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2018-10-30 (Tue)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839) を含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに15編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第16報の今回は、第15報「ベニトンボとの再会」(成虫編)に引き続き、低山地の溜池(写真2)で見た、ベニトンボ写真1)の羽化殻について取り上げます。

ベニトンボ♂  
写真1 ベニトンボ Trithemis aurora  前回記事から再掲)(写真はクリックで拡大します)


目 次:
 ◆第三の訪問地:低山地の溜池
 ◆羽化殻発見場所の状況
 ◆飯田さんが観察していたのがベニトンボ羽化殻
 ◆ほかにもいくつかの羽化殻が
 ◆ボルダリング選手も顔負けの終齢幼虫の登攀術
 ◆ベニトンボ終齢幼虫の登攀技術とその進化プロセス
 ◆幼虫の脱殻の強度も驚異的
 ◆昆虫のクチクラの洗練された層構造
 ◆羽化殻写真から種の同定を試みる
 ◆調査対象としての羽化殻の価値
 ◆謝辞
 ◆引用文献


第三の訪問地:低山地の溜池

写真2が、ベニトンボの成虫♂♀そして羽化殻を観察することができた、この日3番目の訪問地である、低山地の溜池です。

ベニトンボが生息する溜池 
写真2 ベニトンボが生息する低山地の溜池 前回記事から再掲)

溜池の堤体の土手(写真2、左下)は雑草が生い茂っており、多くのベニトンボ成虫(羽化後間もない個体から十分成熟した個体までの♂♀)が滞在していました(前回記事参照)。


羽化殻発見場所の状況

写真2の堤体に沿って目を右方向に転じると、ゆるやかな土砂の斜面があり、その水辺には高床式の建造物(監視塔?)がありました。

その建造物を支える数本の太いコンクリート円柱の一部は浅い水面から立ち上がっていて(写真3)、その表面は若干風化してザラザラと砂礫が露出しています。

ベニトンボの羽化殻が残されていたコンクリート柱 
写真3 ベニトンボの羽化殻が残されていたコンクリート柱(山本桂子さん撮影)

その円柱面と向き合う位置にたたずみ、飯田さんが、じっと何かを観察しています。

私も、そーっと近づきます。

飯田さんが円柱面の一カ所を指さして、私に目くばせしました。


飯田さんが観察していたのがベニトンボ羽化殻

指さす先には、トンボ科に属する種の羽化殻が残されていました(写真4)。

ベニトンボ羽化殻 
写真4 ベニトンボ Trithemis aurora 羽化殻

「これ、ひょっとして、ベニトンボ?」と、私。

「そうなんですよ。ここで生まれて育つベニトンボが間違いなく増えている証拠なので、注目していました。」と、飯田さんの明快な答え。

私は、成虫はともかく、羽化殻まで観察できるとは予想もしていませんでしたので、ちょっとした感激を覚えました。

このような機会を用意してくれた飯田さんに感謝です。

写真3には、その羽化殻を顕微鏡モードで狙っている私のセカンドカメラ(TG-5)が写っています。

写真3からは、その羽化殻の取りついている位置が、水面上約1m程度であることが見てとれます。


ほかにもいくつかの羽化殻が

さて、他にも羽化殻はないかと、私も蟹歩きをしながら、円柱の表面を眼でスキャンしました。

その結果、労せずして、次々と別の羽化殻が見つかりました(写真5、6、)。

ベニトンボ羽化殻 
写真5 ベニトンボ Trithemis aurora 羽化殻 (別個体)

下の写真6の場合、1本隣の円柱も写っています。

ベニトンボ羽化殻 
写真6 ベニトンボ Trithemis aurora 羽化殻 (更に別個体)

写真7は、また別の羽化殻を真横から撮ったものです。

ベニトンボ羽化殻 
写真7 ベニトンボ Trithemis aurora 羽化殻 (更に別個体)


ボルダリング選手も顔負けの終齢幼虫の登攀術

さて、終齢幼虫は、鉛直の壁面にどのように取りつき、羽化前後の体重を支えるのでしょうか?

また、羽化の途中に多少の風や雨が振りかかっても脱落しないようにするために、どのような工夫をしているでしょうか?

人間がコンクリートダムの壁面を、これらの羽化殻と同じような姿勢で昇り降りしたり、しがみついたまま休息している動画をSNSにアップしたとしたら、あっというまに百万回を超える閲覧があるのではないでしょうか。

新オリンピック種目であるスポーツクライミングの一競技、ボルダリングでは、選手が、鉛直あるいはオーバーハングした壁面を、そこから突き出た石を模した突起に指2本程度をかけて全体重を支え、さらにスイングまでしながら登っていきます。

この競技をテレビ放映などで見ると、人間の身体能力の限界の広さに驚かされます。

ベニトンボの終齢幼虫は、ボルダリングの場合のように選ばれた選手ではなく、原則として全員がこの登攀術を身に着け、やりぬくのですから、更に驚かされます。

横道にそれた話が長くなりました。


ベニトンボ終齢幼虫の登攀技術とその進化プロセス

それでは、写真4~7の羽化殻の壁面への取り付き方をチェックしてみましょう。

写真4,6,7
・両前脚、両中脚の爪は、爪先が下向き(重力方向)になるように、コンクリートのザラザラ砂粒にかけている。
・両後脚の爪は、下向き上向き(重力と逆方向)になるように、砂粒にかけている。
・このようにして、6本の脚で上下から壁をグリップするかたちで、脱落を防止しつつ、体重を支えている。

写真5:
・両前脚、両中脚は、円柱壁面に繁茂し、枯死した後も壁面に張りついたままの植物繊維に、爪をからめている。
・両後脚は、(写真4,6,7同様に)上向きに爪をたてていて、前脚中脚と連携してグリップし、脱落を防止しつつ、体重を支えている。

このように、誰にも教わることなく、ぬかりのないぶら下がり方を具現化し、幼虫期からの脱皮をやり遂げていることがわかります。

ただし、何十・何百という個体の羽化機会の中には、羽化中に地面や水面に落下し、翅は胴体が変形したり、運が悪ければ命を落とすものもあるはずです。

このようなことが繰り返される中で、より確実に羽化を完遂できる登攀術をプロデュースしている遺伝子群が個体群の中で比率を高め、現在のような高い能力を鍛造してきたといえるでしょう。


幼虫の脱殻の強度も驚異的

羽化あるいは脱皮する前の幼虫では、外骨格の外層をなすクチクラは真皮で裏打ちされ、更に体節間は鎹(かすがい)のように筋肉によってつなぎ留められています。

したがって、脱皮前の外骨格そのものはもちろん、脚の各節の間にある関節も、爪と跗節の間の関節も、重力に起因する張力によって破断される危険性は、脱殻にくらべて多少なりとも低下しているはずです。

しかし、羽化後に殻となってしまったほうの関節は、薄いクチクラ1枚でつながっている状態であるにもかかわらず、羽化前とほぼ同じ体重の新成虫を支えているのですから、このクチクラの構造が持つ、引っ張り力への耐性の強さには驚嘆せざるをえません。


昆虫のクチクラの洗練された層構造

昆虫の外骨格の表面寄りの硬い層は、クチクラと呼ばれます。

脱皮とは、このクチクラの部分を、その中に出来上がった、次の齢期の幼虫または成虫が、脱ぎ捨てることです。

そのあたのより詳細な説明を、島田・普後(2014)から抜粋して、以下に紹介します(引用文中のブラケットで括った部分は引用者による注記)(拝借画像1も参照)。

「昆虫は外骨格をもつ動物なので、エビやカニと同様に成長に伴って脱皮する。昆虫の皮膚は、体腔と皮膚を隔てる基底膜の外側にある真皮細胞と、その外側の硬いクチクラ層から成っている。[中略]幼虫がある一定の大きさになると、真皮細胞はクチクラ層の内側に新しいクチクラを作り、外側の古いクチクラを脱ぎ捨てる」

クチクラを含めた、昆虫の外骨格の層状構造について解説した部分を、日本大百科全書(ニッポニカ):「昆虫」:「(4)外骨格」から、以下に抜粋しておきます(拝借画像1も参照)。

「昆虫の体は、外骨格とよばれるじょうぶな硬い皮膚に覆われ、それは外側の表皮(クチクラ)、真皮、内側の薄い基底膜の3層からなっている。[中略]表皮[クチクラ]の外層は4マイクロメートル以下の上クチクラであって、セメント、ワックス、ポリフェノール、クチクリンの4層からなり、この下に薄層が多数重なって構成された外クチクラ内クチクラの2層がある。クチクラはおもに窒素を含む多糖類であるキチン質とタンパク質からなっており[中略]。この物質[スクレロチン]はきわめて堅く[中略]。[中略]脱皮のときに内クチクラ層を溶かす脱皮液も真皮から分泌する。」(こちら(外部リンク)で原文および関連画像が閲覧可能)。

※ ほぼ同様の内容を、より詳しく説明した英文サイト(詳細な図入り)はこちら(外部リンク:Anonymous: Insectsexplained: Insect Exoskelton)。

下の図(拝借画像1)は、昆虫の外皮の構造(断面)の模式図です。

Section of insect integument
拝借画像1 昆虫の外皮の断面図 Section of insect integument (By Xvazquez (File:Cuticula.svg on wikipedia) [CC BY-SA 3.0 ], via Wikimedia Commons)
A: Cuticle and epidermis クチクラと真皮; 
B: Detail of the epicuticle 上クチクラの詳細.
  1: Epicuticle 上クチクラ  
   1a: Cement セメント
   1b: Wax layer ワックス層
   1c: Outer epicuticle 上クチクラ外層  
   1d: Inner epicuticle 上クチクラ内層
   2+3: Procuticle 原クチクラ 
    2: Exocuticle 外クチクラ 
    3: Endocuticle 内クチクラ  
  4: Epidermal epithelium 真皮の上皮
  5: Basement membrane 基底膜
  6: Epidermal cell 真皮細胞
   6a: Pore Canal 孔管
  7: Glandular cell 腺細胞
  8: Tricogen cell 生毛細胞
  9: Tormogen cell 窩生細胞
 10: Nerve ending 神経終端
 11: Sensory hair (sensillum) 感覚毛
 12: Seta 剛毛
13: Glandular pore 腺孔
(凡例の日本語訳は一部仮訳を含みます)

以上の解説からわかるように、昆虫のクチクラは、薄いけれど強靭な4層の上クチクラとその下のより厚い外クチクラと内クチクラの両層から成り立っており、脱ぎ捨てられた殻は内クチクラ以外のすべての層をそのまま温存していることになります。

この層状構造と、それを構成するキチンやスクレロチンなどの物質が、ベニトンボの羽化殻を含め、昆虫達のクチクラの強靭さを支えているということになります。

このクチクラの構造は、系統発生においてトンボ目が出現する以前にすでに獲得されていたはずですので、今回の記事で取り上げたベニトンボの羽化殻の強靭さは、この「よき伝統」を受け継ぎ、その恩恵に浴しているといえるでしょう。


羽化殻写真から種の同定を試みる

さて、今回取り上げた羽化殻は、ベニトンボのものであるむね、現地で飯田さんにより確認済みでしたが、ブログ記事作成に際して、改めて私自身による同定も試みました。

参考にしたのは、杉村ほか(1999)の『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』です。

その結果、以下の点から、ベニトンボの羽化殻であると再確認できました。
・背棘が腹部第4~9節にある(第3節は不明瞭)。
・背棘の形は、写真7のように腹節後端を越えて鋭く突出する。
・側棘は第8,9節にあるが微小である。
・複眼はやや大きい(チョウトンボ属のように小さくない)。

ただし、写真を拡大すると粒子が粗くなり、細部の判別がつかなくなることもあり、羽化殻を極少数採取して持ち帰っていれば、同定はより容易かつ確実であったはずです(言わずもがなですが)。


調査対象としての羽化殻の価値

以下、一般論としての、羽化殻の調査対象としての価値について触れておきます。

羽化殻は地味な存在ですが、そこに卵が産みつけられ、幼虫が最後まで育つことができたことの証となります。

「成虫がいた・いない」のデータ、「面積(or 岸沿いの単位距離)の成虫個体数」データも、それなりに貴重ですが、たとえそこで産卵したとしても幼虫が生き延びて羽化するとは限りません。

つまり、成虫だけでは、その観察された特定の水域を生息地としている完全な証拠とはなりません。
そこが、(データを容易に得ることができる)成虫の活動個体数調査の弱点です。

羽化殻は、写真の対象としては美しさの点で成虫には及びませんが、生態研究や生物多様性保全につながる貴重な観察対象として、今後もっと注目されてしかるべきでしょう。

ただし、成虫とちがって、写真だけからは種の同定が困難な場合が多いので(上述のとおり)、まずは現場写真を撮影した上で、2,3個の羽化殻を採集してプラスチックケース等に収容して持ち帰り、帰宅後、虫メガネ(もしあれば実体顕微鏡)で観察しながら幼虫図鑑と比較することが、正確な同定のためには必要になります。

羽化殻ですので、成虫や幼虫を採集して持ち帰るのとは異なり、個体群に悪影響を及ぼしませんので、お薦めの生息状況調査方法といえます。

ただし、調査の際の湿地の踏み荒らしが景観や生物の生息条件に悪影響を与えないよう、特段の注意を払いたいところです。

さて、本シリーズの次回記事では、同じ場所で見られたマユタテアカネとシリアゲムシについて取り上げる予定です。


謝 辞
現地に案内して下さった上にベニトンボの羽化状況について解説された飯田貢さん、有用な写真を提供された山本桂子さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

Anonymous: Insectsexplained: Insect Exoskelton.
Retrieved on 29 October 2018.

日本大百科全書(ニッポニカ):「昆虫」:「(4)外骨格」
Retrieved on 29 October 2018.

島田 順・普後 一 2014 脱皮と変態の仕組み。科学なんでも相談室での回答。http://www2.science.med.tuat.ac.jp/home/questions/answers/no21%E3%80%90zhiwen%E3%80%91kunchongnotuopitobiantai

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。


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2018-10-26 (Fri)
四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに14編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第15報の今回は、この日3番目の訪問地である、低山地の溜池(写真2)で観察した昆虫類のうち、ベニトンボ Trithemis aurora (Burmeister, 1839) の成虫(写真1)について取り上げます。

ベニトンボ♂ 
写真1 ベニトンボ Trithemis aurora  (写真はクリックで拡大します)

目 次:
 ◆ベニトンボと私
 ◆第三の訪問地:低山地の溜池
 ◆草むらのベニトンボ♀
 ◆ベニトンボ未成熟♂
 ◆ベニトンボ成熟♂
 ◆水辺でナワバリ占有するベニトンボ♂
 ◆なわばり防衛戦略について
 ◆次回以降記事予告
 ◆謝辞
 ◆引用文献


ベニトンボと私

ベニトンボは、日本では鹿児島県に局地的に生息していただけでしたが、1980年代以降、台湾方面から分布域の北上が目立ち(杉村ほか1999、尾園ほか2012)、現在では九州・四国の南半分を覆うまでに拡がっています(尾園ほか2012)。

私がベニトンボと初めて対面したのは、2010年5月に沖縄県下で短期間のトンボ・トリップを行った際のことです。

北国(北海道東部)のトンボたちの色彩に馴染んでいた私の眼には、その鮮やかな紅色は、南国的な背景の中で、強烈な印象を与えるものでした。

その時に撮影した1頭の♂の写真はお気に入りで、私のブログやSNSでロゴ代わりの役目を務め続けて、もう4年になります(ご覧のブログの左上隅の写真、そしてこちらこちらこちらを参照)。


第三の訪問地:低山地の溜池

写真2が、ベニトンボとの再会の場となった、この日3番目の訪問地、低山地の溜池です。

ベニトンボが生息する溜池 
写真2 ベニトンボが生息する低山地の溜池

私たちは、11時11分にこの溜池に到着しました。

思っていたよりも広い溜池で、広葉樹主体の森林に囲まれ、静かなたたずまいをしていました。

溜池の堤体の土手(写真2、左下)には、雑草が生い茂っていて、小さな虫が飛び回っていました。


草むらのベニトンボ♀

その草々の間に、小さなトンボの姿もありました(写真3)。(時刻:11:14:44)

ベニトンボ♀ 
写真3 ベニトンボ Trithemis aurora 

一見、アカネ属のようにも見えますが、翅胸前面の黄色と黒のハッキリした模様、そして翅胸側面の独特な形をした黒斑は、アカネ属には見られないものです。

ベニトンボの♀に違いありません(尾部上付属器が単純で短いことから、♀と判別可能)。

「ベニトンボの♀がいますね。」と、私がつぶやくと、

「こっちにも♀、いますよ~。」

「♂、いたよ~。」

と、賢悟さんや山本さんからも、呼び声が。

※ 帰宅後の図鑑照合により、ベニトンボ♀であることを再確認しています。

4分後には、同じ草むらの中に、ベニトンボ♀の別個体を見付け、撮影しました(写真4)。

ベニトンボ♀ 
写真4 ベニトンボ Trithemis aurora ♀ (別個体)

翅脈もしっかり黒化し、体を水平近くに保って、シャキっととまっています。

腹部もスマートなことから、尾部付属器をよく確認しないと♂と間違えかねないスタイルです。


ベニトンボ未成熟♂

この後、草にとまるベニトンボの成熟♂たちがすぐに見つかり(写真1;  11:22:36)、様ざまな角度から撮影しましたが、その後で撮影したベニトンボの未成熟♂の写真を先に掲げることにします(写真5、6;11:32:14)。

ベニトンボ♂未熟 
写真5 ベニトンボ Trithemis aurora 未成熟♂

写真5の♂個体を、色彩が一見よく似た、写真4の♀と比べてみます。
・翅胸部と腹部の長さの比は、♂のほうが大きい(つまり腹部がより細がない)。
・腹部(とくに第4~8節)の黒斑は♂で目立たない。
・翅脈は♀では基部付近を除いて黒いが、♂では後縁と前縁の縁紋から先を除いて橙色。
・複眼の発色が写真4の♀に比べて弱い(これは成熟途上のため)。

草むらには、別の未成熟♂も同じように草にぶら下がり、とまっていました(写真6)。‏‎(時刻:11:33:36)

ベニトンボ♂未熟 
写真6 ベニトンボ Trithemis aurora ♂未熟 (別個体)

腹端部が草に隠れていて、作品としては不合格ですが、翅胸側面の模様が見えていることや、翅がまだ硬化しきっておらず、後縁部を含め翅脈の黒化が進んでいないことが見てとれることから、掲げます。

硬化や黒化が進んでいないことから、羽化後まだ日が浅い個体であることがわかります。


ベニトンボ成熟♂

写真掲載順が前後しましたが、未成熟♂よりも先に、土手の草むらで見つかったベニトンボ成熟♂がこれです(写真7)。(時刻:11:22:36)

ベニトンボ♂ 
写真7 ベニトンボ Trithemis aurora 

体軸を水平よりも30度ほど前傾させています。

草むらですので、婚活というより、採餌がメインでしょう。

したがって、餌になる昆虫が多そうな方向に体軸を向けているものと思われます。

実際、土手も画面右下方向に傾いていて、草の茎頂や葉先付近を飛び回る小昆虫は、このトンボが向いている方向の視界を多く横切るはずです。

背景中央部の黄色い部分は、キク科植物の頭花部分です。

写真8は、別の♂個体です。

ベニトンボ♂ 
写真8 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (別個体)

写真5写真6の未成熟♂がぶら下がり傾向だったのに対し、写真8の♂は見事に体を水平にキープしています。

もしかすると、婚活中の♀は、単に♂の着飾る衣装の鮮やかさに惹かれるだけでなく、♂の精悍さや機敏さも密かに品定めしているのかもしれません。

もしそうだとしたら、このように綺麗にバランスをとり、いつでも飛び立てるような態勢でとまる♂は、♀達のお眼鏡にかなうのではないでしょうか。

写真9は、更に別の♂個体です。

ベニトンボ♂ 
写真9 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (別個体)

背面からのショットです。

翅基部の暗赤褐色の斑紋が、「われ、ここに在り」と言わんばかりの存在感を放っています。

写真1(再掲)も別個体です。(時刻:11:29:24)

ベニトンボ♂ 
写真1(再掲) ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (別個体)

写真1は、写真7を左右逆にしたようなシーンですが、キク科草本のしおれた黄色い花びらにとまっている小技を買いました。

写真10は、写真1と同一個体です。

ベニトンボ♂ 
写真10 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

顔が正面から見えるショットです。

その、顔の部分をトリミングして拡大したのが、写真10Bです。

ベニトンボ♂部分拡大 
写真10B ベニトンボ♂部分拡大 (写真10と同じ)

ベニトンボ♂の顔をこの角度から見ると、前額*の背面に金属光沢のある濃青紫の斑紋があり、歌舞伎役者の隈取りのように、存在感を強めている印象を受けます。

(*注:前額[ぜんがく]とは、頭部で、複眼よりも前方の部分のうち、上半分の部分。ただし、単眼や触角が出ている額瘤[がくりゅう]を除く。)


水辺でナワバリ占有するベニトンボ♂

20分ほどで土手の草むらでのトンボ観察を終えて、コンクリートで固められた堤体の水辺方向に目をやると、そちらでもベニトンボ♂が活発に活動していました。(時刻:11:34:54)

その♂は、コンクリート斜面の、水辺から15cmくらいの位置にとまり、水面方向をじっと見ています(写真11、12)。

ベニトンボ♂ 
写真11 ベニトンボ Trithemis aurora ♂(別個体)

ベニトンボ♂ 
写真12 ベニトンボ Trithemis aurora ♂(同一個体)

この♂は時おり飛び立って、水面上をパトロール飛行し、またほぼ同じ位置に戻ってとまる行動を見せていました。

私が堤体づたいに少し移動すると、今度は、水面から突き出した枯れ枝の先端にとまって、なわばり占有している別のベニトンボ♂がいました(写真13~18)。‏‎(時刻:11:44:02)

ベニトンボ♂ 
写真13 ベニトンボ Trithemis aurora ♂  (別個体)

写真13では、体後部を水平に対して60度ほど挙上させています。

枯れ枝にできた蔭からわかるように、腹部を太陽光線に対して平行になる方向ではなく、直角といっても過言でない方向に保持していることから、受光量を減らして体温上昇を防止するための腹部挙上姿勢ではないことがわかります。

ベニトンボ♂ 
写真14 ベニトンボ Trithemis aurora ♂(同一個体)

写真14は、ほぼ真正面です。
この角度から見ると、♂の左右に広がった腹部、そして少しすぼめた左右の翅が構成する左右対称の立体造形は、なかなかの美術作品です。

♂の体色の紅色化をもたらしたのが、♀による♂選択*であったとしたら、ベニトンボの祖先の♀にも、人間に劣らない審美眼があったのでは、と考えるのは買いかぶりすぎでしょうか。

(*注:このほか、♂同士の なわばり争いに紅色が有利であったことが、より紅色の強い♂がより多く交尾し、より多くの子孫を残せたという、♂間の同性間選択という進化過程も考えられます。)

写真15は、同じ♂個体ですが、左前脚で左の複眼の表面をこすっています。
 
ベニトンボ♂ 
写真15 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

何か塵でもついていたのでしょうか?

写真16も同じ♂です。

ベニトンボ♂ 
写真16 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

腹部第5~7節付近の左右幅の広がりが印象的です。

写真17も同じ♂ですが、何かを目で追うように頭部を右下方向に向けています。

ベニトンボ♂ 
写真17 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ 右向く (同一個体)

写真18も同じ♂です。

ベニトンボ♂ 
写真18 ベニトンボ Trithemis aurora ♂ (同一個体)

写真16とほぼ同じ角度からの写真ですが、腹部がやや長く、横幅もやや狭く見えます。

この違いに、当初、別個体の可能性を疑いましたが、翅脈の細部までも一致していたので、同一個体と確認できました。

撮影角度(写真18はほぼ真横の斜め上から、写真16は、やや後方のより背方から)の違いが影響したのでしょう。

このほかに、呼吸運動によって、腹部が上下方向に膨らんだり凹んだりするケースも考えられ、その影響もあるかもしれません。


なわばり防衛戦略について

以上、写真13から写真18まで、同一♂個体がとった様々なポーズをご紹介しました。

お気づきのように、1枚ごとに体軸の水平面上の向きが替わっています。

これは、飛び立ってパトロールしてすぐに戻ってとまるのを繰り返していたためですが、その中には同種♂個体を軽く追い払って戻ったケースもあったことから、池の岸近くの水面の一定範囲を連続的に占有し、同種♂に対して防衛する なわばり防衛という戦略(行動オプション)をこの個体が採用していたことがわかります。

言うまでもなく、そこにやってくる♀を真っ先に発見して連結・交尾する機会を最大化できる利点benefitをなわばり見回り、防衛というコストcostを払ってわが物にしていることになります。

利点・コストの差引勘定は最終的に残した子孫の数で表わされることになります。


次回以降記事予告

この池ではベニトンボの成熟・未熟成虫に加えて、羽化殻も観察することができました。
それについては次回記事で報告します。

また、他にも、マユタテアカネ、ヤマトシリアゲ(シリアゲムシ科)も観察していて、それらについては次々回記事で取り上げます。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、観察中にアドバイスされた、飯田さん、山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。


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2018-10-22 (Mon)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに13編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第14報の今回は、前回記事に続いて、この日2番目の訪問地である沢地の林縁草地で見た虫達についての「その2」として、2種のクモ、すなわち、オオトリノフンダマシ Cyrtarachne inaequalisトリノフンダマシ Cyrtarachne bufo 写真1)についての報告です。

トリノフンダマシ 
写真1 トリノフンダマシ Cyrtarachne bufo(写真はクリックで拡大します)


目 次:
 ◆第二の訪問地(沢地):トリノフンダマシたちに出会った場所
 ◆オオトリノフンダマシとの出会い
 ◆オオトリノフンダマシとの出会い
 ◆画像を回転させると、おやおや!
 ◆紡錘形の揺りかご?
 ◆トリノフンダマシも控えていた
 ◆似ているのは鳥の糞、それともカエル?
 ◆またまた180度回転!
 ◆ポツンと一つ、円い揺りかご
 ◆SNSでのオオトリノフンダマシ画像への反響
 ◆謝辞
 ◆引用文献


第二の訪問地(沢地):トリノフンダマシたちに出会った場所

この訪問地(写真2)は沢地の片斜面がやや平坦になった場所で、向い及び背後の斜面は鬱蒼とした樹林(主に広葉樹)になっていました。

マユタテアカネ、ナツアカネのいた沢地の林縁草地 
写真2 トリノフンダマシ2種が見られた沢地の林縁草地 (前回記事から再掲)

観察ポイントは、その平坦地の一角で、セイタカアワダチソウなどの草本や幼木・低木が生い茂っているところです。

この訪問地には、午前10時少し前に到着して、皆で林縁部の低木の枝葉や、草の葉先などに虫たちの姿を求めました。


オオトリノフンダマシとの出会い

そこで、トンボよりも何よりも先に、私の目に入った虫は、奇妙な色かたちをした1頭のクモでした(写真3)。(時刻:‏‎10:04:04)

オオトリノフンダマシ 
写真3 オオトリノフンダマシ Cyrtarachne inaequalis

大きな三角形の腹部の前方には小さな頭胸部が、申し訳のように、ついていて、折り畳んだ長めの脚が2~3対と小さな触手が見えていることから、クモの一種だというところまでは見破ることができました。

近くで別の虫を探していた飯田さんに、「このクモ、何ですかね?」と私は尋ねます。

飯田さん:
「どれどれ。あ~! これはオオトリノフンダマシですよ。ちょっと探せば卵嚢も見つかると思いますよ。」

「そうなんですか。あまり鳥の糞に見えないですけどね。。でも面白い顔してますね。顔じゃないけど(笑)。。」
と、私。

顔に見えるのはクモの腹部ですが、その腹部背面の模様は、左右の二つの大きな眼でこちらを睨みつけているかのような錯覚を、見る者に起こさせるだろうと思います。

顔の形(実際は腹の形ですが)は逆三角形ですから、カマキリとかカエルの頭部を連想させます。


画像を回転させると、おやおや!

※ 帰宅後、ネット検索すると、カエルの他に、ヘビに似ていることに言及しているサイトも散見されました。

「でも、こんな逆三角で口を閉じていたら、カエルでもヘビでも、迫力がないでしょう!」と思いたくなります。

しかし、この画像を180度回転させてみたら。。。

ぱっくり口を開いて、舌なめずりしているではありませんか(笑)!」(写真4)。

オオトリノフンダマシ、180度画像回転 
写真4 オオトリノフンダマシ Cyrtarachne inaequalis (写真3を180度画像回転させたもの)

現地の観察の時には気づきませんでしたが、ネット上の情報によれば、この偽物の眼の周りの「隈取り」のような黒色の模様は、腹部の表皮の内側で体液が流動するために、ゆらゆら動くように見えるのだそう。

実際に、下記サイト(外部リンク)にアップロードされているオオトリノフンダマシ、もしくはその近縁種の動画では、その「活き活きした」動きを見ることができます。

Nicky Bay: "Mystery of the Pulsating Spider" (日本語訳:脈動するクモの神秘)
 
「その活き活きした動き」は、眼の周りだけでなく、下顎や舌にも見られます。

こうなると、このクモは、自分の体を、動くはずのない鳥の糞ではなく、目や口が動くカエルやヘビのような脊椎動物に似せているに違いない、という確信が生まれてきます。

※ この擬態の生態的メカニズムや進化プロセスに関しては、次回以降の記事で改めて取り上げる予定です。


紡錘形の揺りかご?

さて、観察地点に話をもどします。

私がオオトリノフンダマシの撮影を終えて、アカスジキンカメムシの1齢幼虫のサンプルを採取している、飯田さんにカメラを向けていた時です。

「あったよ~、オオトリノフンダマシの揺りかご!」と、同行の山本さんから声がかかりました。

「え、なにこれ?」と、口をあんぐりしながら、山本さんに引き続いて撮ったのが、写真5(オオトリノフンダマシ卵嚢)です。(時刻:‏‎10:05:08)

オオトリノフンダマシ卵嚢
写真5 オオトリノフンダマシ Cyrtarachne inaequalis の卵嚢

多くのクモが卵嚢をつくることは私も知っていましたが、このように紡錘形をして、しかも数個が寄り集まるようにぶら下がっているのを想像したことはありませんでした。


トリノフンダマシも控えていた

この訪問地では、この後、アカスジキンカメムシの1齢や終齢などの幼虫、そしてマユタテアカネの観察・撮影ができ、そろそろ次の目的地へ移動することになるかな、と思い始めていた時のことです(午前10時18分)。

飯田さんらお三方が、何かを見つけて盛り上がっています。

指さす先を除きこむと、そこにはまた別のクモが(写真1、再掲)。

トリノフンダマシ 
写真1(再掲)トリノフンダマシ Cyrtarachne bufo

オオトリノフンダマシと形や仕草は良く似ていますが、模様が随分ちがいます。

「あー!凄いですね。さっきのと別の種類じゃないかな?」と私。

飯田さん:
「こちらのほうが、トリノフンダマシです。可愛いでしょ?!」

「あ、はい。。」


似ているのは鳥の糞、それともカエル?

トリノフンダマシの学名は、Cyrtarachne bufo

Bufoはヒキガエルの属の学名ですから、このクモに学名をつけた分類学者は、この腹部の形や模様からカエルの顔を連想したのでしょう。

カエルにしては、ハート形の腹部の尖ったほう(腹端部)周辺が白っぽいところに違和感がありますが、たしかに大人しそうなカエルに見えなくはありません。

しかし、眼の模様のインパクトが弱いことと、白と灰色が不規則なグラデーションつきでミックスされていて、トリノフンダマシの方は、オオトリノフンダマシにくらべたら、少しは鳥の糞にも似ています。


またまた180度回転!

帰宅後、今回のブログ記事作成の過程で、トリノフンダマシの画像も180度回転させてみました(写真6)。

トリノフンダマシ、180度画像回転 
写真6 トリノフンダマシ Cyrtarachne bufo  (写真1を180度回転させたもの)

すると、どうでしょう。

口を半開きにして、太い舌をベロンと出し、こちらをジロジロ見ています。

葉の隙間からヘビかカエルが首だけ出し、こちら(潜在的捕食者)を挑発しているようです。
「来るなら来い」と。

こういう場合の賢明な対応は、「君子危うきに近寄らず」ではないでしょうか?

トリノフンダマシの腹面の色彩パターンと、頭胸部、脚、触手を含めた全体の形態表現は、上述のような対捕食者戦略としての擬態のように思われます。
 

ポツンと一つ、円い揺りかご

話を現地のその時刻に戻します。

同じ木の別の枝の葉に、またクモの卵嚢らしきものがぶら下がっているのを、飯田さんが指さして私に目くばせしました(写真7)。

トリノフンダマシ卵嚢 
写真7 トリノフンダマシ Cyrtarachne bufo の卵嚢

「これ、わかります?」と飯田さん。

「もしかして、これがトリノフンダマシの卵嚢?」と私。

「ピンポーン!」と山本さん。

飯田さんも頷きます。

「へ~。木の実と間違えそうですね。それも美味しくないやつに(笑)。」

一番弱い存在である、卵や初齢幼虫たちを、このように風雪から守り、天敵からも目を反らせさせるような袋、それも自分で紡いだものに収めて、少しでも多くの子孫を残そうとするこのクモを、少し尊敬してしまいました。

卵嚢を食い破って巣立つ子グモたちは、振り返り見ながら、「お袋さん、ありがとう。」と心の中でつぶやくのかもしれません(おとぎ話にしたとしたら)。


SNSでのオオトリノフンダマシ画像への反響

帰宅後、昆虫関連のSNSグループに、上掲のトリノフンダマシ2種の画像を、マユタテアカネおよびアカスジキンカメムシの画像とともに、投稿したところ、グループメンバーのお一人である、有本 智さんから、「オオトリノフンダマシ、ムンクの「叫び」を思い出す・・・」とのコメントを頂きました。

下に、そのオオトリノフンダマシの写真3を再掲しておきます。

オオトリノフンダマシ 
写真3(再掲) オオトリノフンダマシ

私(おそらくメンバーの他の誰ひとりも)が、想像すらしなかったコメントでした。

私の返答コメントは、「ホントですね!」。

頬骨を境に顔の下半分を両手の平で挟み、うつろな表情をした人の顔が、たしかにそこにあります。

これは、自然の嘘(擬態)というより、自然の意図せざる悪戯といえるでしょう。

というのも、ムンクがこの作品を描いた後の現代人が現れるまでは、「ムンクの叫び」に酷似していることは、何の意味も持たないからです。

むしろ、「ムンクの叫び」の両目にあたる二つの黒褐色の点は、写真4のように180度回転させた場合に、両生類・爬虫類の鼻孔に擬態していると見ることができるでしょう。

※今回取り上げたトリノフンダマシ2種の特徴的な色彩パターンが、どのように進化したかについては、擬態全体について網羅的に考察する記事に関連させる形で、新たな記事として、アカスジキンカメムシの擬態とあわせ、2・3回後の記事で、じっくり取り上げる予定です。

さて、本シリーズの次回記事では、四国秋のトンボ巡礼の第2日目の観察の第4報として、第3の訪問地である貯水池で見た、ベニトンボほかのトンボを取り上げる予定です。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、そしてその場にいた虫たちについて教示された、飯田さん、山本桂子さん、高橋賢悟さん、およびSNS上でユニークなコメントを寄せられた有本 智さんに、謝意を表したいと思います。
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2018-10-19 (Fri)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに12編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第13報の今回は、この日第二の訪問地である沢地の林縁草地(写真2)で見た、マユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) 写真1)、そしてアカスジキンカメムシ Poecilocoris lewisi (Distant, 1883) を取り上げます。

マユタテアカネ♂、林野にて 
写真1 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♂、林野にて(写真はクリックで拡大します)


目 次:
 ◆第二の訪問地:沢地の林縁草地
 ◆葉上にとまるマユタテアカネ
 ◆アカスジキンカメムシの1齢幼虫
 ◆アカスジキンカメムシの5齢幼虫
 ◆アカスジキンカメムシの後期齢幼虫の群れ
 ◆アカスジキンカメムシの成虫(参考画像)
 ◆謝 辞
 ◆引用文献


第二の訪問地:沢地の林縁草地

写真2は、2日目の第二の訪問地の景観です。

マユタテアカネ、ナツアカネのいた沢地の林縁草地 
写真2 沢地の林縁草地(第二の訪問地)

この訪問地は沢地の片斜面がやや平坦になった場所で、向い及び背後の斜面は鬱蒼とした樹林(主に広葉樹)になっていました。

観察ポイントは、その平坦地の一角で、セイタカアワダチソウなどの草や幼木が生い茂っているところ。

その林縁部の低木の枝葉や、草の葉先などに虫たちの姿を求めました。

この訪問地には、午前10時少し前に到着して、飯田さんら地元組のお三方と共に、観察を開始しました。

そこで、トンボよりも先に私の目に入った虫は、クモ類カメムシ類でした。

それらの虫たちは、北国での生活が長かった私にとって、新鮮かつ愉快なものでした。

このブログはトンボがメインですので、カメムシ類は今回記事の後半で取り上げ、クモ類は次回記事で扱うことにし、まずは、そこで観察されたトンボについて、ざっと紹介します。


葉上にとまるマユタテアカネ

最初に見つけて撮影したトンボは、マユタテアカネ♂です(写真3)。(時刻、10:16:44)

マユタテアカネ♂、林野にて 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♂、林野にて

近くに池はありませんので、摂食と休息のためにこの沢地の林野に滞在しているものでしょう。

色彩からは十分成熟していますので、すでに生殖活動(交尾や連結産卵)を経験していると思われます。

写真1(下に再掲)も同じ個体です。(時刻、10:18:14)

マユタテアカネ♂、林野にて 
写真1(再掲) マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♂、林野にて (同一個体)

顔面が少し見える方向に私が回り込んで撮影しましたので、マユタテアカネの名前のもとになった、太眉のように見える黒い二つの斑紋が確認できます。

写真1は、写真3の1分30秒後に撮影したものですが、いずれも両前脚を前に差し伸べたような姿勢をしています(理由不明)。

このほかにも、このマユタテアカネ♂のいた場所のすぐ近くで、もう1種、アカネ属のトンボ(たぶん、アキアカネかナツアカネの♂)を見かけましたが、種の判別に使える写真が得られませんでした。


アカスジキンカメムシの1齢幼虫

これらアカネ属のトンボを見つけるよりも前の10時04分過ぎのことです。

林縁の広葉樹低木の葉を1枚ずつめくって何かを探していた飯田さんが、「これ、面白いでしょう?」と小さく丸い虫達の群れを指さしました(写真4)。

アカスジキンカメムシ1齢幼虫
写真4 アカスジキンカメムシ Poecilocoris lewisi 1齢幼虫

ハローウィーのパンプキン・ランタンのように、オレンジ色の顔に大きな黒褐色の口が開き、一つ眼に大きなゴーグルをかぶせたけたような、ユーモラスな模様をしています。

しかも、1ダースもの個体が集団をなしています。

想像もしていなかった奇抜なデザインの虫に眼が吸い付けられ、思考が一瞬止まる私。

飯田さん:「これ、アカスジキンカメムシの1齢幼虫です。」

飯田さんは、そのうちの一部の個体を、持参したプラスチックケースにそーっと収容しました。

自宅に連れて帰り、飼育しながら成長ぶりを観察するとのこと。


アカスジキンカメムシの5齢幼虫

私が別の木の枝の1枚の葉に目をやると、今度は白色と黒褐色で、大口を開けたようなパターンの、大きくて背面から見ると円い形のカメムシが1頭いました(写真5)。

アカスジキンカメムシ、5齢幼虫 
写真5 アカスジキンカメムシ Poecilocoris lewisi 5齢幼虫

「これ、なんだろ?」と私がつぶやくと、飯田さんが「これがアカスジキンカメムシの5齢幼虫ですよ。」と教てくれました。

「え~?」と私。

同じ種の幼虫なのに脱皮して齢が変わっていくと、こんなにも模様や色彩が変わるとは!

トンボの幼虫(ヤゴ)の成長の一般的特性、を無意識に判断基準としていた私には、新鮮な驚きでした。

ちなみに、写真5を昆虫関連のSNSに投稿したところ、ある方から、ワハハと笑っている印象の虫である旨のコメントをいただきました。

コメントをもらう前の時点で、私は髷を結ったお相撲さんの顔を連想していたのですが、たしかに豪放磊落に笑う人の顔にも見えます。

ネット検索すると、「わははカメムシ」という愛称が、すでに複数のネットユーザーによって用いられていることも判明しました。

ただ、豪快に笑っている感がありますので、私が敢えてアカスジキンカメムシ5齢幼虫に愛称をつけるなら、「ガハハムシ」!

※ アカスジキンカメムシ5齢幼虫のこの特徴的な色彩パターンがどのように進化したかについては、新たな記事として次回以降取り上げる予定です。


アカスジキンカメムシの後期齢幼虫の群れ

話を、現地での観察イベントの続きのシーンに戻しましょう。

しばらく後、「こっちにもいますよ~!」と、同行の高橋賢悟さんの声が。

指さす先を見ると、それは低木の葉の裏に、地面方向に背面を向けてとりついた、アカスジキンカメムシの後期齢幼虫の幼虫の小さな群れでした(写真6)。

「年長組」ですね。

アカスジキンカメムシ 4齢 &5齢幼虫
写真6 アカスジキンカメムシ Poecilocoris lewisi 4齢 &5齢幼虫

帰宅後、私がネット検索すると、このカメムシは背面の模様パターンの特徴や色彩で5つの幼虫齢が判別できる(例:青木繁伸さんのサイト)ことがわかりました。

それを参考にしてこの写真を見直すと、左手前の2頭は第5齢(終齢)、右奥の2頭は4齢であることがわかりました。


アカスジキンカメムシの成虫(参考画像)

※ アカスジキンカメムシの成虫は今回見られませんでしたが、Wikimedia Commonsから拝借したKIM Hyun-taeさん撮影による成虫画像を下に掲げます。

Poecilocoris-lewisi
拝借画像 アカスジキンカメムシ Poecilocoris lewisi の成虫 (By Kim, Hyun-tae [CC BY-SA 4.0  (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons)

アカスジキンカメムシは、5齢から脱皮して成虫になると、いかにもカメムシらしい体形へと変身を遂げ、しかも鮮やかな金属緑色の地色を、これも鮮やかな朱色の隈取りのような模様で飾っています。

蛹のステージを有しない、不完全変態昆虫(トンボも同様)であるにもかかわらず、初齢幼虫から終齢幼虫を経て成虫までの成長発達過程で、この鮮やかな変身ぶりを示すカメムシの仲間には、昆虫少年になりたての小学生と同じような素直な気持ちで、感嘆せざるをえません。

子どもの頃、カメムシの匂いが触った指について、陸生カメムシ類全体を遠ざけてしまった私ですが、そのような体験を経ないまま画像だけで親しんでいたならば、カメムシを研究対象にしていたかもしれません。


謝 辞
現地に案内して下さった上にカメムシについて解説された飯田貢さん、観察対象に注意を喚起してくれた高橋賢悟さん、山本桂子さんに謝意を表したいと思います。



Kim, Hyun-tae [CC BY-SA 4.0  (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons


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2018-10-14 (Sun)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、1日目とは方面の異なる地域の4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに11編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第12報の今回は、この日最初の訪問地である平野部の溜池で見た、アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823) 、雄型♀と通常型♀とが並んで交尾するアオモンイトトンボ Ischnura senegalensis (Rambur, 1842) 写真1)、マイコアカネ  Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) 、器用に餌昆虫を噛むムスジイトトンボ Paracercion melanotum (Selys, 1876) を取り上げます。

アオモンイトトンボ♂ 
写真1 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis  ♂ (写真はクリックで拡大します)

その日、うす曇りの空のもと、午前9時24分に今回の記事の舞台、平野部の溜池写真2)に到着し、さっそく池の周りを一周する細径へと歩を進めました。

ハスに覆われた溜池 
写真2 ハスの繁茂した平野部の溜池

この溜池は、池のほぼ全面がハスに被われていて、中央に若干の開放水面を残すだけとなっています。

岸近くに、マコモらしき抽水植物が群生しているところもあります。

周囲は長閑な水田地帯となっています。

その池の土手上に生える草本の花茎に、この日最初に出会ったトンボである、アオイトトンボ♂が静かにとまっていました(写真3)。(時刻:09:24:50)

アオイトトンボ♂ 
写真3 アオイトトンボ Lestes sponsa ♂

少し移動した所の、同じ種の植物の花茎の先端近くに、今度はアオモンイトトンボ♂がとまっています(写真4)。

アオモンイトトンボ♂ 
写真4 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis  ♂

写真4のアオモンイトトンボ♂は、とまり場所のタイプや姿勢も、翅が半開きのところも、写真3のアオイトトンボのそれらとよく似ていますので、うっかりすると同じ種と勘違いしそうです。

※ アオモンイトトンボは翅を閉じてとまているのが通例ですが、このように半開きにしてとまっている、やや稀なケースは過去記事「なぜ君だけ翅を開いてとまるの?:アオモンイトトンボ♂」でも一度とりあげています。

岸沿いに少し移動すると、今度はアオモンイトトンボ交尾していました(写真5)。‏‎(時刻:09:27:34)

アオモンイトトンボ交尾 
写真5 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis  交尾

アオモンイトトンボは、関東ではあちこちで目にするトンボで、当ブログにも時々登場していますが、交尾写真は今回が初掲載となりました。

この日、この時間はアオモンイトトンボの子づくりタイムだったようで、直ぐ近くでも別カップルが交尾中でした(写真6)。

アオモンイトトンボ交尾、2組 
写真6 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis 交尾、2組 (右上は写真5と同一カップル)

写真6の右上のカップルは写真5のものと同じです。

写真6の2組のカップルのうち、どちらが写真5と同一カップルなのかは、とまっている葉の形状でも判別できますが、♀の色彩によっても明確に見分けられます。

写真5および写真6右上の♀は、いかにも♀らしい色彩ですが、写真6左下の♀は、胸部および腹部第1・2節そして第8・9節の淡色部の色彩が鮮やかなブルーで、♂と区別がつかないほどです。

つまり、写真6左下の♀は「雄型雌」、言い換えれば♂に擬態した♀ということになります。

それに対して、写真5および写真6右上の♀は「通常型」の♀となり、同一個体であることの裏付けにもなります。

さて、同じ池の同じ岸地点で隣り合って、通常型の♀と雄型♀がそれぞれ交尾中というのは、中々得られないシャッターチャンスだと思います。

これも、松山探虫団の皆さんのオーラを浴び続けたことの光明によるものかもしれません。

※ 雄型雌(♂型♀)の適応度と集団中内の遺伝子型頻度の維持機構については、以下の過去記事で詳しく論じていますので、興味のある方はご参照ください。


さて、溜池のほとりに話を戻します。

‏‎少し移動すると、今度はマイコアカネ♂がいました(写真7)。(時刻:09:30:40)

マイコアカネ♂ 
写真7 マイコアカネ Sympetrum kunckeli ♂

鋭く折れ曲がったイネ科草本の水平な折れ曲がり部分に脚でしっかりととりついています。

撮影中にこの♂は飛び立って、近くの蔓植物の葉の先端にとまりました(写真8)。

マイコアカネ♂ 
写真8 マイコアカネ Sympetrum kunckeli ♂ (同一個体)

地味な色彩のイトトンボの♀もいました(写真9)。(時刻:09:42:56)

IMG_8662ムスジイト♀餌くわえる-OK-bright-sharp-crop-s-credit ★ 虫くわえてる
ムスジイトトンボ♀ 
写真9 ムスジイトトンボ Paracercion melanotum ♀

写真9の個体は、帰宅後、パソコン画面で拡大して図鑑類と照合した結果、ムスジイトトンボ♀と判明しました。

口に小さな餌昆虫をくわえています。

写真10は、その2秒後に撮影した同じ個体です。

ムスジイトトンボ♀ 
写真10 ムスジイトトンボ Paracercion melanotum ♀ (同一個体)

写真9と比べると、餌となった小昆虫の体の向きが逆になっていることがわかります。

もぐもぐと器用に口器を動かしながら、食べこぼさないよう上手に噛み砕き、飲み込んでいることがわかります。

更に岸沿いを歩くと、ここにもマイコアカネ♂がいました(写真11)。(時刻:‏‎09:48:42)

マイコアカネ♂ 
写真11 マイコアカネ Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) ♂ (別個体)

翅の汚れ(翅膜や翅脈に付着した白色の異物の位置)の違いから、写真7、8とは別個体であることがわかります。

この池での最後の被写体が、写真1(再掲)アオモンイトトンボ♂でした。

アオモンイトトンボ♂ 
写真1(再掲)アオモンイトトンボIschnura senegalensis (別個体)

私の撮ったものとしては珍しく、頭のてっぺんから尾の先までピントが合っています。

とまっている葉があまり美しいとは言えないので、美しさを狙った作品としては不合格になるに違いありませんが、自然界の中で必死の努力をしながら生きている生き物たちが醸し出す、リアリティーの一部は切り出せたかもしれません。まだまだですが。

さて、本シリーズの次回記事では、四国秋のトンボ巡礼の第2日目の観察の第2報として、第二の訪問地である沢地の林縁草地で見たトンボ、そして愉快な虫たちを取り上げる予定です。


謝辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


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2018-10-11 (Thu)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征では、オオキトンボ、ナニワトンボといった初対面の種を含む多くのトンボとの出会いがありました。

その印象記はシリーズ物として、前回までに10編の記事にしています(記事一覧はこちら)。

第11報の今回は、オオキトンボ、ナニワトンボも観察された溜池Aから歩いて移動可能な、近隣の溜池で観察された、トンボ5種、すなわちベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum Asahina, 1967 、アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis (Rambur, 1842) 、ハネビロトンボ Tramea virginia (Rambur, 1842)、ノシメトンボ Sympetrum infuscatum (Selys,1883)、リスアカネ Sympetrum risi Bartenev, 1914 を取り上げます。

目 次:
 ◆陽射しを浴びるリスアカネ
 ◆溜池狭しと飛び回るハネビロトンボ♂
 ◆浮遊植物の繁茂する溜池で水生昆虫を探る
 ◆ベニイトトンボの交尾
 ◆アオモンイトトンボの体清掃
 ◆ノシメトンボが連結打空産卵中
 ◆地元研究者による地道な水生昆虫調査活動
 ◆ハネビロトンボを下から撮る
 ◆真っ赤なリスアカネ
 ◆体色の種内変異?
 ◆謝辞


陽射しを浴びるリスアカネ

「松山探虫団」(仮称)の面々のご案内のもと、前回記事で紹介したオニヤンマの交尾を観察・撮影したポイントを通り過ぎ、すぐ近くの農道づたいに歩いて、次の目的地(溜池C)に向いました。

その途中、枯れ枝の先にはリスアカネ♂がとまっていました(写真1)。

リスアカネ♂ 
写真1 リスアカネ Sympetrum risi ♂ (写真はクリックで拡大します)

翅が被っていますが、リスアカネの特徴となる胸部第一側縫線上の黒紋の形状(途中でカットされている)が確認できます。


溜池狭しと飛び回るハネビロトンボ♂

途中、小規模な溜池(溜池B)があり、その水面上をハネビロトンボ♂がパトロール飛行していました。(13時40分38秒)

何枚か写真をとった内の1枚が、写真2です。

ハネビロトンボ♂ 
写真2 ハネビロトンボTramea virginia ♂ 

右に進行方向を変えるため、胸部・腹部を右に大きく傾けていますが、頭部はほぼ水平位です。

ただし、頸を右前方に向けていて、進行方向を先に視認していることが伺えます。


浮遊植物の繁茂する溜池で水生昆虫を探る

農道を更に歩み進むと、水面がびっしりと浮遊植物(ホテイアオイなど)に覆われた、林地に囲まれた別の溜池(溜池C)に到着しました(写真3)。

水生植物に被われた溜池 
写真3 水生植物に被われた溜池(溜池C)


ベニイトトンボの交尾

その岸辺の植物の葉にぶらさがって、ベニイトトンボが交尾していました(13時46分08秒~13時50分42秒まで撮影)(写真4、5)。

ベニイトトンボ交尾 
写真4 ベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum 交尾

写真4は♂にピント、写真5は♀にピントを合わせています。

ベニイトトンボ交尾 
写真5 ベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum 交尾 (同一カップル)

ベニイトトンボの交尾の全体がわかる写真は、当ブログ初掲載です。

ただし、当時はアングルファインダー入手前だったこともあり、♂♀同時にピントが合った写真を撮ることはできませんでした。

写真6は、2分後にその近くで撮影したベニイトトンボの単独♂です。

ベニイトトンボ♂ 
写真6 ベニイトトンボ Ceriagrion nipponicum の単独♂

浮遊植物(ミズヒナゲシ属 Hydrocleys と思われる)の葉の縁にとまってじっと何かを待っているようです。

おそらく、♀の姿が視界に入るのを待っているのでしょう。

うまくいけば、先ほどのカップルのように、婚活が成就するというわけです。


アオモンイトトンボの体清掃

すぐ近くには、アオモンイトトンボ♂もとまっていました(写真7)。‏‎(13時52分24秒)

 アオモンイトトンボ♂
写真7 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂

写真7の♂、後脚が大きく持ち上がっていて、どこか不安定です。

それもそのはず、現在体清掃行動をしている真っ最中でした。

この2秒後には、腹部を背方に強く曲げ、それを両翅で挟んで擦ります。

いったん腹を後方に真っ直ぐ伸ばし、ふたたび背方へ曲げ始めます。

そして写真8のように最大限腹基部を背方にそらせて翅とこすり合わせました。(13時52分30秒)

アオモンイトトンボ♂- 
写真8 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂ (同一個体)

写真9では、またいったん腹部を真っ直ぐに伸ばしています。(13時52分32秒)

アオモンイトトンボ♂ 
写真9 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂ (同一個体)

すると今度は、腹を胸部との境目付近で強く下に曲げ始めました(写真10)。(13時52分34秒)

アオモンイトトンボ♂- 
写真10 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂ (同一個体)

続けて、中脚までも足場から浮かせて、腹を腹部第2~4節付近で折り曲げながら、さらに下方にカーブさせています(写真11)。(13時52分34秒)

アオモンイトトンボ♂- 
写真11 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂ (同一個体)

この時、腹部と胸部との境目付近の曲げ角は、少し開くほうに緩んでいます。

その4秒後には、腹部を第4~6節付近で強く曲げ、腹端(腹部第10節付近)を両後脚の跗節を左右からあてがうようにしています(写真12)。(‏‎13時52分38秒)

アオモンイトトンボ♂ 
写真12 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂ (同一個体)

こうして、跗節に列生した刺毛をブラシのように使い、腹端部に付着した塵を払い落しているものと思われます。

そして、また腹部を真っ直ぐに戻しました(写真13)。(13時52分38秒)

アオモンイトトンボ♂ 
写真13 アオモンイトトンボ Ischnura senegalensis ♂ (同一個体)

その2秒後、この♂は飛び立ちました。

※均翅亜目(イトトンボ類、カワトンボ類など)の体清掃行動については、以下の過去記事でも写真入りで詳しく取り扱っています。



ノシメトンボが連結打空産卵中

その近くでは、ノシメトンボのカップルも連結態で水草上の低い所を、ホバリングを交えつつ飛んでいました(写真14)。

ノシメトンボ連結産卵 
写真14 ノシメトンボ  Sympetrum infuscatum 連結打空産卵

写真14では、雌の腹部第10節付近下面に、白っぽい粒状のものがと思われるものが、垂れ下がるように付着しています。

ノシメトンボは連結打空産卵することが知られていますので、この白い粒は卵粒と見てよいでしょう。


地元研究者による地道な水生昆虫調査活動

溜池Cでは、松山探虫団のメンバーのお一人で「愛媛のトンボ図鑑」の共著者でもある、武智礼央さんは、もっぱら水棲網で水生昆虫を掬い、生息状況の調査にあたっていました。

写真15は採集された水生昆虫サンプルにカメラを向ける武智さん(左端)ほか探虫団の面々です。

溜池の水棲昆虫を調査中のメンバー 
写真15 溜池Cで武智さんが採集した水生昆虫サンプルを囲む探虫団員

決まり過ぎている?

ばれましたね。
カメラマン(私)のリクエストに応えたポーズでした。

この後、私は団員とともに溜池Cでの観察を切り上げ、溜池Bの横を通って、探虫団の面々の車を停めていた場所に向いました。


ハネビロトンボを下から撮る

車に戻る途中、溜池Bの上空を、またもやハネビロトンボ♂が飛び回っていました(写真16)。(‏‎14時08分12秒)

ハネビロトンボ♂ 
写真16 ハネビロトンボTramea virginia ♂

写真16は、大きくトリミングしたため粒子が粗いのですが、少し高いところを飛ぶハネビロトンボを斜め後下方から撮影した、ちょっと珍しいアングルからのものでしたので、掲げることにしました。

写真16写真2の♂が同一個体かどうかを、翅の汚れの位置や形が一致するかどうかで判定しようと試みてみました。

その結果、右前翅先端近くの後縁にクモの糸が付着したような汚れがあり、形や位置が類似していると判断できました。

もし同一個体だっとすれば、28分間以上にわたって同じ溜池上を(途中、一時的退出や休息があったにせよ)パトロールしていたことになります。


真っ赤なリスアカネ

車に戻る途中で、草にとまる真っ赤なリスアカネ♂を見付けました(写真17)。

リスアカネ♂ 
写真17 リスアカネ Sympetrum risi ♂

リスアカネ♂ 
写真1(再掲) リスアカネ Sympetrum risi ♂

リスアカネ連結産卵 
写真18 溜池Aで撮影されたリスアカネ Sympetrum risi 連結ペア。過去記事からの再掲)

写真17のリスアカネ♂は、写真1(再掲)のリスアカネ♂(別個体)に比べて腹部の赤化が著しい個体です。

これは、写真17の♂のほうが写真1(再掲)の♂よりも、ずっと成熟が進んでいるためだろう、ということがまず考えられます。

写真18過去記事から再掲)は、この日、溜池Aで撮影したリスアカネの連結カップルです。

採光や背景色の影響もあるかもしれませんが、写真17の♂は写真18の♂よりも、少しばかり赤味が強い感じを受けます。


体色の種内変異?

赤とんぼ の体色の赤さにも種内変異はあるでしょうから、写真1写真17、18の赤さの違いは、成熟度の差というよりも、ひょっとすると、その種内変異に収まっているものなのかもしれません。

このことを確かめるには、色々な時期に色々な赤さの程度の♂個体を採集し、赤色の彩度レベルを客観的に計測・記録するとともに、生殖腺を解剖して成熟度を判定・記録するなどの計画的な調査・研究が必要になるでしょう。

さて、本シリーズの次回記事では、四国秋のトンボ巡礼の第2日目の観察の第1報として、同じ県内でも方面が少々異なるところにある溜池で観察されたトンボを取り上げる予定です。


謝辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、生息地の解説をされた高橋士朗さんと武智礼央さん、観察の楽しみを共有された山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


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2018-10-10 (Wed)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征では、オオキトンボ、ナニワトンボといった初対面の種を含む多くのトンボとの出会いがありました。

その印象記はシリーズ物として、今春までに9編の記事にしています(記事一覧はこちら)。

このたび、遠征時とほぼ同じ季節を迎えましたので、中断していたシリーズ記事の掲載を再開したいと思います。

第10報の今回は、オオキトンボ、ナニワトンボも観察された溜池Aから少し降りたところで確認された、2つの大型種、カトリヤンマ Gynacantha japonica Bartenev, 1910 オニヤンマ Anotogaster sieboldii (Selys, 1854)について取り上げます。


目 次:
 ◆カトリヤンマの眼はヒマワリ畑
 ◆オニヤンマの交尾
 ◆謝辞


カトリヤンマの眼はヒマワリ畑

私が溜池Aについてまもなくの時間帯(午前10時の少し前)、オオキトンボの撮影に没頭していた時のことです。

この日の「松山探虫団」のメンバーの一人、高橋賢悟さんが1頭のヤンマを手づかみにして、この溜池への登り道を上がってきました。

そのヤンマを、撮りやすい位置に釣り下げてもらい、セカンド・カメラ(オリンパスTG-5)に収めることができました(写真1)。

カトリヤンマ♂ 
写真1 カトリヤンマ Gynacantha japonica ♂。持っているのは高橋賢悟さん(この後、リリース)。(写真はクリックで拡大します)

一見してそれとわかる、カトリヤンマの♂です。

賢悟さんのお話によれば、この溜池への登り道の傍らの涸れた溝を横切るように張られたクモの網がいくつかあり、そのうちの一つの網にこのカトリヤンマが引っ掛かったとのこと。

その直後、このヤンマにクモが襲い掛かる直前に、賢悟さんが命を救ったとのこと。

賢悟さんの話は続きます。
「たぶんジョロウグモの巣だと思います。恐らく、隣は山の駆け上がりでしたので、カトリヤンマが行き来していたのでしょう。採集した後も引っ掛かっていましたが、どれも自力で脱出していました。」

かなりスペクタキュラーな、パニック映画の世界。

「どれどれ」と、その現場まで少し歩み降りて、クモとカトリヤンマの攻防をつぶさに見てみたい気持ちも起こりましたが、池の水辺でも初対面のオオキトンボが私を誘惑していましたし、ナニワトンボがいつ現れるかという期待感も強くありましたので、その攻防を観戦することは断念しました。

同じ写真でヤンマの頭部、胸部のところを拡大したのが写真2です。

カトリヤンマ♂、頭部、胸部拡大 
写真2 カトリヤンマ Gynacantha japonica ♂(同一個体) (写真1の頭部・胸部を拡大)

中からヒマワリ畑が透けているかのように見える、透明感のある複眼が印象的です。

おでこ(前額)や頭楯、翅胸を覆う微毛はちょっとユーモラスです。

翅をつままれて脚が宙に浮いているせいでしょうか、飛翔時にそうするように、前脚を立てて頭部後方に格納しているのも注目です。


オニヤンマの交尾

さて、この日の溜池Aでの2時間半の観察を切り上げて、この溜池への登り道を下りる途中のことです。

賢悟さんが、今度は、小径に沿った斜面に生える竹の枝にぶら下がって交尾しているオニヤンマを、目ざとく見つけました(写真3;12時21分)。

オニヤンマ交尾 
写真3 オニヤンマ Anotogaster sieboldii 交尾。

その交尾カップルをズームインして撮影したものが写真4です。

オニヤンマ交尾 
写真4 オニヤンマ Anotogaster sieboldii 交尾(同一カップル) 

♂は太い脚でしっかりと竹の枝を掴んで、2頭分の体重を支えています。
♀は♂の腹部に脚をかけて、交尾態の維持に貢献しています。

写真5は、撮影者(私)がトンボに向って左方向に少し回り込んで撮影したものです。

オニヤンマ交尾 
写真5 オニヤンマ Anotogaster sieboldii 交尾(同一カップル)

写真6は、連結した♀の頭部付近を拡大したものです。

オニヤンマ交尾、♀の頭部拡大 
写真6 オニヤンマ Anotogaster sieboldii 交尾(同一カップル)

♂の尾部付属器が、ガッチリと♀の頭部中央部を前後から挟みつけて、掴んでいることがわかります。

写真7は、♂の体前部の拡大で、♂の副交尾器と♀の生殖口がしっかりと合体している状況がわかります。

オニヤンマ交尾、♂の頭部、胸部拡大 
写真7 オニヤンマ Anotogaster sieboldii 交尾(同一カップル)(頭部、胸部拡大)

オニヤンマの♀は、長い産卵管を流れの底の土砂に突き立てて産卵しますが、その長い産卵管はこの角度からは見えません。

写真8は、同じ交尾カップルを背面側から写したものです。

オニヤンマ交尾 
写真8 オニヤンマ Anotogaster sieboldii 交尾(同一カップル)

静かに時がすぎていきます。

12時29分、交尾はまだ続いていましたが、この交尾カップルの観察を切り上げ、探虫団の面々と、次の観察ポイントに向いました。

今回の主役の1人、オニヤンマは写真としては、当ブログ初登場となりました。

オニヤンマについては、関東地方で撮影した単独♂個体の写真の手持ちがあり、いずれ記事化しようと思っていましたが、遠征先のオニヤンマに先を越されました。

でも、いいでしょう。

遠征先のオニヤンマはハート型のリングで自ら飾り立て、ゴールインしているのですから!


謝辞
現地に案内して下さった飯田貢さん、生息地の解説をされた高橋士朗さん、カトリヤンマ、オニヤンマの観察の機会を与えられた高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


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2018-10-09 (Tue)
はじめに:ヤンマ科の体色の雌雄差

ヤンマはすべて大型種で色彩も鮮やか。自然好きな私達の眼を楽しませてくれる存在です。

その色彩で、飛び回る成虫の♂と♀の区別も簡単につくことが多いです。

なぜなら、サラサヤンマ属 Sarasaeschnaコシボソヤンマ属 Boyeriaミルンヤンマ属 Planaeschna を別として、ヤンマ科 AESHNIDAE の大部分の種において、成虫(とくに複眼、腹部第2節付近)の淡色部の体色は、♂で青色系、♀で黄緑系の色彩を呈することが知られてるからです。

 ※ 日本産ヤンマ科各属の「代表」顔見世写真はこちら

マダラヤンマ Aeshna mixta Latreille, 1805 (写真1)が属するルリボシヤンマ属 Aeshna では、その傾向が一層はっきりしていて、複眼と腹部全体の淡色部が鮮やかな青色の♂と、それらが黄緑色で青味がほとんどない♀との対比が際立っています。

ただし、リボシヤンマ属の♀の中にも雄型雌と呼ばれる、青色傾向の強く出ている個体が散見されることもよく知られています(浜田・井上 1985;杉村ほか 1999;尾園ほか2012)。


目 次
 ◆はじめに:ヤンマ科の体色の雌雄差
 ◆今回観察されたマダラヤンマ♀の体色変異
 ◆今回観察された♀の体色変異のまとめ
 ◆青色型♀は♂に色彩擬態した型か?
 ◆謝辞
 ◆引用文献
 ◆曽根原本の著者割引特別頒布のお知らせ


今回観察されたマダラヤンマ♀の体色変異

今年9月下旬に長野県の生息地(写真2)を訪れ、マダラヤンマ成虫の行動を観察する機会があり、その際撮影された♀の体色に明瞭な個体差があることが確認できました。

  ※ マダラヤンマ成虫の行動そのもの(♂による探♀飛行、交尾、産卵)については、シリーズ記事第1~3回で取り上げていますので、興味のある方はご覧ください。

以下、観察されたマダラヤンマ♀のすべての個体について、頭部から腹部中央あたりまでを部分拡大した写真を、時系列順に掲げます。

写真1は10時56分に撮影した産卵中の♀(前々回記事で紹介した、産卵直前まで「連結いやいや動作」をしていた♀個体)です。

マダラヤンマ青色型♀、産卵 
写真1 マダラヤンマ Aeshna mixta、青色型♀、産卵 (写真はクリックで拡大します)

写真1の個体の色彩の特徴を列挙します。

複眼は側面下方から後縁全般にわたって水色を呈しています。
胸部の淡色斑は黄緑色ですが、側面の淡色斑上端は若干水色がかっています。

腹部第3節以降の淡色斑は水色で、♂と見誤りそうです。
腹部第2節側面の淡色斑の下半分は黄緑色ですが、背面の淡色斑は水色になっています。

腹部暗色斑の色彩は茶褐色というより黒褐色に近く、黒味の強い♂の暗色斑に雰囲気が似ています。

写真2は、11時27分に撮影した別の♀個体で、一見して、写真1の個体よりも水色傾向が弱いです。

マダラヤンマ産卵、拡大 
写真2 マダラヤンマ Aeshna mixta、中間色型♀、産卵 (写真1とは別個体) 

写真2の個体の色彩の特徴を列挙します。

複眼は側面下方から後縁全般にわたって黄白色ですが、若干水色がかってもいます。
胸部の淡色斑は黄緑色です。

腹部第5節以降の淡色斑は薄い水色となっています。
腹部第1~3節の淡色斑は全般に薄い黄緑色ですが、背面の淡色斑は若干水色がかっています。

腹部暗色斑の色彩は、この写真では分かりにくいのですが、どちらかとえいば茶褐色に見えます。

写真3は11時43分に撮影した、交尾分離直後の♀(まだ♂と連結中)です。

マダラヤンマ連結♀、部分拡大 
写真3 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾分離直後(連結中)の黄緑色型♀ (写真1~2とは別個体) 

写真3の個体は、写真2の個体よりも淡色斑の黄色味が一層強く、複眼後縁も腹部第3節背面の淡色斑も水色が弱く、ほぼ黄緑色です。

腹部暗色斑の色彩は、明らかに茶褐色で、連結した♂の腹部背面の黒色の暗色斑とははっきりと違う色となっています。

最後、写真4は、12時03分に撮影した、単独飛来♀の産卵です。

マダラヤンマ産卵、部分拡大 
写真4 マダラヤンマ Aeshna mixta、黄緑色型♀、産卵 (写真1~3とは別個体) 

写真4の個体も黄色味が強く、複眼後縁、腹部第2節背面の淡色斑も水色傾向がほとんどなく、薄い黄緑色です。

腹部暗色斑の色彩は、少々見えにくいですが、黒褐色というよりも茶褐色を呈しています。


今回観察された♀の体色変異のまとめ

以上、4個体の♀の色彩を見てきました。

まとめますと、
1)青色型(雄型雌;♂型♀):複眼は側面下方~後縁全般が水色、胸部側面の淡色斑上端に水色傾向、腹部第2節背面の淡色斑は水色、腹部暗色斑は黒褐色: 写真1の♀

2)黄緑型(通常型雌):複眼は側面下方~後縁全般が黄白色、胸部側面の淡色斑全体が黄緑色、腹部第2節の淡色斑は全般に薄い黄緑色、腹部暗色斑は茶褐色: 写真3、4の♀

1)と2)の中間色型: 写真2の♀

以上のような、比較的はっきりした色彩変異が確認できました。

ただし、写真2の♀のように中間的な個体も存在します。

今回観察されたいずれの♀個体も産卵にかかわっていますので、成熟は完了しており、成熟過程の段階による色彩の変異というよりも、生まれつきのDNA情報の相違に基づくものと考えてよいと思われます。

マダラヤンマの♀に青色型と黄緑型の2型があることは、古くから知られており(浜田・井上 1985;杉村ほか 1999;尾園ほか2012)、杉村ほか(1999)にはそれに加えて、「青色・黒化型」の存在も提示されています。


青色型♀は♂に色彩擬態した型か?

今回の観察で、淡色斑が青色になるのと、暗色斑が茶褐色ではなく黒褐色になるのが同一個体に表われていることから、この両形質の発現がセットになっていることが示唆されます。

青色と黒の組み合わせの意味は、お気づきと思いますが、雄の色彩パターンへの接近です。

多くの種のトンボで、雄に色彩が酷似した♀の型が通常の♀の型とは別に出現し、さまざまな比率で共存していることが知られており、マダラヤンマのこの色彩変異も、それと同一の範疇で考えることができるでしょう。

雌が雄に色彩面で擬態することの意味として、すでに十分な精子を従前の交尾で受け取っているので、♂に「変装」することで、本物の♂による執拗な連結・交尾への誘いを減らし、時間とエネルギーの無駄を削るというメリットが、鮮やかな色彩になることによって、天敵に目立ちやすくなるというデメリットを上回る、という適応度アップが考えられます。

このあたりは、今後の実験を含む観察により、青色型♀と黄緑型♀との間で、♂による連結を免れる頻度や、天敵に発見される頻度を、数量的に比較することで検証することが可能でしょう。

雄型雌(♂型♀)の適応度と集団中内の遺伝子型頻度の維持機構については、以下の過去記事でより詳しく論じていますので、興味のある方はご参照ください。


以上で、9月下旬の長野県でのマダラヤンマ観察に関するシリーズ記事は、完結となりました。


謝 辞
観察地についての情報を提供された布川洋之さん、ならびに現地でマダラヤンマの被写体を快くシェアさせてくださった撮影者の方々に感謝の意を表します。


引用文献

浜田 康・井上 清 (1985)  『日本産トンボ大図鑑』。講談社。

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 『原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』。北海道大学図書刊行会。



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   トンボ自然史研究所



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2018-10-08 (Mon)
今年9月下旬に長野県の生息地(写真2)を訪れ、マダラヤンマ Aeshna mixta Latreille, 1805 成虫の交尾・産卵を含めた観察ならびに初撮影をすることができました。

シリーズ記事第3回の今回は、当日観察されたマダラヤンマの産卵行動写真1)について報告し、若干の考察を行います。

マダラヤンマ産卵 
写真1 マダラヤンマ Aeshna mixta、産卵(写真はクリックで拡大します)

目 次
 ◆今回観察を行った繁殖場所の景観(再掲)
 ◆最初の産卵観察は、連結いやいやをした♀
 ◆単独♀が飛来して産卵中
 ◆交尾分離後の♀は産卵場所へ戻る
 ◆単独飛来♀の産卵がもう一件
 ◆マダラヤンマの産卵行動のまとめと考察
 ◆文献情報を参照しての考察
 ◆謝辞
 ◆引用文献
 ◆曽根原本の著者割引特別頒布のお知らせ


今回観察を行った繁殖場所の景観(再掲)

今回観察を行った繁殖場所(幼虫生息地)の景観がわかる写真を前々回記事から再掲しておきます(写真2)。

マダラヤンマの生息地の一つ 
写真2 マダラヤンマの繁殖行動が観察された池(長野県)(再掲)

池の岸辺のほぼ半周にわたってヨシやガマなどの抽水植物が繁茂し、それよりも池の中央よりの水面はヒシの浮葉で被われています。

観察・撮影は、ガマが優占する抽水植物帯に接した岸の上から行いました。


最初の産卵観察は、連結いやいやをした♀

前々回記事に書いたように、好天の日の午前10時少し前から観察を開始すると、散発的に単独♂が現れ、抽水植物帯の内外を飛び回ります。

そんな中、私が産卵♀を初めて目撃したのは、10時55分から始まった一つのイベントの直後でした。

そのイベントについては、前回記事に詳しく書きましたが、あらましは以下の通りです。

枯れたガマの株の水面近くの葉に、♀と連結した♂がとまり、その♀は翅をばたつかせて、♂との協調を拒んでいる様子でした(10時55分20秒)。

しばらく♀のジタバタが収まっていましたが、18秒後にはまた♀がバタつき、そのため♀の体が体軸を中心に80度くらい左回転した状態になりました(写真3前回記事から再掲)。

マダラヤンマ、連結中(3) 
写真3 マダラヤンマ Aeshna mixta連結中のカップル(3)(同一カップル)(前回記事の写真5)

この直後、♂は連結を解き、どこかへ飛び去って行きました。

そして、その場に残った♀は、すぐ近くの枯れて倒れたガマの枯れ葉にとまり、その組織に産卵管を挿入する産卵動作をスタートさせました(写真4)(10時56分04秒)。

マダラヤンマ産卵(連結分離直後)
写真4 マダラヤンマ Aeshna mixta産卵(連結分離直後)(同一個体)(前回記事の写真6)

34秒後にも、その♀は、同じガマ枯れ葉の少し前方にとまりかえて、産卵を続けていました(写真5)。

マダラヤンマ産卵(連結分離直後,、2) 
写真5 マダラヤンマ Aeshna mixta、産卵(連結分離直後、2)(同一個体)

写真5を部分拡大したものが写真6ですが、産卵管をこの枯れガマの組織に突き刺している状態が(ピンボケながら)見てとれます。

マダラヤンマ産卵(連結分離直後、2)部分拡大 
写真6(写真5の部分拡大) マダラヤンマ Aeshna mixta、産卵(連結分離直後、2)(同一個体)


単独♀が飛来して産卵中

11時27分には、別のマダラヤンマ♀が、枯れたガマの株の先にとまって産卵していました(写真7)。

マダラヤンマ産卵 
写真7 マダラヤンマ Aeshna mixta、産卵 (写真6とは別個体)


交尾分離後の♀は産卵場所へ戻る

前回記事に書いたように、11時31分から、ガマ群落でマダラヤンマの交尾が観察されました。

そのカップルは交尾態のまま少し飛んで、リンゴの枝にぶら下がって交尾を続けました(写真8;11時42分20秒)。

マダラヤンマ、交尾(B1) 
写真8 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾 (♀は、写真7の♀とは別個体)(前回記事の写真10)

この交尾カップルは、一度別の枝にとまり替えた後、交尾を解除して、連結態になりました(写真9;11時43分34秒)。

マダラヤンマ、交尾(B2)
写真9 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾分離直後 (写真8と同一カップル)(前回記事の写真11)

まもなく連結が解除されると、♀はガマ群落に飛び戻り、産卵場所を探す様子で、株間の水面近くを飛び回りました(写真10)。

マダラヤンマ♀、交尾分離直後産卵場所に移動 
写真10 マダラヤンマ Aeshna mixta、♀(写真8と同一♀)、交尾分離直後産卵場所に移動(画面左の葉陰)(証拠写真)

その際、交尾相手だった♂も、付き添うように♀の少し上を飛ぶ行動を示しましたが、じきにどこかへ飛び去りました。

この後、この♀を植生の中で見失ってしまい、産卵動作の写真を撮ることはできませんでした。


単独飛来♀の産卵がもう一件

これとは別に、12時03分から04分にかけて、ガマの倒れた枯れ葉に産卵するマダラヤンマを見つけ、撮影しました(写真1、下に再掲)。

マダラヤンマ産卵 
写真1(再掲) マダラヤンマ Aeshna mixta、産卵 (写真10とは別個体)


マダラヤンマの産卵行動のまとめと考察

今回の観察で3例の産卵が観察され、いずれも単独♀により、抽水植物の植物組織(今回は、枯れて倒れたか、倒れかかっている、水面に半分浸ったガマの葉)に、産卵管をつき刺して、卵を産みつけるものでした。

直前に交尾のあった♀が産卵場所探しをした事例(写真8~10)と、そうではなく、単独♀が抽水植物帯に飛来して、スタートした産卵(写真1,7)とがありました。

その、産卵直前の交尾は、池の抽水植物帯で成立し、交尾態は少し離れたリンゴの枝に移って続けられたものですが、後尾終了直後、♀は抽水植物帯に戻り産卵場所を探しました。

この産卵場所探しの際に、交尾相手だった♂が最初だけ付き添うことがあることがわかりました。

これとは別に、抽水植物帯の産卵適所(水面近く)で、連結態を振り切った♀が産卵を開始する事例(写真3~4)が見られたことから、交尾直後の♂が連結のまま産卵場所に♀を連れて行く行動が存在する可能性(B説)が浮上しました。

二者択一となるもう一つの可能性は、♂が交尾しようと連結したにもかかわらず、相手の♀の産卵衝動が強く交尾態形成に応じないために、♂が交尾を断念した結果、その♀は産卵の目的を達成できたというものです(A説)。

いずれの説も前回記事で、すでに提起したものです。

どちらが正しいかの判断は、今後の観察に委ねたいと思います。


文献情報を参照しての考察

前々回記事前回記事同様に、今回も、マダラヤンマの生態・生活史についての、まとまった記述・考察がなされている文献である、曽根原今人(1982)八ヶ岳オオトラフトンボの生活史の第三部「マダラヤンマの生活史」を参照し、比較考察します。

曽根原(1982)のこの本では、マダラヤンマの産卵行動の要点が、6行分の分量に凝縮されて記述されています。

すなわち、
・交尾を解いた♀は、直ちに近くの産卵場所を探して飛翔する。
・♀は(産卵場所の)フトイ(抽水植物)の地下茎近くにとまって産卵する。
・産卵は、翅を微動させながら、前進・後退したりして行う。
・枯れ残って泥土上の堆積した、前年のフトイの茎が産卵によく選ばれる。

以上の曽根原(1982)による産卵行動のまとめと、私の今回の2時間余りの中の短い観察から得られた産卵の特徴はよく一致します。

産卵植物は、曽根原(1982)の場合はフトイ、今回はガマでした。

いずれにせよ、しっかりとした植物体組織を持ち、枯死した翌年も朽ち果てることなく、水面や泥土上に枯れ茎や厚めの枯れ葉が堆積することになる抽水植物が、産卵に用いられるようです。

交尾分離直後、単独で♀が産卵をするのは、曽根原(1982)が多数の観察を背景に記述していることから、通例といってよいでしょう。

今回の写真1、7のように、直前の交尾なしに単独飛来した♀が産卵することは、曽根原も観察していたはずで、上記の一般化は交尾行動と連続してみた場合の産卵への移行について述べたもの、と解釈することが可能と思います。

また、交尾分離後必ず♀が産卵に移行するかといえば、例外もあるだろうと思います。

今回、曽根原(1982)の本で言及されていない、以下の2つの行動イベントが観察されました。

(1)交尾分離後、交尾相手だった♂が、♀の産卵場所探しに短期的に付き添う行動。
(2)♂♀連結態で産卵場所に低くとまっていた別のカップルで、♀は連結に抵抗して分離後は産卵へ移行し、♂はとくに交尾しやすい所へ飛び上がってとまり替える様子も示さなかった、というイベント。

果たして、このような、産卵場所選択への♂の関与と思われる行動が、どの程度、種個体群の中に行動選択肢として存在しているのかは、今後の観察での一つのポイントになると思います。

※ 前々回記事前回記事の末尾にも書きましたが、曽根原(1982)のこの本は、20年以上にわたる、それまでの研究生活の中で、オオトラフトンボ、トラフトンボ、マダラヤンマ、ムツアカネの4種の卵期・幼虫期・成虫期のすべてを粘り強く観察して得られた研究成果を網羅した、渾身の書であり、トンボの生態・生活史に関心のある研究者・愛好家に一読をお薦めしたい1冊です(著者割引あり、下記参照)。

今回記事を含めシリーズの3回の記事を通して、今回観察されたマダラヤンマの生殖期における、繁殖場所(幼虫生息地)での行動を一通り報告することができました。

次回記事では、この池で観察されたマダラヤンマ♀の色彩変異について取り上げる予定です。


謝 辞
観察地についての情報を提供された布川洋之さん、ならびに現地でマダラヤンマの被写体を快くシェアさせてくださった撮影者の方々に感謝の意を表します。


引用文献
曽根原今人(1982)『八ヶ岳オオトラフトンボの生活史』。信濃教育会出版部。



曽根原本の著者割引特別頒布のお知らせ

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2018-10-05 (Fri)
今年9月下旬に長野県の生息地(写真2)を訪れ、マダラヤンマ Aeshna mixta Latreille, 1805 (写真1)成虫の交尾・産卵を含めた観察ならびに初撮影をすることができました。

シリーズ記事第2回の今回は、当日観察されたマダラヤンマの連結および交尾行動について報告します。

マダラヤンマ、交尾(2)
写真1 マダラヤンマ Aeshna mixta、交尾(写真はクリックで拡大します)

目 次
 ◆今回観察を行った繁殖場所の景観(再掲)
 ◆マダラヤンマ連結カップル現る
 ◆マダラヤンマの交尾をじっくり撮影
 ◆マダラヤンマの連結・交尾行動のまとめと考察
 ◆文献情報を参照しての考察
 ◆謝辞
 ◆引用文献
 ◆曽根原本の著者割引特別頒布のお知らせ


今回観察を行った繁殖場所の景観(再掲)

今回観察を行った繁殖場所(幼虫生息地)の景観がわかる写真を再掲しておきます(写真2)。

マダラヤンマの生息地の一つ 
写真2 マダラヤンマの繁殖行動が観察された池(長野県)(再掲)

池の岸辺のほぼ半周にわたってヨシやガマなどの抽水植物が繁茂し、それよりも池の中央よりの水面はヒシの浮葉で被われています。

観察・撮影は、ガマが優占する抽水植物帯に接した岸の上から行いました。


マダラヤンマ連結カップル現る

前回記事に書いたように、好天の日の午前10時少し前から観察を開始すると、散発的に単独♂が現れ、抽水植物帯の内外を飛び回ります。

そんな中、私が初めて♀の姿を確認したのは、10時55分に起きた一つのイベントでした。

枯れたガマの株の水面近くの葉に♀と連結した♂がとまっているのを、居合わせた撮影者の1人が発見しました。

私がそっと近づいた時、その♀は仲良く一緒にとまろうとするどころか、自分の翅をばたつかせて、まるでイヤイヤをしているかのような振舞いを見せていました(写真3)(10時55分20秒)。

マダラヤンマ、連結中(1) 
写真3 マダラヤンマ Aeshna mixta連結中のカップル(1)

♂もそう簡単に♀の不同意(?)を受け入れないため、♂の腹部は強いS字状に曲がっています。

1秒ほどで♀の翅のばたつきは弱まりましたが、♀は腹を後に伸ばしたまま、♂に応じようとしないスタンスを維持しました。

写真4は、その状況が続いたままの10時55分26秒に撮影したシーンです。

マダラヤンマ、連結中(2) 
写真4 マダラヤンマ Aeshna mixta連結中のカップル(2)同一カップル

観念したかのように、体を硬直させているように見えます。

10時55分26秒にも、写真4とほぼ同様の状況が続いていました。

10時55分38秒には、♀の抵抗が強まり、そのため♀の体が体軸を中心に80度くらい左回転した状態になりました(写真5)。

マダラヤンマ、連結中(3) 
写真5 マダラヤンマ Aeshna mixta連結中のカップル(3)同一カップル

この直後、♂は連結を解き、どこかへ飛び去って行きました。

そして、その場に残った♀は、すぐ近くの枯れて倒れたガマの枯れ葉にとまり、その組織に産卵管を挿入する産卵動作をスタートさせました(写真6)(10時56分04秒)。

マダラヤンマ産卵(連結分離直後)
写真6 マダラヤンマ Aeshna mixta産卵(連結分離直後) 同一個体

この♀は、その後も40秒以上にわたって産卵を継続しました(次回記事で詳報)。


マダラヤンマの交尾をじっくり撮影

11時31分、ガマ群落で交尾カップルが成立し、ガマの葉の中間くらいの高さのところにとまりました(写真9)。

このイベントも、発見者は居合わせた撮影者のお一人ですが、その方は快く、私を含む2・3人の同好者がこのカップルにカメラレンズを向けるのを受け容れてくれました。

写真7は、ほぼ真横から撮影した1枚です(11時32分14秒)。

マダラヤンマ、交尾(1) 
写真7 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾(1) 別カップル

写真7のカップルは、写真3~5の別カップルとは大違いで、息ぴったり。静かにガマの葉につかまってぶら下がっています。

撮影していると、撮影者の向って右方向から時々風が吹き、翅を横に開いているカップルはその風に煽られて、画面左方向になびきます(写真8;11時34分22秒)。

マダラヤンマ、交尾(2) 
写真8 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾(2) 写真7と同一カップル


写真8の丁度1分前に、同じ被写体を同じカメラの動画モードで撮影したクリップ、をYoutubeにアップロードしておきました。
 → こちら(https://youtu.be/xi0aV3IpAl0)をクリックしてご覧ください。

動画からは、風を受けてカップルが靡く様子のほか、♂が副交尾器のある腹部第2・3節のあたりをクネクネ動かせている様子も見てとれます。

このクネクネに伴い、♂の副交尾器のうちのペニスが♀の交尾嚢・受精嚢の中でピストン運動することになり、この♀が以前別の♂と交尾した際に受け取った精子を、この♂が掻き出す(あるいは押し込む)効果(精子置換)がもたらされていると考えられます(こちらの過去記事を参照)。

写真1(再掲)は、11時36分08秒に同一カップルを、やや背面側の角度から撮影したものです。

マダラヤンマ、交尾(2)
写真1(再掲)マダラヤンマ Aeshna mixta交尾(3)写真7と同一カップル

写真9は、同一カップルをズームアウトして撮ったもので、ガマ植生のどのあたりにぶら下がっているかが分かります(11時39分57秒;この写真9写真2のみ、オリンパスTG-5で撮影。他はキヤノンEOS7D)。
 
マダラヤンマ、交尾(★)
写真9 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾(4)写真7と同一カップル

写真9を撮影した少し後に、カップルは交尾態のまま飛び立ち、数メートル離れたリンゴの木の枝に、交尾態でぶら下がりました(11時40分40秒)。

写真10は11時42分20秒に撮影した、そのカップルです。

マダラヤンマ、交尾(B1) 
写真10 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾(5) 写真7と同一カップル

写真10は、ヤンマの位置が日陰だったため、内蔵ストロボを発光させて撮ったものです。

♂はリンゴの枝と葉柄に脚の爪をかけてとまって2個体分の体重を支え、♀の脚は♂の腹を抱えて、おそらく頸部にかかる張力を分散させています。

11時43分26秒、カップルは交尾態のまま飛び立ち、隣のリンゴの株の枝に交尾態でとまりました。

そして、11時43分34秒、カップルは交尾を解き、連結態になりました(写真11)。

マダラヤンマ、交尾(B2)
写真11 マダラヤンマ Aeshna mixta交尾分離直後 写真7と同一カップル

この時点で、交尾観察開始から12分が経過していました。

リンゴの枝から枝へのとまり替えや、交尾態の分離の直前のタイミングに、カメラのフラッシュ発光がありましたので、もしかするとその影響があったかもしれません。

このあと、連結も解除して♂♀は分離しました。

すぐに♀はガマ群落に飛び戻り、産卵場所を探す様子で、株間の水面近くを飛び回りました。

その際、交尾相手だった♂も、付き添うように♀の少し上を飛ぶ行動を示しました(次回記事でもう少し詳しく記述します)。


マダラヤンマの連結・交尾行動のまとめと考察

ここで、この日に観察したマダラヤンマの連結・交尾行動をここでまとめておくことにします。

マダラヤンマの成熟♂は、この池にやってくると、抽水植物群落の周囲のみならず、群落そのものにも飛びながら入り込み、株の間を縫うように曲線的に飛びまわり、♀を探します(前回記事参照)。

そのような状況が続く中、ガマ群落の中で交尾が成立しました。

カップルは、ガマの葉にぶら下がって10分間ほど交尾を継続し、更に交尾態のまま近くの樹枝にとまり替えて交尾を続け、交尾成立後12分ほどで交尾を解きました(写真1、7~11)。

交尾分離後、雌はガマ群落に戻り、株間の水面地くをホバリングしながら産卵場所を選定します。
その際、交尾相手だった♂がしばらく付き添うことがあることもわかりました。

このイベントの36分前には、ガマ群落の株間の水面近くに連結態の♂がとまり、♀のほうはジタバタするという、息が合わないカップル観察されました(写真3~6)。

この連結はどういう意味合いを持ったものなのか、二つ可能性があるように思います。

・♂が単独♀をつかまえて、これから交尾しようとしていたのか(A説)、それとも、
・交尾が終ったカップルが連結のまま産卵場所である抽水植物の水面付近にやってきてとまったのか(B説)?

私は、B説のほうが、よりありそうなことだと思います。

というのも、もしA説の通りであったとしたなら、♂はこのように交尾しにくい場所にとまるよりも、連結した♀を吊り上げて飛び立ち、交尾態を形成しやすい、もっと背後や下方に空間のあるとまり場所にとまろうとするはずだからです。

その一方で、B説の場合も若干疑問が残ります。

♂が産卵に適した場所を自分で選び、そこに♀を連れてきたのであれば、いつまでも連結したままとまっているのではなく、さっさと♀を自由にさせて、産卵に移行させたらよいのではないか、と思うからです。

ということで、私はB説を支持しつつも、♂のこの連結継続への執着の理由が分かるまでは、少々納得がいかないままですので、今後私自身に観察機会があれば、この点に注意して観察してみたいと思います。


文献情報を参照しての考察

前回記事同様に、マダラヤンマの生態・生活史についての、まとまった記述・考察がなされている文献である、曽根原今人(1982)八ヶ岳オオトラフトンボの生活史の第三部「マダラヤンマの生活史」を参照します。

曽根原(1982)のこの本では、マダラヤンマの交尾行動の要点が、2頁の分量で記述されています。

すなわち、
・♀は岸近くのフトイ(抽水植物)などの茎にとまって♀の飛来を待つ。
・♂は♀を発見すると追尾してつかまえ、空中で連結し、交尾態に移行する。
・♂がなわばり飛翔中に♀が飛来して交尾が成立する例もある。
・交尾態になると、池の植物の茎などにとまる(とまらないで飛び去る例もある)。
・交尾持続時間は約20分。♀が翅を振動させた直後に分離する。
・交尾後、雌は近くに産卵場所を探し、産卵を開始する。

(※ 曽根原(1982)は、この本の中でトンボ類の交尾態を「ドッキング」と呼称することを提案し、本の全編を通してドッキングの語を使用しています。理由は、他の昆虫のように♂♀が尾を合わせるかたちでの交尾ではないからです。筆者(生方)は、このユニークな提案には賛同しかねますので、交尾態の語に置き換えて引用しています。)

以上の曽根原(1982)による行動のまとめと、私の今回の2時間余りの中の短い観察を比べると、曽根原の長年の観察に基づくまとめが、本種の交尾成立から解除までのプロセス全体を網羅したものであり、他種の同様の行動との比較にも耐えるものであることがわかります。

私は、曽根原(1982)による行動のまとめをわずか6行にまとめましたが、この本には2頁分にびっしり書かれた文章にはもっと詳細かつ数量的な記述が盛り込まれており、本種について詳しく知りたい場合には、あらためて直接参照する価値があります。

さて、そんな中、私の観察の中で、曽根原(1982)の本の内容に収まらなかったことがらは、交尾分離直後の♂の行動です。

私の観察では、リンゴの枝で交尾分離後、♂は産卵場所を探す♀にしばし付き添い、産卵開始を見届けるかのような行動を、示しました。

ただし、たった1例の観察に過ぎませんので、このような♂の行動がどの程度通常に行われているのかは、今後の観察で確認する必要はあります。

また、私の観察した、ガマの水面近くで連結態のまま♀がバタついくという事例は、曽根原(1982)の本の中には見当たりません。

果たして、交尾後、連結態の♂が産卵場所選択に関与することがあるのか(B説)、あるいは、果たして交尾前連結の状態の♂が、あのように低い位置にとまり、最後には♀をリリースしてしまうということがあるのか(A説)、これは宿題です。

※ 前回記事の末尾にも書きましたが、曽根原(1982)のこの本は、20年以上にわたる、それまでの研究生活の中で、オオトラフトンボ、トラフトンボ、マダラヤンマ、ムツアカネの4種の卵期・幼虫期・成虫期のすべてを粘り強く観察して得られた研究成果を網羅した、渾身の書であり、トンボの生態・生活史に関心のある研究者・愛好家に一読をお薦めしたい1冊です(著者割引あり、下記参照)。

さてさて、次回記事では、マダラヤンマの産卵について取り上げる予定です。


謝 辞
観察地についての情報を提供された布川洋之さん、ならびに現地でマダラヤンマの被写体を快くシェアさせてくださった撮影者の方々に感謝の意を表します。


引用文献
曽根原今人(1982)『八ヶ岳オオトラフトンボの生活史』。信濃教育会出版部。



曽根原本の著者割引特別頒布のお知らせ

曽根原今人(1982)『八ヶ岳オオトラフトンボの生活史』(未使用、新品、在庫20冊以上あり)を、著者割引価格で頒布することにしました。

→ 定価1200円のところ、送料込み(税込み)1冊1000円で頒布いたします。

 「曽根原本、著者割引購入希望」と明記したメールに氏名、電話番号を添えて、下記アドレスに送信されれば、詳しい連絡先、送金方法についてお知らせします。

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