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2018-06-28 (Thu)
6月上旬に栃木県の小湿地で観察したハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、4回目の今回は♂同士の なわばり争いをとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。


目 次
 ◆はじめに
 ◆ハッチョウトンボの なわばりサイト
 ◆ナワバリを監視する♂
 ◆♂同士の追い合いをカメラで追う
 ◆♂同士の追い合い行動のまとめ
 ◆謝辞


はじめに

本種の なわばり争いについては、すでに過去記事「奥の蜻蛉道(2):真夏のミズゴケ湿原のトンボ」でレポートしていますが、成虫の数が少なく争いそのものがレアだったこともあり(そのため写真もなし)、以下のような簡単な記述に終わりました。

「しばらく見ていると、ハッチョウトンボの♂同士の なわばり占有を巡る追い合いが始まりました。
上から見て直径1~2mの範囲内を目まぐるし速度で旋回しながらの追い合いです。
 カメラにどう収めようかとまごまごしている間に、追い合いは決着し、再び池塘のまわりに静穏が戻りました。」

今回は、個体数も多く、活発に♂同士の追い合いが見られたことから、その様子をなんとかカメラフレームに収めることができましたので、観察者である私の記憶も掘り起こしながら、本種の なわばり争いを、飛行スタイルに着目しながらスケッチすることにします。


ハッチョウトンボの なわばりサイト

写真1は、この小湿地の中で、ハッチョウトンボの なわばり争い、交尾、産卵がよく見られた一帯です。

ハッチョウトンボの繁殖場所 
写真1 ハッチョウトンボのナワバリ争い、交尾、産卵が見られたポイント(写真はクリックで拡大します)

ミズゴケ属 Sphagnum、モウセンゴケ属 Drosera、ホタルイ属 Schoenoplectus の植物などが繁茂し、小面積の浅い止水(池塘と呼ぶほどの深さはありません)が散在しています。 

中央右の日陰部分をバックに、真っ赤な成熟♂がホタルイ属植物の茎の上端近くにとまっています。

午前9時をまわるころから、この小湿地の上で、真っ赤な♂同士がクルクルと追い合う行動が見られるようになりました(やはり、直径1~2m程度の範囲内の追い合いがほとんどでした)。

そうです、これは なわばり(縄ばり、territory:防衛された土地)を守る個体と、隙あらば奪おうとする個体との争いです。

このように、ハッチョウトンボ♂が小さな なわばりを持ち、防衛することは、以前から論文等でよくしられています。


ナワバリを監視する♂

そこで、まず なわばりを占有し、見守っている♂の姿からご覧いただきます(写真2)。

ナワバリを監視するハッチョウトンボ♂ 
写真2 なわばり を監視するハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 

写真2は、写真1のポイントから数m離れた、モウセンゴケやトクサ属植物の繁茂する湿地で なわばり を監視するハッチョウトンボ♂を斜め上から撮影したものです(6月2日9時26分)。

写真3は、写真2の個体をほぼ真横から撮ったものです。

ハッチョウトンボ成熟♂ 
写真3 なわばり を監視するハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂(同一個体)、拡大(前々回記事からの再掲)

この♂は翅を下前方にすぼめ、腹を水平に真っ直ぐ伸ばして、しっかりとトクサ属植物の茎の先端近くにとまっています。

これは、もし♀がやって来れば即座に交尾し、その後♀が産卵すればそれをガードして、その結果少しでも多くの子孫を残すという使命を果たす上で、一つのぬかりもない態勢といえます。

それだけでなく、♀がやって来やすいと判断して待ち受けているこの場所を横取りしようとする、他の♂が現れれば、即座に飛び立ち、その相手を体を張って追い払おうという、なわばり防衛のための監視態勢でもあります。

そのような なわばりには、♀よりも♂のほうが、より高頻度で入り込んできます。

結果として なわばりの占有権をかけての争いが、観察者の眼の前で盛んに繰り広げられることになります。


♂同士の追い合いをカメラで追う

そのような ♂同士の追い合いは、私の観察初日の午前9時前後から活発になりました。

以下に、9時7分から9時9分までの約2分間に撮影した♂同士の目まぐるしい追い合いから、その行動の特性を探ります。

約40回シャッターを押して得られた画像の中から、ピントは超甘ながらも、追い合いの際のトンボの姿勢や飛行方向を読み取れるものを選んで組写真にしたものが、写真4~6です(abc順を含め、時系列通り)。

最初に、写真4(a~d)に写った♂の態勢を、順に見ていきます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、1 
写真4(a~d) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、1

a)クルクルと追い合いが始まったので、手動連写を開始した後の1枚です。
お互いが見える位置で飛んでいますが、正面衝突のおそれがない、すれ違いルートを飛んでいることが見てとれます。

b)なわばり争い中の一方の♂です。
腹部を少し上方に反らし気味にし、脚はしっかり畳んで羽ばたいています(320分の1秒で撮影)。

c)かなり接近戦に見えますが、やはり正面衝突は避けています。
ただし、下手をすると相手と翅の先端同士が接触しかねない距離で擦れ違っています。

d)右の♂は、相手の♂と交錯した後、更に相手に立ち向かおうと、進行方向を相手のいる右方向(画面向って左方向)に変えようとしているのが、左右両翅翅の打ち下ろし方向が進行左下方向(画面向って右下方向)になっていることから、見てとれます。
この打ち下ろし方向のコントロールは、翅胸部を進行方向に対して右に傾けることで実現されます。

次に、写真5(e~h)の♂の様子を見ます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、2 
写真5(e~h) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、2

e)互いに突進したライバル同士が共に急ターンをしている様子が伺えます。
右上の♂は、進行左方向(画面手前方向)にターンするように、翅胸を進行左方向に大きく傾けています。
左下の♂は、はっきりしませんが、進行やや左上方向にターンしようとしているようにも見えます。

f)左上の♂が、右下の♂を追っています。
右下の♂は、画面手前左上から画面奥右下の方向に飛びながら、更に自身の左方向に舵を切っているように見えます。
この♂は追われる立場に見えますが、腹部を少し上方に反らし気味にしています。

g)追う立場の左上の♂は、右に急ターンしようとしています。
追われる立場の右下の♂は、上昇しようとしているように見えます。
そして腹部を少し下げ気味です。
これは、追う方の♂に対して自らの腹部を誇示して対抗意識をアピールしているのかもしれません。

h)追う立場の中央♂は、画面奥左上方向から手前右下方向に飛んできたように見えますが、この時点でも、相手を更に追うように、自身の左に急カーブしようとしています。
右上の♂は、この瞬間には相手を避ける方向に飛んでいます。
この写真には左下にも♂が写っており、一時的ながら、3♂による三つ巴の争いになっていたことがわかります。

最後に、写真6(i~L)の♂の様子を見ます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、3 
写真6(i~L) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、3

i)互いに至近距離ですれ違っていますが、一方は画面左上方向に、もう一方は右下方向に向かっています。
右下の♂は、翅胸の背面を自身の右に少し傾けていることから、右方向(画面手前方向)にターンしようとしているのでしょう。

j)左の♂は、画面奥に向って進み、若干左ターンしようとしています。
右の♂は、画面左奥から手前右に下降気味に飛んでいます。
左の♂は、相手である右の♂を後方から追おうとしているのかもしれません。
逃げる方が、まっすぐ逃げるのではなく、横へ、横へと逃げるという動きが、追う・追われる2個体による円環・螺旋状の飛行を作り出すと思われます。

k)なわばり争い中の一方の♂の飛ぶ姿を真横からとらえています。
腹部は上方にやや反らせ気味で、脚はしっかりと畳んでいます。
真っ赤な腹部と真白な尾部付属器のコントラストが目を惹きます。

L)一方の♂が画面左から突進するのに対し、他方の♂はそれから逃げるのではなく、相手から見て右方向にターンしようとしています(8000分の1秒で撮影)。
これはただ逃げるのではなく、簡単には引き下がらないという敵愾心のあらわれだと思われます。
このような敵愾心のある♂同士の争いが、お互いに相手を追尾する円環追尾あるいは螺旋追尾という、目まぐるしい空中戦を引き起こすと考えられます。


♂同士の追い合い行動のまとめ

ここまで見てきた個別ショットの観察を突き合わせることで、ハッチョウトンボ♂同士の追い合い行動全体の傾向をまとめてみました。

なわばりに好適な(すなわち♀が交尾・産卵にやって来やすい)湿地上では、成熟♂同士(通常2♂)が互いに接近した場合、その場所の占用権をめぐって追い合いが始まります。

互いに相手に向って突進する場合でも、どちらの個体も正面衝突のおそれがない、すれ違いルートを飛びます(a)。

ただし、かなり接近して、下手をすると相手と翅の先端同士が接触しかねない距離で擦れ違うこともあります(c)。

相手の♂と交錯した後、少なくとも一方が、急ターンしてでも、進行方向を相手のいる方向に変え、引き続き追尾しようとする傾向があります(d、e、g、h)。

追われる方が、交錯後、向きを横方向に変えることもよく見られれます。
すなわち、追われる方も一方的に逃げるのではなく、敵愾心(ライバル意識)をもって逆に相手に立ち向かう傾向を持つと解釈できます(f、j、L)。

このような敵愾心をもつ♂同士の動きが、お互いに相手を追尾する円環追尾あるいは螺旋追尾という、目まぐるしい空中戦を作り出すことになると考えられます(j、L)。

なわばり争い中の、追う方の♂が、腹部を少し上方に反らし気味にしていることが頻繁に見られます(b、d、h、k、L)。

追われる立場の♂が腹部を少し上方に反らし気味にしているケースも、稀に見受けられます(f)。

追われる立場の♂の場合、腹部を少し下げ気味にするケースも確認されました(g)。
これは、追う方の♂に対して自らの腹部を誇示して対抗意識をアピールしているのかもしれません。

このようなアクロバチックで高速な飛行動作からなる なわばり争いを、この小さな体のハッチョウトンボが疲労した様子も見せずに繰り返すのには、驚嘆せざるをえません。

次回記事では、いよいよ、ハッチョウトンボの交尾・産卵行動を取り上げます。
お楽しみに。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-22 (Fri)
月井栄三郎さんのご案内のもと栃木県の小湿地で観察した、ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、3回目の今回は、繁殖場所に一時的に形成された、成虫の異日齢集団をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆異日齢集団との出会い
 ◆異日齢集団の構成
 ◆異日齢集団が成立する条件
 ◆未成熟個体の退避エリア?
 ◆謝辞


異日齢集団との出会い

その小湿地でのハッチョウトンボの観察は、今年6月2日・3日の、いずれも朝8時台にスタートしましたが、今回記事でスケッチするのは、3日の午前8時16分に撮った写真に収められた成虫の集団です(写真1、2)。

ハッチョウトンボの異日齢集団(1) 
写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 成虫の集団(写真2の中央部分を拡大) (写真はクリックで拡大します)

ハッチョウトンボの多日齢集団 
写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 成虫の集団 

写真2からは、14個体のハッチョウトンボ成虫(♂11個体、♀3個体)の姿を識別することができました。

左から4分の1の位置の♂だけは たまたま 飛翔中ですが、他は皆、朝露のからみついたトクサ属 Equisetum 植物の茎を脚でつかみ、ほぼ水平の姿勢を保っています。


異日齢集団の構成

写真2に写っている♂の大部分(9個体)は、灰色~薄茶色の複眼、腹基部に白横縞のある成熟途上の個体(前回記事の写真6,7を参照)で、残りの2個体(左端、下;左から4分の1)は頭部背面、胸部、腹部が赤化していて成熟がほぼ完了した個体(前回記事の写真10,11を参照)です。

写真2に写っている♀*3個体のうち、1個体(中央)は茶色の複眼をしたほぼ成熟したもの(前回記事の写真4を参照)で、残りの2個体(左端、下;左から4分の1)は複眼が灰色~薄茶色の成熟途上のものです(前回記事の写真2,3を参照)。

(*注:ハッチョウトンボ♀は腹部の白い横縞が少なくとも4本あることから、♂(2本以下)と簡単に区別できます。[前回記事の掲載写真参照])

ここまで確認してきた通り、この小湿地のこの日のこの時刻には、わずか座布団1枚ほどの小面積に様ざまな日齢のハッチョウトンボ成虫♂♀が、10個体、20個体といった高密度で混在していました。

前日の朝8時53分にも、ほぼ同様の状況の写真を撮っています。

この時期、時間帯のこの小湿地では、少し探せば当日羽化したばかりの個体も見つかり(前々回記事参照)、昼近くになれば活発にナワバリ争いや交尾産卵行動(次回記事参照)が繰り広げられていました(次回以降の記事参照)。


異日齢集団が成立する条件

繁殖場所に成立する、このような高密度の両性・異日齢集団は、長年トンボの観察をしてきた私にとっても、驚きの光景でした。

他のほとんどすべてのトンボの種では、羽化後の成虫は繁殖場所である水辺を離れ、林野や草原で数日から数週間の前生殖期 pre-reproductive period を過ごします。

その間に彼らは採餌と休息に専念し、生殖腺を成熟させ、また飛行能力も高めた上で、満を持して繁殖場所を訪れるというのが通例です。

ハッチョウトンボでは、体のサイズが ”半端なく” 小さいため、採餌のために広大なエリアを必要としないのかもしれません。

そのため、羽化場所(=繁殖場所)またはそのすぐ近くに留まっても、栄養は足りるということなのかもしれません。

もう一つは、成熟途上の個体が、すでに成熟した♂個体から ”セクハラ” や ”パワハラ” を受ける危険が少ないという条件が存在しているのかもしれません。

裏返して言えば、成熟♂は湿地上に滞在している同種成虫の性別、成熟度を識別できていて、未成熟の♂♀に対してむやみに交尾や喧嘩をしかけないという、行動ルールを持ち合わせているのかもしれません。


未成熟個体の退避エリア?

今回、もう一つ気付いたことがありました。

それは繁殖場所である小湿地に隣接する、乾燥したまばらで草丈の低い草地(湿地から10~15m低度離れている)(写真3)に、やはり高密度のハッチョウトンボ成虫が滞在していたことです(6月2日の9時57分頃と10時15分頃に現認;写真なし)。

ハッチョウトンボが生息する小湿地に隣接する草地 
写真3 ハッチョウトンボが生息する小湿地に隣接する草地

彼ら・彼女らは、おそらく小昆虫を捕食することにかかわって、飛んだりとまったりしていました。

この場合、どちらかといえば、成熟途上の個体が多く目についた(逆に、真っ赤な成熟♂、茶・黒・白の横縞の腹をもった成熟♀は目立たなかった)ので、もしかすると湿地でのナワバリ争いや交尾行動が活発化する時間帯に、それらに巻き込まれるの避けて、成熟途上の個体たちが少し乾燥湿地側に行動場所をシフトしていたのかもしれません。

そういえば、交尾が見られるようになった午前10時以降、湿地のトクサ属群落での成熟途上のハッチョウトンボ成虫の割合が低下した印象がありました(ただし、羽化直後の個体は残存していましたし、成熟途上個体もいるにはいました)。

このような理由での、湿地と湿地周辺草地との間の成虫の移動が、実際あるのかどうかについては、それに的を絞った観察調査が必要になります。

可能であれば、個体識別マークをつけて計画的に観察したいところです。

次回記事では、ハッチョウトンボ成熟♂間のナワバリ争い行動を取り上げます。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-01 (Fri)
今年5月12日、埼玉県西部の小さな溜池を訪れた際に、短時間でトンボ5種(クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus Oguma, 1915クロイトトンボ Paracercion calamorum (Ris, 1916)、ホソミイトトンボ Aciagrion migratum (Selys, 1876)、アジアイトトンボ Ischnura asiatica (Brauer, 1865) 、アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys 1853)を確認・撮影することができました。

そのうち、クロイトトンボについては、その連結産卵中の事故が目撃(実際は帰宅後の現像で判明)されたので、先に前回記事で詳述しました。

今回は、残りの4種、について、時系列に沿ってご紹介します。

そのうち、ホソミイトトンボに関しては、交尾中の♂が示す腰(腹基部)の動作について考察を加えます。


目 次
 ◆クロスジギンヤンマ
 ◆クロイトトンボ
 ◆ホソミイトトンボの連結産卵
 ◆ホソミイトトンボの交尾
 ◆交尾中のホソミイトトンボの腰の動き
 ◆精子競争
 ◆アジアイトトンボ
 ◆今回の観察地点の景観
 ◆アサヒナカワトンボ
 ◆引用文献


クロスジギンヤンマ

その溜池についたのは、午前10時03分でした。

晴天のもと、咲き誇る睡蓮の花々が出迎えてくれました(写真9)。

最初に目についたのは、睡蓮の上空を飛び回るクロスジギンヤンマ♂でした(写真1)。

クロスジギンヤンマ♂ 
写真1 クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus (写真はクリックで拡大します)

いつものように、溜池の水面上数十cm~1m程度の高さを、悠然とパトロールしていました。

私の眼の前でじっくりホバリングしてくれれば、もっとよい写真が撮れたはずですが、そのチャンスが訪れなかったため、右ターンしながら飛び去る後姿(写真1)がベストショットとなってしまいました。

背景に写っているのは、写真9の中央に広がる、睡蓮の葉群の沖合側の縁です。

こちらの過去記事のシチュエーションでは、十分なシャッターチャンスがあったため、もう少しマシなクロスジギンヤンマ♂の写真が撮れています。


クロイトトンボ

睡蓮の葉の上には、水平にとまるクロイトトンボ♂の姿がありました(写真省略)。

その後、睡蓮の花の上や側面で繰リ広げられた、クロイトトンボの腰が折れる事故(前回記事「クロイトトンボの産卵:連結♂に降りかかった悲劇」参照)の連続写真撮影がありました。

そのうちの1枚を再掲しておきます(写真2)。

クロイトトンボ連結ペアと単独♂ 
写真2 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結カップルと単独♂ (再掲)

※ この溜池では、2年前の5月に観察した際も、クロイトトンボの産卵カップル間で揉め事を目撃し、写真付きで、以下のような記事にしたことがあります。



ホソミイトトンボの連結産卵

睡蓮群落と岸の間には、ヨシの仲間がまばらに生えているゾーンがあり、倒れて水面に浮いた枯れ茎をターゲットに、ホソミイトトンボの連結カップルが産卵していました(写真3)。

ホソミイトトンボ連結産卵 
写真3 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 連結産卵

過去記事「ホソミイトトンボの春(3):連結産卵中の珍奇な所作」にも書いたように、♂が長い腹で直立し、♀は腹端をぐっと胸近くまで引きつけて、水に浸った枯れ茎の組織内に卵を産み付けようとしています。

日本産トンボの中でホソミイトトンボは、産卵姿勢が美しいベストテンに入るのではないでしょうか?

下の写真4では、♀が腹部第8・9節を、ほぼピッタリまで茎の表面まで押し付けていますので、この瞬間には産卵管が一番奥まで刺し込まれ、卵が植物組織内に送りこまれているに違いありません。

ホソミイトトンボ連結産卵 
写真4 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 連結産卵(同一カップル)

下の写真5は、すぐ近くで見られたホソミイトトンボの別の連結カップルです。

ホソミイトトンボ連結カップル 
写真5 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 連結カップル(別カップル


ホソミイトトンボの交尾

下の写真6、7は、12分後に見られたホソミイトトンボ交尾中のカップルです。

ホソミイトトンボ交尾 
写真6 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 交尾(別カップル)

ホソミイトトンボ交尾 
写真7  ホソミイトトンボ Aciagrion migratum  交尾(写真6と同一カップル)

ホソミイトトンボの交尾については、過去記事「ホソミイトトンボ:交尾中の♂の翅はなぜ少し開いている?」の中で、交尾中のホソミイトトンボの♂の翅が少し開いていることについて問題提起しましたが、今回も例に漏れず、交尾の間、♂の翅は少し開いたままでした。


交尾中のホソミイトトンボの腰の動き

別の過去記事「ホソミイトトンボの春(2):ひたむきな交尾への努力」では、ちょうど一か月前の4月12日に、別の溜池で観察された交尾の一部終始を報告しました。

その過去記事の中で、交尾中の♂が、腹基部のリズミカルな動きを作り出すように、♂の腹部第3節が大きく背腹方向(上下方向)に、1~2秒に1回程度のテンポ(繰り返しの頻度)で動かしていたことを、当該記事の写真14、15を用いて説明しました。

今回記事の写真6,7は、ほぼ真横からの撮影であるため、その動きの特徴をよくとらえることができます。

とりわけ、写真7では、♀の腹基部が腹面側前方(写真では上方)へ強く折り曲げられていて、♀が少し窮屈そうに見えるくらいです。

その♂の腹部の動きをより詳しく見てみましょう。

写真6ではの腹部前半(第3~5節)が真っ直ぐ伸び、後半は適度に曲げられているのに対し、写真7では♂の腹部中央から先(第5~10節)がほぼ真っ直ぐ伸び、それより基部よりの節が曲げられています。

では何故、♂はこのような腹部の動きをするのでしょうか?

これは以下2つの過去記事にも書いたように、♂が陰茎をスライドさせることで、♀の内部生殖器の中の精子を掻き出す(あるいは押しのける)「精子置換」を行うための動きと考えられます。


写真6と7を拡大したもの(下の、写真6拡大、写真7拡大)を比較すると、写真7拡大では、♂のこの腹部全体の動きと連携して、♂の腹部第2節が(写真6拡大の時点よりも)背方に(写真では上方向に)強く折り曲げられ(挙上され)ています。

ホソミイトトンボ交尾、拡大1 
写真6拡大 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum  交尾、部分拡大

ホソミイトトンボ交尾、拡大2 
写真7拡大 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum  交尾、部分拡大(写真6と同一カップル)

均翅亜目の♂の腹部第2節の腹面には副交尾器が備わっており、そのうちの主要パーツである陰茎は♀と交尾している際には♀の膣に(陰茎の先端の末端節は更に奥の交尾嚢、そのまた奥の受精嚢にまで)差し込まれています(コーベット著、椿・生方・上田・東、監訳 2007:487-489頁)。

この陰茎は、写真6、7のような腹基部の背腹方向への上げ下げにより、♀の内部生殖器(膣、交尾嚢など)の中で、多少なりとも♀の体軸に沿って前後方向へのスライド運動をしむけられるでしょう。

実際に、これまでの研究から、交尾中のこの陰茎のスライド運動により、交尾嚢・受精嚢中に残されていた精子(それはこの♀が過去に交尾した際に受け取った別の♂のもの)が(一部とはいえ)掻き出されることがわかっています(Waage,1979); コーベット著、椿・生方・上田・東、監訳 2007:498-500頁)

今回撮影できた写真6、7は、交尾中のホソミイトトンボ♂の精子置換行動に際しての、腰(腹基部)の動きを示しているというわけです。

ここで、イトトンボ♀の内部生殖器の構造にもう少し深入りしてみましょう。

均翅亜目♀の交尾嚢は、♀の膣(膣口から体の前方向きのトンネル状)の延長上ないしは背側に折れ曲がった位置にあり、受精嚢はその交尾嚢から体の後方に向かった盲嚢になっています。

すなわち、膣口からほぼ直線的に膣・交尾嚢・受精嚢が配列されているのではありません。

一方、均翅亜目♂の陰茎の先端にある末端節は陰茎の先端から折り返すような形で強く反りかえっていて、これを合わせた陰茎全体で鈎(フック)状の外形をしています。

このフックの先のような末端節は♂と♀が交尾している間に、♀の受精嚢にまで挿入され、末端節の更に先端にある鷹の爪状の突起(やはり、折り返された二次的鈎になっている)が、清掃器具である熊手のように、精子の塊を掻き出すことがわかっています(コーベット著、椿・生方・上田・東、監訳 2007:487-489頁)。

ですので、交尾中の♂の腰の動きはペニスの膣内での前後方向へのスライドの動きを作り出すのと同時に、陰茎末端節が受精嚢から精子を掻き出す動きをも作り出すことができるというわけです。

このようなこともあって、♂の腰のリズミカルな動きは、交尾リング形成の直後ではなく、ある程度時間が経過してから、すなわち陰茎末端節が受精嚢にうまく納まったことを受けて行われることが、理にかなっています。
  

精子競争

それでは、トンボを含め、動物たち(の少なくとも一部)は、なぜ精子置換をするのでしょうか?

一言でいえば、生物は、同種内の個体間でどちらが多くの子孫を残すかで、互いにしのぎを削っています。

♂は、そのためには、交尾中の♀の中に残るライバル♂(もちろん同種♂)の精子を押しのけたり、掻き出したりするなどして、自分の精子で交尾相手の♀の卵を少しでも多く自分の精子と受精させること(精子競争: sperm competition)は、一つの賢い方法であり、実際にトンボ類に限らず、多くの動物でおこなわれています(Parker, 1970; Smith, 1984)。


アジアイトトンボ

写真9の左端に写っている、ヨシの仲間が密生した岸辺の、イネ科草本の茎にはアジアイトトンボの♂が、ひっそりととまっていました。

アジアイトトンボ♂ 
写真8  アジアイトトンボ Ischnura asiatica ♂

ホソミイトトンボを見たばかりの眼には、このアジアイトトンボは小さく、そして少し地味な印象を与えていました。

新鮮で、きりっとした雰囲気も感じさせますが、拡大してみると、左後翅に捩れ(よじれ)があり、若干のハンディを負った個体であることがわかります。


今回の観察地点の景観

今回、クロスジギンヤンマ、ホソミイトトンボ、アジアイトトンボ、そしてクロイトトンボが観察された溜池の一角の景観を写真9に掲げます。

イトトンボ3種、クロスジギンヤンマが活動中の溜池 
写真9 今回の観察地点の景観

私の今回の観察の際の立ち位置は、写真9の左端の岸の上でした。


アサヒナカワトンボ

このあと、この溜池の堤体の下流側にあたる沢地(溜池からの流出水が細流を維持している)で、アサヒナカワトンボ(形態ではなく、文献上の分布データから種名を判断)の無色翅型♂と橙色翅型♂の、それぞれ1個体を見つけ、写真に撮りました(写真省略)。

※ まったく同じ地点で2年前の4月上旬に撮影したカワトンボの写真を、過去記事「ニホンカワトンボとの再会?[タイトル訂正]」に掲載しています。
【当該ブログ記事を執筆した際は、形態観察からニホンカワトンボと同定しましたが、その後入手した文献情報(関連過去記事「カワトンボ属:形態による種の同定は、核DNA塩基配列分析にひざまずく(以前の記事の訂正あり)」)に基づき、上記記事で扱ったカワトンボの種名をニホンカワトンボからアサヒナカワトンボへと訂正した経緯があります。】


引用文献:
コーベット, P.S. (1999著)、椿・生方・上田・東、監訳(2007)『トンボ博物学―行動と生態の多様性ー』。海游舎。

Parker, G. A. (1970). Sperm competition and its evolutionary consequences in the
insects. Biological Reviews, 45, 525–67.

Smith, R. L.(1984) Sperm competition and the evolution of animal mating systems. Academic Press.

Waage, J. K. (1979) Dual function of the damselfly penis: sperm removal and transfer. Science. 203:916-918.


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2018-05-27 (Sun)
今年5月12日、埼玉県西部の溜池を訪れた際、睡蓮の花弁の周辺(写真1)で、連結したイトトンボのどこか落ち着きのない動きが見られました。

クロイトトンボ連結産卵中の事故、背景 
写真1 睡蓮とクロイトトンボ Paracercion calamorum 連結カップル (写真はクリックで拡大します)


目 次
 ◆なんと、なんと
 ◆睡蓮劇場、はじまりはじまり!
 ◆うまく産めないわ
 ◆ほかの場所にしようよ
 ◆決定的瞬間
 ◆やってもうた~
 ◆なぜ、こんなことになった?
 ◆以下、蛇足ですが


なんと、なんと

私の立っていた岸辺から数メートル離れている位置での出来事であるため、肉眼では何が起きているか分かりにくいということで、とりあえず一眼レフカメラの望遠ズームレンズの焦点距離を最大(250mm)にして、画像として記録しておくことにしました。

それを帰宅後パソコン上で現像したところ、写っていたのはクロイトトンボ Paracercion calamorum (Ris, 1916)の連結産卵中のカップルが産卵がうまくいかず、色々トライしている状況でした(写真1)。

そして驚くべきことに、その途中で、連結中の♂の腹が途中で不自然な形で折れてしまう瞬間(写真10)と、その後の「やってもうた~」顔の♂の表情(写真12)が写っていました。

以下、その経緯を物語る写真11点(いずれもトリミングしたもの)を、時系列順にご紹介します。

なお、それらの連続写真をGIFアニメ化したものをYouTube(下記URL)にアップしておきましたので、そちらもご覧ください。



睡蓮劇場、はじまりはじまり!

静止画でのご紹介最初はこれです(写真2)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故1 
写真2 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故1

♀はスイレンの萼(がく)の下面(裏面)に爪を掛けてとまり、萼の下面の水に浸った部分に産卵管を押し当てています。

その♀に連結した♂は、紅色の花弁の基部近くの縁につかまっていますが、やや不安定です。


うまく産めないわ

♀は産卵管を突き立てるのをやめました(写真3)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故2 
写真3 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故2

その後の♀の動きを感じ取ったのでしょう、♂・♀とも飛び立ちました(写真4)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故3 
写真4 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故3

今度は、♂が花弁の先端にとまりました(これはとまり易い)(写真5)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故4 
写真5 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故4

しかし、♀はつかまりどころがないのか、ホバリングしたままです。

♂は気を利かせて、また飛び立ち、スイレンの花弁の並びの上縁まで♀をリフトし、今度は♀が花弁の上端にとまりました(写真6)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故5 
写真6 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故5

おっと、他の♂がニアミスしています。

ただし、直接つかみかかろうとするなどの「嫌がらせ」をするには至りませんでした。


ほかの場所にしようよ

♀は産卵動作をとりますが、この角度では産卵管を花弁に突き立てられませんね(写真7)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故6 
写真7 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故6

このスタンスでは、♂もとまり場がなく、羽ばたいて体勢を維持しようとしています。

♀は産卵管を突き立てやすさをねらったのでしょう(♂の困惑も伝わったのかもしれません)、少し移動して(多分、一度飛び立って少し高度を下げてとまり直して)、花弁の中央やや上の裏面に爪をかけてとまり、産卵管の先で花弁のその面に探りを入れています(写真8)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故7 
写真8 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故7

今度は、♂もとまり場が確保できてほっと一息です。

その後、♀は花弁の裏を後退しながら産卵(の試み)を続け、♂はそれに協力するかたちで、とまり場所を1枚裏側(下側)の花弁の縁(それも、中央少し上)へと変更しています(写真9)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故8 
写真9 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故8


決定的瞬間

「おーっと、やばい!」。
♂の脚がとまり場から離れ、♂はバランスを失いました(写真10)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故9 
写真10 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故9

♂の尾部付属器は♀の前胸背面に連結したままなのに、♂の胸部の体軸は♀の胸部の体軸と時計回りに約90度ずれています。

多数の脊椎骨の並びで成り立っているヘビの胴体であれば、この程度の体の捻じれはどうということはないでしょう。

しかし、腹部がたった10節からなり、腹部の可動方向が基本的に背腹方向に限られているトンボでは、このような捻じれは、強く左右方向に折れ曲がった部分の外骨格(クチクラ)の破断あるいは不可逆的な折れ曲がり、更には内部の筋肉の断裂・変形が起きてしまう恐れがあります。

この♂は、バランスを失った直後から、羽ばたいて体勢を保持しようとしたに違いありませんが、かないませんでした。

次善の策として早目に何かを掴むことで致命的な体の損傷から免れようと、上体が落ちていく方向に出来る限り胸部・頭部を向け、脚にも着地に備えた構えをとらせています。

そして、その「受け身」術が功を奏して、なんとか萼の縁を掴むことができ、これ以上体が折れ曲がるのを食い止めました(写真11)。

クロイトトンボ連結産卵中の事故10 
写真11 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故10


やってもうた~

下の写真12は最後に撮ったものをクローズアップしたものですが、♂の腹部は、第6節後端付近で「へ」の字形に折れ曲がったままです。

クロイトトンボ連結産卵中の事故11 
写真12 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結産卵中の事故11

冒頭の「やってもうた~」顔はこちらです。

残念ながら、このあとこのカップル、とりわけ♂がどうなったかは見届けていません。

♂が連結をはずし、林か草原に移動してゆっくり静養して、体が元に戻ればハッピーエンドなのですが、実際のところは厳しいのではないでしょうか。


なぜ、こんなことになった?

さて、なぜこんなことになってしまったのでしょうか?

♂がバランスを失う直前のシーン(写真9)では、♂♀とも、40~50度の角度で右に傾いてとまっています。
つまり、どちらも、とりわけ♂は、体の右斜め後ろやや背方に向って重力が働いています。

♂は、左脚を花弁の縁の内側(上側そして表側)にかけることで、バランスを保っています。

写真10では、♀の腹端部が下方やや右に移動しているため、♀の胸部はそれに伴って半時計回りに10度程度回転しています。

当然、♀の前胸に連結している♂は、♀のこの動きで半時計回り方向に振り回されることになり、結果として♂は花弁から脚を離さざるを得なくなります。

この脚を離した瞬間に、♂が羽ばたきと腹部の筋肉群を使って体勢を維持し、なんとか花弁に爪をかければ、腹部の折れ曲がりを防止できたと思われますが、結果は見ての通りでした。

強引に強く羽ばたいて♀の離陸を促す方法もあったはずですが、それを実行する間もなく、体が折れてしまったことになります。

あるいは、♂がバランスをくずして、それを直せないと悟った瞬間に尾部付属器を解除して♀との連結を解くことでも、今回のような♂の損傷は避けるか軽減できたはずですが、そこまで瞬時に判断する能力が備わっているかどうかについては疑問が残ります。

トンボも羽化直後は大変柔らかい体をしていますが、成熟するまでの期間である前生殖期(pre-reproductive period)を通して体の硬化が進み、各筋肉も鍛えられます。

今回の♂はもしかすると、成熟したばかりで、まだ体の一部で硬化が未完成、そして筋肉の力や経験にともなって増強される判断力(行動選択の的確さ、素早さ)も若干未熟だったのかもしれません。

この仮説を確かめるにはこの♂個体をその場で採集して体表の硬度チェックをする必要がありますが、なにせ、このことに私が気づいたのは帰宅後の現像中、仮説を立てたのは更にその後の、ブログ記事を構想し始めてからでしたので、検証はまた次の機会とせざるをえません。

ふたたびこのような機会があるかどうかは、わかりませんが。


以下、蛇足ですが

この溜池では、2年前にもクロイトトンボの産卵カップルの行動を撮影し、そのちょっとユーモラスなシーンをブログ記事にしたことがあります(記事はこれ:「カミさんのためならエンヤコラ:クロイトトンボの2ペア間の軋轢」。

また、この溜池のスイレン群落の様子を以下の記事で写真付きで紹介しています。


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2018-05-25 (Fri)
今年5月12日、夏日予想の好天のもと、トンボの姿を求めて、埼玉県西部の耕作放棄された棚田をかかえる谷戸を訪れました。


目 次
 ◆すわっ、ハラビロトンボ
 ◆サラサヤンマとの再会
 ◆ホバリング羽ばたき術
 ◆靱帯損傷??
 ◆サラサヤンマ♂の観察地点
 ◆♀とのニアミス


すわっ、ハラビロトンボ

その元棚田の脇を流れ下る細い水路(日当たりのよい方)脇の細道を上流方向に向かって歩いていると、小さな黒っぽいトンボが、その水路のほとりのイネ科草本群落(写真2)の中の、枯草の折れ曲がったところに、とまりました(午前11時17分)。

ハラビロトンボ Lyriothemis pachygastra (Selys, 1878) ♂です(写真1)。

ハラビロトンボ♂ 
写真1  ハラビロトンボ Lyriothemis pachygastra (写真はクリックで拡大します)

私はハラビロトンボを遠征先の岐阜県と高知県(トンボ王国)では観察・撮影していますが、私の現在の地元である埼玉県、そして関東地方では確認していませんでしたので、ちょっとしたラッキーカードを引いた思いでした。

ハラビロトンボの♂の体色は成熟に伴って、黄色→黒色→青灰色のように変化することが知られています(過去記事「ハラビロトンボ:お色直しは花婿Only」参照)。

今回観察した♂は青灰色の段階に入ってしばらくたったものであるといえます。

♀の未熟個体の体色については「トンボ王国訪問記(1):多彩なトンボ達に迎えられ」を、♀の成熟個体の体色については「トンボ王国訪問記(3):梅雨時の草間にトンボ見え隠れ」を、それぞれご参照ください(過去記事から)。

この、観察された水路(写真2)の最大幅は70cm、水深は数cm程度で、それとわかる水の流れはありませんでした。

ハラビロトンボが観察された細流 
写真2 ハラビロトンボ♂が見られた細い水路


サラサヤンマとの再会

この谷戸を訪ねた主目的は、昨年の6月にこの場でトンボ探訪をした際に、サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri (Martin, 1909) ♂の♀待ち受け行動を観察できたことから(過去記事「サラサヤンマ♂:出会いの場での振舞い(前編)」参照)、それより早いこの時期なら、羽化後間もない新鮮な成虫を見ることができるかもしれない、という期待感からでした。

その期待は、思いのほか、あっさりと現実のものとなりました。

というのも、昨年サラサヤンマを見た湿地の入り口とでもいえる位置にあたる、林縁部の草原上(写真5)で、元気に飛び回るサラサヤンマが待ち受けていたからです(写真3)(11時20分)。

サラサヤンマ♂ 
写真3 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri

写真3が、約30回シャッターを押して写した中の、ベストショットです(ISO=2000; 1/4000; f=7.1; 250mm)。

この♂は、林縁の草原の地上1.5~2mの高さを、ホバリングを交えながら飛び回っていました。

繰りかえし観察・撮影できましたので、林縁にそって数m~十数mの範囲を飛んでいたとみられます。

私のこれまでの観察経験でも、サラサヤンマの♂が♀を探しながら待ち受けていると考えられる行動は、湿地の泥面から30~50cmあるいは10~100cmの高さでホバリングを繰り返していましたので(こちらこちらの過去記事)、今回の林縁での飛行の主目的は採餌だと思われます。


ホバリング羽ばたき術

写真3からは、この瞬間の4枚の翅の動きを読む解くことが可能です。
後翅は左右2枚とも先端部が下向きに風圧で押し曲げられていることから、打ち上げ動作をしていることがわかります。

一方、前翅は翅の曲がり具合が逆ですので、打ち下ろし動作中ということがわかります。

この、互いに逆向きの動きで大気を押しやることで、その反作用として、後翅の動きはトンボの体を斜め下前方に進める力を、前翅の動きはトンボの体を斜め上後方に進める力を、それぞれ生み出すはずです。

このように、同時にトンボの体を空間的に全く逆方向に押し進めようとする力を産み出すことで、トンボの体は空中のほぼ1点に停止することが可能となり、トンボのホバリング動作を実現させていると見ることができます。

後翅を打ち下ろし、前翅を打ち上げるときも、前後翅の役割は逆転していますが、結果としてトンボの空中静止を生み出す点はまったく変わりありません。

ただし、前翅と後翅とで作用点、つまり翅の基部の蝶番の役割を果たすパーツの空間的位置が前後にわずかにずれていますので、このままでは、それによって生じるトンボの体軸を前後方向に回転させてしまいます。

この体軸の回転を打ち消すため、および重力や風に逆らう力を産むために、トンボは微妙に翅の仰角や振り下ろし速度、前後翅の動きのタイミングなどの微妙な調節が実現するよう、各種飛翔筋の収縮強度やタイミングをコントロールしているに違いありません。


靱帯損傷??

この個体の左後脚は脛節が少し垂れ下がり気味です。

ピントが少しでも合った11枚の写真のいずれにおいても、この脚は同様に垂れ下がり気味でした(例、写真4)。

サラサヤンマ♂ 
写真4 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri ♂(同一個体)

このことから、この個体の行動上の必要があって左後脚を半伸ばししたのではなく、コントロール不能となって脛節が垂れているものと考えられます。

具体的には、この脚の腿と脛の関節を折り曲げるための筋肉に、不具合が生じていた可能性が指摘できます。

6本ある脚のうちの1本ですから、この個体が採餌や♀の連結・交尾する上で、この不具合はあまり大きな影響はないものと思います。


サラサヤンマ♂の観察地点

写真5は、この♂が観察された場所の景観です。

サラサヤンマの採餌飛翔が見られた林縁 
写真5 サラサヤンマの採餌飛翔が見られた林縁

♂は、左の林縁に沿った、幅2~4mの範囲を飛び回っていました。


♀とのニアミス

この♂が飛び去ったので、私はこの谷戸の更に奥へとゆっくり歩を進めました。

昨年6月に♂の♀待ち受け行動が観察された場所(写真6)を通過します。

サラサヤンマ生息地 
写真6 昨年6月にサラサヤンマ♂の♀待ち受け行動が観察された場所(今年5月撮影)

写真6の場所は、昨年6月には少し乾きはじめた湿土の状態でしたが、(関連記事はこちら)、今回は、数日前のまとまった降雨のせいでしょうか、水にひたった部分が多い状態でした。

一番奥の、湿草原の上流端付近の湿地(写真7)に着きました。

サラサヤンマ産卵動作が見られた湿地 
写真7 サラサヤンマ産卵動作が見られた場所。産卵基質は中央右湿土の朽木

その湿地の、湿土に倒れている朽木にとまって産卵動作をする1頭の♀を、一瞬観察することができました(11時45分)。

しかし、私が通りかかることを感づいたのか、またたくまに飛び去ってしまいました。

ということで、産卵中の♀の写真撮影はお預けとなりました。

今後の林間湿地探訪の際の楽しみとして、とっておきましょう。


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