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2016-10-09 (Sun)
暑い夏も終わり、本州では本格的な秋を迎えるこの時期、北海道からは初雪の便りもちらほら聞こえます。

北海道は、真冬の氷点下が20度以下になることも珍しくなく、多くの地域で12月頃から3月頃まで雪にお覆われます。

そのような環境では、昆虫たちも厳しい寒さを回避するために、越冬に適した発生ステージ・生理状態で冬をやり過ごせるよう、
休眠によって卵期間や成虫の未成熟な期間の長さを調節することが知られています。


マダラスズ

マダラスズ Dianemobius nigrofasciatus (Matsumura) (下の写真)は、日本全国の草むらに住む、小型の昆虫(バッタ目コオロギ科[または、ヒバリモドキ科])で、成虫♂がジーッ、ジーッと鳴く、私たちに身近な昆虫のひとつです(マダラスズの生態写真[外部リンク]「ご近所の小さな生き物たち」)。

東北地方北部では秋に一度、それより南では初夏と秋の二度、成虫が現れ、繁殖します。

マダラスズ♂、標本写真

写真。マダラスズ成虫♂、標本写真(相馬昌之氏撮影)


北海道でも、もちろん、下記の例外を除いては、秋成虫が出現する一化の生活史をとっていて、9~10月頃には道内のあちこちでマダラスズの鳴き声を聞くことができます。


マダラスズが冬も鳴く場所:噴気孔原

ところが、北海道東部の温泉地や火山周辺にある噴気孔原(地面の穴から高温の火山性水蒸気が噴出している場所)では真冬でもマダラスズが鳴いています。

下の写真は、3年前の3月に北海道の弟子屈町の国立公園内で撮影した景観写真です。

マダラスズが生息する噴気孔原(弟子屈町)
写真.マダラスズ Dianemobius nigrofasciatusが生息する噴気孔原(北海道弟子屈町、3月).生方秀紀撮影。 (クリックで拡大)


後方の林床には根雪が残っているのに対し、近景には雪がありません。これは決して除雪したからではありません。
火山性の地熱によって雪がすぐに解けて、積もらない場所、つまり噴気孔原だからです。

写真の左下に、メロン1個がはいるくらいの穴が見えていますが、その孔をはじめ、いくつかの同様の穴から熱い水蒸気が噴き出しています。
そのような穴には落葉なども積もっていて、そこが冬そこで生き延びているマダラスズのシェルターになっています。

その周辺の緑色に見える部分は、このような噴気孔原に特有なコケで、これ以外にもイネ科草本なども繁茂しています。
冬でも陽射しが暖かいときはマダラスズはこのような草むらを歩き回り、餌や配偶者、産卵適所を探すというわけです。

下の写真は、阿寒町(現在は釧路市と合併し、釧路市阿寒町)にある大規模な噴気孔原です(10月に撮影)。
真冬の1、2月にこの場所を訪れると、近くのスキー場はスキー客でにぎわっているのに、この噴気孔原だけ積雪がなく、湯気のように立ちのぼる噴気が醸し出す独特な風景の中で、あちらこちらから湧き起こるマダラスズの鳴き声が交錯します。

マダラスズが生息する噴気孔原(阿寒町)
写真.マダラスズが生息する噴気孔原(釧路市阿寒町、10月).生方秀紀撮影。 (クリックで拡大)


噴気孔原のマダラスズの謎

昆虫を研究している者にとっては、マダラスズのこの奇妙な生態は強い好奇心をくすぐる存在です。

◎ 噴気孔原でのマダラスズの生活環は年に何化(年に何世代)なのか?

◎ 冬鳴いているのは第三世代なのか、それとも第二世代が生き延びたものなのか?

◎ 噴気孔原にいるマダラスズは、それ以外のふつうの場所にいるマダラスズと果たして同種なのか、別種なのか?

◎ 噴気孔原でのマダラスズと、それ以外の場所のマダラスズが同種だとした場合、その間に遺伝子の交流はあるか?


正木進三教授をリーダーとする共同研究の発足

弘前大学教授(現、名誉教授)の正木進三先生は昆虫の生活史調節機構についての研究で多くの先駆的な業績を上げておられましたが、このマダラスズの謎に、もっとも専門的な立場から取り組まれることになりました(1992年から)。

噴気孔原がある阿寒国立公園の膝元にある釧路市に在住の、一條信明さん(高等学校教諭;ショウジョウバエの生活史の研究者)が最初の協力者となり、マダラスズの生息状況調査と生体サンプルの採取・送付を担当し、正木先生がそれらサンプルをいくつかの日長条件のもとで飼育実験・人為淘汰実験などを行う、初期の共同研究がスタートしました。

その後、北海道教育大学釧路校で私の研究室の学生だった相馬昌之さんが1994年から卒業研究でマダラスズの生態に取り組んだことをきっかけに、指導教員の私ともども、上述の共同研究に参入することになりました。

相馬さんは、学部3年生後半から修士課程2年生までの3年半の間、主に噴気孔原および地熱のない一般的な草地におけるマダラスズの生活史と、生息地内の分布様式の調査、室内飼育による孵化日数の季節変化の追跡などに鋭意取り組みました。

指導教員の私は、調査研究のスタートアップの際の手ほどき、正木先生と連絡をとりあいながら、ぬかりのないように計画を立てること、進捗状況を確認すること、野外調査や飼育実験のピンチヒッター、そしてデータを整理分析する際の助言などが役どころでした。

このほかにも、釧路組のこの3名(代表・生方、相馬さん、一條さん)は1996年から97年にかけて前田一歩園財団の助成金を受けて、数カ所の噴気孔原を繰り返し訪れて、それぞれの場所の地熱や植生に関するグリッド状の分布地図を作成するなど、地元ならではのきめ細かい現地調査も実施しました。
植物の同定では釧路市在住の植物研究家、滝田謙譲さんのお世話になりました。

また、上記の助成金による調査の一環として、正木先生もはるばる釧路に現地調査に来訪され、主な噴気孔原を踏査され、その分布上の成果は調査報告書に記載されました。
その前後に設定された講演会では、マダラスズの生活史の研究の意義について、私たち釧路の昆虫研究者・愛好者に熱く語られ、地元組の興味を更に膨らませてくれました。


共同研究グループの発展と論文完成への足取りの発足

その後、北海道大学の片倉晴雄助教授(現、名誉教授)をリーダーとした研究グループ(市橋里絵さん、小林憲生さん)が、マダラスズの噴気孔原集団を含む北海道内のいくつかの集団のアロザイム解析結果を引っ提げて、この共同研究に参加しました。

また、神戸大学の竹田真木生教授(現、名誉教授)と何祝清さん(中国からの留学生)のグループが、マダラスズの噴気孔原集団を含む全国各地の集団DNA解析を担当してくれることになり、やはり共同研究に加わりました。

これにより、噴気孔原集団とそれ以外の集団との遺伝的分化の度合いや系統関係を明らかにした上で、噴気孔原集団の起源を論じることが可能になり、論文の考察を一層深めることが可能となりました。

この大きな共同研究グループ発足後は、私がモデレーター役を買って出て、電子メールのやりとりを通して、グループメンバー間の意見や補充データの交換などを活発に行いました。

それを通して、正木先生が健筆をふるって作成された論文原稿へのデータ補充、考察内容に関する議論が深められ、噴気孔原のマダラスズの生活史とその進化についての論文が仕上がっていきました。

完成論文は昨年末、日本昆虫学会の学会誌である「Entomological Science」に投稿され、査読者からのコメントに対応した若干の修正を施した再投稿原稿が受理されたことで、足掛け25年間にわたる共同研究にめでたく終止符が打たれました。

大人数の共著論文となりましたが、論文の主要な結論となる実験データの獲得とその分析は、先行研究とからめた考察とともに、正木先生お一人の業績にほかなりません。

相馬さんをはじめとした釧路組メンバーはそのバックグラウンドになる現地における生態を描き出すお手伝いを、アロザイムとDNAの解析を担当したメンバーはマダラスズの系統関係という時間軸を提供するお手伝いを、それぞれすることができたことをもって喜びとすることができるでしょう。

受理された論文の大まかな内容は次回の記事でご紹介する予定です。
お楽しみに。


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