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2017-08-26 (Sat)
前回記事に続き、今年の7月上旬、関東地方から脱出した先にある、自然度の高い浅い沼一帯のトンボ観察からのエピソードをご紹介します。

この沼の上流側(つまり主たる流入河川がある側)は土砂だけでなく、泥炭も堆積して小規模なミズゴケ湿原写真1)が発達しています。

数種のトンボが見られたミズゴケ湿原 
写真1 数種のトンボが見られたミズゴケ湿原(写真はクリックで拡大します)

手前の黄緑色のスゲ類で茫々とした面がミズゴケ湿原、遠景の森の手前の若干緑の濃い平面が遠浅のミツガシワ帯となっています。

自然な生態遷移の進行上、やむをえないのですが、池塘は浅く狭くなっていき、樹木の侵入が起きていることが見てとれます。

ハイカーや自然愛好家による踏み付けも湿原環境の悪化原因になりますが、それを防ぐ手立てがとられているのが救いです。

このミズゴケ湿原には、モウセンゴケ Drosera rotundifolia Linnaeus写真2)、トキソウ Pogonia japonica Rchb.f.写真3)など、その立地に特有の植物も細々と生き残っています。

モウセンゴケ 
写真2 モウセンゴケ Drosera rotundifolia 

モウセンゴケの背景(水にひたった湿原面)には、たっぷり水を含んだミズゴケがぎっしりと茂っているのも見てとれます。

トキソウ
写真3 トキソウ Pogonia japonica

今回の記事は、そのミズゴケ湿原で観察されたトンボについてまとめています。

午前10時を少し回ったところで、そのミズゴケ湿原に到着しました。

出迎えてくれたのは、ワタスゲの穂の垂れ下がった枯れた花茎の先にとまる、アキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883) 未熟♂でした(写真4)。

アキアカネ未熟♂ 
写真4 アキアカネ Sympetrum frequens 未熟♂

アキアカネの写真ばかりが続くことになりますが、写真4は、ちょっとした「絵」になっているかな、ということで採用しました。

小さな池塘のほとりのイグサ類の葉には、ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 ♂が水平にとまっていました(写真5)。

ハッチョウトンボ♂ 
写真5 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂

もし私が初めてこのトンボに出会ったとしたなら、大感激といったところですが、今年6月に東海地方の生息地で観察・撮影していますので、「や~、しばらく!」といった感じでの観察・撮影となりました。

ハッチョウトンボは、超小柄なですが、全身を真紅の衣装で着飾っていて、「ミズゴケ湿原の姫君」と形容したくなるトンボです。もっとも真紅なのは♂のほうですが。

私のハッチョウトンボへの恋心(?)はすでに3回、トップアイドル級の扱いで記事(下記3件)にしていることからバレバレかもしれません(笑)。


しばらく見ていると、ハッチョウトンボの♂同士のなわばり占有を巡る追い合いが始まりました。
上から見て直径1~2mの範囲内を目まぐるし速度で旋回しながらの追い合いです。

カメラにどう収めようかとまごまごしている間に、追い合いは決着し、再び池塘のまわりに静穏が戻りました。

これらの観察の後、いったんミズゴケ湿原を離れて沼への流入河川(細流)とその周辺の湿地へトンボを観に行きました。
そこで見たトンボは次回の記事でとりあげることとします。

午前10時30分を少し回ったところで、私はふたたび、このミズゴケ湿原に戻っていました。

今度は、そこのスゲ類の葉にオゼイトトンボ Coenagrion terue (Asahina, 1949) ♂がとまっているのを見つけました(写真、再掲)。

オゼイトトンボ♂ 
写真(再掲) オゼイトトンボ Coenagrion terue  ♂

実は、写真6は比較的よく写っていたので、前回記事で使っていました。

今度は、確かにこの場で撮れたオゼイトトンボの現場写真として再掲しています。

池塘のほとりのイグサには、先程のハッチョウトンボ♂があいかわらずとまっています。

少し離れたところには、イグサのような草の尖端近くにアキアカネ未熟♂がぶらさがっていました(写真7)。

アキアカネ未熟♂ 
写真7 アキアカネ Sympetrum frequens 未熟♂

多数のワタスゲの穂が競い合う一帯を写真に収めたあと、私はこの湿原から離れ、森林斜面とミツガシワ群落が接する岸沿いの小径をたどりながら元の小径を戻り、早目の昼食を兼ねた休憩をとりました。

昼食後、12時40分すぎに、このミズゴケ湿原に戻りました。

あわよくば、今年6月の東海地方でのトンボ探訪の際に果たせなかった、ハッチョウトンボの交尾・産卵シーンの観察・撮影をという魂胆です。

ここでの午後最初のトンボは、枯草の尖端にとまり、太陽の方向に腹部を挙上するオベリスク姿勢をとっているアキアカネ♂でした(写真8)。

アキアカネ♂ 
写真8 アキアカネ Sympetrum frequens ♂

この日は猛暑日にこそなりませんでしたが、直近のアメダスポイントの最高気温は30℃を越え、真上に近い角度からの直射日光でこのアキアカネの体温もかなり上がってしまったのでしょう。

 ※アキアカネのオベリスク姿勢についての過去記事があります。こちらです→「アキアカネ♂

私も、この時間帯は、暑さのため、観察時刻を短く切り上げて日陰に入りたいと体が悲鳴を上げそうになる中での観察・撮影となりました。

※今回の訪問地の沼・湿原で、アキアカネをそこここに見ることができましたが、そこがたとえ水辺であった場合でも、交尾や産卵といった生殖行動のためではなく、採食や休憩をしながら、秋の交尾・産卵シーズンに備えているだけのことです。

※アキアカネの生活史については北海道の事例に着目しながら私が分析し整理した総説が日本トンボ学会の会誌に掲載されています(過去記事「【総説】 北海道のアキアカネの生活史:トンボ学会誌に掲載」参照)。

さて、観察報告に戻ります。

そんな中、同じミズゴケ湿原の、イグサ類、スゲ類にそれぞれとまっているオゼイトトンボ各1♂は、平然といつも通りのとまり方を維持していました(写真9)。

オゼイトトンボ♂ 
写真9 オゼイトトンボ Coenagrion terue  ♂

不均翅亜目と違って均翅亜目のイトトンボ類は腹が細いので、太陽光に直角の場合でも受光面積が小さく、また体積にくらべて表面積が大きくなる分、体熱の空気中への発散の効率がよいことが、オベリスク姿勢を敢えてとらないことの理由かもしれません。

均翅亜目とオベリスク姿勢の関連は、今後、注目していきたいと思うテーマの一つになりました。

さて、次に見つけたのは、スゲ類の葉にほぼ水平にとまるハッチョウトンボ♀でした(写真10)。

ハッチョウトンボ♀ 
写真10 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀

♂に「姫君」の称号を横取りされた♀ですが、地味な色彩ながら、茶・黒・白をさりげなく組み合わせた着こなしには、むしろ大人の気品さえ感じさせます。

実際のところは、他の多くのトンボ(たとえば、シオカラトンボ)と同じように、ハッチョウトンボでも、派手な色彩の♂が捕食圧を高める不利を交尾獲得の有利さで埋め合わせる中で、♀は背景にまぎれたこの迷彩色で捕食圧を少しでも下げているのでしょう。

繰りかえしの紹介になりますが、この着飾り方の雌雄差に関連した内容を過去記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」に書いています。

さて、しばらくすると、その♀がオベリスク姿勢をとりました(写真11)。

ハッチョウトンボ♀、オベリスク姿勢
写真11 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀

その少し後、まるで申し合わせたかのように、ハッチョウトンボ♂もオベリスク姿勢をとりました(写真12

ハッチョウトンボ♂、オベリスク姿勢
写真12 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea

更に、別のハッチョウトンボ♀(後翅の破れの有無で写真11の♀と区別がつきます)もオベリスク姿勢です(写真13)。

ハッチョウトンボ♀、オベリスク姿勢(2)
写真13 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀

これではまるでオベリスク大会です。
オリンピックの体操競技で、2,3人の選手が同時に平均台の上で倒立しているシーンを彷彿とさせます。

たとえ話はこのくらいにしましょう。

季節的にも、時間帯的にも、♂♀が幼虫生息地(=産卵場所)である池塘周辺に出そろっていることからも、交尾行動の出現が期待されたのですが、このままカンカン照りの湿原で観察を続けると私が熱中症でダウンしかねない気象条件でした。

そんなわけで、後ろ髪をひかれる思いで、このミズゴケ湿原を後にし、日陰のある森林斜面に接する岸沿いの小径へと歩を進めました。

次回記事では、このミズゴケ湿原に近接する流入河川(細流)とその近くの湿性草原のトンボを採りあげる予定です。


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2017-08-20 (Sun)
夏目英隆さんに同行しての、昨年7月上旬の他県へのトンボ・トリップの最終調査地、丘陵地を刻む河川の中流部で、日本産アオハダトンボ属(現、元)全3種の豪華な揃い踏みが見られはことは2件前の記事に書いた通りです。

その同じ場所で、オナガサナエ Melligomphus viridicostus (Oguma, 1926) が活動している姿を初めて観察し、撮影することができました(写真1~5)。

その最初の出会いは、川をまたぐ橋の下のコンクリート面に、腹先が棍棒状に左右に拡がったサナエトンボの♂が川面方向を向いてとまっているのを発見したところから始まります(写真1)。

オナガサナエ♂、コンクリート面に静止 
写真1 川岸のコンクリート面にとまる、オナガサナエ Melligomphus viridicostus、♂ (写真はクリックで拡大します)

私:「サナエトンボがいますね。」
夏目さん:「オナガサナエですね。」
私:「は~。これがオナガサナエですか。格好いいですね。」

写真1は、逆光気味で、写りはほとんど証拠写真レベルです。

下の写真2は別個体ですが、もう少し明るく写っていて、オナガサナエ♂がどんな形や色彩パターンを有しているかを見るには好都合です。

オナガサナエ♂、枯れ枝に静止
写真2 岸の枯れ枝にとまるオナガサナエ M. viridicostus、♂

帰宅してからパソコンで撮影画像を拡大してみると、「オナガ」サナエだけあって、確かに立派な「尾」(この場合、尾部付属器)を持っています。

尾部上付属器も長大ですが、尾部下付属器はもっと長大です。

この尾部付属器で頭部をグリップされたら、♀も、相手が自分のタイプでなくても、あきらめざるを得ないでしょう。

冗談はともかく、いずれの♂も後脚を伸ばし気味にして、ほぼ真っ直ぐに伸ばした後半身をリフトしています。

写真1の♂は、腹基部を少し反らし気味にして腹部を一層高く挙げ、腹端部を水平気味になるように腹側(下側)に少し曲げています。

この挙上は、腹の先端が指し示す方向が太陽の方向とは全く一致しませんので、体温調節のためのオベリスク姿勢(過去記事参照)とは別の機能を持つはずです。

本種♂は、川面に なわばり を持つといわれていますので(尾園ほか、2012)、この挙上は接近してくる♂に対して、先着の占有者が存在していることをアピールしているのかもしれません。

今後の観察で、接近♂の態度にこの挙上がどう影響するか、確認してみたいところです。

下の写真3は枯れ枝にとまっている♂を正面から写したものです。

オナガサナエ♂、枯れ枝に静止(2)
写真3 岸の枯れ枝にとまるオナガサナエ M. viridicostus、♂ (2)

腹端部が棍棒状に拡張している様子、そしてそれを目立たせるかのように、後半身を挙上している様子がよくわかります。

サナエトンボ科 Gomphidae の英語名(和名に相当する通称名)に、clubtail dragonflies が使われているのも、この特徴から来ています。

今回、オナガサナエ♂が川面の上空数十センチメートルの高さをホバリングを繰り返ししながらパトロールしている様子も撮影できました(写真4,5

オナガサナエ♂、水面上ホバリング、横から
写真4 水面上をパトロールする、オナガサナエ M. viridicostus、♂
オナガサナエ♂、水面上ホバリング、正面から
写真5 水面上をパトロールする、オナガサナエ M. viridicostus、♂

いずれもピント・露出とも不足していて証拠写真レベルですが、それでも本種♂が水面上をパトロールする際に、それこそ棍棒を誇示するかのように後半身、とりわけ腹部を挙上した姿勢でホバリングすることを確認するには十分の情報量を写し込んでいます。

もしかすると、♂同士がなわばり争いをする際には、単に相手を物理的に追い払おうとするのではなく、棍棒の先端を誇示して威嚇しあうのかもしれません。

このことも、機会があったら、直接観察してみたいところです。

もちろん、交尾や♀の産卵行動の観察も将来の課題として残りました。

さて、次回記事では、今回のトンボ・トリップで観察されたヤマトンボ科の種が登場する予定です。


引用文献: 
尾園暁、川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


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2017-08-18 (Fri)
夏目英隆さんに同行しての、昨年7月上旬の他県へのトンボ・トリップの最終調査地、丘陵地を刻む河川の中流部では、日本産アオハダトンボ属(現、元)全3種の豪華な揃い踏みが見られました(前回記事参照)。

それらのうち、ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata (Selys, 1853)の♂、♀が水辺で静止中に盛んに翅の打ち合わせをしている様子を、写真に収めることができました(写真1~4)。

下の写真1は単独♂が翅を開きつつあるところ、写真2は、翅を閉じたところです。

IMG_7030アオハダ♂-crop-s-credit
写真1 ハグロトンボ Atrocalopteryx atrata の単独♂が翅を開きつつあるところ (写真はクリックで拡大します)

IMG_7029-crop-s-credit.jpg
写真2 そのハグロトンボ A. atrata の♂が翅を閉じたところ

翅を開くときは、比較的ゆっくり開き、閉じる時はパタッと瞬時に閉じます。

下の写真3,4は、川面に倒れかかった枯れ竹の茎に2♂、1♀がほぼ同じ向きにとまり、それぞれが翅の打ち合わせを繰り返しているところです。

IMG_7209-crop2-s-credit.jpg
写真3 ハグロトンボ A. atrata の2♂1♀がそれぞれ翅打ち合わせをしているところ(1)

IMG_7213-crop2-s-credit.jpg
写真4 ハグロトンボ A. atrata の2♂1♀がそれぞれ翅打ち合わせをしているところ(2)

写真3では中央の♂が、写真4では手前の♀が、それぞれ翅を開いている途中が写っています。

翅打ち合わせのリズムは比較的類似していましたが、同期しているわけではなく、それぞれが独自のタイミングでこの動作を繰り返している様子でした。

もう一つ気になるのは、同種個体が並んでいま様子が、それぞれ勝手な方向を向いている感があります。
少なくとも、ライバルあるいは交尾の対象と考えるなら、相手を視野の中央に入れる方向を向いてもよさそうなものなのに、そうしていません。

ということは、かれらは婚活中、あるいは縄張り争い中ではなく、休憩中もしくは餌待ち中であると考えたほうがよさそうです。

それはともかく、カワトンボ科の成虫が静止中に示す、この翅打ち合わせ(wing clapping)の機能は何なのでしょうか?

コーベット著(1999;日本語版、2007)『トンボ博物学をひもといてみました。

「翅打ち合わせ」の機能:
 <コーベット『トンボ博物学』279-280頁から抜粋>

「活動時間中にとまっているとき、均翅亜目の4つの科に属する何種かの成虫は、翅打ち合わせとして知られる特徴的な行動で翅を突然閉じたり開いたりする。」

「Bickら (1978) の仮の結論としては、翅打ち合わせはコミュニケーションの1つの形態であり<中略>、カワトンボ科においては雌雄間の信号であるとしている。カワトンボ科では雌雄の翅打ち合わせが同調しているのでコミュニケーションしているように見える。」

「アメリカアオハダトンボ<Calopteryx maculata (Palisot de Beauvois, 1805)>の場合、翅打ち合わせは色々な状況下で起こるので、コミュニケーション機能をもっているかも知れないが<中略>、近くに同種他個体がいてもいなくても外因性と内因性の加熱に対する反応としてこの行動が起こり、野外では飛翔直後に集中して生じる<中略>(Erickson & Reid 1989)。」

「フランス南部に生息するオアカカワトンボ<Calopteryx xanthostoma (Charpentier, 1825)>では、翅打ち合わせが日中の最も暑い時間に見られ(Rüppell 1992)、Cora属の数種(アメリカミナミカワトンボ科<Polythoridae>)では誘導されてではなく、ふつう飛翔後に翅打ち合わせを行なうようなので、これも同様に体温を下げる効果があるらしい。」

「アオハダトンボ属<Calopteryx>の4種でこの行動を解析したPeter Miller (1994d) は、この行動は呼吸と体温調節の2つの機能をもっており、後者は外部的にも内部的にも空気を循環させて行うと結論づけた。また、カワトンボ科の種は比較的大型の割に効率的な腹部の換気ポンプをもっていないので、このような行動が必要になるのだろうとも述べている。」

「翅打ち合わせによる物理的な影響を考慮して、M. L. May (1994) は翅打ち合わせは量的には重要な冷却効果はもたらさないだろうと考えている。というのは、翅打ち合わせはゆっくりで、しかも気管の中へ実際に入っていく空気の体積はわずかなので、空気の熱容量は非常に小さく、取るに足りない効果しかないからである。Mayは、翅打ち合わせ行動の機能は、高い周囲の気温の下で増大する酸素要求に直面した状況における換気が主要なものであるという見解を採用している。」

以上の、コーベット博士によるまとめから読み取れることは、直感的には個体間のコミュニケーション(たとえば、自己の存在を主張、あるいは他個体の接近の忌避、求愛、など)が考えられやすいが、物理学や生理学の視点を持つならば、体温調節(冷却)や酸素供給量の向上という機能が浮上するということです。

カワトンボ科の翅打ち合わせによって、どの機能が実際に有効に作用しているかは、専門研究者による体内温度センサーや局所酸素濃度センサーなども駆使した精密な実験が必要になるでしょう。

しかし、私たちのようにそのような設備や研究費を持ち合わせない者でも、同じ問題意識を共有し、観察時の環境条件や個体の行動履歴、個体間の関係性などに注意を払い、それらを最大限精密かつ客観的に記録することで、何か見えてくるものがあるのではないでしょうか。

少なくとも、それを期待することで、観察へのモチベーションは高まるはずです。

引用文献:
コーベット, P.S. (1999著)、椿・生方・上田・東、監訳(2007)『トンボ博物学―行動と生態の多様性ー』。海游舎。


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2017-08-11 (Fri)
今年6月前半の東海地方での、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 の観察記録は、今回の記事が最後となります。

前回までの関連記事が少し長すぎるきらいがありましたので、今回は短く締めたいと思います。

前日に交尾や産卵が見られた同じ場所(小さな小川でヨシ類が茂っている場所)で、私は単独♂が単独♀に対して求愛行動をしているのを観察・撮影する機会を狙って、ゆっくりと歩を進めていました。

しかし、なかなか、というか最後まで、その機会に恵まれませんでした。

そのかわりに、そのヨシ類の茂みの隙間を縫うように飛び回る単独♂が、中・後脚をスラリと伸ばして軍配を目立たせながら飛び回る姿を頻繁に目撃することができました。

10日、11時50分から約10分間の単独♂飛行の観察で、約60回シャッターを押しましたが、その大部分がこのように軍配誇示飛行となっていました。

ピンボケ写真の山を築いた60カットの中で、なんとか見せられるレベルに撮れたもの2カットを写真1,2に掲げます。

グンバイトンボ♂、軍配誇示飛行(1)
写真1 グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂、軍配誇示飛行(1)(写真はクリックで拡大)

写真1のシーンでは、中・後脚を斜め後ろ方向に真っ直ぐ伸ばすだけでなく、左右にも若干拡げていて、ムササビ類が飛膜を拡げて滑空している様子、あるいはスキーのジャンプ選手の手足を左右に半開した空中姿勢を彷彿とさせます。

グンバイトンボ♂、軍配誇示飛行(2)
写真2 グンバイトンボ P. foliacea ♂、軍配誇示飛行(2

写真2も同様の姿勢ですが、左右への拡げ方には若干の抑制が働いているようです。

とりわけ写真1のように綺麗に軍配を見せびらかされると、♀のほうもグッと惹きつけられるのではないでしょうか?

私は、今まで、♂は♀を発見してから軍配を誇示するのだろうと思っていましたが、もしかすると♂は♀のいそうな場所では常にこのように自らの美しく立派な軍配をひけらかすように飛び回り、♀がリアクションを起こすのを狙っているのかもしれません。

軍配の誇示は、♂同士の威嚇にも使われます。
というより、♂同士の威嚇には間違いなく使われています。

以下は私の以前の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」(昨年の四国での観察)からの関連部分の抜粋です。

「(グンバイトンボの♂は)相手の♂の接近に対して立ち向かっていくときに、脚を6本とも下方に垂らし、白い軍配状の脛節が(観察者から見て)大変目立った」

「♂が相手を追いかけ、別れて、戻る時に(も)、軍配面を後方に向け、軍配を「誇示」した」

「杉村ほか(1999)の『原色・日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』の「グンバイトンボ」の項に、次のような記述がありました。『成熟雄は<中略>縄張りを保持<中略>ほかの♂にであうと軍配状の真っ白い肢をいっぱいに広げてホバリングしながらにらみあい、体を上下にゆさぶっては徐々に上方へ移行し、頃あいをはかって別れる。♀に対しても、まず肢を思い切り拡げて自己顕示を行う。』」

「ヨーロッパに生息するPlatycnemis latipes Rambur, 1842Platycnemis acutipennis Selys, 1841の♂の中脚、後脚も日本のグンバイトンボよりも少し劣りますが、広がった脛節をもちます(参考サイト:Hyde, 2016)。」

「しかし、これら2種の♂は(少なくともフランスの当該観察地では)求愛の際に拡がった脛節を用いず、飛行中に同種♂を威嚇する際に用いるとのことです(Hyde, 2016)」

この四国での観察でも軍配誇示飛行の撮影も狙ったのですが、ピンボケばかりでした。

以上で、昨年・今年の四国・東海を股にかけてのグンバイトンボ観察の報告を終わりにします。

私が一番強い関心を抱いていた、グンバイトンボ♂が♀に出会った時にどう軍配を見せつけるのかということについては、この目で確かめるのは来年以降に持ち越されることになりました。


下記の関連記事(横綱級の軍配とか世界軍配番付)もお見逃しなく。。。。


引用文献:

Hyde, Bruce  2016 Featherleg Differences.  http://www.ipernity.com/blog/bruce.hyde/4392388

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑。北海道大学図書刊行会。


関連記事:
  1. 横綱級の軍配を持つトンボPlatycnemis phasmovolansは何に見えたか?

    前回の記事「世界のグンバイトンボ類、軍配サイズ番付」で公表した「世界のグンバイトンボ類、軍配サイズ番付」では、ラオス産のグンバイトンボ属の種、PlatycnemisphasmovolansHämäläinen,2003(図1、2;再掲)が見事、東の正横綱の地位を確保しました。
  2. Platycnemis phasmovolans _ photo taken by Dr Matti Hamalainen 
    図1(再掲).Platycnemis phasmovolans, photo taken by Dr. Matti Hämäläinen. 
       (Platycnemis phasmovolans♂の標本写真。Dr. Matti Hämäläinen提供)
      (写真はクリックで拡大します)

    Platycnemis phasmovolans, teneral male _ photo taken by Dr Matti Hamalainen
    図2(再掲).Platycnemis phasmovolans teneral male, photo taken by Dr. Matti Hämäläinen.
      (Platycnemis phasmovolans未熟♂の貴重な生態写真(Dr. Matti Hämäläinen提供)。 
    dranathis.blog.fc2.com/blog-entry-441.html

  3. 世界のグンバイトンボ類、軍配サイズ番付

    (この記事の正しい公開日は、2017-04-08(Sat)です。)前回の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」では、日本産のグンバイトンボPlatycnemisfoliaceaSelys,1886の♂の中脚、後脚の脛節が軍配のように扁平に拡がっていることに注目し、若干の考察をしました。属の学名Pl
    dranathis.blog.fc2.com/blog-entry-437.html

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2017-08-10 (Thu)
今年6月前半の東海地方での、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 の観察の続きです。

前回記事で取り上げた交尾に引き続き、今回は産卵活動中の♂♀カップルの行動のうち、興味深い行動要素について、時系列順に取り上げます。

晴れた日の午前11時半、この日初めての産卵行動が観察されました。
私にとって、本種の産卵行動観察は初の機会になりますので、カメラを握る手に思わず力が入ります。

今回は、連結♂が直立する連結産卵の真上方向からの撮影となりましたので、♂♀の両者に同時にピントを合わせることができませんでしたが、仕方ありません。

言い訳はこのくらいにして、まずは♀にピントがあった写真から(写真1)。

グンバイトンボ産卵開始(1) 
写真1 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 産卵開始(1)(写真はクリックで拡大)

♂も♀も翅をわずかに開いた状態です。
♀は産卵管を産卵基質(水に浸った古い枯れヨシの茎)につきたてています。

写真2は同じカップルで、♂の体前部にピントが合ったものです。

グンバイトンボ産卵開始(2) 
写真2 グンバイトンボ P. foliacea 産卵開始(2) 

♂は腹部を真っ直ぐに直立させ(ただし、この写真では、腹部第6,7節の間を若干腹方行に屈曲させていますが)、脚は完全に折りたたんで胸部腹面に密着させています。

均翅亜目トンボの連結産卵中の♂に特有のこの姿勢は「歩哨姿勢」(城門等で見張りをする兵士の立ち姿の意味)と呼ばれます。

写真3では、歩哨姿勢が若干くずれて♂は脚を少し延ばしています。

グンバイトンボ産卵、♂は歩哨姿勢
写真3 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵。♂は歩哨姿勢 

何かの拍子に、若干バランスを崩して、少し慌てたのかもしれません。

写真4は連結産卵中の♀の頭部、胸部付近のクローズアップです。

グンバイトンボ産卵、タンデム結合
写真4 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵。タンデム結合部拡大

♂の尾部付属器がしっかりと♀の前胸背板をホールドして、しっかりとタンデム(連結)の態勢を維持していることがわかります。

不均翅亜目やムカシトンボ亜目と違って、♀頭部への♂尾部付属器の連結ではありませんので、♀の頭部は♀の意思どおり自由自在に動かすことができますし、首が千切れる危険性も大幅に軽減されています。

以上は、同一カップルのほぼ同一地点での2分間前後の連続観察から拾い上げたシーンです。

以下は、4分ほど後からの、別カップルについての観察です。

写真5は、水面に倒れかかったヨシ類の葉にとまったカップルの♀が、その重みで水面下になった葉の表面に産卵動作をとっているところです。

グンバイトンボ、ヨシ類の葉への産卵動作 
写真5 グンバイトンボ Pfoliacea ヨシ類の葉への産卵動作

♀は産卵管を葉の表面に突き刺していますが、♀の腹部が第5~7節付近で(体前方から見て)反時計回り方向に捻じれています。

もしかすると、産卵管を突き刺したものの、葉の裏側に突き抜けたため、実質のあるところを求めて産卵管の先を捻じるように45度ほど回転させて、組織内(実際は葉を突き抜けた水中)を探ったのかもしれません。

というのも、写真5の1コマ前(2秒前)の写真(不掲載)では、♀の腹部は捻じれない状態で葉の表面に産卵管をつきたているからです。

もう一つ、「おやっ?」と思うのは、写真5の♀の腹部先端付近と水面との関係です。
水面が腹部先端付近の胴体に吸いつくように引き寄せられ、吊り上げられて富士山の裾野のような形に盛り上がっているように見えます。

水道水と爪楊枝で実験してみても、水はこのようにはっきりとは盛り上がりませんので、この葉の上の水に、何か粘性を生じさせる成分が含まれていたのかもしれません。

下の写真6は、産卵中の2カップルが向かい合って産卵しているところです。 

グンバイトンボ2ペア対面産卵
写真6 グンバイトンボ Pfoliacea 2カップルの対面産卵

ピントが今一つなのは、ファインダーを覗かずに、カメラを水面近くまで下ろし、山勘を頼りに方向や焦点距離を少しずつ変えながらバシャバシャとシャッターを押したうちの、よりマシな1枚だからです。

私がこんな写真を撮影していた前後の時期にフェイスブック上で、ある方がグンバイトンボの2カップルが歩哨姿勢の♂同士が左右対称に向い合うような位置取りで産卵していて、更に水面にもこのカップルが映っているという、素晴らしい作品を披露していました。

このようなローアングルでの撮影には、最低限アングルファインダーは必要だということを痛感させることとなった作品間の大きな落差でした。

下の、写真7は、産卵活動の合間に静止中の連結カップルに、別の連結カップルが左後方から接近した瞬間です。

グンバイトンボ産卵ペアに別ペア接近、歩哨♂が軍配誇示 
写真7 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップルに別カップル接近

静止中のカップルの♂は歩哨姿勢をとっていましたが、この瞬間、両後脚を左右に広げて、後方から接近する別カップルに対して軍配を誇示しているようにも見えます。

静止カップルの♂は4枚の翅も広げて振動させていて、その点は他の均翅亜目が示すことが多い警告行動と同様ですが、軍配を拡げて警告の効果をアップさせているのは、さすがグンバイトンボといったところです。

下の写真8は、接近カップルが通過し去った後の、静止カップルの様子です。 

グンバイトンボ産卵ペア、別ペア通り過ぎると軍配おろす
写真8 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップル、別カップル通過直後

♂が脚を折り曲げて、本来の歩哨姿勢に近い状態に戻りつつあることが見てとれます。

下の写真9では、産卵中のカップルに、別カップルがやはり左後方から接近しています。

グンバイトンボ産卵ペアに別ペア接近、先いた♂は翅ブルブル、接近♂は軍配誇示か
写真9 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップルに別カップル接近(事例2)

産卵カップルの♂は、翅を開いてブルブル振動させて警告していますが、脚はしっかり閉じています。

逆に接近中のカップルの♂が中脚・後脚をだらりと下げて軍配を誇示し「いやなら、どいて」と言うかのようにプレッシャーをかけているように見えます。

そういえば、この一帯では、産卵カップルが目立つ割には、適当な産卵スポットが不足していると言えなくもありません。

もし、産卵スポットが不足していたとしたなら、産卵カップル間で、産卵ポイントを巡って、一種の干渉型競争が起こりうる可能性が出てきます。

そして、このような「産卵場所を巡っての相互排斥行動にも軍配誇示が利用されことがある」という仮説を立てることができるでしょう。

下の写真10は、前述の接近カップルが通過して行く瞬間のカットです。

グンバイトンボ産卵ペア、別ペア通り過ぎるたが、軍配上げている
写真10 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップル、別カップル通過直後(事例2)

通過したカップルの♂の軍配はこの時点では「収納」されていますが、逆に産卵カップルの♂は後脚を若干延ばし、軍配を若干目立たせています。

下の写真11は、ほんの少し離れた場所で2つの連結カップルが、水面上に出ている枯れたヨシ類の茎に、向かい合うように静止しているところです。

グンバイトンボ、2ペア近接産卵中。 互いに緊張
写真11 グンバイトンボ Pfoliacea 2カップル近接産卵中。 互いに緊張

互いの♂が前に倒れ込めば、ぶつかり合い、絡み合う距離です。
そのためか、こちら向きの♂の左後脚が延び気味となるなど、若干の緊張感が漂っています。

まもなく、この2カップルのいるポイントにもう1カップルが左後方からやってきました(写真12)。

グンバイトンボ産卵。3ペア目がやってきた
写真12 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵。3ペア目がやってきた

こちら向きの♂は、更に緊張して、両方の中・後脚を半延ばしして身構えています。

すぐに、この狭い産卵スポットの真ん中に、その第三のカップルが割り込むようにとまりました(写真13)。

グンバイトンボ産卵、3ペア目が割り込む
写真13 グンバイトンボ P foliacea 産卵、3ペア目が割り込む

これは窮屈です。

真ん中のカップルがこのまま、上から見て反時計回りに向きを変えようものなら、そのカップルの♀の腹部の先端が、あちら向きのカップルの♀の頭部、あるいは♂の腹部先端付近にぶつかりかねません。

これに嫌気がさしたのか、元からいた2カップルのうち、あちら向きだったカップルは飛び立って移動していきました。

残ったカップルもしばらくそこに留まりましたが、硬くて産卵に適さないのでしょう、両カップルとも相前後して移動していきました。

最後の1枚(写真14)は、産卵活動の間の静止中のカップルの♂が、眼の前に着き出した草の葉先につかまっているところです。

グンバイトンボ産卵、連結♂が草につかまる
写真14 グンバイトンボ P. foliacea産卵、連結♂が草につかまる

「歩哨姿勢も結構つらいぜ」といったところでしょうか。

もっとも、これほど格好のつかまり場所は滅多にありませんので、この後はまた頑張ってもらうしかありません。

この♀は、♂が葉につかまった状態の時にも産卵姿勢をとりました。
しかし、ご覧のとおり、この枯れ茎は硬くて産卵管が刺さりそうもありません。

まもなく、カップルはすぐ隣にある、水面上に倒れかかったヨシ類の葉にとまり替え、そこで産卵姿勢をとりました。

今回のグンバイトンボの産卵行動の観察記録(20分間)はここまでです。


産卵の際の♀の産卵器の挙動

均翅亜目のトンボの産卵の際の♀の産卵器の動きについては、文献を引用しながら、下記記事で紹介しましたので、あわせてご笑覧ください。


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