04≪ 2017/05 ≫06
12345678910111213141516171819202122232425262728293031
2016-09-17 (Sat)
日本産のカワトンボ属Mnaisは、以前の記事でも書いたように、形態による分類は混乱を極めていたものが、今世紀に入って、DNAの解析により、2種(二ホンカワトンボMnais costalis Selys, 1869(写真1)とアサヒナカワトンボMnais pruinosa Selys 1853(写真2))にすっきり分けられました。

ニホンカワトンボ橙色翅型♂160513
写真1.ニホンカワトンボMnais costalis 橙色翅型♂(岐阜県にて)。 (クリックで拡大、以下同様)

アサヒナカワトンボ♂(1)160513
写真2.アサヒナカワトンボMnais pruinosa ♂(岐阜県にて) (再掲) 

これは裏返せば、DNAを調べないで形態だけで判断すると誤同定という落とし穴にはまる危険性が残されていることを意味します。

これまでのDNA+形態の精査により、Mnais属2種のうちどちらか1種しか分布していないことがはっきりしている地域では、形態だけで(あるいは形態を精査することなく判断しても)心配ありません。

 →私が以前住んでいた北海道、それに東北地方などはこれに該当し、二ホンカワトンボだけが分布します。

また、西日本の大部分のように、両種が大幅に重なって分布していることで、無駄な種間交雑を避ける進化が働いて両種の形質差が誇張される方向に進化(これを形質置換といいます(記事1記事2参照))が生起した地域でも、形態による区別はしやすくなっています。

 →私が書いた記事のうち、岐阜県で観察したカワトンボの記事(記事1記事2記事3記事4)はこのケースに該当し、両種とも共存していましたが、形態による区別は容易でした。

問題は、この両種が戦国大名の版図のように、互いに境界を接しながらも混棲しない分布の仕方をしている場合です。
この場合、混棲が継続しないために形質置換が起こりにくく、そのため、形態的によく似た両種の形質差が拡がらず、同定者を泣かせることになります。

 →私が書いた記事のうち、埼玉県での観察の記事(記事5記事6)(生態写真は写真3)がこのケースに該当します。

Mnais_costalis_160422-b
写真3.埼玉県西部の低山地で観察したカワトンボ属♂ (再掲)

埼玉県のカワトンボ属の観察個体を記事にするにあたり、写真だけでなく標本によっても翅の不透明斑の拡がりや縁紋の長さ・幅、胸部と頭部の比率などを検討し、その時点ではニホンカワトンボと判断しました。

ところが、今回、文献を検索していたところ、埼玉県を含む地域のカワトンボ属のDNAを調べ、詳細に検討した、苅部ほか(2010)の論文にたどり着きました。

苅部ほか(2010)の研究は、神奈川県を中心に、東京都、静岡県、山梨県、そして埼玉県の多数の山地からサンプルを採取して、DNA(核DNAのITS1領域の塩基配列)分析および形態観察を行い、ニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボ、そして(この両種の雑種を起源とする)伊豆個体群の3分類群の、分布状況の詳細を明らかにしたものです。

この論文そのものをネット上で閲覧することができます。→こちら

論文全体の詳細はそれに譲るとして、埼玉県とそれに隣接する東京都についての結果を簡単に紹介しておきます。

東京都では、ニホンカワトンボは八王子市街地、町田市、稲城市などの丘陵地から、アサヒナカワトンボは高尾山、青梅市、あきる野市、日の出町、檜原村、奥多摩町などの山地から、そして伊豆個体群は檜原村、奥多摩の河川最上流部から得られています。

要するに、東京都では、南東の低い地域にニホンカワトンボが、北西の高い地域にアサヒナカワトンボが、最上流部に伊豆個体群がというように、互いに側所的に分布していることがわかります。

次に、埼玉県です。
この論文の図1(地図に採集地点を打点したもの)から、埼玉県の部分を抽出して模写したのが下図です。

DNA型に基づくカワトンボ属2種の埼玉県内の分布(苅部ほか、2010より)
図1.埼玉県におけるニホンカワトンボおよびアサヒナカワトンボのサンプル採集地点(苅部ほか、2010より一部模写)

これを見ると、埼玉県西部の丘陵地から山地の5カ所からはいずれもアサヒナカワトンボが、東部の平野部からは(1カ所だけですが)ニホンカワトンボが採集されていることがわかります。

以前の私の記事(記事5記事6)で、ニホンカワトンボとした個体の観察・撮影地点は、上の地図のアサヒナカワトンボの採集地点(+東京都での本種の採集地点の最北東の点)を直線で結んでできた折れ線の左側(西側、より山地側)に入ります。

したがって、私はどうやら落とし穴にはまっていたようです。
つまり、この記事で取り上げたトンボの種名はアサヒナカワトンボとしたほうが正解にずっと近かったといえます。

ただし、苅部ほか(2010)もいうように、両種の境界地域で混棲や雑種個体も観察されることもあるので、今回の私の訂正はアサヒナカワトンボと断定するのではなく、その可能性が高いというところでとめておくことにします。

将来、DNAを扱っている研究者に標本を提供する機会があれば、その時が最終的な結論が得られるにちがいありません。

さて、混乱が整理されてきたカワトンボ属、いろいろ面白い問題も残されているようです。

「両種の境界部で出会った個体はどのようにふるまうのか(種を識別しているのか)?」

「そもそも伊豆個体群はなぜ第三のグループとして版図を拡げられたのか?」

皆さんも、仮説を立て、調べて見られてはいかがですか?

引用文献:
苅部治紀・守屋博文・林文男(‎2010):神奈川県を中心としたカワトンボ属の分布。Bull.Kanagawa prefect. Mus. (Nat.Sci.),(39):25-34.

★☆★ ブログランキング(↓):両方ともクリックし応援してください。



にほんブログ村 科学ブログ 生物学・生物科学へ
にほんブログ村

| トンボ:系統と分類 | COM(0) | | TB(-) |
コメント







管理者にだけ表示を許可する