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2016-09-26 (Mon)
2016年のイグ・ノーベル賞「知覚賞」を立命館大学の東山篤規教授と大阪大学の足立浩平教授が「頭を逆さにして両足の間から見る『股のぞき』によって、物の見え方はどう変わるか」という研究成果により、受賞したことは日本のマスメディアでユーモラスに報道されたことは、まだ記憶に新しいですが(NHKニュース記事[外部リンク]参照)、「物理学賞」をトンボと白い馬の研究で受賞したことに今日気づきました。

受賞者は、Gábor Horváthさんほか8名(ハンガリー、スペイン、スエーデン、スイス)です。

二つの論文が対象で、1つは、白い馬が偏光した白い光を反射するためにアブが引き寄せられないメリットを享受しているというもの(論文1)、もう一つがアカトンボの仲間が黒い墓石の水平偏光にひきつけられて生態的罠に陥っているというもの(論文2)です。

下の写真は論文とは関係ありませんが、私が撮影したアカトンボ(アキアカネSympetrum frequens (Selys, 1883))です。

アキアカネ ♂
アキアカネ;2014年9月中旬に埼玉県の平地の池で生方秀紀が撮影。(再掲) ← クリックすると拡大します。

このうち、論文2のトンボの研究成果についてさらっとご紹介します。

1.ハンガリーの墓地の磨かれた黒い墓石に引き付けられたエゾアカネSympetrum flaveolum (Linnaeus, 1758), タイリクアカネS. striolatum (Charpentier, 1840), S. sanguineum (Müller, 1764), S. meridionale (Selys, 1841) およびムツアカネ S. danae (Sulzer, 1776)を観察した。

2.トンボたちは、水域でとるのと同じ行動をしめした。すなわち、すぐ近くに継続してとまり、他のトンボに対して防衛した。飛行個体は墓石の水平面に繰りかえし腹端をタッチさせた。連結(タンデム)ペアが黒い墓石の上空でひんぱんに輪を描いた。

3.このトンボたちに選好された墓石はオープンなところにあり、すくなくとも0.5㎡あり、ほぼ水平で、磨かれていて、黒い表面をもち、すくなくとも一つのとまり場所がすぐそばにあった。

4.画像偏光分析imaging polarimetryを行った結果、黒い墓石はスムースな水面同様に水平偏光を反射することがわかった(論文に掲載された画像[外部リンク]参照)。

5.さまざまなテスト表面を用いた、二者択一させる野外実験で、輝く黒い墓石に引き付けられたトンボたちは正の偏光走性positive polarotaxisを示し、自然条件では水平偏光となった反射光によって水を判別した。このことと黒い墓石の反射ー偏光特性が、トンボがなぜ黒い墓石に引き付けられるかを説明する。

6.もし♀が黒い墓石に引き付けられ、その上に産卵するなら、墓石はトンボにとって水とは似てもにつかない生態的罠の役どころとなる。

画像偏光分析をするなど、読者を納得させる研究となっており素晴らしいものですが、私たちトンボ研究者・愛好家にとっては、それほど衝撃を持って受け止められるところまではいっていないように感じます。

というのも、トンボがビニールハウスのビニール表面や車のボンネットなどに産卵行動を試みることはずっと以前からよく知られており、水平偏光が水面認知で重要な役割を果たしていることも、今回の受賞者の一人Hansruedi Wildermuthさん(スイス)の研究がコーベット著『トンボ博物学』で紹介されていて知る人ぞ知ることになっているからです。

今回の受賞は、トンボだけでなく、一般の人により身近でかつ「王子様」の乗る馬というイメージのある白馬の毛並みの偏光反射がアブ忌避に役立っているという、より意外性の高い研究を同じGábor Horváthさんが第一著者をつとめる別の研究グループが明らかにし、トンボの研究結果とセットにしたことでインパクトを強めたからだと思われます。

研究者は誰でも、少なくとも駆け出しのころは「自分もあわよくばノーベル賞を」と志すのではないでしょうか。
私の研究分野は生態学でしたので、もっとも近い生理学賞の対象からもはずれていて、その志を抱き続けることにはなりませんでしたが、そのころイグ・ノーベル賞というのがあるのを知っていたら、密かに狙い続けたかもしれません(笑)。

余談ですが、Hansruedi Wildermuthさんは私と同じエゾトンボ科の生態・行動を研究しておられた関係で、私と別刷りや研究情報の交換をしていた方で、2007年のナミビアでのWDA国際トンボ学シンポジウムでは親しく歓談することができました。

ご本人にはメールで祝福の意を伝えることにします。


引用文献:
1:  Gábor Horváth, Miklós Blahó, György Kriska, Ramón Hegedüs, Balázs Gerics, Róbert Farkas and Susanne Åkesson, 2010. "An Unexpected Advantage of Whiteness in Horses: The Most Horsefly-Proof Horse Has a Depolarizing White Coat." Proceedings of the Royal Society B, vol. 277 no. 1688, pp. June 2010, pp. 1643-1650.

2: Gábor Horváth, Péter Malik, György Kriska, Hansruedi Wildermuth, 2007. "Ecological Traps for Dragonflies in a Cemetery: The Attraction of Sympetrum species (Odonata: Libellulidae) by Horizontally Polarizing Black Grave-Stones." Freshwater Biology, vol. 52, vol. 9, September 2007, pp. 1700–9.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1365-2427.2007.01798.x/abstract


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2016-09-18 (Sun)
以前の記事「ヤマサナエ:学名の謎」で、私が岐阜県で観察・撮影したヤマサナエAsiagomphus melaenops (Selys, 1854)(下の写真)の学名の謎についての続報です(解決篇)。

この学名のうちの種小名melaenopsの意味は「黒い眼」であるはずなのに、ヤマサナエそのものの眼は黒くない――これは謎である、として私の宿題としていました。

ヤマサナエ♀(1)160513
写真.ヤマサナエAsiagomphus melaenops (Selys, 1854)♀。 (生方秀紀撮影、再掲) (クリックで拡大)

その時の私の文章を再掲します。

「属の学名Asiagomphusは、「アジアのサナエトンボ」、種小名のmelaeno「黒い」+ops「眼」を意味します。しかし、その割に生体の眼は黒くありません。標本の眼であれば、黒っぽくなってもおかしくありませんので、命名者のSelysがその色からつけたとも考えられますが、それもあまり考えにくいです。浜田・井上(1985)ではopsを頭部を意味するとしています。私にはこれもしっくり来ませんので宿題とします。」

今回、Selys自身によるヤマサナエの形態記載の原文(Selys 1858; 388頁)を閲覧する機会がありましたので、そのうちの頭部についての記載の部分を抜き出してご紹介します。

Selysによるヤマサナエ頭部の形態記載(Monographie des Gomphinesより)
Selysによるヤマサナエ頭部の形態記載(Monographie des Gomphinesより  (クリックで拡大)

頭部の記載部分の本文(フランス語)は以下のとおりです。
♂adulte. Tête noire, excepté les yeux qui sont bruns, un point jaune à la base des mandibules, et une large bande jaune verdatre au front sur la partie plane du dessus, mais descendant légèrement sur le devant; la lame de l'occiput assez relevée, à cils noirâtres.

以下は、仮に和訳したものです。
♂成虫。茶色の複眼を除いて頭部は黒く、顎の基部に黄色のスポットがあり、また上部の平坦部の前面には緑がかった黄色の大きな帯があるが、前面は僅かに下がる。後頭部の縁は十分に隆起し、睫毛(触角のことか?)は黒っぽい。

このように、Selysが参照した標本も複眼は茶色(つまり黒くはない)だったことがわかります。
一方、頭部は黒いと記載していますので、melaenopsが浜田黒い頭を意味するという浜田・井上(1985)の解釈とは合致します。

どうやら、「opsに頭という意味がある」という先輩の教えに素直に向き合ったほうがよさそうです(反省)。

そこで、褌を締め直して、インターネット検索を繰りかえすことで、上でのギリシャ語opsの意味探しをやり直すことにしました。

あれこれ調べているうちに、opsのギリシャ語表記がὄψであることが確認できました。

引き続き「ὄψ + eye」で検索したところ、以下のサイトにたどり着きました。

Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.04.0057%3Aentry%3Do)%2Fy2

そして、そこには、なんと、ὄψの訳語として、eye(眼), face(顔)の二つが並んでいるではありませんか(下記)。

ὄψ (B), ἡ, gen. ὀπός, (ὄψομαι)
A.= ὄψις, the eye, face, Emp.88, Antim.63.
Henry George Liddell. Robert Scott. A Greek-English Lexicon. revised and augmented throughout by. Sir Henry Stuart Jones. with the assistance of. Roderick McKenzie. Oxford. Clarendon Press. 1940.

これでようやく宿題が終りました。

ヤマサナエの学名のうちの種小名melaenopsの意味は「黒い顔」です。

確かに、当時の同属種の代表であるGomphus vulgatissimus (Linnaeus, 1758)の顔(写真:外部リンク)と比べれば、ヤマサナエの顔は(前額上部を除いては)黒いです(下の写真)。

ヤマサナエ♂顔アップ160513
写真.ヤマサナエAsiagomphus melaenops (Selys, 1854)♂の顔をアップ。 (生方秀紀撮影、初出)  (クリックで拡大)

この学名の件についても、最初の見込みを訂正する結果になりました。
当初の記事の末尾にも今回のこの記事をリンクして、誤解が拡散しないようにしたいと思います。
思い込みにあぐらをかいて独り相撲をとってしまったことに反省しきりです。

とはいえ、謎解きは私のブログ記事作成のモチベーションの一つですので、また同じようなことをやらかさないとも限りませんが、皆様におかれましては、眉に唾をつけながらこのブログの記事のご愛読を続けていただければと思います。

引用文献:
浜田 康・井上 清 (1985) 日本産トンボ大図鑑。講談社。
Sélys Longchamps, Edmond de, (1858): Monographie des Gomphines. Mémoires de la Société Royale des Sciences de Liège 9: 1-460, 23 pls.

写真外部リンク:
Josef Lubomir Hlasek: Gomphus vulgatissimus 2499. in: Photo Gallery Wildlife Pictures
http://www.hlasek.com/gomphus_vulgatissimus.html

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2016-09-17 (Sat)
日本産のカワトンボ属Mnaisは、以前の記事でも書いたように、形態による分類は混乱を極めていたものが、今世紀に入って、DNAの解析により、2種(二ホンカワトンボMnais costalis Selys, 1869(写真1)とアサヒナカワトンボMnais pruinosa Selys 1853(写真2))にすっきり分けられました。

ニホンカワトンボ橙色翅型♂160513
写真1.ニホンカワトンボMnais costalis 橙色翅型♂(岐阜県にて)。 (クリックで拡大、以下同様)

アサヒナカワトンボ♂(1)160513
写真2.アサヒナカワトンボMnais pruinosa ♂(岐阜県にて) (再掲) 

これは裏返せば、DNAを調べないで形態だけで判断すると誤同定という落とし穴にはまる危険性が残されていることを意味します。

これまでのDNA+形態の精査により、Mnais属2種のうちどちらか1種しか分布していないことがはっきりしている地域では、形態だけで(あるいは形態を精査することなく判断しても)心配ありません。

 →私が以前住んでいた北海道、それに東北地方などはこれに該当し、二ホンカワトンボだけが分布します。

また、西日本の大部分のように、両種が大幅に重なって分布していることで、無駄な種間交雑を避ける進化が働いて両種の形質差が誇張される方向に進化(これを形質置換といいます(記事1記事2参照))が生起した地域でも、形態による区別はしやすくなっています。

 →私が書いた記事のうち、岐阜県で観察したカワトンボの記事(記事1記事2記事3記事4)はこのケースに該当し、両種とも共存していましたが、形態による区別は容易でした。

問題は、この両種が戦国大名の版図のように、互いに境界を接しながらも混棲しない分布の仕方をしている場合です。
この場合、混棲が継続しないために形質置換が起こりにくく、そのため、形態的によく似た両種の形質差が拡がらず、同定者を泣かせることになります。

 →私が書いた記事のうち、埼玉県での観察の記事(記事5記事6)(生態写真は写真3)がこのケースに該当します。

Mnais_costalis_160422-b
写真3.埼玉県西部の低山地で観察したカワトンボ属♂ (再掲)

埼玉県のカワトンボ属の観察個体を記事にするにあたり、写真だけでなく標本によっても翅の不透明斑の拡がりや縁紋の長さ・幅、胸部と頭部の比率などを検討し、その時点ではニホンカワトンボと判断しました。

ところが、今回、文献を検索していたところ、埼玉県を含む地域のカワトンボ属のDNAを調べ、詳細に検討した、苅部ほか(2010)の論文にたどり着きました。

苅部ほか(2010)の研究は、神奈川県を中心に、東京都、静岡県、山梨県、そして埼玉県の多数の山地からサンプルを採取して、DNA(核DNAのITS1領域の塩基配列)分析および形態観察を行い、ニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボ、そして(この両種の雑種を起源とする)伊豆個体群の3分類群の、分布状況の詳細を明らかにしたものです。

この論文そのものをネット上で閲覧することができます。→こちら

論文全体の詳細はそれに譲るとして、埼玉県とそれに隣接する東京都についての結果を簡単に紹介しておきます。

東京都では、ニホンカワトンボは八王子市街地、町田市、稲城市などの丘陵地から、アサヒナカワトンボは高尾山、青梅市、あきる野市、日の出町、檜原村、奥多摩町などの山地から、そして伊豆個体群は檜原村、奥多摩の河川最上流部から得られています。

要するに、東京都では、南東の低い地域にニホンカワトンボが、北西の高い地域にアサヒナカワトンボが、最上流部に伊豆個体群がというように、互いに側所的に分布していることがわかります。

次に、埼玉県です。
この論文の図1(地図に採集地点を打点したもの)から、埼玉県の部分を抽出して模写したのが下図です。

DNA型に基づくカワトンボ属2種の埼玉県内の分布(苅部ほか、2010より)
図1.埼玉県におけるニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボのサンプル採集地点(苅部ほか、2010より一部模写)

これを見ると、埼玉県西部の丘陵地から山地の5カ所からはいずれもアサヒナカワトンボが、東部の平野部からは(1カ所だけですが)ニホンカワトンボが採集されていることがわかります。

以前の私の記事(記事5記事6)で、ニホンカワトンボとした個体の観察・撮影地点は、上の地図のアサヒナカワトンボの採集地点(+東京都での本種の採集地点の最北東の点)を直線で結んでできた折れ線の左側(西側、より山地側)に入ります。

したがって、私はどうやら落とし穴にはまっていたようです。
つまり、この記事で取り上げたトンボの種名はアサヒナカワトンボとしたほうが正解にずっと近かったといえます。

ただし、苅部ほか(2010)もいうように、両種の境界地域で混棲や雑種個体も観察されることもあるので、今回の私の訂正はアサヒナカワトンボと断定するのではなく、その可能性が高いというところでとめておくことにします。

将来、DNAを扱っている研究者に標本を提供する機会があれば、その時が最終的な結論が得られるにちがいありません。

さて、混乱が整理されてきたカワトンボ属、いろいろ面白い問題も残されているようです。

「両種の境界部で出会った個体はどのようにふるまうのか(種を識別しているのか)?」

「そもそも伊豆個体群はなぜ第三のグループとして版図を拡げられたのか?」

皆さんも、仮説を立て、調べて見られてはいかがですか?

引用文献:
苅部治紀・守屋博文・林文男(‎2010):神奈川県を中心としたカワトンボ属の分布。Bull.Kanagawa prefect. Mus. (Nat.Sci.),(39):25-34.

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2016-09-11 (Sun)
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フェイスブックの紹介160911
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2016-09-09 (Fri)
今年の5月下旬のある晴れた日、前回記事のクロイトトンボを観察・撮影した池から車で移動して、今度は岸に抽水植物が繁茂している池の岸の上を歩きながら、トンボの姿を探しました。

すると、1頭のイトトンボが草にとまるのが見えました(写真1)。

アオモンイトトンボ♂(1)160523
写真1.アオモンイトトンボIschnura senegalensis♂。 (クリックで拡大)

アオモンイトトンボIschnura senegalensis (Rambur, 1842)♂です。

おや、翅を半開きにしていて、まるでアオイトトンボのとまり方そっくりです。
このブログの以前の記事「アオモンイトトンボ♂」では、♂は翅を閉じてとまっています(2014年9月中旬撮影)。

念のため、Google検索でアオモンイトトンボ♂の生態写真の画像を検索しましたが、ほとんどすべての個体が翅を閉じてとまっています。
しかし、1例だけ、今回私が撮影したのと同じように翅を半開にしてとまっている画像がヒットしました。

それは、ぱてさんのブログ「心のままに」のうちの、「アオモンイトトンボ」という記事中の写真(外部リンク)です。
9月2日にぱてさんが撮影された本種成虫の写真7枚のうち1枚だけ♂が翅を半開きでとまり、他はすべて閉じてとまっています。

このように、アオモンイトトンボが翅を半開にしてとまるのは稀なようです。

このことを確認した段階で、私の脳裏に、「もしかして、翅を閉じてとまっていた♂が翅の開閉動作を一時的に行って、翅が開いた瞬間にシャッターを押しただけかもしれない」という疑念が浮かびました。

そこで撮影データをチェックしたところ、フレーム番号下2桁が32から38までの4コマ(残りの3コマはピンボケのため削除)すべてが翅をほぼ同じ角度で開いていました(その間、1分前後経過しています)。
したがって、翅開閉動作によるものではなく、開いてとまっていたことは間違いありません。

では、なぜ、あるいはどういうシチュエーションのときに翅を開いてとまるのでしょうか?

未熟だからというのは理由にならないようです。
というのも、上記のぱてさんのブログに掲載されている未熟個体2頭とも成熟個体同様(半開の1♂を除いて)翅を閉じてとまっているからです。

それとも、一日の時刻の早い・遅いで違うのでしょうか?
これも該当しないようです。
というのも、この日、この個体を撮影した直後に、岸沿いを少し移動したところで、今度はは翅を綴じてとまっているアオモンイトトンボ♂を見つけ撮影しているからです(写真2)。

アオモンイトトンボ♂(2)160523
写真2.アオモンイトトンボIschnura senegalensis♂。 (クリックで拡大)

というわけで、この半開き静止姿勢の原因ならびに機能はわからず終いということになりました。

このブログをご覧になって、何かヒントになるような観察事例や知識をコメントしていただければ有難いです。

私自身も、文献等にあたって、何か関連のありそうなことがわかれば、追加記事を書こうと思います。

さて、ご紹介が遅れましたが、この日、この場所では、アオモンイトトンボの♀も観察・撮影することができました(写真3)。

アオモンイトトンボ♀160523
写真3.アオモンイトトンボIschnura senegalensis♀。 (クリックで拡大)

アオモンイトトンボの♀には2つの型(♂型=同色型と基本型=異色型)があり、この個体は異色型で、♂や同色型♀とは翅胸背面の黒条の中に淡色の前肩条がないこと、腹部第8節背面の黒斑が前後の節と連続すること、未熟な時期に胸部や腹基部がオレンジ色になるなどの特徴を体現しています。

アオモンイトトンボ属の♀の2型(あるいは多形)については国内外で多くの興味深い研究がなされていますので、いずれこのブログでも紹介する機会をもちたいと思います。

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2016-09-08 (Thu)
陸上男子400メートルリレーの銀メダルに日本中が沸いたリオデジャネイロのオリンピックの記憶も薄れ始めた9月上旬、今度はパラリンピックが開催されようとしています。

先日、今年の5月下旬に埼玉県内の公園内の池で撮影したトンボの写真を眺めていた時に、1頭のイトトンボの姿からパラリンピックを連想してしまいました。

カメラをぶらさげて池の周りをゆっくり歩いていると、スイレンの花が一面に咲く水面に岸から突き出すツツジの小さな枯れ枝の先にイトトンボがとまっていました(写真1)。

クロイトトンボ♂(1)160523
写真1.スイレン咲く岸辺にイトトンボ (クリックで拡大)

近づいて見ると、それはクロイトトンボParacercion calamorum (Ris, 1916)の♂でした(写真2)。

クロイトトンボ♂(2)160523
写真2.クロイトトンボParacercion calamorum (クリックで拡大)

写真で見ると、楽々とまるというよりも、しがみついている感じです。
とまっている場所がほぼ水平になっている枝の上面ではなく、カットされている先端であるため、そういう姿勢になってしまったようです。
しがみつくと表現しましたが、このとまり方では、棒の先を前肢と後脚で挟みつけるようにとまっていることがわかります。

イトトンボは体の前方に偏った3対の足で細長い体を支えているので、体をほぼ水平にささえるためには、テコの原理から、後脚には下向きに大きな力がかかるはずです。

水平にとまってる場合なら、後脚は単にとまり場所に対して踏ん張ればよいだけですが、写真2のように、棒の先を挟み付けるようにとまっている場合には、そうはいきません。

棒の上面に乗った前肢を支点に、体全体が下方に回転する方向に重力がかかりますので、それに逆らうためには後脚で逆方向の力を産み出さなければなりません。

写真2をよく見ると、脛節内側の剛毛列とつま先を棒の下面に押し付けるようにしながら後脚が棒を下側から挟みつけている様子がうかがえます。
このようにして、後脚が滑って体を回転するのを抑えているというわけです。

このとまり方をしているケースでは、後脚をテコの支点とみれば、前脚には上向きそしてうしろ向きの力がかかっていることがわかります。
したがって、前足を単に接地面に「置く」だけでは不足で、接地面を「つかむ」ことによって「引き離そうという力」に対抗しなければいけません。
実際、よく見ると、前足の爪をしっかりと樹皮に立てていて、前足の引きはがしや後方への滑りの力に抗していることがわかります。

と、ここまで、主に姿勢の維持について力学的な観点から考察してきましたが、何かが抜けていました。
そうです。中脚のことです。

この♂をよく見ると、左中脚が基節を残して欠損しています。
右中脚は正常で、写真2ではちゃんと棒の右側面をしっかりと抱えて、体のバランスの維持に一役買っています。

このように、左は前と後の2本の脚だけで体をささえているだけであるにもかかわらず、なんとその左前脚を持ち上げて足先を顔面にもっていきました(写真3)。

クロイトトンボ♂(3)160523
写真3.クロイトトンボParacercion calamorum (クリックで拡大)

複眼に小さなゴミがついたときなどに、トンボ達がよく行う仕草です。
左は後脚1本だけ棒をつかんで体を支えています。
パラリンピックの選手ではありませんが、思わず拍手を送りたくなります。

まもなく、この♂はちょっと飛び立ち、またすぐにとまりました(写真4)。

クロイトトンボ♂(4)160523
写真4.クロイトトンボParacercion calamorum (クリックで拡大)

ごく普通のとまり方で、後脚を含めすべての脚を枝の上面に置いて踏ん張っています。
もちろん細い枝なので、長い後脚は特に、枝の側面に向かって斜めになっている面につま先を置くことになりますので、その分、脚がすべらないように、しっかりと爪を立てて棒の左右から挟みつけていることでしょう。

しばらくしたら、また飛び立って、今度はまた写真2と同じ棒の先に、とまりました(写真5)。

クロイトトンボ♂(5)160523
写真5.クロイトトンボParacercion calamorum (クリックで拡大)

おどろいたことに、大相撲の水入り後の再開の時の体勢再現のように、写真2の時と脚の位置が寸分たがわず同じであったことには驚かされます。
よほどこのとまり方がこの個体にとって安定なのでしょう。

このイトトンボが親から受け継いだ遺伝子には、脚が1本、2本欠けてもちゃんととまれるような神経情報処理機構までが刻まれていたのではないでしょうか?

そんなことを考えつつ、次の写真(写真6)を見ると、同じとまり場所にとまったまま、今度は右前足で頭部の身づくろいをしています。

クロイトトンボ♂(6)160523
写真6.クロイトトンボParacercion calamorum (クリックで拡大)

片方だけで上向きの力で引きはがされる力に抗しているはずの左前足にはまだゆとりさえ感じられます。
さすがです。
右中脚は右前脚の分まで役割を引き受けるかたちで、棒の側面から挟みつけて体を支えていることでしょう。

これらの連続写真を撮り終えた後で、写したのが写真1です。
話の都合上、写真1のみ、時系列から逸脱させて掲載しました。

住宅地にほど近い公園の池のごくありふれたトンボでも、じっと観察あるいは撮影すれば生き物の持つ奥深い「生きる力」の様々な姿が見えてくるように思います。

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