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2018-06-28 (Thu)
6月上旬に栃木県の小湿地で観察したハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、4回目の今回は♂同士の なわばり争いをとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。


目 次
 ◆はじめに
 ◆ハッチョウトンボの なわばりサイト
 ◆ナワバリを監視する♂
 ◆♂同士の追い合いをカメラで追う
 ◆♂同士の追い合い行動のまとめ
 ◆謝辞


はじめに

本種の なわばり争いについては、すでに過去記事「奥の蜻蛉道(2):真夏のミズゴケ湿原のトンボ」でレポートしていますが、成虫の数が少なく争いそのものがレアだったこともあり(そのため写真もなし)、以下のような簡単な記述に終わりました。

「しばらく見ていると、ハッチョウトンボの♂同士の なわばり占有を巡る追い合いが始まりました。
上から見て直径1~2mの範囲内を目まぐるし速度で旋回しながらの追い合いです。
 カメラにどう収めようかとまごまごしている間に、追い合いは決着し、再び池塘のまわりに静穏が戻りました。」

今回は、個体数も多く、活発に♂同士の追い合いが見られたことから、その様子をなんとかカメラフレームに収めることができましたので、観察者である私の記憶も掘り起こしながら、本種の なわばり争いを、飛行スタイルに着目しながらスケッチすることにします。


ハッチョウトンボの なわばりサイト

写真1は、この小湿地の中で、ハッチョウトンボの なわばり争い、交尾、産卵がよく見られた一帯です。

ハッチョウトンボの繁殖場所 
写真1 ハッチョウトンボのナワバリ争い、交尾、産卵が見られたポイント(写真はクリックで拡大します)

ミズゴケ属 Sphagnum、モウセンゴケ属 Drosera、ホタルイ属 Schoenoplectus の植物などが繁茂し、小面積の浅い止水(池塘と呼ぶほどの深さはありません)が散在しています。 

中央右の日陰部分をバックに、真っ赤な成熟♂がホタルイ属植物の茎の上端近くにとまっています。

午前9時をまわるころから、この小湿地の上で、真っ赤な♂同士がクルクルと追い合う行動が見られるようになりました(やはり、直径1~2m程度の範囲内の追い合いがほとんどでした)。

そうです、これは なわばり(縄ばり、territory:防衛された土地)を守る個体と、隙あらば奪おうとする個体との争いです。

このように、ハッチョウトンボ♂が小さな なわばりを持ち、防衛することは、以前から論文等でよくしられています。


ナワバリを監視する♂

そこで、まず なわばりを占有し、見守っている♂の姿からご覧いただきます(写真2)。

ナワバリを監視するハッチョウトンボ♂ 
写真2 なわばり を監視するハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 

写真2は、写真1のポイントから数m離れた、モウセンゴケやトクサ属植物の繁茂する湿地で なわばり を監視するハッチョウトンボ♂を斜め上から撮影したものです(6月2日9時26分)。

写真3は、写真2の個体をほぼ真横から撮ったものです。

ハッチョウトンボ成熟♂ 
写真3 なわばり を監視するハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂(同一個体)、拡大(前々回記事からの再掲)

この♂は翅を下前方にすぼめ、腹を水平に真っ直ぐ伸ばして、しっかりとトクサ属植物の茎の先端近くにとまっています。

これは、もし♀がやって来れば即座に交尾し、その後♀が産卵すればそれをガードして、その結果少しでも多くの子孫を残すという使命を果たす上で、一つのぬかりもない態勢といえます。

それだけでなく、♀がやって来やすいと判断して待ち受けているこの場所を横取りしようとする、他の♂が現れれば、即座に飛び立ち、その相手を体を張って追い払おうという、なわばり防衛のための監視態勢でもあります。

そのような なわばりには、♀よりも♂のほうが、より高頻度で入り込んできます。

結果として なわばりの占有権をかけての争いが、観察者の眼の前で盛んに繰り広げられることになります。


♂同士の追い合いをカメラで追う

そのような ♂同士の追い合いは、私の観察初日の午前9時前後から活発になりました。

以下に、9時7分から9時9分までの約2分間に撮影した♂同士の目まぐるしい追い合いから、その行動の特性を探ります。

約40回シャッターを押して得られた画像の中から、ピントは超甘ながらも、追い合いの際のトンボの姿勢や飛行方向を読み取れるものを選んで組写真にしたものが、写真4~6です(abc順を含め、時系列通り)。

最初に、写真4(a~d)に写った♂の態勢を、順に見ていきます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、1 
写真4(a~d) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、1

a)クルクルと追い合いが始まったので、手動連写を開始した後の1枚です。
お互いが見える位置で飛んでいますが、正面衝突のおそれがない、すれ違いルートを飛んでいることが見てとれます。

b)なわばり争い中の一方の♂です。
腹部を少し上方に反らし気味にし、脚はしっかり畳んで羽ばたいています(320分の1秒で撮影)。

c)かなり接近戦に見えますが、やはり正面衝突は避けています。
ただし、下手をすると相手と翅の先端同士が接触しかねない距離で擦れ違っています。

d)右の♂は、相手の♂と交錯した後、更に相手に立ち向かおうと、進行方向を相手のいる右方向(画面向って左方向)に変えようとしているのが、左右両翅翅の打ち下ろし方向が進行左下方向(画面向って右下方向)になっていることから、見てとれます。
この打ち下ろし方向のコントロールは、翅胸部を進行方向に対して右に傾けることで実現されます。

次に、写真5(e~h)の♂の様子を見ます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、2 
写真5(e~h) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、2

e)互いに突進したライバル同士が共に急ターンをしている様子が伺えます。
右上の♂は、進行左方向(画面手前方向)にターンするように、翅胸を進行左方向に大きく傾けています。
左下の♂は、はっきりしませんが、進行やや左上方向にターンしようとしているようにも見えます。

f)左上の♂が、右下の♂を追っています。
右下の♂は、画面手前左上から画面奥右下の方向に飛びながら、更に自身の左方向に舵を切っているように見えます。
この♂は追われる立場に見えますが、腹部を少し上方に反らし気味にしています。

g)追う立場の左上の♂は、右に急ターンしようとしています。
追われる立場の右下の♂は、上昇しようとしているように見えます。
そして腹部を少し下げ気味です。
これは、追う方の♂に対して自らの腹部を誇示して対抗意識をアピールしているのかもしれません。

h)追う立場の中央♂は、画面奥左上方向から手前右下方向に飛んできたように見えますが、この時点でも、相手を更に追うように、自身の左に急カーブしようとしています。
右上の♂は、この瞬間には相手を避ける方向に飛んでいます。
この写真には左下にも♂が写っており、一時的ながら、3♂による三つ巴の争いになっていたことがわかります。

最後に、写真6(i~L)の♂の様子を見ます。

ハッチョウトンボのナワバリ争い、3 
写真6(i~L) ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の なわばり争い、3

i)互いに至近距離ですれ違っていますが、一方は画面左上方向に、もう一方は右下方向に向かっています。
右下の♂は、翅胸の背面を自身の右に少し傾けていることから、右方向(画面手前方向)にターンしようとしているのでしょう。

j)左の♂は、画面奥に向って進み、若干左ターンしようとしています。
右の♂は、画面左奥から手前右に下降気味に飛んでいます。
左の♂は、相手である右の♂を後方から追おうとしているのかもしれません。
逃げる方が、まっすぐ逃げるのではなく、横へ、横へと逃げるという動きが、追う・追われる2個体による円環・螺旋状の飛行を作り出すと思われます。

k)なわばり争い中の一方の♂の飛ぶ姿を真横からとらえています。
腹部は上方にやや反らせ気味で、脚はしっかりと畳んでいます。
真っ赤な腹部と真白な尾部付属器のコントラストが目を惹きます。

L)一方の♂が画面左から突進するのに対し、他方の♂はそれから逃げるのではなく、相手から見て右方向にターンしようとしています(8000分の1秒で撮影)。
これはただ逃げるのではなく、簡単には引き下がらないという敵愾心のあらわれだと思われます。
このような敵愾心のある♂同士の争いが、お互いに相手を追尾する円環追尾あるいは螺旋追尾という、目まぐるしい空中戦を引き起こすと考えられます。


♂同士の追い合い行動のまとめ

ここまで見てきた個別ショットの観察を突き合わせることで、ハッチョウトンボ♂同士の追い合い行動全体の傾向をまとめてみました。

なわばりに好適な(すなわち♀が交尾・産卵にやって来やすい)湿地上では、成熟♂同士(通常2♂)が互いに接近した場合、その場所の占用権をめぐって追い合いが始まります。

互いに相手に向って突進する場合でも、どちらの個体も正面衝突のおそれがない、すれ違いルートを飛びます(a)。

ただし、かなり接近して、下手をすると相手と翅の先端同士が接触しかねない距離で擦れ違うこともあります(c)。

相手の♂と交錯した後、少なくとも一方が、急ターンしてでも、進行方向を相手のいる方向に変え、引き続き追尾しようとする傾向があります(d、e、g、h)。

追われる方が、交錯後、向きを横方向に変えることもよく見られれます。
すなわち、追われる方も一方的に逃げるのではなく、敵愾心(ライバル意識)をもって逆に相手に立ち向かう傾向を持つと解釈できます(f、j、L)。

このような敵愾心をもつ♂同士の動きが、お互いに相手を追尾する円環追尾あるいは螺旋追尾という、目まぐるしい空中戦を作り出すことになると考えられます(j、L)。

なわばり争い中の、追う方の♂が、腹部を少し上方に反らし気味にしていることが頻繁に見られます(b、d、h、k、L)。

追われる立場の♂が腹部を少し上方に反らし気味にしているケースも、稀に見受けられます(f)。

追われる立場の♂の場合、腹部を少し下げ気味にするケースも確認されました(g)。
これは、追う方の♂に対して自らの腹部を誇示して対抗意識をアピールしているのかもしれません。

このようなアクロバチックで高速な飛行動作からなる なわばり争いを、この小さな体のハッチョウトンボが疲労した様子も見せずに繰り返すのには、驚嘆せざるをえません。

次回記事では、いよいよ、ハッチョウトンボの交尾・産卵行動を取り上げます。
お楽しみに。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-22 (Fri)
月井栄三郎さんのご案内のもと栃木県の小湿地で観察した、ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、3回目の今回は、繁殖場所に一時的に形成された、成虫の異日齢集団をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆異日齢集団との出会い
 ◆異日齢集団の構成
 ◆異日齢集団が成立する条件
 ◆未成熟個体の退避エリア?
 ◆謝辞


異日齢集団との出会い

その小湿地でのハッチョウトンボの観察は、今年6月2日・3日の、いずれも朝8時台にスタートしましたが、今回記事でスケッチするのは、3日の午前8時16分に撮った写真に収められた成虫の集団です(写真1、2)。

ハッチョウトンボの異日齢集団(1) 
写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 成虫の集団(写真2の中央部分を拡大) (写真はクリックで拡大します)

ハッチョウトンボの多日齢集団 
写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea 成虫の集団 

写真2からは、14個体のハッチョウトンボ成虫(♂11個体、♀3個体)の姿を識別することができました。

左から4分の1の位置の♂だけは たまたま 飛翔中ですが、他は皆、朝露のからみついたトクサ属 Equisetum 植物の茎を脚でつかみ、ほぼ水平の姿勢を保っています。


異日齢集団の構成

写真2に写っている♂の大部分(9個体)は、灰色~薄茶色の複眼、腹基部に白横縞のある成熟途上の個体(前回記事の写真6,7を参照)で、残りの2個体(左端、下;左から4分の1)は頭部背面、胸部、腹部が赤化していて成熟がほぼ完了した個体(前回記事の写真10,11を参照)です。

写真2に写っている♀*3個体のうち、1個体(中央)は茶色の複眼をしたほぼ成熟したもの(前回記事の写真4を参照)で、残りの2個体(左端、下;左から4分の1)は複眼が灰色~薄茶色の成熟途上のものです(前回記事の写真2,3を参照)。

(*注:ハッチョウトンボ♀は腹部の白い横縞が少なくとも4本あることから、♂(2本以下)と簡単に区別できます。[前回記事の掲載写真参照])

ここまで確認してきた通り、この小湿地のこの日のこの時刻には、わずか座布団1枚ほどの小面積に様ざまな日齢のハッチョウトンボ成虫♂♀が、10個体、20個体といった高密度で混在していました。

前日の朝8時53分にも、ほぼ同様の状況の写真を撮っています。

この時期、時間帯のこの小湿地では、少し探せば当日羽化したばかりの個体も見つかり(前々回記事参照)、昼近くになれば活発にナワバリ争いや交尾産卵行動(次回記事参照)が繰り広げられていました(次回以降の記事参照)。


異日齢集団が成立する条件

繁殖場所に成立する、このような高密度の両性・異日齢集団は、長年トンボの観察をしてきた私にとっても、驚きの光景でした。

他のほとんどすべてのトンボの種では、羽化後の成虫は繁殖場所である水辺を離れ、林野や草原で数日から数週間の前生殖期 pre-reproductive period を過ごします。

その間に彼らは採餌と休息に専念し、生殖腺を成熟させ、また飛行能力も高めた上で、満を持して繁殖場所を訪れるというのが通例です。

ハッチョウトンボでは、体のサイズが ”半端なく” 小さいため、採餌のために広大なエリアを必要としないのかもしれません。

そのため、羽化場所(=繁殖場所)またはそのすぐ近くに留まっても、栄養は足りるということなのかもしれません。

もう一つは、成熟途上の個体が、すでに成熟した♂個体から ”セクハラ” や ”パワハラ” を受ける危険が少ないという条件が存在しているのかもしれません。

裏返して言えば、成熟♂は湿地上に滞在している同種成虫の性別、成熟度を識別できていて、未成熟の♂♀に対してむやみに交尾や喧嘩をしかけないという、行動ルールを持ち合わせているのかもしれません。


未成熟個体の退避エリア?

今回、もう一つ気付いたことがありました。

それは繁殖場所である小湿地に隣接する、乾燥したまばらで草丈の低い草地(湿地から10~15m低度離れている)(写真3)に、やはり高密度のハッチョウトンボ成虫が滞在していたことです(6月2日の9時57分頃と10時15分頃に現認;写真なし)。

ハッチョウトンボが生息する小湿地に隣接する草地 
写真3 ハッチョウトンボが生息する小湿地に隣接する草地

彼ら・彼女らは、おそらく小昆虫を捕食することにかかわって、飛んだりとまったりしていました。

この場合、どちらかといえば、成熟途上の個体が多く目についた(逆に、真っ赤な成熟♂、茶・黒・白の横縞の腹をもった成熟♀は目立たなかった)ので、もしかすると湿地でのナワバリ争いや交尾行動が活発化する時間帯に、それらに巻き込まれるの避けて、成熟途上の個体たちが少し乾燥湿地側に行動場所をシフトしていたのかもしれません。

そういえば、交尾が見られるようになった午前10時以降、湿地のトクサ属群落での成熟途上のハッチョウトンボ成虫の割合が低下した印象がありました(ただし、羽化直後の個体は残存していましたし、成熟途上個体もいるにはいました)。

このような理由での、湿地と湿地周辺草地との間の成虫の移動が、実際あるのかどうかについては、それに的を絞った観察調査が必要になります。

可能であれば、個体識別マークをつけて計画的に観察したいところです。

次回記事では、ハッチョウトンボ成熟♂間のナワバリ争い行動を取り上げます。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-12 (Tue)
栃木県の小湿地での観察に基づいたハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、2回目の今回は成虫の羽化完了時点から成熟までの体色変化をトレースします(初回記事はこちら)。

このトピックについては、すでに過去記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」で取り上げていますが、その記事では中間段階の写真が若干不足していただけでなく、完熟段階の写真を欠くという不十分さがありました。

今回記事は、それを補うとともに、過去記事の観察地である岐阜県と今回記事の舞台である栃木県との間でこの過程に何らかの相違があれば、それを見出すのがミッションとなります。


目 次
 ◆♀の体色変化
 ◆♂の体色変化
 ◆体色変化パターンの、岐阜と栃木の間の比較
 ◆♂と♀の成熟色の違い
 ◆謝辞


♀の体色変化

まずは、羽化当日から完全成熟までの、いくつかの段階を代表する成虫♀の写真を順にご紹介し、♀の体色変化を探ります。

写真1は、今年6月2日の9時32分にその小湿地で撮影した、羽化当日の♀です(シリーズ前回記事から再掲)。

ハッチョウトンボ羽化直後の♀ 
写真1  羽化当日のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀(再掲)(写真はクリックで拡

写真1では、翅を開き鉛直にぶら下がるように植物の茎にとまっています。

複眼は羽化直後同様の乳濁した薄紫色です。

翅脈は羽化直後同様に白いですが、縁紋は薄い灰色にまで着色しています。
脚の黒味も増しています。

腹部に、♀特有の斑紋パターン(褐色、白、黒の横縞の繰りかえし)が、うっすらとですが、出ています。

下の写真2の♀(別個体)も鉛直にとまっていますが、翅脈も縁紋も十分黒化し、翅の基部には透明黄褐色斑が現れています。

ハッチョウトンボ未熟♀ 
写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀ (別個体)

写真2では、腹部の茶色・黒色の横縞模様は、いくらか濃くなっています。

しかし、複眼の発色はほとんど進んでおらず、大部分、薄紫がかった乳白色です。

下の写真3の♀は、水平にとまり、複眼の色が淡褐色になり、腹部の茶色、黒色もより強くなっています。

ハッチョウトンボ未熟♀ 
写真3 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀ (別個体)

写真3では、翅基部の黄色斑の部分の翅脈の色が茶色になっています。
ただし、成熟♂のその部分のように赤くはなっていません。

下の写真4の♀では、複眼は焦げ茶色へと濃くなり、翅胸前面の黒斑も濃くなっています。

ハッチョウトンボ♀ 
写真4 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀ (別個体)

写真4では、腹部の色は写真3とほとんど変わりはありません。

ちなみに、この♀は、私の眼の前で、飛んでいた小昆虫を空中でつかまえてこの草にとまり、モグモグ食べているところです。

写真5の♀は、私の眼の前で♂と交尾し、その後♂のナワバリ内で打水産卵をしていた個体で、打水産卵の合間に小休止しているところです。

ハッチョウトンボ♀、産卵中の休息 
写真5 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀、産卵中の休息 (別個体)

写真5の個体と写真4の個体の間に、色調に差は見出せませんので、写真4,5とも、完全に成熟した♀の色調を示しているといえます。

過去の同様テーマの記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」では、♀で写真4、5の段階の提示をしていませんでしたので、今回記事で体色変化の追跡がほぼ完全になったといえるでしょう。


♂の体色変化

つぎは、♂の体色変化についてです。

いずれも6月2日に同じ湿地で撮影したものです。

下の写真6の♂(別個体)の複眼は乳白色の濁りが強く残り、茶色への変化がほとんど現れていません。

 ハッチョウトンボ未熟♂
写真6 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真6では、翅基部の黄褐色班ははっきり現れていますし、翅脈は基部近くの前縁のものを残して黒化しています。

腹部背面は、黄褐色を呈してきていて、各腹節の後寄りの色がより濃くなっています。

腹部第3,4節の前端部に白色の横縞があるのも目立ちます。
その一方で♀のように黒い横縞は現れていません。

下の写真7の♂では、複眼の乳白色の濁りは消え、複眼背面に茶色味が出ていますが、まだ茶色にまではなっていません。

ハッチョウトンボ未熟♂ 
写真7 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真7の♂では、腹部背面の黄褐色は、写真6よりもいくらか濃くなっていますが、赤味は出ていません。

下の写真8の♂では、複眼背面に赤味がはっきり表れています。

ハッチョウトンボ未熟♂ 
写真8 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真8では、翅脈のうち、基部に近い前縁が赤化しています。

腹部の赤化が末端3~4節で始まっていますが、中間部の腹節では茶色化すらあまり進んでいません。

このように、写真7写真8の個体の間で、腹部の色彩変化のパターンに微妙な個体差が出ているようです。

下の写真9の♂は、腹部背面の色が茶色を通り越して、黒味がかった赤茶色にまで濃くなっています。

ハッチョウトンボ♂ 
写真9 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真9では、腹部第3,4節の前端部の(写真7では)白色だった横縞は黄色く濁っています。

下の写真10の♂は、腹部背面が赤くなり、ハッチョウトンボの♂らしい色彩に到達しかかっています。

ハッチョウトンボ♂ 
写真10 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

写真10では、腹部第3,4節の前端部の黄色い横縞はまだ消えることなくハッキリと見えます。

下の写真11の♂は、複眼はもとより、腹部全体、それに胸部を含め真っ赤に染まっています(ただし、胸部、腹部には黒斑あり)。

ハッチョウトンボ成熟♂ 
写真11 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♂ (別個体)

これらの複眼、翅脈前縁、腹部の赤化は、♀には見られないことから、♂にだけ現れる第二次性徴ということになります。

写真10までは白かった尾部付属器は、写真11ではオレンジ色がかっています。

これこそ、完全に成熟した♂の色彩コーディネートといえるでしょう。

過去の同様テーマの記事「ハッチョウトンボ:恋のドレスアップ」では、♂については3段階の写真を提示しただけでしたが、今回は初期を含む6段階の写真を提示できましたので、より肌理(きめ)の細かい体色変化のトレースができたのではと思います。


体色変化パターンの、岐阜と栃木の間の比較

♂、♀それぞれの、体色変化パターンを、岐阜県(過去記事)と栃木県(今回記事)のそれぞれの1生息地の間で比較してみました。

♀に関しては、今回の写真だけからは、岐阜と栃木の間で明らかな相違を見出すことはできませんでした。

一方、♂では以下のような差が見られました。

岐阜では、複眼がまだ赤くなっていないのに、腹部背面が濃い茶色になっている個体がいました(過去記事の写真6)。

それに対して、栃木では、腹部背面が濃い茶色になっている個体では、複眼は赤くなっていました(今回記事の写真9)。

これを地域間の違いと決めつけてしまうのは、危険が大きすぎます。

単なる個体変異(遺伝子レベルの変異があるにせよ)にすぎず、それゆえ、同じ地域内に赤眼先行タイプと濃茶色腹先行タイプが共存(あるいは連続的変異として存在)している可能性のほうが高そうです。

しかし、今後、各地でこのような体色変化パターンに注目した観察がなされれば、変化パターンに何らかの地域変異が検出される可能性もゼロではありません。


♂と♀の成熟色の違い

以上、見てきたように、ハッチョウトンボは、羽化直後には体全体として乳白色に近い色彩だったものが、♀では複眼は茶色、腹部は茶色、黒、白の横縞模様へと変化しています。

もしかすると、この横縞模様は、湿地の枯草や底泥を背景にした場合の、迷彩色(つまり保護色による隠蔽擬態)の機能を持っているかもしれません。

一方、♂では成熟すると、複眼背面、胸部、腹部とも真紅に染まり、大変目立ちます。

過去記事で比喩したように、ハッチョウトンボでは(人間とは逆に)♀よりも♂のほうが、大人に近づくにつれてドレスアップしています。

トンボの世界ではなぜこうなっているのかについては、以下の過去記事で考察していまので、興味のある方はご笑覧ください。


次回記事では、交尾・産卵を含むハッチョウトンボ成熟成虫の行動を取り上げます。


謝 辞

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2018-06-09 (Sat)
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2018-06-08 (Fri)
世界最小級のトンボであるハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842
その可憐な姿は、われわれトンボ観察者だけでなく、自然愛好家の心を和ませる存在です(関連過去記事はこちら)。

残念なことに、生息湿地の埋め立てや乾燥化に伴って、地域絶滅が相次ぎ、その結果、ハッチョウトンボは私の住む埼玉県ではすでに絶滅し、12県で絶滅危惧I類に指定されるにまで至っています。

このたび、「那須塩原市の自然」のHPに、生きいきとしたトンボたちの姿をアップしておられる、月井栄三郎さんにお招きいただき、栃木県内の小規模な湿地でハッチョウトンボを観察・撮影する機会を持つことができました。

その際に私が撮影したハッチョウトンボの振舞いを、数回のシリーズ記事でご紹介します。
初回の今回は、羽化したばかりの妖精のような姿をご覧に入れます。


目 次
 ◆ハッチョウトンボの生息地
 ◆羽化直後の個体発見
 ◆羽化後の時間経過と外見の変化
 ◆光が透けて見える腹と透けない頭・胸
 ◆羽化後の時間経過と外見の変化(続き)
 ◆謝辞


ハッチョウトンボの生息地

6月22日の朝、待ち合わせ場所に到着した私は、月井さんの案内でハッチョウトンボ生息地へと向かい、8時半ちょっと過ぎに到着しました。

そこは、林地に囲まれた平坦な土地で、草地、草がまばらに生えた裸地、小規模な湧水で潤わされた湿地などからなっていて、少しずつ幼木の侵入が起きているようなところです。

その湿地部分(写真1)がハッチョウトンボの幼虫の住み場所となっており、私達が到着した時には、朝露の残るミズトクサの群落のあちこちに、様々な成熟度合いのハッチョウトンボ成虫たちがとまっていました。

ハッチョウトンボが生息する小湿地 
写真1 ハッチョウトンボが生息する小湿地 (写真はクリックで拡大します)

中でも、腹部を真っ赤に染めた成熟♂たちが目立ち、それらを引き立てるように、成熟途中で赤味の薄い♂や、成熟しても赤くならない♀たちが、互いに距離を置いて、とまっていました。


羽化直後の個体発見

そんな中、月井さんが一早く羽化直後の個体を発見し、私に観察の機会をゆずってくれました。

それが写真2の個体です(8時38分撮影)。

ハッチョウトンボの羽化場所の例 
写真2 羽化直後のハッチョウトンボ♀ Nannophya pygmaea 

ミズトクサの先端近くに定位した幼虫の背面の裂け目から脱出した成虫は、まだ幼虫の殻(羽化殻)につかまったままです。


羽化後の時間経過と外見の変化

写真2を部分拡大したものが写真3です。

ハッチョウトンボの羽化 
写真3 羽化直後のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea (写真2の部分拡大)

全体的に乳白色を帯びていて、いかにも柔らかな羽化直後の体をしています。

翅は伸びきっていますが、翅脈は真白、そして翅膜には乳白色味が残っています。
脚も乳白色で、硬いものがぶつかったら、グニャリと曲がってしまいそうです。

写真4写真3(=写真)と同一個体です(8時49分)。

ハッチョウトンボの羽化 
写真4  羽化直後のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea (写真3と同一個体)

腹部は、羽化殻から脱出後だんだん伸びて、最後に成虫のトンボらしい長さに達するわけですが、この時点でもこの個体の腹は、ヤゴの腹の長さより少し長くなっているだけで、翅の長さの半分程度にすぎません。

この日は、これ以外によい羽化の写真が撮れませんでしたが、翌日(3日)の午前8時20分過ぎに同じ湿地を再訪したところ、8時21分に1個体が、8時38分にもう1個体が、それぞれ羽化しているのを見つけました。

写真5は後者の個体の8時46分時点での様子を、ほぼ真横から撮影したものです。

今年4月の別の所でのムカシトンボの撮影(関連記事はこちら)では活かしきれなかった、デジタル一眼レフカメラ用のアングルファインダーが、今回は役に立ってくれました。

ハッチョウトンボの羽化 
写真5 羽化直後のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀(別個体)


光が透けて見える腹と透けない頭・胸

写真5の個体も、同じように、ミズトクサの茎に幼虫が定位して羽化していますが、逆光のため腹部が透けて見えます。

その一方で、胸部や頭部は透けて見えません。
これは、それぞれ飛翔筋、複眼の内部組織等が実質化しているために、透過光を遮るからに違いありません。

飛翔筋・複眼とも、翅が硬化して処女飛行に飛び立つ瞬間から、基本的な機能を発揮させる必要がありますので、器官・組織の早期完成は不可欠です。

写真5の段階で透けて見える腹部には、消化管、内部生殖器、そして腹を動かすための筋肉などが内蔵されていますが、これらは飛翔筋や複眼ほどには早期の完成を必要としていないと考えられます。
それに、腹部の伸長も途中ですから、腹全体の更なる伸長に対応できる柔軟さの維持も求められるでしょう。

このような事情が、この羽化ステージでの腹部の半透明感を演出しているといえるでしょう。


羽化後の時間経過と外見の変化(続き)

写真6写真5の個体の9時04分時点での様子です。

ハッチョウトンボの羽化 
写真6 羽化直後のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea (写真5と同一個体)

写真5の時点にくらべて、腹部が少し細長くなり、腹長は翅長の7割程度に達して、成虫の腹長にかなり近づいます。

別個体ですが、より初期の写真3の時点の個体よりも、脚や翅胸側面の濃色斑の黒味が強まっています。

写真7は、初日(6月2日)の9時32分にこの湿地で撮影した別個体で、すでに脱殻からはなれたところまでよじ登った羽化当日の♀です。

ハッチョウトンボ、羽化後 
写真7  羽化当日のハッチョウトンボ Nannophya pygmaea ♀(別個体)

翅を開き腹部に♀特有の斑紋パターン(褐色、白、黒の横縞の繰りかえし)が、うっすらとですが出ています。

翅の縁紋も白かったものが薄い灰色にまで着色しています。
脚の黒味も増しています。
複眼の着色は相変わらず弱いです。

そして、水平にとまるのではなく、鉛直にぶら下がるように植物の茎にとまっています。

これらは、いずれも羽化当日のハッチョウトンボの特徴といえるでしょう。

次回記事では、羽化直後の写真7のような色彩をした成虫が成熟につれてどう体色を変えていくかについて写真をもとに考察します。

謝 辞

現地をご案内くださった月井さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-06-01 (Fri)
今年5月12日、埼玉県西部の小さな溜池を訪れた際に、短時間でトンボ5種(クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus Oguma, 1915クロイトトンボ Paracercion calamorum (Ris, 1916)、ホソミイトトンボ Aciagrion migratum (Selys, 1876)、アジアイトトンボ Ischnura asiatica (Brauer, 1865) 、アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys 1853)を確認・撮影することができました。

そのうち、クロイトトンボについては、その連結産卵中の事故が目撃(実際は帰宅後の現像で判明)されたので、先に前回記事で詳述しました。

今回は、残りの4種、について、時系列に沿ってご紹介します。

そのうち、ホソミイトトンボに関しては、交尾中の♂が示す腰(腹基部)の動作について考察を加えます。


目 次
 ◆クロスジギンヤンマ
 ◆クロイトトンボ
 ◆ホソミイトトンボの連結産卵
 ◆ホソミイトトンボの交尾
 ◆交尾中のホソミイトトンボの腰の動き
 ◆精子競争
 ◆アジアイトトンボ
 ◆今回の観察地点の景観
 ◆アサヒナカワトンボ
 ◆引用文献


クロスジギンヤンマ

その溜池についたのは、午前10時03分でした。

晴天のもと、咲き誇る睡蓮の花々が出迎えてくれました(写真9)。

最初に目についたのは、睡蓮の上空を飛び回るクロスジギンヤンマ♂でした(写真1)。

クロスジギンヤンマ♂ 
写真1 クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus (写真はクリックで拡大します)

いつものように、溜池の水面上数十cm~1m程度の高さを、悠然とパトロールしていました。

私の眼の前でじっくりホバリングしてくれれば、もっとよい写真が撮れたはずですが、そのチャンスが訪れなかったため、右ターンしながら飛び去る後姿(写真1)がベストショットとなってしまいました。

背景に写っているのは、写真9の中央に広がる、睡蓮の葉群の沖合側の縁です。

こちらの過去記事のシチュエーションでは、十分なシャッターチャンスがあったため、もう少しマシなクロスジギンヤンマ♂の写真が撮れています。


クロイトトンボ

睡蓮の葉の上には、水平にとまるクロイトトンボ♂の姿がありました(写真省略)。

その後、睡蓮の花の上や側面で繰リ広げられた、クロイトトンボの腰が折れる事故(前回記事「クロイトトンボの産卵:連結♂に降りかかった悲劇」参照)の連続写真撮影がありました。

そのうちの1枚を再掲しておきます(写真2)。

クロイトトンボ連結ペアと単独♂ 
写真2 クロイトトンボ Paracercion calamorum 連結カップルと単独♂ (再掲)

※ この溜池では、2年前の5月に観察した際も、クロイトトンボの産卵カップル間で揉め事を目撃し、写真付きで、以下のような記事にしたことがあります。



ホソミイトトンボの連結産卵

睡蓮群落と岸の間には、ヨシの仲間がまばらに生えているゾーンがあり、倒れて水面に浮いた枯れ茎をターゲットに、ホソミイトトンボの連結カップルが産卵していました(写真3)。

ホソミイトトンボ連結産卵 
写真3 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 連結産卵

過去記事「ホソミイトトンボの春(3):連結産卵中の珍奇な所作」にも書いたように、♂が長い腹で直立し、♀は腹端をぐっと胸近くまで引きつけて、水に浸った枯れ茎の組織内に卵を産み付けようとしています。

日本産トンボの中でホソミイトトンボは、産卵姿勢が美しいベストテンに入るのではないでしょうか?

下の写真4では、♀が腹部第8・9節を、ほぼピッタリまで茎の表面まで押し付けていますので、この瞬間には産卵管が一番奥まで刺し込まれ、卵が植物組織内に送りこまれているに違いありません。

ホソミイトトンボ連結産卵 
写真4 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 連結産卵(同一カップル)

下の写真5は、すぐ近くで見られたホソミイトトンボの別の連結カップルです。

ホソミイトトンボ連結カップル 
写真5 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 連結カップル(別カップル


ホソミイトトンボの交尾

下の写真6、7は、12分後に見られたホソミイトトンボ交尾中のカップルです。

ホソミイトトンボ交尾 
写真6 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum 交尾(別カップル)

ホソミイトトンボ交尾 
写真7  ホソミイトトンボ Aciagrion migratum  交尾(写真6と同一カップル)

ホソミイトトンボの交尾については、過去記事「ホソミイトトンボ:交尾中の♂の翅はなぜ少し開いている?」の中で、交尾中のホソミイトトンボの♂の翅が少し開いていることについて問題提起しましたが、今回も例に漏れず、交尾の間、♂の翅は少し開いたままでした。


交尾中のホソミイトトンボの腰の動き

別の過去記事「ホソミイトトンボの春(2):ひたむきな交尾への努力」では、ちょうど一か月前の4月12日に、別の溜池で観察された交尾の一部終始を報告しました。

その過去記事の中で、交尾中の♂が、腹基部のリズミカルな動きを作り出すように、♂の腹部第3節が大きく背腹方向(上下方向)に、1~2秒に1回程度のテンポ(繰り返しの頻度)で動かしていたことを、当該記事の写真14、15を用いて説明しました。

今回記事の写真6,7は、ほぼ真横からの撮影であるため、その動きの特徴をよくとらえることができます。

とりわけ、写真7では、♀の腹基部が腹面側前方(写真では上方)へ強く折り曲げられていて、♀が少し窮屈そうに見えるくらいです。

その♂の腹部の動きをより詳しく見てみましょう。

写真6ではの腹部前半(第3~5節)が真っ直ぐ伸び、後半は適度に曲げられているのに対し、写真7では♂の腹部中央から先(第5~10節)がほぼ真っ直ぐ伸び、それより基部よりの節が曲げられています。

では何故、♂はこのような腹部の動きをするのでしょうか?

これは以下2つの過去記事にも書いたように、♂が陰茎をスライドさせることで、♀の内部生殖器の中の精子を掻き出す(あるいは押しのける)「精子置換」を行うための動きと考えられます。


写真6と7を拡大したもの(下の、写真6拡大、写真7拡大)を比較すると、写真7拡大では、♂のこの腹部全体の動きと連携して、♂の腹部第2節が(写真6拡大の時点よりも)背方に(写真では上方向に)強く折り曲げられ(挙上され)ています。

ホソミイトトンボ交尾、拡大1 
写真6拡大 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum  交尾、部分拡大

ホソミイトトンボ交尾、拡大2 
写真7拡大 ホソミイトトンボ Aciagrion migratum  交尾、部分拡大(写真6と同一カップル)

均翅亜目の♂の腹部第2節の腹面には副交尾器が備わっており、そのうちの主要パーツである陰茎は♀と交尾している際には♀の膣に(陰茎の先端の末端節は更に奥の交尾嚢、そのまた奥の受精嚢にまで)差し込まれています(コーベット著、椿・生方・上田・東、監訳 2007:487-489頁)。

この陰茎は、写真6、7のような腹基部の背腹方向への上げ下げにより、♀の内部生殖器(膣、交尾嚢など)の中で、多少なりとも♀の体軸に沿って前後方向へのスライド運動をしむけられるでしょう。

実際に、これまでの研究から、交尾中のこの陰茎のスライド運動により、交尾嚢・受精嚢中に残されていた精子(それはこの♀が過去に交尾した際に受け取った別の♂のもの)が(一部とはいえ)掻き出されることがわかっています(Waage,1979); コーベット著、椿・生方・上田・東、監訳 2007:498-500頁)

今回撮影できた写真6、7は、交尾中のホソミイトトンボ♂の精子置換行動に際しての、腰(腹基部)の動きを示しているというわけです。

ここで、イトトンボ♀の内部生殖器の構造にもう少し深入りしてみましょう。

均翅亜目♀の交尾嚢は、♀の膣(膣口から体の前方向きのトンネル状)の延長上ないしは背側に折れ曲がった位置にあり、受精嚢はその交尾嚢から体の後方に向かった盲嚢になっています。

すなわち、膣口からほぼ直線的に膣・交尾嚢・受精嚢が配列されているのではありません。

一方、均翅亜目♂の陰茎の先端にある末端節は陰茎の先端から折り返すような形で強く反りかえっていて、これを合わせた陰茎全体で鈎(フック)状の外形をしています。

このフックの先のような末端節は♂と♀が交尾している間に、♀の受精嚢にまで挿入され、末端節の更に先端にある鷹の爪状の突起(やはり、折り返された二次的鈎になっている)が、清掃器具である熊手のように、精子の塊を掻き出すことがわかっています(コーベット著、椿・生方・上田・東、監訳 2007:487-489頁)。

ですので、交尾中の♂の腰の動きはペニスの膣内での前後方向へのスライドの動きを作り出すのと同時に、陰茎末端節が受精嚢から精子を掻き出す動きをも作り出すことができるというわけです。

このようなこともあって、♂の腰のリズミカルな動きは、交尾リング形成の直後ではなく、ある程度時間が経過してから、すなわち陰茎末端節が受精嚢にうまく納まったことを受けて行われることが、理にかなっています。
  

精子競争

それでは、トンボを含め、動物たち(の少なくとも一部)は、なぜ精子置換をするのでしょうか?

一言でいえば、生物は、同種内の個体間でどちらが多くの子孫を残すかで、互いにしのぎを削っています。

♂は、そのためには、交尾中の♀の中に残るライバル♂(もちろん同種♂)の精子を押しのけたり、掻き出したりするなどして、自分の精子で交尾相手の♀の卵を少しでも多く自分の精子と受精させること(精子競争: sperm competition)は、一つの賢い方法であり、実際にトンボ類に限らず、多くの動物でおこなわれています(Parker, 1970; Smith, 1984)。


アジアイトトンボ

写真9の左端に写っている、ヨシの仲間が密生した岸辺の、イネ科草本の茎にはアジアイトトンボの♂が、ひっそりととまっていました。

アジアイトトンボ♂ 
写真8  アジアイトトンボ Ischnura asiatica ♂

ホソミイトトンボを見たばかりの眼には、このアジアイトトンボは小さく、そして少し地味な印象を与えていました。

新鮮で、きりっとした雰囲気も感じさせますが、拡大してみると、左後翅に捩れ(よじれ)があり、若干のハンディを負った個体であることがわかります。


今回の観察地点の景観

今回、クロスジギンヤンマ、ホソミイトトンボ、アジアイトトンボ、そしてクロイトトンボが観察された溜池の一角の景観を写真9に掲げます。

イトトンボ3種、クロスジギンヤンマが活動中の溜池 
写真9 今回の観察地点の景観

私の今回の観察の際の立ち位置は、写真9の左端の岸の上でした。


アサヒナカワトンボ

このあと、この溜池の堤体の下流側にあたる沢地(溜池からの流出水が細流を維持している)で、アサヒナカワトンボ(形態ではなく、文献上の分布データから種名を判断)の無色翅型♂と橙色翅型♂の、それぞれ1個体を見つけ、写真に撮りました(写真省略)。

※ まったく同じ地点で2年前の4月上旬に撮影したカワトンボの写真を、過去記事「ニホンカワトンボとの再会?[タイトル訂正]」に掲載しています。
【当該ブログ記事を執筆した際は、形態観察からニホンカワトンボと同定しましたが、その後入手した文献情報(関連過去記事「カワトンボ属:形態による種の同定は、核DNA塩基配列分析にひざまずく(以前の記事の訂正あり)」)に基づき、上記記事で扱ったカワトンボの種名をニホンカワトンボからアサヒナカワトンボへと訂正した経緯があります。】


引用文献:
コーベット, P.S. (1999著)、椿・生方・上田・東、監訳(2007)『トンボ博物学―行動と生態の多様性ー』。海游舎。

Parker, G. A. (1970). Sperm competition and its evolutionary consequences in the
insects. Biological Reviews, 45, 525–67.

Smith, R. L.(1984) Sperm competition and the evolution of animal mating systems. Academic Press.

Waage, J. K. (1979) Dual function of the damselfly penis: sperm removal and transfer. Science. 203:916-918.


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