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2016-08-10 (Wed)
シオカラトンボOrthetrum albistylum (Selys, 1848)は日本で最も馴染み深いトンボの一つですが、同属(シオカラトンボ属、Orthetrum)の種がほかに8種日本に生息していることをご存知でしょうか?

全9種とも地色は黄色系で、成熟とともに紅色に染まるコフキショウジョウトンボ*Orthetrum neglectum (Rambur, 1842)および若干緑色を増すハラボソトンボOrthetrum sabina (Drury, 1770)を除いて、成熟♂は多かれ少なかれ、白色から青色の粉を腹部背面を中心に装います。

*コフキショウジョウトンボの学名は以前、Orthetrum pruinosum neglectum (Rambur, 1842) が用いられていましたが、最新のWorld List of Odonata ではO. pruinosumとは別種として扱われていますのでそれに準じました。)

今回の記事の主役である、シオヤトンボOrthetrum japonicum (Uhler, 1858)(写真1)もたっぷり「厚化粧」する、少し小柄なトンボです。

シオヤトンボ未熟♂160507
写真1. シオヤトンボOrthetrum japonicum (Uhler, 1858)(クリックで拡大)

私の前住地である北海道でも、丘陵地や低山地の湧水が供給される湿地などで本種を見かけることがありましたが、埼玉県内での私の行動圏を拡げた今年は、すでに何回か出会うことができました。

多くのとんぼの中で、シオヤトンボは春から出現するため、トンボシーズンの到来を告げるメッセンジャーの一員の役割を果たしています。

写真1は、前回記事(クロイトトンボ)、前々回記事(ヨツボシトンボ)の主人公を観察したのと同じ日(5月上旬)に、もう一回り大きなため池のほとりで撮影したシオヤトンボの未熟な♂です。

この♂の腹部は基部と先端を除いて、まだうっすら白粉がふきはじめているに過ぎません。
さしずめ、薄化粧といったところでしょうか。

複眼の色も、透明感の低い薄紫色で、羽化後あまり時間がたっていないことをうかがわせます。

翅を見ると、老化した個体の翅に見られるカサカサした感じ(曇りが生じて透明度が低下し、弾力性も低下した様子)がなく、破れはもちろん、汚れやゴミもほとんど見当たりません。

これらが、私が(他の多くのトンボ研究者も)この個体が未熟、あるいは羽化まもないと判断した根拠です。

さて、シオヤトンボ♂も、成熟が進むと「厚化粧」と言われても返す言葉がないほどに、体表に白粉を装います(写真2)。

シオヤトンボ交尾160513
写真2.シオヤトンボOrthetrum japonicumの交尾。 (クリックで拡大)

写真2は、産卵場所で「なわばり」を占有していた♂が、そこにやってきた♀と交尾をしているシーンです。
これは、写真1を撮影した約1週間後に、岐阜県で撮影したものです。

個体はもちろん、場所も違いますので、1週間でここまで成熟して交尾をできるようになると結論するのは早計ですが、羽化後1,2週間で成熟して交尾・産卵するのは(すなわち「前生殖期」が1・2週間であるのは)トンボ目の中では一般的ですので、当たらずとも遠からずかもしれません。

この交尾写真で、白っぽい体をしている個体がもちろん♂で、黄色と黒のマダラ模様をした個体が♀です。

この♂は、写真1の♂にくらべて、これ以上厚塗りできないほどに白粉をとくに腹部第3節以降の背面に吹いています。翅胸(中胸と後胸が癒合したもの)の前面もそれに近いくらいに白粉が吹いています。

人間の化粧は、自然素材や人工合成した物質を塗りつけるか、まぶすかして行うものですが、トンボの場合は細胞で合成された物質が分泌され体表に付着することで生じます。

Gorb et al. (2009)によれば、この物質はワックス(蝋)で、昆虫のクチクラの表面上に、ミクロン単位あるいはそれ以下のサイズの棒状、板状、細糸状の結晶となり、これが白粉となるのだそうです。そして、白や青い色は、光の分散による構造色だということです。

多くの種のトンボで成熟♂で白粉が吹き、未熟♂や未熟・成熟♀では吹かないことから、この白粉が♂の性的役割に結び付いて進化したであろうことは明白です。

最初に考えられることは、白い色が強い♂ほど♀に対して魅力的なため、より多くの♀と交尾し、多くの子孫を残すことで進化した可能性です。

もう一つは、なわばり占有を廻る♂同士の争いで、白い色の強い♂ほど、相手に対する威嚇効果があり、その結果、なわばり争いの決着が早くつき、なわばりを維持し、そこに来る♀と交尾してより多くの子孫を残せるため進化したという可能性です。

ただし、そのような白い色の強い♂の比率が世代ごとに増える結果となり、なわばり争いの決着が早くつくとは必ずしもいえなくなりそうです。

とはいえ、そうなるまでは、白い♂が有利であり、白くなる方向に進化することになります。

まだほかにも白粉が吹くように進化する要因は考えられますが、今回はこのへんにしておきます。

さて、シオヤトンボの交尾は数分もしない間に終了し、♂♀分離後まもなく、♀はその場で産卵行動を開始し(写真3)、交尾相手の♂は♀の上空を飛び回ります。

シオヤトンボ産卵(1)160513
写真3.シオヤトンボOrthetrum japonicumの産卵、その1。 (クリックで拡大)

そこに別の♂が来れば、追い払い、また♀の近くに戻ります。
これを産卵警護行動といいますが、今回は警護や追い払い行動をしている瞬間の♂の写真はうまく撮れませんでした。

写真3から、産卵中の♀は、浅い水面上数センチメートルの高さを飛び、視線を前方の少し下方に向け、6本の脚をしっかりと折りたたんで胸部表面に密着させていることがわかります。

脚の格納状態から飛行に専念していることが、視線からは、好適な産卵ポイントを探していることが見て取れます。

そして、時々、飛行高度を瞬間的に下げながら、腹を下方にカーブさせ、腹端で浅い水面を叩き(打水動作)、卵を産み落とします。

打水の瞬間の写真も撮りましたが、160分の1秒のシャッター速度ではブレが大きく、人に見せられる画像が得られませんでした。

同じ個体の別の瞬間を写した写真4をご覧ください。

シオヤトンボ産卵(2)160513
写真4.シオヤトンボOrthetrum japonicumの産卵、その2。 (クリックで拡大)

体がよじれていませんか?
そうです。
腹部は明らかに右側(トンボにとって左側)に少し傾いています。
しかし、頭部(顔)はほとんど水平のまま(より正確に言えば、左右の複眼の中心を結ぶ線がほぼ水平のまま)です。
胸部は、この角度のズレをなんとかつなぎとめようとするかのように、微妙な中間的な角度の傾きを示しています。

ギンヤンマなどで、水平面を飛びながら急カーブを描く際に、胸部・腹部はカーブの内側に傾くのに対し、頭部は水平を維持していることが知られています(私も撮影しています)。

ヤンマにくらべると、シオヤトンボのこの姿勢はややぎこちないですが、水面上にまばらに草が突き出すように生えている間を、スキーのスラロームのように器用に避けながら飛ぶ上では、このしなやかな体のこなし方はうまくフィットしているように思えます。

シオヤトンボたちが産んだ卵の多くが無事孵り、幼虫たちの中からまた両親と同じように元気に飛び回り、世代をつないでいくことを祈りつつ、(私は)その場を後にしました。

シオヤトンボに限らず、トンボの多様性の維持のためには、各生息地が保全され、気候の急変や地域絶滅に無頓着な採集行為がないように、注意を払い、行動していくことが必要です。


追記:

コーベット著トンボ博物学271-272頁には白粉に関して生物学的な観点から多くの事実や考察が記述されています。

引用文献:

Stanislav N. Gorb, Katja Tynkkynen & Janne S. Kotiaho (2009): Crystalline wax coverage of the imaginal cuticle in Calopteryx splendens (Odonata: Calopterygidae). International Journal of Odonatology 12: 205-221.

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