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2018-02-25 (Sun)
2017年9月末から10月初めにかけて四国に遠征し、地元在住のアマチュア昆虫写真家である飯田貢さん、高橋士朗さんらの御案内のもとトンボ生息地数カ所を訪れ、関東地方では見られない数種のトンボたちとも出会うことができました。

今回は、その第一報として、最初に訪れた溜池でのナニワトンボ Sympetrum gracile Oguma, 1915 との出会いをご紹介します。

目 次:
 ◆ナニワトンボの生息地
 ◆ナニワトンボ♂との出会い
 ◆ユニークな産卵行動
 ◆交尾中のペアも観察
 ◆産卵行動を動画から読み解く
 ◆交尾中のペアも観察
 ◆♀の体色、そして性選択


ナニワトンボの生息地

よく晴れて気温も20℃を越えた午前中、最初の観察地である、やや大きめの溜池(溜池A)に案内されました(写真1)。

溜池その1 
写真1 最初の観察地(溜池A)。(写真はクリックで拡大します)

この池の堤側(写真右方向)は里地を向き、それ以外の岸は山林に囲まれています。

池の水は普通の溜池よりも透明度が高く、堤に沿った遠浅のゾーンには沈水植物や浮葉植物が繁茂していて、トンボを始めとした水生生物の楽園の様相を呈しています。


ナニワトンボ♂との出会い

堤のたもとのヨシ原になっている岸辺で、枯れて傾いたヨシの先にナニワトンボ♂がとまっていました(写真2)。

ナニワトンボ♂ 
写真2 ナニワトンボ Sympetrum gracile  

全身が青白く、腹部はスリムで俊敏な雰囲気を漂わせたトンボです。

青白い体色の種は、オオシオカラトンボOrthetrum melania (Selys, 1883) の♂を始めとしてトンボ科ではとくに珍しくありません。

しかしながら、赤とんぼの別名を持つアカネ属 Sympetrum に属する種がこの色をしていることには驚きを禁じ得ません。

私は図鑑や博物館の標本等でこの体色であることを事前に知っていましたし、この訪問地でこの種に会える可能性が高いことも飯田さんから聞かされていましたので、初対面で「あなたは誰?」と声をかけるほどに戸惑うことはありませんでした。

しかし、事前の知識なしにナニワトンボに出会ったとしたなら、「これは何だ」と眼を丸くし、当該地域未記録種の可能性も否定できない場合には、普段は仕舞いっぱなしの捕虫網をバッグから取り出して、標本にして持ち帰えろうとしたかもしれません。

それくらいに、アカネ属の中では例外感の強い色彩の種がこのナニワトンボです。

ちなみに、本種とよく似た和名のマダラナニワトンボSympetrum maculatum Oguma, 1922 は♂♀とも黒っぽいので、私の前住地である北海道で同様に黒色系のムツアカネを見慣れていた私にとって、初対面の際の違和感はそれほどありませんでした。

ナニワトンボの体形のスリムさもなかなかのものです。

小熊捍博士が本種の学名の種小名にgracile(華奢な、か弱い)を採用したのもうなずけます。
なお、小熊博士についてはこちらの過去記事で簡単に紹介しています。

さて、この池では、アカネ属のトンボだけでも他に4種が、ほかにも数種のトンボが観察できて、トンボの楽園であることを証明してくれました。
それらについては次回以降の記事に譲るとして、以下、ナニワトンボの観察報告を続けることにします。

堤側の岸でトンボを観察していると、堤の部材の一部になっている大きな石にナニワトンボ♂が水面方向を向いてとまっていました(写真3)。

ナニワトンボ♂
写真3 ナニワトンボ Sympetrum gracile  

逆光気味で露出オーバーの写真になってしまいましたが、♀を待ち受け、ライバル♂が来たら追い払おうという臨戦態勢がにじみ出る止まり方ですので掲載しておきます。

堤体の石組の隙間から生えた草の先端ににともナニワトンボ♂がとまりました。

ナニワトンボ♂
写真4 ナニワトンボ Sympetrum gracile  

写真を拡大して眺めると、体表の白い長毛が逆光に映えてなかなかお洒落です。
一方、白い顔面の毛は黒く、どこか逞しさを漂わせます。

半日陰の草の葉にもナニワトンボ♂がとまっていました(写真5)。

ナニワトンボ♂
写真5 ナニワトンボ Sympetrum gracile  

写真5の頭部を拡大して切り出してみました(写真6)。

ナニワトンボ♂、頭部拡大
写真6 ナニワトンボ Sympetrum gracile  ♂。写真6を部分拡大。

複眼もアカネ属らしからぬ、透明感のある淡いブルーに輝いています。

何か、宝石でこのような色調のものがあるのではとネット検索すると、トルコ石の色や輝きに似ていました。

私にとっては、実物の宝石よりも、こうして生きて輝いているトンボたちのほうが遥かに貴重な存在です。
多くの自然愛好者も同じような考えを持っておられることでしょう。

人工的には決して作り出せない多様な生きものたち。
その生息基盤を損なわないようにする取り組みが、精力的に行われることを願ってやみません。

さて、ナニワトンボ♂の真白な顔面には、犬の鼻先のように見える、黒い長円形の斑紋があり、どこかユーモラスです。

この斑紋は♀にもある(尾園ほか 2012;378頁の標本写真)ことから、♀に対する♂のセックスアピールの向上には関与していないと考えられます。

そうではなく、この斑紋は、同じ場所に似たような種が混生していた場合に、個体間の同種認知の確度を高めることにより、無駄な異種間交尾を最大限回避できるという機能を持つ(持っていた)ことで、適応度を高めたことから進化した形質である、という可能性を指摘できます。


ユニークな産卵行動

この日、この池ではナニワトンボの産卵行動も観察できました(写真7 ~13)(撮影時刻:10時54分~58分)。

産卵が観察された場所は、堤の石積みの土手斜面下部に繁茂した草の、まばらな茂みの中です。

ナニワトンボ産卵 
写真7 ナニワトンボ Sympetrum gracile  連結産卵

写真7に見るように、♂♀連結で草の株間でホバリングしながら打空して産卵していました。

ただし、私の写した写真に卵は写っていませんでしたし、飛び散った卵を確認したわけではありません。

各種トンボ図鑑の生態記述の中に本種が打空産卵をすることが記述されており、また私を案内してくれた飯田さんが別の機会に撮影した産卵中の本種の写真にも、卵が落ちていくところが写っていました。

※ こうしてばら撒かれた卵は、湿った土や植物遺体片にまみれて冬を越し、水位が上昇した池の水に浸った後の春先に孵化して7月頃羽化するようです(参考:尾園ほか 2012;青木 2017)。

ナニワトンボ産卵
写真8 ナニワトンボ Sympetrum gracile  連結産卵 

写真8でも、連結した状態でホバリングしていますが、打空動作直前であるため、♂♀とも体躯はほぼ水平です。

ナニワトンボ産卵
写真9 ナニワトンボ  Sympetrum gracile  連結産卵 

写真9では、♂♀とも少し体後方が下がっていますので、打空動作開始直後のものと考えられます。

ナニワトンボ産卵
写真10 ナニワトンボ  Sympetrum gracile  連結産卵

写真10も、♂♀とも少し体後方が下がっていますので、打空動作途中であることがわかります。
♂の尾部付属器が♀の頭部をしっかりグリップしている状態もよくわかります。

ナニワトンボ産卵 
写真11 ナニワトンボ  Sympetrum gracile  連結産卵

写真11 では、連結♂が右に胸、首を向けていますので、飛行方向を右に転換しようとしている瞬間であることが伺えます。

ナニワトンボ産卵
写真12 ナニワトンボ  Sympetrum gracile  連結産卵

写真12は、打空動作の最中で、♀の体がかなり振り下げられている状況が見てとれます。

ナニワトンボ産卵
写真13 ナニワトンボ  Sympetrum gracile  連結産卵

写真12、13からは、ナニワトンボの連結ペアは、かなり窮屈な草の株間のスペースを器用に縫い飛びながら、打空産卵をしていることがわかります。

このトンボに翼幅感覚(自動車でいえば車両感覚)が備わっていなければ、このような株間を縫うような飛行はできないでしょう。

私が若い頃、研究対象として観察したカラカネトンボCordulia amurensis Selys, 1887の単独産卵の際も、♀がミツガシワやヨシの株間を縫い飛びながら行っていることが頻繁に見られました。


産卵行動を動画から読み解く

静止画の撮影の間に、同じカメラ(EOS7D)でナニワトンボのこの連結ペアの動画も撮影しました(動画1)。

フレームから時々はみ出しつつも、なんとか打空産卵の様子をとらえることができました。

その動画をこのブログ公開に先駆けて、Youtubeにアップしましたので、こちらをクリックの上ご笑覧ください。

動画の説明:Oviposition by tandem Sympetrum gracile. ナニワトンボの連結打空産卵。

この動画を再生し、連続してリズミカルに打空している場面でカウントすると、7秒間に13回打空していることがわかりました。

当ブログの過去記事の中でミヤマアカネ Sympetrum pedemontanum (Müller, 1766)  マイコアカネ  Sympetrum kunckeli (Selys, 1884) の連結打水産卵でも、同様のカウントを報告していますが、それぞれ8秒間に9回、10秒間に13回でしたので、ナニワトンボの打空産卵のリズムはかなりテンポが速いことがわかります。

打水(打空)間隔の長短には、もちろん個体差や微環境、気象条件なども影響しますので、上記の差は種による差異とは言い切れません。

今後同様の観察報告が増えれば、打水(打空)リズムのテンポの平均値の比較くらいは可能になるでしょう。それに加えて気温の影響が検出されれば、気温と打水(打空)リズムのテンポの2つの次元での解析の方向がでてきます。

打水(打空)リズムのテンポに1打水(打空)あたりの平均遊離卵数を掛ければ、連続的に打水(打空)した場合の単位時間あたりの産卵数を推定することも可能となります。

さて、リズムについてはこのくらいにして、連結打空産卵の際の♂♀の役割はどうなっているかについて動画から読み解いてみます。

各打空は、ホバリング中の♂が身体全体を後方に傾けるように振り下ろしつつ、下方に若干ダイブすることで始まります。

打空の瞬間、♂の腹は下側にカーブすることなく、真っ直ぐのまま、基部で若干下に折れる感じで曲げています。

その勢いで♀の全身も腹を伸ばしたまま、なかば受動的に振り下ろされています。

ただし、♀も羽ばたいていますので、ペアは夫唱婦随の見本のようにタイミングを合わせて、♀も若干ダイブする方向に体の動きをコントロールしていると思われます。

この息の合った打空動作により、ペア全体の後方が一番振り下ろされた段階では、♀の体軸は♂の体軸に対して下側に「への字」形に若干折れ曲がっています。

この時点では、おそらく♂の腹節間の関節のところではなく、♀の首のところで一番強く曲がっていはずです。
実際に、動画を一時停止しながらチェックすると、そのように見えるシーンが見つかります。

更に、この最も振り下ろされた段階では、♀の腹部が下側に若干カーブしている様子も動画の1コマの中にありました。

この、♀の腹端が下、さらにはやや前方に強く振り下ろされることで、♀の生殖口から絞り出される卵が1粒ずつ振り落とされ、草むらの地面にばらまかれることになります。


交尾中のペアも観察

堤側の岸斜面の草むらで、交尾中のナニワトンボを観察・撮影することができました(写真14)(撮影時刻:11時11分~11時13分)。

ナニワトンボ交尾 
写真14 ナニワトンボ Sympetrum gracile  交尾

垂れ下がる草の葉の縁に♂が6本の脚でとまり、♀をぶらさがるかたちでとまっています。
この姿勢には、他のアカネ属ととくに変わった要素は見当たりません。

同じカップルを背面から写したのが、写真15です。

ナニワトンボ交尾
写真15 ナニワトンボ Sympetrum gracile  交尾

♂のとまり方は時計の文字盤で11時方向に傾いていますが、♂の腹部は主に♀の頭部・胸部にかかる重力の影響で6時方向を向くように基部付近で曲がっています。

♀は6本の脚でしっかりと♂の腹につかまって、せっかくの交尾態が崩れないようにしています。

この♂にとって、この交尾は初めてのものではなかったのでしょう。

というのも、♂の腹の白粉には、♀たちがしがみついた時にできる、♀の爪跡(こすり疵)と考えられる疵があちこちに残っているからです。

そのほか、♀の複眼の背面側が雀のように茶色なのが印象的です。
♂の同じ場所はブルーがかっているのに、です。

お茶目でなく(笑)、茶色の眼(背面側)はアカネ属では普通ですから、ナニワトンボ♀は、その点、伝統を守っていることになります。

撮影データから、このペアが少なくとも1分40秒以上交尾を維持したことがわかります。


♀の体色、そして性選択

ご紹介が遅くなりましたが、写真13、14に見られるように、♀の体色にはほとんど青白味はなく(複眼にうっすらと青味がある程度)、そのため、♀のナニワトンボであれば初対面の昆虫愛好家でも「これはアカネ属の♀だな」と判断できるはずです。

ということは、ナニワトンボ♂のブルーな体色は、オオシオカラトンボOrthetrum melania (Selys, 1883)などと同様に、♂だけで発達したものであり、クジャクやオシドリが派手に着飾っているのと同じように、♀に対するセックスアピールとして種内の性選択(性淘汰)により進化したものと考えられます。

アカネ属の他の種では、♂が♀よりも赤味が圧倒的に強い例が多く知られていますが、これも同様の性選択を受けた可能性が指摘できます。

シオカラトンボの♂が白色を呈するようになるのも、ナツアカネ Sympetrum darwinianum Selys, 1883 の♂が真っ赤になるのも、羽化後の成熟につれて起こることですので、羽化後しばらくの体色は♂も♀もよく似ています。

ナニワトンボも同様で、未熟な♂の体色は黄色と黒の明瞭な斑紋パターンをしていて(例:尾園ほか 2012;378頁の標本写真)、一目でアカネ属のトンボとわかります。

ナニワトンボの一通りの観察が終り、他のトンボに視線を向けて岸辺を歩いいた際に、ナニワトンボ♂とショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773)が、それぞれ別々の枯れヨシの先端部にとまっていました(写真16)。

ナニワトンボ♂とショウジョウトンボ♂ 
写真16 ナニワトンボ Sympetrum gracile  ♂およびショウジョウトンボ Crocothemis servilia

こうして比べてみると、ナニワトンボがショウジョウトンボにくらべて小柄であることに改めて気づかされます。

尾園ほか(2012)に記された体長データで比べると、ショウジョウトンボの体長はナニワトンボの約1.4倍です。

これは人間の身長に置き換えれば、170cmに対して240cmという比率になりますから、ナニワトンボにとって、ショウジョウトンボは同じトンボ科といえども、ガチンコ勝負は避けたようが賢明な体躯の相手といえるでしょう。


ナニワトンボとその生息地の保全

青木(2017)によれば、ナニワトンボは、「樹林が隣接」していて、「秋に水が落とされて水際が大きく後退し,樹林の際から水際まで露出した池岸ができる」溜池に限って生息するとされます。

そして、「最近は秋に水を落とさないため池が増え」、「コンクリートを張って改修したため池にそういったことが多い」ように感じられ、そのような溜池では「ナニワトンボはほとんど産卵を行いません」とのことです(青木 2017)。

ナニワトンボは大阪府で最初に発見されたのでこの和名がつけられましたが、その分布は瀬戸内海を取り囲む府県にほぼ限られています(尾園ほか 2012)。

そのうち、鳥取県では絶滅種、そして徳島、滋賀、三重の3県では絶滅危惧I類にランクされていて、残りの府県でも絶滅危惧I類または準絶滅危惧種とされています(野生生物調査協会・Envision環境保全事務所 2017)。

ナニワトンボを始め、溜池を主生息地とするトンボ類がこれ以上衰退しないよう、溜池の維持管理・改修工事の在り方、さらには溜池周辺の林地の維持について注意喚起するなどの取り組みが必要なのではないでしょうか。

さて、ナニワトンボについてはこのくらいにして、次回記事ではオオキトンボを取り上げることにします。

お楽しみに。


謝辞:

現地でご案内いただいた飯田さん、高橋さんほかの皆さんに謝意を表したいと思います。

引用文献:

青木典司(2017)不思議なアカトンボ ナニワトンボ。http://www.odonata.jp/04topics/Sympetrum_gracile/index.html
2018.2.25.アクセス。

NPO法人 野生生物調査協会 ・ NPO法人 Envision環境保全事務所(2017) 「日本のレッドデータ検索システム」ナニワトンボ。

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


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