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2018-12-22 (Sat)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集した、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889) など3種のトンボ幼虫を観察・撮影(静止画&動画)することができました(直前の3回の記事参照)。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに20編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

目 次
 ◆マユタテアカネ!
 ◆なんと、腹部背面に大きな穴が
 ◆穴が開いた原因は?
 ◆昆虫の体腔と血リンパ(文献から)
 ◆今回のケース
 ◆不幸中の幸い?
 ◆次回記事予告
 ◆謝 辞
 ◆引用文献


マユタテアカネ!

実は、この訪問地で見たトンボはもう1種ありました。

それはマユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) (1頭の♀)です(写真1)。

マユタテアカネ♀ 
写真1 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀(写真はクリックで拡大します)

飯田さんが3種のヤゴを採集した渓流をまたぐ、小さな橋のたもとに近い林道脇の草の葉にとまっていました。


なんと、腹部背面に大きな穴が

撮影していた時点では気が付きませんでしたが、帰宅後パソコン画面で撮影画像を見たところ、腹端近くの背面に大きな穴が開いていることに気づきました。

下の写真2は、別の植物の葉にとまり替えた同じ個体を、反対方向(右側面)から写したものです

マユタテアカネ♀ 
写真2 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀ (同一個体)

右側方から見た方が、その穴はより大きく見えます。

写真2の、該当部分をトリミングして拡大して見ました(写真3)。

マユタテアカネ♀腹端部拡大(傷痕) 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum 腹部の負傷部分 (写真2の部分拡大)

腹部第7節の背面中央から右側面にわたって、外骨格(外皮)が大きくえぐられたように欠損しています。

更に拡大して見てみると、腹部背板の右側面の表面(クチクラの外面)の模様(体軸に沿った黒条)が、体の内部に押し込まれているように見えます。


穴が開いた原因は?

この見立てが正しいと仮定すると、体の外部から小さな鈍頭の硬い物が強い力で押し当てられ、外骨格が破断しながら体内に押し込まれたと考えられます。

おそらく、なんらかの肉食性節足動物がこのトンボの腹部につかみかかり、この部分に噛みついたときの傷であろうと思われます。

そのまま噛みつかれるに任せていたら、命を落としていたに違いなかろう、だからそうではなく、このトンボは敵を振り落として舞い上がり、逃げおおせることができたのだろうと、筆者の想像は膨らみます。

さて、身体にこんなに大きな穴が開いているのに、そのまま生きて活動を続けられるのか、という疑問がここで生じます。


昆虫の体腔と血リンパ(文献から)

昆虫を含む節足動物は開放血管系であり、外骨格*で覆われた体の内部の空洞部(体腔)は血リンパhaemolymphと呼ばれる体液で満たされています。

(*外骨格についてはこちらの過去記事[図入りで解説]を参照ください。)

この血リンパが、体の背面直下中央に体軸に沿ってほぼ全身を貫く背動脈拝借画像1参照)の中を往路(体後方の腹端部から前方の頭部内側に向って)のみ強制的に流動させられ、復路は体腔という大きなトンネル内を、ゆっくりと漂いながら後方に進むことで循環します。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像1 昆虫の構造モデル(成虫)前々回記事から再掲):7. 背動脈 (図では、 赤く太い管状)Wikipedia日本語版も参照)
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons

この血リンパには、血球のほかに、栄養分、酸素、ホルモン、生体防御分子などの、生きていく上で重要な成分と老廃物が含まれています(岩花 1982、相沢ほか ‎2012)。

この大切な血リンパを満たしている体腔を覆う外骨格が大きく破れるということは、人間でいえば太い静脈、リンパ管が破れて外気に触れ、外部からそこへ病原体や異物、小昆虫などが侵入したり、低血圧や運動障害を起こすなどして、その昆虫を手当てなしには死に至らせてしまいかねない状況に置くことになるでしょう。

昆虫の外骨格の小規模な傷に対しては、昆虫外骨格内の免疫応答として、抗菌性物質の蓄積やメラニン合成による傷口の修復などがある(朝野 2015)とされます。

外骨格にできた傷を観察すると、メラニン合成に伴って傷害部位が黒色化し、かさぶた様の黒色物質が形成されているようにみえる(朝野 2015)とのことです。

これにより、水分の蒸発を防ぐとともに、病原の影響をふせぐことができると考えられています(朝野 2015)。

外骨格の傷が深く、表皮を突き抜けるような場合は、血液由来の成分や血球によって傷口をふさぐと思われる(朝野 2015、Sun et al. 2006)とのことです。


今回のケース

今回のマユタテアカネのケースは上記の中の傷が深いケースに該当するといえます。

外骨格が大きく損傷を受けた直後は、血リンパの一部が流出したり、水分が蒸発するなどもしたでしょうが、血液由来の成分や血球などが空気に触れる部分を糊のように固める修復に活躍し、それ以上の血リンパの喪失や外部からの病原体や異物の侵入を抑制したかもしれません。

だからこそ、今回の写真のように、生き続け、正常に飛翔や静止を行えているのでしょう。

とはいえ、このトンボは腹部背面がえぐれていますから、背動脈も切断され、腹部第7節以降の腹節では血リンパの循環も失われ、栄養分の供給も途絶えることになります。

そのため、摂食や逃避はともかく、交尾や産卵は難しいのではないかと思われます。

なぜなら、交尾や産卵にかかわる内部生殖器への、そして腹端近くの腹節の筋肉への栄養供給の悪化や、その筋肉を支持する外骨格の損傷が生じているはずだからです。


不幸中の幸い?

翅の汚れの状態などから、撮影した時点でこの個体は、羽化後の日数はかなり経過し、生殖年齢にも達していたと想像されます。

この大きな傷を負う前に、いくらかでも子供を残していたのであれば、ここまで生きてきたトンボ成虫個体のミッションを、少なくとも一部は果たしたことになります。

トンボの世界では、成虫になる前に9割以上の個体が命を失うのが普通です。

羽化中や羽化した後でも天敵に襲われたり、風雨その他の影響による事故で次から次へと死んでいきます。

このようなことを考えると、ここまで行きながらえた今回のこの個体は、「怪我で済んだ」アンラッキーの中のラッキーな個体と見るべきかもしれません。


次回記事予告

以上で、昨年9月から10月にかけての2日間の四国トンボ探訪で見られた、全てのトンボについての紹介を終えました。

この探訪の2日目、第4の訪問地およびそこへ移動する途中では、トンボ以外にも、コオロギ、ハチに擬態した蛾、バッタ、カマキリにも出会い、それぞれ楽しい気分で撮影しました。

次回記事では、種名も添えてそれらを報告する予定です。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

相沢智康、出村誠、河野敬一(2012) 鱗翅目昆虫で働く生体防御タンパク質の構造生物学, 蚕糸・昆虫バイオテック, 81, 115-123 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/81/2/81_2_115/_pdf/-char/ja

朝野 維起 2015 年.昆虫外骨格による生体防御.  蚕糸・昆虫バイオテック 84(3), 181-194
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/84/3/84_3_181/_article/-char/ja/

岩花 秀典 1982 年  昆虫の病原微生物に対する防御反応
化学と生物 20 巻 9 号 p. 580-588
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/20/9/20_9_580/_pdf/-char/ja

Sun et al. 2006;朝野(2015)から間接引用。 


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2017-07-11 (Tue)
昨年6月18日、「四万十市トンボ自然公園」(別名「トンボ王国」)を初訪問し、園地内でわずか1時間そこそこで4科14種のトンボを観察・撮影することができました(前々回記事「トンボ王国訪問記(1):多彩なトンボ達に迎えられ」参照)。

それに続いて、同行の飯田貢さん、山本桂子さん(ともにアマチュア昆虫写真家)とともに、杉村光俊氏(トンボ王国に併設の「四万十川学遊館」の館長)のご案内のもと、園地外の貴重な生息地に移動し、シコクトゲオトンボRhipidolestes hiraoi Yamamoto, 1955カラスヤンマChlorogomphus brunneus Oguma, 1926(四国を含む本土産のものは以前は亜種和名ミナミヤンマが使われていた)、ヒメサナエSinogomphus flavolimbatus (Matsumura in Oguma, 1926)などの観察・撮影を楽しみました(前回記事「トンボ王国訪問記(2):ヒメサナエと小さな虫たち」参照)。

今回の記事は、その翌日(6月19日)の四万十市トンボ自然公園」の園地内での2回目のトンボの観察・撮影の記録です。

この日は、あいにく雨が降ったりやんだりで、さすがに池の面を活発に飛び回るトンボの姿はありません。

池の岸に沿った園路をゆっくり歩みながら岸辺の草の茂みに目を凝らすと、いました。
チョウトンボRhyothemis fuliginosa Selys, 1883 ♂です(写真1)。

チョウトンボ♂ 
写真1 チョウトンボRhyothemis fuliginosa  ♂ (写真はクリックで拡大します)

じっととまって、雨が上がるのを待っているかのようです。

少し歩くと、今度はキイトトンボCeriagrion melanurum Selys, 1876の♂が草の葉裏につかまり、ほぼ鉛直にぶら下がっています(写真2)。

キイトトンボ♂未熟
写真2 キイトトンボCeriagrion melanurum 未熟♂

トレードマークの腹部の黄色はまだ薄く、翅胸背面も緑系が発色する前の薄い藤色と、まだ未熟な個体であることがわかります。

次に見つかったのはハラビロトンボLyriothemis pachygastra (Selys, 1878)♀です(写真3)。

ハラビトンボ♀
写真3 ハラビロトンボLyriothemis pachygastra ♀

こちらは全体に黒っぽさが出ていて、翅の汚れも見られることから成熟個体と判断できます。

雨が強くなってきました。
睡蓮が満開の水面がリズムを刻みます(写真4)。

雨のトンボ王国、睡蓮 
写真4 トンボ王国、園地内の睡蓮に雨は降る

私は雨よけのポンチョを着用していましたが、雨宿りのために、池の反対側の山斜面が迫っていて木が茂っているところに移動しました。

そこには、先客がいました。
ハグロトンボAtrocalopteryx atrata (Selys, 1853)♂です(写真5)。

ハグロトンボ♂、下から
写真5 ハグロトンボAtrocalopteryx atrata 

あまりよい写りではないのですが、腹面を斜め後ろ下方からという、ちょっと変わった角度から撮ることになり、ちょっと珍しいということで掲げることにしました。

少し移動すると、雨水の粒が先端から落ちそうになっている木の葉の先端にモノサシトンボ♂がぶら下がるようにとまっていました(写真省略)。
どこかしっとりとした雰囲気です。

更に少し移動すると、木の下草の葉にキイトトンボ♀のやはり未熟な個体がとまっていました(写真6)。

キイトトンボ♀未熟
写真6 キイトトンボCeriagrion melanurum 未熟♀

2,30分間、観察・撮影したところで、雨が強まり、私達は園地内にある東屋に走り込みました。

さすが梅雨シーズンです、簡単にはやみません。
雨と霧粒でかすむ園地を眺めながら、飯田さん、山本さんと私の3人でトンボ談義に花を咲かせました。

少し小降りになったところで、雨具をまとい、園地内を歩きましたが、これはといったトンボの姿はなく、かわりに地面を歩く大きなミミズを見つけただけでした。

その後も、雨は降り続けましたので、「四万十川学遊館」の開館を待って、入館しお昼前までの2,3時間に、館内の豊富なトンボを中心とした昆虫関連展示物や、アクアリウムで飼育されている多種多様な魚類などを見学しました。

館内の展示の様子やそれを見学した私の印象や感想については、後日このブログで紹介させていただく予定です。

結局、2日間にわたる園地内でのトンボ観察で私が撮影したトンボの種類数は、2日目のハグロトンボが加わったことで、5科15種という区切りのよい数に達しました。

この日の午後は、杉村館長にご教示をいただいたグンバイトンボの生息地を私達3人だけで向うことにしました。
館のスタッフにお礼の挨拶をした後、館の玄関での記念撮影もそこそこに、期待に胸を膨らませながら、車に乗り込みました。

そのグンバイトンボの生息地での同種の観察、撮影についてはすでに以前の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」に報告済みですので、ご笑覧ください。

今回の記事を終えるにあたり、現地への案内ならびにトンボ各種の生態についての解説をして下さった杉村館長、現地への移動等でお世話になった飯田さんに改めて感謝の意を表します。


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2017-06-23 (Fri)
前回記事では、ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 とのじっくりした対面の印象と、その「小ささ」に注目しました。

今年6月のハッチョウトンボの生息地探訪では、交尾・産卵は見られませんでしたが、真紅に身を染めた個体から灰褐色の迷彩色をまとった個体まで、バラエティーに富んだ個体を観察・撮影することができました。

これらの色彩の違いは、大部分、性別と羽化後の成熟度合いに依存します。

以下、撮影した写真を、♀、♂ごとに、成熟度合いの順になるように配列して、色彩変化の様子を見ていきたいと思います。

まずは♀です。

撮影した中で、一番初々しいというか、頼りない状態だったのがこの♀個体です(写真1)

ハッチョウトンボ♂成熟過程(1) 
写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea、未熟♀。(写真はクリックで拡大)

十分成熟した個体が水平に近いかたちでとまるのに対し、この個体は体をぶら下げるかたちで草の葉にとまっています。

複眼の色も、褐色味はありますが、乳白色に濁っています。
また、翅もまだ柔らかそうに見え、翅脈の黒化が始まっておらず、薄い褐色です。
これらのことから、この個体は、羽化後、まだ日が浅いことが伺えます。

これ以外にも、翅基部の黄色斑はまだはっきりしないですし、腹部の褐色斑紋の色彩に鮮やかさがみられません。

下の写真2の水平にとまった♀は、写真1の♀よりも羽化後の時間経過が長いように見えます。

ハッチョウトンボ♀成熟過程(1)
写真2 ハッチョウトンボ、未熟

なぜなら、翅脈が黒くなっていますし、翅基部にまだ若干薄いながらも黄色斑が現れているからです。
更に、腹部の褐色斑紋がより明るく鮮やかな色になっているのも進展といえるでしょう。

ですが、複眼背面にはまだ乳白色の濁りが強く残っていますので、成熟まではまだまだといった感じです。

下の写真3の♀は、翅基部の黄色斑がかなり強く現れてきています。

ハッチョウトンボ♀成熟過程(2) 
写真3 ハッチョウトンボ、未熟

そして、複眼背面の乳白色の濁りも若干弱まり、内部の茶系の色が少し透けて見えるようになっています。

下の写真4の♀では、複眼の乳白色の濁りがほとんど消え、茶系の色が目立ってきています。

ハッチョウトンボ♀成熟過程(3) 
写真4 ハッチョウトンボ、成熟途上♀

翅基部の黄色斑の部分の翅脈の色が茶色になっています。
ただし、成熟♂のその部分のように赤くはなっていません。

下の写真5の♀(前回記事から再掲)では、複眼の乳白色が払拭され、明るい茶色となっています。

ハッチョウトンボ♀
写真5 ハッチョウトンボ、ほぼ成熟(?)♀(再掲)

さて、今回の現地調査では、これ以上成熟が進んだように見えた♀を撮影できていません。
Googleで「ハッチョウトンボ」&「交尾」or「産卵」で画像検索したところ、複眼や腹部背面の茶褐色がもう少し濃くなった印象を与える成熟♀をいくつか確認できました。

ですので、写真5の♀も、もう1、2日したら成熟♂が待っている水辺へと「デビュー」するのかもしれません。

♀については、このくらいにして、次は♂です。

下の写真6の個体が、今回撮影した中で一番未熟な♂と、私が判断したものです。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(2)
写真6 ハッチョウトンボ、未熟♂
 
というのも、この個体の複眼には乳白色の濁りが残存し、腹部背面はくすんだ暗褐色を呈していて、赤化が進んでいないからです。
ただし、翅基部の黄褐色班ははっきり現れていますし、翅脈は黒化しています。
これらのことから、写真6の♂は、写真3の♀と同レベルまで進行しているといえます。

下の写真7の♂では、複眼の乳白色の濁りは消え、複眼背面の茶色の赤色味も強まりつつあります。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(3)
写真7 ハッチョウトンボ、成熟途上

腹部の赤化も少し始まっているようですが、まだはっきりしません。

下の写真8の♂は、水面に突き出す枯草にとまって、なわばり占有をしています。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(5)
写真8 ハッチョウトンボ、成熟 ♂

複眼背面、胸部、腹部とも真紅に染まっています。
♀への言い寄り、そしてライバル♂への対抗のために、ドレスアップしているといえるでしょう。

人間社会でドレスアップといえば、普通、女性が行う行為ですが、トンボの世界では鳥の世界と同様に、♂たちのためにあります(例外はありますが)。

私の以前の記事でも、以下のとおり、このトンボの社会学事象をとりあげています。
今回、写真8よりももっと赤化が進行した♂も見られました(写真9)。

ハッチョウトンボ♂成熟過程(4)
写真9 ハッチョウトンボ、成熟

写真8の♂では、腹部第2,3節背面にも赤化しきっていない部分がありますが、こちらの♂では完全に赤化しています。

また、写真8の♂では、翅の基部に近いところ(黄斑のある部分)の翅脈はやや赤化しているだけなのに対し、こちらの♂では完全に赤化しています。

このように、♂が♀にくらべて色彩あるいは形態が顕著に目立つタイプの性的二型を示すケースは、
(1)♀がそのような♂を「好む」ことにより、世代が進むごとにより顕著な方向に形質が進化するプロセス、あるいは
(2)♂同士がライバル間の争いで形態の顕著さを誇示しあい、より顕著なほうが♀と交尾する権利を獲得することで、その方向に進化するプロセス
のいずれかによって出現してと考えられます。

私がハッチョウトンボの♂だったとしたら、相手の色の赤さに参りそうになっても頑張らなくてはと思うでしょう。
一方私がハッチョウトンボの♀だったとしたら、より赤いほうの♂を選ぶだろうと思います。

でも実際のところ、どうなのでしょうか?
♀は♂を選んでいるでしょうか?
あるいは、♂同士の なわばり争いで、腹部背面の鮮やかさを誇示しあっているでしょうか?

今後、観察の機会があったら、そのへんを注意しながら観察してみようと思います。


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2016-10-09 (Sun)
暑い夏も終わり、本州では本格的な秋を迎えるこの時期、北海道からは初雪の便りもちらほら聞こえます。

北海道は、真冬の氷点下が20度以下になることも珍しくなく、多くの地域で12月頃から3月頃まで雪にお覆われます。

そのような環境では、昆虫たちも厳しい寒さを回避するために、越冬に適した発生ステージ・生理状態で冬をやり過ごせるよう、
休眠によって卵期間や成虫の未成熟な期間の長さを調節することが知られています。


マダラスズ

マダラスズ Dianemobius nigrofasciatus (Matsumura) (下の写真)は、日本全国の草むらに住む、小型の昆虫(バッタ目コオロギ科[または、ヒバリモドキ科])で、成虫♂がジーッ、ジーッと鳴く、私たちに身近な昆虫のひとつです(マダラスズの生態写真[外部リンク]「ご近所の小さな生き物たち」)。

東北地方北部では秋に一度、それより南では初夏と秋の二度、成虫が現れ、繁殖します。

マダラスズ♂、標本写真

写真。マダラスズ成虫♂、標本写真(相馬昌之氏撮影)


北海道でも、もちろん、下記の例外を除いては、秋成虫が出現する一化の生活史をとっていて、9~10月頃には道内のあちこちでマダラスズの鳴き声を聞くことができます。


マダラスズが冬も鳴く場所:噴気孔原

ところが、北海道東部の温泉地や火山周辺にある噴気孔原(地面の穴から高温の火山性水蒸気が噴出している場所)では真冬でもマダラスズが鳴いています。

下の写真は、3年前の3月に北海道の弟子屈町の国立公園内で撮影した景観写真です。

マダラスズが生息する噴気孔原(弟子屈町)
写真.マダラスズ Dianemobius nigrofasciatusが生息する噴気孔原(北海道弟子屈町、3月).生方秀紀撮影。 (クリックで拡大)


後方の林床には根雪が残っているのに対し、近景には雪がありません。これは決して除雪したからではありません。
火山性の地熱によって雪がすぐに解けて、積もらない場所、つまり噴気孔原だからです。

写真の左下に、メロン1個がはいるくらいの穴が見えていますが、その孔をはじめ、いくつかの同様の穴から熱い水蒸気が噴き出しています。
そのような穴には落葉なども積もっていて、そこが冬そこで生き延びているマダラスズのシェルターになっています。

その周辺の緑色に見える部分は、このような噴気孔原に特有なコケで、これ以外にもイネ科草本なども繁茂しています。
冬でも陽射しが暖かいときはマダラスズはこのような草むらを歩き回り、餌や配偶者、産卵適所を探すというわけです。

下の写真は、阿寒町(現在は釧路市と合併し、釧路市阿寒町)にある大規模な噴気孔原です(10月に撮影)。
真冬の1、2月にこの場所を訪れると、近くのスキー場はスキー客でにぎわっているのに、この噴気孔原だけ積雪がなく、湯気のように立ちのぼる噴気が醸し出す独特な風景の中で、あちらこちらから湧き起こるマダラスズの鳴き声が交錯します。

マダラスズが生息する噴気孔原(阿寒町)
写真.マダラスズが生息する噴気孔原(釧路市阿寒町、10月).生方秀紀撮影。 (クリックで拡大)


噴気孔原のマダラスズの謎

昆虫を研究している者にとっては、マダラスズのこの奇妙な生態は強い好奇心をくすぐる存在です。

◎ 噴気孔原でのマダラスズの生活環は年に何化(年に何世代)なのか?

◎ 冬鳴いているのは第三世代なのか、それとも第二世代が生き延びたものなのか?

◎ 噴気孔原にいるマダラスズは、それ以外のふつうの場所にいるマダラスズと果たして同種なのか、別種なのか?

◎ 噴気孔原でのマダラスズと、それ以外の場所のマダラスズが同種だとした場合、その間に遺伝子の交流はあるか?


正木進三教授をリーダーとする共同研究の発足

弘前大学教授(現、名誉教授)の正木進三先生は昆虫の生活史調節機構についての研究で多くの先駆的な業績を上げておられましたが、このマダラスズの謎に、もっとも専門的な立場から取り組まれることになりました(1992年から)。

噴気孔原がある阿寒国立公園の膝元にある釧路市に在住の、一條信明さん(高等学校教諭;ショウジョウバエの生活史の研究者)が最初の協力者となり、マダラスズの生息状況調査と生体サンプルの採取・送付を担当し、正木先生がそれらサンプルをいくつかの日長条件のもとで飼育実験・人為淘汰実験などを行う、初期の共同研究がスタートしました。

その後、北海道教育大学釧路校で私の研究室の学生だった相馬昌之さんが1994年から卒業研究でマダラスズの生態に取り組んだことをきっかけに、指導教員の私ともども、上述の共同研究に参入することになりました。

相馬さんは、学部3年生後半から修士課程2年生までの3年半の間、主に噴気孔原および地熱のない一般的な草地におけるマダラスズの生活史と、生息地内の分布様式の調査、室内飼育による孵化日数の季節変化の追跡などに鋭意取り組みました。

指導教員の私は、調査研究のスタートアップの際の手ほどき、正木先生と連絡をとりあいながら、ぬかりのないように計画を立てること、進捗状況を確認すること、野外調査や飼育実験のピンチヒッター、そしてデータを整理分析する際の助言などが役どころでした。

このほかにも、釧路組のこの3名(代表・生方、相馬さん、一條さん)は1996年から97年にかけて前田一歩園財団の助成金を受けて、数カ所の噴気孔原を繰り返し訪れて、それぞれの場所の地熱や植生に関するグリッド状の分布地図を作成するなど、地元ならではのきめ細かい現地調査も実施しました。
植物の同定では釧路市在住の植物研究家、滝田謙譲さんのお世話になりました。

また、上記の助成金による調査の一環として、正木先生もはるばる釧路に現地調査に来訪され、主な噴気孔原を踏査され、その分布上の成果は調査報告書に記載されました。
その前後に設定された講演会では、マダラスズの生活史の研究の意義について、私たち釧路の昆虫研究者・愛好者に熱く語られ、地元組の興味を更に膨らませてくれました。


共同研究グループの発展と論文完成への足取りの発足

その後、北海道大学の片倉晴雄助教授(現、名誉教授)をリーダーとした研究グループ(市橋里絵さん、小林憲生さん)が、マダラスズの噴気孔原集団を含む北海道内のいくつかの集団のアロザイム解析結果を引っ提げて、この共同研究に参加しました。

また、神戸大学の竹田真木生教授(現、名誉教授)と何祝清さん(中国からの留学生)のグループが、マダラスズの噴気孔原集団を含む全国各地の集団DNA解析を担当してくれることになり、やはり共同研究に加わりました。

これにより、噴気孔原集団とそれ以外の集団との遺伝的分化の度合いや系統関係を明らかにした上で、噴気孔原集団の起源を論じることが可能になり、論文の考察を一層深めることが可能となりました。

この大きな共同研究グループ発足後は、私がモデレーター役を買って出て、電子メールのやりとりを通して、グループメンバー間の意見や補充データの交換などを活発に行いました。

それを通して、正木先生が健筆をふるって作成された論文原稿へのデータ補充、考察内容に関する議論が深められ、噴気孔原のマダラスズの生活史とその進化についての論文が仕上がっていきました。

完成論文は昨年末、日本昆虫学会の学会誌である「Entomological Science」に投稿され、査読者からのコメントに対応した若干の修正を施した再投稿原稿が受理されたことで、足掛け25年間にわたる共同研究にめでたく終止符が打たれました。

大人数の共著論文となりましたが、論文の主要な結論となる実験データの獲得とその分析は、先行研究とからめた考察とともに、正木先生お一人の業績にほかなりません。

相馬さんをはじめとした釧路組メンバーはそのバックグラウンドになる現地における生態を描き出すお手伝いを、アロザイムとDNAの解析を担当したメンバーはマダラスズの系統関係という時間軸を提供するお手伝いを、それぞれすることができたことをもって喜びとすることができるでしょう。

受理された論文の大まかな内容は次回の記事でご紹介する予定です。
お楽しみに。


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2015-01-25 (Sun)
「トンボ目に卵胎生?」のタイトルで連続5回アップした記事で引用したHeliocypha perforataの論文の著者名を、誤って紹介していたことに気づきましたので、お詫びして訂正します。

(誤): Salindra, H. G. , Dayanandaa K.  & Kitchingab R. L. 2014

(正): Dayananda, H. G. S. K. & Kitching, R. L. 2014

Salindraは苗字(family name)ではなく、third nameでした。
また、Kitchingのあとのabは所属を示すための上付文字でした。

この訂正記事は、標記の連続記事を既に閲覧された方に向けてのものです。
関連記事(1)~(5)の中の著者名の誤りはすでに訂正しました。


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