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2017-02-26 (Sun)
生態学者伊藤嘉昭博士1930-2015)の業績と生涯を、弟子や共同研究者たち55人が、様々な観点から描き出した本、『生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』が、3月25日に刊行されることになりました。

  伊藤本、表表紙、背表紙伊藤本、裏表紙
(上記画像はクリックで拡大します)

編者の辻和希さんならびに出版社の海游舎からの提供された資料を元に、その内容を簡単にご紹介します。

また、出版社直接購入についても最下段でご案内いたします。

書誌データ:
a)書名・頁数『生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』411頁+索引
b)編者:辻和希
c)著者:石谷正宇、市岡孝朗、伊藤綾子、伊藤道夫、M.J.ウエスト-エバーハード、生方秀紀、大崎直太、太田英利、小野知洋、粕谷英一、R.ガダカール、岸 由二、金城邦夫、工藤起来、栗田博之、桑村哲生、小濱継雄、小山重郎、齊藤隆、齋藤哲夫、佐倉統、佐渡山安常、塩見正衞、志賀正和、嶋田正和、鈴木邦雄、竹田真木生、田中幸一、田中嘉成、辻和希、土田浩治、椿宜高、冨山清升、中筋房夫、中牟田潔、中村和雄、中村浩二、長谷川寿一、長谷川眞理子、濱口京子、N.ピアス、藤岡正博、藤崎憲治、藤田和幸、正木進三、松井正春、松沢哲郎、松本忠夫、宮竹貴久、村瀬 香、守屋成一、安田弘法、山根正気、山根爽一、与儀喜雄
d)発行予定日 2017年3月25日(生態学会初日の3/14日には刷り上がっています)
c)定価  4600円(税別)
 
編者による本書紹介:

「本書は生態学界の「革命児」伊藤嘉昭博士(1930-2015)の55人の証言による伝記である。この一冊で戦後日本の生態学の表裏の歴史が眺望できる科学史資料となっている。農林専門学校卒で「大学を出ていない」伊藤は、日本の生態学の近代化と国際化に貢献した戦後最大の立役者である。沢山の教科書を書き、沢山の国内外の研究者と交流し、沢山の弟子を育てた。その指導方針は「英語で国際誌に論文を書き続けよ」だった。今からみれば単純すぎるこの方針は、やがて進化生態学という「黒船」の襲来でパラダイム転換を果たし遅ればせながら国際的研究の表舞台に合流することになる、当時「鎖国状態」の日本の生態学界においては、ある種の「踏み絵」だったのだ。伊藤には活発な社会運動家としての一面もあった。農林省入省直後の1952年にメーデー事件の被告となり無罪が確定するまで17年間公職休職となるも、不屈の精神で名著『比較生態学』を書き上げた。農林省農業技術研究所、沖縄県農業試験場、名古屋大学、沖縄大学と50年にわたる研究生活のなかで、個体群生態学、脱農薬依存害虫防除、行動生態学、山原生物多様性保全と、近代化された生態学の新時代の研究潮流をつねに創り続けた。伊藤の研究テーマの変遷は戦後社会を映す鏡でもある。その背中は、激しく、明るく、楽しく、そして悲しい。研究者志望の若者よ。これが昭和の快男児の研究者人生だ。」


目次:


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         (以下、2017年7月22日、一部改訂しました)

出版社直接購入のご案内:

◎申し込み方法
下記メールフォーマットへ必要事項(★)をご記入のうえ、
お申込み先:海游舎・本間宛
  kaiyusha@cup.ocn.ne.jp
に,メールでお申し込み下さい。
折り返し,確認メールをお送りいたします。

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件名:『もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』
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「購入を申し込みます」と記すとともに,下記の事項を
   kaiyusha [at] cup.ocn.ne.jp
 宛にメールでお知らせ下さい。
 1.注文書籍名:もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ
 2.代   金:定価4600円(+消費税)+送料
 2.注文冊数:★ 冊
 3.お  名  前:★
 4.送  り  先:(〒)★
 5.電話番号(必須,携帯可):★
 6. この情報を知ったサイト名:トンボ自然史研究所のHP 

請求書、振込用紙を同封して発送いたします。
商品到着後、10日以内にお振り込みをお願いいたします。

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2017-02-25 (Sat)
2015年5月、戦後の日本の生態学をリードした伊藤嘉昭(いとう よしあき)博士(以下、伊藤さん)が亡くなられた。

その半年後に名古屋で開かれた「偲ぶ会」には、伊藤さんの薫陶を受けつつ生態学の道を歩み、現在は定年退職前後まで齢を重ねた生態学者らが集い、それぞれが伊藤さんとの思い出を語り合った。

私(生方秀紀)もその会に参加し、なつかしい面々と再会し、また伊藤さんの数々のエピソードを、うなずきながら、ときには微笑みながら、登壇者から紹介されるままに楽しんだ。

この会を主宰した「伊藤嘉昭記念会」から、伊藤さんについての思い出話や伊藤さんの業績・人物についての評伝を出し合い、1冊の本にすることが提案された。

私も、大学院入学前後の若い時期に、伊藤さんの著書『比較生態学』から多大な影響を受けて、トンボ類の個体群動態と社会学の研究の道を進むことになった。

その足跡をたどりながら、伊藤さんの生物社会観にも言及した私の一文も、上述の本に掲載される運びとなった。
本のタイトルは、辻和希編著『生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』(執筆者55名、海游舎発行、411頁+索引、2017年3月25日刊行予定、生態学会大会会場でも頒布)。
次回記事では著者割引、特別割引のご紹介を予定しているので、お見逃しのなきよう。。

以下は、この本に私が寄せた一文の、ほんの触りの部分である。
興味のある方には、この本を手に取り、めくって頂ければと思う。

1970年代後半は、「種の生物学」から「社会生物学」への、社会進化原理における革命的なパラダイム・シフトの大きな波を被りながら、私も自分自身を「改宗」させていくことになった。

伊藤さんは、個体群生態学の研究手法と実践においては優れて「近代的」なスタンスをとっておられたが、こと生物の生活の原理を突き詰めた場合には今西錦司流の「種の生物学」の立場を1970年代前半までは維持しておられたようである。

その伊藤さんが、E.O. Wilson(1975)の”Sociobiology”の出版をはじめとした、欧米における社会生物学(=行動生態学)の興隆・席捲を受けて、自らの立場を社会生物学のプラットフォームに大きくシフトされたのである。
この当時の伊藤さんの揺れ動く様子は、上記の本の中でお弟子さんたちから語られるものと思う。

伊藤さんは、それだけに終わらず、『社会生態学入門―動物の繁殖戦略と社会行動』(1982)の出版や、文部省科学研究費特定研究「生物の適応戦略と社会構造」(1983~1985)の推進などを通して、日本の生態学全体のパラダイム・シフトに大きく貢献された。

ちなみに、この特定研究には私もお誘いいただき、研究班員間のディスカッションなどを通して、私自身の研究を一層ブラッシュアップすることができた。

1986年に、この特定研究のしめくくりとなる、国際シンポジウムが、 J.L. Brown、W.D. Hamilton 、M.J. West-Eberhardの諸氏を含む海外の著名な研究者も招聘して、京都で開かれた。

伊藤さんの推薦もあり、日本側からのシンポジウム登壇者13名の一人として、私も選ばれた。精一杯準備し、緊張しながらも自分の研究成果のエッセンスを紹介したことを、昨日のことのように憶えている。

このシンポジウムの成果は、伊藤さんが中心となって成果図書、”Animal Societies: Theories and Facts” (Y.Ito, J.L. Brown & J. Kikkawa, eds., 1987)として刊行された。その中、に私の報告内容を推敲した論文”Mating system of the dragonfly Cordulia aenea amurensis Selys and a model of mate searching and territorial behaviour in Odonata”も掲載されている。

下の写真(シンポジウム登壇者の集合写真)では、伊藤さん、私の大学院での師匠である坂上昭一先生、そして前述の海外からの研究者らのオーラに圧倒されたかのような私の姿が写っている。

特定研究国際シンポ集合写真-s 
シンポジウム登壇者集合写真(クリックで拡大)
後列左から2番目:私(生方秀紀)、4:坂上昭一、5:伊藤嘉昭、6:J.L. Brown、8:W.D.Hamilton。前列左から3番目:長谷川眞理子、5:M.J. West-Eberhard、6:J.R. Krebs 、7:青木重幸。

次回記事では、『生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ』の全体的内容や執筆陣について取り上げる予定である。
お楽しみに。


外部リンク先リスト:
南方熊楠顕彰館:「悼 伊藤 嘉昭先生(第17回南方熊楠賞受賞・名古屋大学名誉教授)が逝去されました」.
http://www.minakata.org/cnts/news/index.cgi?v=f5l00&p=0

Wikipedia: E.O. Wilson.
https://en.wikipedia.org/wiki/E._O._Wilson

Wikipedia:伊藤嘉昭.
https://ja.wikipedia.org/wiki/伊藤 嘉昭

Wikipedia:今西錦司.
https://ja.wikipedia.org/wiki/今西錦司

WorldCat:Animal societies : theories and facts.
http://www.worldcat.org/title/animal-societies-theories-and-facts/oclc/17514035


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2017-02-09 (Thu)

飯島一雄 (1957) 北海道釧路の蜻蛉目について.釧路博物館新聞, 72:189-192.                  

飯島一雄 (1959) 北海道釧路の蜻蛉目,追記.Tombo, 2:31-32.  

飯島一雄 (1964) ムカシトンボ糠平に産す 釧路市立郷土博物館々報, 151152(9) .

飯島一雄(1966) コノシメトンボ,北海道に産する.釧路市立郷土博物館々報,17117217343.

飯島一雄 (1966) 稀少種の宝庫道東部のトンボについて.釧路市立郷土博物館々報, 177:43-46.

飯島一雄 (1967) エゾカオジロトンボとヒメアカネの新産地.釧路市立郷土博物館々報, 190-191: 113.

飯島一雄 (1968) 北海道東部から未知のイトトンボ.釧路市立郷土博物館々報,186-18989.

飯島一雄 (1970) 釧路管内稀少蜻蛉目ひかえ(1969年度).釧路市立郷土博物館々報, 204:27.

飯島一雄  (1970) 知床半島から発見されたサラサヤンマとコノシメトンボ。釧路市立郷土博物館々報, 204 (5) .

飯島一雄 (1971) 釧路管内稀少蜻蛉ひかえ.釧路市立郷土博物館々報,210:101.

飯島一雄 (1972a) 釧路湿原とその周辺地の昆虫相(Ⅰ).釧路市立郷土博物館々報,215:3-7.

飯島一雄 (1972b) ギンヤンマ釧路管内塘路湖で発見.釧路市立郷土博物館々報,215:20-21.      

飯島一雄 (1972c) 釧路市春採湖と網走市リヤウシ湖から発見された2種のイトトンボ.釧路市立郷土博物館々報,215(3) .

飯島一雄 (1973a) エゾカオジロトンボの発見経過とその研究史.標茶町社会教育係(編)エゾカオジロトンボ調査報告書,3-5.標茶町教育委員会.

飯島一雄 (1973b) 北海道標茶町の蜻蛉目.標茶町社会教育係(編)エゾカオジロトンボ調査報告書,6-9.標茶町教育委員会.

飯島一雄 (1973c) イイジマルリボシヤンマ-北海道標茶から発見-.釧路市立郷土博物館々報、 222:9.

飯島一雄 (1973) 釧路湿原とその周辺地の昆虫相(Ⅱ)釧路市立郷土博物館々報, 223(7) 108.

飯島一雄 (1973) 釧路湿原とその周辺地の昆虫相(Ⅲ)釧路市立郷土博物館々報, 224(9) .

飯島一雄 (1974) 昆虫.春採湖共同調査団編『春採湖』、119-149。釧路市.

飯島一雄 (1975) 釧路湿原と周辺の昆虫類.釧路湿原総合調査報告書.釧路市立郷土博物館. pp.161214.

飯島一雄 (1976) ゴトウアカメイトトンボの生息調査報告.標茶町教育委員会.10pp. (手書き謄写印刷).

飯島一雄 (1977) エゾカオジロトンボとマユタテアカネの奇型 釧路市立博物館郷土館々報, 243(1)11.

飯島一雄 (1977)  知床で発見されたムカシントンボと屈斜路湖で採れたサラサヤンマ.    釧路市立郷土博物館々報,244: 19-20.

飯島一雄 (1978) 道東海岸線調査中間報告(昆虫)釧路市立郷土博物館々報, 250(3)92-94.

飯島一雄 (1979) 道東海岸線総合調査日誌―昆虫・1978年度―釧路市立郷土博物館々報, 257 (5) .

飯島一雄 (1980) 道東海岸線総合調査日誌―昆虫・1979年度―釧路市立郷土博物館々報, 264 (7)119-122.

飯島一雄 (1981) 昆虫標本目録(1)釧路市立郷土博物館収蔵資料目録(Ⅰ).釧路市立郷土博物館。

飯島一雄 (1982) 浜中町若山沼とその周辺の昆虫類。.岡崎由夫ほか『霧多布湿原およびその周辺地の科学調査報告書:17-20.

飯島一雄 (1983) 道東海岸線総合調査日誌 1981年度。釧路市立郷土博物館々報, 281(5) 33-34.

飯島一雄 (1983) 釧路湿原の昆虫Ⅰ.標茶町昆虫愛好会発行冊子.

飯島一雄 (1983) 知床半島の昆虫(1)羅臼町 釧路市立郷土博物館々報, 282(7)43.

飯島一雄 (1983) 知床半島の昆虫(2)羅臼町 釧路市立郷土博物館々報, 284(11) .

飯島一雄 (1984) 道東海岸線の昆虫.道東海岸線総合調査報告書:87-126.釧路市立博物館.

飯島一雄 (1984) ゴトウアカメイトトンボ.標茶町昆虫愛好会(編)標茶町の天然記念物:10-11.標茶町昆虫愛好会発行.

飯島一雄 (1986) 昆虫類.道立自然公園総合調査(厚岸道立自然公園)報告書:163-196.北海道自然保護協会.

飯島一雄 (1988) 昆虫部門。春採湖調査会編『春採湖及び周辺の環境保全基礎調査報告書』。釧路市。

飯島一雄 (1989) 標茶町サルルン沼の昆虫類。標茶町郷土館報告、(4):7-18.

飯島一雄 (1990) 昆虫.阿寒川総合調査関係文献目録:23-26.釧路市立博物館・前田一歩園財団.

飯島一雄 (1991) 阿寒川水系昆虫調査結果(中間報告).阿寒川水系総合調査中間報     告書-平成2年度-.釧路市立博物館,前田一歩園財団,阿寒町.

飯島一雄 (1991) 千島火山帯の昆虫(Ⅳ)-釧路市立博物館に所蔵されている蜻蛉類     -.Sylvicola, 9:31-34.

飯島一雄 (1996) 阿寒川水系総合調査7.昆虫 釧路市立博物館々報, 355  (10) .

飯島一雄 (1996) 昆虫標本目録(3)釧路市立博物館収蔵資料目録(XVI)。釧路市立博物館.

飯島一雄 (1999) 昆虫標本目録(6)釧路市立博物館収蔵資料目録(XIX)。釧路市立博物館.

飯島一雄・飯島喜久男 (1972) 釧路湿原総合調査中間報告-シラルトロ沼-.V.昆虫.釧路市立郷土博物館々報、218:5356.

飯島一雄・飯島喜久男 (1973) 北海道東北部から未発見のイトトンボ. 釧路市立郷土博物館々報、223:116.

飯島一雄・西川彰 (1973) エゾカオジロトンボ白糠町で発見釧路市立博物館々報, 224 (9) .

飯島一雄・豊原・司・飯島猛美 (1987) 標茶町西別岳の昆虫調査(第2報).標茶町郷土館報告,(218):20-27. 

釧路湿原総合調査団編 (1977)『釧路湿原』釧路叢書、429 pp.

釧路市立郷土博物館(1981) 釧路市立郷土博物館収蔵資料目録(I).昆虫標本目録(1)、60pp.

釧路市立博物館・前田一歩園財団・阿寒町 (1983) 阿寒川水系総合調査報告書、198 pp.

標茶町社会教育係(編)( 1973) エゾカオジロトンボ調査報告書.標茶町教育委員会,33pp.

須摩靖彦・飯島喜久男・飯島一雄 (1973) 赤沼付近の昆虫調査.釧路市立郷土博物館々報 、 220: 74-75.

豊原熙司・飯島一雄 (1983) ルリボシヤンマとゲンゴロウモドキの格闘釧路市立博物館々報, 281(5)35.


★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ 


この業績リストは、各種文献検索に基づき、生方秀紀が作成したものです。

今後、追加の情報があった場合は追加・修正などを行うことがあります。


関連記事:

生方秀紀:トンボ研究者としての飯島一雄氏



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2017-02-09 (Thu)
北海道東部の標茶町で長年にわたって活躍された昆虫研究家,飯島一雄氏(壮年期の飯島さんの姿;外部リンク)が2016年11月7日に88才で逝去された。

飯島さんは,標茶町を基点に広く釧路・根室地方をフィールドとし,蛾類を中心に昆虫全般の分布・出現期を解明することをライフワークとされた。

本職の林業の作業の合間や休日に採集した膨大な数の昆虫標本を,帰宅後やシーズンオフにせっせと同定し,そのリストを着々と報文の形で公表された。

少しでも疑問の残る標本は,それぞれの分類群の分類学者に同定を依頼することで,完璧を期す方針に徹しておられた。

こうして蓄積された標本コレクションは散逸させることなく,釧路市立博物館および標茶町郷土館に寄贈する方針を早くから表明しておられた。

トンボ研究者にとっての飯島さんといえば,何といっても,エゾカオジロトンボとイイジマルリボシヤンマの日本最初の発見者(朝比奈、1957~1973)として記憶されている。

しかし、それらの発見が飯島さんにとってはエピソードにすぎなかったことは、飯島さんが1957年からの約40年間にトンボ関係だけでも50編を超える,主に分布記録に関する著作物を公表されたことから明らかである(トンボ関連業績リストは,このブログの次回記事参照)。

私も,トンボ研究者として駆け出しの頃の1970年代前半に,標茶町の飯島宅を訪れ,昆虫研究への情熱にほだされたのだった。

1993年に釧路市で開催された国際シンポジウム「トンボの生息環境とその保護」(北海道トンボ研究会も全面的に協力し,筆者もコーディネーターを担当して,世界7カ国から専門家を招聘)では,専門家の基調講演に先立つ「トンボ保護の現地報告」の部で,飯島さんにも登壇していただいた。

そこで標茶町におけるトンボ生息地復元や森林再生の取り組みを紹介し,地球環境の保全にまで言及した飯島さんの報告(飯島,1995)は,海外からの専門家にも「北海道に飯島あり」との強い印象を与えたであろう。

私とのかかわりを通して見た、飯島一雄さんのお人柄、道東の昆虫人脈の中でのご活躍ぶりの詳細については、北海道トンボ研究会報(印刷中)を参照されたい。


外部リンク出典:

釧路市立博物館、Twitter @kushiro_museum:22:29 - 2016. nov. 14.
https://twitter.com/kushiro_museum/status/798412582029819904


引用文献:

朝比奈正二郎,1957.本邦未記録のエゾカオジロトンボ(改称).昆虫,25:32.

朝比奈正二郎,1961.エゾカオジロトンボの日本産亜種の記載.『日本昆虫分類図説.第1集第1部』,57-58頁.

朝比奈正二郎,1972.イイジマルリボシヤンマ(新称)の発見.Tombo,15:9-10.

朝比奈正二郎,1973.エゾカオジロトンボの発見とその意義.標茶町社会教育係(編)『エゾカオジロトンボ調査報告書』,1-3頁.標茶町教育委員会.


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2017-02-02 (Thu)
暖冬続きの1月21日、好天に誘われて、カメラをぶら下げてテクシー(若い人にはわかるかな?テクテクが語源)で自宅を出発、春探しです。

1月にはいってからこの日まで、最寄りのアメダスポイントのデータで、最高気温10℃以上が11日(2日に一度以上の計算)。
この日の午前11時半~12時の気温は10℃前後。
ということで、花、虫、鳥、水、空気、それぞれに何か春の兆しを期待して。。。

しかし、北寄りの季節風は強く、体感気温はなかなかのもの。
家の近くの小さな川の岸辺を見ると、ススキの穂がしなやかになびいていました(下の写真)。

ススキ170121
 季節風になびく、川岸のススキ(写真はクリックで拡大します)

後から調べたアメダスデータでは、北北西の風、最大瞬間風速14mとなっていました。
写真の背景が黒いのは、土手の西斜面のため、朝日が当たっていないためです。

少し歩くとそこには小さな梅園があり、大部分は固いつぼみのままでした。
しかしよく見ると、2,3の木では、チラホラと梅の開花が見られました(下の写真)。

梅170121 
 春を告げる梅園の早咲きの花

小さな畑地のはずれの草むらにたたずむと、赤紫や青の小さな花々が春を告げるように私を迎えてくれました。

一番多く咲いていたのが、ホトケノザLamium amplexicauleです(下の写真)。

ホトケノザ170121
 ホトケノザLamium amplexicaule

写した花弁ををパソコン画面で拡大すると、なかなかオシャレな化粧をしていることに気づかされます。
花弁がくびれているところなどは、たいへん個性的。

そのホトケノザの大群衆に囲まれるように大人しく咲くのはオオイヌノフグリVeronica persicaです(下の写真)。

オオイヌノフグリ170121
 オオイヌノフグリVeronica persica

こちらも、花を壺にたとえれば、壺の底の部分が黄色に染まり、スパイスを振ったかのように、紺色の小さな斑点がちりばめられています。

蜜を求めてやってくる小さな虫たちにとって、花たちのこの化粧は、仕事帰りのサラリーマンを誘い込む赤や青のネオンサインのような効果があるのではないでしょうか?

そして、サラリーマンはそこで財布を軽くして家路に就き、虫たちは花粉にまみれて重くなった脚をぶらさげながら次の花へと向かうのでしょう。

オオイヌノフグリの雄蕊の先(葯)には、たっぷりと花粉が陳列されています。

花粉を虫に運ばせ、有性生殖の有利性(適応度の高い遺伝子を血統の中に寄せ集める)を謳歌するこの「戦略」が1億年以上前*に生まれ、それが現在まで綿々と続き、発展してきていることには、驚嘆せざるをえません。

引用文献:
*ScienceDaily (2012) Science News. First ever record of insect pollination from 100 million years ago. May 14, 2012.


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