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2018-12-20 (Thu)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集したアサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys, 1853写真1)など3種のトンボ幼虫を観察・撮影することができました(前々回記事参照)。

アサヒナカワトンボ幼虫 
写真1 飯田さん採集のアサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫 (前々回記事から再掲)(写真はクリックで拡大します)

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに19編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第20報の今回は、そのアサヒナカワトンボ幼虫を近接撮影した動画動画1)をご紹介し、それをスローモーション変換したもの(動画2)から、アサヒナカワトンボ幼虫の歩き方を読み解きます。

目 次:
◆スローモーション変換前の動画を見る
◆スローモーション動画を見る
◆おさらい:昆虫の脚の各節の名称(前回記事から再掲)
◆歩行の際の脚の基本的な運び方
◆脚を動かす順序
 1) 片側の3つの脚における動きの時間的順序:
 2) 左右両側の同じ脚の動きのタイミング:
 3) 左右両側の異なる脚の動きの同期:
 4) 結論:メタクロナルは維持しつつ柔軟に歩行
◆昆虫の歩行(文献からの要点整理)
 1) ゆっくりとした速度の場合:
 2) 中間の速度の場合:
◆次回予告
◆謝 辞
◆引用文献


スローモーション変換前の動画を見る

まずは、スローモーション変換前の動画(動画1)をご覧ください。


動画1 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫の歩行運動。

動画1からは、飯田さんが用意した白い底の容器の水中で、アサヒナカワトンボ亜終齢幼虫がゆっくりと6本の脚を動かして、移動しようとしている様子がわかります。

ただし、底が滑らかなプラスチックであるため、つま先が滑って、わずかしか前に進めません。

前回記事ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889)幼虫 と違って、アサヒナカワトンボ幼虫では腹部の後半が、歩行のリズムに合わせてわずかながら左右に揺れています。

※ ムカシトンボ幼虫は、不均翅亜目と姉妹群*をなす系統群であるムカシトンボ亜目**に属するだけあって、腹部の左右幅が大きく、それに比較して腹部の長さは相対的に短いため、歩行にともなう左右の揺れは無きに等しいですが、カワトンボ科 Calopterygidae を含む均翅亜目幼虫の腹部は細長いため、アサヒナカワトンボ幼虫ではこのような左右への腹部の打ち振りが可能です。

アサヒナカワトンボ幼虫では、その腹部の打ち振りに伴って、受動的に尾鰓、とくに(おそらく幼時に損傷を受けていなかったため)より長い体右側の側鰓が、ゆらゆらと左右に揺れています。この尾鰓の左右への動きは、(とくに尾鰓が左右・中央の3つとも無傷であれば)魚の尾びれの動きと同じように、前方への補助的な推進力を生み出している可能性があります。

(*注:姉妹群とは:形態や分子などの形質状態を元に系統を再構成(推定)する際には、相同な子孫形質を共有する分類群同士を結合させ、ひとつの単系統群として統合する作業を繰り返すことが基本になります。この、統合された二つ(あるいはそれ以上)の分類群同士は互いに姉妹群の位置付けになります【関連した記述は過去記事を参照】)

(**注: ムカシトンボ亜目を認めず、ムカシトンボ科を不均翅亜目に含める分類体系を提案している研究者も少なくありません(例:Bechly, 1995; 尾園ほか、2012)。筆者(生方)は Dijkstra et al. (2013)や Schorr and  Paulson (2018) の「World Odonata List」にならって、ムカシトンボ亜目を認める立場です。立場の違いは相場観によるもので、どちらかが学問的に誤っているということではありません。この問題について、より詳しくは過去記事「トンボ目の系統樹」を参照ください。)


スローモーション動画を見る

それでは、動画1スローモーション変換(2分の1倍速)した動画2を見てみましょう。


動画2 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫の歩行運動(2分の1倍速)。 (動画1をスローモーション変換したもの) https://youtu.be/t8wJr1G7g6I


おさらい:昆虫の脚の各節の名称(前回記事から再掲)

ここで、昆虫の脚の各節の名称を、おさらいしておきます(下のWikimedia Commonsの画像参照)。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像 昆虫の構造モデル(成虫):21. pillow 22. 爪 23. 跗節Wikipedia日本語版では常用漢字の附節を充てている)(ふせつ) 24. 脛節 25. 腿節 26. 転節 29. 基節。
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons


歩行の際の脚の基本的な運び方

スローモーションの動画2から、まずは、アサヒナカワトンボ幼虫が歩行運動をする際の、一つの脚の基本的な動かし方に注目してみました。

前回記事(ムカシトンボ幼虫の歩行)では、前・中・後脚のそれぞれについて、歩行運動をする際の、腿節と脛節の曲げの角度の変化と、蹴りの前と後におけるつま先の位置に着目して、やや詳しくスローモーション動画から読み取れたことをまとめました。

今回のアサヒナカワトンボ幼虫の歩行運動の場合も、際の各脚ごとの動きの基本的なパターンは、ムカシトンボ幼虫の場合とよく似ていました。

ただし、ムカシトンボ幼虫を観察した眼には、アサヒナカワトンボ幼虫の脚の長さと、ゆったりした動きが印象的です。

時計の振り子ではありませんが、脚が長ければ長いほど、単位時間内の往復の回数は減る(周期が長くなる)のが自然の成り行きでしょう。

しかし、脚が長いと歩幅も長くなりますから、両種幼虫が同じエネルギーを歩脚に投入した場合の体全体の前進速度は、短い脚のチョコチョコ歩きよりも、かえって速いかもしれません。


脚を動かす順序

1) 片側の3つの脚における動きの時間的順序:
ムカシトンボ幼虫の場合と異なり、アサヒナカワトンボ幼虫の場合は、脚を動かすリズムがゆっくりしているため、脚を動かす順序も、とてもわかりやすいです。

左右とも、後脚→中脚→前脚の順に後ろに蹴る動きをしています。

前回記事で紹介した、ゆっくりとした速度での昆虫の歩行で支配的な、メタクロナルパターン*(Ritzmann and Zill, 2013)のお手本のような動きです。

(*メタクロナルとは:meta-(…の後)とchronal(時間的)の合わさった語で、意味としては「時間的に後追いの」という意味を持つと解釈できます。)

2) 左右両側の同じ脚の動きのタイミング:
左右両側の同じ脚の動きのタイミングに着目すると、前脚は左右が交互に動いています。

後脚も同様に、左右が交互に動いています。

それに対して、中脚では事情が若干異なります。

すなわち、中脚は録画の前半では交互に動いていますが、後半では交互ではあるといえ、右中脚の蹴りから左中脚の蹴りまでの時間が、その逆よりも短くなっています。

3) 左右両側の異なる脚の動きの同期:
左右両側の異なる脚の動きの同期に着目してみます。

まず、左中脚に着目すると、この脚は右前足と同期しています。

一方、左中脚の右後脚との同期は悪く、右後脚が左中脚よりも遅れて動いています。

次に、右中脚に着目すると、この脚は左後足と同期しています。

一方、右中脚の左前脚との同期は悪く、左前脚が左中脚よりも早く動いています。

4) 結論:メタクロナルは維持しつつ柔軟に歩行
以上のように、左右の中脚の間で、同期する反対側の脚がそれぞれ右前足、左後脚となっており、非対称であることがわかりました。

「2) 左右両側の同じ脚の動きのタイミング」の項でも、中脚の左右の動きの微妙な変化がありました。

以上の観察から、アサヒナカワトンボ幼虫の歩行は、単純なロボット昆虫のような機械的な脚の動きをするのではなく、状況や意図(直進するか、カーブするか、あるいは物を乗り越えるか、など)に応じた柔軟な動き*をしているらしい、という結論が得られました。

(*Ritzmann and Zill (2013)は、物を乗り越えるときのゴキブリの柔軟な動きを解析しています。 )

このように、柔軟な動きをしながらも、後脚→中脚→前脚の動き順(メタクロナルパターン)は維持されています。

Ritzmann and Zill (2013) に従えば、アサヒナカワトンボ幼虫の場合も、もっと高速な歩行をする場合には3脚歩行になるこが予想されます。

実際に今回の動画のアサヒナカワトンボ幼虫の歩行も大雑把に見れば、3脚歩行っぽく見えなくはありません。

おそらく、狭い容器に入れられて、怪訝に思いながらゆっくり歩きまわっているゆえに、高速歩行に特有な完全な3脚歩行になっていないのでしょう。

もっと広い、一様な平面で後方から追われたりしている状況に置かれれば、もっと統制のとれた3脚歩行でより高速に歩行するのではないでしょうか(遊泳による逃避をしない限り)。


昆虫の歩行(文献からの要点整理)(前回記事からの再掲)

Ritzmann and Zill (2013)は、昆虫の歩行に伴う基本的な脚の動きを総括しています。

主にそれに依拠して要点を整理したものを前回記事から再掲しておきます(以下、「である体」を採用)。

1)ゆっくりとした速度の場合:
昆虫(すべて6本脚)の歩行のうち、ゆっくりとした速度では、脚はいずれか一方の側で、後脚から中脚に、そして前脚に向かって動いているメタクロナルパターンに従う(Ritzmann and Zill 2013; Hughes 1952; Wilson 1966)。

ここで、メタクロナルとは、原生動物における繊毛運動において一定の位相差が隣接する繊毛の間に維持され、繊毛の打ち振りが波のように伝わる状態を指す(Narematsu et al. 2015)。

Ritzmann and Zill (2013)によれば、各脚の動きには二つの段階がある。

跗節が地面にあり、動物が前方に押し出されるときをスタンス段階という。

跗節が空気中を前方に動かされるときをスイング段階という。

歩行の際には、各脚はそれぞれスタンス段階とスイング段階の交代を繰り返す。

2)中間の速度の場合:
Ritzmann and Zill (2013)によれば、中間の速度では、足のスタンス段階の持続時間が短くなるにつれて、脚の動きのパターンはシフトする(これは、滑走調整と呼ばれる:Wendler 1966; Cruse 1990)。

同時に複数の脚を持ち上げることも生ずる(例えば、4脚歩行、 Grabowskaら、2012; Wosnitzaら、2013)。

3) より高速な場合
Ritzmann and Zill (2013)によれば、より高速では、メタクロナルパターンの修正は3脚歩行につながる。

ここでは、動物の片側の前側および後側の脚は、反対側の中央の脚を含むユニットとして移動する。

この3脚は、残りの脚で構成された3脚との間で、スイングとスタンスを交互に切り替える。

3脚歩行はとても安定している。なぜなら、ほとんどの速度で動物の重心が支持基盤内にとどまるため、それが転倒しないからである。


次回予告

次回記事では、アサヒナカワトンボムやムカシトンボの幼虫を採集・観察した地点で見られた唯一のトンボ成虫であるマユタテアカネ、それも大きな傷を負いながらも健気に生きている姿、をレポートします。


謝 辞
現地に案内して下さり、採集品の撮影を許可された飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

Bechly, G. (1994): Morphologische Untersuchungen am Flügelgeäder der rezenten Libellen und deren Stammgruppenvertreter (Insecta; Pterygota; Odonata) unter besonderer Berücksichtigung der Phylogenetischen Systematik und des Grundplanes der *Odonata [Morphological analysis of the wing venation of extant dragonflies and their stemgroup representatives (Insecta; Pterygota; Odonata) with special reference to phylogenetic systematics and the groundplan of crowngroup Odonata]. - unpubl. diploma thesis, Eberhard-Karls-Universität Tübingen; 341 pp., 3 tabls, 111 figs.

Cruse (1990) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Dijkstra, K-D. B., G. Bechly, S. M. Bybee, R. A. Dow, H. J. Dumont, G. Fleck, R. W. Garrison, M. Hämäläinen, V. J. Kalkman, H. Karube, M. L. May, A. G. Orr, D. R. Paulson, A. C. Rehn, G. Theischinger, J. W. H. Trueman, J. van Tol, N. von Ellenrieder & J. Ware. (2013). The classification and diversity of dragonflies and damselflies (Odonata). Zootaxa 3703(1):36-45.

Grabowska et al. (2012) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Hughes (1952) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Narematsu N, Quek R, Chiam K-H, and Iwadate Y, (2015): Ciliary metachronal wave propagation on the compliant surface of Paramecium cells. Cytoskeleton 72, 633-646.

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

Ritzmann R and Zill SN (2013) Neuroethology of Insect Walking. Scholarpedia, 8(9):30879.


Wendler (1966) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Wilson (1966) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Wosnitza et al. (2013) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。



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2018-11-28 (Wed)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに16編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第18報の今回は、この日4番目(最後)の訪問地である、小河川の源流部で採集されたトンボ幼虫について取り上げます(写真1)。

河川上流部でM.I.さんが採集したトンボ幼虫 
写真1 飯田さんが掬った網の中のヤゴ(写真はクリックで拡大します)

第三の訪問地を後にした一行は、川沿いや山間の曲がりくねった道を進み、いくつかの集落を抜けて、第四の訪問地である小河川の源流部に到着しました(途中、鄙びた蕎麦屋で昼食タイム)。

案内して下さった松山探虫団(仮称)の方々と私は、早速その渓流沿いにトンボその他の昆虫の姿を追い求めました。

そんな中、飯田さんは持参の水棲網を携えて渓流に足を踏み入れ、水生昆虫を漁り始めました(写真2)。

渓流性トンボ幼虫を採集するM.I.さん 
写真2 渓流性トンボ幼虫を採集中の飯田さん

しばらくすると、網の中に何か獲物が入った様子が伺えました。

「何かとれましたか?」、と私。

「ヤゴ、採れましたよ。見ます?」、と飯田さん。

近づいて網の中を除くと3頭のヤゴが入っていました(写真1、再掲)。

河川上流部でM.I.さんが採集したトンボ幼虫 
写真1(再掲) 飯田さんが掬った網の中のヤゴ

サナエトンボ科 Gomphidae のヤゴ、大小2個体と、カワトンボ科 Calopterygidae の仲間のヤゴ1個体です。

飯田さんが水棲網の柄を両手で持ち、渓流畔から道路に上がっていくと、同行の山本桂子さん、高橋賢悟さんも寄ってきて、覗き込みました。

飯田さんは、それぞれのヤゴを別々のタッパーウエアに水とともに入れて、観察と撮影へモードを切り替えました。

私も、おこぼれに預かり、それぞれのヤゴをじっくりと撮影させてもらいました(写真3~6)。

※ いずれのヤゴも、撮影した写真を帰宅後パソコン上で拡大したものを、図鑑(杉村ほか 1999;尾園ほか 2012)と照らし合わせて同定しました。

写真3は、アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys, 1853亜終齢(F-1齢)幼虫です。

アサヒナカワトンボ幼虫 
写真3 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫

尾鰓は左のものが欠失し、中央のものも前の齢期に欠損したものが若干再生しているという、ちょっと痛々しい姿ですが、それもものかは、源流部の清冽な水を張ったタッパーウエアの中で、元気に脚を動かしていました。

このヤゴですが、腹部がそれほど長くないことからカワトンボ属 Mnais であることが、尾鰓の先端に両裾野がえぐれた突起がないことから(ニホンカワトンボ Mnais costalis Selys,1869 ではなく)アサヒナカワトンボであることが判別できました。

この幼虫の齢期を判定するために、ヤゴペディアの「アサヒナカワトンボ」の各齢の幼虫画像を参考にさせてもらいました。

その結果、今回のヤゴは、翅芽が腹部第3節後端に達するレベルであることから、亜終齢であると判断できました。

※ このアサヒナカワトンボの幼虫については、その場で動画も撮ることができました。
それについては次回記事で、じっくりと再生動画とそれから読み取った動作特性をお示しする予定です。

写真4は、ヒメクロサナエ Lanthus fujiacus (Fraser, 1936) 第12齢(終齢の2つ前の齢:F-2齢)幼虫です。

ヒメクロサナエ幼虫 
写真4 ヒメクロサナエ Lanthus fujiacus -2齢幼虫

写真5も、同じ場所・採集機会に採集された(写真1)、ヒメクロサナエ終齢幼虫です。

ヒメクロサナエ幼虫 
写真5 ヒメクロサナエ Lanthus fujiacus 終齢幼虫

背面から見た腹部の輪郭、翅芽が体軸と平行なこと、背棘がないこと、側棘が少なくとも腹部第8,9節にあること、前脚・中脚の脛節の末端に目立つ突起があること、そして触角の末端節がほぼ楕円形の(角が円い三角形にならない)団扇状であること、がヒメクロサナエであることの決め手となりました。

とりわけ、触角の末端節の形状はよい区別点となりました。

写真4,5共に、齢期の判定に際しては、ヤゴペディアの「ヒメクロサナエ」の各齢の幼虫画像を参考にしました。

ヒメクロサナエ、なかなか渋い、玄人好みの形態・色彩パターンをもっているヤゴです。

最後は、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889)第12齢(終齢の2つ前の齢:F-2齢)幼虫です(写真6)。

齢期は、ヤゴペディアの「ムカシトンボ」の各齢の幼虫画像を参照することで判定できました。

ムカシトンボ幼虫
写真6 ムカシトンボ Epiophlebia superstes F-2齢幼虫 

お気づきのように、アサヒナカワトンボ、ヒメクロサナエのヤゴとは別の掬い取りの機会に飯田さんが採集した個体です。

それを飯田さんが白い底の容器に入れてひとしきり撮影します。

それが終るのを待っていたかのように、私達も順に撮影させてもらいました。

さて、今回採集されたムカシトンボのヤゴですが、褐色ないし黄褐色という明るい色調であることに、ちょっとした感動を覚えました。

というのも、私が、北海道で大学院生時代や大学教員として学生実習の際にムカシトンボの幼虫を採集する機会をもちましたが、その時の幼虫はもっと黒褐色の色調だったからです。

この1個体を見たことだけでも、はるばる関東から四国まで遠征した甲斐があって余り有ります。

2億年もの系統の歴史を背負っているムカシトンボでも、その時々の環境に対応して、あるいは環境の許す範囲で、このような地理的変異を生起し、維持しつづけているということでしょう。

川底の砂礫が黒色系でなく灰色系か淡褐色系であれば、今回のような淡褐色のヤゴは捕食者に発見される確率を低下させることができ、一つの適応を獲得しているといえます。

このムカシトンボ幼虫に関しても、その場で動画を撮影していますので、次回記事でじっくりレポートしたいと思います。

今回撮影した3種4個体のヤゴのうち、終齢のヒメクロサナエは間違いなく来春(ということは、この記事をアップした年、2018年の春)に羽化することになりますが、終齢よりも2つ齢が早いヒメクロサナエとムカシトンボはもう1年長く水中生活を送ることになるでしょう。

残りの、アサヒナカワトンボ亜終齢幼虫は、越冬前あるいは越冬後しばらくしてから脱皮して終齢になれば、撮影時点の翌年に羽化するものと思われます。


※ この場所では、以上のトンボ幼虫以外に、腹部に穴が開きながら、どっこい生きているマユタテアカネ成虫も撮影しています。

これについても、次々回記事で取り上げる予定です。


謝 辞
現地に案内して下さっただけでなく、貴重な採集品の撮影ならびにウェブ上での公表を快諾された飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献:

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。




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2018-10-26 (Fri)
四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに14編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第15報の今回は、この日3番目の訪問地である、低山地の溜池(写真2)で観察した昆虫類のうち、ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839) の成虫(写真1)について取り上げます。

ベニトンボ♂ 
写真1 ベニトンボ Trithemis aurora  (写真はクリックで拡大します)

目 次:
 ◆ベニトンボと私
 ◆第三の訪問地:低山地の溜池
 ◆草むらのベニトンボ♀
 ◆ベニトンボ未成熟♂
 ◆ベニトンボ成熟♂
 ◆水辺でナワバリ占有するベニトンボ♂
 ◆なわばり防衛戦略について
 ◆次回以降記事予告
 ◆謝辞
 ◆引用文献


ベニトンボと私

ベニトンボは、日本では鹿児島県に局地的に生息していただけでしたが、1980年代以降、台湾方面から分布域の北上が目立ち(杉村ほか1999、尾園ほか2012)、現在では九州・四国の南半分を覆うまでに拡がっています(尾園ほか2012)。

私がベニトンボと初めて対面したのは、2010年5月に沖縄県下で短期間のトンボ・トリップを行った際のことです。

北国(北海道東部)のトンボたちの色彩に馴染んでいた私の眼には、その鮮やかな紅色は、南国的な背景の中で、強烈な印象を与えるものでした。

その時に撮影した1頭の♂の写真はお気に入りで、私のブログやSNSでロゴ代わりの役目を務め続けて、もう4年になります(ご覧のブログの左上隅の写真、そしてこちらこちらこちらを参照)。


第三の訪問地:低山地の溜池

写真2が、ベニトンボとの再会の場となった、この日3番目の訪問地、低山地の溜池です。

ベニトンボが生息する溜池 
写真2 ベニトンボが生息する低山地の溜池

私たちは、11時11分にこの溜池に到着しました。

思っていたよりも広い溜池で、広葉樹主体の森林に囲まれ、静かなたたずまいをしていました。

溜池の堤体の土手(写真2、左下)には、雑草が生い茂っていて、小さな虫が飛び回っていました。


草むらのベニトンボ♀

その草々の間に、小さなトンボの姿もありました(写真3)。(時刻:11:14:44)

ベニトンボ♀ 
写真3 ベニトンボ Trithemis aurora 

一見、アカネ属のようにも見えますが、翅胸前面の黄色と黒のハッキリした模様、そして翅胸側面の独特な形をした黒斑は、アカネ属には見られないものです。

ベニトンボの♀に違いありません(尾部上付属器が単純で短いことから、♀と判別可能)。

「ベニトンボの♀がいますね。」と、私がつぶやくと、

「こっちにも♀、いますよ~。」

「♂、いたよ~。」

と、賢悟さんや山本さんからも、呼び声が。

※ 帰宅後の図鑑照合により、ベニトンボ♀であることを再確認しています。

4分後には、同じ草むらの中に、ベニトンボ♀の別個体を見付け、撮影しました(写真4)。

ベニトンボ♀ 
写真4 ベニトンボ Trithemis aurora ♀ (別個体)

翅脈もしっかり黒化し、体を水平近くに保って、シャキっととまっています。

腹部もスマートなことから、尾部付属器をよく確認しないと♂と間違えかねないスタイルです。


ベニトンボ未成熟♂

この後、草にとまるベニトンボの成熟♂たちがすぐに見つかり(写真1;  11:22:36)、様ざまな角度から撮影しましたが、その後で撮影したベニトンボの未成熟♂の写真を先に掲げることにします(写真5、6;11:32:14)。

ベニトンボ♂未熟 
写真5 ベニトンボ Trithemis aurora 未成熟♂

写真5の♂個体を、色彩が一見よく似た、写真4の♀と比べてみます。
・翅胸部と腹部の長さの比は、♂のほうが大きい(つまり腹部がより細がない)。
・腹部(とくに第4~8節)の黒斑は♂で目立たない。
・翅脈は♀では基部付近を除いて黒いが、♂では後縁と前縁の縁紋から先を除いて橙色。
・複眼の発色が写真4の♀に比べて弱い(これは成熟途上のため)。

草むらには、別の未成熟♂も同じように草にぶら下がり、とまっていました(写真6)。‏‎(時刻:11:33:36)

ベニトンボ♂未熟 
写真6 ベニトンボ Trithemis aurora ♂未熟 (別個体)

腹端部が草に隠れていて、作品としては不合格ですが、翅胸側面の模様が見えていることや、翅がまだ硬化しきっておらず、後縁部を含め翅脈の黒化が進んでいないことが見てとれることから、掲げます。

硬化や黒化が進んでいないことから、羽化後まだ日が浅い個体であることがわかります。


ベニトンボ成熟♂

写真掲載順が前後しましたが、未成熟♂よりも先に、土手の草むらで見つかったベニトンボ成熟♂がこれです(写真7)。(時刻:11:22:36)

ベニトンボ♂ 
写真7 ベニトンボ Trithemis aurora 

体軸を水平よりも30度ほど前傾させています。

草むらですので、婚活というより、採餌がメインでしょう。

したがって、餌になる昆虫が多そうな方向に体軸を向けているものと思われます。

実際、土手も画面右下方向に傾いていて、草の茎頂や葉先付近を飛び回る小昆虫は、このトンボが向いている方向の視界を多く横切るはずです。

背景中央部の黄色い部分は、キク科植物の頭花部分です。

写真8は、別の♂個体です。

ベニトンボ♂ 
写真8 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (別個体)

写真5写真6の未成熟♂がぶら下がり傾向だったのに対し、写真8の♂は見事に体を水平にキープしています。

もしかすると、婚活中の♀は、単に♂の着飾る衣装の鮮やかさに惹かれるだけでなく、♂の精悍さや機敏さも密かに品定めしているのかもしれません。

もしそうだとしたら、このように綺麗にバランスをとり、いつでも飛び立てるような態勢でとまる♂は、♀達のお眼鏡にかなうのではないでしょうか。

写真9は、更に別の♂個体です。

ベニトンボ♂ 
写真9 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (別個体)

背面からのショットです。

翅基部の暗赤褐色の斑紋が、「われ、ここに在り」と言わんばかりの存在感を放っています。

写真1(再掲)も別個体です。(時刻:11:29:24)

ベニトンボ♂ 
写真1(再掲) ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (別個体)

写真1は、写真7を左右逆にしたようなシーンですが、キク科草本のしおれた黄色い花びらにとまっている小技を買いました。

写真10は、写真1と同一個体です。

ベニトンボ♂ 
写真10 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

顔が正面から見えるショットです。

その、顔の部分をトリミングして拡大したのが、写真10Bです。

ベニトンボ♂部分拡大 
写真10B ベニトンボ♂部分拡大 (写真10と同じ)

ベニトンボ♂の顔をこの角度から見ると、前額*の背面に金属光沢のある濃青紫の斑紋があり、歌舞伎役者の隈取りのように、存在感を強めている印象を受けます。

(*注:前額[ぜんがく]とは、頭部で、複眼よりも前方の部分のうち、上半分の部分。ただし、単眼や触角が出ている額瘤[がくりゅう]を除く。)


水辺でナワバリ占有するベニトンボ♂

20分ほどで土手の草むらでのトンボ観察を終えて、コンクリートで固められた堤体の水辺方向に目をやると、そちらでもベニトンボ♂が活発に活動していました。(時刻:11:34:54)

その♂は、コンクリート斜面の、水辺から15cmくらいの位置にとまり、水面方向をじっと見ています(写真11、12)。

ベニトンボ♂ 
写真11 ベニトンボ Trithemis aurora ♂(別個体)

ベニトンボ♂ 
写真12 ベニトンボ Trithemis aurora ♂(同一個体)

この♂は時おり飛び立って、水面上をパトロール飛行し、またほぼ同じ位置に戻ってとまる行動を見せていました。

私が堤体づたいに少し移動すると、今度は、水面から突き出した枯れ枝の先端にとまって、なわばり占有している別のベニトンボ♂がいました(写真13~18)。‏‎(時刻:11:44:02)

ベニトンボ♂ 
写真13 ベニトンボ Trithemis aurora ♂  (別個体)

写真13では、体後部を水平に対して60度ほど挙上させています。

枯れ枝にできた蔭からわかるように、腹部を太陽光線に対して平行になる方向ではなく、直角といっても過言でない方向に保持していることから、受光量を減らして体温上昇を防止するための腹部挙上姿勢ではないことがわかります。

ベニトンボ♂ 
写真14 ベニトンボ Trithemis aurora ♂(同一個体)

写真14は、ほぼ真正面です。
この角度から見ると、♂の左右に広がった腹部、そして少しすぼめた左右の翅が構成する左右対称の立体造形は、なかなかの美術作品です。

♂の体色の紅色化をもたらしたのが、♀による♂選択*であったとしたら、ベニトンボの祖先の♀にも、人間に劣らない審美眼があったのでは、と考えるのは買いかぶりすぎでしょうか。

(*注:このほか、♂同士の なわばり争いに紅色が有利であったことが、より紅色の強い♂がより多く交尾し、より多くの子孫を残せたという、♂間の同性間選択という進化過程も考えられます。)

写真15は、同じ♂個体ですが、左前脚で左の複眼の表面をこすっています。
 
ベニトンボ♂ 
写真15 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

何か塵でもついていたのでしょうか?

写真16も同じ♂です。

ベニトンボ♂ 
写真16 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

腹部第5~7節付近の左右幅の広がりが印象的です。

写真17も同じ♂ですが、何かを目で追うように頭部を右下方向に向けています。

ベニトンボ♂ 
写真17 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ 右向く (同一個体)

写真18も同じ♂です。

ベニトンボ♂ 
写真18 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

写真16とほぼ同じ角度からの写真ですが、腹部がやや長く、横幅もやや狭く見えます。

この違いに、当初、別個体の可能性を疑いましたが、翅脈の細部までも一致していたので、同一個体と確認できました。

撮影角度(写真18はほぼ真横の斜め上から、写真16は、やや後方のより背方から)の違いが影響したのでしょう。

このほかに、呼吸運動によって、腹部が上下方向に膨らんだり凹んだりするケースも考えられ、その影響もあるかもしれません。


なわばり防衛戦略について

以上、写真13から写真18まで、同一♂個体がとった様々なポーズをご紹介しました。

お気づきのように、1枚ごとに体軸の水平面上の向きが替わっています。

これは、飛び立ってパトロールしてすぐに戻ってとまるのを繰り返していたためですが、その中には同種♂個体を軽く追い払って戻ったケースもあったことから、池の岸近くの水面の一定範囲を連続的に占有し、同種♂に対して防衛する なわばり防衛という戦略(行動オプション)をこの個体が採用していたことがわかります。

言うまでもなく、そこにやってくる♀を真っ先に発見して連結・交尾する機会を最大化できる利点benefitをなわばり見回り、防衛というコストcostを払ってわが物にしていることになります。

利点・コストの差引勘定は最終的に残した子孫の数で表わされることになります。


次回以降記事予告

この池ではベニトンボの成熟・未熟成虫に加えて、羽化殻も観察することができました。
それについては次回記事で報告します。

また、他にも、マユタテアカネ、ヤマトシリアゲ(シリアゲムシ科)も観察していて、それらについては次々回記事で取り上げます。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、観察中にアドバイスされた、飯田さん、山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。


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2018-10-14 (Sun)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに11編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第12報の今回は、この日最初の訪問地である平野部の溜池で見た、アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823) 、雄型♀と通常型♀とが並んで交尾するアオモンイトトンボ Ischnura senegalensis (Rambur, 1842) 写真1)、マイコアカネ  Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) 、器用に餌昆虫を噛むムスジイトトンボ Paracercion melanotum (Selys, 1876) を取り上げます。

アオモンイトトンボ♂ 
写真1 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis  ♂ (写真はクリックで拡大します)

その日、うす曇りの空のもと、午前9時24分に今回の記事の舞台、平野部の溜池写真2)に到着し、さっそく池の周りを一周する細径へと歩を進めました。

ハスに覆われた溜池 
写真2 ハスの繁茂した平野部の溜池

この溜池は、池のほぼ全面がハスに被われていて、中央に若干の開放水面を残すだけとなっています。

岸近くに、マコモらしき抽水植物が群生しているところもあります。

周囲は長閑な水田地帯となっています。

その池の土手上に生える草本の花茎に、この日最初に出会ったトンボである、アオイトトンボ♂が静かにとまっていました(写真3)。(時刻:09:24:50)

アオイトトンボ♂ 
写真3 アオイトトンボ Lestes sponsa ♂

少し移動した所の、同じ種の植物の花茎の先端近くに、今度はアオモンイトトンボ♂がとまっています(写真4)。

アオモンイトトンボ♂ 
写真4 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis  ♂

写真4のアオモンイトトンボ♂は、とまり場所のタイプや姿勢も、翅が半開きのところも、写真3のアオイトトンボのそれらとよく似ていますので、うっかりすると同じ種と勘違いしそうです。

※ アオモンイトトンボは翅を閉じてとまているのが通例ですが、このように半開きにしてとまっている、やや稀なケースは過去記事「なぜ君だけ翅を開いてとまるの?:アオモンイトトンボ♂」でも一度とりあげています。

岸沿いに少し移動すると、今度はアオモンイトトンボ交尾していました(写真5)。‏‎(時刻:09:27:34)

アオモンイトトンボ交尾 
写真5 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis  交尾

アオモンイトトンボは、関東ではあちこちで目にするトンボで、当ブログにも時々登場していますが、交尾写真は今回が初掲載となりました。

この日、この時間はアオモンイトトンボの子づくりタイムだったようで、直ぐ近くでも別カップルが交尾中でした(写真6)。

アオモンイトトンボ交尾、2組 
写真6 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis 交尾、2組 (右上は写真5と同一カップル)

写真6の右上のカップルは写真5のものと同じです。

写真6の2組のカップルのうち、どちらが写真5と同一カップルなのかは、とまっている葉の形状でも判別できますが、♀の色彩によっても明確に見分けられます。

写真5および写真6右上の♀は、いかにも♀らしい色彩ですが、写真6左下の♀は、胸部および腹部第1・2節そして第8・9節の淡色部の色彩が鮮やかなブルーで、♂と区別がつかないほどです。

つまり、写真6左下の♀は「雄型雌」、言い換えれば♂に擬態した♀ということになります。

それに対して、写真5および写真6右上の♀は「通常型」の♀となり、同一個体であることの裏付けにもなります。

さて、同じ池の同じ岸地点で隣り合って、通常型の♀と雄型♀がそれぞれ交尾中というのは、中々得られないシャッターチャンスだと思います。

これも、松山探虫団の皆さんのオーラを浴び続けたことの光明によるものかもしれません。

※ 雄型雌(♂型♀)の適応度と集団中内の遺伝子型頻度の維持機構については、以下の過去記事で詳しく論じていますので、興味のある方はご参照ください。


さて、溜池のほとりに話を戻します。

‏‎少し移動すると、今度はマイコアカネ♂がいました(写真7)。(時刻:09:30:40)

マイコアカネ♂ 
写真7 マイコアカネ Sympetrum kunckeli ♂

鋭く折れ曲がったイネ科草本の水平な折れ曲がり部分に脚でしっかりととりついています。

撮影中にこの♂は飛び立って、近くの蔓植物の葉の先端にとまりました(写真8)。

マイコアカネ♂ 
写真8 マイコアカネ Sympetrum kunckeli ♂ (同一個体)

地味な色彩のイトトンボの♀もいました(写真9)。(時刻:09:42:56)

IMG_8662ムスジイト♀餌くわえる-OK-bright-sharp-crop-s-credit ★ 虫くわえてる
ムスジイトトンボ♀ 
写真9 ムスジイトトンボ Paracercion melanotum ♀

写真9の個体は、帰宅後、パソコン画面で拡大して図鑑類と照合した結果、ムスジイトトンボ♀と判明しました。

口に小さな餌昆虫をくわえています。

写真10は、その2秒後に撮影した同じ個体です。

ムスジイトトンボ♀ 
写真10 ムスジイトトンボ Paracercion melanotum ♀ (同一個体)

写真9と比べると、餌となった小昆虫の体の向きが逆になっていることがわかります。

もぐもぐと器用に口器を動かしながら、食べこぼさないよう上手に噛み砕き、飲み込んでいることがわかります。

更に岸沿いを歩くと、ここにもマイコアカネ♂がいました(写真11)。(時刻:‏‎09:48:42)

マイコアカネ♂ 
写真11 マイコアカネ Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) ♂ (別個体)

翅の汚れ(翅膜や翅脈に付着した白色の異物の位置)の違いから、写真7、8とは別個体であることがわかります。

この池での最後の被写体が、写真1(再掲)アオモンイトトンボ♂でした。

アオモンイトトンボ♂ 
写真1(再掲)アオモンイトトンボIschnura senegalensis (別個体)

私の撮ったものとしては珍しく、頭のてっぺんから尾の先までピントが合っています。

とまっている葉があまり美しいとは言えないので、美しさを狙った作品としては不合格になるに違いありませんが、自然界の中で必死の努力をしながら生きている生き物たちが醸し出す、リアリティーの一部は切り出せたかもしれません。まだまだですが。

さて、本シリーズの次回記事では、四国秋のトンボ巡礼の第2日目の観察の第2報として、第二の訪問地である沢地の林縁草地で見たトンボ、そして愉快な虫たちを取り上げる予定です。


謝辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


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2018-10-09 (Tue)
はじめに:ヤンマ科の体色の雌雄差

ヤンマはすべて大型種で色彩も鮮やか。自然好きな私達の眼を楽しませてくれる存在です。

その色彩で、飛び回る成虫の♂と♀の区別も簡単につくことが多いです。

なぜなら、サラサヤンマ属 Sarasaeschnaコシボソヤンマ属 Boyeriaミルンヤンマ属 Planaeschna を別として、ヤンマ科 AESHNIDAE の大部分の種において、成虫(とくに複眼、腹部第2節付近)の淡色部の体色は、♂で青色系、♀で黄緑系の色彩を呈することが知られてるからです。

 ※ 日本産ヤンマ科各属の「代表」顔見世写真はこちら

マダラヤンマ Aeshna mixta Latreille, 1805 (写真1)が属するルリボシヤンマ属 Aeshna では、その傾向が一層はっきりしていて、複眼と腹部全体の淡色部が鮮やかな青色の♂と、それらが黄緑色で青味がほとんどない♀との対比が際立っています。

ただし、リボシヤンマ属の♀の中にも雄型雌と呼ばれる、青色傾向の強く出ている個体が散見されることもよく知られています(浜田・井上 1985;杉村ほか 1999;尾園ほか2012)。


目 次
 ◆はじめに:ヤンマ科の体色の雌雄差
 ◆今回観察されたマダラヤンマ♀の体色変異
 ◆今回観察された♀の体色変異のまとめ
 ◆青色型♀は♂に色彩擬態した型か?
 ◆謝辞
 ◆引用文献
 ◆曽根原本の著者割引特別頒布のお知らせ


今回観察されたマダラヤンマ♀の体色変異

今年9月下旬に長野県の生息地(写真2)を訪れ、マダラヤンマ成虫の行動を観察する機会があり、その際撮影された♀の体色に明瞭な個体差があることが確認できました。

  ※ マダラヤンマ成虫の行動そのもの(♂による探♀飛行、交尾、産卵)については、シリーズ記事第1~3回で取り上げていますので、興味のある方はご覧ください。

以下、観察されたマダラヤンマ♀のすべての個体について、頭部から腹部中央あたりまでを部分拡大した写真を、時系列順に掲げます。

写真1は10時56分に撮影した産卵中の♀(前々回記事で紹介した、産卵直前まで「連結いやいや動作」をしていた♀個体)です。

マダラヤンマ青色型♀、産卵 
写真1 マダラヤンマ Aeshna mixta、青色型♀、産卵 (写真はクリックで拡大します)

写真1の個体の色彩の特徴を列挙します。

複眼は側面下方から後縁全般にわたって水色を呈しています。
胸部の淡色斑は黄緑色ですが、側面の淡色斑上端は若干水色がかっています。

腹部第3節以降の淡色斑は水色で、♂と見誤りそうです。
腹部第2節側面の淡色斑の下半分は黄緑色ですが、背面の淡色斑は水色になっています。

腹部暗色斑の色彩は茶褐色というより黒褐色に近く、黒味の強い♂の暗色斑に雰囲気が似ています。

写真2は、11時27分に撮影した別の♀個体で、一見して、写真1の個体よりも水色傾向が弱いです。

マダラヤンマ産卵、拡大 
写真2 マダラヤンマ Aeshna mixta、中間色型♀、産卵 (写真1とは別個体) 

写真2の個体の色彩の特徴を列挙します。

複眼は側面下方から後縁全般にわたって黄白色ですが、若干水色がかってもいます。
胸部の淡色斑は黄緑色です。

腹部第5節以降の淡色斑は薄い水色となっています。
腹部第1~3節の淡色斑は全般に薄い黄緑色ですが、背面の淡色斑は若干水色がかっています。

腹部暗色斑の色彩は、この写真では分かりにくいのですが、どちらかとえいば茶褐色に見えます。

写真3は11時43分に撮影した、交尾分離直後の♀(まだ♂と連結中)です。

マダラヤンマ連結♀、部分拡大 
写真3 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾分離直後(連結中)の黄緑色型♀ (写真1~2とは別個体) 

写真3の個体は、写真2の個体よりも淡色斑の黄色味が一層強く、複眼後縁も腹部第3節背面の淡色斑も水色が弱く、ほぼ黄緑色です。

腹部暗色斑の色彩は、明らかに茶褐色で、連結した♂の腹部背面の黒色の暗色斑とははっきりと違う色となっています。

最後、写真4は、12時03分に撮影した、単独飛来♀の産卵です。

マダラヤンマ産卵、部分拡大 
写真4 マダラヤンマ Aeshna mixta、黄緑色型♀、産卵 (写真1~3とは別個体) 

写真4の個体も黄色味が強く、複眼後縁、腹部第2節背面の淡色斑も水色傾向がほとんどなく、薄い黄緑色です。

腹部暗色斑の色彩は、少々見えにくいですが、黒褐色というよりも茶褐色を呈しています。


今回観察された♀の体色変異のまとめ

以上、4個体の♀の色彩を見てきました。

まとめますと、
1)青色型(雄型雌;♂型♀):複眼は側面下方~後縁全般が水色、胸部側面の淡色斑上端に水色傾向、腹部第2節背面の淡色斑は水色、腹部暗色斑は黒褐色: 写真1の♀

2)黄緑型(通常型雌):複眼は側面下方~後縁全般が黄白色、胸部側面の淡色斑全体が黄緑色、腹部第2節の淡色斑は全般に薄い黄緑色、腹部暗色斑は茶褐色: 写真3、4の♀

1)と2)の中間色型: 写真2の♀

以上のような、比較的はっきりした色彩変異が確認できました。

ただし、写真2の♀のように中間的な個体も存在します。

今回観察されたいずれの♀個体も産卵にかかわっていますので、成熟は完了しており、成熟過程の段階による色彩の変異というよりも、生まれつきのDNA情報の相違に基づくものと考えてよいと思われます。

マダラヤンマの♀に青色型と黄緑型の2型があることは、古くから知られており(浜田・井上 1985;杉村ほか 1999;尾園ほか2012)、杉村ほか(1999)にはそれに加えて、「青色・黒化型」の存在も提示されています。


青色型♀は♂に色彩擬態した型か?

今回の観察で、淡色斑が青色になるのと、暗色斑が茶褐色ではなく黒褐色になるのが同一個体に表われていることから、この両形質の発現がセットになっていることが示唆されます。

青色と黒の組み合わせの意味は、お気づきと思いますが、雄の色彩パターンへの接近です。

多くの種のトンボで、雄に色彩が酷似した♀の型が通常の♀の型とは別に出現し、さまざまな比率で共存していることが知られており、マダラヤンマのこの色彩変異も、それと同一の範疇で考えることができるでしょう。

雌が雄に色彩面で擬態することの意味として、すでに十分な精子を従前の交尾で受け取っているので、♂に「変装」することで、本物の♂による執拗な連結・交尾への誘いを減らし、時間とエネルギーの無駄を削るというメリットが、鮮やかな色彩になることによって、天敵に目立ちやすくなるというデメリットを上回る、という適応度アップが考えられます。

このあたりは、今後の実験を含む観察により、青色型♀と黄緑型♀との間で、♂による連結を免れる頻度や、天敵に発見される頻度を、数量的に比較することで検証することが可能でしょう。

雄型雌(♂型♀)の適応度と集団中内の遺伝子型頻度の維持機構については、以下の過去記事でより詳しく論じていますので、興味のある方はご参照ください。


以上で、9月下旬の長野県でのマダラヤンマ観察に関するシリーズ記事は、完結となりました。


謝 辞
観察地についての情報を提供された布川洋之さん、ならびに現地でマダラヤンマの被写体を快くシェアさせてくださった撮影者の方々に感謝の意を表します。


引用文献

浜田 康・井上 清 (1985)  『日本産トンボ大図鑑』。講談社。

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。



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   トンボ自然史研究所



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