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2016-07-31 (Sun)
ベッコウトンボLibellula angelina Selys, 1883 (下の写真、再掲)は、全国的に生息条件が悪化し、絶滅の恐れが高まっている種です(前回記事参照)

ベッコウトンボ♂160512a
桶ケ谷沼のベッコウトンボLibellula angelina ♂。生方秀紀撮影。(クリックで拡大)

筆者は今年5月中旬、桶ケ谷沼とそれに隣接する鶴ケ池を訪れ、本種の生息状況の一端を観察・撮影することができました(以前の記事参照)。

前回の記事では、地元で保全活動を行っている団体が共同で実施している桶ケ谷沼ベッコウトンボの長期にわたる個体数調査の結果(データソース:磐田市桶ケ谷沼ビジターセンター/下記リストの「r0」)をグラフ化し(下図)、その変化の傾向を読み取りました。

桶ヶ谷沼のベッコウトンボ長期変動グラフ(引用データから作成)
桶ヶ谷沼のベッコウトンボ長期変動グラフ (データソース:磐田市桶ケ谷沼ビジターセンター)
(クリックで拡大)

今回の記事では、地元の保全関係者によるベッコウトンボの生息地である桶ヶ谷沼の保全活動の具体的内容を、時系列的にかいつまんで紹介し、それらの活動がベッコウトンボの個体数に与えた効果を、調査個体数の変動経過のグラフを参照しながら、考察します。

筆者は、桶ヶ谷沼のトンボの保全に関してはまったくの部外者ですので、考察はすべて地元関係者がインターネットで公開している文書から読み取った内容に基づいています。
より詳しく知りたい方は、それら文書に直接あたったり、関係者に照会することをお勧めします。

以下、時系列に沿って、取り組み内容と個体数変動について見ていきます(である体で記述します)
(r0~r10は出典の通し番号)

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桶ヶ谷沼におけるベッコウトンボ保全活動の経緯の紹介と個体数変動との関連についての考察

1986年に、市民の立場から桶ケ谷沼周辺を保全しトンボを守ろと「桶ケ谷沼を考える会」が発足した(r1)。

89年、静岡県は桶ヶ谷沼保全のために約20億円の予算を計上し、沼および周囲約60haの用地買収を開始(r2)。
同年、「桶ケ谷沼を考える会」の事務所「トンボハウス」開設。同会と地元住民との沼の協議会が発足(r1)。

89年から91年にかけてベッコウトンボ調査個体数は減少傾向(グラフ)。

91年、静岡県は桶ヶ谷沼とその周辺を自然環境保全地域に指定した。同年、「桶ケ谷沼管理運営委員会」が発足( r1)。

同年から、地元団体が、暗い林になってしまった沼の周囲の林を手入れし、沼南側のヨシで陸地化した部分を掘って復元池に、沼北側の土石採取跡地に池を造り実験池にするなどの具体的保全策に着手(r3)。

93年から、磐田南高校生物部が実験池を用いてベッコウトンボの保護及び増殖を目的とした実験を開始し(r4)、94年には「岩井里山の会」の前身となる地元住民グループが、桶ケ谷沼および周辺の環境保全活動を開始している(r5)。

92年にはベッコウトンボ調査個体数は増加に転じて、94年には約900頭という18年間の中の最大値に達した(グラフ)。

この増加の原因は、沼の環境の回復に向けた具体的施策に地元団体が連携して取り組んだことが効果を上げたためというのが第一に考えられる。

ただし、それら施策のうち、復元池や実験池の造成はその後構造改良(階層構造化)がなされるまでは、羽化数の増加に結び付かなかったとのことである(r3)。

この間の、他の施策の中に、鬱蒼と繁った沼の周囲の林の手入れ(r3)があり、これが林内の空間を明るくし、ベッコウトンボの摂食活動を活発化させ、ひいては産卵数を増大させた可能性が考えられる。

このような生息条件の一部改善がある一方で、ベッコウトンボの主要な天敵であるアメリカザリガニの本格的駆除は、この期間までには行われていない(r5)ことから、幼虫の生息条件の改善はあまり進んでいなかったものと思われる。

こう考えると、92年から94年にかけての大幅な調査個体数増加には、調査条件の向上も影響した可能性も考えられる。
たとえば、沼をめぐる遊歩道や管理用歩道の整備や調査人員の増加があったとすれば、調査の際の観察機会は増大することになる。

95年には調査個体数は突然6分の1以下の100頭台にまで激減し、その後2年間低迷している(グラフ)。

この期間(95年から97年)に調査人員の減少や観察機会の大幅な減少があったというのは考えにくい。
94年から95年にかけてなんらかの生息条件の悪化(たとえばアメリカザリガニの増加)があり、それが影響した可能性が浮上する。

98年の調査個体数は、直前3年間の3倍以上に増加している(グラフ)。

98年のこの増加は、生息条件の一部に改善があったことによる可能性もあるが、翌年には調査個体数が大幅に下落していることを考えれば、その改善は一時的なものに過ぎないことになる。
別の観点からは、調査の際の観察機会の増大の影響、あるいは羽化最盛期と調査日程の間隔が98年にはベストであったためという可能性も残される。

98年にはアメリカザリガニの大発生が観察され、その影響でオニバスほかの水生植物の激減もあったという(r6、r7)。

99年には、調査個体数はデータのある28年間で最少の約50頭へと落ち込んだ(グラフ)。

この激減には、アメリカザリガニによる直接の捕食、水草の減少によるザリガニ以外の捕食者からの危険の増大が関与していると見るのが自然であろう。

99年の調査個体数の激減を受けて、NPO、磐田南高校生物部、市民、磐田市(桶ヶ谷沼ビジターセンター)が連携して、沼の環境改善(ザリガニの捕獲、植物の間引きなどによる環境復元)などに一層力を入れることになった(r6)。

1999年に磐田南高校生物部は、飼育容器(コンテナ)を用いたベッコウトンボの増殖に成功した(r4)。コンテナにザリガニが入らないように、また夏季には水が涸れないようにした(r6)。別の二次資料によれば、コンテナは150個以上(r8)。 

2000年には調査個体数は2,3年前のレベルまで回復した(グラフ)。

この「回復」には、ザリガニの捕獲、植物の間引きやコンテナでの増殖が少なくとも一部は貢献しているのは明らかである。

02年から沼の 北東部に隣接する場所に人工池(プラスチック製コンテナ容器;長さ1065×幅726×高さ303mm)220個が設置され、桶ヶ谷沼を考える会・磐田南高校・岩井里山の会によって共同管理されている(r9)。  

03年には「桶ケ谷沼を考える会」が法人化された(r10)。 

04年、桶ケ谷沼にビジターセンターが設置された。磐田市が管理運営を行い,NPO法人桶ケ谷沼を考える会の事務局も置かれた(r3)。

同年、岩井里山の会は、沼の北と南の湿地帯を切り開いて水路を造り、沼の北にある井戸水や沼に流れ込む雨水を桶ヶ谷川に流すことで水質浄化を図った。また、この水路の西側の湿地帯を掘削し、にトンボの好む「開放水面」(2m×2m)を40箇所造った(r5)。

同会は、同年より、杉の小枝をを沼に入れておき、そこに集まる稚ザリガニをタモ網で掬い取る方法で年間平均1万1千匹のアメリカザリガニを捕獲している。その後、アメリカザリガニの成体の捕獲数は年々減少傾向にあるが、幼少な個体は減少傾向を示さず、次から次へと捕獲される(r5)。

00年からは04年までの5年間は、調査個体数は80~150頭の間を変動し、05年には200頭を越えた(グラフ)。

この間、大きな回復こそ示していないが、50頭を割るような大幅な減少が起こるのを食い止めたのは、ザリガニが侵入しにくい多数のコンテナの設置や、掘削による沼本体の水の更新の促進、ザリガニの大量捕獲などの保全策が効果を上げたからと考えられる。

05年、岩井里山の会は、沼の南側に幅2メートル、深さは1メートル位、長さが80メートルの水路を沼から桶ケ谷川に向けて造り、沼の水の更新を向上させた。また、同年、同会は、湿地帯にベッコウトンボの誘致を目的にプラ舟コンテナを設置した(その後、07年に26頭のベッコウトンボが羽化した)。同年、同会は、50枚のカニ網(餌のソーセージの切れ端を入れる)を毎週1回計40回引き上げて、年平均8000匹のアメリカザリガニを捕獲している(r5)。

05 年に磐田南高校生物部は2つの実験池を改造(枝葉を入れて階層構造をつくり、アメリカザリガニとベッコウトンボヤゴの微生息場所を分離する) を行った。また、外からのアメリカザリガニの 侵入を防ぐために池の周りにネットを張った。さらに、そのうち小さいほうの実験池からはすべての アメリカザリガニを除去した。後者の池からは翌年ベッコウトンボが羽化した(r4) 。

06年、磐田南高校生物部は別の一つの実験池の改造(泥を一旦除去し、ザリガニを駆除したのち、植物を入れる)を行った。この実験池では翌年羽化が観察された(r4、r6)。同部が各30匹のショウジョウトンボ幼虫を入れた二つの水槽で実験したところ、アメリカザリガニ4匹を一緒に入れた水槽ではトンボ幼虫は全滅し、ザリガニを入れなかった水槽からは6匹のトンボが羽化した(r4)。

06年、岩井里山の会は、沼北湿地帯1,500㎡を開墾して、幅5メートル、長さ25メートルの田んぼ復元池を3面造った。しかしアメリカザリガニが生息しているため、トンボの羽化は殆どみられなかった(r5)。

08年、岩井里山の会が、田んぼ復元池を改修して木枠でザリガニの侵入を防ぐ「木製木枠復元池」を3基造り、そこへマコモ、イグサ、水生植物等を移植した。しかしその後、隙間から幼若ザリガニが侵入し、成長して水草を食い荒らした(r5)。 

09年、コンテナ容器から、38頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。 

09年、岩井里山の会が、木製木枠復元池に稚ザリガニの侵入を防ぐための細かなネットを二重に張っり、マコモ、イグサ等を移植した(木製トンボ生簀と呼称)(r5)。

10年、岩井里山の会設置の木製トンボ生簀から95頭、プラ舟コンテナから22頭、計117頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。

06年には調査個体数はいったん減少したものの、07年から10年までの4年間は100頭前後のレベルを維持した(グラフ)。

他の県で地域絶滅が続いている中で、この期間、桶ヶ谷沼でこのように個体数レベルが維持されたのは、沼の水質改善のための掘削、人工池の設置と工夫・改良(実験池の改良、プラ舟コンテナ設置、木製木枠復元池の設置、その改良版である木製トンボ生簀)、アメリカザリガニの大量捕獲などの施策が実を結んだものと評価できる。

10年の秋に、岩井里山の会が改良型木製トンボ生簀(4メートル×4メートル)2基を造った。これは、 水深を深めの50センチとし、沼土も多めに入れたもので、アメリカザリガニが根に棲み着いている可能性があるマコモ、スゲ、イグサは掘り取り、天日に干してザリガニを駆除した後移植した。また、生簀で繁茂しすぎたマコモ等を間引きをしたり刈り取った(r5)。 

11年、木製トンボ生簀から235頭、コンテナから90頭、計325頭のベッコウトンボの羽化が確認された。毎年行っているベッコウトンボ定量調査では、この年桶ケ谷沼全体で197頭が確認されたがその内、木製トンボ生簀の周りでは134頭(70%)が確認された(r5)。 
11年秋、岩井里山の会は、トンボ生簀の底板の下にネットを二重に張り、側板にもネットを二重に張り、その外側に細かなステンレスの網、さらにトリカルネット(メッシュの網)一番外側に腐食に強い畔波板(プラスチック製)を打ち付けた「改良トンボ生簀」を2基試験的に造った(r5)。 

12年、木製トンボ生簀(5基)とコンテナ容器から354頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。

13年、木製トンボ生簀(8基)コンテナ容器およびネット池(2基)から408頭のベッコウトンボの羽化が確認された(r5)。

14年、木製トンボ生簀から396頭の羽化が確認された(r5)。 

14年秋、岩井里山の会が、沼と一体化した「新型生簀」(生簀の底板を除き、沼深く生簀を埋設することで水草の過剰な繁茂を抑制するとともにザリガニの侵入を防ぎ、沼と一体化したもの)を築造した(r5)。

15年、木製トンボ生簀から607頭の羽化が確認された(r5)。

15年秋から、岩井里山の会が5年計画で、暗い林を明るい林にし水質浄化に寄与するために、常緑広葉樹の伐採に着手。(r5)

16年、木製トンボ生簀から463頭の羽化が確認された(r5)。

調査個体数は、11年から16年(現在)までは150~270頭の間で安定に推移している(グラフ)。

この間(2010~15年秋)、岩井里山の会により、「改良型木製トンボ生簀」(水草を天日干ししてザリガニを除去)、「改良トンボ生簀」(各種網や波板でザリガニの侵入防止)、「新型生簀」(生簀の底板を除き、沼深く生簀を埋設)の設置あるいは改良、さらには沼の周囲の常緑広葉樹の伐採などの取り組みがなされてきた。調査個体数の中に占めるこれら生簀周辺での確認個体数の比率も高いことからもわかるように、これらの取り組みの成果が現れて、この期間に先立つ5年間(2005-10年春)よりも高いレベルの個体数が維持されていると評価できる。

このような力強い、また工夫を凝らした取り組みを、希少種が生息する全国各地で同じようにすぐに実施することは必ずしも容易ではないとは思うが、この取り組みに励まされ、この取り組みを参考に、できることから保全への道を歩み出すことが望まれる。


引用文献:

r0)磐田市桶ケ谷沼ビジターセンター(2016)ベッコウトンボについて。桶ケ谷沼ビジターセンター公式ウエブサイト所収。2016年7月24日アクセス。
 http://www.city.iwata.shizuoka.jp/okegaya-vc/okegayanuma.htm

r1)桶ケ谷沼を考える会:
http://www.npo-hiroba.or.jp/search/zoom.php?pk=25739

r2)細田昭博(1990):磐田市桶ヶ谷沼の現状。ちゃっきりむし、No.83。
http://shizukon.sakura.ne.jp/chakiri.html

r3)細田昭博(2006):今、トンボの桶ケ谷沼は。ちゃっきりむし、No.149。
http://www.shizukon.sakura.ne.jp/chakiri2006.html#149

r4)磐田南高等学校生物部:絶滅危惧種ベッコウトンボの自然誘致と増殖。
http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/science/ronnbunshu/063011.pdf

r5)岩井里山の会:http://www.iwai-satoyama.org/activity.html

r6)野生動物医学会学生部会:ベッコウトンボを絶滅から守れ―桶ヶ谷沼の環境保護活動。
http://www.gakuseibukai.org/brandnew/file/2009bekkou.pdf

r7)苅部治紀・北野忠・福井順治・土井亮介(2014):静岡県桶ヶ谷沼における侵略的外来種アメリカザリガニの侵入が水生昆虫類に及ぼした影響-爆発後15年間の記録-。
日本生態学会第61回全国大会講演要旨
http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/61/H2-07.html

r8)サントリー:サントリー地域文化賞 静岡県磐田市『桶ケ谷沼 トンボの楽園づくり』。
http://www.suntory.co.jp/enjoy/movie/viewer/normal_hd.html?hd=603646190002&sd=603573473002

r9)高橋純一・福井順治・椿 宜高(2009):静岡県桶ヶ谷沼地域における絶滅危惧種ベッコウトンボ(Libellula angelinaの遺伝的多様性。保全生態学研究、14:73−79。
http://ci.nii.ac.jp/els/110007226011.pdf?id=ART0009161288&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1466776705&cp=

r10)静岡新聞社・静岡放送:アットエス TOP>施設>組合・団体>NPO>特定非営利活動法人桶ケ谷沼を考える会。
http://www.at-s.com/facilities/article/union/npo/133798.html


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