05≪ 2018/06 ≫07
123456789101112131415161718192021222324252627282930
2018-05-22 (Tue)
前回記事では、今年初めて私の前に登場してくれたアサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys 1853の成虫たちをご紹介しました。

今回の記事では、そのうちの1個体(♀)の脚部の剛毛の配列パターンに着目して、同じカワトンボ科の3種と比較しながら考察します。


目 次
 ◆アサヒナカワトンボ♀の脚部
 ◆カワトンボ科の他の種との脚部剛毛列の比較
 ◆アオハダトンボ♀の脚部
 ◆ミヤマカワトンボ♀の脚部
 ◆ハグロトンボ♀の脚部
 ◆まとめと考察
 ◆「脚モデル」トンボたちの全身像


アサヒナカワトンボ♀の脚部

前回記事で紹介したアサヒナカワトンボ2型の♂個体と♀個体のうちの、♀個体(写真1)の頭・胸部付近を拡大してみたところ(写真2)、意外と「堅実」な剛毛が列生してることに気づきました。

アサヒナカワトンボ♀ 
写真1 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa ♀ (再掲)(写真はクリックで拡大します)

アサヒナカワトンボ♀ 
写真2 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa ♀(同一個体)

写真2を更に(クリックして、更に虫メガネマークをクリックして)拡大して見ると、脚の腿節、脛節の剛毛の状態を観察することができます(後方の脚になるほどピントが甘く、葉に落ちた影も邪魔ですが)。

そうすることで、これら剛毛の長さの区間変化パターンに規則性があることが見てとれます。

脛の毛は、「膝」関節側、つまり基部から先端方向に向かって、長毛から短毛へと直線的に変化しています。

一方、腿の毛は、先端側から3分の1付近に長さのピークがある、円弧状の長さの分布を示しています。

ただし、後脚の腿節では円弧状というより、伏せた時計皿を横から見たような毛長の変化パターンとなる傾向があります(中脚ではその中間)。

そして、腿・脛とも剛毛が2列に生えていて、逆「ハ」の字形に開いています。

このような剛毛の配置は、あきらかに、カワトンボがやや大き目の餌動物を空中で抱きかかえるようにキャッチしたときに、餌動物が逃げおおせたり、滑り落ちたりする確率を低下させる機能をもつといえます(餌動物保持機能)。

脚の剛毛には、これ以外にも、自分の腹端部や複眼、更には脚同士をこすり合わせて、それら体表部についたゴミや埃を取り除く際にも、箒や刷毛の先と同じように役立ちます(体清掃行動:関連記事はこちらこちら)。


カワトンボ科の他の種との脚部剛毛列の比較

ここで、カワトンボ科の他の種でも、脚部の剛毛列はアサヒナカワトンボと同様なのか、それとも異なる配列プランのもとで並んでいるのか、が気になりました。

ということで、私が撮影した過去写真を発掘し、アオハダトンボ Calopteryx japonica Selys, 1869ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia Selys, 1853ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata (Selys, 1853)の脚部についても、クローズアップして観察してみました。

普通と順序が逆ですが、目的に即して、脚部に脚光を浴びせた(つまりその部分をトリミングした)写真を先に3種分並べ、その後でそれぞれの脚の持ち主の全身写真を並べることにします。

なお、煩雑になるので、♂♀両方について比較するのは避け、比較対象元である写真1,2のアサヒナカワトンボが偶々♀だったので、♀同士の比較に絞りました。

※同じ種でも地域変異や個体変異がありますので、以下の比較は必ずしも種間の比較として必ずしも正確なものとはいえません。しかし、これが刺激となって、各種について各地域ごとに複数の標本を得て、それらを定量的に計測して統計的に比較するなどの、本格的研究につながることもあるかもしれません。


アオハダトンボ♀の脚部

まずは、アオハダトンボ♀の脚部です(写真3)。

アオハダトンボ♀脚部 
写真3 アオハダトンボ Calopteryx japonica 

アオハダトンボは、アサヒナカワトンボと比べて、脚は長く、脚の毛も少し長いですが、毛の長さの空間的変化パターンはほぼ共通していますが、腿の毛の長さのピークは中央付近にあり、また脛節の毛の長さのピークは脛節の基部端ではなく、それよりも少し先端側の位置にあります。


ミヤマカワトンボ♀の脚部

次は、ミヤマカワトンボ♀の脚部です(写真4)。

ミヤマカワトンボ♀脚部 
写真4 ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia 

ミヤマカワトンボは、アサヒナカワトンボと比べて、脚は長いですが、やはり、毛の長さの空間的変化パターンはほぼ共通しています。ただし、腿の毛の長さのピークは中央付近にあります。

ミヤマカワトンボの脚の毛の長さや見た感じの硬さは、比較対象3種の中で、一番アサヒナカワトンボに似ています。


ハグロトンボ♀の脚部

最後に、ハグロトンボ♀の脚部です(写真5)。

ハグロトンボ♀の脚部 
写真5 ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata 

ハグロトンボはアサヒナカワトンボに比べて、やはり脚が長いですが、毛の長さの空間的変化パターンは、ほぼ共通しています。ただし、腿の毛の長さのピークは中央付近にあります。
ハグロトンボは脚の毛は、4種の中で最も長く、そして細いです。


まとめと考察

以上をまとめ、若干の考察を加えます。

4種いずれにおいても、脛毛は「膝」関節側、つまり基部から先端方向に向かって長毛から短毛へと直線的に変化しています。
ただし、とくにアオハダトンボでは、毛の長さのピークは脛節の基部端ではなく、それよりも少し先端側の位置にあります。

腿の毛は中央付近に長さのピークがある円弧型を呈した長さの分布を示す。
逆に言えば、脚の付け根付近や「膝」関節に近いところの毛長は短くなっている(このことは脛節についてもいえる)。
これは前後の脚同士の擦れ合い(もしくはそれに近い動き)に際して、毛が動きを邪魔しないように、短い毛長が遺伝子にプログラムされているからだろうと思います。

アサヒナカワトンボで毛長のピークが腿節のより先端近くにあるのは、他種にくらべて腿節が短いためではないでしょうか。

いずれの種でも、後脚の腿節では時計皿を伏せたような毛長の変化パターンとなる傾向があります。
これは毛の擦れ合い予防の範囲が腿節の基部近くと先端近くだけに留まるでしょうから、前脚よりも長い後脚では長毛の範囲が相対的に広くなるはず、という説明が可能です。


「脚モデル」トンボたちの全身像

以下、脚部を披露してくれた♀たちの全身写真を掲げておきます。

まずはアオハダトンボ♀です(写真6)。
この♀を観察した生息地の状況はこちらの過去記事にあります。

アオハダトンボ♀ 
写真6 アオハダトンボ Calopteryx japonica (写真3と同一個体)

次はミヤマカワトンボ♀です(写真7)。
この♀を観察した生息地の状況はこちらの過去記事にあります。

ミヤマカワトンボ♀ 
写真7 ミヤマカワトンボ Calopteryx cornelia  (写真4と同一個体)

最後は、ハグロトンボ♀です(写真8)。
この♀を観察した生息地の状況はこちらの過去記事にあります。

ハグロトンボ♀ 
写真8 ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata  (写真5と同一個体)


☆★☆ ブログランキング(↓):よろしければ両方ともクリックして応援してください。
| 昆虫:形態と機能 | COM(0) | | TB(-) |
2018-04-30 (Mon)
本シリーズの過去3回の記事では、ホソミイトトンボ Aciagrion migratum (Selys, 1876)の単独♂による探雌行動、♂♀のカップルによる交尾、産卵行動のそれぞれについて報告しました(シリーズ記事一覧はこちら)。

今回の第4報では、たくましく生きるホソミイトトンボの越冬明けの♂について報告します。


春先の林縁にひっそりと1♂が

ホソミイトトンボの繁殖場所(つまり池の岸辺)での活動は、本種の賑やかな春の到来を告げるに余りあるものでしたので、シリーズ記事では真っ先に取り上げましたが、実はこの日(4月12日)、それに先立って、林縁の草地にひっそりと佇む1頭の♂が観察されていました。

繁殖が見られた溜池から数百メートルの距離にある砂防ダムの直下の沢斜面で、雑木林が迫る草むら(写真3)の幼木(多分)の葉の縁にしがみつくように、その♂はとまっていました(午前10時26分)。

とりあえず数枚撮影して、撮影角度を変えるために私が動いたところ、すぐ近くの草の葉にとまり替えました(写真1)。

ホソミイトトンボ♂、腹部変形 
写真1 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 越冬明けの♂。(写真はクリックで拡大します)

体の淡色部の色彩は、まだブルーの発色が不完全でくすんだ灰色味のある薄い青紫です。

体の黒色部分の黒味も若干不足している感じです。

ホソミイトトンボは成虫で越冬し、春先に淡褐色だった体色が青色に変化することが知られていますので、写真1の個体は越冬明けで青色の発色が開始していますが、まだ完了していない段階であるということになります。


腹部が曲がってるけれど

そして、すでにお気づきのように、腹部第4節と5節の間が「へ」の字形に折れ曲がっています。

そしてその前後の節との間は、それを取り返すかのように反対方向に少しずつ折れ曲がっています。

私が若干角度を変えて撮った写真2でも、同様に曲がっています。

ホソミイトトンボ♂、腹部変形
写真2 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 越冬明けの♂(同一個体)。 

5分30秒間この個体を見続け、約40枚の写真を撮りましたが、腹は折れ曲がったままでしたので、一時的な屈曲によるものではなく、この曲がったままであると判断できます。

曲がった原因は、羽化直後の体が十分固まっていない時期に、なんらかの物体との物理的接触があったことが考えられます。

それによって変形した腹部が、ほぼそのままの形で硬化してしまったのでしょう。

とはいえ、昨秋羽化してその後、半年ほどの期間を、このハンディキャップをものともせず1人で(1頭で)生き抜いてきた頑張り屋さんです。

この後の婚活、そして交尾、産卵のエスコートもやり遂げて、次世代へ祖先からの遺伝子遺産を引渡してくれるのだろうと思います。


越冬明けの♂が見られたポイント

前述したように、この♂は、砂防ダムの直下の沢斜面で、雑木林が迫る草むらにとまっていました(写真3)。

越冬明けのホソミイトトンボの観察ポイント 
写真3 越冬明けのホソミイトトンボが観察されたポイント

この♂は、この後、林野にあって適宜餌昆虫を摂食し、筋力や持続力、そして生殖腺の成熟度を高める生活を続けるのでしょう。

そして、十分成熟した後は、同種の♀がやってきそうな水辺を求めて谷あいをさまようのだと思われます。


☆★☆ ブログランキング(↓):よろしければ両方ともクリックして応援してください。
| 昆虫:形態と機能 | COM(0) | | TB(-) |
2017-08-16 (Wed)
夏目英隆さんに同行しての、昨年7月上旬の他県へのトンボ・トリップの第二、第三の立ち寄り地は、里山地帯の丘陵地の先端付近の林縁部や、その丘陵地を横断する村道沿いの林縁や草地でした。

それら林縁部の草木に静かにとまっていたのは、ノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883) です(写真1,2)。

ノシメトンボ♀ 
写真1 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum♀ (写真はクリックで拡大します)。

枯草の折れた茎の先端にとまっていた写真1の♀は、よく見ると、腹部第5,6節あたりが緩いS字状に変形しています。
それだけでなく、翅胸部左側面後方も大きく凹んでいるように見えます。

一方、頭部・脚部には目に見える変形はなく、翅もしっかりしていますので、物にとまったり飛び立ったりする動作や小さな昆虫の捕食にも差支えなさそうです。

この♀が曲がった腹部をコントロールして、うまく交尾姿勢をとれるかどうか不安が残りますが、ここまできたら、なんとか頑張って、たくましく生き抜こうとする意欲を紡ぐDNAを受け継いだ子供たちを残せるよう、応援したい気持ちになります。

つづく第三の訪問地でも、撮影できたトンボは写真2のノシメトンボだけでした。

ノシメトンボ♀ 
写真2 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum ♀、別個体

写真2のノシメトンボ♀は、何不自由ない雰囲気でバランスよく草の穂先にとまっています。

ノシメトンボは、このトンボ・トリップの最終目的地である河川中流部の岸近くでも撮影しています(写真3)。

ノシメトンボ♂ 
写真3 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum 

ピントは甘いですが、この時期、この地域のこれらの環境でノシメトンボの新鮮な成虫が目についたことの証として、この写真も掲げておきます。

ノシメトンボは、私の前住地である北海道でも普通種ですので、私がトンボ撮影行で本種に出会っても、一応撮っておこうかという、ちょっと失礼な扱いをすることが多いのですが(例:以前の記事「トンボ王国訪問記(2):ヒメサナエと小さな虫たち」、今回は主役の座をつとめてもらいました。

次回記事は、私にとって初対面のトンボが複数出迎えてくれた、河川中流部が舞台になります。


☆★☆ ブログランキング(↓):よろしければ両方ともクリックして応援してください。
| 昆虫:形態と機能 | COM(0) | | TB(-) |
2017-08-13 (Sun)
昨年7月上旬、東京在住のトンボ研究家、夏目英隆さんのご案内のもと、他県のトンボ生息地数カ所を見てきました。 

この素晴らしいトンボ・トリップで、いくつかの種と初対面をはたすことができました。
数回の連続記事で、それらの出会いをご紹介したいと思います。 

初回の今回は、最初の立ち寄り地、農地に囲まれた溜め池群およびその周辺の湿地や水田で撮影したトンボたちから、その1です。  

この溜め池群に挟まれた湿地には広いヨシ原が残されていて、池で羽化した均翅亜目のトンボにとっては貴重な休息場所や前生殖期を過ごす場所になっているようです。 

その湿生草原沿いの小径をゆっくりと歩きながらトンボを探すと、いました。 
緑色の胴体と大きく開いた4枚の翅、尾部付属器の形から、アオイトトンボ属の♂であることはすぐ分かります(写真1)。 

コバネアオイトトンボ未熟♂
写真1 コバネアオイトトンボ Lestes japonicus 未熟♂(1) (写真はクリックで拡大) 

夏目さん:「コバネアオイトがいますね。」 
私:「これがコバネアオイトですか。初めて見ました。」  

翅胸部がオレンジ色がかっている(金属緑色がほとんど発色していない)のは未熟なためですが、それも相俟って、コバネアオイトトンボ Lestes japonicus Selys, 1883 のこの個体は私にはとても新鮮な印象を与えてくれました。 

下の写真2は、この溜め池群の周りの小径を更に進んだところで写したコバネアオイトトンボ の別個体です。 

コバネアオイトトンボ未熟♂(2)
写真2 コバネアオイトトンボ Lestes japonicus 未熟♂、別個体。

帰宅後、図鑑等で調べてみると、コバネアオイトトンボの形態的特徴として、「後頭部が淡色であること、縁紋がアオイトトンボに比べて太短い。尾部下付属器が短い。」などが挙げられており、写真のトンボの特徴と一致しました。 

本種は青森から鹿児島までのほとんど全都府県に分布していたが、全国的に個体群の絶滅が起きていて、すでに記録の途絶えている都県もいくつかあるようです(尾園ほか、2012)。 

このような状況から、本種は環境省レッドデータでは絶滅危惧ⅠB類(EN)にランクされています。 

記録のある生息地の環境保全を行うのは勿論、真に研究に必要な場合を除いては採集を自粛することが望まれます。 

現地の話に戻します。 

写真1のコバネアオイトトンボを撮影したポイントから小径を歩み進めると、他のいくつかの種のトンボに加えて、アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823) の姿もありました(写真3、4)。 

アオイトトンボ♂(1)
写真3 アオイトトンボ Lestes sponsa  

アオイトトンボ♂(2)
写真4 アオイトトンボ Lestes sponsa ♂、別個体 

写真3、4のアオイトトンボの個体は写真1,2のコバネアオイトトンボの個体よりも翅胸部の金属緑色がしっかり出ていますので、より成熟が進んでいることが伺えます。  

アオイトトンボは北海道に永く住んでいた私にとってもおなじみのトンボですので、このブログではこれまでも今回のように脇役に甘んじることが多いです。 


ですが、ブログ開始当初の記事「アオイトトンボ♂」ではちゃんと主役を務めていました。  

この両過去記事には、アオイトトンボ未熟♀、成熟して白粉を吹いた♂の写真が掲げられていますので、よろしければクリックしてご笑覧ください。  

次回記事では、この溜め池群で撮影したイトトンボ科とモノサシトンボ科のトンボを取り上げます。 

引用文献: 
尾園暁、川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


☆★☆ ブログランキング(↓):よろしければ両方ともクリックして応援してください。
| 昆虫:形態と機能 | COM(0) | | TB(-) |
2017-08-04 (Fri)
今年6月前半の東海地方での、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 の観察(前回記事「グンバイトンボのファッション:四国 vs 東海」参照)の折りには、交尾や産卵についてもじっくり観察・撮影することができました。

今回は、そのうち、交尾が完全に成立するまでのプロセスを取り上げます。

それに加えて、交尾の際に合体する♂♀の外部生殖器の構造についても、先人の研究を引用しながら確認していきます。


まずは交尾写真と交尾動画

本論に入ると、細かい話が連続しますので、まずはシンプルに、無事交尾が成立した後の今回の主役カップルの様子を、写真1とYoutubeに私がアップした動画1でご覧ください。

グンバイトンボ、交尾(1) 
写真1 グンバイトンボ Platycnemis foliacea の交尾(写真はクリックで拡大)


動画1(外部リンク)(ただし、筆者自身による作品へのリンク):
グンバイトンボの交尾:生方秀紀撮影:

この動画では、♂は、交尾環を保ったまま、腰を屈伸する動作を繰り返しています。
この動作により、♂の副交尾器(ペニス)は♀の生殖器(膣)の中をピストンのようにスライドされることになります。


ちょっと横道(1):交尾中の♂の腹部前方屈曲動作の機能

このペニスのピストン運動は、♀の膣の最奥部にある交尾嚢、さらにはそれに付随する受精嚢の中にある、以前の交尾で注入された他の♂の精子を掻き出す(あるいは奥に押し込む)機能(精子置換)を持ちます(参考動画、外部リンク:by Rüppell)。

これにより、♂は自らの精子を受精に使われやすくし、直接の子孫をより多く残す可能性を高めることができるというわけです。

参考外部リンク動画
Georg Rüppell: Dragonfly Behaviour: Demoiselle sperm removal and egg fertilization


グンバイトンボの連結ペア発見(ストーリーを最初から)

それでは、主役のカップルが交尾前連結の状態からスタートし、何度か失敗を繰り返し、最後に完全な交尾に至るまでのプロセスを時系列に沿って見ていきます。

晴れた日の午前11時過ぎ、小さな小川のヨシ類の葉にとまるグンバイトンボの連結ペアを発見しました(写真2)。

グンバイトンボ交尾前連結(1) 
写真2 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾前連結

私がカメラを構えて近づくと、このペアは連結のまま飛び立って、小川の岸沿いに数十cm離れた別のヨシ類の葉にとまりました。


交尾開始は♂の動きから

そしてそこで、♂は♀の体全体を吊り上げ、これから交尾をする意図を露わにしました(写真3)。

グンバイトンボ交尾の試み(1)
写真3 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(1)

♀は、今のところ大人しく体を真っ直ぐにして、吊り下げられたままです。

次に、♂は更に♀を吊り上げ、腹先を下前方に強くカーブさせ、♀に交尾の態勢をとることを促します(写真4)。

 グンバイトンボ交尾の試み(2)
写真4 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(2)

この段階では、♀も自分から腹部を下前方にカーブさせて、自分の外部生殖器と相手♂の副交尾器とが接近するように「協力」しています。


交尾形成における♀の役割

この♂副交尾器と♀外部生殖器との定位には♀が重要な役割を果たしているようです。

というのも、♂の副交尾器は腹部第2節にあるため、腹部を♂の意思で左右に動かせるとしても、ごく僅かな幅でしかないからです。
その上、定位しようとしている場所はトンボの大きな複眼をもってしても死角となる、頭部から見て後下方になっていますから、♀の腹先を見ながらの腹部の微妙なコントロールはできないでしょう。

それに対して♀は、自分の腹部の先端の微妙な動きを視界の中でしっかりととらえることができます。
ですので、腹部に備わる随意筋をコントロールしながら、腹部先端、とりわけ♀の外部生殖器を♂の副交尾器に定位させる主要な役割を担うことができるはずです(写真5)。

グンバイトンボ交尾の試み(3)
写真5 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(3)

しかし、ことはそう簡単ではないようです。


交尾完成にてこずる

下の写真6では、♀の腹端は♂から見て右側に反れてしまいました。

グンバイトンボ交尾の試み(4)
写真6 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(4)

♂は左後脚をわざわざ持ち上げて、♀の腹部先端のコントロールを補助しようとしているかのようです。

最初の試みは、こうして、うまくいかず、いったんまっすぐな連結の状態に戻りました(写真7)。

グンバイトンボ交尾の試み中断(1)
写真7 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み中断(1)

その後、すぐにまた交尾を試みることを再開しました。


ちょっと横道(2):♀の外部生殖器の構造

ここで問題となるのは、均翅亜目♀の複雑な外部生殖器(広義の産卵管)の、交尾の際の取り扱いです。

その中でも、とりわけカーブした鋭い針状の狭義の産卵管(正確には、産卵弁腹片と産卵弁内片の各1対が束になったもの)を、♂の腹部に突き立てて怪我をさせたり、腹部の突起にひっかけてうまく交尾できないなどのことが起きては困ります。

均翅亜目♀の腹部第8,9節にある、広義の産卵管の形態(Tillyard, 1917)については、私の以前の記事「トンボの産卵器の構造:植物組織内産卵用」から、下に再掲しておきます(図1)。

均翅亜目の産卵管(Tillyard 1917) 

図1 均翅亜目♀の広義の産卵管の形態 (drawn by R. J. Tillyard, 1917)  
図のキャプションの訳【補訳】:Synlestes weyersi Selys ♀【ミナミアオイトトンボ科】の産卵器【広義の産卵管】。ap:前方突起【産卵弁腹片】;mp: 中央突起【産卵弁内片】; st: 尖突起;v: 産卵弁【産卵弁側片】。  

上の図は、トンボの体を、頭を上、尾を下にして立てた状態の、腹部第8節後端と第9節を、トンボから見て右斜め下から眺めたものです。  狭義の産卵管(産卵弁腹片[ap]+産卵弁内片[mp])は、産卵しない時は左右の産卵弁側片(v)の間に折りたたまれて収納されています。 


ちょっと横道(3):♀の膣孔の位置

次に、交尾の際、♂のペニスが挿入されることになる、♀の膣口の位置を確認しておきます。

均翅亜目の♀の膣口(va)は、産卵弁腹片(gp8 [図1のap])と産卵弁内片(gp9 [図1のmp])
のそれぞれの基部に前後から挟まれた正中線上にあり、その襟状部位は左右からクチクラに覆われた裂片(vl)で囲まれています(図2,3)。

図2,3で、グレーに着色された部分はクチクラ(硬皮)、波線は観察者が切り取った縁です。

Calopteryx♀交尾器、腹面図、Klass、図 

図2 Calopteryx virgo (Linnaeus, 1758) ♀の腹端部の外骨格、腹面図(Klass, 2008 のFig. 4から転載(転載許可済)(reproduction permitted)
<凡例>
a: 前方腹側角における背板の拡張(側腹部の腱を支持)extension of tergum at its anteroventral corner, supporting tendon et
ag: 付属腺accessory gland
ca: 第9腹節付属肢基節間の中央内突起 central apodeme between coxae IX
cr : 膣の首輪状の(柔軟な)隆起 collar-shaped (soft) 'ridge' of vagina
CX: 付属肢基節(数字は節)coxa (number=segment)
dl: 第9腹節生殖板【産卵弁側片】の背側裂片 dorsal lobe of gonoplac IX
gl9: 第9腹節生殖板【産卵弁側片】 projecting body of abdominal limb (without stylus)= coxal lobe; gonoplac on segment IX (number=segment)
GP8: 第8腹節陰具片の硬皮 sclerite of gonapophysis (number=segment)
gp8: 腹節陰具片【産卵弁腹片】 gonapophysis (number=segment)
GP9: 第9腹節陰具片の硬皮 sclerite of gonapophysis (number=segment)
gp9: 9腹節陰具片【産卵弁片】 gonapophysis (number=segment)
gt: 第8腹節の付属肢基節の前方の腱 anterior tendon of coxa VIII, median to apdeme ga
LS8,9: 8、9腹節側部付属肢基節の腹板 laterocoxosternum (number=segment) 
MS: 腹節陰具片【産卵弁腹片】間の欠刻の前端部の硬皮 sclerite at anterior end of cleft between gonapophyses VIII
oc: 共通輸卵管の内膜に被われた部分 part of common oviduct bearing intima
PS9: 9腹節腹面後縁部の「後腹板」(機能未解明)'poststernum' at ventral hind margin of segment IX (interpretation unresolved)
sI9: 9腹節螺旋硬皮 spiracle sclerite 9
sp: 受精嚢 spermatheca
TG8,9,10: 8、9、10腹節背板tergum 8,9,10
va: 膣 vagina
vb: 膣前方のバルブ様部分【交尾嚢】 anterior bulb-like portion of vagina (bursa copulatrix)
VB: 膣基部の側方壁の硬皮sclerite in basal lateral wall of vagina)
vl: 膣開口部に沿う裂片 lobes flanking vaginal opening
VL: 膣開口部に沿う裂片上の硬皮 sclerite upon lobe vl

Calopteryx♀交尾器、背面図、Klass、図
図3 Calopteryx virgo ♀の腹端部の外骨格、背面図(Klass, 2008 のFig. 3から転載(転載許可済)(reproduction permitted)。
<凡例>
図2の凡例と共通。


♂が交尾する際には、♂の副交尾器のうちのペニスを、産卵弁腹片(gp8)のフォークの股間をすり抜けて膣口へと押し込まなければなりません。

♂の眼からは死角となる♂の腹基部腹面側で行われているこの作業を完遂させるためには、♀の♂と一心同体の協力が不可欠となります。
その際、産卵弁腹片(gp8)のフォークはペニスを膣に導く、よいガイドとなっているのかもしれません。


ちょっと横道(4):均翅亜目の膣と交尾嚢

ちなみに、♀の体内で、膣は膣口(va)から、硬皮に被われた側方壁(VB):に囲まれた管を経て、腹部第8節後端付近の腹面側にある交尾嚢(bursa copulatrix; vb)へと延びています(図2,3)。
交尾嚢からは、小枝のような形の受精嚢(sp)が突き出ています。

♂のペニスの先端ははこの交尾嚢の中まで、そしてペニスの細い枝状の末端節は受精嚢の奥まで届き、この♀と先に交尾した♂の精子を掻き出す機能を持っています。
この記事の前半でリンクした外部動画(下に再掲)を、このことに注意しながら、もう一度ご覧ください。

参考外部動画(再掲):
Georg Rüppell: Dragonfly Behaviour: Demoiselle sperm removal and egg fertilization


ちょっと横道(5):産卵の際の卵の通り道と受精

交尾嚢には、卵巣で作られた卵を運ぶ共通輸卵管(oc)が開口しており(図2)、交尾嚢を通過中の卵はそこにある精子によって受精し、トンネル状の膣の中を通り抜けて外部の産卵管へと送られ、植物組織内に産み付けられます。


ちょっと横道(6):♂の副交尾器の構造

ここで、均翅亜目トンボ♂の副交尾器の構造(図4)を簡単に見ておきます。

均翅亜目トンボの♂の副交尾器のうち、主要な役割を果たすペニス(p)は、は腹部第2節の腹側正中線上に位置し、後方にバナナのようにカーブする細長い突起となっています。ペニスの末端関節中片(mp)の先端からは反り返った突起(側鞭)(lp)が突き出ています。

均翅亜目♂の副交尾器、Tillyardより 
図4 均翅亜目のSynlestes weyersii Selys, 1868 の♂の交尾器(Copulatory apparatus)。腹面図、ペニスは向って左に(倒しながら)ずらして描かれている。Reproduced from Fig. 96  (drawn by R. J. Tillyard) of Tillyard (1917) .
<凡例>
al: 前片(anterior lamina); cl: 前片の凹部(cleft of same); fr: 枠組み(framework); 
Ip: ペニスの側鞭(lateral flaps of penis) ; mp: ペニスの末端関節中片(middle piece of distal joint of same);またはペニスの開口部(or orifice of same); p: ペニス(penis); 
ph: 後鈎(posterior hamule); st1, st3: 第一、第三腹節腹板(first, third urosternite);t2: 第二腹節背板(second urotergite) ; vp: 精子嚢(vesicle of penis). 


♂の精巣で作られた精子は、腹部第9節の生殖門から腹部第3節前端にある精子嚢(vp)に♂自身によって移されて(雄内移精)一旦蓄えられます。交尾の際には、この精子がペニスの背面(図4では、向ってペニスの右端のライン)にある膜状の溝を通ってペニスの先端(mp)に送られ(Corbet, 1999; Fig. 11.41)、更に♀の膣あるいは交尾嚢中に注入されるわけです。


ちょっと横道(7):交尾の際の♀の産卵管の位置取り

交尾の際、均翅亜目♀の鋭い針状の狭義の産卵管(産卵弁腹片[ap]+産卵弁内片[mp])は、左右の産卵弁側片(v)の間に大人しく収められていると思われるかもしれません。

均翅亜目、ムカシトンボ亜目(ムカシトンボ;不均翅亜目に含める見解もある)、不均翅亜目でも植物組織内産卵をするヤンマ科などでは、交尾の際、♀の狭義の産卵管は♂の副交尾器の外枠部分にある、交尾前鈎(hamulus anterior)、交尾後鈎(hamulus posterior)、(均翅亜目では加えて)交尾前片(lamina anterior)のそれぞれによって左右から挟まれるようにホールドされ、♂の副交尾器の基盤をなしている腹部第2節腹面の縦長の広い溝に収まります(Corbet, 1999; Fig. 11.39)


話を本題に戻します:グンバイトンボの交尾完成への道(続編)

均翅亜目のトンボの生殖器の構造、交尾の仕方に少し詳しくなったところで、私の撮影したグンバイトンボの交尾完成への道の続きを見ていきます。

最初の交尾の試みがうまくいかず、いったんまっすぐな連結の状態に戻ったところ(写真7)からのリスタートです。

まもなく、このカップルは再び交尾を試みます。

産卵管が♂の溝にまっすぐ突き立てられたり、産卵管の先端が♂の腹部第1節のほうに行き過ぎてしまったり(写真8b)と、今回もなかなかうまくいきません。

写真8aでは、産卵管が♂副交尾器の溝に収まっていないので、産卵管その物がよく見えています。

グンバイトンボ交尾の試み(5) 
写真8 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(5)
a 左上、b 右上、c 左下、d 右下

このようなことを繰り返しているうちに、♂のペニスの基部の周りに体液の粒が付着しているシーンもありました(写真9a、bとほぼ同様のシーン)。

そして、また、いったん直列タンデムに戻りました。

懲りずに、このカップルは三たび交尾を試みます。

またうまくいかないものですから、♂は後脚で♀の腹端を操作しようとしている様子を2,3度見せました(写真8c)。
体液の粒はもう見当たりません。

今度も、産卵管が右にずれたりと、うまくいかず、また直列タンデムに戻りました(これで三度目)。

四度目の正直、この直後の試みでは完成形の交尾に移行することになります。

産卵管の先が♂の第1腹節のほうに出てしまう失敗が一度ありましたが、へこたれず、つづけます。

写真8dでは、立てた産卵管が半分見えています。

下の写真9a、bでは、またもや立てた産卵管が半分見えていますが、♂のペニスの基部の周りに再び体液の粒が付着しています。
この液滴は、精子嚢からの精液が大きくこぼれたものである可能性が考えられます。

グンバイトンボ交尾の試み(6)
写真9 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾成功まで
a 左上、b 右上、c 左下、d 右下

この後、♂♀の交尾器同士がしっかりとかみ合わさり(写真9c[写真10の部分拡大])、交尾はうまくいったようです。
この間、三度目の体液の粒が確認されました。

今回の記事の冒頭でリンクした、私が撮影したグンバイトンボ交尾の動画1は、写真10の撮影の直前に同じカップルを録画したものです。

グンバイトンボ、交尾(1) 
写真10 グンバイトンボ Platycnemis foliacea の交尾(写真1の再掲)

ここで、写真9cとその少し後の写真9dを見比べてみてください。
写真9dでは、写真9cの場合よりも♂が腰を背方に引いている状態のため、♂と♀の密着度が少し低下しています。

これは、写真9dでは♂のペニスが♀の膣から半分ほど引き抜かれた状態で、写真9cではペニスが膣の一番奥まで差し込まれた状態であることを伺わせます。

交尾リングのまま、♂が腰を背腹に屈曲させる運動は、即ちペニスのピストン運動の源となっていることも、このことからわかります。

連結ペアが1回目の交尾を試み始めてから、完全な交尾になるまでに約1分間、そのまま交尾を継続してそれを解き、連結になって産卵へと向かうまでに約9分間が経過していました。


ちょっと横道(8):交尾が終った後の♂のペニスの収納

今回は、グンバイトンボの交尾が解けた瞬間の交尾器の状態を、残念ながら撮影することはできませんでした。

そこでネット上で動画検索をしたところ、同じ均翅亜目に属するアオイトトンボの1種 Lestes australis Walker, 1952 の交尾の動画(外部リンク、Nature in Motionさん)の中に、そのシーンがあるのを「発見」しました。

動画(外部リンク)
Nature in Motion: Southern Spreadwing Damselflies mating with clear view of male genitalia

この動画を、コマ送りして観察してみました。

0分48秒:交尾は、ほぼ完全挿入の状態。この後、産卵管が抜ける様子が追跡できます。
1分01秒:産卵管がすべて抜けた瞬間、♂のペニスも抜けて「自由」になっているのがよく見えます。
1分07秒:♂はペニスを腹部本体に収納する方向に倒し込みつつあります。
1分37秒:♂のペニスは完全に収納されて見えなくなっています。

これがすべて1分程度の短い時間で行われています。


おわりに

以上、長くなりましたが、文献・動画等の引用で雌雄の外部生殖器の構造を参照しながらの、グンバイトンボの交尾プロセスの観察報告は、ここまでとします。

なお、今回の観察開始は、すでに交尾前連結が完成し、これから交尾リングを形成しようとしていたところからでした。

今後、機会があれば、単独の♂が単独の♀を発見して接近し、連結するまでのプロセス、更には連結してから交尾するまでの間に行うはずの「雄内移精」(♂が腹部第9節の生殖門から腹部第3節の精子嚢に精子を写すこと)を観察・撮影したいと考えています。

グンバイトンボの産卵行動については、今回観察・撮影できましたので、次回以降の記事で取り上げる予定です。

長文へのお付き合い有難うございました。


Acknowledgement
I thank Dr. K-D. Klass for kindly permitting me to reproduce two drawings from his article.


引用文献:
Corbet, P.S. (1999) Dragonflies: Behavior and Ecology of Odonata. Ithaca, NY: Cornell Univ. Press. 829. 日本語版: コーベット著、椿宜高・生方秀紀・上田哲行・東和敬 監訳(2007)トンボ博物学―行動と生態の多様性―海游舎

Klass, K-D, (2008) The Female Abdomen of Ovipositor-bearing Odonata (Insecta: Pterygota). Arthropod Systematics & Phylogeny 66 (1), 45-142.
www.senckenberg.de/files/content/forschung/.../asp_66.../66_1_klass_45-142.pdf

Tillyard, R. J.. (1917) The biology of dragonflies (Odonata or Paraneuroptera. Cambridge University Press. (2007年までに著作権期間が終了しています。)
 

 ☆★☆ ブログランキング(↓):よろしければ両方ともクリックして応援してください。
| 昆虫:形態と機能 | COM(0) | | TB(-) |