヤンマ♂
写真2 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax  同一個体)。(撮影者の位置を向って右に移動後)。

引き続きカメラを向けていると、おやおや、この♂はとまったまま、体軸の向きを少しずつ変えました(写真3~5)。

タイワンウチワヤンマ♂ 
写真3 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 同一個体)

タイワンウチワヤンマ♂ 
写真4 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 同一個体)

最終的に、写真2の位置から(上から見て時計回りに)約135度回転するように、向きを替えました(写真5)。

タイワンウチワヤンマ♂ 
写真5 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 同一個体)

この♂は、結果として、ファッションショーでのモデルのように、あらゆる角度からの姿を、観察者(たち)に見せてくれたことになります。

トンボにとってのこの回転の目的は、この狭くやや不安定なとまり場所で、少しでも座り心地のよい態勢をとろうとしたためではないでしょうか。


「ちょっと邪魔だネ、アオイトトンボさん」

ようやく落ち着いたのも束の間、こんどはすぐ横にアオイトトンボの連結ペアがとまりました(写真6)。

タイワンウチワヤンマ♂&アオイトトンボ連結ペア 
写真6 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 同一個体)アオイトトンボ Lestes sponsa 連結ペア

このときの、トンボのバタつきで、トンボたちが載っている葉がフワフワと揺れたであろうことが、タイワンウチワヤンマの乗っている葉の、折れ目部分の開き具合の違い(写真6写真7)などから伺われます

タイワンウチワヤンマ♂&アオイトトンボ連結ペア 
写真7 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 同一個体)アオイトトンボ Lestes sponsa 連結ペア同一ペア)

この予期せぬ同席は、アオイトトンボ連結ペアにとっても、かなり居心地が悪そうに見えます。
ペアにとっても、この場所に留まる理由はあまりなさそうです。

写真8は同じ池の岸ですが、枯れかけた植物の茎の折れた先端分にバランスよくとまるタイワンウチワヤンマ♂です(11時22分)。

タイワンウチワヤンマ♂ 
写真8 タイワンウチワヤンマ Ictinogomphus pertinax 同一個体)

写真8の撮影時点は、写真7の30分後ですが、右前翅の破損状態が一致したので、どちらも同じ個体であることが判明しました。

もしかすると、アオイトトンボトンボ連結ペアよりも先に、このタイワンウチワヤンマ♂のほうが写真7までのとまり場所から移動したのかもしれません。


私とタイワンウチワヤンマ

今回記事の最初の小見出しを「タイワンウチワヤンマとの再会」とした理由は、私が27年前の本場台湾での海外調査の際に、台北県の内双渓で初めて対面し、標本も採集していたからです(7月下旬;数日後に日月潭でも採集;生方ほか 1992)。

この台湾調査では、前回のブログ記事で取り上げたハネビロトンボも記録しています(ただし、標本は調査団長であった東和敬博士が採集)。


タイワンウチワヤンマの北上・東進

タイワンウチワヤンマは、日本列島で北上を続けているトンボの種の一つとして、よく知られています。

私は、地球温暖化が国際問題化しはじめた当時、『温暖化に追われる生き物たち―生物多様性からの視点』(堂本・岩槻編)という本で、一つの章「地球温暖化の昆虫へのインパクト」(生方 1997)の執筆を担当しました。

その中で蝶やトンボを中心に国内外での昆虫分布への温暖化の影響の事例を取り上げましたが、タイワンウチワヤンマはその中で日本において北上する南方系トンボの顕著な例として取扱いました。

その中で、本種が1970年代に四国から瀬戸内海を越えて岡山県や紀伊半島に分布を拡げ、1990年代前半には大阪平野を越えて琵琶湖まで到達していることを、主に青木典司氏の論文(Aoki 1997)に依拠して、紹介しました。

本種は、その後も北上を続けており、『日本のトンボ』(尾園ほか 2012)の分布地図では、瀬戸内海沿岸、紀伊半島沿岸、伊豆半島以西のの東海地方沿岸、島根県以西の日本海沿岸まで分布が拡大していることがわかります。

互井賢二氏の報文(互井、2018)によれば、神奈川県や東京都ではすでに本種の生息が確認されていて、千葉県でも今年(2018年)中に確認される可能性があるとのことです。

青木氏のブログ記事(青木 2017)に掲載されている、本種の10年単位の分布域の拡大のgifアニメ(図1)を見ると、瀬戸内海を越えてからの本種の分布拡大は、北上というより、むしろ東進と表現したほうがピッタリな変化となっています。

上記ブログ記事(青木 2017)では、本種の分布拡大の原因として、以下の5つの対立仮説を並列させ、それぞれについてデータと照らして検討しています(仮説に番号をつけたのは引用者)。

(1)開発により、広大な開水面を持つ止水域が誕生することで分布が拡大した。
(2)(北上しつつある個体群が)より気温の低い地域に適応できるように変化した。
(3)種間競争など,別の分布を制限する要因の障壁がなくなって分布拡大が可能になった。
(4)(本種は)開けた平地を好む種であることから、(海岸線づたいに)分布拡大した。
(5)分布拡大は温暖化によって引き起こされた。

その結果、青木氏は、過去100年の気温変動による等温線の北上や、現在の等温線と本種の分布境界の一致などから、温暖化原因説(つまり対立仮説5)が妥当であると結論しています。

そして、全国的に,本種の分布の最前線(日本における北限)に一致する(1993年~1994年の)冬期の等温線は、約5.7℃の線であったとのことです(青木 2017)。

幼虫の温度耐性や成長速度、成長可能期間の長さなどのについても検討を加えた青木氏のこの論考は、なんでもすぐに温暖化のせいにするのではなく、科学的で冷静な観点に照らすことの必要性を見事に示しています。

それはそれとして、温暖化が環境破壊、環境汚染とともに生物多様性を大きく損なう要因になっている現実に対して、目を反らすことなく、その原因を抑制していく方向で努力し続けることも大切だと私は思います(自戒をこめて)。


アオイトトンボをじっくり眺める

今回記事の写真6,7アオイトトンボが登場しましたので、この日、この池(溜池A)で撮影した他のアオイトトンボについても描写しておこうと思います。

まずは、沈水植物帯の水面に突き出した枯れ枝の先にとまる、独身のアオイトトンボ♂です(写真9)。

アオイトトンボ♂ 
写真9 アオイトトンボ Lestes sponsa ♂ 別個体(輝度調整後、以下同様)

水面上、それほど高くない位置の枯れ枝の先にほぼ水平にとまっています(10時44分)。

露出オーバーとなってしまった写真の、輝度を調整した写真ですので、コントラストが不自然にきつくなっています(ご容赦を)。
 
同じ個体を別の角度から撮影したものをトリミングしてみました(写真10)。

アオイトトンボ♂ 
写真10 アオイトトンボ Lestes sponsa ♂ (写真9と同一個体、トリミング)

6本の脚の棘の生えた跗節でしっかりと細枝をつかんでとまっています。

前脚、中脚は細枝を左右から挟むように、後足は枝の下面に押し当てるようにして、体の水平位を保たせています。

このアオイトトンボをしばし眺めていると、前胸背板の前後幅の大きさに、やや違和感を覚えます。
まるで長い首を大袈裟な詰襟で被っているかのようです。

この違和感は、私が、これまでの一連のシリーズ記事の制作過程で、不均翅亜目のトンボの写真ばかりを眺めていたせいではあるのですが。

♀の前胸背板は均翅亜目(イトトンボ、カワトンボなどの仲間)が雌雄連結する際に、♂が尾部付属器で左右から挟んで掴む箇所ともなっています。

異常連結の場合は、♂のこの前胸背板が、別の♂の尾部付属器で掴まれることもあります。

写真11は、岸のヨシか何かの枯れ茎にとまる、アオイトトンボ連結ペアです(10時28分)。

アオイトトンボ連結ペア 
写真11 アオイトトンボ Lestes sponsa 連結ペア (写真10とは別個体)

この連結ペアの♀の、頭部・胸部をトリミングしたのが、写真12です。

アオイトトンボ連結部分拡大
写真12 アオイトトンボ Lestes sponsa 連結ペア(写真11をトリミング)

♂の尾部付属器と♀の前胸背板の、がっちりした結合状態が見てとれます。

現生のトンボの祖先が、このような結合を、少なくとも2億5千万年前から行っていたことに思いを巡らせると、これらの生き物を高々数千年の経済活動の結果、滅亡させつつある人類の愚かさに気づかされます。


最初の訪問地の景観

最後になりましたが、毎回掲載している最初の訪問地である溜池Aの写真を、今回も文末に掲げます(写真13
)。

溜池その1 
写真13 最初の観察地(溜池A)(再掲)。

溜池Aのトンボ生息地としての特徴については、本シリーズ第一報で簡単に紹介しています。

本シリーズ、次回記事では、ムスジイトトンボを取り上げる予定です。


謝辞:
現地で案内して下さった飯田貢さん、高橋士朗さん、他の皆さんに謝意を表したいと思います。


引用文献:

Aoki, T.(青木典司)(1997) Northward expansion of Ictinogomphus pertinax (Selys) in eastern Shikoku and western Kinki Districts, Japan (Anisoptera: Gomphidae). Odonatologica 26, 121--33. 

青木典司(2017)温暖化? 北上するタイワンウチワヤンマ。神戸のトンボ(ブログ)。http://www.odonata.jp/04topics/Ictinogomphus_pertinax/index.html (更新:2017.01.03 12:00)

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。

互井賢二(2018)ベニトンボの北上のこと.ト ン ボ 通 信, (138):1-5.房総トンボ研究所。

生方秀紀(1997)「地球温暖化の昆虫へのインパクト」堂本・岩槻編『温暖化に追われる生き物たち―生物多様性からの視点』。築地書館。273-307.

生方秀紀、東 和敬、野間口真太郎、朱 耀沂(1992 )台湾の北部・中部の森林生態系におけるトンボ類の生態分布(I) 1990年度のトンボ目採集記録。Tombo, 35:57-61。


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2017-07-03 (Mon)
「トンボの楽園」という言葉は時々耳にしますが、楽園中の楽園は、やはり高知県四万十市(旧中村市)にある「四万十市トンボ自然公園」(別名「トンボ王国」)でしょう。

「トンボ王国」は、公益社団法人「トンボと自然を考える会」が里山であった池田谷の水田や畑地等の一部(約6.8ha)を取得し、あるいは借り受け、トンボの保護区を整備し、管理運営している(出典:トンボと自然を考える会のWebSite)、世界的に見てもトンボ保護のためのナショナルトラストの先駆けです。

そしてこの「トンボ王国」を含む池田谷のトンボ類は2008年現在で76種に達していて、同規模面積でのトンボ記録種数日本一を誇るとのことです(出典:トンボと自然を考える会のWebSite)。

1993年に大阪市で開催された第12回国際トンボ学シンポジウムの参加者を対象としたポスト・シンポジウム・ツアーの訪問先にもなったことがあり、海外からの大勢のトンボ研究者・愛好家を含む参加者を、トンボと自然を考える会の実質的な代表者である杉村光俊氏以下、トンボ王国の「住民」たちが「おもてなし」し、喜ばれたと伺っています。

私も大阪のシンポジウムには参加したのですが、その直後に釧路で開催された「国際シンポジウムートンボの生息環境とその保護」の準備と運営にあたらなくてはいけなかったため、トンボ王国へのツアーには参加せずじまいでした。

昨年6月、23年振りに、私がトンボ王国を訪ねる機会が巡って来ました。

それは、昨年春、フェイスブック上で愛媛県在住のアクティブなアマチュア昆虫写真家の飯田貢さんと「友達」になり、私がトンボ王国への訪問を考えていることを伝えたところ、ぜひ一緒にということで、トントン拍子に旅行計画ができあがったのが発端です。

もちろん、トンボ王国の杉村氏(トンボ王国に併設の「四万十川学遊館」の館長)にも、メールで連絡をとり、対応して下さるとのご返事をいただくことができ、旅行の手配をスタートと相成りました。

6月18日の昼過ぎ、飯田さん、同じくFB仲間でアマチュア昆虫写真家の山本桂子さんのお二人に案内いただき、私はトンボ王国の園地に到着しました。

学遊館の事務室への到着の挨拶もそこそこに、私たちはカメラを首に掛けて園地内の遊歩道に歩み入りました(写真1)。

四万十市トンボ自然公園の様子 
写真1 四万十市トンボ自然公園の遊歩道から学遊館方面を望む (写真はクリックで拡大)

当日のアメダス気温は28℃台、日照時間は7~8割と、梅雨時にもかかわらず、格好のトンボ日和となりました(私、晴れ男です、笑)。

早速、池の岸の草の丸い葉にとまる真っ赤な衣装のベニイトトンボCeriagrion nipponicum Asahina, 1967♂がお出迎えです。

続いて、胸部、頭部前面、脚の腿節にビッシリ粉を吹いたコフキヒメイトトンボAgriocnemis femina (Brauer, 1868)♂の登場です(写真2)。

コフキヒメイトトンボ♂ 
写真2 コフキヒメイトトンボAgriocnemis femina

私にとっては、10年ほど前に沖縄本島で出会い、写真も撮っていますので、それ以来の再会です。

コフキヒメイトトンボは、本州ではかつて山口県で記録されていただけで、本土では九州中南部と四国南部に限定されています(尾園ほか、「日本のトンボ」)。

次に姿を見せたのは、セスジイトトンボParacercion hieroglyphicum (Brauer, 1865)♂です(写真3)。

セスジイトトンボ♂ 
写真3 セスジイトトンボParacercion hieroglyphicum

遊歩道の澄んだ水が流れる浅い側溝の水面に突き出した枯草の細い茎に水平にとまっていました。
同属種も多いクロイトトンボ属のトンボで、一見しての区別は難しいですが、拡大すると肩黒条に淡色の細条が走っているのが見えて判別できます。

セスジイトトンボは私がトンボの研究を始めたばかりのウン十年前に北海道東部の湖畔で未熟な1個体を採集し、朝比奈正二郎先生のもとにお送りして同定していただき、初めて活字の報告にした思い出の種です。
生態写真の撮影は今回が初めてとなりました。

お次に控えしは、サナエトンボです(写真4)。

キイロサナエ♂ 
写真4 キイロサナエAsiagomphus pryeri

池につきだしたイネ科植物の葉にとまっています。
よく見ると、右前脚の付け根に、オレンジ色のミズダニがとりついています。

撮影した写真を帰宅後、図鑑と照らし合わせた結果、このトンボはキイロサナエAsiagomphus pryeri (Selys, 1883)♂と判定できました。
サナエトンボ科が貧弱な北海道に長く住んでいた私

相前後して、セリ科と思われる小さな草の葉にとまっているキイロサナエ♂も撮影できました。

少し移動したところの水辺の草には、モノサシトンボPseudocopera annulata (Selys, 1863)♀もとまっていました(写真5)。

モノサシトンボ♀ 
写真5 モノサシトンボPseudocopera annulata

左右にグーンと伸びた頭部の複眼際の頭頂部の黒と薄緑色が作り出す斑紋が印象的です。

水辺に立っている細い草の葉にとまり、体はぶらさがるのではなく鉛直に対して70度くらいになるように6本の脚でしっかりと支えられています。

コウホネがビッシリ繁茂する池では、水面から数十センチメートルの高さを飛び回るチョウトンボRhyothemis fuliginosa Selys, 1883を目撃しました。
望遠レンズの焦点距離が足りず、トンボのスピードも速いことから、証拠写真を残すのがやっとでした。

別の池では、大型のスゲ類の垂直の茎に、ハラビロトンボLyriothemis pachygastra (Selys, 1878)♂が鉛直にぶらさがっていました。
写真から、体は黒化し、青白い粉もかなり吹いてることが見てとれ、ほぼ成熟している個体と判断できました。

少し移動すると、池の水辺の水面すれすれの倒れた枯草の茎に体を預けるように、イトトンボが水平にとまっていました(写真6)。

アオモンイトトンボ♂型♀ 
写真6 アオモンイトトンボIschnura senegalensis の♂型♀

帰宅後、図鑑やウエブ情報と照らし合わせて、アオモンイトトンボIschnura senegalensis (Rambur, 1842)♂型(同色型)♀と同定しました。

かなりの時間を要しましたが、謎解きと共通するものがあり、時間を自由に使える者にとっては愉しい時間でもありました。

同じアオモンイトトンボ♀でも多数派である異色型♀は、♂とは全く異なる色彩をしており、その理由とかその比率とかは、同属他種の同様の現象と併せて、現在も国内外の研究者の研究対象となっています。

アオモンイトトンボ属の♀の二型の維持機構については、いずれ異色型♀の写真と併せて、項を改めて取り上げたいと思います。

さて、トンボ王国の遊歩道に戻ります。

池の水面に浮いた草の葉には、ユーモラスな姿勢をとったキイトトンボCeriagrion melanurum Selys, 1876の連結カップルが産卵中でした(写真7)。

キイトトンボ連結産卵
写真7 産卵中のキイトトンボCeriagrion melanurum の連結カップル

この連結カップルの♀は、産卵中も静止中も翅を100度から120度くらいまで開いていました。
気になってGoogleで画像検索したところ、先頭からのざっと10例ほどの画像のいずれにおいても、♀は翅を開いていました。
どうもこれがキイトトンボの一つのスタイルのようです。

後述のように、今回観察・撮影した同属種であるベニイトトンボの連結産卵でも、♀は翅を開いていました。
Google画像検索でお、連結産卵中のベニイトトンボ♀は翅を開いている画像がほとんどでした。

ちなみに属の異なるクロイトトンボParacercion calamorum (Ris, 1916)の検索では、大部分の画像で、連結産卵中の♀の翅は閉じ気味でした。

さて、次です。

まだここで撮影していない種を求めて、池から池へと歩を進めると、折れたスゲの葉にとまる、しっかり白粉を吹いたハラビロトンボの成熟♂が見つかり、撮影しました。

少し移動すると、花の芽の先端にコフキトンボDeielia phaon (Selys, 1883)♀がとまっていました(写真8)。

コフキトンボ♀ 
写真8 コフキトンボDeielia phaon

なにか、ちょっと腰が引けているというか、不安定な姿勢です。
よく見ると腹部の先端から何か、はみ出しています。
どうやら、フンのようです。
道理で(?)、この姿勢。。

この個体は♀ですが、若干白粉を吹いています。
腹部が真っ白になる♂ほどではありませんが。。。

コフキトンボ♀には白粉を吹く♂型♀と、白粉を吹かず翅に茶褐色の斑紋を持つ「オビトンボ型」♀の2型の存在が知られています。
私も別の機会に埼玉県内でオビトンボ型♀を撮影していますので、いずれこの2型について紹介したいと思います。

さて、トンボ王国の遊歩道を歩むと、浮揚植物が少なく開放水面が拡がる、大き目な池の真ん中に突き出ている棒の先にウチワヤンマSinictinogomphus clavatus (Fabricius, 1775)の♂がとまっていました(証拠写真のみ)。

少し移動した池の岸のイネ科の頂端の葉に、変わった色彩のイトトンボがとまっています(写真9)。

コフキヒメイトトンボ♂ 
写真9 コフキヒメイトトンボAgriocnemis femina 

腹部先端のオレンジ色が印象的です。
これも、帰宅後、図鑑と照らした結果、コフキヒメイトトンボ♂の成熟途中の個体と判定できました。

その後、いずれも岸辺の枯草の茎にとまっている、チョウトンボ♂ショウジョウトンボCrocothemis servilia (Drury, 1770)♂シオカラトンボOrthetrum albistylum (Selys, 1848)♂が目にはいりました(証拠写真)。

そのうち、ショウジョウトンボとシオカラトンボは同じ茎にとまっていて、シオカラトンボがショウジョウトンボの後方にショウジョウトンボ3頭分の身長と同じ距離を置いて、同方向を向いていました。
どちらもなわばり個体なので、一方が飛び上がれば干渉する関係ですが、どちらの種の個体もこのとまり場所がよほど気にいっているようです。

少し移動すると、スイレンの葉の縁近くにクロイトトンボの♂がとまっていました。
クロイト君は、今回も脇役をしっかり務めてくれています。

別の大きめのスイレンの葉の上では、ベニイトトンボが交尾していました(写真10)。

ベニイトトンボ交尾 
写真10 ベニイトトンボCeriagrion nipponicum の交尾

♀の体の一部が隠れていて、作品としては不完全なのですが、当ブログでは交尾の写真を未収録でしたので、ここに掲げておきます。

この後、別のペアの連結産卵も複数みられました(写真11)。

ベニイトトンボ連結産卵 
写真11 ベニイトトンボCeriagrion nipponicum 連結産卵

今回記事のキイトトンボのところでも触れたように、連結産卵中のこのベニイトトンボ♀も翅を開いています。
♂はキイトトンボの♂と同様、「歩哨姿勢」(連結した♂が直立不動でいる状態)をとり、翅は閉じています。

他に何かいないかな、と見て歩くと、今度は岸の枯草の水平な茎に水平にとまっているハラビロトンボを見つけました(写真12)。

ハラビロトンボ♂未熟 
写真12 ハラビロトンボLyriothemis pachygastra ♂、未熟個体

帰宅して拡大すると、それは♂の未熟個体だということが分かりました。
腹部は黒化しておらず、ましてや白粉はまったく吹いておらず、一見しただけでは♀との区別が困難なほどです。

園地での続きです。
ほどなく、ちょっと雰囲気の違うハラビロトンボがいました(写真13)

ハラビロトンボ♀
写真13 ハラビロトンボLyriothemis pachygastra ♀、未熟個体

画像を拡大すると尾の先端の形態から♀であることが、複眼の色彩が薄いところから未熟個体であることがわかります。

その後、チョウトンボ♂を撮影したところで、園内の観察・撮影は切り上げて、この日のトンボ王国での材を終了しました。

たった1時間そこそこの取材で、4科14種のトンボを観察・撮影することができました。
中でも、キイロサナエと初めて対面することもできましたし、2,3のトンボの種の成熟にともなう体色変化の一端を垣間見ることができました。

この後、杉村館長のご案内を頂くかたちで、私達3人はトンボ王国外のトンボ生息地へ向いました。

さすが、杉村館長、私にとってすばらしい成果を得る機会を用意していただくことができました。
その成果については次回の記事で取り上げます。

今回の記事を終えるにあたり、貴重な観察の機会を与えられた杉村館長、トンボ王国への移動や現地情報の提供などでお世話になった飯田さん、山本さんに改めて感謝の意を表したいと思います。


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2016-08-01 (Mon)
絶滅危惧種ベッコウトンボLibellula angelina Selys, 1883 (写真1、再掲)は、以前の記事で紹介したように、全国的に生息地の数が減少の一途を歩んでいます。

ベッコウトンボ♂160512a
写真1.桶ケ谷沼のベッコウトンボLibellula angelina ♂。生方秀紀撮影。(クリックで拡大)

そんな中で、静岡県の桶ヶ谷沼では、前回記事でご紹介したように、地元の団体が連携しながら精力的に生息地の保全活動にとりくみが功を奏して、一定数の個体数が維持されています。

筆者が今年5月中旬、桶ケ谷沼とそれに隣接する鶴ケ池を訪れた際には、本種の成虫の行動を観察・撮影したほか、保全策の一端も垣間見ることができました(以前の記事参照)。

沼の周りの遊歩道を歩くと、写真2のように、沼に続く真っ直ぐな水路を眼にすることができます。

桶ヶ谷沼浄化用水路2016May
写真2.桶ヶ谷沼浄化用水路。生方秀紀撮影。(クリックで拡大)

観察した当日は、この沼には昔からこのような水路があったのだろうと軽く考えていた次第ですが、前回記事を執筆するために資料を収集し、読み解いていく中で、この水路が沼の水の浄化のために、岩井里山の会のメンバーが中心になって苦労して掘削したものだと解りました。

このような水路は、沼の上流の集水域からの湧水や地表水を沼本体にスムースに導き、沼の下流側にも同様に水路を設けたことで、沼の水の更新が改善され、富栄養化などを起こす汚濁の原因物質などの濃度を低下させることができるでしょう。

そして、ベッコウトンボの個体数維持に大きく貢献している「生簀」を鉄柵越しに観察・撮影することができました。

生簀を管理する際には、写真3のようなゲートを開錠して入るようになっており、一般利用者は生簀に近づくことができません。
おそらく、大勢の一般利用者が生簀に近づくようになると、生簀の周りを取り囲むザリガニ侵入防止のための網や部材に隙間があくなどして、アメリカザリガニ侵入の危険度を高めるからでしょう。

桶ヶ谷沼トンボ生簀2016May
写真3.桶ヶ谷沼トンボ生簀。生方秀紀撮影。(クリックで拡大)

写真2の水路の右横にも生簀が写っています。

これらの生簀は、前回記事で紹介したように、2008年以降に設置されたものです。
また、水路の掘削は2004年以降に行われました。

ですので、1990年以前の沼の航空写真には、生簀も水路も写っていません(下の写真)。

桶ヶ谷沼航空写真1988-90電子国土Webより
桶ヶ谷沼航空写真1988-90電子国土Webより。(クリックで拡大)

そして2009年の航空写真(下の写真)には、当然ですが、生簀と水路が確認できます。

桶ヶ谷沼航空写真2009電子国土Webより
桶ヶ谷沼航空写真2009電子国土Webより。(クリックで拡大)

下の写真は、航空写真の生簀の部分を拡大したものです。

桶ヶ谷沼トンボ生簀2016GoogleEarthより
桶ヶ谷沼トンボ生簀2016GoogleEarthより。(クリックで拡大)

右側に写真2の水路が、上中央に写真3のゲートが写っています。

この写真を見て思うことは、よくぞこれほどの大きさ、数の生簀を掘削、構築し、その後の維持管理、改良を行っておられるな、ということです。
しかし、これだけのことをしなければ、他の生息地同様、ベッコウトンボは滅んでいくことになるということもまた確かです。

国の環境予算のかなりの部分を除染に費やさざるを得なくしたような政策の失敗を繰り返すことなく、かけがえのない地球上の生命の永続のために予算や人員をもっと振り向ける時代を引き寄せたいものです。

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2016-07-31 (Sun)
ベッコウトンボLibellula angelina Selys, 1883 (下の写真、再掲)は、全国的に生息条件が悪化し、絶滅の恐れが高まっている種です(前回記事参照)

ベッコウトンボ♂160512a
桶ケ谷沼のベッコウトンボLibellula angelina ♂。生方秀紀撮影。(クリックで拡大)

筆者は今年5月中旬、桶ケ谷沼とそれに隣接する鶴ケ池を訪れ、本種の生息状況の一端を観察・撮影することができました(以前の記事参照)。

前回の記事では、地元で保全活動を行っている団体が共同で実施している桶ケ谷沼ベッコウトンボの長期にわたる個体数調査の結果(データソース:磐田市桶ケ谷沼ビジターセンター/下記リストの「r0」)をグラフ化し(下図)、その変化の傾向を読み取りました。

桶ヶ谷沼のベッコウトンボ長期変動グラフ(引用データから作成)
桶ヶ谷沼のベッコウトンボ長期変動グラフ (データソース:磐田市桶ケ谷沼ビジターセンター)
(クリックで拡大)

今回の記事では、地元の保全関係者によるベッコウトンボの生息地である桶ヶ谷沼の保全活動の具体的内容を、時系列的にかいつまんで紹介し、それらの活動がベッコウトンボの個体数に与えた効果を、調査個体数の変動経過のグラフを参照しながら、考察します。

筆者は、桶ヶ谷沼のトンボの保全に関してはまったくの部外者ですので、考察はすべて地元関係者がインターネットで公開している文書から読み取った内容に基づいています。
より詳しく知りたい方は、それら文書に直接あたったり、関係者に照会することをお勧めします。

以下、時系列に沿って、取り組み内容と個体数変動について見ていきます(である体で記述します)
(r0~r10は出典の通し番号)

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桶ヶ谷沼におけるベッコウトンボ保全活動の経緯の紹介と個体数変動との関連についての考察

1986年に、市民の立場から桶ケ谷沼周辺を保全しトンボを守ろと「桶ケ谷沼を考える会」が発足した(r1)。

89年、静岡県は桶ヶ谷沼保全のために約20億円の予算を計上し、沼および周囲約60haの用地買収を開始(r2)。
同年、「桶ケ谷沼を考える会」の事務所「トンボハウス」開設。同会と地元住民との沼の協議会が発足(r1)。

89年から91年にかけてベッコウトンボ調査個体数は減少傾向(グラフ)。

91年、静岡県は桶ヶ谷沼とその周辺を自然環境保全地域に指定した。同年、「桶ケ谷沼管理運営委員会」が発足( r1)。

同年から、地元団体が、暗い林になってしまった沼の周囲の林を手入れし、沼南側のヨシで陸地化した部分を掘って復元池に、沼北側の土石採取跡地に池を造り実験池にするなどの具体的保全策に着手(r3)。

93年から、磐田南高校生物部が実験池を用いてベッコウトンボの保護及び増殖を目的とした実験を開始し(r4)、94年には「岩井里山の会」の前身となる地元住民グループが、桶ケ谷沼および周辺の環境保全活動を開始している(r5)。

92年にはベッコウトンボ調査個体数は増加に転じて、94年には約900頭という18年間の中の最大値に達した(グラフ)。

この増加の原因は、沼の環境の回復に向けた具体的施策に地元団体が連携して取り組んだことが効果を上げたためというのが第一に考えられる。

ただし、それら施策のうち、復元池や実験池の造成はその後構造改良(階層構造化)がなされるまでは、羽化数の増加に結び付かなかったとのことである(r3)。

この間の、他の施策の中に、鬱蒼と繁った沼の周囲の林の手入れ(r3)があり、これが林内の空間を明るくし、ベッコウトンボの摂食活動を活発化させ、ひいては産卵数を増大させた可能性が考えられる。

このような生息条件の一部改善がある一方で、ベッコウトンボの主要な天敵であるアメリカザリガニの本格的駆除は、この期間までには行われていない(r5)ことから、幼虫の生息条件の改善はあまり進んでいなかったものと思われる。

こう考えると、92年から94年にかけての大幅な調査個体数増加には、調査条件の向上も影響した可能性も考えられる。
たとえば、沼をめぐる遊歩道や管理用歩道の整備や調査人員の増加があったとすれば、調査の際の観察機会は増大することになる。

95年には調査個体数は突然6分の1以下の100頭台にまで激減し、その後2年間低迷している(グラフ)。

この期間(95年から97年)に調査人員の減少や観察機会の大幅な減少があったというのは考えにくい。
94年から95年にかけてなんらかの生息条件の悪化(たとえばアメリカザリガニの増加)があり、それが影響した可能性が浮上する。

98年の調査個体数は、直前3年間の3倍以上に増加している(グラフ)。

98年のこの増加は、生息条件の一部に改善があったことによる可能性もあるが、翌年には調査個体数が大幅に下落していることを考えれば、その改善は一時的なものに過ぎないことになる。
別の観点からは、調査の際の観察機会の増大の影響、あるいは羽化最盛期と調査日程の間隔が98年にはベストであったためという可能性も残される。

98年にはアメリカザリガニの大発生が観察され、その影響でオニバスほかの水生植物の激減もあったという(r6、r7)。

99年には、調査個体数はデータのある28年間で最少の約50頭へと落ち込んだ(グラフ)。

この激減には、アメリカザリガニによる直接の捕食、水草の減少によるザリガニ以外の捕食者からの危険の増大が関与していると見るのが自然であろう。

99年の調査個体数の激減を受けて、NPO、磐田南高校生物部、市民、磐田市(桶ヶ谷沼ビジターセンター)が連携して、沼の環境改善(ザリガニの捕獲、植物の間引きなどによる環境復元)などに一層力を入れることになった(r6)。

1999年に磐田南高校生物部は、飼育容器(コンテナ)を用いたベッコウトンボの増殖に成功した(r4)。コンテナにザリガニが入らないように、また夏季には水が涸れないようにした(r6)。別の二次資料によれば、コンテナは150個以上(r8)。 

2000年には調査個体数は2,3年前のレベルまで回復した(グラフ)。

この「回復」には、ザリガニの捕獲、植物の間引きやコンテナでの増殖が少なくとも一部は貢献しているのは明らかである。

02年から沼の 北東部に隣接する場所に人工池(プラスチック製コンテナ容器;長さ1065×幅726×高さ303mm)220個が設置され、桶ヶ谷沼を考える会・磐田南高校・岩井里山の会によって共同管理されている(r9)。  

03年には「桶ケ谷沼を考える会」が法人化された(r10)。 

04年、桶ケ谷沼にビジターセンターが設置された。磐田市が管理運営を行い,NPO法人桶ケ谷沼を考える会の事務局も置かれた(r3)。

同年、岩井里山の会は、沼の北と南の湿地帯を切り開いて水路を造り、沼の北にある井戸水や沼に流れ込む雨水を桶ヶ谷川に流すことで水質浄化を図った。また、この水路の西側の湿地帯を掘削し、にトンボの好む「開放水面」(2m×2m)を40箇所造った(r5)。

同会は、同年より、杉の小枝をを沼に入れておき、そこに集まる稚ザリガニをタモ網で掬い取る方法で年間平均1万1千匹のアメリカザリガニを捕獲している。その後、アメリカザリガニの成体の捕獲数は年々減少傾向にあるが、幼少な個体は減少傾向を示さず、次から次へと捕獲される(r5)。

00年からは04年までの5年間は、調査個体数は80~150頭の間を変動し、05年には200頭を越えた(グラフ)。

この間、大きな回復こそ示していないが、50頭を割るような大幅な減少が起こるのを食い止めたのは、ザリガニが侵入しにくい多数のコンテナの設置や、掘削による沼本体の水の更新の促進、ザリガニの大量捕獲などの保全策が効果を上げたからと考えられる。

05年、岩井里山の会は、沼の南側に幅2メートル、深さは1メートル位、長さが80メートルの水路を沼から桶ケ谷川に向けて造り、沼の水の更新を向上させた。また、同年、同会は、湿地帯にベッコウトンボの誘致を目的にプラ舟コンテナを設置した(その後、07年に26頭のベッコウトンボが羽化した)。同年、同会は、50枚のカニ網(餌のソーセージの切れ端を入れる)を毎週1回計40回引き上げて、年平均8000匹のアメリカザリガニを捕獲している(r5)。

05 年に磐田南高校生物部は2つの実験池を改造(枝葉を入れて階層構造をつくり、アメリカザリガニとベッコウトンボヤゴの微生息場所を分離する) を行った。また、外からのアメリカザリガニの 侵入を防ぐために池の周りにネットを張った。さらに、そのうち小さいほうの実験池からはすべての アメリカザリガニを除去した。後者の池からは翌年ベッコウトンボが羽化した(r4) 。

06年、磐田南高校生物部は別の一つの実験池の改造(泥を一旦除去し、ザリガニを駆除したのち、植物を入れる)を行った。この実験池では翌年羽化が観察された(r4、r6)。同部が各30匹のショウジョウトンボ幼虫を入れた二つの水槽で実験したところ、アメリカザリガニ4匹を一緒に入れた水槽ではトンボ幼虫は全滅し、ザリガニを入れなかった水槽からは6匹のトンボが羽化した(r4)。

06年、岩井里山の会は、沼北湿地帯1,500㎡を開墾して、幅5メートル、長さ25メートルの田んぼ復元池を3面造った。しかしアメリカザリガニが生息しているため、トンボの羽化は殆どみられなかった(r5)。

08年、岩井里山の会が、田んぼ復元池を改修して木枠でザリガニの侵入を防ぐ「木製木枠復元池」を3基造り、そこへマコモ、イグサ、水生植物等を移植した。しかしその後、隙間から幼若ザリガニが侵入し、成長して水草を食い荒らした(r5)。 

09年、コンテナ容器から、38頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。 

09年、岩井里山の会が、木製木枠復元池に稚ザリガニの侵入を防ぐための細かなネットを二重に張っり、マコモ、イグサ等を移植した(木製トンボ生簀と呼称)(r5)。

10年、岩井里山の会設置の木製トンボ生簀から95頭、プラ舟コンテナから22頭、計117頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。

06年には調査個体数はいったん減少したものの、07年から10年までの4年間は100頭前後のレベルを維持した(グラフ)。

他の県で地域絶滅が続いている中で、この期間、桶ヶ谷沼でこのように個体数レベルが維持されたのは、沼の水質改善のための掘削、人工池の設置と工夫・改良(実験池の改良、プラ舟コンテナ設置、木製木枠復元池の設置、その改良版である木製トンボ生簀)、アメリカザリガニの大量捕獲などの施策が実を結んだものと評価できる。

10年の秋に、岩井里山の会が改良型木製トンボ生簀(4メートル×4メートル)2基を造った。これは、 水深を深めの50センチとし、沼土も多めに入れたもので、アメリカザリガニが根に棲み着いている可能性があるマコモ、スゲ、イグサは掘り取り、天日に干してザリガニを駆除した後移植した。また、生簀で繁茂しすぎたマコモ等を間引きをしたり刈り取った(r5)。 

11年、木製トンボ生簀から235頭、コンテナから90頭、計325頭のベッコウトンボの羽化が確認された。毎年行っているベッコウトンボ定量調査では、この年桶ケ谷沼全体で197頭が確認されたがその内、木製トンボ生簀の周りでは134頭(70%)が確認された(r5)。 
11年秋、岩井里山の会は、トンボ生簀の底板の下にネットを二重に張り、側板にもネットを二重に張り、その外側に細かなステンレスの網、さらにトリカルネット(メッシュの網)一番外側に腐食に強い畔波板(プラスチック製)を打ち付けた「改良トンボ生簀」を2基試験的に造った(r5)。 

12年、木製トンボ生簀(5基)とコンテナ容器から354頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。

13年、木製トンボ生簀(8基)コンテナ容器およびネット池(2基)から408頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。

14年、木製トンボ生簀から396頭の羽化が確認された(r5)。 

14年秋、岩井里山の会が、沼と一体化した「新型生簀」(生簀の底板を除き、沼深く生簀を埋設することで水草の過剰な繁茂を抑制するとともにザリガニの侵入を防ぎ、沼と一体化したもの)を築造した(r5)。

15年、木製トンボ生簀から607頭の羽化が確認された(r5)。

15年秋から、岩井里山の会が5年計画で、暗い林を明るい林にし水質浄化に寄与するために、常緑広葉樹の伐採に着手。(r5)

16年、木製トンボ生簀から463頭の羽化が確認された(r5)。

調査個体数は、11年から16年(現在)までは150~270頭の間で安定に推移している(グラフ)。

この間(2010~15年秋)、岩井里山の会により、「改良型木製トンボ生簀」(水草を天日干ししてザリガニを除去)、「改良トンボ生簀」(各種網や波板でザリガニの侵入防止)、「新型生簀」(生簀の底板を除き、沼深く生簀を埋設)の設置あるいは改良、さらには沼の周囲の常緑広葉樹の伐採などの取り組みがなされてきた。調査個体数の中に占めるこれら生簀周辺での確認個体数の比率も高いことからもわかるように、これらの取り組みの成果が現れて、この期間に先立つ5年間(2005-10年春)よりも高いレベルの個体数が維持されていると評価できる。

このような力強い、また工夫を凝らした取り組みを、希少種が生息する全国各地で同じようにすぐに実施することは必ずしも容易ではないとは思うが、この取り組みに励まされ、この取り組みを参考に、できることから保全への道を歩み出すことが望まれる。


引用文献:

r0)磐田市桶ケ谷沼ビジターセンター(2016)ベッコウトンボについて。桶ケ谷沼ビジターセンター公式ウエブサイト所収。2016年7月24日アクセス。
 http://www.city.iwata.shizuoka.jp/okegaya-vc/okegayanuma.htm

r1)桶ケ谷沼を考える会:
http://www.npo-hiroba.or.jp/search/zoom.php?pk=25739

r2)細田昭博(1990):磐田市桶ヶ谷沼の現状。ちゃっきりむし、No.83。
http://shizukon.sakura.ne.jp/chakiri.html

r3)細田昭博(2006):今、トンボの桶ケ谷沼は。ちゃっきりむし、No.149。
http://www.shizukon.sakura.ne.jp/chakiri2006.html#149

r4)磐田南高等学校生物部:絶滅危惧種ベッコウトンボの自然誘致と増殖。
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/ronnbunshu/063011.pdf

r5)岩井里山の会:http://www.iwai-satoyama.org/activity.html

r6)野生動物医学会学生部会:ベッコウトンボを絶滅から守れ―桶ヶ谷沼の環境保護活動。
http://www.gakuseibukai.org/brandnew/file/2009bekkou.pdf

r7)苅部治紀・北野忠・福井順治・土井亮介(2014):静岡県桶ヶ谷沼における侵略的外来種アメリカザリガニの侵入が水生昆虫類に及ぼした影響-爆発後15年間の記録-。
日本生態学会第61回全国大会講演要旨
http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/61/H2-07.html

r8)サントリー:サントリー地域文化賞 静岡県磐田市『桶ケ谷沼 トンボの楽園づくり』。
http://www.suntory.co.jp/enjoy/movie/viewer/normal_hd.html?hd=603646190002&sd=603573473002

r9)高橋純一・福井順治・椿 宜高(2009):静岡県桶ヶ谷沼地域における絶滅危惧種ベッコウトンボ(Libellula angelinaの遺伝的多様性。保全生態学研究、14:73−79。
http://ci.nii.ac.jp/els/110007226011.pdf?id=ART0009161288&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1466776705&cp=

r10)静岡新聞社・静岡放送:アットエス TOP>施設>組合・団体>NPO>特定非営利活動法人桶ケ谷沼を考える会。
http://www.at-s.com/facilities/article/union/npo/133798.html


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