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2018-07-25 (Wed)
今年6月上旬に月井栄三郎さんのご案内のもと、栃木県の小湿地で観察したハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事、7回目の今回は「羽化殻にみる幼虫最後の行動」と題して、フィールドで撮った羽化殻をじっくり観察します(シリーズ記事一覧はこちら)。


目 次
 ◆はじめに
 ◆幼虫最後の仕事としての羽化殻の格好を観る
 ◆ハッチョウトンボ終齢幼虫の定位術
 ◆謝辞
 ◆耳より情報!(『トンボ博物学』特価頒布)


はじめに

ハッチョウトンボの羽化については、既に本シリーズ記事第1報「ハッチョウトンボ:(1)羽化直後の成虫を観る」で、羽化殻から脱出した成虫の体色変化を中心にレポートしました。

トンボたちが つつがなく成虫に変身できた(つまり無事羽化できた)ことの蔭には、彼らが幼虫時代最後の仕事として行う、羽化支持物(通常、草の茎・葉や細い木の幹や枝)への、しっかりとした定位があります。

羽化殻は、そうして定位した幼虫の抜け殻にすぎませんが、下記のような視点でじっくり観察すると、何か新しい発見があるような予感がします。

1)定位場所としてどんな素材、高さ、部位を選んだのか?

2)体軸を、重力方向に対してどんな角度におさめたのか?

3)天敵や突然の気象変化に対する備えはあるか?

4)幼虫の胸部背面の正中線が裂開して、そこから少し硬くなりかけた成虫が脱出し、まだ柔らかい翅や腹部を伸張させた時に、定位場所の周辺の植物等に触れて損傷を受けることのない、十分な広さの空間を確保しているか?

5)6本の脚は、幼虫の体、さらにはその脱殻にぶら下がる成虫の体重をささえるために、どのように支持物を抱え込み、爪を立てているのか?


幼虫最後の仕事としての羽化殻の格好を観る

さて、6月2日と3日の午前中、数個体の羽化個体を観察・撮影することができました。

いずれも羽化殻に、あるいはそのすぐ近くの支持物にぶらさがっていました。

それらの中から、羽化殻が比較的よく写っている写真をピックアップし、終齢幼虫が定位した際の、ハッチョウトンボ各個体の意思決定の跡を探ってみることにします。

写真1は、ピントは甘いですが、定位したハッチョウトンボ幼虫(第1報の写真2~4と同一個体)を真横から捉えています(8時49分)。

ハッチョウトンボ羽化殻 
写真1 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽化殻 (写真はクリックで拡大します) 

トクサ属植物の茎の先端から1cm未満の位置にしがみついていますが、両前脚が茎から外れています。

それでも、脱殻の頭部、胸部、腹部に脚をかけた成虫の体重を支えています。

これを可能にしているのは、脱殻の左右の後脚がしっかりと支持物を抱きかかえるように折り曲げている、定位幼虫のぬかりの無さであると言えます。

この折り曲げが維持されるためには、羽化殻になってからの脚の関節が、クチクラの乾燥により、固まっていなければなりません。

よくできているなと、唸らされます。

写真2も同一個体ですが、1時間50分経過しており(‏‎10時38分)、成虫は足場を羽化殻から定位植物そのものに移し、すでに翅を開いています。

成虫の体色も少し濃くなり始めています。

ハッチョウトンボ羽化殻 
写真2 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽化殻 (写真1と同一個体)

写真2では、羽化殻の左後脚の跗節末端の爪がしっかりと支持物(トクサ属植物)の茎に食い込んでいて、このことにより、終齢幼虫時の自らの体重、そして脱出した成虫の体重を支えていたことがわかります。

左右の複眼が側方に突き出し、ピラミッドのように突き出している口器(下唇)は、きちんと折り畳まれています。

胸部背面中線の裂け目からは、幼虫の白く丈夫な気管の表皮が4本ほどはみ出しています。

この白い管が抜けた後の成虫の体内に続く空洞は、そのまま成虫の気管の主幹を構成することになります。

写真3は、月井さんが採取し、私に撮影素材として提供して下さった、別個体の羽化殻です(背景は人工物)。

ハッチョウトンボ羽化殻 
写真3 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽化殻 (別個体;背景は人工物)

写真3は、ピントはあまりよくありませんが、以下の事柄が見てとれます。
・複眼の部分に透明感があること
・翅芽(成虫の翅が収まっていた鞘状の部位)が「ハ」の字形に左右に開いていること
・後脚と中脚で支持物を抱きかかえて体を支えているが、左右の前脚も草の主茎と枝茎に爪をかけて体重保持にいくらか貢献していること。
・植物の分枝部につかまって、上体を鉛直よりも少し背方に反りかえらせていること

写真4,5写真1、2のものとは別個体(第1報の写真5、6と同一個体)を、異なる角度から撮ったものです。 (6月3日:それぞれ、‏‎8時58分および‏‎9時07分に撮影)

ハッチョウトンボ羽化殻 
写真4 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽化殻 (第1報の写真5、6と同一個体)

ハッチョウトンボ羽化殻 
写真5 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽化殻 (写真4と同一個体

写真4、5では、羽化殻の体前半の斜め下からの側面がよく見えます。

写真4では、羽化殻はまだ大部分濡れていますが、脚はすでに乾いており、体重を支えるのを助けています。

写真4、5では、この脱殻も、前脚は支持物から完全に引き離されていますが、広角のⅤ字形に折り曲げられた左後脚がしっかりと体重を支えています(爪はかかっていないが)。
右後脚は支持物を抱えてはいませんが、爪が食い込んでいて、その上から左後脚の跗節で支持物に押し付けられています。

左中脚も支持物を抱えてはいませんが、爪を食い込ませています。

羽化成虫は、両後脚を伸ばして、羽化殻ではなく、直接支持物をつかんで、体重の一部を支えています。

また、羽化成虫の左前脚は羽化殻の左複眼に爪を立てて支え、右前足は羽化殻下唇に、右中脚も羽化殻の胸部に爪を立てています。

写真6は、これまでとは別個体の羽化です(6月3日:‏‎8時52分)

ハッチョウトンボ羽化殻 
写真6 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽化殻 (別個体)

羽化殻は、両後脚、左中脚、そして両前脚もかろうじて支持物を抱えるか、爪を立てています。

羽化成虫は、前脚が羽化殻の頭部に、中脚が胸部に爪をかけてしがみつき、左後脚は支持物にあてて踏ん張るかたちで体重を支え、また体のバランスをとっています。

羽化殻はまだ濡れている感がありますが、前脚の脛節から順に乾き始めています。


ハッチョウトンボ終齢幼虫の定位術

「はじめに」のところで列挙した、観察のポイントに立ち返って、今回の羽化殻の取りつき場所(=終齢幼虫の定位場所)はどうだったかを、チェックしてみます。

1)定位場所としてどんな素材、高さ、部位を選んだのか?  
 → 写真7~10をご覧ください。いずれの定位個体も、素材としてはトクサ属植物、高さとしては茎の先端近く(すなわち、水面からは十分高さをとっている)、部位としてはトクサ属植物の茎(時に、茎の分岐部:写真3)を選んでいました。

ハッチョウトンボ羽化(幼虫の定位) 
写真7 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽場所選択(写真1と同一個体)

ハッチョウトンボ羽化(幼虫の定位) 
写真8 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽場所選択 (写真4と同一個体)

ハッチョウトンボ羽化(幼虫の定位) 
写真9 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽場所選択 (写真6と同一個体)

ハッチョウトンボ羽化(幼虫の定位) 
写真10 ハッチョウトンボ Nannophya pygmaea の羽場所選択(写真4,5と同一個体)

2)体軸を、重力方向に対してどんな角度におさめたのか?
  → 体軸は、鉛直線(重力方向)に対して30~40度、背方に傾いているケースがほとんどです(写真7~10)。定位に用いた支持物そのものが5~15度程度鉛直線に対して傾いていることが多く、この傾きと羽化殻自体の支持物との角度を合わせた、定位幼虫の傾きが30~40度になっているということになります。

3)天敵や突然の気象変化に対する備えはあるか?
  → 定位に用いた支持物は、水に浸った湿地の中央部から生えているトクサ属植物であるため、アリやクモなどの歩行性の捕食性節足動物によって、幼虫そのもの、あるいは羽化途上の成虫が捕食攻撃を受ける機会を大幅に減少させているでしょう。もっとも、飛翔性の捕食者や歩行性でも脊椎動物の捕食者、造網性のクモなどによる捕食は免れませんが、これは湿地の周縁や外縁で羽化するトンボにとっても同じことです。したがって、湿地の真上の空間で羽化をするハッチョウトンボの利点はそのまま残されます。
  → 突然の気象変化といえば、大雨や強風になります。トンボの幼虫も羽化の定位をしようとした際にあまりにも悪天候であれば、その日の羽化を見合わせることぐらいはしています。慎重に羽化決行日を決めて、すでに羽化を開始した後の気象急変に際しては運を天に任せるしかありませんが、羽化成虫がぶらさがっても外れないほどの「しっかり」さで支持物にしがみついていますので、ある程度までは悪天候をやりすごすことができるでしょう。

4)幼虫の胸部背面の正中線が裂開して、そこから少し硬くなりかけた成虫が脱出し、翅や腹を伸張させた時に、定位場所の周辺の植物等に触れて損傷を受けることのない、十分な広さの空間を確保しているか?
  → 写真7~10を見てすぐわかるように、いずれの場合も、定位幼虫の周囲の空間には翅を伸ばした成虫が体をばたつかせても、そして処女飛行に飛び立つ上でも邪魔になるような物体(植物など)は見当たりません。私は直接確認していませんが、トンボの幼虫が定位した後、体を動かして周囲に邪魔な構造物がないかどうかをチェックしているような動きをすることが知られています。ハッチョウトンボの場合、小型な幼虫ですので、そのような動きにはあまり期待できないかもしれません。むしろ終齢幼虫の複眼でしっかりと支持物の周囲を画像としてとらえ、「これだけ空間にゆとりがあれば大丈夫」位の判断はした上で、定位位置の自己決定をしているものと思われます。

5)6本の脚は、幼虫の体、さらにはその脱殻にぶら下がる成虫の体重をささえるために、どのように支持物を抱え込み、爪を立てているのか?
  → 写真1から6と、それを基にした考察でおわかりのように、定位時点では支持物である植物の茎につかまっていた(あるいは爪をたてていた)であろう前脚はしばしば、中脚も時には、支持物から離れることがあるものの、後脚だけはしっかりと最後まで支持物を抱え、羽化成虫の重みを縁の下の力持ちのように支えていました。特に中脚は支持物に爪をたてることで、外れるのを免れているケースが散見されました。逆に、羽化殻が支持物から外れてしまっために羽化成虫が地面(水面)に落下したケースは、私が見た限りありませんでした(もちろん、多数の観察がなされれば、そのようなケースも起こりうるとは思いますが)。

以上で、生態写真の読み解いての、ハッチョウトンボの羽化から交尾産卵までの行動・生態的な特徴のシリーズ記事は簡潔しました。

次回の最終回記事では、「付録」として、ハッチョウトンボの多産するこの小湿地で見られた、他種のトンボを取り上げます。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。




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