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2018-05-19 (Sat)
当シリーズ記事の第1報では、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889) の単独♂が渓流上で婚活飛行している様子を、第2報では、婚活飛行の詳細を、第3報では♀の一風変わった産卵行動を写真つきでレポートしました。

今回の第4報では、第2~3報と同じ渓流で観察した際のムカシトンボ♂・♀の婚活飛行、産卵場所探索飛行の方向性について報告し、それを繁殖戦略の観点から考察します。

方向性に着目した飛行個体のカウントは、今年の4月28日と5月1日に、同じ渓流の同じ一帯で行いました。


目 次

 ◆4月28日の探索飛行カウント
 ◆5月1日の探索飛行カウント
 ◆成虫の飛行方向のまとめ
 ◆なぜ上流に向かって探索飛行するのか?
 ◆♂と♀とで微妙に違う上下両方向間の効率差
 ◆重力に逆らう飛行という問題とその解
 ◆中間まとめ:上流向き探索は適応的
 ◆探索だけでなく、待ち受けもする
 ◆結 論
 ◆引用文献


4月28日の探索飛行カウント

快晴の4月28日、渓流上流部の一角(写真1)でムカシトンボの定点観察を行いました。

12時30分から13時までの30分間に、3頭のムカシトンボ♂が、2分から7分の間をおき、いずれも下流方向から現れ、私の横を通り過ぎて上流方向へと飛び進んで行きました(第2報で既報)。

ムカシトンボ♂のホバリングの見られた渓流の一角 
写真1 ムカシトンボ探索飛行の定点観察ポイント(4月28日)再掲) (写真はクリックで拡大します)

同じ日の、13時20分から16時15分までの間には、この渓流上流部に沿って200m程度の範囲を、ところどころで立ち止まりながら徒歩で2往復半する間、渓流上を通過する成虫を記録しました(ルート観察)。

この約3時間のルート観察の間に、ムカシトンボ(大部分が♂)の渓流上の飛行を13回記録し、そのうち7例(全て♂)が上流方向への、2例(全て♂)が下流方向への飛行でした(第2報で既報)。
方向不明(もしくは無記入)は4例で、その内訳は1♂1♀でした。

4月28日のカウントをまとめると、以下のようになります。

 上流向き、10(10♂)
 下流向き、 2(2♂)
 向き不明、 4(1♂1♀)
______________ 
 全合計: 16(13♂1♀)


5月1日の探索飛行カウント

快晴の5月1日、同じ渓流上流部の別の一角(写真2)を選び、13時23分から16時23分まで定点観察を開始しました。
  
ムカシトンボが産卵を試みたアジサイ属 
写真2 ムカシトンボ探索飛行の定点観察ポイント(5月1日)再掲)

繁殖シーズン真っ只中だからでしょう、以下の表に示すとおり、私の目の前を次から次へとムカシトンボ成虫が通り過ぎました(カッコ内は内訳)。

13時23分~14時22分:
 上流向き、7(2♂);
 下流向き、0;
 向き不明、5(2♂)
14時23分~15時22分:
 上流向き、15(1♂、3♀);
 下流向き、1(1♂、折り返して上流へ);
 上空から、1(その後、上へ);
 向き不明、4(1♀)
15時23分~16時22分:
 上流向き、8(4♂);
 下流向き、2(1♂、折り返して上流へ;1♀);
 向き不明、4(1♂1♀)
_________________________

合計(3時間):
 上流向き、30(7♂、3♀)
 下流向き、 3(2♂、折り返して上流へ;1♀)
 上空から、 1(その後、上流へ)
 向き不明、13(3♂2♀)
_________________________ 
全方向合計:47(12♂6♀)

※この間、14時24分には、観察者のすぐ近く(写真2の中央上上のアジサイ属低木の若枝・葉柄)でムカシトンボ1♀の産卵があり、撮影に成功しました(第3報で詳報)。


成虫の飛行方向のまとめ

観察されたムカシトンボ成虫の渓流沿いの飛行方向が判明しているデータについてみると、2日間とも、上流方向が下流方向の5倍~10倍と多くなっています。

下流向きは2日間で5例見られましたが、そのうち2例では目の前で方向転換して上流に向かいました(いずれも♂)。

たった一例ですが、上空から観察者の前に現れて、その後上流に向った個体もいました。

以上のことから、ムカシトンボの成虫は渓流沿いに上流に向って飛行しながら(♂の場合は♀を;♀の場合は産卵適所を)探索している傾向があることは明らかです。

性別内訳を見ると、♂では、とくに4月28日のデータで明らかなように、上流向きに飛ぶ傾向が強いことがわかります。

♀では上流向きと下流向きの差ははっきりデータに現れていませんが、5月1日のデータについてみると、下流向きの総数が3例に過ぎないこと、上流向きの性別不明のデータの中には♀らしいものも少なからず含まれていたことを合わせて考えると、♀にも上流向きに飛ぶ傾向があると判断できます。

結局、ムカシトンボの成虫は♂♀ともに、渓流上流部で下流方向から上流方向に向かって探索飛行をする傾向が強いと結論できます。


なぜ上流に向かって探索飛行するのか?

では、ムカシトンボ成虫は、なぜ上流に向かって探索飛行するのでしょうか?

平地の水平な水路の水面上を探索飛行する種をイメージしてみましょう。

そこでは、太陽光線の角度や風の影響がなければ、水路の延長線上のどちらに向って飛ぼうが、探索における資源獲得の有利・不利は変わらないはずです。

ところが、渓流、とくに源流部では、流路の傾斜が大きいことをまず押さえておく必要があります。

その上で、ムカシトンボの産卵基質となる植物は、流畔に生育する草本あるいは岸の土石に張りつくように生育するジャゴケなどであり、いずれも水面上低い(せいぜい50cm程度以下)ところに、パッチ状(間をおいて)存在するのが普通です。

※ 前回記事(第3報)で報告した、アジサイ属の若枝は高さ1m~1.5mの位置にありましたが、このような高所への産卵は例外的なものと見るべきでしょう。

更に、これら産卵基質となる草本の場合、その植物そのものの枝や葉が傘のように上方を被っているのが普通です。

ジャゴケの場合も、その回りに生育している草本や低木の葉陰となっていることが多いと思われます。

傾斜の大きい渓流の源流部で、産卵基質がこのように立体配置されているわけですから、上流向きに探索する仕方と下流向きに探索する仕方の効率は、次のような理由から大きく異なるはずです。

今回の調査地点は渓流上の水平経路距離200m、標高差48m(いずれも地理院地図[http://maps.gsi.go.jp/]から読み取り)でしたから、傾斜は100mにつき24mアップの割合(13.5度)になっています。

このような傾斜をもつ渓流上低くを、上流側から下流側に向って飛ぶ成虫の視野には、流畔に生育する草本の枝や葉の表(天面)や、水から突き出す岩や大石の上面が多く現れるはずです。

一方、下流側から上流側に向って飛ぶ成虫の視野には、草本の枝や葉の裏(下面)や岩や大石の側面(下流側の立面)が多く現れるに違いありません。

従って、下流側に向けて飛ぶ個体にとって、草本で産卵に適した部位である茎や葉柄は、その枝葉あるいは別の草本や低木の枝葉の蔭に隠れがちになるはずです。

一方、上流側に向けて飛ぶ個体にとって、草本の産卵に適した部位は枝葉の蔭に隠れることなく、容易に凝視することが可能でしょう。

同じことが、岩石の下流側の立面に生育したジャゴケや、草本・低木が近くに生育しているジャゴケについても言えるでしょう。


♂と♀とで微妙に違う上下両方向間の効率差

以上は♀を念頭に置いた効率の比較ですが、♂も上と同じ観点から上流向きの探索にウェイトを置けば、産卵中、あるいは産卵を試みようとしている♀の発見効率が上がり、交尾する確率を高めることができることになります。

逆に、♂が下流向きの探索をもっぱら行うなら、♀を発見する効率はより低くなり、交尾する確率も低下するでしょう。

♀と♂を比べれば、それぞれ、好適な産卵基質の存在密度と、交尾受け入れ可能な♀の存在密度が、ターゲットとなる「資源」です。

通常、後者、つまり「交尾受け入れ可能な♀の存在密度」のほうが低くなっていますから、より稀かつ貴重な資源であり、♂間に「早いもの勝ち」の先取りの競争が存在しています。

したがって、♀を探索する♂は、産卵基質を探索する♀よりも、探索効率の向上への選択圧(淘汰圧=selection pressure)が強く働いているはずです。

以上のように、空間探索の観点から、下流から上流に向かってのほうが、逆方向よりも効率がよく、その方向に探索行動の仕方が進化すると考えられます。

この傾向は♂のほうが♀よりも強く働くだろうということも指摘しました。


重力に逆らう飛行という問題とその解

観点を変えると、下流向き飛行のほうが利点がある面もあります。

というのは、下流方向から上昇気流が後押しするという幸運にでも遭遇しない限り、上流方向への飛行は重力に逆らうため、逆方向の飛行よりも飛翔筋で消費されるエネルギーが多くなるはずです。

これだけ考えると、上流向きと下流向きの探索飛行のどちらが適応的か分からないと言いたくなるかもしれません。

しかし、上流向きに探索し終えた個体が探索を再スタートするためには、下流方向へ舞い戻る必要があります。

この舞い戻りは、水面上低くを探索しながらでなく、流れ畔の低木の樹幹よりも高い広々とした空間を、重力も利用しながら省エネ的に飛ぶので構わないわけで、逆方向(つまり上流方向)に舞い戻る、下流向き探索型のオプションよりもエネルギー的に有利になっています。

つまり、上流向き探索型と下流向き探索の間で重力に逆らって飛ぶコストは、どちらが有利か一概にはいえない、ということになります。


中間まとめ:上流向き探索は適応的

ということで、上流向き探索は、ムカシトンボ成虫とりわけ♂にとって、ベストな選択であると考えられます。


探索だけでなく、待ち受けもする

以上の論議は、ムカシトンボ成虫が渓流上を方向性を持って飛び続けることをイメージしていました。
実際、渓流の一角で観察していると、眼の前を通り過ぎていく個体は実際に多く、その意味でムカシトンボ♂は探索型の配偶戦略(交尾戦略)を採用していると言えます。

 【※トンボの配偶戦略(交尾戦略)については、東・生方・椿(1987)『トンボの繁殖システムと社会構造』(東海大学出版会)で詳しく解説されています。】

しかし、シリーズ記事第1報第2報に書いたように、ムカシトンボの成虫♂が渓流上の一角(長径2m程度)に4~6分間、ホバリングを交えた飛行を続けながら、滞在することがしばしばあります。

そしてそのような短期滞在型の♂が、そこに現れた♀と即座に連結して去ることも観察されています(第2報)。

今回(5月1日)も、以下のように、♂の滞在飛行(♀待ち受け飛行)が観察されました。

12時56分、1♂が写真2の一角に現れ、水面上でホバリングを交えた低空飛行を長径1.5mほどの範囲内で継続し、12時59分、そこに到来した1♀を水面上約25cmの高さで捕捉して、下流方向の斜め上空に連れ去りました。

写真3~5は、♀が到来する前のこの♂の姿です。

ムカシトンボ♂ 

写真3 ムカシトンボ Epiophlebia superstes ♂。滞在型婚活飛行。

ムカシトンボ♂ 
写真4 ムカシトンボ Epiophlebia superstes ♂(同一個体)。滞在型婚活飛行。

ムカシトンボ♂ 

写真5 ムカシトンボ Epiophlebia superstes ♂
(同一個体)。滞在型婚活飛行。

同じ日の16時09分、同じ場所で観察中の私の前を通過していた♂たちのうちの1頭が、その場でホバリングを繰り返す滞在型の婚活飛行を開始しました。 

この♂は、小さな虫も一瞬追いかけましたので、配偶者探しに加えて捕食にも動機付けされているようです。

そして16時10分、その場に1♀がやって来るやいなや、この♂は背方から♀(水面上の高さ約40cm)につかみかかり、すぐに♀と連結して、上流側の低木や草の蔭に飛び込んでいきました。

その草陰や、さらに上空を探しましたが姿はなく、この新婚カップルは素早く上流側へ飛び去ったようです。

捕捉される直前の♀の体表の淡色部の黄色味が♂よりも濃く、そして明るかったのが印象的でした。


結 論

以上のように、ムカシトンボの成熟した♂成虫は、渓流上を主に上流側に向って♀を探索するのが基本ですが、♀の新規飛来を素早く察知するのに適した、流畔の低木や草やぶがまばらで開放的な水面の一角では、滞在型の婚活飛行を行うことがあることが確かめられました。

そしてそうすることで、効率よく配偶者が得られていると考えられます。

実際に、そのような滞在型の婚活飛行をしていた♂が首尾よく♀を捕捉して連結する例が繰り返し観察されました。

2億年ほど前に、トンボ目の他の系統、すなわち不均翅亜目へとつながる系統と遺伝的に分岐して以来地球上に残存し続けたムカシトンボ科 Epiophlebiidae の系統を代表するこのムカシトンボは、このように、少しでも多く子孫を残すうえで最適化された行動を身に着けているわけです。

このことに感嘆と畏敬の念を禁じ得ません。

ムカシトンボを含め、あらゆる生き物の系統を、人間のエゴに基づく自然破壊や各種開発行為によって絶やしてはなりません。


引用文献:
東 和敬・生方秀紀・椿 宜高(1987)『トンボの繁殖システムと社会構造』東海大学出版会。


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