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2018-08-31 (Fri)
シリーズ記事「日本産ヤンマ科の系統樹」、第1回の「Bechly (1996/2007) による形態系統解析」に引き続いて、第2回の今回は、von Ellenrieder  (2002) による形態系統分析結果から日本産ヤンマ科の属の系統関係を抽出したものを紹介します。

日本産ヤンマ科の全9属23種のリストを、今回記事の末尾に前回記事から再掲しておきました。
必要に応じて参照してください。

以下の堅苦しい話を少しでも和らげるために、ギンヤンマサラサヤンマの生態写真を再掲しておきます(写真1,2)。

 目 次
 ◆はじめに:von Ellenrieder(2002)による系統解析の対象
 ◆von Ellenrieder(2002)による系統解析の方法
 ◆von Ellenrieder (2002) の分岐図に基づいた日本産ヤンマ科の系統樹
 ◆日本のヤンマ科のリスト(前回記事から再掲)
 ◆Refereces (引用文献)
 ◆【追記:分岐分類学の専門用語について】(9月1日、付記)


はじめに:von Ellenrieder(2002)による系統解析の対象

アメリカの昆虫系統分類学者である、Natalia von Ellenrieder(2002)は、前回記事で紹介したBechly (1996) のようにトンボ目全体ではなく、ヤンマ科(広義)に絞って外部形態による詳細な系統解析を行っています。

Bechlyが化石種をも観察対象としたのに対し、von Ellenriederは現生種のみを対象としましたが、観察した外部形態の数は次のように圧倒的に多いです。

von Ellenriederは、Bechlyのように翅脈に力点を置くのではなく、成虫の頭部の口器から腹部末端の尾毛に至るまでの外部形態の、さまざまな部位(48形質)を詳細に観察・比較しました。それだけではなく、幼虫の外部形態(10形質)についても、主に文献により比較しています。

ギンヤンマ ♂
写真1 ギンヤンマ Anax parthenope ♂(過去記事より再掲)(写真はクリックで拡大します)

サラサヤンマ♂(3)
写真2 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri ♂(過去記事より再掲)


von Ellenrieder(2002)による系統解析の方法

以下、原著(von Ellenrieder 2002)から、採用された系統解析の方法の概要を紹介します(以下、である体で記述)。

分岐分析プログラム「Hennig86 (version 1.5)」を用いて、最節約樹形図* (most parsimonious trees)が探し当てられた。

*生方注:最節約法(最大節約法)とは、考えられるすべての樹形図(分岐図)の中から、形質の変化の数が最も少ないものを選び出す方法のこと。

形質の極性**は、外群***(outgroup)の属として採用したPhyllopetaliaHypopetaliaを参照して確立した。

**生方注:形質の極性とは、形質の状態(例:腹節にくびれがある or くびれがない)のどちらが祖先形質でどちらが派生形質であるかについての言明。

***生方注:外群(outgroup)とは、対象とする分類群(今回はヤンマ科)には含まれないが比較的類縁の近い分類群から選ばれたサンプル種のこと。外群の種を対象群とともに比較・分析に供することで、対象群の中での形質の進化を読み解くことができる。

すべての形質は初期状態では同じ重みづけで扱われ、事後的(経験的:a posteriori)に、次々と重みづけが実行された(詳細については原著論文参照)。

分析から934個の最節約分岐図が得られ、引き続き連続的に重みづけをしていくことで、1783個の分岐図が得られた。

これら1783個の分岐図から、(最終的に、ひとつの)厳密合意分岐図****(the strict consensus cladogram)(原著論文のFig. 20)が得られた(詳細は原著論文参照)。

****生方注:厳密合意法(strict consensus method)は、基礎となるすべての分岐図にわたって合意できる分岐図を得る方法。

※今回の記事では、「樹形図」、「系統樹」、「分岐図」を同じ意味で用いていますが、厳密に区別するならば、「樹形図」は対象となる3種以上の生物の関係を、系統関係とは無関係に(たとえば、表現型の類似度のみで)樹木の枝のような図にしたものですし、「分岐図」は(相同派生形質の共有で姉妹群を確定するのを繰り返すことで)種分化による単系統群の分岐の新旧の相対的順序を推定した図です。「系統樹」は本来、分岐図の形をとるべきものですが、祖先形質の共有によるもの(側系統群)や平行進化の共有によるもの(多系統群)を、あたかも単系統群のように扱ているケースもあります(とくにHennigの分岐分類学の登場以前には多くありました)。


von Ellenrieder (2002) の分岐図に基づいた日本産ヤンマ科の系統樹

von Ellenrieder (2002)の原著のFig. 20の中から、筆者が日本産のヤンマ科の属を抽出して系統樹(分岐図)に描いたものが、図2です(前回記事からの通し番号)。

日本産ヤンマ科(広義)の系統樹: von Ellenrieder(2002)に依拠 
図2 日本産ヤンマ科(広義)の系統樹(von Ellenrieder [2002]  に依拠) (図はクリックで拡大します)

 この、von Ellenrieder  (2002) による形態系統分析結果から得られた日本産ヤンマ科の系統樹(図2)を、Bechly (1996/2007) による形態系統解析結果から得られた日本産ヤンマ科の系統樹(図1前回記事から下に再掲)と比較してみましょう。

日本産ヤンマ科(広義)の系統樹:Bechly (1996/2007) に依拠 

図1 日本産ヤンマ科(広義)の系統樹(Bechly [1996/2007] に依拠) (図はクリックで拡大します)


 von Ellenrieder  (2002) による日本産ヤンマ系統樹のBechly (1996/2007)によるものとの比較

von Ellenrieder(2002)の系統樹と、Bechly (1996/2007) との共通点・相違点は以下の通りです。

・サラサヤンマ属 Sarasaeschna がもっとも古く分かれた点はBechlyと一致する。
・Bechlyが提案したコシボソヤンマ属 Boyeria とミルンヤンマ属Planaeschna の姉妹群は、von Ellenriederでは解消されている。
・ミルンヤンマ属、コシボソヤンマ属、アオヤンマ属 Aeschnophlebia が順次分岐して残りの5属(単系統群)と離れたというBechlyの提案は、von Ellenriederでは追認されず、分岐順未確定のまま残された。
・上記以外の5属(ヤブヤンマ属 Polycanthagyna、カトリヤンマ属Gynacantha、ルリボシヤンマ属 Aeshna、トビイロヤンマ属Anaciaeschna、ギンヤンマ属 Anax)を単系統群とした点は、Bechlyと共通している。
・その5属の中で、ヤブヤンマ属がカトリヤンマ属よりも早く(古い時期に)分岐している点、Bechlyと異なる。
・カトリヤンマ属がルリボシヤンマ属よりも早く分岐しているのはBechlyと共通している。
・ギンヤンマ属とトビイロヤンマ属が単系統群を成す点もBechlyと共通している。

以上をまとめると、von Ellenriederによる体系では、ヤブヤンマ属の相対的分岐位置がBechlyの提案よりも早い点が大きく異なり、ミルンヤンマ属、コシボソヤンマ属、アオヤンマ属の分岐順序を保留している点も異なる。

以上のように、Bechlyにくらべてはるかに多くの形質を比較検討・分析したことで、von Ellenriederが得た系統樹は、一部(それも少なくない数の分類群)の分岐順が保留で残されるという、やや裏切られた結果となっています。

これは、形質の数が多いことで、得られた分岐図相互間でのトポロジー的な矛盾の数も増加してしまうからにほかなりません。

その一方で、多くの点で分岐順や単系統群の組み合わせがBechlyによるものを追認する結果ともなっており、形態による系統分析が、方法さえ共通基盤に立てば(今回の場合はHennigを始祖とする分岐分析という共通基盤)、かなり安定して類似の結果が得られるという、信頼感を醸成するものともなっています。

そんな中で、von Ellenriederが導いた、ヤブヤンマ属がカトリヤンマ属よりも早く(古い時期に)分岐しているという結果(Bechlyの結果とは異なる)が、より真実に近づいたものなのか、どうなのかには興味が持たれます。

次回の第3回記事では、ヤンマ科についての分子系統解析の結果を紹介しますので、この「ヤブ―カトリ」先行問題を含め、改めて検討することにします。
お楽しみに。


日本のヤンマ科のリスト(前回記事から再掲)

日本には、9属23種のヤンマ科の種が分布しています(下記リスト:尾園ほか[2012]による)。

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri (Martin, 1909)写真2
オキナワサラサヤンマ Sarasaeschna kunigamiensis (Ishida, 1972)
コシボソヤンマ Boyeria maclachlani (Selys, 1883)
イシガキヤンマ Planaeschna ishigakiana Asahina, 1951
リスヤンマ Planaeschna risi Asahina, 1964
ミルンヤンマ Planaeschna milnei (Selys, 1883)
アオヤンマ Aeschnophlebia longistigma Selys, 1883
ネアカヨシヤンマ Aeschnophlebia anisoptera Selys, 1883
カトリヤンマ Gynacantha japonica Bartenef, 1909
リュウキュウカトリヤンマ Gynacantha ryukyuensis Asahina, 1962
トビイロヤンマ Anaciaeschna jaspidea (Burmeister, 1839)
マルタンヤンマ Anaciaeschna martini (Selys, 1897)
ヤブヤンマ Polycanthagyna melanictera (Selys, 1883)
マダラヤンマ Aeshna mixta Latreille, 1805
オオルリボシヤンマ Aeshna crenata Hagen, 1856
ルリボシヤンマ Aeshna juncea (Linnaeus, 1758)
イイジマルリボシヤンマ Aeshna subarctica Walker, 1908
ヒメギンヤンマ Anax ephippiger (Burmeister, 1839)
アメリカギンヤンマ Anax junius (Drury, 1770)
ギンヤンマ Anax parthenope (Selys, 1839)写真1
クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus Oguma, 1915
オオギンヤンマ Anax guttatus (Burmeister, 1839)
リュウキュウギンヤンマ Anax panybeus Hagen, 1867


Refereces (引用文献):

Bechly, G. (1996) Morphologische Untersuchungen am Flügelgeäder der rezenten Libellen und deren Stammgruppenvertreter (Insecta; Pterygota; Odonata) unter besonderer Berücksichtigung der Phylogenetischen Systematik und des Grundplanes der *Odonata. - Petalura, spec. vol. 2: 402 pp, 3 tabls, 111 figs (revised edition with 60 pages English appendix on the phylogenetic system of odonates). (Bechly 2007から間接引用)

Bechly, G. (2007) Phylogenetic Systematics of Euanisoptera / Aeshnoptera.

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。

von Ellenrieder, N.(2002) A phylogenetic analysis of the extant Aeshnidae(Odonata: Anisoptera). Systematic Entomology (2002) 27, 437-467.



【追記:分岐分類学の専門用語について】(9月1日、付記)

今回のシリーズ記事では、以下のような分岐分類学の専門用語を頻繁に使用していて、解りにくい方も多いと思います。

系統樹/分類群/トポロジー/単系統群/姉妹群/側系統群/外群/形質/共有派生形質/最節約法/ホモプラシー

これらについて、図を添えて簡潔明瞭に解説しているウェブサイトがありますので、必要な方は参照ください。


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2018-08-30 (Thu)
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2018-08-25 (Sat)
今年6月上旬に県外遠征し、河川中流に沿った緑地の水路でアオハダトンボ Calopteryx japonica Selys, 1869 を、その近くの人工池でシオカラトンボ Orthetrum albistylum (Selys, 1848) ほかのトンボを観察したので、簡単に報告します。

目 次
 ◆アオハダトンボ
 ◆アオハダトンボが見られた水路
 ◆水路に近接する人工池のトンボ
 ◆シオカラトンボ
 ◆引用文献


アオハダトンボ

やや増水した感のある、川幅2m程度の人工水路(川底は土砂で、岸辺から土手にかけてイネ科草本が繁茂している:写真7)で、アオハダトンボの♂♀の成虫が観察できました(写真1~6)(午後2時過ぎ)。

写真1は、岸辺から水面に突き出したイネ科草本の穂にとまり、水面方向を凝視するアオハダトンボ♂です。
 
アオハダトンボ♂ 
写真1 アオハダトンボ Calopteryx japonica ♂ (写真はクリックで拡大します)

そこにとまったまま、盛んに翅を開閉していました(写真2)。
 
アオハダトンボ♂ 
写真2 アオハダトンボ Calopteryx japonica ♂ (同一個体)

写真3は同じ個体(左後脚の腿節に白いゴミがついていることで確認可能)を、写真2の54秒前に写したもので、すぐ近くの別種のイネ科草本の穂にとまっています。

写真2写真3を比べると、とくに右後翅の表面の反射光の色彩に違いが出ていることがわかります。

すなわち、写真2ではその部分の反射光が緑色がかっているのに対し、写真3では前翅同様に藍色がかっています。

アオハダトンボ♂ 
写真3 アオハダトンボ Calopteryx japonica ♂(同一個体)

このように、見る角度(撮影する角度)によって異なる色彩に見えるのは、この色彩が翅の表面の色素そのものの色ではなく、翅の表面下構造の中に太陽光が入り込み、そして反射するプロセスで光が相互に干渉することによって生ずる、「構造色」であることによると言われています。

構造色は、一部の蝶の鱗粉や甲虫の鞘翅でもよく知られている現象で、自然観察者・撮影者にとって楽しみの一つでもあります。 

この一帯の岸に沿って数メートルの範囲内には、他にも2,3個体の同種♂が滞在していて、時おり、♂同士のなわばり争い(追い合い)も見られました。

写真4は、その一帯にあらわれたアオハダトンボ♀です。

アオハダトンボ♀ 
写真4 アオハダトンボ Calopteryx japonica ♀

♀は、♂にくらべて、なんとも地味な色彩をしていますが、翅の先端近くにある真白な偽縁紋があるのが、可愛らしいですし、実際に同種♂に対するセックスアピールにもなっているようです。

というのも、この白い偽縁紋を人為的に黒く塗りつぶすと、同種♂は目印を失うために、連結・交尾がうまくいかなくなるとの、野外実験結果が知られているからです(杉村ほか 1999)。

♀が現れたことを察知した♂は、がぜん、求愛モードに切り替えることになります。

今回も、実際に、イネ科草本の葉にとまっている1頭の♀の前で、1頭の♂が♀の方を向きながら水面に浮き、腹端部を背方に強く曲げて、翅を左右に開く、人からみてもたいへんアトラクティブな、求愛誇示行動をとるのが観察されました。

残念ながらカメラを向ける前にこの誇示行動は終わり、♂は水面上の飛行に戻りました。

写真5、6は、やってきた♀とそれを見守る♂です。

両者同時にピントの合った写真が撮れなかったため、片方ずつピントの合った2枚のセットとなってしまいました。

アオハダトンボ♀とガード♂ 
写真5 アオハダトンボ Calopteryx japonica ♀とそれを見守る♂

アオハダトンボ♀をガードする♂ 
写真6 アオハダトンボ Calopteryx japonica ♀を見守る♂ (写真5と同一カップル)

この水路での観察が短時間だったために、この♂と♀がすでに交尾を済ませた配偶者同士なのか、それともこれから交尾しようとしているのかは、確認できませんでした。

今後機会があったら、記録をとりながら、じっくりと観察したいと思っています。


アオハダトンボが見られた水路

写真7アオハダトンボが見られた水路です。

アオハダトンボが見られた水路 
写真7 アオハダトンボが見られた水路

岸辺にはイネ科草本が密生していますが、大部分は水草というより、土手に繁茂した牧草系の植物の根元が水に覆われたり、茎の先端半分ほどが水面上に倒れかかったもののようです。


水路に近接する人工池のトンボ

この水路を含む一帯では午後1時42分から約40分間の観察を行いました。

水路から数メートルないし数十メートル離れたところにある、ヨシ類に囲まれた浅い人工池(複数)では、シオカラトンボ (多数の♂♀)、ハラビロトンボ  Lyriothemis pachygastra (Selys, 1878) ♂オビトンボ型)、アジアイトトンボ Ischnura asiatica (Brauer, 1865) (交尾)、アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823) ♂(未熟)が観察されました。


シオカラトンボ

写真8は池と池の間の草地にいたシオカラトンボ ♀です。

シオカラトンボ♀ 
写真8 シオカラトンボ♀

写真8の個体は、前脚2本を複眼の後に格納し、中脚・後脚で枯草の細枝にすがるようにとまっています。

中脚は爪をかけてぶらさがりのグリップ、後脚は踵をおしあてて体がこれ以上垂下しないようにささえているように見えます。

ハラビロトンボのオビトンボ型♀の写真は是非撮りたかったのですが、カメラを準備している間に抽水植物の背後に消えていきました。


引用文献:

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑。北海道大学図書刊行会。


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2018-08-23 (Thu)
今年6月上旬に栃木県の農村部の溜池群を訪れ、私とは初対面となるトラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883) を始め、数種類のトンボを観察することができました。

今回は、その溜池群のトンボについてのシリーズ記事の最終第8報として、コサナエ Trigomphus melampus (Selys, 1869)、モノサシトンボ Pseudocopera annulata (Selys, 1863) 、ホソミオツネントンボ Indolestes peregrinus (Ris, 1916)をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆コサナエ
 ◆モノサシトンボ
 ◆ホソミオツネントンボ
 ◆謝辞


コサナエ

まずは、コサナエ♂です(写真1)。

コサナエ♂ 
写真1 コサナエ Trigomphus melampus (Selys, 1869)  (写真はクリックで拡大します)

この溜池群を私が訪れた際に、真っ先に私の前に現れたのがこのトンボです。
(観察初日、午前11時46分)。

シリーズ初回記事で紹介した池の、岸の草の葉の先にほぼ水平にとまっていました。

この♂は、ただとまっていただけではなく、そこから飛びたって、この葉の下の水面上一帯をホバリングして、また同じ葉に止まる行動を示していました。

この個体は、翅が薄汚れてカサカサしていて、右前翅中央部後縁付近に破れがあり、老熟の域に達しつつあることを伺わせます。

とはいえ、上述のホバリング行動は♀を探す行動とみられることから、この♂は、まだ現役の婚活者だということがわかります。

前回記事で取り上げた、クロイトトンボ未熟♀も同じ池のすぐ近くに同じ時間帯にとまっていました。

また、初回記事で詳しくとりあげたトラフトンボ♂も、この岸沿いでパトロールしていました。


※コサナエが主役の過去記事が一つあります:

モノサシトンボ

次は、モノサシトンボ♀です(写真2)。

モノサシトンボ♀ 
写真2 モノサシトンボ Pseudocopera annulata (Selys, 1863) ♀

シリーズ第2回記事の池に接する林内の草地で、折損した木本の先にとまっていました(観察初日の午後1時37分)。

胸部・腹部の淡色部は黄緑色ですが、腹部第9・10節背面や第3~7節前縁部背面は青白くなりかけています。

モノサシトンボ♀には淡色部が黄緑色の個体と水色の個体の2型が知られています(尾園ほか 2012)。

写真の個体は後者に属し、もっとはっきりした水色に変化する途上にあるといえます。

モノサシトンボの♂もいました(写真3)。

モノサシトンボ♂ 
写真3 モノサシトンボ Pseudocopera annulata (Selys, 1863) ♂

シリーズ第2回記事の池の岸辺で、草の葉先に、体重をほとんど感じさせない軽やかさでとまっていました(初日、午後2時12分)(TG-5で撮影)。

胸部・腹部の淡色部にはまだ黄色味が残り、青白さの発色はあまり進んでいないことから、まだ未熟な個体であることがわかります。

その近くには、オオシオカラトンボ成熟♂もとまっていました(第6回記事で既報)。

以上の観察事例から判断して、この溜池群周辺でのモノサシトンボの繁殖期(生殖期)は、もう少し後のようです(6月上旬前半からみて)。


※モノサシトンボが登場する過去記事のご紹介:
  → モノサシトンボの羽化直後個体の写真あり。
  → 婚活モードのモノサシトンボ♂が登場。


ホソミオツネントンボ

最後は、ホソミオツネントンボ♂です(写真4)。

ホソミオツネントンボ♂ 
写真4 ホソミオツネントンボ Indolestes peregrinus ♂ (輝度調整後)

シリーズ初回記事で紹介した池の岸上で、トクサ属植物の茎にとまっていました(初日、2時33分)。

体色に、青味があります。

今年羽化した未熟個体は淡褐色のままとされるので(尾園ほか 2012)、この青味のある個体は、今年羽化したものではなく、昨年羽化して越冬し、すでに生殖行動への豊富な参加経験のある個体であるらしいことがわかります。

翅が白っぽく薄汚れているように見えるのも、このことと符合しています。


今回記事で、全8回シリーズで報告した、栃木県の溜池群での初夏のトンボたちの紹介を終えます。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。

引用文献:
尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


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2018-08-22 (Wed)
今年6月上旬に栃木県の農村部の溜池群を訪れ、私とは初対面となるトラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883) を始め、数種類のトンボを観察することができました。

今回は、その溜池群のトンボについてのシリーズ記事第7報として、クロイトトンボ Paracercion calamorum (Ris, 1916) をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

クロイトトンボはどこにでもいる普通種で、私のブログでも脇役で登場することが多いのですが、今回は若干ストーリー性のある姿を見せてくれましたので、他のトンボ種と1束として扱うのではなく、独演会として思う存分立ち回ってもらうことにしました。

目 次
 ◆未熟♀と成熟した♂型♀
 ◆成熟♂、突き出した棒にとまる
 ◆ジュンサイハムシ: クロイトトンボとのささいな種間競争
 ◆食い痕だらけの浮葉で産卵カップルはしばし黙考(?)
 ◆産卵カップル:少ない産卵場所を巡って軋轢も
 ◆謝辞


未熟♀と成熟した♂型♀

溜池群のうち、シリーズ初回記事で紹介した池の岸の草の葉に、1頭の♀成虫がとまっていました(写真1)(観察初日、午前11時47分)。

クロイトトンボ♀ 
写真1 クロイトトンボ Paracercion calamorum(写真はクリックで拡大します)

写真1の♀は、胸部を中心に、淡色部が紫がかった淡褐色をしていて、翅脈も先端よりの部分の黒化が弱く、灰白色であることから、羽化後日の浅い未熟な個体であることがわかります。

同じ日の午後1時19分に、シリーズ第2回記事の池の岸の草の葉に、写真1の♀とは色合いが随分違う♀がとまっていました(写真2)。

クロイトトンボ♀ 
写真2 クロイトトンボ Paracercion calamorum 

写真2の♀は、淡色部が青色で、脚の腿節、前胸背面、腹端部背面の一部にも白粉が吹いていて、写真3の♂の色彩パターンとかなり似ています。

クロイトトンボの♀は、多くの場合、このように青くはならず、淡色部が黄褐色の型のもの(写真5の♀がそれ)が普通のようです。

写真2のような色彩のクロイトトンボ♀は、♂色型の♀と呼ばれます。


成熟♂、突き出した棒にとまる

シリーズ第2回記事の池の水面から突き出す棒の先に、1頭の♂がとまっていました(写真3)(午後1時23分)。

クロイトトンボ♂ 
写真3 クロイトトンボ Paracercion calamorum

写真3の♂は、淡色部の青味も強く、胸部側面、頭部前後端、腹基部側面、脚の腿節に白粉が吹いていることから、成熟度が高いことがわかります。

ついでですが、この♂の左の足下に、なにか、オレンジ色と黒色の小昆虫のようなものが写っています(この小昆虫については、以下の文中で再度、言及します)。

写真4をご覧ください(シリーズ初回記事で紹介した池で撮影、11時55分)。

クロイトトンボ♂とジュンサイハムシ 
写真4 クロイトトンボ Paracercion calamorum ♂(別個体)とジュンサイハムシ

写真4では、別の単独♂がジュンサイの葉の縁にとまっています。

ちなみに、同じ葉の手前(写真4では下端中央右)に単独♀もとまっています(写真では頭部と胸部のみが写る)。


ジュンサイハムシ: クロイトトンボとのささいな種間競争

隣(写真4では中央)のジュンサイの葉には、少なくとも16頭の小昆虫(甲虫の成虫、幼虫)が乗っています。

両隣の葉は食い痕だらけに見えますので、これら16頭の小昆虫たちは、新鮮な食材を求めて、食い散らかした葉から、未消費の葉に歩行(匍匐)して移動したばかりのように見えます。
もっともこの甲虫の成虫は飛ぶこともできるはずですから、飛んできた可能性も否定できません。

この小甲虫は何者か確認するために、「じゅんさい」+「甲虫」でネット検索した結果、少なくとも成虫は、ジュンサイハムシ Galerucella nipponensis によく似ていることが判明しました。

※参考サイト:
Sharanchu:「ジュンサイハムシ」

更に検索した結果、幼虫もジュンサイハムシの幼虫に似ていることがわかりました。

※参考サイト:
柏の葉の野鳥 Homepage:「ジュンサイハムシ」

写真3の♂の足下の小昆虫も、ジュンサイハムシ成虫に似ています。

ジュンサイハムシも、いつでもジュンサイの葉にとまっているのではなく、時に、このような棒の先にとまって体を休めるのでしょうか。

よいジュンサイの葉を探し回っている途中で、なかなかよい葉がないために休んでいたのかもしれません。


食い痕だらけの浮葉で産卵カップルはしばし黙考(?)

写真5は、シリーズ第2回記事の池で、ジュンサイの葉にとまったクロイトトンボの連結カップルです(観察初日、午後1時19分)。

クロイトトンボ産卵 
写真5 クロイトトンボ Paracercion calamorum産卵

このクロイトトンボ・カップルがとまっているジュンサイの葉には少なくとも11頭のジュンサイハムシとおぼしき昆虫の成虫・幼虫が乗っていて、葉も無残な虫食い状態となっています。

そのために、♀は産卵管を突き立てるのに適した場所が見当たらず、当惑しているのかもしれません。

このジュンサイの葉の食害率の高さは、この池のジュンサイの生育密度の低さにも起因しているように思います。

もし、ジュンサイが十分繁茂していれば、ハムシの幼虫が簡単に葉から葉へと匍匐により移ることができるので、このように食い荒らす前に新しい葉を求めることができると思うからです。


産卵カップル:少ない産卵場所を巡って軋轢も

写真6(a~d)は、シリーズ第2回記事の池で写した、別の産卵カップル2組の連続写真です(観察初日、午後2時05分08秒から4秒間に撮影)。

クロイトトンボ産卵ペアと先客 
写真6(a~d) クロイトトンボ Paracercion calamorum 産卵カップルと先客

a)1枚のジュンサイの葉にクロイトトンボの連結カップルが静止しているところに、右上後方からもう1組の連結カップルがやってきました(午後2時05分08秒)。

b)後から来たカップルはそのまま葉にとまることなく、空中で向きを変えます(午後2時05分10秒)。

c)‏そして、後から来たカップルはなんと、先客カップルと立体交差するように、直角に重なる向きで葉に着地しました(午後2時05分10秒).

d)続けて、後から来たカップルの♀は、産卵動作を開始しました(午後2時05分12秒)。

しかし、落ち着かないためなのか、後から来たほうのカップルはすぐに飛び立ち、1枚隣のジュンサイの葉に止まり替え、そちらで産卵を開始しました(写真7)(午後2時05分20秒)。

クロイトトンボ産卵ペアと先客、続き 
写真7 クロイトトンボ Paracercion calamorum カップルと先客、続き

これで、どちらのカップルも、じっくりと産卵できそうです。

※過去記事の中にも、クロイトトンボの産卵カップル間の産卵基質をめぐる軋轢を取り上げたものがあります。

※このほかにも、単独ペアの産卵中におきた悲惨な出来事も記事にしています。


次回記事では、シリーズ最終回として、落穂拾いのようになりますが、残りの3種(モノサシトンボ、ホソミオツネントンボ、コサナエ)を取り上げます。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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2018-08-20 (Mon)
今年6月上旬に栃木県の農村部の溜池群を訪れ、私とは初対面となるトラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883) を始め、数種類のトンボを観察することができました。

今回は、その溜池群のトンボについてのシリーズ記事第6報として、残りのトンボ科4種[コシアキトンボ Pseudothemis zonata (Burmeister, 1839) 、ハラビロトンボ Lyriothemis pachygastra (Selys, 1878) 、シオヤトンボ Orthetrum japonicum (Uhler, 1858)、オオシオカラトンボ Orthetrum melania (Selys, 1883)]をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。

今回は1種1シーンずつの撮影でしたので、ストーリー性はありません。
代わりにといっては、なんですが、当該種の過去記事へのリンクを付記することにします。

目 次
 ◆数種のトンボ科が見られた池
 ◆コシアキトンボ
 ◆ハラビロトンボ
 ◆シオヤトンボ
 ◆オオシオカラトンボ
 ◆謝辞


種のトンボ科が見られた池

写真1は、前回記事のショウジョウトンボに加えて、今回記事のシオヤトンボとオオシオカラトンボが観察された溜池です(シリーズ第2回記事および第5回記事の池と同じ)。

トラフトンボなどが見られた溜池 
写真1 ショウジョウトンボが見られた溜池。(写真はクリックで拡大します) 

このほか、シリーズ初回記事で紹介した池ではショウジョウトンボの他にコシアキトンボとハラビロトンボが観察できました。


コシアキトンボ

まずはコシアキトンボ♂です(写真2)。

コシアキトンボ♂ 
写真2 コシアキトンボ Pseudothemis zonata  

初回記事で紹介した池で、オオヤマトンボ♂のパトロール飛行(第4報記事参照)の撮影直後に同じ岸の低木の小枝の先にとまっていました(観察2日目、‏‎11時05分)。

写真では、手前に別の虫が写り込んでいますが、昆虫なのかクモなのか、ぼやけていてわかりません。

※コシアキトンボについては、いくつかの過去記事で取り上げています:


ハラビロトンボ

次はハラビロトンボ♂です(写真3)。

ハラビロトンボ♂ 
写真3 ハラビロトンボ Lyriothemis pachygastra 

初回記事で紹介した池の岸辺の草の先にとまっていました(2日目、10時18分)。

シリーズ第5-B報で取り上げた、市松模様のショウジョウトンボ♂の撮影とほぼ同時刻に同じ池で写したものです。

この個体も腹部が完全黒化する少し前の状態なのでしょう、ところどころにオレンジ色~赤色の斑点が残っています。

※ハラビロトンボの♂の黒化したものとその後の青白い白粉が吹いた個体とを並べて比較した過去記事はこちら → ハラビロトンボ:お色直しは花婿Only


シオヤトンボ

シオヤトンボ♂もいました(写真4)。

シオヤトンボ♂ 
写真4 シオヤトンボ Orthetrum japonicum 

写真1の溜池に接する林内の草地の枯草にとまっていました(観察2日目の午後1時48分)。

腹部、胸部ともしっかりと白粉が吹いています。

※シオヤトンボが主役の過去記事はこちら → シオヤトンボ:男たちの厚化粧


オオシオカラトンボ

最後は、オオシオカラトンボ♂です(写真5、6)。

オオシオカラトンボ♂ 
写真5 オオシオカラトンボ Orthetrum melania  

オオシオカラトンボ♂、上を見る 
写真6 オオシオカラトンボ Orthetrum melania ♂、上を見る (同一個体)

写真5、6とも、写真1の溜池の岸辺で、クロスジギンヤンマを撮影した少し後に撮影しました(観察初日、午後2時13分)。

写真6は、写真5と同じ個体が少し上を向いたところです。
少しユーモラスに感じたので掲げます。
当の本人(オオシオカラトンボ♂)はいたって真面目なのには違いないとは思いますが。

※オオシオカラトンボについては、いくつかの過去記事で取り上げています:

以上で、この溜池群で今回観察されたトンボ科の紹介をすべて終えます。

次回以降の本シリーズ最終記事では、この溜池群で見られた残りのトンボの種(サナエトンボ科、イトトンボ科、アオイトトンボ科、モノサシトンボ科)について、レポートします。


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2018-08-19 (Sun)
今年6月上旬に栃木県の農村部の溜池群を訪れ、私とは初対面となるトラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883) を始め、数種類のトンボを観察することができました。

今回は、その溜池群のトンボについてのシリーズ記事第5報として、成熟に伴う体色変化の各段階の個体が見られた、ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773) をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。


目 次
 ◆ショウジョウトンボの見られた池
 ◆ショウジョウトンボ♀の体色変化
 ◆ショウジョウトンボ♂の体色変化
 ◆謝辞
 ◆付記


ショウジョウトンボの見られた池

写真1は、ショウジョウトンボが比較的多く観察された溜池です(シリーズ第2回記事の池と同じ)。

トラフトンボなどが見られた溜池 
写真1 ショウジョウトンボが見られた溜池。(写真はクリックで拡大します) 

このほか、シリーズ初回記事で紹介した池や、更に別の池でもショウジョウトンボが観察できました。


ショウジョウトンボ♀の体色変化

最初に、ショウジョウトンボ♀の体色変化について、色の薄い順に紹介します。

まずは、シリーズ初回記事で紹介した池の岸上の草むらに止まっていた♀個体です(写真2)(観察初日の午後2時21分に撮影)。

ショウジョウトンボ未熟♀ 
写真2 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 未熟♀

写真2の♀個体は、複眼が乳白色~淡白紫色であることから、羽化後まだ日が浅いことが伺えます。
腹部は基部近くに白味の残る黄褐色で、脚の腿節も黄褐色です。

写真3は、写真1の溜池の岸辺の枯草にとまっていた別の♀です(観察2日目の午前11時09分)。

ショウジョウトンボ未熟♀ 
写真3 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 未熟♀ (別個体)

写真3の♀個体は、複眼の乳白色味が薄れて淡紫色になっていることから、写真2の♀個体よりも羽化後の日数が経過していることが伺えます。

腹部の白味も消えて、全体に黄褐色を呈しています。

写真4は、写真1の溜池に接する林内の草地の枯草にとまっていた、これまた別の♀個体です(観察初日の午後1時34分)。

ショウジョウトンボ未熟♂ 
写真4 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (ほぼ成熟)(さらに別個体)

写真4の♀個体は、複眼の色は一層濃くなり、茶色味も加わってきていて、写真3の♀個体よりも明らかに成熟が進んでいることを伺わせます。

それでも、腹部は♂のようには赤化せずに、黄褐色のままです。

脚の色は写真2の♀個体のような淡黄褐色ではなく、濃褐色になっています(写真5写真4と同一個体)。

ショウジョウトンボ未熟♀ 
写真5 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (ほぼ成熟)(写真4と同一個体)


ショウジョウトンボ♂の体色変化

次は、写真1の溜池に隣接する林内の草地の枯草にとまっていた♂個体です(写真6)(観察初日の午後1時39分)。

ショウジョウトンボ未熟♂ 
写真6 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 未熟♂

写真6の♂個体は、色だけで判断すると、ほぼ成熟したショウジョウトンボの♀(例えば写真4の♀個体)とよく似ています。

しかし腹端から後方に突き出している突起は♀の尾毛ではなく、♂の尾部付属器です。

それに腹部は♀のそれと比べて横幅が少し狭く、全体にスマートな印象を与えています。

複眼も焦げ茶色に近く、♀よりも「濃い」顔かたちを演出しています。

写真7改は、シリーズ初回記事で紹介した池の岸辺の草にとまり、沖合を眺めていた♂個体です(観察2日目の午前10時21分)。

ショウジョウトンボ♂、中間成熟 
写真7 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 

写真7の♂個体は、すでに赤化が相当進んだ♂です。

赤化が進んでいるとはいえ、各腹節の正中線沿いや側縁沿いには、白色~黄色の細帯斑あるいは斑点が散在しています。

これはショウジョウトンボ♂の成人社会の中では、「青二才」と見られてもしかたのない、経験の浅さを表出するシンボルになるでしょう。

過去記事「ハッチョウトンボ:(2)成熟に伴う体色変化」に登場したハッチョウトンボの♂の体色変化のプロセスの中でも、同様のステージがありました(同記事中の写真10)。

赤地の中に黄色の市松模様といえば、今年のロシア・ワールドカップサッカー第三位のベルギーのユニフォーム。

来年以降、この「青二才カラー」のショウジョウトンボ♂あるいはハッチョウトンボを見るたびに、小国ながら決勝に勝ち上がったベルギー・サッカーチームを思い出すかもしれません。

さて、♂の体色赤化のゴールは、下の写真8の状態といえるでしょう。

ショウジョウトンボ成熟♂ 
写真8 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 成熟♂

写真8の♂個体は、シリーズ初回記事で紹介した池の岸の低木の枝にとまり、沖合方向を監視していたことから、♀個体が現れたら交尾を挑む意欲満々なことでしょう(初日の午後2時37分)。

腹部は完全に赤化し、顔面、複眼、それに脚に至るまで、赤色を越えて紅色に近い色に深く染まっています。

この色彩こそ、猩々蜻蛉と名づけられた由縁です(過去記事「ショウジョウトンボ♂」参照)。

次回以降の記事でも、この溜池群で見られた他のトンボの種について、引き続きレポートします。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。

付 記:
今回の記事は「初夏の溜池群のトンボたち(5):ショウジョウトンボの体色変化の、写真7を入れ替え、付随する説明文を改訂したものです。それに加えて、「準優勝のクロアチアのユニフォーム」を「第三位のベルギーのユニフォーム」に訂正しています。


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2018-08-18 (Sat)
今年6月2日に栃木県の農村部の溜池群を訪れた際に、体形異常を伴ったショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773) の1個体を観察したので、報告し、若干の考察を行います(この溜池群のトンボについてのシリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆ショウジョウトンボ♂の体形異常
 ◆体形異常の原因
 ◆今回観察された体形異常が引き起こすであろう、トンボの生活上の問題
 ◆引用文献


ショウジョウトンボ♂の体形異常

多くのトンボが活動する溜池群のうちの一つの池のほとりで、腹部後端近くが変形しているショウジョウトンボ成熟♂が、枯草の折れた茎の先にとまっていました(写真1、2)(午後2時40分)。

ショウジョウトンボ♂体形異常 
写真1 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia ♂、体形異常個体

ショウジョウトンボ♂体形異常 
写真2 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia ♂、体形異常個体 (同一個体)

この♂個体は、腹部第7、8節付近が、背面から見て強く右に曲がっています。


体形異常の原因

今回観察された♂個体の腹部は、比較的、整然とカーブをなすように曲がっていますので、羽化直後の体表が軟弱なときに外部の何か硬いものとの物理的接触により変形したものとは考えにくいです(もしそうなら、曲げられた側に不規則なシワが生じ、押された側にはそれ相応の凹みが生じたはずです)。

そうではなくて、遺伝子の発現のプロセスで何らかの調整ミスが生じたか、あるいは遺伝子そのものがこのような変形を引き起こす塩基配列になっていた可能性のほうが高いように思われます。

遺伝子の塩基配列に影響を及ぼす要因としては、DNA複製に際しての偶然のミスの他に、突然変異原物質、紫外線、放射線などの外部要因が挙げられます。

福島原発事故が起きてからの日本人の思考回路では、形態異常を持つ生物個体が福島県や周辺地域から発見されると、その原因を放射線のせいにしがちなのではないでしょうか。

しかし、これについては冷静な物の見方も必要と考えます。

たしかに、事故を起こした原発のすぐ近くの地域では、とりわけ事故が起きた初年度から2、3年間は、高い頻度で生物の形態異常が観察されています(例:福島県川俣町でのアブラムシ(オオヨスジワタムシ Tetraneura sorini およびクロハラヨスジワタムシ Tetraneura nigriabdominalis)幼虫の尾部の分岐、脚の欠損など(2012年の1齢幼虫で、6~13%)[秋元 2016];福島県広野町、本宮町などでのヤマトシジミ Zizeeria maha の複眼の凹み・変形、翅の変形、脚・パルピの発達不全など(2011年秋の野外採集個体で30%)[平良ほか 2016])。

しかしながら、この頻度は事故原発から遠ざかるにつれて大きく低下し、たとえば千葉県柏市での形態異常の頻度は北海道(美唄、札幌)でのそれらと同等以下のレベルになっています(アブラムシの場合[秋元 2016])。

異常率は確かに地面線量率(地面からの放射線量)と正の相関がありますが(r=0.62、p=0.06;ヤマトシジミ、平良ほか[2016]の 図5)、線量率1.4の重度汚染地域と線量率0.1の非汚染地域との異常率の相違は、前者が後者の2倍程度に過ぎません(2013年秋のデータ)。

ヤマトシジミで異常率が最大だった2011年秋のデータで比較しても、汚染地域と非汚染地域の違いは3倍です(平良ほか[2016]の図4)。

アブラムシでも、重度汚染地域と非汚染地域(平均)との異常率の相違は4倍以下です(秋元[2016]の図4と図7)。

※アブラムシの調査データはゴール(虫癭)内での死亡個体までを含むものなので、実際にゴール外で私達が目にする形態異常個体の比率はかなり低くなるはずです。

※ヤマトシジミの場合も、野外で採集した成虫から採卵し飼育したF1世代における、死亡も含む総異常率は2011~12年の場合70%を超えているとのこと(平良ほか[2016]の図4)。

つまり、人目につくような形態異常をもつ生物個体が見られたとしても、それは福島原発事故がなかった場合でも起こりうること、つまり「通常」の場合でも数パーセントの割合で、いつでも生起している出来事であると認識すべきではないでしょうか。

その上で、やはり原発事故は人為的に突然変異原たる放射性物質を大量にばらまき、高度汚染地域では実際に多くの突然変異を生物に引き起こし、高い死亡率や次世代を遺せないなどの悲惨な結果をもたらしているという現実には、目をつぶってはならないでしょう。

そして、今後このようなことが二度と起きないような政権選択をしていくことが必要と考えます。

最後は、少々、政治的な意見が口を突いて出てしまいました。
もちろんこれは個人的な見解に過ぎません。
一つの参考意見、あるいは他山の石とお考えください。

このへんで、純粋に生物学的な話題に話を戻しましょう。


今回観察された体形異常が引き起こすであろう、トンボの生活上の問題

それにしても、このように腹部先端近くが曲がった♂は、うまく交尾できるのでしょうか?

まずは、♀の翅胸背面に乗りかかって、♀の頭部と自らの尾部付属器とを連結させる段階で、かなり厳しい試練に立たされるのではないでしょうか?

正常ならば、♂の尾部付属器は♀の後頭部の中央に自然とあてがわれるのですが、この変形した♂の尾部付属器は、♀の後頭部の中央よりもかなり右寄り、つまり♀の右複眼そのものにあてがわれることになりそうです。

もし、かろうじて♀と連結することができたとしても、次に交尾態になろうと試みる際には、♂の腹端の前後軸が背面から見て斜め左前方と斜め右後方を結ぶ線になっているがために、♀の生殖口は、♂の副交尾器のある♂腹部第2,3節の位置からずっと左に離れた空中を、もどかしく揺れ動くことになるはずです。

こうして、この♂はせっかく生殖年齢に達したにもかかわらず、自らの子孫を残すことなく、一生を終えることになる可能性が高いように思われます。

次回の記事では、この溜池群で見られた他のトンボの種について簡単に紹介する予定です。


引用文献

秋元信一(2016) 福島県高線量地域におけるアブラムシ類の形態異常の年間、地域間変動。「福島原発事故による周辺生物への影響に関する専門研究会」報告書, 23-31頁。

平良渉、檜山充樹、岩崎茉世、阪内香、大滝丈二(2016) 放射能汚染地域におけるヤマトシジミの調査。「福島原発事故による周辺生物への影響に関する専門研究会」報告書, 32-411頁。


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2018-08-15 (Wed)
今年6月上旬に栃木県の農村部の溜池群を訪れ、私とは初対面となるトラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883) を始め、数種類のトンボを観察することができました。

今回は、その溜池群のトンボについてのシリーズ記事第5報として、成熟に伴う体色変化の各段階の個体が見られた、ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773) をとりあげます(シリーズ記事一覧はこちら)。


目 次
 ◆ショウジョウトンボの見られた池
 ◆ショウジョウトンボ♀の体色変化
 ◆ショウジョウトンボ♂の体色変化
 ◆謝辞


ショウジョウトンボの見られた池

写真1は、ショウジョウトンボが比較的多く観察された溜池です(シリーズ第2回記事の池と同じ)。

トラフトンボなどが見られた溜池 
写真1 ショウジョウトンボが見られた溜池。(写真はクリックで拡大します) 

このほか、シリーズ初回記事で紹介した池や、更に別の池でもショウジョウトンボが観察できました。


ショウジョウトンボ♀の体色変化

最初に、ショウジョウトンボ♀の体色変化について、色の薄い順に紹介します。

まずは、シリーズ初回記事で紹介した池の岸上の草むらに止まっていた♀個体です(写真2)(観察初日の午後2時21分に撮影)。

ショウジョウトンボ未熟♀ 
写真2 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 未熟♀

写真2の♀個体は、複眼が乳白色~淡白紫色であることから、羽化後まだ日が浅いことが伺えます。
腹部は基部近くに白味の残る黄褐色で、脚の腿節も黄褐色です。

写真3は、写真1の溜池の岸辺の枯草にとまっていた別の♀です(観察2日目の午前11時09分)。

ショウジョウトンボ未熟♀ 
写真3 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 未熟♀ (別個体)

写真3の♀個体は、複眼の乳白色味が薄れて淡紫色になっていることから、写真2の♀個体よりも羽化後の日数が経過していることが伺えます。

腹部の白味も消えて、全体に黄褐色を呈しています。

写真4は、写真1の溜池に接する林内の草地の枯草にとまっていた、これまた別の♀個体です(観察初日の午後1時34分)。

ショウジョウトンボ未熟♂ 
写真4 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (ほぼ成熟)(さらに別個体)

写真4の♀個体は、複眼の色は一層濃くなり、茶色味も加わってきていて、写真3の♀個体よりも明らかに成熟が進んでいることを伺わせます。

それでも、腹部は♂のようには赤化せずに、黄褐色のままです。

脚の色は写真2の♀個体のような淡黄褐色ではなく、濃褐色になっています(写真5写真4と同一個体)。

ショウジョウトンボ未熟♀ 
写真5 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia (ほぼ成熟)(写真4と同一個体)


ショウジョウトンボ♂の体色変化

次は、写真1の溜池に隣接する林内の草地の枯草にとまっていた♂個体です(写真6)(観察初日の午後1時39分)。

ショウジョウトンボ未熟♂ 
写真6 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 未熟♂

写真6の♂個体は、色だけで判断すると、ほぼ成熟したショウジョウトンボの♀(例えば写真4の♀個体)とよく似ています。

しかし腹端から後方に突き出している突起は♀の尾毛ではなく、♂の尾部付属器です。

それに腹部は♀のそれと比べて横幅が少し狭く、全体にスマートな印象を与えています。

複眼も焦げ茶色に近く、♀よりも「濃い」顔かたちを演出しています。

写真7は、写真1の溜池の岸辺の草にとまり、沖合を眺めていた♂個体です(観察2日目の午前11時07分)。

ショウジョウトンボ♂ 
写真7 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 

写真7の♂個体は、すでに赤化が相当進んだ♂です。

好天のせいでしょう、太陽に向かって腹部を挙上し、体温調節を試みている様子です。

赤化が進んでいるとはいえ、各腹節の境界部や腹部第3節背側面に淡紅色~黄色の細帯斑あるいは斑点が残存しています。

これはショウジョウトンボ♂の成人社会の中では、「青二才」と見られてもしかたのない、経験の浅さを表出するシンボルになるでしょう。

過去記事「ハッチョウトンボ:(2)成熟に伴う体色変化」に登場したハッチョウトンボの♂の体色変化のプロセスの中でも、同様のステージがありました(同記事中の写真10)。

赤地の中に黄色の市松模様といえば、今年のロシア・ワールドカップサッカー第三位のベルギー*のユニフォーム。

来年以降、この「青二才カラー」のショウジョウトンボ♂あるいはハッチョウトンボを見るたびに、小国ながら決勝に勝ち上がったベルギー*・サッカーチームを思い出すかもしれません。

さて、♂の体色赤化のゴールは、下の写真8の状態といえるでしょう。

ショウジョウトンボ成熟♂ 
写真8 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia 成熟♂

写真8の♂個体は、シリーズ初回記事で紹介した池の岸の低木の枝にとまり、沖合方向を監視していたことから、♀個体が現れたら交尾を挑む意欲満々なことでしょう(初日の午後2時37分)。

腹部は完全に赤化し、顔面、複眼、それに脚に至るまで、赤色を越えて紅色に近い色に深く染まっています。

この色彩こそ、猩々蜻蛉と名づけられた由縁です(過去記事「ショウジョウトンボ♂」参照)。

次回以降の記事でも、この溜池群で見られた他のトンボの種について、引き続きレポートします。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


*追記:記事初出の際に「準優勝のクロアチア」としていた記述を、「第三位のベルギー」に訂正しました(8月18日)。


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2018-08-13 (Mon)
今年6月上旬に月井栄三郎さんのご案内のもと、栃木県の農村部の溜池群を訪れ、私とは初対面となるトラフトンボ Epitheca marginata (Selys, 1883) を始め、数種類のトンボを観察することができました。

今回は、その第4報として、トラフトンボ♂と同様に♂が池面上をパトロールするトンボが、他に3種、観察・撮影されましたので、簡単にご紹介します(シリーズ記事一覧はこちら)。

今回の観察地の特徴については、シリーズ初回記事をご参照ください。

目 次
 ◆オオヤマトンボ♂のパトロール飛行
 ◆オオヤマトンボの飛行操縦術
 ◆オオヤマトンボ、♂のセックスアピール
 ◆今回は脇役:ギンヤンマとオオギンヤンマ
 ◆謝辞


オオヤマトンボ♂のパトロール飛行

トラフトンボのパトロール飛行や交尾が見られた池(写真1)の岸沿いを、1頭のオオヤマトンボ Epophthalmia elegans (Brauer, 1865) ♂がパトロール飛行していました(写真2)(観察2日目、‏‎‏‎10時51分)。

トラフトンボなどが見られた溜池 
写真1 オオヤマトンボ♂のパトロール飛行が見られた溜池。初回記事から再掲)(写真はクリックで拡大します) 

オオヤマトンボ♂ 
写真2 オオヤマトンボ Epophthalmia elegans 

このオオヤマトンボ♂も、前々回の記事で取り上げたトラフトンボ♂と同様に、ジュンサイの浮葉がまばらにある岸沿いをパトロールしています。

ただし、このオオヤマトンボ♂は、トラフトンボ♂と比べて、水面上のより高い場所を、より速いスピードでパトロールしていた印象でした。

写真3は‎、写真2と同じ個体(10分前に撮影)をトリミングしたものです。

オオヤマトンボ 
写真3 オオヤマトンボ Epophthalmia elegans ♂ (同一個体)

この♂の飛行中の姿勢をチェックしてみましょう。

腹部は若干下に反り気味ですが、ほぼ真っ直ぐ後ろに伸ばし、脚はすべてきちんと折り畳み、胸部に密着させています。

翅が止まっているかのように写っていますが、これは高速シャッター(ISO=2000、露出時間=1/8000秒)のためです。

前・後翅が前から見て「X」字のように見えていますが、これは、他のトンボ同様、前・後翅の位相をずらせて羽ばたいているからです。

写真3は、水平にほぼ直線的に飛行していることが、頭部から腹先まで水平面に対する左右の傾きがないことから推定できます。


オオヤマトンボの飛行操縦術

一方、同じ個体の別のタイミングでの飛行姿勢を写した写真4a、bでは、翅が水平面に対して明らかに左か右の一方に傾いています。

オオヤマトンボ♂ 
写真4a、b オオヤマトンボ Epophthalmia elegans ♂ (同一個体)

写真4aでは、頭部だけ見ると、進行方向に対して左右の傾きはほとんどありませんが、翅胸部は腹部とともに大きく左に傾いています。

そのため、左右の翅が鉛直方向にではなく、進行方向に向かって左斜め上から右斜め下に打ち振られる態勢になっています。

この翅の振動は必然的にトンボの体を進行方向に向かって左上方向にリフトする力を生じますので、そこから重力を差し引くと、トンボの体を左方向に押しやることになります。

この方向のベクトルをもつ力が働く結果、トンボは左にカーブを描くように、進行方向を変えることになります。

写真4bでは、写真4aとは逆に、翅胸部と腹部は右に傾いています。

ただし、その傾きの角度はずっと小さいことから、写真4aの場合とくらべて(向きは逆ですが)緩やかなカーブを描こうとしているのか、あるいはカーブする直前までの飛行速度が遅かったかの、いずれかでしょう。


オオヤマトンボ、♂のセックスアピール

写真5は、同じ♂個体を斜め後ろから撮ったものです。

オオヤマトンボ♂ 
写真5 オオヤマトンボ Epophthalmia elegans ♂ (同一個体)

この角度から見ると、腹部の第4,5,6節あたりがぐっと窄まり、第7、8、9節が太まるだけでなく、左右に少し拡がり、「男」らしさを演出している印象です。

まちがいなく、♀も交尾をするために池に来ることはあるわけで(もちろん、既交尾のために交尾は避け、産卵のためだけに来る♀も多いですが)、そんな♀は池が見え始めたところから、「♂は飛んでいるかな?」、「どうせ結婚するなら♀を惹きつける外見や飛び方の♂がいいな」と、品定めをしているかもしれません。

少なくとも、そのような注意を払い、意思決定をしていくことは、自分の直接の子孫によい遺伝子を付け加えていくことになり、結果的に孫世代以下の子の数を増やすというかたちで、適応度を高めることにつながるはずです。

そんな♀を狙っての、♂たちのダンディー振り、すなわち、この「決まってる」体形と精悍な飛翔スタイル、があるとみることができるでしょう。

勿論、ヒトと違って、トンボの個体が自分の意思で、体形や飛翔スタイルを変えることはありません。
単に、そのような外形や飛翔スタイルをつくる遺伝子の組み合わせを、両親から受け継いでいるに過ぎません。

私がこのブログでトンボの厚化粧、ドレスアップ、コーディネートなどの擬人化表現をよく用いますが、それはあくまでも擬人化であって、実際はトンボ個体の自由にならない遺伝子(+後天的影響[例:栄養、温度、日長、etc.])が、結果としてそうさせているというのが本当のところです。

つまり、遺伝子レベルの無方向の突然変異や、交配による遺伝子の組み合わせによって、トンボの個体の意志とは無関係のところで、新しい形態や行動上の形質が現れ、それが同種集団の中で有利であれば集団中での頻度が増大していくというプロセスが起きている、というのが非擬人的表現になります。

またまた理屈っぽくなりましたが、オオヤマトンボについては、このくらいにしましょう。


今回は脇役:ギンヤンマとオオギンヤンマ

この池および隣接の池には、パトローラーとして、トラフトンボ、オオヤマトンボの他に、ギンヤンマ Anax parthenope (Selys, 1839) クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus Oguma, 1915 の姿もありました(写真6)。

クロスジギンヤンマとギンヤンマの♂ 
写真6 ギンヤンマ Anax parthenope とクロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus の♂ 

池のトンボたちの集団を一つの国の民に例えるならば、ギンヤンマは有象無象の民の上に君臨する帝王にふさわしい、勇壮なパトロール飛行を行う種であるということに異論をはさむ人は少ないでしょう。

実際、ヨーロッパには Anax imperator (直訳:皇帝ギンヤンマ)とLeachによって(1815年に)命名されたヤンマがいるくらいですから。

そのような絶対的存在を、同属のクロスジギンヤンマと抱き合わせの1枚の組み写真にした理由は他でもありません。

沖合をしばらく飛んだだけでシャッターチャンスが少ないこともあり、どちらの種もピントが超甘だったからです。

とはいえ、この写真からだけでも、ジュンサイの繁茂する水面上を悠然と飛ぶ様子はイメージできるのではと思います。

ギンヤンマは、観察2日目の午前10時11分に、シリーズ初回記事の観察地点の池(写真1)でトラフトンボ♂のパトロール撮影中に、同じ場所の沖合を飛んでいたものです。

※ギンヤンマを主役とした過去記事はこちら → 「ギンヤンマ♂」、「ギンヤンマの産卵

クロスジギンヤンマ♂は、‎観察初日の午後、トラフトンボの なわばり争いを観察・撮影した直後の1時59分に、その沖合をパトロール飛んでいるところを撮影しました。

クロスジギンヤンマ♂を撮影した池は、写真1の池ではなく、シリーズ第2回記事の写真3の池です。

※クロスジギンヤンマを主役とした過去記事はこちら → 「クロスジギンヤンマ:飛び回る♂を高速シャッターで激写


次回以降の記事でも、この溜池群で見られた他のトンボの種について、引き続きレポートします。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


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