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2018-01-22 (Mon)
昨年9月下旬、地元在住の昆虫研究者お二方、多和田潤治さん、松村 雄さん、の御案内のもと訪れた、関東地方の農業地域の水辺を回るトンボ歩き。

今回は、その第一報「赤とんぼ探訪記(1):赤さ比べ、そして長毛マフラー」に続いて、第二の立ち寄り地写真1)からのレポートです。

緩傾斜の棚田 
写真1 第二の立ち寄り地 傾斜のゆるい棚田地帯 (写真はクリックで拡大します)

ここは、木立や農家の建物も遠くに見える広々とした傾斜のゆるい棚田地帯です。

その棚田の横を流れる用水路と並走する農道(写真2)を歩くとすぐに、脇の土手の草むらに赤とんぼの姿がありました。

緩傾斜の棚田の用水路
写真2 ミヤマアカネの交尾・産卵が見られた水路

近寄るとそれはミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum (Müller, 1766)  ♀でした(写真3)。

ミヤマアカネ♀ 
写真3 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum 

ミヤマアカネの成熟♂の体躯は鮮やかな赤色をしていますが(写真10)、♀のほうは成熟しても、くすんだ茶褐色系で、かなり地味です。
そのため、とくに背景が枯草や土の場合は、背景にうまく溶け込むことになります。

用水路の土手の草には、ツユクサの水色の花びらを背景に、マユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) ♂がとまっていました(写真4)。

マユタテアカネ♂
写真4 マユタテアカネ Sympetrum eroticum 

腹部だけでなく、翅の付け根の赤色も鮮やかです。

稲穂が頭を垂れた田圃に目をやると、ところどころにアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883)の姿がありました。
写真5はそのうちの1♀です。

アキアカネ♀
写真5 アキアカネ Sympetrum frequens 

稲穂にとまっていますが、足場の選び方が今一つだったようで、やや不安定な止まり方に見えます。
胸部に目をやると、アキアカネに特徴的な第一側縫線上の先細りの黒斑が見てとれます。

ミヤマアカネの♀も近くの稲穂にとまっていました(写真6)。

ミヤマアカネ♀
写真6 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum 

もちろん、写真3とは別の個体です。

ミヤマアカネと稲穂の組み合わせは私にとって新鮮でした。

このシーンが教てくれるのは、この水田地帯がアキアカネにとってはもちろん、ミヤマアカネにとっても、棲みやすいということではないでしょうか。

農道に戻ると、おやおや、道端に生えるアザミ(?)の穂先でアキアカネの♀が体後部を挙上するオベリスク姿勢(ただし、中途半端)をとっています(写真7)。

アキアカネ♀ 
写真7 アキアカネ Sympetrum frequens ♀のオベリスク姿勢

気温はそれほど高くありませんが、澄んだ秋空越しに射す太陽光で、体が少し火照ったのかもしれません。

水路の土手の草むらでは、枯草の茎にぶらさがるように、ミヤマアカネが交尾していました(写真8)。

ミヤマアカネ交尾
写真8 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum の交尾

顔面まで含めて鮮やかな紅色のこの♂の右前翅は半月状にえぐれる傷を追っています。
どのような事故で負った傷でしょうか。

いずれにせよ、羽化後翅が十分伸長し、硬化した後での、比較的最近負った傷なのでしょう、前縁部は先端まで折れずに残っています。

そして、この程度の傷であれば、♀に言い寄り、射止める能力は損なわれていない、ということを証明しています。

さて、このミヤマアカネのカップルがぶらさがっている同じ枯草の茎の先端近くに、別の赤とんぼがとまりました。

マユタテアカネ♂です(写真9)。

ミヤマアカネ交尾カップルとマユタテアカネ♂
写真9 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum の交尾カップルと同じ茎にとまるマユタテアカネ S. eroticum ♂。

よく似たマイコアカネと区別するために画像処理で明るくして観察してみると、翅胸側面にマイコアカネのような小黒斑がなく、顔面に青味はなく眉条斑があることから、マユタテアカネと確認できます。

マユタテアカネは、ミヤマアカネのカップルをそれ以上邪魔するでもなく、その場にとまっていました。

別の草の葉の上には、ミヤマアカネの♂がとまっていました(写真10)。

ミヤマアカネ♂
写真10 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum 

翅脈も含めて体全体が真っ赤で、大変華やかです。
ただし、脚と翅の縁紋の前縁、それに触角は黒いままです。

写真3&6のミヤマアカネ♀とくらべると本種の成熟♂♀の色彩の違いがよくわかると思います。

なお、トンボでは、羽化後の成熟やその後の老化によって体色が変化することが多いので、種間や性間で体色を比較する場合には注意が必要です。

用水路に目を移すと、コンクリート底の上を清冽ながら浅い水が流れる場所で、ミヤマアカネのペアが連結打水産卵をしていました(写真11)。

ミヤマアカネ産卵
写真11 ミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum の連結打水産卵

珍しいシーンが私の眼の前に突然現れ、産卵が終らないうちにと、あわてて撮影したこともあり、適切なISO感度とシャッター速度を選択することに失敗してしまいました。

シャッター速度が320分の1秒と遅かったため、写真はブレまくり、トンボの姿がカメラフレームに収まらないケースも続出しました。

ミヤマアカネの産卵シーンの撮影は初めてでしたので、何か1枚、証拠写真として掲載したいと考えて、消去法で最後に残ったのが上の写真です。

画像をこれ以上拡大しないでください(笑)。
そしてマズイ写真の例として引用しないでください(笑)。

このミヤマアカネの産卵は、同じカメラ(EOS7D)で動画も撮影しましたが、これもとても公開できるような写りとはなりませんでした。

しかし、打水のリズムが、8秒間に9回、しかもメトロノーム級の精確な刻みだったことは確認できました(動画ファイル名:MVI_6999の、再生開始後9~17秒の間)。

そうこうしているうちに、現地で案内してくださったTさんから「こちらにマイコアカネがいますよ!」との掛け声がかかりました。

声の方角に向ってそくさくと畦道を進むと、サワサワと垂れている稲穂の群れの中にマイコアカネ  Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) ♂の姿がありました(写真12)。

マイコアカネ♂ 
写真12 マイコアカネ Sympetrum kunckeli 

稲穂の上にとまり、腹部を挙上させた凛々しい姿を見せてくれました。
翅の先が破れているのが若干、玉に瑕ですがそれを差し引いても、うっとりする姿態です。

翅胸側面にマユタテアカネにはなかった小黒斑があり、顔面は白いだけでなく、かすかに青味を帯びています。

眉こそありませんが、なるほど京都の小路をそろりと歩む舞妓さんの化粧した顔を連想させるものがあります。

ただし、真紅の振袖で身を包んでいるのは♀ではなく、♂のマイコアカネのほうなのは(今流行りの言葉を用いれば)「残念!」な真実といえるかもしれません(笑)。

今回は本種♀の観察・撮影はできませんでしたが、本種♀は、尾園ほか(2012)によれば、成熟♂にくらべて、翅胸側面は黄色味が強く、腹部は通常橙色となっています(中には♂型の♀というものも存在し、腹部背面が若干赤化します)。

ミヤマアカネの交尾・産卵や、お目当てのトンボの一つであるマイコアカネを見ることができて満足気味の私に、案内してくださっている多和田さん、松村さんから、「次のポイントに行きましょう」と声がかかりました。

ここ、第二の立ち寄り地の赤とんぼは、4種。
第一・第二の立ち寄り地を合わせて6種となりました。

次の第三・第四の立ち寄り地で更に赤とんぼの種は増えるのでしょうか。。。

次回記事をお楽しみに。


引用文献:

 尾園暁、川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


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2018-01-20 (Sat)
1月も後半。トンボは一部の成虫越冬種を除いてオフ・シーズン。

こういう時は、シーズン繁忙期に取材したままブログ掲載のタイミングを逸してしまったトンボ達の活動シーンを、遅ればせながら紹介するというのも一方法。

ということで、2017年秋の赤とんぼ探訪の旅を、シリーズで数回にわたってレポートしたいと思います。

1回目の今回は、9月下旬、地元在住の昆虫研究者お二方、多和田潤治さん、松村 雄さん、の御案内のもと訪れた、関東地方の農業地域の水田や人工池、湿地を回るトンボ歩きの最初の立ち寄り地からのレポートです。

直近のアメダス地点の気温が20℃をやや上回り、空模様は晴れ一時曇り、風速は5メートルというトンボ日和のもと、最初の立ち寄り地(写真1)に足を踏み入れました。

木立に囲まれた人工池Sep2017 
写真1 最初の立ち寄り地 (写真はクリックで拡大します)

周囲を田畑に囲まれた小規模な林地の中の小さな池(写真1)のほとりで私を出迎えてくれたのは、ナツアカネSympetrum darwinianum Selys, 1883 ♂でした(写真2)。

ナツアカネ♂ 
写真2 ナツアカネ Sympetrum darwinianum ♂

先が折れた枯草の先端にとまっているこの♂は、顔面から複眼上部、翅胸を経て腹部先端まで真っ赤に染まっています。

とりわけ、顔面の真ん中から上(後頭楯+前額+額瘤)は赤色が鮮やかなだけでなく、まるで肉瘤のように隆々と盛り上がり、この♂の燃え上がる恋心が透けて見えるかのようです。

ナツアカネは水辺の植物にとまって♀を待ち、そこにやってきた♀と交尾するとされています(杉村ほか、1999)。

写真の♂の各足先の爪の先はしっかりと止まり場にくいこみ、体の安定を保っています。
「この場所をそう簡単には他の♂には渡さないぞ」という決意の表れかもしれません。

よく見ると、翅にはクモの糸が2,3本からまっていて、羽化して以来この日までのこの♂の奮闘ぶりをうかがわせます。

池のほとりの白っぽい岩の上に別のも赤とんぼがとまっていました。
マユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) ♂です(写真3)。

マユタテアカネ♂ 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum  ♂

写真2のナツアカネに比べ、腹部を除く体躯は赤色を避けるかのように、茶色~チョコレート色をしています。

前額には、濁った淡褐色の地色にチョコレート色の斑点(専門用語は、眉斑)があります。
この眉斑は典型的には1対の太眉のように見え、これがマユタテアカネという和名の元になった?
もちろん、その通りです。

マユタテアカネ♂のもう一つの特徴は、尾部上付属器の先半分が大きく上方に反りかえっていることです。
これについては以前の記事「マユタテアカネ♂」でクローズアップ写真を添えて解説していますので、学名の由来とあわせて笑覧ください。

写真3のマユタテアカネ♂も、やはり、♀の到着を待って、この岩周辺の水辺を なわばり として占有しているに違いありません。

さて、この池から少し離れて、木立が水田に面した土手面に回り込んでみました。
そこの草の葉に半ばぶらさばるようにとまっていたのはアキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883) ♂です(写真4)。

アキアカネ♂
写真4 アキアカネ Sympetrum frequens  ♂

この♂からもわかるように、アキアカネ♂は、ナツアカネ♂に比べて腹部以外はあまり赤くなりません。
その点、写真3のマユタテアカネ♂と同様のファッションを採用しているといえます。

写真4のアキアカネ♂の頭部・胸部を拡大してみたところ、翅胸前面の体毛が思っていたよりも密で長いことに気づきました(写真5)。

アキアカネ♂、頭部・胸部拡大
写真5 アキアカネ Sympetrum frequens  ♂(写真4と同一個体)

前胸背板に襟のように見える毛があることについては私も以前から知っていましたが、これもあらためて注目するとなかなか立派です。
更には、頭部後縁にも長い毛が生えています。

尤もらしい解釈としては、頭部を上下左右に動かした際に、トンボが自分がどの方向を向いているかを認識するための接触感覚を得るためというものがあります。
これは私が大学の生物学科(動物学専攻)学生だった時に動物生理学の教授(玉重三男先生)が授業で紹介した仮説の一つであったと記憶しています。

実際、トンボ目の幼虫・成虫の体表面の随所に列生している、このような刺毛は接触感覚を担っていることが知られていますし(Corbet, 1999)、特に飛行中の視界の向きと飛行メカニズムである胸部の向きとの立体角度の把握はパイロット(この場合はトンボの脳)にとって大変重要ですので、この仮説は初期仮説としては大いに妥当だと思います。

さて、その場から少し歩いて近くの土留め用コンクリートの杭に目をやると、その天面にノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys, 1883) ♀がとまっていました(写真6)。

ノシメトンボ♀
写真6 ノシメトンボ Sympetrum infuscatum ♀

陽があたっていないため、ノシメトンボ♀の色がよけいに地味にみえます。

別角度からの写真を拡大すると、下唇をあんぐりと開け右前脚で複眼をこすっています(写真7)。

ノシメトンボ♀
(写真7)ノシメトンボ Sympetrum infuscatum  ♀(写真6と同一個体)

そして、顔面には水滴。
どうやら、池の面をかすめ飛びながら水を飲んで戻った後のようです。

※当ブログでノシメトンボが主役となった記事に、「ノシメトンボ:ハンディキャップもなんのその」があります。関連過去記事のリンクもありますので、ご笑覧ください。

さて、そうこうしているうちに、午前11時を少しすぎていました。

黄金色に染まる水田に目を向けると、たわわに実る稲の穂先でアキアカネが交尾していました(写真8、9)。

アキアカネ交尾
写真8 アキアカネ Sympetrum frequens  交尾

アキアカネ交尾、ズームイン
写真9 アキアカネ Sympetrum frequens  同一交尾カップルにズームイン。

♂は籾6本の脚の爪をしっかりと籾にかけて、体を支えています。
♀は6本の脚で♂の腹部につかまっています。
こうして、自分の頸部と生殖口にかかる体重をいくらかでも分散させているのかもしれません。

ちなみに、♀の頭部と胸部をつなぐ細くしなやかな首にも強い力(重力)がかかっているはずです。
トンボにはこの力から細い首を守るために巧みなしくみがあることがStanislav N. Gorb博士らによって明らかにされています。
それは「頭部ー頸部固定装置」。
これについては、いずれ稿を改めてご紹介したいと思います。

少し離れた別の稲穂にはアキアカネ単独♀がとまっていました。
♂の求愛をじっと待っているのかもしれません。

アキアカネの配偶システム(mating system)を把握するには、配偶場所を中心に粘り強く、繰り返し観察することが必要ですが、今回も駆け足での生息地巡りのため、それは叶いませんでした。

※アキアカネについては、これまでに何度もこのブログでとりあげていて、下記記事中にはそれらの記事へのリンク集をつけています。

こうして、最初の立ち寄り先で幸先よく、4種のアカネ属のトンボに遇うことができ、短時間ながら観察・撮影することができました。

中でもナツアカネは当ブログには初登場で、写真に写った姿をじっくり眺めた私に対しても、なかなかのインパクトを与えてくれました。

私が埼玉県に転居するまで長く居住していた北海道釧路地域ではナツアカネは非常に稀で、あこがれのトンボの一つであったと言っても言い過ぎではない存在でした。

さて、次の立ち寄り地では、更に別のアカネ属のトンボにも出会うことになります。

次回記事をお楽しみに。

最後になりましたが、現地を親切にご案内いただいただけでなく、生息状況などについてご教示くださった、多和田潤治さん、松村 雄さんのお二方に心よりお礼申し上げます。


引用文献:

Corbet, P.S. (コーベット, P.S. )(1999著)、椿・生方・上田・東、監訳(2007)『トンボ博物学―行動と生態の多様性ー』。海游舎。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。


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