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2017-03-10 (Fri)
前回記事では、「さいたま市荒川堤防から見える山々(北~北西方向)」を写真を添えてご紹介しました。

今回はその続きの終わりで、「さいたま市荒川堤防から見える山々(北西~南西方向)」の同定奮闘記です。

撮影時期は、今年2月上旬のよく晴れ渡った日で、北西からの乾いた季節風が空気を澄ませてくれて、絶好の撮影条件をもたらしてくれていました。

前回記事の写真と撮影場所は同じで、写す方向を変えただけです。

写真1は、その撮影機会に真っ先に写した富士山で、若干のトリミングをした後で、フォトレタッチソフトでコントラストを強めるとともにガンマ輝度を下げて、重なる山並やその背景の空と色調の違いを強調したものです。
さいたま市から望む富士山、コントラスト調整
写真1。さいたま市から望む富士山、コントラスト調整済。(写真はクリックで拡大)

写真2は、そのようなフォトレタッチ処理を施す前のもので、山と空の区別もなかなかつきにくかったことがわかります。

 さいたま市から望む富士山、コントラスト未調整
写真2。写真1と同じ。さいたま市から望む富士山、コントラスト未調整。

それはともかく、静岡と山梨の県境にある富士山が、間に関東山地を挟む埼玉県から、これほどまで裾野の下のほうまで、ほぼ全容を見せつけているのも、ちょっとした驚きです。
写真を撮影した堤防から荒川を挟んだ対岸側に富士見市とふじみ野市が並んでいるのも、むべなるかなです。

なぜ、富士見ーふじみのライン上から富士山が裾野まで広くみられるのでしょうか。
それは、富士山と富士見ーふじみのラインを直線で結んだベルト状の地域に、標高1000メートル以上の山がほとんどない、言い換えれば、そのゾーンがいわば低標高ゾーンを形成しているからです。

その低標高ゾーンとは、相模湖から大月市にかけての相模川沿いの地帯です。
このゾーンはその北部(北は碓氷峠から南は相模川まで)に拡がる秩父山地や、南部に拡がる丹沢山地にはさまれながら、なぜ低くなっているのでしょう。

小山(1995)によれば、このくぼ地ゾーンは、伊豆、丹沢山地を載せて北上してきて、ユーラシアプレートに潜り込む、フィリピン海プレートが、付加帯のひとつである丹沢山地を地上に残しながら滑り込んでいた境界部のトラフ(平田ほか、2008の、9頁、図8参照)と考えられます。

さて、このへんで本題に戻すことにします。

まずは、さいたま市北西方向の山々です(写真3)。前回記事の最後の写真と方向は重複し、浅間山とその南東方向の山々が写っています。

さいたま市北西方向の山々(浅間山ほか)
 写真3。さいたま市北西方向の山々(浅間山ほか)。

浅間山のみ、真っ白に雪化粧しています。
標高が高い(2568m)こともあるのですが、活火山のため1700m以上に樹林がないことも雪を目立たせています。
写真左(白石峠の更に左)の稜線は小さなコブが連続しているように見えますが、どれがどのピークかの確認は断念しました。

写真4は、その更に南に見える山々です。

さいたま市西北西方向の山々(武甲山ほか)
写真4。さいたま市西北西方向の山々(武甲山ほか)

この写真では、なんといっても武甲山が目立ちます。
この山に向って右(北)の斜面は、左斜面にくらべて、より急角度になっていて、更によく見ると岩だらけの山肌が大きく露わになっています。
これは明治以来の石灰岩(セメント原料)の採掘による大規模な傷跡で、そのため山頂の高さも30mほど低くなったとのこと(Wikipedia)。

一番左の芋木ノドッケは「ヤマレコ」さんのサイトを参考にして同定できましたが、その右に連続するコブがどのピークに該当するのかは判断保留としました。

次の写真5には、雲取山や鷹ノ巣山といった、聞いたことのある山が写り込んでいました。

さいたま市西方向の山々(雲取山ほか)
写真5。さいたま市西方向の山々(雲取山ほか)

雲取山(2017m)は埼玉、山梨、東京の3都県の境界点にある山で、その眺めはよさそう。
一度登ってみたくなりました。

次の写真6の主役は大菩薩嶺です。

さいたま市西南西方向の山々(大菩薩嶺ほか)
写真6。さいたま市西南西方向の山々(大菩薩嶺ほか)

大菩薩嶺よりも大菩薩峠のほうが私にはなじみがありました。
一つは私が子供の頃のチャンバラ映画の題名そのもので、中里介山の同名小説を大映が映画化したもの(1960年)。主役の浪人・机竜之介を演じたのは市川雷蔵(Wikipedia)。
もう一つは私が大学生の頃、過激派組織赤軍派の武装訓練準備がこの峠付近で行われ、一斉逮捕された事件。

しかし、今の私がこの峠に行けば、山並の風景や足下の花や虫にカメラを向けるほうに熱中するに違いありません。

この写真で、熊沢山の向って左の斜面がわざとらしく白いのは何かと疑問に思いました。
山岳写真のサイトで調べたところ、熊沢山の南斜面は森林が欠けているため、冬季の遠望ではその部分に積もった雪が、遠くからも白くはっきり認識できるためとわかりました。

さてさて、いよいよ富士山が見えてきました(写真7)。

さいたま市南西方向の山々(1)(富士山と北隣)
写真7。さいたま市南西方向の山々(1)(富士山と北隣)

富士山の向って右のゴツゴツの連続も山名の同定に苦労しました。
ギブアップして「ヤマレコ」さんのサイトを参考にしたほか、GoogleMapの3D画像閲覧機能を利用するなどしてなんとか、同定に漕ぎつけた山を写真上に書き込みました。

写真8は、富士山を中央に、左右に引き立て役の山々が並びます。

さいたま市南西方向の山々(2)(富士山と南隣)
写真8。さいたま市南西方向の山々(2)(富士山と南隣)

丹沢山地に属する蛭ケ岳はさすがに1672mと高く、このクラスの山々が富士山の手前に控えてしまうと富士山は8合目から上くらいしか見えなくなるでしょう。

いよいよ最後は、富士山の南に居並ぶ丹沢山地です(写真9)。

さいたま市南南西方向の山々(丹沢山ほか)
写真9。さいたま市南南西方向の山々(丹沢山ほか)

丹沢山地には1500m前後の山座が7,8座あり、山頂と麓の平野部との気温差は9℃程度になる。
これは暑い夏を高地で過ごし生殖休眠を確実なものとする生活史をとっているアキアカネにとっては、丹沢山地が絶好の避暑地となりうることを意味します。

房総トンボ研究所の互井賢二さんは、千葉県市川市の海岸近くに集結する羽化後間もないアキアカネたちは、千葉や茨城の山ではなく、東京湾上を横切り丹沢山地に向うという仮説をたてています。
今後、マーキングなどにより、それが実証されれば楽しいですね。

話が前後しますが、もちろん秩父山地にも1500mはおろか2000m級の山が群立していますから、アキアカネの避暑地になります。

寄居町在住のトンボ研究家である新井裕さんは、埼玉県の平野部で羽化したアキアカネは西に向い、秩父山地にたどりついて、そこで避暑をし、秋になると東に向い、平野部に戻り交尾・産卵するとしています。

トンボのブログらしく、トンボの話に落ち着いたところで、今回の記事の締めくくりたいと思います。

下の地図は、山座同定の際に使用した写真撮影地点からの方位線です。
これに加えて電子国土地図の詳細図をチェックしながら、稜線の形状、山襞(尾根・谷)の方向や形状を参考に山座同定を行いました。

このブログの読者の方で、山座同定に誤りあるいは疑問がありましたら、コメント欄等でご指摘いただければと思います。

山座同定のための方位線、電子国土地図に上書き 


引用文献:

平田大二・山下浩之・川手新一2008:伊豆・小笠原弧北端部、箱根火山周辺の地形・地質テクトニクス。神奈川博調査研報(自然)2008、13:1-12.

小山真人、1995.西相模湾断裂の再検討と相模湾北西部の地震テクトニクス。地学雑誌。104(1):45-68。(平田ほか2008から間接引用)


今回の山座同定の参考サイト:

ヤマレコ:「【メモ1】荒川(さいたま市)から眺める連山(2015年1月)」

馬場直之:「山と旅への招待」:「芋木ノドッケ(いもきのどっけ)」:「堂平山より」

横手の休日:「大菩薩連嶺・・・富士と南アルプスの展望」:「一旦下って天狗棚山を越えて振り向くと歩いてきた大菩薩嶺と熊沢山が良く見えました(写真右)」

日本列島 山だらけ:「天狗棚山」:「石丸峠越しに今日の目的地、天狗棚山(1,957m)が見えます。」

GoogleMap3D機能


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