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2017-11-19 (Sun)
トンボを含む絶滅危惧昆虫の個体群絶滅に及ぼす
採集圧の影響についての一考察(抜粋

生方 秀紀
(トンボ自然史研究所)

※この記事は、2017 年度日本トンボ学会大会(滋賀大会)で口頭発表した論考からの抜粋です。


問題設定

・日本産トンボ目のうち、天然記念物は4種、国内希少野生動植物種は4種(うち2種は天然記念物)である。

・これら6種を除く38種の絶滅危惧種は、国レベルの採集規制を受けていない。

・実際にトンボ目についても、研究に必要な量以上の採集や標本等の売買等が行われており、採集圧による絶滅危惧種の衰退が懸念される。

・しかしながら、採集圧が個体群に与える影響に関する説得力のある主張が存在しないことから、採集圧にストップがかかっていないのが現状である。

・そこで、採集圧がトンボを含む絶滅危惧昆虫の個体群絶滅の要因になるかについて、個体群生態学および保全生態学の知見をもとに考察する。

・また、個人レベルの採集行動が全体に及ぼす影響および、絶滅を回避するための行動規範の在り方について、社会心理学を援用して考察する。


採集圧問題の論点

・鈎カッコ内は、インターネット上などで散見される、採集擁護派の主張。
・矢印の右は生方の反問。

論点1 :  「昆虫は産卵数が多いので、個体数回復力が高い。」
     → どんなに個体数が減っても回復するか? 
     → “絶滅の渦” に思いを巡らせたことはあるか?

論点2:  「採集だけで採りつくすことはできない。」
     → 競争種の存在下では、採りつくされなくても
       残党は競争種に打ち負かされるのではないか?

論点3 : 「局所個体群が一時絶滅しても、離れた所にある別の
        個体群から再植民される。」
    → 再植民の確率が低い場合はどうなるか?
    → 生息地の分断化で再植民が絶望的にならないか?

論点4: 「一人での採集個体数は多寡が知れている。」
    → 社会心理学における社会的ジレンマを免れているか?
    → 問題解決を個人の自覚にだけ任せておいてよいか?


生態学からの分析

・採集圧等により、孤立した個体群のサイズがある閾値以下になると、 「絶滅の渦」に陥り、絶滅に向う(プリマック・小堀、1997)(図1)。(論点1

絶滅の渦(プリマック1997) 
図1.「絶滅の渦」の概念図(プリマック  1997)(図はクリックで拡大します)


・ロトカ・ヴォルテラの競争方程式におけるゼロ成長線への死亡率増加の分析結果から、強く競合する生態的同位種が存在する場合、連続的に採集圧がかかる希少種は「ライバル種との競り負け」をきたし、個体数を回復できず、絶滅に向うことが起こりうる。(論点2

・メタ個体群を想定した場合、破壊された生息地が増加すると、「分断化による再植民激減」がおこる結果、最後には(破壊されていない生息地が一部残っているにもかかわらず)、メタ個体群そのものが絶滅する(Bascompte & Sole, 1996)。(論点3


採集圧の社会心理学

・Hardin(1968)が提出した「共有地の悲劇 」の社会的ジレンマ同様、個々人の行動判は合理的であっても、社会的帰結においては破滅的状況をきたしうる。(論点4

・採集圧に若干の罪悪感を感じていたとしても、「少しぐらいならいいだろう」と考えてフリーライダー(杉浦、2016)が出現しやすい。(論点4

・命令的規範、いいかえれば法的規制が、「腐ったリンゴ効果」(大沼、2007) に基づく非環境的行動(絶滅の遠因となる乱獲等)の防止に不可欠(Cialdini et al. 1991)。(論点4

・したがって、個々の行動判断に任せるのではなく、全体を見通した管理システムが必要。(論点4


全体のまとめ

・採集圧は絶滅危惧種の局所個体群を「絶滅の渦」に引きずり込む一因となりうることに言及した。(論点1

・それに加えて、採集圧の結果「ライバル種との競り負け」を招き、絶滅に向う可能性が考えられた。(論点2

・局所絶滅した生息地の増加により「生息地の分断化」の効果が突然強く表れるようになり、メタ個体群そのものが絶滅するという理論に言及した。(論点3

・これらの絶滅プロセスをトンボにあてはめるならば、メタ個体群を構成する局所個体群において環境悪化や採集圧に誘導された種間競争や絶滅の渦により絶滅するケースが増加すると、そのメタ個体群が機能不全に陥り、当該の希少トンボ種の広域的な絶滅が起こりうる。(論点1~3

・個人の行動と社会的帰結の間に存在するジレンマに言及し、絶滅危惧種を採集圧から守るには、個々の行動判断に任せるのでは不十分であり、全体を見通した管理システムが必要であることを指摘した。(論点4


引用文献

・Bascompte, J., and R.V. Sole ( 1996 ). Habitat fragmentation and extinction thresholds in spatially explicit models. Journal of Animal Ecology,. 65:465-473.

・Cialdini, R. B., Kallgren, C. A., & Reno, R. R. (1991). A focus theory of normative conduct: A theoretical refinement and reevaluation of the role of norms in human behavior. Advances in Experimental Social Psychology, 24, 201-234.

・Hardin, G (1968). "The Tragedy of the Commons". Science. 162 (3859): 1243–1248.

・杉浦淳吉( 2016 ).環境。in: 北村英哉・内田由紀子編(2016)『社会心理学概論』、325-341頁。

・大沼 進( 2007 ). 『人はどのような環境問題解決を望むのかー社会的ジレンマからのアプローチ』。ナカニシヤ出版。

・プリマック, R.B. &小堀洋美( 1997;2008 ). 『保全生物学のすすめ』文一総合出版。


★この記事の著作権は著者に帰属します。


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2017-11-18 (Sat)
11 月 11 ~12 日に、滋賀県立琵琶湖博物館で開催された、2017 年度日本トンボ学会大会(滋賀大会)に参加してきました。

以下、その時の感想(矢印以下)を研究発表&シンポジウムのプログラムに沿ってご紹介します(文中、敬称略)。


研究発表:
一般講演:
北山 拓:「2017 年のオナガアカネマーキング調査および飛来ルートの推定」
 → 気象データの詳細な分析による飛来ルートの推定。マーキングは移動先では未発見。今後、地元マスコミや小中学生を巻き込んだ移動調査が期待される。

喜多章仁・中原正登・大石寛貴:「佐賀県における近年のトンボ動態―多布施川流域における2000 年と近年の調査を例に」
 → 中期スパンでの広域的再調査でトンボ群集の変遷がとらえられている。幼虫・羽化殻の定量化も課題にしているとのことで、大変な労力を要する研究だが、成果が期待される。

大石寛貴・喜多章仁・徳田誠:「佐賀平野の止水域におけるトンボ相の地点間比較」
 → トンボの種数・個体数減少に及ぼす農薬類の影響を定量的に評価しようという意欲的研究である。

生方秀紀:「トンボを含む絶滅危惧昆虫の個体群絶滅に及ぼす採集圧の影響についての一考察」
 → これについては、当ブログの次回以降の記事で少し詳しく紹介する予定。

苅部治紀:「2017 年の大干ばつが小笠原の固有トンボに与えた影響」
 → 固有種昆虫の強力な天敵となったグリーンアノールの拡散防止や止水性トンボの繁殖槽設置など、現地でのトンボ保全に精力的に取り組んでいる演者による、小笠原のトンボの切実な生息状況の報告。

村木明雄:「Macromia flavocolorata Fraser, 1922 とM. calliope Ris, 1916 の比較」
 → コヤマトンボ属のこの両種について、これまでの知見や標本の形態の詳細な比較検討によって明らかになった相違を報告

片谷直治:「ハッチョウトンボの学名について」
 → 日本産ハッチョウトンボの学名は、私を含めてトンボ研究者・愛好家はNannophya pygmaea Rambur, 1842と信じて疑っていなかったが、形態の詳細な比較検討およびDNA分析の結果から、同属の別種に該当し、そちらの学名を充てるべきであるという提案である。

ポスター発表:
清 拓哉・片谷直治:「ベトナムおよびミャンマーからのヤンマ科の1 新属2 新種について」
 → ヤンマ科の現存属に属さない東南アジア産2新種の形態的特徴をまとめて、新しい属を立てるべきとしている。

森野光太郎・池野英利:「兵庫県南部の2 地域におけるギンヤンマ属幼虫の分布と生活史」
 → 3地点のため池でギンヤンマとクロスジギンヤンマの幼虫生活史を追跡し、それぞれの羽化時期、幼虫の年級群の成長を定量的に明らかにしている。

久松定智・武智礼央・村上裕・黒河由佳・松井宏光:「愛媛県におけるオオキトンボの生活史について」
 → 羽化殻、成虫個体数の定期・定量調査の結果を報告している。成虫は十分に観察されたにもかかわらず、羽化が見られない生息地の例もあることから、一般に行われている成虫だけの調査への警告にもなっている。

福井順治:「静岡のルリボシヤンマとオオルリボシヤンマ」
 → 県内の垂直・水平分布、シベリア・極東ロシアのタイリクオオルリボシヤンマの形態・生態との比較。

白神慶太・白神大輝:「琵琶湖の絶滅危惧種トンボの研究 2012~2017<タイトル一部省略>
 → サナエトンボ科同属2種の羽化パターンの違い、うち1種は翅の反射光の性質が残り1種と明確に異なっていることを明らかにし、これが繁殖行動の際の種識別に役立っていると考察している。中学3年生、小学6年生の発表。末恐ろしい、いや、大変楽しみである。

井野勝行:<タイトル省略>
 → 絶滅危惧種のトンボ生息地に公共工事の計画があることから、希少野生生物保護の立場から行政に対して発言している事例の報告。


シンポジウム:
「2010 年代の滋賀県のトンボ ~1990 年代からの変遷と未来~」

【講演1】
 河瀬直幹:「2010 年代の滋賀県のトンボ ~1990 年代からの変遷~」
 → 過去20年の間のトンボ生息状況の変化を、県内を碁盤目状に区切った各マス目を調査して、それぞれのトンボの種の存否を確認した結果の総括である。水田地帯でのトンボの減少ぶりが印象的であった。琵琶湖の対岸にある山間部に遠路回り込んでの調査や、すでにトンボに不適になった環境にもゼロデータを押さえるために調査にいくなどの苦労が伺えた。トンボ関係者が高齢化する中で、今回の調査グループを立ち上げたことは、他の都道府県でも参考になろう。

【講演2】
牛島釈広:「意外な所にトンボが生き残っている!?~企業におけるトンボ調査と保全活動~」
 → 21世紀に入り、企業にも会社の利益追求だけでなく社会的責任Corporate social responsibility(CSR) を果たす自覚がもとめられるようになっていることから、トンボの棲めるビオトープなどの造成の事例が増加している。トンボ研究者もこのような社会の動きと連携することの必要性、メリットがあることが提案された。

【パネルディスカッション】
「滋賀県のトンボの未来 (滋賀トンボ調査グループの成果から)」
 司会進行:河瀬直幹
 パネラー:牛島釈広、苅部治紀、白神慶太、白神宏恵、八尋克郎
 → パネラーからそれぞれの立場・見識に基づいて、今回の調査成果の評価や今後の保全の在り方について感想や提言が述べられた。また、フロアからもいくつか重要なコメントが提出された。今後の都道府県単位でのトンボ調査・保全活動の参考になる、有意義なシンポジウムであった。


全体の印象

昆虫学関連学会の会員構成の高齢化が指摘されるようになって久しいですが、今回の研究発表13件のうち5件ほどが10歳台から30歳前後と、若手の会員(新会員含む)が主たる発表者となっていて、大変フレッシュな印象でした。

かくいう私は、発表者の中では最年長となっていましたが、まだまだ老け込む年ではありません。

というのも、私よりも2回り以上も年長の井上清・元会長は今回、『トンボのすべて―増補・世界のトンボ(外部リンク:目次が掲載されているので採用)』(新装改訂版:井上清・谷幸三著:2017年 6月 1日 トンボ出版 刊)をひっさげて大会に参加されているからです。目次はこちら(外部リンク)。

老いも若きも隔てなく、切磋琢磨し、刺激しあうことで、とりわけ、フィールド系の学問は進歩していくに違いありません。


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