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2016-09-18 (Sun)
以前の記事「ヤマサナエ:学名の謎」で、私が岐阜県で観察・撮影したヤマサナエAsiagomphus melaenops (Selys, 1854)(下の写真)の学名の謎についての続報です(解決篇)。

この学名のうちの種小名melaenopsの意味は「黒い眼」であるはずなのに、ヤマサナエそのものの眼は黒くない――これは謎である、として私の宿題としていました。

ヤマサナエ♀(1)160513
写真.ヤマサナエAsiagomphus melaenops (Selys, 1854)♀。 (生方秀紀撮影、再掲) (クリックで拡大)

その時の私の文章を再掲します。

「属の学名Asiagomphusは、「アジアのサナエトンボ」、種小名のmelaeno「黒い」+ops「眼」を意味します。しかし、その割に生体の眼は黒くありません。標本の眼であれば、黒っぽくなってもおかしくありませんので、命名者のSelysがその色からつけたとも考えられますが、それもあまり考えにくいです。浜田・井上(1985)ではopsを頭部を意味するとしています。私にはこれもしっくり来ませんので宿題とします。」

今回、Selys自身によるヤマサナエの形態記載の原文(Selys 1858; 388頁)を閲覧する機会がありましたので、そのうちの頭部についての記載の部分を抜き出してご紹介します。

Selysによるヤマサナエ頭部の形態記載(Monographie des Gomphinesより)
Selysによるヤマサナエ頭部の形態記載(Monographie des Gomphinesより  (クリックで拡大)

頭部の記載部分の本文(フランス語)は以下のとおりです。
♂adulte. Tête noire, excepté les yeux qui sont bruns, un point jaune à la base des mandibules, et une large bande jaune verdatre au front sur la partie plane du dessus, mais descendant légèrement sur le devant; la lame de l'occiput assez relevée, à cils noirâtres.

以下は、仮に和訳したものです。
♂成虫。茶色の複眼を除いて頭部は黒く、顎の基部に黄色のスポットがあり、また上部の平坦部の前面には緑がかった黄色の大きな帯があるが、前面は僅かに下がる。後頭部の縁は十分に隆起し、睫毛(触角のことか?)は黒っぽい。

このように、Selysが参照した標本も複眼は茶色(つまり黒くはない)だったことがわかります。
一方、頭部は黒いと記載していますので、melaenopsが浜田黒い頭を意味するという浜田・井上(1985)の解釈とは合致します。

どうやら、「opsに頭という意味がある」という先輩の教えに素直に向き合ったほうがよさそうです(反省)。

そこで、褌を締め直して、インターネット検索を繰りかえすことで、上でのギリシャ語opsの意味探しをやり直すことにしました。

あれこれ調べているうちに、opsのギリシャ語表記がὄψであることが確認できました。

引き続き「ὄψ + eye」で検索したところ、以下のサイトにたどり着きました。

Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.04.0057%3Aentry%3Do)%2Fy2

そして、そこには、なんと、ὄψの訳語として、eye(眼), face(顔)の二つが並んでいるではありませんか(下記)。

ὄψ (B), ἡ, gen. ὀπός, (ὄψομαι)
A.= ὄψις, the eye, face, Emp.88, Antim.63.
Henry George Liddell. Robert Scott. A Greek-English Lexicon. revised and augmented throughout by. Sir Henry Stuart Jones. with the assistance of. Roderick McKenzie. Oxford. Clarendon Press. 1940.

これでようやく宿題が終りました。

ヤマサナエの学名のうちの種小名melaenopsの意味は「黒い顔」です。

確かに、当時の同属種の代表であるGomphus vulgatissimus (Linnaeus, 1758)の顔(写真:外部リンク)と比べれば、ヤマサナエの顔は(前額上部を除いては)黒いです(下の写真)。

ヤマサナエ♂顔アップ160513
写真.ヤマサナエAsiagomphus melaenops (Selys, 1854)♂の顔をアップ。 (生方秀紀撮影、初出)  (クリックで拡大)

この学名の件についても、最初の見込みを訂正する結果になりました。
当初の記事の末尾にも今回のこの記事をリンクして、誤解が拡散しないようにしたいと思います。
思い込みにあぐらをかいて独り相撲をとってしまったことに反省しきりです。

とはいえ、謎解きは私のブログ記事作成のモチベーションの一つですので、また同じようなことをやらかさないとも限りませんが、皆様におかれましては、眉に唾をつけながらこのブログの記事のご愛読を続けていただければと思います。

引用文献:
浜田 康・井上 清 (1985) 日本産トンボ大図鑑。講談社。
Sélys Longchamps, Edmond de, (1858): Monographie des Gomphines. Mémoires de la Société Royale des Sciences de Liège 9: 1-460, 23 pls.

写真外部リンク:
Josef Lubomir Hlasek: Gomphus vulgatissimus 2499. in: Photo Gallery Wildlife Pictures
http://www.hlasek.com/gomphus_vulgatissimus.html

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2016-09-17 (Sat)
日本産のカワトンボ属Mnaisは、以前の記事でも書いたように、形態による分類は混乱を極めていたものが、今世紀に入って、DNAの解析により、2種(二ホンカワトンボMnais costalis Selys, 1869(写真1)とアサヒナカワトンボMnais pruinosa Selys 1853(写真2))にすっきり分けられました。

ニホンカワトンボ橙色翅型♂160513
写真1.ニホンカワトンボMnais costalis 橙色翅型♂(岐阜県にて)。 (クリックで拡大、以下同様)

アサヒナカワトンボ♂(1)160513
写真2.アサヒナカワトンボMnais pruinosa ♂(岐阜県にて) (再掲) 

これは裏返せば、DNAを調べないで形態だけで判断すると誤同定という落とし穴にはまる危険性が残されていることを意味します。

これまでのDNA+形態の精査により、Mnais属2種のうちどちらか1種しか分布していないことがはっきりしている地域では、形態だけで(あるいは形態を精査することなく判断しても)心配ありません。

 →私が以前住んでいた北海道、それに東北地方などはこれに該当し、二ホンカワトンボだけが分布します。

また、西日本の大部分のように、両種が大幅に重なって分布していることで、無駄な種間交雑を避ける進化が働いて両種の形質差が誇張される方向に進化(これを形質置換といいます(記事1記事2参照))が生起した地域でも、形態による区別はしやすくなっています。

 →私が書いた記事のうち、岐阜県で観察したカワトンボの記事(記事1記事2記事3記事4)はこのケースに該当し、両種とも共存していましたが、形態による区別は容易でした。

問題は、この両種が戦国大名の版図のように、互いに境界を接しながらも混棲しない分布の仕方をしている場合です。
この場合、混棲が継続しないために形質置換が起こりにくく、そのため、形態的によく似た両種の形質差が拡がらず、同定者を泣かせることになります。

 →私が書いた記事のうち、埼玉県での観察の記事(記事5記事6)(生態写真は写真3)がこのケースに該当します。

Mnais_costalis_160422-b
写真3.埼玉県西部の低山地で観察したカワトンボ属♂ (再掲)

埼玉県のカワトンボ属の観察個体を記事にするにあたり、写真だけでなく標本によっても翅の不透明斑の拡がりや縁紋の長さ・幅、胸部と頭部の比率などを検討し、その時点ではニホンカワトンボと判断しました。

ところが、今回、文献を検索していたところ、埼玉県を含む地域のカワトンボ属のDNAを調べ、詳細に検討した、苅部ほか(2010)の論文にたどり着きました。

苅部ほか(2010)の研究は、神奈川県を中心に、東京都、静岡県、山梨県、そして埼玉県の多数の山地からサンプルを採取して、DNA(核DNAのITS1領域の塩基配列)分析および形態観察を行い、ニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボ、そして(この両種の雑種を起源とする)伊豆個体群の3分類群の、分布状況の詳細を明らかにしたものです。

この論文そのものをネット上で閲覧することができます。→こちら

論文全体の詳細はそれに譲るとして、埼玉県とそれに隣接する東京都についての結果を簡単に紹介しておきます。

東京都では、ニホンカワトンボは八王子市街地、町田市、稲城市などの丘陵地から、アサヒナカワトンボは高尾山、青梅市、あきる野市、日の出町、檜原村、奥多摩町などの山地から、そして伊豆個体群は檜原村、奥多摩の河川最上流部から得られています。

要するに、東京都では、南東の低い地域にニホンカワトンボが、北西の高い地域にアサヒナカワトンボが、最上流部に伊豆個体群がというように、互いに側所的に分布していることがわかります。

次に、埼玉県です。
この論文の図1(地図に採集地点を打点したもの)から、埼玉県の部分を抽出して模写したのが下図です。

DNA型に基づくカワトンボ属2種の埼玉県内の分布(苅部ほか、2010より)
図1.埼玉県におけるニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボのサンプル採集地点(苅部ほか、2010より一部模写)

これを見ると、埼玉県西部の丘陵地から山地の5カ所からはいずれもアサヒナカワトンボが、東部の平野部からは(1カ所だけですが)ニホンカワトンボが採集されていることがわかります。

以前の私の記事(記事5記事6)で、ニホンカワトンボとした個体の観察・撮影地点は、上の地図のアサヒナカワトンボの採集地点(+東京都での本種の採集地点の最北東の点)を直線で結んでできた折れ線の左側(西側、より山地側)に入ります。

したがって、私はどうやら落とし穴にはまっていたようです。
つまり、この記事で取り上げたトンボの種名はアサヒナカワトンボとしたほうが正解にずっと近かったといえます。

ただし、苅部ほか(2010)もいうように、両種の境界地域で混棲や雑種個体も観察されることもあるので、今回の私の訂正はアサヒナカワトンボと断定するのではなく、その可能性が高いというところでとめておくことにします。

将来、DNAを扱っている研究者に標本を提供する機会があれば、その時が最終的な結論が得られるにちがいありません。

さて、混乱が整理されてきたカワトンボ属、いろいろ面白い問題も残されているようです。

「両種の境界部で出会った個体はどのようにふるまうのか(種を識別しているのか)?」

「そもそも伊豆個体群はなぜ第三のグループとして版図を拡げられたのか?」

皆さんも、仮説を立て、調べて見られてはいかがですか?

引用文献:
苅部治紀・守屋博文・林文男(‎2010):神奈川県を中心としたカワトンボ属の分布。Bull.Kanagawa prefect. Mus. (Nat.Sci.),(39):25-34.

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2016-08-18 (Thu)
前回記事で書いたように、今年5月中旬の岐阜県の丘陵地帯への初遠征で、アサヒナカワトンボMnais pruinosa Selys 1853に初めて会うことができました。

二ホンカワトンボMnais costalis Selys, 1869とアサヒナカワトンボが同所分布するこの地域の個体を、生態写真の画像を拡大して見ながら同定する上で、事前情報(両種の同所分布の有無、形態的「型」(橙色翅型、[無色]透明翅型、など)の組み合わせ)は大きな助けとなりました。

それに加えて、翅脈の形態(とりわけ、結節後横脈の数)が決定的な役割を果たしうること(Suzuki and Metoki 1983)を追認することができました。

5月中旬の現地での観察では、ラッキーなことにニホンカワトンボの♂(写真4)、♀も観察・撮影することができましたので、特に♀個体の結節後横脈数を前回記事のアサヒナカワトンボ♀と比較したいと思います。

ニホンカワトンボ橙色翅型♂160513
写真4.ニホンカワトンボMnais costalis 橙色翅型♂。 (クリックで拡大)

私が当日、アサヒナカワトンボを初めて見た落葉広葉樹林の小さな谷の幅1メートル程度の細流沿いでの観察・撮影を終え、前々回の記事で取り上げたタベサナエTrigomphus citimus (Needham, 1931)を見た、平坦で日当たりのよい細流に戻りました。

岸辺に沿って、ゆっくり歩いていると、お互いに追い合いをしたりしているアサヒナカワトンボの無色透明翅型♂数頭に続いて、岸辺のシダの葉先にとまっている1頭の橙色翅型の♂が目に入りました(もちろん「証拠写真」を撮りながらの探査です)。

(上の写真4は、その証拠写真ではなく、2時間後に少し離れた場所で撮影したベストショットです。)

写真4の♂は、橙色翅型♂の定番ともいえる、腹部、翅胸部、そして脚の表面に吹く白粉をフルに装い、凛々しいポーズをとっています。

事前情報「この地域のアサヒナカワトンボ♂はすべて(無色)透明型であるのに対し ニホンカワトンボの♂はすべて橙色翅型である(尾園ほか、2012)」から、この橙色翅型の♂はニホンカワトンボであると確信することができました。

その後も、この細流沿いを中心に、アサヒナカワトンボたちと入り混じった形で、両手の指で数えるほどの、橙色翅型のニホンカワトンボ♂を観察することができました。

印象に残ったのは、橙色翅型のニホンカワトンボ♂と無色透明翅型のアサヒナカワトンボ♂が、川面上のなわばりの占有権をめぐって対等に争っていた(つまり、追ったり追われたりしていた)ことです。

私が以前住んでいた北海道では、ニホンカワトンボの橙色翅型♂が川面上になわばりを長期にわたって占有し、そこにやってくる♀と交尾し、そこで産卵させるのに対し、無色透明翅型♂はなわばりの周辺に滞在し(サテライト戦略)、そこを通る♀と交尾、あるいはなわばり内にこっそり侵入(スニーキンング戦略)してそこにいた♀(産卵中の場合が多い)を連れ去り、交尾するという、橙色翅型♂とは明らかに異なる配偶戦略を採用しています(生方、1979)。

そして、北海道の無色透明翅型♂は橙色翅型♂と真っ向から争うことは稀で、前者は後者に対して「逃げるが勝ち」とでもいうように、背中を見せて逃げたり、隠れたり(つまり、木の枝などにとまる)します(生方、1979)。

そういう行動をする個体群の観察経験しか持っていなかった私にとって、対等、時には対等以上に(種は違うとはいえ)、無色透明翅型♂が橙色翅型♂になわばり占有権を主張するかのように争っていたシーンは新鮮そのものでした。

その後、しばらくアサヒナカワトンボのなわばり争いや産卵警護行動(次回記事で詳報の予定です)を観察し、更に岸沿いに移動すると、水辺近くの草の上にとまっている、ちょっと違和感のあるカワトンボ属の♀が目にとまりました(写真5)。

ニホンカワトンボ淡橙色翅型♀160513
写真5.ニホンカワトンボMnais costalis 淡橙色翅型♀。 (クリックで拡大)

近づいて観察・撮影し、それが淡橙色翅型の♀、すなわちニホンカワトンボのこの地域に固有な型の♀であることがわかりました。

翅全体がうすらと琥珀色に染まってレトロ感が漂い、上品な奥方といった印象を受けました。

淡橙色翅型♀との出会いも私にとって、はるばるこの地まで観察に訪れた甲斐があったと感激させてくれた1シーンでした。

アサヒナカワトンボには淡橙色翅型♀は現れませんので、この時点でこの個体がニホンカワトンボであることは確実なのですが、もしこの♀が無色透明翅型であったとしたら、アサヒナカワトンボとの区別に悩むことになりかねません。

前回記事のアサヒナカワトンボ無色透明翅型♀の場合はその悩みを解決するために、結節後横脈数をカウントしました。

そこで、今回は、参考までに、上記のニホンカワトンボ淡橙色翅型♀の結節後横脈数を調べてみることにします。

写真6は、この淡橙色翅型♀の翅の部分をトリミングしたものです。

ニホンカワトンボ淡橙色翅型♀、翅拡大160513
写真6.ニホンカワトンボMnais costalis 淡橙色翅型♀、翅の拡大。 (クリックで拡大)

Y字型の横脈を1.5本と数える方針(Suzuki and Metoki 1983)を採用してカウントすると、この♀の結節後横脈数(写真6で、赤矢印から黄色矢印までの間の横脈数)は、35本となりました。

前回記事に書いたように、この2種が同所的に分布する場合は、前翅の結節後横脈数はアサヒナカワトンボでは25~37本、ニホンカワトンボでは29~45本と、前者の方がかなり少なくなっています(Suzuki and Metoki 1983)。

前翅の結節後横脈数を数えて、28本以下ならアサヒナカワトンボ、38本以上ならニホンカワトンボであるとほぼ断定できます。
30本から35本をグレーゾーンとして、30本以下、35本以上でかなり高い確度で判定してよいと思います。

今回の淡橙色翅型♀の35本は、結節後横脈数だけで判断したとしても、ニホンカワトンボであることにかなりの確信を与えてくれると言えそうです。

前回記事の「写真3.アサヒナカワトンボ♀、翅の拡大」(画像はこちら)と比べられれば(そちらのアサヒナカワトン無色透明翅型♀では、23本)、同所性2種の♀間の結節後横脈数の大きな相違を実感していただけると思います。

次回記事では、アサヒナカワトンボの現地での観察から少し面白い行動を写真を添えてご紹介します。

お楽しみに。


引用文献:
1)二橋 亮(2007)カワトンボ属の最新の分類学的知見。昆虫と自然、42(9):4-7。
2)尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012 )日本のトンボ。 文一総合出版。
3)Suzuki, K. and Metoki, N. (1983) Morphometrical Analysis of Three Closely Related Mnais Species in Japan (Odonata, Calopterygidae) I : Variation of Crossvein Number. J. Coll. Lib. Art. Toyama Univ. (Nat. Sci.), 16(2): 113-171.
4)生方秀紀(1979)ヒガシカワトンボの交尾戦略 (予報).。昆虫と自然、14(6): 41-46。【注記:この場合のヒガシカワトンボは現在の分類におけるニホンカワトンボに相当する】

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2016-08-17 (Wed)
以前の記事に書いたように、カワトンボ科(Calopterygidae)のカワトンボ属(Mnais)の種の分類は、従来1種3亜種説、、2種説、3種説、4種説などの諸説が唱えられ、混乱していましたが、DNA解析の導入により、二ホンカワトンボMnais costalis Selys, 1869とアサヒナカワトンボM. pruinosa Selys 1853の2種に分けられることが判明し(二橋、2007)、決着されるに至っています。

私自身、二ホンカワトンボ1種のみが分布する北海道に長年住んでいましたので、アサヒナカワトンボは乾燥標本あるいは映像で見たことがあるだけで、生きている実物を野外で見ることは長年の課題でした。

今年5月中旬の岐阜県の丘陵地帯への初遠征で、憧れのムカシヤンマに対面できたことは前回記事に書いた通りですが、当日、そのムカシヤンマとの出会いに続けて、アサヒナカワトンボとも出会うことができました。

前回記事で、上記の場所でムカシヤンマ♂に遇った場所から少し移動したところにある、落葉広葉樹林の小さな谷の幅1メートル程度の細流沿いを歩いていると、低木の地上1、2メートル程度の高さの枝葉にとまったり、そこから飛び立つ、無色透明の翅をしたカワトンボ属の姿が目にはいりました。

そのうちの1♂を撮ったのが写真1です。

アサヒナカワトンボ♂(1)160513
写真1.アサヒナカワトンボMnais pruinosa ♂。 (クリックで拡大)

拡大画像を見ると、木漏れ日を浴びて、頭部・胸部の繊毛が輝いています。

翅胸や腹部に吹く白粉の量は少なく、薄化粧という表現がピッタリ。
その点、北海道のニホンカワトンボの(無色)透明型によく似ています。
ですので、この写真だけ見てアサヒナカワトンボかニホンカワトンボかを言い当てられる人は、かなりのベテランということになります。

こういう場合の種の判別には事前知識が役に立ちます。

岐阜県のこの地域を含むエリアは、アサヒナカワトンボとニホンカワトンボが同所的に分布しています。
そのため、種の判別には相当慎重にならなければいけないはずです。

ですが、この地域のアサヒナカワトンボ♂はすべて(無色)透明型であるのに対し ニホンカワトンボの♂はすべて橙色翅型である(尾園ほか、2012)ため、たいへん判別しやすくなっています。

というわけで、写真1の個体は、アサヒナカワトンボ♂であると判定されます。

♀はどうでしょう。
写真2をご覧ください。

アサヒナカワトンボ♀(1)160513
写真2.アサヒナカワトンボMnais pruinosa ♀。 (クリックで拡大)

同じ観察地の少し下流側の地点で、3時間ほど後に撮影した透明翅型♀です。

尾園ほか(2012)によれば、岐阜県のこの地域では、アサヒナカワトンボの♀がすべて(無色)透明型であるのに対し、ニホンカワトンボの♀は淡橙色翅型*と(無色)透明型の両タイプが出現します。

(*私は淡橙色翅型の♀と実際に今回の観察地で実際に遭遇し、撮影もできています。淡橙色翅型♀を含め、この地域で観察したニホンカワトンボについては、次回の記事でご紹介する予定です。)

したがって、この地域で透明型♀を撮影した場合には上述の型の組み合わせによる事前情報だけでは種の判別ができません。

その時に役に立つのが翅の横脈数の比較です。

この2種が同所的に分布する場合は、前翅の結節後横脈数はアサヒナカワトンボでは25~37本、ニホンカワトンボでは29~45本と、前者の方がかなり少なくなっています(Suzuki and Metoki 1983)。

前翅の結節後横脈数を数えて、28本以下ならアサヒナカワトンボ、38本以上ならニホンカワトンボであるとほぼ断定できます。
30本から35本をグレーゾーンとして、30本以下、35本以上でかなり高い確度で判定してよいと思います。

写真3は同じ個体の翅の部分を拡大したものです。

アサヒナカワトンボ♀(2)翅の拡大160513
写真3.アサヒナカワトンボMnais pruinosa ♀、翅の拡大。 (クリックで拡大)

画面の一番上に写っている翅(左前翅)で、黄色矢印の位置に「結節」があり、ピンク色矢印の位置より先に「縁紋」があります。

結節から縁紋までの間の横脈(トンボの翅の基部から先端に向かう縦脈に対してほぼ直角に配列される、縦脈間をハシゴ段のようにつないでいる脈)の数を数えると、この地域のカワトンボ2種のうちのどちらの♀かを判定できます。

この♀の場合も、結節後横脈数は23本となり、アサヒナカワトンボであることがわかります。

この、結節後横脈数による判別は、この地域のように2種が共存し、種間の形態差が拡がるような小進化過程(「形質置換」)が働いている場合には有効ですが、たとえば関東地方などのように2種のうちの一方のみが分布する場合には種間の形態差が不明瞭になり、必ずしも切れ味よく適用することができません。

私の以前の記事で透明翅型の♀をニホンカワトンボとして扱ったのは、同時に同所で観察した♂がニホンカワトンボの特徴を有していたことに基づいて推定したにすぎません。

次回の記事ではこの観察地で観察・撮影したニホンカワトンボについて、アサヒナカワトンボと比較しながら、ご紹介します。

また、2回後の記事では、アサヒナカワトンボの生殖行動についての、ちょっと面白い観察について、写真を添えてご紹介する予定です。
お楽しみに。


引用文献:

二橋 亮(2007)カワトンボ属の最新の分類学的知見。昆虫と自然、,42(9):4-7。

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012 )日本のトンボ。 文一総合出版。

Suzuki, K. and Metoki, N. (1983) Morphometrical Analysis of Three Closely Related Mnais Species in Japan (Odonata, Calopterygidae) I : Variation of Crossvein Number. J. Coll. Lib. Art. Toyama Univ. (Nat. Sci.), 16(2): 113-171.


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2016-08-15 (Mon)
日本には、均翅亜目7科、ムカシトンボ亜目1科、不均翅亜目9科の、計17科のトンボが分布しています(過去記事「トンボ目の系統樹」。

下の図はその系統樹です(生方、作図:根拠については上掲の過去記事参照)。

トンボ目の系統樹(日本産の科に限定)
日本産トンボ目の科の系統樹(生方、作図;再掲)  (クリックで拡大します)

トンボ目の系統分類において、ムカシトンボ亜目を不均翅亜目に含める見解もありますが(尾園ほか著『日本のトンボ』など)、World List of Odonataでは伝統的な見解同様、ムカシトンボ亜目を独立させています。

日本産の不均翅亜目(ムカシトンボ科を含まない)の中で、最も早く系統分岐した現存の科はヤンマ科であることがDNA分析からも裏付けられています(その運動能力、視覚機能の高さからは意外ですが、形態的には均翅亜目同様の産卵管を「遺産」として保有していることから納得できます)。

その次に分岐したのがムカシヤンマ科*で、日本にはムカシヤンマTanypteryx pryeri (Selys, 1889)ただ1種が分布しています。

オリンピックには種目別に日本代表が出場できますから、ムカシヤンマは代表当確といえるかもしれません。

(*この科の学名の由来や世界的に著名な種については過去記事で紹介してあります。)

私は、1970年以来、トンボの研究に携わっていますが、最近まで北海道に居住していたこともあり、ムカシヤンマ科の生きた姿を観る機会がありませんでした。

今春から県内、県外にトンボ観察・撮影を目的に遠征を繰り返すようになった動機の一つは、日本産の科の中でまだ見たことがない極く少数の科の一つであるムカシヤンマ科を、つまりムカシヤンマを、この眼でつぶさに観察し、機会があれば撮影をしたいということでした(この動機に関連した過去記事参照)。

今年5月中旬、岐阜県の丘陵地帯への遠征に際して、幸運なことにムカシヤンマの♂をしばしの間、観察・撮影することができました。

前回記事でご紹介したタベサナエTrigomphus citimus (Needham, 1931)との出会いのシーンに引き続いての出来事でした。

タベサナエがいた細流の土手の上を歩いていると、眼の前を伸び伸びと飛ぶ大型のトンボがいました。
少し飛んでは、木の幹などに懸垂*するかたちでとまります。

(*浜田・井上『日本産トンボ大図鑑』によれば、石や植物の上に水平にとまることも多いようです)。

一度は私のズボンにとまり、「おいおい、それでは撮影できないだろう!」と思わず苦笑い。

下の写真は、そのような場面中、樹皮に懸垂してとまるムカシヤンマ♂で、シチュエーションがわかるように、大きめにトリミングしたものです。

ムカシヤンマ♂(1)160513
ムカシヤンマTanypteryx pryeri ♂、その1 (クリックで拡大)

同じ個体を少しずつ角度や焦点距離を替えて写した写真のうちのもう1枚が下記の写真です。

ムカシヤンマ♂(2)160513
ムカシヤンマTanypteryx pryeri ♂、その2 (クリックで拡大)

やはりトリミングしてはいますが、一回り大きく写り、角度も尾部上付属器が見えやすい位置からになっています。

その尾部上付属器ですが、上下に扁平なぺタル(葉あるいは花弁)状を呈していて、この科の学名Petaluridae(ギリシャ語のpetalon葉+ourá尾の合成語)通りの特徴を備えています。

ムカシヤンマは一見して大型のサナエトンボ科の種のように見えますが、以下の点で簡単に区別できます。

・翅の縁紋がとても長く、中間部が膨らむことがない(科の特徴)。
・複眼が褐色系で、サナエトンボ科のように緑色系とならない。
・翅胸前面の色が黒色系に縁どられた広範囲の褐色系で、サナエトンボ科のように黒色系の中に黄色系の小斑紋が配置されるのとは異なる。

飛び方もゆったりと曲線を描き、どこか人懐こい(より正確には警戒心が弱い)振舞いをしていて、親しみが湧きます。

下の写真も同じ個体ですが、別の木の幹にとまり替えたところを真横から写したものです。

ムカシヤンマ♂(3)160513
ムカシヤンマTanypteryx pryeri 別♂ (クリックで拡大)

これもトリミングしていて、ピントも甘いのですが、翅胸側面の黒色条や黄色斑の形がよくわかり、図鑑との絵合わせの際に本種であることの確信を与えてくれました。

次回記事も引き続き、岐阜遠征記として、主役も交代します。
お楽しみに。

「生きている化石、ムカシヤンマ科」シリーズの次回記事はまた日を改めてということにいたします。

引用文献:
浜田 康・井上 清 (1985) 日本産トンボ大図鑑。講談社。
尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012 )日本のトンボ。 文一総合出版。

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