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2017-07-11 (Tue)
昨年6月18日、「四万十市トンボ自然公園」(別名「トンボ王国」)を初訪問し、園地内でわずか1時間そこそこで4科14種のトンボを観察・撮影することができました(前々回記事「トンボ王国訪問記(1):多彩なトンボ達に迎えられ」参照)。

それに続いて、同行の飯田貢さん、山本桂子さん(ともにアマチュア昆虫写真家)とともに、杉村光俊氏(トンボ王国に併設の「四万十川学遊館」の館長)のご案内のもと、園地外の貴重な生息地に移動し、シコクトゲオトンボRhipidolestes hiraoi Yamamoto, 1955カラスヤンマChlorogomphus brunneus Oguma, 1926(四国を含む本土産のものは以前は亜種和名ミナミヤンマが使われていた)、ヒメサナエSinogomphus flavolimbatus (Matsumura in Oguma, 1926)などの観察・撮影を楽しみました(前回記事「トンボ王国訪問記(2):ヒメサナエと小さな虫たち」参照)。

今回の記事は、その翌日(6月19日)の四万十市トンボ自然公園」の園地内での2回目のトンボの観察・撮影の記録です。

この日は、あいにく雨が降ったりやんだりで、さすがに池の面を活発に飛び回るトンボの姿はありません。

池の岸に沿った園路をゆっくり歩みながら岸辺の草の茂みに目を凝らすと、いました。
チョウトンボRhyothemis fuliginosa Selys, 1883 ♂です(写真1)。

チョウトンボ♂ 
写真1 チョウトンボRhyothemis fuliginosa  ♂ (写真はクリックで拡大します)

じっととまって、雨が上がるのを待っているかのようです。

少し歩くと、今度はキイトトンボCeriagrion melanurum Selys, 1876の♂が草の葉裏につかまり、ほぼ鉛直にぶら下がっています(写真2)。

キイトトンボ♂未熟
写真2 キイトトンボCeriagrion melanurum 未熟♂

トレードマークの腹部の黄色はまだ薄く、翅胸背面も緑系が発色する前の薄い藤色と、まだ未熟な個体であることがわかります。

次に見つかったのはハラビロトンボLyriothemis pachygastra (Selys, 1878)♀です(写真3)。

ハラビトンボ♀
写真3 ハラビロトンボLyriothemis pachygastra ♀

こちらは全体に黒っぽさが出ていて、翅の汚れも見られることから成熟個体と判断できます。

雨が強くなってきました。
睡蓮が満開の水面がリズムを刻みます(写真4)。

雨のトンボ王国、睡蓮 
写真4 トンボ王国、園地内の睡蓮に雨は降る

私は雨よけのポンチョを着用していましたが、雨宿りのために、池の反対側の山斜面が迫っていて木が茂っているところに移動しました。

そこには、先客がいました。
ハグロトンボAtrocalopteryx atrata (Selys, 1853)♂です(写真5)。

ハグロトンボ♂、下から
写真5 ハグロトンボAtrocalopteryx atrata 

あまりよい写りではないのですが、腹面を斜め後ろ下方からという、ちょっと変わった角度から撮ることになり、ちょっと珍しいということで掲げることにしました。

少し移動すると、雨水の粒が先端から落ちそうになっている木の葉の先端にモノサシトンボ♂がぶら下がるようにとまっていました(写真省略)。
どこかしっとりとした雰囲気です。

更に少し移動すると、木の下草の葉にキイトトンボ♀のやはり未熟な個体がとまっていました(写真6)。

キイトトンボ♀未熟
写真6 キイトトンボCeriagrion melanurum 未熟♀

2,30分間、観察・撮影したところで、雨が強まり、私達は園地内にある東屋に走り込みました。

さすが梅雨シーズンです、簡単にはやみません。
雨と霧粒でかすむ園地を眺めながら、飯田さん、山本さんと私の3人でトンボ談義に花を咲かせました。

少し小降りになったところで、雨具をまとい、園地内を歩きましたが、これはといったトンボの姿はなく、かわりに地面を歩く大きなミミズを見つけただけでした。

その後も、雨は降り続けましたので、「四万十川学遊館」の開館を待って、入館しお昼前までの2,3時間に、館内の豊富なトンボを中心とした昆虫関連展示物や、アクアリウムで飼育されている多種多様な魚類などを見学しました。

館内の展示の様子やそれを見学した私の印象や感想については、後日このブログで紹介させていただく予定です。

結局、2日間にわたる園地内でのトンボ観察で私が撮影したトンボの種類数は、2日目のハグロトンボが加わったことで、5科15種という区切りのよい数に達しました。

この日の午後は、杉村館長にご教示をいただいたグンバイトンボの生息地を私達3人だけで向うことにしました。
館のスタッフにお礼の挨拶をした後、館の玄関での記念撮影もそこそこに、期待に胸を膨らませながら、車に乗り込みました。

そのグンバイトンボの生息地での同種の観察、撮影についてはすでに以前の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」に報告済みですので、ご笑覧ください。

今回の記事を終えるにあたり、現地への案内ならびにトンボ各種の生態についての解説をして下さった杉村館長、現地への移動等でお世話になった飯田さんに改めて感謝の意を表します。


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2017-06-23 (Fri)
前回記事では、ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 とのじっくりした対面の印象と、その「小ささ」に注目しました。

今年6月のハッチョウトンボの生息地探訪では、交尾・産卵は見られませんでしたが、真紅に身を染めた個体から灰褐色の迷彩色をまとった個体まで、バラエティーに富んだ個体を観察・撮影することができました。

これらの色彩の違いは、大部分、性別と羽化後の成熟度合いに依存します。

以下、撮影した写真を、♀、♂ごとに、成熟度合いの順になるように配列して、色彩変化の様子を見ていきたいと思います。

まずは♀です。

撮影した中で、一番初々しいというか、頼りない状態だったのがこの♀個体です(写真1)

ハッチョウトンボ♂成熟過程(1) 
写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea、未熟♀。(写真はクリックで拡大)

十分成熟した個体が水平に近いかたちでとまるのに対し、この個体は体をぶら下げるかたちで草の葉にとまっています。

複眼の色も、褐色味はありますが、乳白色に濁っています。
また、翅もまだ柔らかそうに見え、翅脈の黒化が始まっておらず、薄い褐色です。
これらのことから、この個体は、羽化後、まだ日が浅いことが伺えます。

これ以外にも、翅基部の黄色斑はまだはっきりしないですし、腹部の褐色斑紋の色彩に鮮やかさがみられません。

下の写真2の水平にとまった♀は、写真1の♀よりも羽化後の時間経過が長いように見えます。

ハッチョウトンボ♀成熟過程(1)
写真2 ハッチョウトンボ、未熟

なぜなら、翅脈が黒くなっていますし、翅基部にまだ若干薄いながらも黄色斑が現れているからです。
更に、腹部の褐色斑紋がより明るく鮮やかな色になっているのも進展といえるでしょう。

ですが、複眼背面にはまだ乳白色の濁りが強く残っていますので、成熟まではまだまだといった感じです。

下の写真3の♀は、翅基部の黄色斑がかなり強く現れてきています。

ハッチョウトンボ♀成熟過程(2) 
写真3 ハッチョウトンボ、未熟

そして、複眼背面の乳白色の濁りも若干弱まり、内部の茶系の色が少し透けて見えるようになっています。

下の写真4の♀では、複眼の乳白色の濁りがほとんど消え、茶系の色が目立ってきています。

ハッチョウトンボ♀成熟過程(3) 
写真4 ハッチョウトンボ、成熟途上♀

翅基部の黄色斑の部分の翅脈の色が茶色になっています。
ただし、成熟♂のその部分のように赤くはなっていません。

下の写真5の♀(前回記事から再掲)では、複眼の乳白色が払拭され、明るい茶色となっています。

ハッチョウトンボ♀
写真5 ハッチョウトンボ、ほぼ成熟(?)♀(再掲)

さて、今回の現地調査では、これ以上成熟が進んだように見えた♀を撮影できていません。
Googleで「ハッチョウトンボ」&「交尾」or「産卵」で画像検索したところ、複眼や腹部背面の茶褐色がもう少し濃くなった印象を与える成熟♀をいくつか確認できました。

ですので、写真5の♀も、もう1、2日したら成熟♂が待っている水辺へと「デビュー」するのかもしれません。

♀については、このくらいにして、次は♂です。

下の写真6の個体が、今回撮影した中で一番未熟な♂と、私が判断したものです。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(2)
写真6 ハッチョウトンボ、未熟♂
 
というのも、この個体の複眼には乳白色の濁りが残存し、腹部背面はくすんだ暗褐色を呈していて、赤化が進んでいないからです。
ただし、翅基部の黄褐色班ははっきり現れていますし、翅脈は黒化しています。
これらのことから、写真6の♂は、写真3の♀と同レベルまで進行しているといえます。

下の写真7の♂では、複眼の乳白色の濁りは消え、複眼背面の茶色の赤色味も強まりつつあります。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(3)
写真7 ハッチョウトンボ、成熟途上

腹部の赤化も少し始まっているようですが、まだはっきりしません。

下の写真8の♂は、水面に突き出す枯草にとまって、なわばり占有をしています。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(5)
写真8 ハッチョウトンボ、成熟 ♂

複眼背面、胸部、腹部とも真紅に染まっています。
♀への言い寄り、そしてライバル♂への対抗のために、ドレスアップしているといえるでしょう。

人間社会でドレスアップといえば、普通、女性が行う行為ですが、トンボの世界では鳥の世界と同様に、♂たちのためにあります(例外はありますが)。

私の以前の記事でも、以下のとおり、このトンボの社会学事象をとりあげています。
今回、写真8よりももっと赤化が進行した♂も見られました(写真9)。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(4)
写真9 ハッチョウトンボ、成熟

写真8の♂では、腹部第2,3節背面にも赤化しきっていない部分がありますが、こちらの♂では完全に赤化しています。

また、写真8の♂では、翅の基部に近いところ(黄斑のある部分)の翅脈はやや赤化しているだけなのに対し、こちらの♂では完全に赤化しています。

このように、♂が♀にくらべて色彩あるいは形態が顕著に目立つタイプの性的二型を示すケースは、
(1)♀がそのような♂を「好む」ことにより、世代が進むごとにより顕著な方向に形質が進化するプロセス、あるいは
(2)♂同士がライバル間の争いで形態の顕著さを誇示しあい、より顕著なほうが♀と交尾する権利を獲得することで、その方向に進化するプロセス
のいずれかによって出現してと考えられます。

私がハッチョウトンボの♂だったとしたら、相手の色の赤さに参りそうになっても頑張らなくてはと思うでしょう。
一方私がハッチョウトンボの♀だったとしたら、より赤いほうの♂を選ぶだろうと思います。

でも実際のところ、どうなのでしょうか?
♀は♂を選んでいるでしょうか?
あるいは、♂同士の なわばり争いで、腹部背面の鮮やかさを誇示しあっているでしょうか?

今後、観察の機会があったら、そのへんを注意しながら観察してみようと思います。


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2016-10-09 (Sun)
暑い夏も終わり、本州では本格的な秋を迎えるこの時期、北海道からは初雪の便りもちらほら聞こえます。

北海道は、真冬の氷点下が20度以下になることも珍しくなく、多くの地域で12月頃から3月頃まで雪にお覆われます。

そのような環境では、昆虫たちも厳しい寒さを回避するために、越冬に適した発生ステージ・生理状態で冬をやり過ごせるよう、
休眠によって卵期間や成虫の未成熟な期間の長さを調節することが知られています。


マダラスズ

マダラスズ Dianemobius nigrofasciatus (Matsumura) (下の写真)は、日本全国の草むらに住む、小型の昆虫(バッタ目コオロギ科[または、ヒバリモドキ科])で、成虫♂がジーッ、ジーッと鳴く、私たちに身近な昆虫のひとつです(マダラスズの生態写真[外部リンク]「ご近所の小さな生き物たち」)。

東北地方北部では秋に一度、それより南では初夏と秋の二度、成虫が現れ、繁殖します。

マダラスズ♂、標本写真

写真。マダラスズ成虫♂、標本写真(相馬昌之氏撮影)


北海道でも、もちろん、下記の例外を除いては、秋成虫が出現する一化の生活史をとっていて、9~10月頃には道内のあちこちでマダラスズの鳴き声を聞くことができます。


マダラスズが冬も鳴く場所:噴気孔原

ところが、北海道東部の温泉地や火山周辺にある噴気孔原(地面の穴から高温の火山性水蒸気が噴出している場所)では真冬でもマダラスズが鳴いています。

下の写真は、3年前の3月に北海道の弟子屈町の国立公園内で撮影した景観写真です。

マダラスズが生息する噴気孔原(弟子屈町)
写真.マダラスズ Dianemobius nigrofasciatusが生息する噴気孔原(北海道弟子屈町、3月).生方秀紀撮影。 (クリックで拡大)


後方の林床には根雪が残っているのに対し、近景には雪がありません。これは決して除雪したからではありません。
火山性の地熱によって雪がすぐに解けて、積もらない場所、つまり噴気孔原だからです。

写真の左下に、メロン1個がはいるくらいの穴が見えていますが、その孔をはじめ、いくつかの同様の穴から熱い水蒸気が噴き出しています。
そのような穴には落葉なども積もっていて、そこが冬そこで生き延びているマダラスズのシェルターになっています。

その周辺の緑色に見える部分は、このような噴気孔原に特有なコケで、これ以外にもイネ科草本なども繁茂しています。
冬でも陽射しが暖かいときはマダラスズはこのような草むらを歩き回り、餌や配偶者、産卵適所を探すというわけです。

下の写真は、阿寒町(現在は釧路市と合併し、釧路市阿寒町)にある大規模な噴気孔原です(10月に撮影)。
真冬の1、2月にこの場所を訪れると、近くのスキー場はスキー客でにぎわっているのに、この噴気孔原だけ積雪がなく、湯気のように立ちのぼる噴気が醸し出す独特な風景の中で、あちらこちらから湧き起こるマダラスズの鳴き声が交錯します。

マダラスズが生息する噴気孔原(阿寒町)
写真.マダラスズが生息する噴気孔原(釧路市阿寒町、10月).生方秀紀撮影。 (クリックで拡大)


噴気孔原のマダラスズの謎

昆虫を研究している者にとっては、マダラスズのこの奇妙な生態は強い好奇心をくすぐる存在です。

◎ 噴気孔原でのマダラスズの生活環は年に何化(年に何世代)なのか?

◎ 冬鳴いているのは第三世代なのか、それとも第二世代が生き延びたものなのか?

◎ 噴気孔原にいるマダラスズは、それ以外のふつうの場所にいるマダラスズと果たして同種なのか、別種なのか?

◎ 噴気孔原でのマダラスズと、それ以外の場所のマダラスズが同種だとした場合、その間に遺伝子の交流はあるか?


正木進三教授をリーダーとする共同研究の発足

弘前大学教授(現、名誉教授)の正木進三先生は昆虫の生活史調節機構についての研究で多くの先駆的な業績を上げておられましたが、このマダラスズの謎に、もっとも専門的な立場から取り組まれることになりました(1992年から)。

噴気孔原がある阿寒国立公園の膝元にある釧路市に在住の、一條信明さん(高等学校教諭;ショウジョウバエの生活史の研究者)が最初の協力者となり、マダラスズの生息状況調査と生体サンプルの採取・送付を担当し、正木先生がそれらサンプルをいくつかの日長条件のもとで飼育実験・人為淘汰実験などを行う、初期の共同研究がスタートしました。

その後、北海道教育大学釧路校で私の研究室の学生だった相馬昌之さんが1994年から卒業研究でマダラスズの生態に取り組んだことをきっかけに、指導教員の私ともども、上述の共同研究に参入することになりました。

相馬さんは、学部3年生後半から修士課程2年生までの3年半の間、主に噴気孔原および地熱のない一般的な草地におけるマダラスズの生活史と、生息地内の分布様式の調査、室内飼育による孵化日数の季節変化の追跡などに鋭意取り組みました。

指導教員の私は、調査研究のスタートアップの際の手ほどき、正木先生と連絡をとりあいながら、ぬかりのないように計画を立てること、進捗状況を確認すること、野外調査や飼育実験のピンチヒッター、そしてデータを整理分析する際の助言などが役どころでした。

このほかにも、釧路組のこの3名(代表・生方、相馬さん、一條さん)は1996年から97年にかけて前田一歩園財団の助成金を受けて、数カ所の噴気孔原を繰り返し訪れて、それぞれの場所の地熱や植生に関するグリッド状の分布地図を作成するなど、地元ならではのきめ細かい現地調査も実施しました。
植物の同定では釧路市在住の植物研究家、滝田謙譲さんのお世話になりました。

また、上記の助成金による調査の一環として、正木先生もはるばる釧路に現地調査に来訪され、主な噴気孔原を踏査され、その分布上の成果は調査報告書に記載されました。
その前後に設定された講演会では、マダラスズの生活史の研究の意義について、私たち釧路の昆虫研究者・愛好者に熱く語られ、地元組の興味を更に膨らませてくれました。


共同研究グループの発展と論文完成への足取りの発足

その後、北海道大学の片倉晴雄助教授(現、名誉教授)をリーダーとした研究グループ(市橋里絵さん、小林憲生さん)が、マダラスズの噴気孔原集団を含む北海道内のいくつかの集団のアロザイム解析結果を引っ提げて、この共同研究に参加しました。

また、神戸大学の竹田真木生教授(現、名誉教授)と何祝清さん(中国からの留学生)のグループが、マダラスズの噴気孔原集団を含む全国各地の集団DNA解析を担当してくれることになり、やはり共同研究に加わりました。

これにより、噴気孔原集団とそれ以外の集団との遺伝的分化の度合いや系統関係を明らかにした上で、噴気孔原集団の起源を論じることが可能になり、論文の考察を一層深めることが可能となりました。

この大きな共同研究グループ発足後は、私がモデレーター役を買って出て、電子メールのやりとりを通して、グループメンバー間の意見や補充データの交換などを活発に行いました。

それを通して、正木先生が健筆をふるって作成された論文原稿へのデータ補充、考察内容に関する議論が深められ、噴気孔原のマダラスズの生活史とその進化についての論文が仕上がっていきました。

完成論文は昨年末、日本昆虫学会の学会誌である「Entomological Science」に投稿され、査読者からのコメントに対応した若干の修正を施した再投稿原稿が受理されたことで、足掛け25年間にわたる共同研究にめでたく終止符が打たれました。

大人数の共著論文となりましたが、論文の主要な結論となる実験データの獲得とその分析は、先行研究とからめた考察とともに、正木先生お一人の業績にほかなりません。

相馬さんをはじめとした釧路組メンバーはそのバックグラウンドになる現地における生態を描き出すお手伝いを、アロザイムとDNAの解析を担当したメンバーはマダラスズの系統関係という時間軸を提供するお手伝いを、それぞれすることができたことをもって喜びとすることができるでしょう。

受理された論文の大まかな内容は次回の記事でご紹介する予定です。
お楽しみに。


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2015-01-25 (Sun)
「トンボ目に卵胎生?」のタイトルで連続5回アップした記事で引用したHeliocypha perforataの論文の著者名を、誤って紹介していたことに気づきましたので、お詫びして訂正します。

(誤): Salindra, H. G. , Dayanandaa K.  & Kitchingab R. L. 2014

(正): Dayananda, H. G. S. K. & Kitching, R. L. 2014

Salindraは苗字(family name)ではなく、third nameでした。
また、Kitchingのあとのabは所属を示すための上付文字でした。

この訂正記事は、標記の連続記事を既に閲覧された方に向けてのものです。
関連記事(1)~(5)の中の著者名の誤りはすでに訂正しました。


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2015-01-24 (Sat)
前回まで4回連続の記事でご紹介している、ハナダカトンボ科の1種Heliocypha perforataの雌が幼虫を産み出つけるシーンの動画がインターネット上で公開されています(下記)。

一見の価値あり、です。

卵胎生的豆娘?三斑犀蟌Heliocypha perforata,蜻蜓目的第一例
http://www.guokr.com/post/657428/focus/0124320743/

さて、私のこの目でこの動画を見て思ったことは、この事例をもってHeliocypha perforataが卵胎生をしていると判断するのは少々厳しいのでは、ということです。

この雌は、この動画に写った時間の範囲内で、10回以上産卵動作(産卵管を深々と産卵基質内に差し込む動作)を行っていますが、前幼虫らしきものが産卵孔から泳ぎだすように出てきたのは2回だけです。
それも、通常の産卵孔ではなく、多くの雌に何度も産卵管でつつかれたためか、スリ鉢状に口径の広がった孔(水がたまった「プール」のようになっている)の中から、前幼虫らしきものが泳ぎ出ています。
その直前の産卵動作も少し短時間であるように感じました。

産卵基質(朽木)の量が限られている状況のもとでは、いかにも良質な朽木のある縄ばりに多くの雌が産卵に訪れ(縄ばり主の雄と交尾した後)、次から次へと卵を産み付けるでしょう。
そうなると、朽木の産卵孔の中で(胚の発生を完了し)通常どおり卵から孵化して出た前幼虫が、その孔(とくに、スリバチ状に大きくなった孔)の中にしばらく留まる(というか泳ぎ出るチャンスがなく足止めを食っている)ということは起こり得るでしょう。

この動画の前幼虫は、そのような数日前に産み付けられた(多分、別の雌の)卵から孵化して、そこに留まっていたものだった可能性があるように思います。

もうひとつ、(本種のように、産卵管をもつトンボにとって)卵胎生が厳しいと思われる点は、産卵動作中の産卵管の内部構造が、卵にはOKであっても、前幼虫に対しては破壊的に働く恐れがなきにしもあらず、という点です。
植物組織内産卵をする(つまり産卵管をもつ)トンボの、幼虫の卵は、硬い殻に覆われ、またその全形はたいてい(飲み薬のカプセルのような)細長い球体になっていますので、押しつぶしにも(産卵のための産卵管内部の)摩擦動作にも耐えやすくできています。
それに対して、前幼虫や幼虫は体節があったり、付属肢が出ていたりしています。そのため、前幼虫が、狭い、そして(卵を管の先に送るために)硬い毛の密生した産卵管*の中を通り抜けるのは至難の業かもしれません。

更に、雌の体(交尾嚢)の中で卵が受精してから孵化するまでには、通常1週間以上の日数が必要ですので、雌は交尾嚢の中かそこから産卵管の先端までの間のどこかに少なくとも1週間、受精卵を滞留させておかなければ、あるいは何等かの事故により滞留するということがなければ、産卵動作の時点で前幼虫を産みつけることはできないことになります。

この「妊娠中」にこの成虫雌が事故死でもすれば、せっかくの子どもも無駄になってしまいます。
受精して産卵可能になった卵をなぜすぐに産まないのでしょう?

卵として産み出されるよりも、前幼虫として産み出されたほうが適応的なのは、卵の状態だと(捕食等による)死亡率が非常に高いような特殊な条件の下に限られるだろうと思います。

Heliocypha perforataのこの特異な行動の報告者であるDayananda & Kitching (2014)**も、卵胎生ではない可能性も考察の中で指摘していますので、大胆に卵胎生の可能性を指摘することで、トンボ学の研究者にトンボが産み付けた卵の詳しい状態をより詳細に観察する必要性について注意を喚起するという効果は大きかったと思います。

トンボの卵胎生。初夢としては、なかなかインパクトがありました。

注:
*産卵管の構造・機能については当ブログの以前の記事「アジアイトトンボの産卵」および「トンボの産卵器の構造:植物組織内産卵用」を参照してください。

**Dayananda, H. G. S. K. & Kitching, R. L. 2014: Ovo-viviparity in the Odonata? The case of Heliocypha perforata (Zygoptera: Chlorocyphidae) . International Journal of Odonatology, 17: 181-185.


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