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2018-12-26 (Wed)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目は、地元の昆虫研究家、飯田貢さんらのご案内のもと、4カ所を順に訪れ、南国のトンボ、ベニトンボを含む多様な虫達との出会いを経験することができました。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに21編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第22報の今回は、この日4番目(最後)の訪問地と、そこに行く途中の昼食休憩地で観察した、トンボ以外の昆虫たちを取り上げます。


目 次
◆エンマコオロギ
◆トノサマバッタ
◆カシワスカシバ 
◆オオカマキリ
◆次回記事予告
◆謝辞
◆引用文献


エンマコオロギ

まずは、4番目の訪問地で撮影した、エンマコオロギ Teleogryllus emmaです(写真1)。

エンマコオロギ♀ 
写真1 エンマコオロギ Teleogryllus emma ♀ (写真はクリックで拡大します)

前回記事のマユタテアカネを撮影した直後に、道端のちょっとした斜面をチョコチョコ歩くコオロギを発見しました。

私のカメラの接近に気づいたのか、枯れ草の隙間にしがみついて、少なくとも8秒間そのまま動かないでいました。

※ 同じコオロギ科に属するマダラスズについては、私も共著者の一人として論文(Masaki et al. 2017)を発表したことがあり、当ブログでも数回過去記事に登場していますが、和名にコオロギとつくものは今回が初登場となりました。

数枚写真を撮った後、渓流畔に下りて、ヤゴを漁る飯田さんの姿にレンズを向けたのを皮切りに、飯田さん採集のヤゴの観察・撮影に専念しました(こちらの過去記事参照)。

帰宅後、ネットでの画像や解説を参考にし、写真1の個体をエンマコオロギの♀と同定しました。

※ 同定の参考にした主なサイト:
 昆虫エクスプローラ
:コオロギ・マツムシ図鑑
(11種類)
 http://www.insects.jp/konbuntykkoor.htm


トノサマバッタ

この日、第三の訪問地から第四の訪問地に車で移動の途中、飯田さんらに山村の風景に溶け込んだ蕎麦屋に案内され、こだわりの味の一膳を3人の仲間と一緒にしばし味わいました。

食後の麦茶をすすったあと店を出て、駐車した場所に戻る途中、同行の高橋賢悟さんが何かを見付けて立ち止まりました。

そして「跳ねないで~」といいながらカメラを向けています。

それは、舗装された路上にたたずむ、やや大き目のバッタでした(写真2)。

トノサマバッタ 
写真2 トノサマバッタ Locusta migratoria

「トノサマバッタですね~」と飯田さん。

帰宅後、ネットでの画像や解説を参考にして検討した結果、やはりトノサマバッタ Locusta migratoriaであることがわかりました。

※ バッタといえば、私が大学教員をしていた時に、卒業研究でバッタ類(バッタ目[直翅目])の生態をテーマにしたいという学生がいて、調査方法や調査地の設定、標本の同定、データの分析方法などを私が指導したことがありました(山本・生方 2009)。ただし、そのデータにはトノサマバッタは含まれていません。

※ 写真2の個体の同定で参考にした主なサイト:
昆虫エクスプローラ:バッタ図鑑|トノサマバッタ亜科(9種類)
http://www.insects.jp/konbuntykbatta.htm

※ トノサマバッタ♂♀判別の参考サイト:
The Australian Government Department of Agriculture and Water Resources: About locusts.
http://www.agriculture.gov.au/pests-diseases-weeds/locusts/about/about_locusts


カシワスカシバ 

バッタの写真を撮っていると、同行の山本桂子さんから「ほらほら、これ見てー!」と声がかかりました。

振り返ると、道端の草の葉にスズメバチそっくりな虫(写真3)がとまっています。

カシワスカシバ♀ 
カシワスカシバ Scasiba rhynchioides

ほんとうにスズメバチによく似ています。

スズメバチと区別つかないように見えたのは最初だけで、近くでよく見ると、頭部・胸部がふさふさとした毛で覆われています。

私もその場で、蛾の仲間にスズメバチに擬態するのがいるという豆知識のはいった記憶の抽斗(ひきだし)が開きました。

「スズメバチそっくりだけれど、蛾の仲間でしょ、これ?」、と私。

「スカシバの1種ですね。」と飯田さん。

※ さすがに、昆虫観察者にポイントを押さえた観方をされたのでは、擬態者の化けの皮がはがれるというものです。

それでも、蛾類をメニューに加えている、鳥などの天敵の眼を欺くには十分でしょう。

循環論法になりますが、それだからこそこのような目立つ色彩をしながらも、敵だらけの生態系の中で生き長らえているというものでしょう。

探虫団が取り囲んだのを察知したのか、この虫は飛び立ち、路面に下りて、車道の車の下に入り込みました。

飯田さんは路面に腹ばいになって、車の下のこの虫をレンズで追いかけています(さすがセミプロ!)。

まもなくすると、飛び立ち、道端の丸太の断面にとまりました(写真3)。

これも、帰宅後、ネットでの画像や解説を参考にし、カシワスカシバ Scasiba rhynchioides の♀と同定しました。

※ 同定の参考にした主なサイト:
みんなで作る日本産蛾類図鑑:49.スカシバガ科 スカシバガ亜科 成虫縮小画像一覧
http://www.jpmoth.org/Sesiidae/Sesiinae/F0000Thumb.html


オオカマキリ

このスカシバの観察を終えて車に乗り込もうとする私達に、「僕もいるんだけど~」とつぶやいているかのように視線を送る昆虫がいました。

カマキリです。

オオカマキリ♂ 
オオカマキリ Tenodera sinensis 

「僕もいるんだけど~」は、「日本むしむし話」風の表現。

より生物学的に意味のある比喩に置き換えるなら、「僕に手をだすんじゃないだろうな?そしたら、ただじゃおかないぞ」とつぶやくかのような眼でこちらを睨んでる、といったところでしょう。

「何もしないよ~」となだめながら、カメラのオートフォーカスを合わせる私。

さて、カマキリといっても何種類もいます。

何カマキリでしょう?

写真を何枚か撮っておけば帰宅後のネット検索で種名はわかるだろうと、高を括っていたのですが、このカマキリの同定には、思いのほか難儀しました。

その概形からオオカマキリ Tenodera sinensis チョウセンカマキリ Tenodera angustipennis のいずれか、というところまでは割合早くわかったのですが(下記参考サイトA)、その後が微妙です。

胴体を手でつかんで持ち上げて、腹側を写しておけば、脚の基部の色から両種の区別は簡単につくことを知ったのですが、それは後の祭り。

そこでネット検索でヒットした、カマキリとチョウセンカマキリの見分け方(下記参考サイトB,C)を参考にして検討した結果、どうやらオオカマキリらしいという結論となりました。

前頭部中央濃色ラインは細く一様で、チョウセンカマキリのように中央部で太くなく、両側の濃色ラインに匹敵するほどでもない(下記参考サイトB)、というオオカマキリの特徴にほぼ一致しました。

また、頭楯・上唇中央の淡色ラインは広く、チョウセンカマキリのように頭楯部分で細くはならないという点(下記参考サイトB)、でもオオカマキリの特徴にほぼ一致しました。

「胸部」(前胸)の長さの、「胴部」(中胸以降、腹端と翅端の長い方)の長さに対する比率の平均は、♂の場合、オオカマキリで0.41、チョウセンカマキリで0.51なのだそうです(下記参考サイトC)。

今回撮影したカマキリでは、0.43と、オオカマキリに近い値となりました。

ただし、「胸部」(前胸)の前方が少し持ち上がっているために、上方から撮影したこの写真では、「胸部」(前胸)が相対的に短く写っている可能性が高く、実際の比率はもう少し高いかもしれません。

※ 同定の参考にした主なサイト(A)
昆虫エクスプローラ:カマキリ目(蟷螂目)[カマキリ図鑑](7種類)
http://www.insects.jp/konbunkama.htm

※ オオカマキリ vs. チョウセンカマキリの比較検討の参考サイト(B):
蝶鳥ウォッチング:類似☆ オオカマキリ × チョウセンカマキリ 比較図Ⅰver.1.1 
https://yoda1.exblog.jp/14108584/

※ オオカマキリ vs. チョウセンカマキリの比較検討の参考サイト(C):
蝶鳥ウォッチング:類似2☆ オオカマキリ×チョウセンカマキリ Ⅱ Ver.1.1
https://yoda1.exblog.jp/18729016/


次回記事予告

以上で、四国トンボ巡礼の現場での観察記録はすべて報告し終えました。

次回記事では、この四国トンボ巡礼中に観察された昆虫やクモのうち、擬態している種(カシワスカシバ、アカスジキンカメムシ、ヤマトシリアゲ、トリノフンダマシ)に再登場してもらい、擬態とは何かについて簡単にまとめてみたいと思います。


謝 辞

現地に案内して下さった飯田貢さん、楽しい昆虫観察を共有させて下さった山本桂子さん、高橋賢悟さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

Sinzo Masaki, Masayuki Soma, Hidenori Ubukata, Haruo Katakura, Rie Ichihashi, Zhuqing He, Nobuaki Ichijo, Norio Kobayashi & Makio Takeda,(2017)Ground crickets singing in volcanic warm “islets” in snowy winter: Their seasonal life cycles, photoperiodic responses and origin.
Entomological Science, 19(4), 416-431.

山本冬人・生方秀紀(2009)釧路湿原周辺部における直翅目昆虫10種の環境選好性. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第41号: 97-104.
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/1133/1/kusiroron-41-08.pdf


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2018-12-22 (Sat)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集した、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889) など3種のトンボ幼虫を観察・撮影(静止画&動画)することができました(直前の3回の記事参照)。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに20編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

目 次
 ◆マユタテアカネ!
 ◆なんと、腹部背面に大きな穴が
 ◆穴が開いた原因は?
 ◆昆虫の体腔と血リンパ(文献から)
 ◆今回のケース
 ◆不幸中の幸い?
 ◆次回記事予告
 ◆謝 辞
 ◆引用文献


マユタテアカネ!

実は、この訪問地で見たトンボはもう1種ありました。

それはマユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) (1頭の♀)です(写真1)。

マユタテアカネ♀ 
写真1 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀(写真はクリックで拡大します)

飯田さんが3種のヤゴを採集した渓流をまたぐ、小さな橋のたもとに近い林道脇の草の葉にとまっていました。


なんと、腹部背面に大きな穴が

撮影していた時点では気が付きませんでしたが、帰宅後パソコン画面で撮影画像を見たところ、腹端近くの背面に大きな穴が開いていることに気づきました。

下の写真2は、別の植物の葉にとまり替えた同じ個体を、反対方向(右側面)から写したものです

マユタテアカネ♀ 
写真2 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀ (同一個体)

右側方から見た方が、その穴はより大きく見えます。

写真2の、該当部分をトリミングして拡大して見ました(写真3)。

マユタテアカネ♀腹端部拡大(傷痕) 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum 腹部の負傷部分 (写真2の部分拡大)

腹部第7節の背面中央から右側面にわたって、外骨格(外皮)が大きくえぐられたように欠損しています。

更に拡大して見てみると、腹部背板の右側面の表面(クチクラの外面)の模様(体軸に沿った黒条)が、体の内部に押し込まれているように見えます。


穴が開いた原因は?

この見立てが正しいと仮定すると、体の外部から小さな鈍頭の硬い物が強い力で押し当てられ、外骨格が破断しながら体内に押し込まれたと考えられます。

おそらく、なんらかの肉食性節足動物がこのトンボの腹部につかみかかり、この部分に噛みついたときの傷であろうと思われます。

そのまま噛みつかれるに任せていたら、命を落としていたに違いなかろう、だからそうではなく、このトンボは敵を振り落として舞い上がり、逃げおおせることができたのだろうと、筆者の想像は膨らみます。

さて、身体にこんなに大きな穴が開いているのに、そのまま生きて活動を続けられるのか、という疑問がここで生じます。


昆虫の体腔と血リンパ(文献から)

昆虫を含む節足動物は開放血管系であり、外骨格*で覆われた体の内部の空洞部(体腔)は血リンパhaemolymphと呼ばれる体液で満たされています。

(*外骨格についてはこちらの過去記事[図入りで解説]を参照ください。)

この血リンパが、体の背面直下中央に体軸に沿ってほぼ全身を貫く背動脈拝借画像1参照)の中を往路(体後方の腹端部から前方の頭部内側に向って)のみ強制的に流動させられ、復路は体腔という大きなトンネル内を、ゆっくりと漂いながら後方に進むことで循環します。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像1 昆虫の構造モデル(成虫)前々回記事から再掲):7. 背動脈 (図では、 赤く太い管状)Wikipedia日本語版も参照)
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons

この血リンパには、血球のほかに、栄養分、酸素、ホルモン、生体防御分子などの、生きていく上で重要な成分と老廃物が含まれています(岩花 1982、相沢ほか ‎2012)。

この大切な血リンパを満たしている体腔を覆う外骨格が大きく破れるということは、人間でいえば太い静脈、リンパ管が破れて外気に触れ、外部からそこへ病原体や異物、小昆虫などが侵入したり、低血圧や運動障害を起こすなどして、その昆虫を手当てなしには死に至らせてしまいかねない状況に置くことになるでしょう。

昆虫の外骨格の小規模な傷に対しては、昆虫外骨格内の免疫応答として、抗菌性物質の蓄積やメラニン合成による傷口の修復などがある(朝野 2015)とされます。

外骨格にできた傷を観察すると、メラニン合成に伴って傷害部位が黒色化し、かさぶた様の黒色物質が形成されているようにみえる(朝野 2015)とのことです。

これにより、水分の蒸発を防ぐとともに、病原の影響をふせぐことができると考えられています(朝野 2015)。

外骨格の傷が深く、表皮を突き抜けるような場合は、血液由来の成分や血球によって傷口をふさぐと思われる(朝野 2015、Sun et al. 2006)とのことです。


今回のケース

今回のマユタテアカネのケースは上記の中の傷が深いケースに該当するといえます。

外骨格が大きく損傷を受けた直後は、血リンパの一部が流出したり、水分が蒸発するなどもしたでしょうが、血液由来の成分や血球などが空気に触れる部分を糊のように固める修復に活躍し、それ以上の血リンパの喪失や外部からの病原体や異物の侵入を抑制したかもしれません。

だからこそ、今回の写真のように、生き続け、正常に飛翔や静止を行えているのでしょう。

とはいえ、このトンボは腹部背面がえぐれていますから、背動脈も切断され、腹部第7節以降の腹節では血リンパの循環も失われ、栄養分の供給も途絶えることになります。

そのため、摂食や逃避はともかく、交尾や産卵は難しいのではないかと思われます。

なぜなら、交尾や産卵にかかわる内部生殖器への、そして腹端近くの腹節の筋肉への栄養供給の悪化や、その筋肉を支持する外骨格の損傷が生じているはずだからです。


不幸中の幸い?

翅の汚れの状態などから、撮影した時点でこの個体は、羽化後の日数はかなり経過し、生殖年齢にも達していたと想像されます。

この大きな傷を負う前に、いくらかでも子供を残していたのであれば、ここまで生きてきたトンボ成虫個体のミッションを、少なくとも一部は果たしたことになります。

トンボの世界では、成虫になる前に9割以上の個体が命を失うのが普通です。

羽化中や羽化した後でも天敵に襲われたり、風雨その他の影響による事故で次から次へと死んでいきます。

このようなことを考えると、ここまで行きながらえた今回のこの個体は、「怪我で済んだ」アンラッキーの中のラッキーな個体と見るべきかもしれません。


次回記事予告

以上で、昨年9月から10月にかけての2日間の四国トンボ探訪で見られた、全てのトンボについての紹介を終えました。

この探訪の2日目、第4の訪問地およびそこへ移動する途中では、トンボ以外にも、コオロギ、ハチに擬態した蛾、バッタ、カマキリにも出会い、それぞれ楽しい気分で撮影しました。

次回記事では、種名も添えてそれらを報告する予定です。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

相沢智康、出村誠、河野敬一(2012) 鱗翅目昆虫で働く生体防御タンパク質の構造生物学, 蚕糸・昆虫バイオテック, 81, 115-123 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/81/2/81_2_115/_pdf/-char/ja

朝野 維起 2015 年.昆虫外骨格による生体防御.  蚕糸・昆虫バイオテック 84(3), 181-194
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/84/3/84_3_181/_article/-char/ja/

岩花 秀典 1982 年  昆虫の病原微生物に対する防御反応
化学と生物 20 巻 9 号 p. 580-588
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/20/9/20_9_580/_pdf/-char/ja

Sun et al. 2006;朝野(2015)から間接引用。 


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2018-12-20 (Thu)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集したアサヒナカワトンボ Mnais pruinosa Selys, 1853写真1)など3種のトンボ幼虫を観察・撮影することができました(前々回記事参照)。

アサヒナカワトンボ幼虫 
写真1 飯田さん採集のアサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫 (前々回記事から再掲)(写真はクリックで拡大します)

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに19編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第20報の今回は、そのアサヒナカワトンボ幼虫を近接撮影した動画動画1)をご紹介し、それをスローモーション変換したもの(動画2)から、アサヒナカワトンボ幼虫の歩き方を読み解きます。

目 次:
◆スローモーション変換前の動画を見る
◆スローモーション動画を見る
◆おさらい:昆虫の脚の各節の名称(前回記事から再掲)
◆歩行の際の脚の基本的な運び方
◆脚を動かす順序
 1) 片側の3つの脚における動きの時間的順序:
 2) 左右両側の同じ脚の動きのタイミング:
 3) 左右両側の異なる脚の動きの同期:
 4) 結論:メタクロナルは維持しつつ柔軟に歩行
◆昆虫の歩行(文献からの要点整理)
 1) ゆっくりとした速度の場合:
 2) 中間の速度の場合:
◆次回予告
◆謝 辞
◆引用文献


スローモーション変換前の動画を見る

まずは、スローモーション変換前の動画(動画1)をご覧ください。


動画1 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫の歩行運動。

動画1からは、飯田さんが用意した白い底の容器の水中で、アサヒナカワトンボ亜終齢幼虫がゆっくりと6本の脚を動かして、移動しようとしている様子がわかります。

ただし、底が滑らかなプラスチックであるため、つま先が滑って、わずかしか前に進めません。

前回記事ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889)幼虫 と違って、アサヒナカワトンボ幼虫では腹部の後半が、歩行のリズムに合わせてわずかながら左右に揺れています。

※ ムカシトンボ幼虫は、不均翅亜目と姉妹群*をなす系統群であるムカシトンボ亜目**に属するだけあって、腹部の左右幅が大きく、それに比較して腹部の長さは相対的に短いため、歩行にともなう左右の揺れは無きに等しいですが、カワトンボ科 Calopterygidae を含む均翅亜目幼虫の腹部は細長いため、アサヒナカワトンボ幼虫ではこのような左右への腹部の打ち振りが可能です。

アサヒナカワトンボ幼虫では、その腹部の打ち振りに伴って、受動的に尾鰓、とくに(おそらく幼時に損傷を受けていなかったため)より長い体右側の側鰓が、ゆらゆらと左右に揺れています。この尾鰓の左右への動きは、(とくに尾鰓が左右・中央の3つとも無傷であれば)魚の尾びれの動きと同じように、前方への補助的な推進力を生み出している可能性があります。

(*注:姉妹群とは:形態や分子などの形質状態を元に系統を再構成(推定)する際には、相同な子孫形質を共有する分類群同士を結合させ、ひとつの単系統群として統合する作業を繰り返すことが基本になります。この、統合された二つ(あるいはそれ以上)の分類群同士は互いに姉妹群の位置付けになります【関連した記述は過去記事を参照】)

(**注: ムカシトンボ亜目を認めず、ムカシトンボ科を不均翅亜目に含める分類体系を提案している研究者も少なくありません(例:Bechly, 1995; 尾園ほか、2012)。筆者(生方)は Dijkstra et al. (2013)や Schorr and  Paulson (2018) の「World Odonata List」にならって、ムカシトンボ亜目を認める立場です。立場の違いは相場観によるもので、どちらかが学問的に誤っているということではありません。この問題について、より詳しくは過去記事「トンボ目の系統樹」を参照ください。)


スローモーション動画を見る

それでは、動画1スローモーション変換(2分の1倍速)した動画2を見てみましょう。


動画2 アサヒナカワトンボ Mnais pruinosa 亜終齢幼虫の歩行運動(2分の1倍速)。 (動画1をスローモーション変換したもの) https://youtu.be/t8wJr1G7g6I


おさらい:昆虫の脚の各節の名称(前回記事から再掲)

ここで、昆虫の脚の各節の名称を、おさらいしておきます(下のWikimedia Commonsの画像参照)。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像 昆虫の構造モデル(成虫):21. pillow 22. 爪 23. 跗節Wikipedia日本語版では常用漢字の附節を充てている)(ふせつ) 24. 脛節 25. 腿節 26. 転節 29. 基節。
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons


歩行の際の脚の基本的な運び方

スローモーションの動画2から、まずは、アサヒナカワトンボ幼虫が歩行運動をする際の、一つの脚の基本的な動かし方に注目してみました。

前回記事(ムカシトンボ幼虫の歩行)では、前・中・後脚のそれぞれについて、歩行運動をする際の、腿節と脛節の曲げの角度の変化と、蹴りの前と後におけるつま先の位置に着目して、やや詳しくスローモーション動画から読み取れたことをまとめました。

今回のアサヒナカワトンボ幼虫の歩行運動の場合も、際の各脚ごとの動きの基本的なパターンは、ムカシトンボ幼虫の場合とよく似ていました。

ただし、ムカシトンボ幼虫を観察した眼には、アサヒナカワトンボ幼虫の脚の長さと、ゆったりした動きが印象的です。

時計の振り子ではありませんが、脚が長ければ長いほど、単位時間内の往復の回数は減る(周期が長くなる)のが自然の成り行きでしょう。

しかし、脚が長いと歩幅も長くなりますから、両種幼虫が同じエネルギーを歩脚に投入した場合の体全体の前進速度は、短い脚のチョコチョコ歩きよりも、かえって速いかもしれません。


脚を動かす順序

1) 片側の3つの脚における動きの時間的順序:
ムカシトンボ幼虫の場合と異なり、アサヒナカワトンボ幼虫の場合は、脚を動かすリズムがゆっくりしているため、脚を動かす順序も、とてもわかりやすいです。

左右とも、後脚→中脚→前脚の順に後ろに蹴る動きをしています。

前回記事で紹介した、ゆっくりとした速度での昆虫の歩行で支配的な、メタクロナルパターン*(Ritzmann and Zill, 2013)のお手本のような動きです。

(*メタクロナルとは:meta-(…の後)とchronal(時間的)の合わさった語で、意味としては「時間的に後追いの」という意味を持つと解釈できます。)

2) 左右両側の同じ脚の動きのタイミング:
左右両側の同じ脚の動きのタイミングに着目すると、前脚は左右が交互に動いています。

後脚も同様に、左右が交互に動いています。

それに対して、中脚では事情が若干異なります。

すなわち、中脚は録画の前半では交互に動いていますが、後半では交互ではあるといえ、右中脚の蹴りから左中脚の蹴りまでの時間が、その逆よりも短くなっています。

3) 左右両側の異なる脚の動きの同期:
左右両側の異なる脚の動きの同期に着目してみます。

まず、左中脚に着目すると、この脚は右前足と同期しています。

一方、左中脚の右後脚との同期は悪く、右後脚が左中脚よりも遅れて動いています。

次に、右中脚に着目すると、この脚は左後足と同期しています。

一方、右中脚の左前脚との同期は悪く、左前脚が左中脚よりも早く動いています。

4) 結論:メタクロナルは維持しつつ柔軟に歩行
以上のように、左右の中脚の間で、同期する反対側の脚がそれぞれ右前足、左後脚となっており、非対称であることがわかりました。

「2) 左右両側の同じ脚の動きのタイミング」の項でも、中脚の左右の動きの微妙な変化がありました。

以上の観察から、アサヒナカワトンボ幼虫の歩行は、単純なロボット昆虫のような機械的な脚の動きをするのではなく、状況や意図(直進するか、カーブするか、あるいは物を乗り越えるか、など)に応じた柔軟な動き*をしているらしい、という結論が得られました。

(*Ritzmann and Zill (2013)は、物を乗り越えるときのゴキブリの柔軟な動きを解析しています。 )

このように、柔軟な動きをしながらも、後脚→中脚→前脚の動き順(メタクロナルパターン)は維持されています。

Ritzmann and Zill (2013) に従えば、アサヒナカワトンボ幼虫の場合も、もっと高速な歩行をする場合には3脚歩行になるこが予想されます。

実際に今回の動画のアサヒナカワトンボ幼虫の歩行も大雑把に見れば、3脚歩行っぽく見えなくはありません。

おそらく、狭い容器に入れられて、怪訝に思いながらゆっくり歩きまわっているゆえに、高速歩行に特有な完全な3脚歩行になっていないのでしょう。

もっと広い、一様な平面で後方から追われたりしている状況に置かれれば、もっと統制のとれた3脚歩行でより高速に歩行するのではないでしょうか(遊泳による逃避をしない限り)。


昆虫の歩行(文献からの要点整理)(前回記事からの再掲)

Ritzmann and Zill (2013)は、昆虫の歩行に伴う基本的な脚の動きを総括しています。

主にそれに依拠して要点を整理したものを前回記事から再掲しておきます(以下、「である体」を採用)。

1)ゆっくりとした速度の場合:
昆虫(すべて6本脚)の歩行のうち、ゆっくりとした速度では、脚はいずれか一方の側で、後脚から中脚に、そして前脚に向かって動いているメタクロナルパターンに従う(Ritzmann and Zill 2013; Hughes 1952; Wilson 1966)。

ここで、メタクロナルとは、原生動物における繊毛運動において一定の位相差が隣接する繊毛の間に維持され、繊毛の打ち振りが波のように伝わる状態を指す(Narematsu et al. 2015)。

Ritzmann and Zill (2013)によれば、各脚の動きには二つの段階がある。

跗節が地面にあり、動物が前方に押し出されるときをスタンス段階という。

跗節が空気中を前方に動かされるときをスイング段階という。

歩行の際には、各脚はそれぞれスタンス段階とスイング段階の交代を繰り返す。

2)中間の速度の場合:
Ritzmann and Zill (2013)によれば、中間の速度では、足のスタンス段階の持続時間が短くなるにつれて、脚の動きのパターンはシフトする(これは、滑走調整と呼ばれる:Wendler 1966; Cruse 1990)。

同時に複数の脚を持ち上げることも生ずる(例えば、4脚歩行、 Grabowskaら、2012; Wosnitzaら、2013)。

3) より高速な場合
Ritzmann and Zill (2013)によれば、より高速では、メタクロナルパターンの修正は3脚歩行につながる。

ここでは、動物の片側の前側および後側の脚は、反対側の中央の脚を含むユニットとして移動する。

この3脚は、残りの脚で構成された3脚との間で、スイングとスタンスを交互に切り替える。

3脚歩行はとても安定している。なぜなら、ほとんどの速度で動物の重心が支持基盤内にとどまるため、それが転倒しないからである。


次回予告

次回記事では、アサヒナカワトンボムやムカシトンボの幼虫を採集・観察した地点で見られた唯一のトンボ成虫であるマユタテアカネ、それも大きな傷を負いながらも健気に生きている姿、をレポートします。


謝 辞
現地に案内して下さり、採集品の撮影を許可された飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

Bechly, G. (1994): Morphologische Untersuchungen am Flügelgeäder der rezenten Libellen und deren Stammgruppenvertreter (Insecta; Pterygota; Odonata) unter besonderer Berücksichtigung der Phylogenetischen Systematik und des Grundplanes der *Odonata [Morphological analysis of the wing venation of extant dragonflies and their stemgroup representatives (Insecta; Pterygota; Odonata) with special reference to phylogenetic systematics and the groundplan of crowngroup Odonata]. - unpubl. diploma thesis, Eberhard-Karls-Universität Tübingen; 341 pp., 3 tabls, 111 figs.

Cruse (1990) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Dijkstra, K-D. B., G. Bechly, S. M. Bybee, R. A. Dow, H. J. Dumont, G. Fleck, R. W. Garrison, M. Hämäläinen, V. J. Kalkman, H. Karube, M. L. May, A. G. Orr, D. R. Paulson, A. C. Rehn, G. Theischinger, J. W. H. Trueman, J. van Tol, N. von Ellenrieder & J. Ware. (2013). The classification and diversity of dragonflies and damselflies (Odonata). Zootaxa 3703(1):36-45.

Grabowska et al. (2012) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Hughes (1952) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Narematsu N, Quek R, Chiam K-H, and Iwadate Y, (2015): Ciliary metachronal wave propagation on the compliant surface of Paramecium cells. Cytoskeleton 72, 633-646.

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』。 文一総合出版。

Ritzmann R and Zill SN (2013) Neuroethology of Insect Walking. Scholarpedia, 8(9):30879.


Wendler (1966) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Wilson (1966) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Wosnitza et al. (2013) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。



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2018-12-15 (Sat)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集した、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889) 写真1)など3種のトンボ幼虫を観察・撮影することができました(前回記事参照)。

ムカシトンボ幼虫
写真1 飯田さん採集のムカシトンボ Epiophlebia superstes F-2齢幼虫 (前回記事から再掲)(写真はクリックで拡大します)

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに18編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

第19報の今回は、そのムカシトンボ幼虫を近接撮影した動画(動画1)をご紹介し、それをスローモーション変換したもの(動画2)から、ムカシトンボ幼虫の歩き方を読み解きます。


目 次:
◆スローモーション変換前の動画を見る
◆スローモーション動画を見る
◆その前に:昆虫の脚の各節の名称
◆歩行の際の脚の基本的な運び方
  1)前脚の歩行時の動き:
  2)後脚の歩行時の動き:
  3)中脚の歩行時の動き:
◆脚を動かす順序 
  1)今回の動画撮影中の歩行のバランスの崩れ:
  2)片側の3つの脚における動きの時間的順序:
  3)左右両側の脚の動きのタイミング:
◆昆虫の歩行(文献からの要点整理)
  1)ゆっくりとした速度の場合:
 2)中間の速度の場合:
◆今回の動画スロー再生による特性抽出結果の自己採点
 1)3脚歩行の抽出に成功:
 2)メタクロナルパターンは見抜けず:
 3)なぜ見抜けなかったか:
 4)採点結果:
◆動物生理学と私
◆次回予告
◆謝 辞
◆引用文献


スローモーション変換前の動画を見る

まずは、スローモーション変換前の動画(動画1)をご覧ください。



動画1 ムカシトンボ Epiophlebia superstes の第12齢(終齢の2つ前の齢:F-2齢)幼虫の歩行運動。https://youtu.be/aHD3b1OonCA

動画1からは、飯田さんが用意した白い底の容器の水中で、活発に6本の脚を動かして移動しようとしている様子がわかります。

ただし、底が滑らかなプラスチックであるため、つま先が滑って、ほんのわずかしか前に進めません。

そのお蔭で、撮影者から見れば、ヤゴの水中での脚や胴体の動きを読み解くには打って付けのシチュエーションとなりました。

その一つとして、歩きながらわずかに左にカーブするように進んでいる様子が見てとれます。


スローモーション動画を見る

それでは、動画1スローモーション変換(2分の1倍速)した動画2を見てみましょう。


動画2 ムカシトンボ Epiophlebia superstes の第12齢(F-2齢)幼虫の歩行運動(2分の1倍速)。 (動画1をスローモーション変換したもの) https://youtu.be/_p7HkbIEtsY


その前に:昆虫の脚の各節の名称

その前に、昆虫の脚の各節の名称を、おさらいしておきます(下のWikimedia Commonsの画像参照)。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像 昆虫の構造モデル(成虫):21. pillow 22. 爪 23. 跗節Wikipedia日本語版では常用漢字の附節を充てている)(ふせつ) 24. 脛節 25. 腿節 26. 転節 29. 基節。
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons


歩行の際の脚の基本的な運び方

スローモーションの動画2から、まずは、ムカシトンボ幼虫(終齢の2つ前の齢:F-2齢)が歩行運動をする際の、一つの脚の基本的な動かし方に注目してみました。

※ 以下、文体は「である体」になります。

1)前脚の歩行時の動き:
前脚の歩行時の動きに注目すると、まず、つま先を浮かせながら、腿節と脛節の角度が90度~120度に開くまで前方に伸ばす。

次につま先を底につけ、腿節と脛節の角度を狭めるように曲げながら、底面を手繰るように引く(つま先は体軸に沿って後方に向って移動する;底面が滑らなければ、体は前方に引き寄せられる;動画では底面が滑るため、あまり体は前進しない)。

これにより、最終的に腿節と脛節の角度は約20度まで折れ曲がる。

この引き寄せの動きにより、体軸に沿って、前脚の脛節の長さに跗節の長さの半分ほどを足した長さくらいの距離を、つま先が前から後に移動する。

言い換えれば、ほぼ同長の距離の前方への体の移動の一翼をこの脚の動きが担っている

2)後脚の歩行時の動き:
後脚の場合、まず、つま先を浮かせながら、腿節と脛節の角度が約40度に折れるまで曲げることでつま先を前方に移動する。

これにより、つま先は体軸に沿って基節から腿節長の半分の長さだけ後ろの位置に達するまで、前に移動する。

この後、つま先を底面につきながら、腿節と脛節の角度を拡げながら後脚を後方に伸ばし、その角度は最大で約140度くらいになる。

この後方に伸びきった時点で、つま先は体軸に沿って腿節を1.5倍ほど後方に延長させた位置にまで下がっている。

つまり腿節とほぼ同長の距離の、体の移動の一翼をこの脚の動きが担っている。

3)中脚の歩行時の動き:
中脚の場合、まず、つま先を浮かせながら、腿節と脛節の角度を最終的に約80度まで開き、これにより、つま先は腿節の付け根(基節、転節)の横あたりまで前方に移動する。

そして、つま先を地面に下ろすと、今度はつま先で底面を後方に押しやるように動かす。

この脚の後方への送りの結果、腿節と脛節の角度じは約50度に狭まる。

この後方に押しやる脚の動きにより、体軸に沿って、中脚の腿節の長さとほぼ等長の距離だけ、つま先が前から後に移動する。


脚を動かす順序

歩行において、脚を動かす順序は重要である。

ヒトや鳥類では二足歩行なので、左右交互に動かすか、左右同時にジャンプするかである。

左右に2本以上ずつ脚がある場合は、左右および前後の脚の動きの組み合わせは、より複雑になる。

3対の脚を持つ、昆虫の場合はどうであろうか?

今回の記事の末尾で紹介する Ritzmann and Zill (2013) の論文の一節には、それについての最近の知見が簡潔にまとめられているが、それを先に紹介したのでは面白くない。

なぜなら、自然探究の醍醐味は、自然現象を読み解く中で、その合理性、精緻さ、さらにはヒトとくらべてのもどかしさなどを、自らが感じ取り、因果関係に思いをめぐらせるきっかけを得るところにあるからだ。

というわけで、以下の私の動画解析は、Ritzmann and Zill (2013) を含む、昆虫の歩行関連文献を閲覧する以前に行ったものである。

前置きが長くなったが、今回撮影した動画のスローモーションから、脚を動かす順序を読み解くことにする。

1)今回の動画撮影中の歩行のバランスの崩れ:
今回撮影した動画では、(左後脚で数えて)最初の2蹴りにおいては、左右の後脚が同時に、少し遅れて左右の中脚も同時に同じ方向に動いている。

それ以降、最後までの3~6蹴り目においては、後脚も中脚も左右交互に前後の動きをする歩行動作となっている。

この3~6蹴り目の脚の運びは、その前よりも繰りかえしのスピードが若干アップし、6本の脚が整然とした動きを繰り返しているように見える。

逆に言えば、1~2蹴り目における6本の脚の動きの協調は不明瞭であり、いささかバランスが崩れた印象を与える。

以下の記述では、バランスよく同じ動作を繰り返している、3~6蹴り目における歩行動作について、その特性の抽出を試みる。

2)片側の3つの脚における動きの時間的順序:
片側の3つの脚における、動きの時間的順序に着目すると、前脚と後脚がほぼ同時に前に出て、ほぼ同時に後ろに蹴る。

若干、前脚のほうが後脚よりもタイミングが早いこともある。

中脚、は前脚と後脚のコンビよりも遅れて前に出る。
中脚は、後ろに蹴る際も同様に、前脚と後脚のコンビよりも遅れる。

3)左右両側の脚の動きのタイミング:
中脚の動きに着目すると、中脚は反対側の前脚と後脚のコンビとほぼ同時に前に出て、ほぼ同時に後ろに蹴る。

そして、前・中・後のそれぞれの脚のいずれも、(1~2蹴り目の中脚・後脚のような)左右対称ではなく、左右交互に前後に動いている。

即ち、体の左右から必ず少なくとも1本加わった三脚の2セットが、正確に半サイクルの時間間隔を置いて、交互に体を前に進める。

その結果、ペンギンなどの二足歩行で見られる体の左右の傾きや揺れは、このヤゴの歩行では大幅に軽減される。

繰り返しになるが、最初の2蹴り目まででは、上記の左右の脚の分業が乱れていたということである。

以上が、他者の論文内容などの先入観無しに映像から読み解いた、ムカシトンボ幼虫の歩行の特性である。

これを、動物生理学の最近の研究論文(Ritzmann and Zill, 2013)の記述(以下に抜粋)と対比して、自己採点することにする。


昆虫の歩行(文献からの要点整理)

Ritzmann and Zill (2013)は、昆虫の歩行に伴う基本的な脚の動きを総括している。

以下、主にそれに依拠して要点を整理しておく。

1)ゆっくりとした速度の場合:
昆虫(すべて6本脚)の歩行のうち、ゆっくりとした速度では、脚はいずれか一方の側で、後脚から中脚に、そして前脚に向かって動いているメタクロナルパターンに従う(Ritzmann and Zill 2013; Hughes 1952; Wilson 1966)。

ここで、メタクロナルとは、原生動物における繊毛運動において一定の位相差が隣接する繊毛の間に維持され、繊毛の打ち振りが波のように伝わる状態を指す(Narematsu et al. 2015)。

Ritzmann and Zill (2013)によれば、各脚の動きには二つの段階がある。

跗節が地面にあり、動物が前方に押し出されるときをスタンス段階という。

跗節が空気中を前方に動かされるときをスイング段階という。

歩行の際には、各脚はそれぞれスタンス段階とスイング段階の交代を繰り返す。

2)中間の速度の場合:
Ritzmann and Zill (2013)によれば、中間の速度では、足のスタンス段階の持続時間が短くなるにつれて、脚の動きのパターンはシフトする(これは、滑走調整と呼ばれる:Wendler 1966; Cruse 1990)。

同時に複数の脚を持ち上げることも生ずる(例えば、4脚歩行、 Grabowskaら、2012; Wosnitzaら、2013)。

3) より高速な場合
Ritzmann and Zill (2013)によれば、より高速では、メタクロナルパターンの修正は3脚歩行につながる。

ここでは、動物の片側の前側および後側の脚は、反対側の中央の脚を含むユニットとして移動する。

この3脚は、残りの脚で構成された3脚との間で、スイングとスタンスを交互に切り替える。

3脚歩行はとても安定している。なぜなら、ほとんどの速度で動物の重心が支持基盤内にとどまるため、それが転倒しないからである。


今回の動画スロー再生による特性抽出結果の自己採点

1)3脚歩行の抽出に成功:
Ritzmann and Zill (2013)による、高速歩行時の3脚歩行については、今回の動画解析で、その存在を抽出することができた。

2)メタクロナルパターンは見抜けず:
しかし、Ritzmann and Zill (2013)による、ゆっくりとした歩行の場合のメタクロナルパターンという観点は、今回の動画解析からは捻り出せなかった。

そう言われてみれば、確かに、今回のムカシトンボ幼虫の動画でも、同側の後脚と前脚が同時に前後に動くパターンが少しずれる場合は、前脚が後脚よりも先に動いている。

これは言い換えれば、「後脚→中脚→前脚」の順に動かすメタクロナルパターンが存在し、歩行速度が上がって3脚歩行にシフトする途中および完了の二つの段階の両方が動画に収録されていた、と解釈することができる。

3)なぜ見抜けなかったか:
予備知識なしに、今回の動画を閲覧するだけで、メタクロナルパターンと3脚歩行の両タイプの存在と、互いの移行を抽出することができる観察者がいたとしたら、それは鋭い観察眼の所有者を越えた天才的な能力の持ち主に違いない。

負け惜しみに聞こえるかもしれないが、昆虫の歩行動作のパターン(すなわちメタクロナルパターンと3脚歩行)を概念化するまでには、多くの事例の観察に基づき、それらを相互比較することにより、共通性を抽出するという帰納的な一般化のプロセスが不可欠であったと思われる。

この一般化された歩行パターンを裏付ける神経支配のメカニズムが解明されていくことで、その神経支配から演繹的に予測される現象として、メタクロナルな脚の動きが導かれたときに、自然観察から帰納された規則が、科学的に裏付けられた知識へと昇華する。

4)採点結果:
というわけで、今回の動画の読み解きは、3脚歩行の存在を指摘できたところまではよいが、メタクロナルパターンの存在に気付くことができなかった点で、合格点には及ばず、100点満点で50点の自己採点としておく。

実は、正直なところ、3脚歩行については、私が北海道大学理学部の動物学専攻学生であったときに動物生理学の講義で玉重三男教授から学んだ遠い記憶を持っている。

また、メタクロナルパターンについても、その用語は使われなかったが、同じ講義でムカデやゲジの歩行のパターンとして言及されていたように思う。

にもかかわらず、「本当に3脚歩行をしているのか?」、「もっと違う脚の運びもあるのではないか?」という思いが、動画の読み解きの前に胸中にあったことから、先入観を排除して、見た通りの結果を示したいと考えたのである。

言い訳はこのくらいにしておこう。


動物生理学と私

今回の件に関連して、私が動物学専攻を志した動機は、大学の教養部から学部・学科移行のための希望調書を提出する前に、理学部を訪れ、玉重教授を訪問して動物生理学の未来の話に強い魅力を感じたからであることを付記しておく。

動物学科(正式には生物学科動物学専攻)に移行し、2年半の学びを経て私が大学院の指導教官として選んだのは坂上昭一助教授(当時)であった。

それはなぜなのかについては、いずれこのブログに書きたいと思う。


次回予告

次回記事では、ムカシトンボと同日・同地点で飯田さんによって採集された、アサヒナカワトンボ幼虫の歩行動作について取り上げる予定です。


謝 辞
現地に案内して下さり、採集品の撮影を許可された飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

Cruse (1990) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Grabowska et al. (2012) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Hughes (1952) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Narematsu N, Quek R, Chiam K-H, and Iwadate Y, (2015): Ciliary metachronal wave propagation on the compliant surface of Paramecium cells. Cytoskeleton 72, 633-646.

Ritzmann R and Zill SN (2013) Neuroethology of Insect Walking. Scholarpedia, 8(9):30879.

Wendler (1966) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Wilson (1966) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。

Wosnitza et al. (2013) Ritzmann and Zill (2013)から間接引用。



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