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2018-07-31 (Tue)
今年6月上旬に月井栄三郎さんのご案内のもと栃木県の小湿地で観察したハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 についてのシリーズ記事の最終回、8回目の今回は「コミュニティーの『隣人たち』」と題して、同じ小湿地を利用する他種トンボを取り上げます(シリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆はじめに
 ◆ハッチョウトンボの「隣人」たち
 ◆ハッチョウトンボと「隣人」たちの居住地
 ◆共同体の「隣人」間の一般的関係
 ◆同種個体群内の「隣人」関係(進化論的考察)
 ◆謝辞
 ◆引用文献
 ◆耳より情報!(『トンボ博物学』特価頒布)


はじめに

生態学では同じ地域に生息する生物の集まりを生物群集(英語表記 biotic community の直訳は生物共同体)と呼びます。

その際、すべての生物を対象としてしまうと、その実態把握のための調査は膨大なものになり、特別な予算と調査人員を投入しない限り、実現不可能となります。

ですので、通常は鳥類群集とか歩行性甲虫群集といったように、共通または類似の資源を競合しつつも一定程度 分け合って利用している、特定の分類群によって構成される生物種のセットが、調査・研究対象になります。

というわけで、この小湿地でハッチョウトンボと資源を分け合う、あるいは競い合うトンボが、今回の話題の対象となります。

本当のところ、ある生息地のトンボ群集について定量分析をからめて論議するためには、少なくとも春一番のトンボ成虫の出現から、最後のトンボ成虫が確認できた冬の初めまで、少なくとも毎月2回の調査(それも、種ごとに個体数を数え、記録する)が必要と考えます(過去記事「身近なトンボ生息地のモニタリング」参照)。

私は、大学院生時代には札幌市近郊の沼で(Ubukata 1974)、大学で教員をしていた時には釧路湿原のいくつかの生息地で(生方・倉内 2007)、そして退職後はさいたま市内の園地の池(生方 2014)で、そのような定量的分析に堪えるデータを収集する調査・研究を行いました。

したがって、今回のような、6月のわずか2日間(それも連続)、かつ午前中だけの定性的なデータ収集に過ぎない観察機会から得られるものは、この小湿地のトンボ群集のほんの一端を垣間見るにすぎません。

しかしながら、たとえわずかな記録であっても、初夏のこの時期のこの時空間を切り口とした、この小湿地のトンボ群集の特徴を、うっすらと描き出してくれるように感じます。


ハッチョウトンボの「隣人」たち

前置きが長くなりました。

ハッチョウトンボを多産するこの小湿地(写真4)で今回観察されたトンボたちを順に紹介します。

まずはヨツボシトンボ Libellula quadrimaculata Linnaeus, 1758 です(写真1)。

ヨツボシトンボ 
写真1 ヨツボシトンボ Libellula quadrimaculata  (写真はクリックで拡大します)  

ヨツボシトンボは、ハッチョウトンボと同じくトンボ科に属しますが、躯体はずっと大きく、とまる位置も写真のように、ぐっと高い(といっても1m程度)です。

ヨツボシトンボは、ふつう、もう少し水面が広く、深い池沼で繁殖しますので、今回のこの小湿地では、ハッチョウトンボと同じ共同体の「隣人」というよりも、「来訪者」という扱いのほうが実態に近いと思われます。

※ ヨツボシトンボについては、過去記事「睡蓮をバックにヨツボシトンボは鎧を見せつける」で主役として取り上げています。

次は、アジアイトトンボ Ischnura asiatica (Brauer, 1865) です(写真2)。

アジアイトトンボ♂ 
写真2 アジアイトトンボ Ischnura asiatica 

写真2アジアイトトンボは、ハッチョウトンボ成虫がよく利用するトクサ属植物に、高さや体軸の水平面に対する傾きまで同じように、とまっています。

しかし、この日の観察時間中に見かけたのはこの個体だけで、ハッチョウトンボと勢力を争うほどの集団を形成してはいない様子でした。

アジアイトトンボも、ヨツボシトンボ同様、より水面が開けた池の岸近くでよく見られる種類ですので、今回のこの小湿地をメインの生息地としてではなく、いくつかの利用可能な生息地タイプのうちの一つとして利用しているのだろうと思います。

アジアイトトンボについては、これまでに何回も過去記事(一覧はこちら)で取り上げていて、主役級でも数回登場しています。

最後は、シオヤトンボ Orthetrum japonicum (Uhler, 1858) ♂です(写真3)。

シオヤトンボ♂ 
写真3 シオヤトンボ Orthetrum japonicum ♂

写真3シオヤトンボは、この小湿地の中でも水面が比較的大き目に広がっている(といっても、せいぜい長径1m程度)窪みに接した、平たい石の上にとまっていました。

過去記事(一覧はこちら)からも伺えるように、シオヤトンボは、浅くて清冽な水が緩やかに流れる小規模な湿地を好んでいます。

その意味で、ちょっとトクサ属植物の繁茂が気になりますが、ハッチョウトンボの多産するこの小湿地は、シオヤトンボにとっても大切な生息地の一つになっているものと思われます。


ハッチョウトンボと「隣人」たちの居住地

以上、ほんの2日間弱の期間に見かけた、ハッチョウトンボの「隣人」たち(訪問者を含む)3種をご紹介しました。

その居住地の大半が写っている写真を、過去記事(シリーズ記事第1報)から再掲しておきます(写真4)。

ハッチョウトンボが生息する小湿地 
写真4 ハッチョウトンボが生息する小湿地 (シリーズ記事第1報の写真1を再掲)

画面奥の方に、ヨツボシトンボがとまっていた枯れヨシ、シオヤトンボがとまっていた大き目の水面が、それぞれ写っています。

アジアイトトンボがいたところは、写真4の撮影者の真後ろに広がる小湿地の、割合に足元近くでした。


共同体の「隣人」間の一般的関係

同じ生息地で、ハッチョウトンボと資源を巡って争うこともありうる、さらには捕食者にもなりかねない、トンボの他種をハッチョウトンボの「隣人」と表現した理由を、以下に一般論として述べておきたいと思います。

「隣人」はもちろん擬人化した表現です。

人間社会においては、「隣人」は、同じ種、国、民族、集落の一員同士という関係の中から生まれる、ある種の連帯感、仲間意識を連想させる用語です。

中にはご近所トラブルを起こす隣人や、隣は何をする人ぞと互いに無関心な隣人も、少なくはありませんが。

トンボ群集を含め、あらゆる生物群集において、種間関係は、人間の隣人関係のような共通の利益のために互いに協力しあうことがある関係ではありません。

むしろ、生物の種間関係は、資源を巡って直接・間接に争ったり、「双利共生」に見えても互いに利用しあうという、本来互いに油断のできない関係であるといえます。

それなのに、なぜ「隣人」という言葉を用いたのかといえば、長い進化の歴史の中で、資源を巡る種間の争いの帰結として、ニッチ(生態学的地位: ecological niche)の分化が成立し、同じ生息地内に類似の異種でも共存が可能となるということが、ごく普通に起きているとみられるからです。

実際、どの沼、池、川でもそれぞれのトンボの種が利用する空間は、重なることはあっても、その軸足の位置は少しずつずれていますし、利用する餌の種類やサイズ、成虫が出現する時期(Ubukata 1974)、活動する時間帯なども、わずかずつであっても互いにずれています。

このようなニッチ分化が、同一生息地内の複数種のトンボの共存を可能にし、その結果、種間にもかかわらず無駄な争いは緩和され、観察者の我々から見ても、そこそこ長閑なトンボたちの共同体があちこちに成立することになります。


同種個体群内の「隣人」関係(進化論的考察)

もちろん、同種のハッチョウトンボの同種個体群内の「隣人」関係も存在します。

そしてそれ(同種個体関係)こそ、彼らにとって本物の「隣人」関係なのですが、それは種間関係よりも、むしろ苛烈な関係になりえます。

なぜかといえば、同種内で自分が持つ遺伝子を次世代に伝えた個体のみが、その血統内での存在価値を持つように、自然選択(自然淘汰)、性選択(性淘汰)の原理が出来上がっているからです。

たとえば、1頭の成虫♂がいたとして、目の前に1頭の成熟♀が現れたとしましょう。

そのとき、横から来た同種の別♂に「どうぞ、あなたが交尾してよいですよ」と眼の前の♀を譲る行動を(遺伝子の命令として)したとしたら、その遺伝子を持つ個体は(したがって、その遺伝子も)その同種集団から消えていく運命にあります。

1970年代中葉までの日本の生態学研究者の間で有力だった進化論(今西進化論)では、生物個体を種の社会を持続させていくこと―すなわち個体維持種族維持とを全うしてゆく存在(今西 1951)としていました。

種族維持」(種の存続)のために、生物個体は行動しているということが真実であるならば、上のような同種個体間の譲歩行動(利他的行動 altruism)は、まったく問題ありません。

しかし、実際には、縁もゆかりもない相手に対して利他的行動をする生き物は存在しません。

利他的行動が見られるこ場合は、次のいずれかに限られます。
(1)血縁個体に対して譲っている(それであれば、譲った個体の持つ遺伝子に近縁度を掛けた数の遺伝子を次世代に残せる:血縁選択 Kin selection[Hamilton  1964])に過ぎない場合か、
(2)顔見知り社会が高じてお互いに裏切らない相互契約社会(人類では成立しやすい)が成立している中での、利他行動の「貸借」(互恵的利他行動 Reciprocal altruism[Trivers 1971])の一場面に過ぎない場合、
に限られるでしょう。

すなわち、「種の維持のために個体は生き、行動している」という説は間違った考えです(ドーキンス 1976;筆者による日本生態学史の一断面のスケッチは、→ 生方 2017)。

ですので、本シリーズの過去記事でも見てきたような、あの小さなハッチョウトンボでさえも、成熟♂同士が なわばり占有権をめぐって執拗に空中戦を展開したり(ただし、互いに相手に怪我をさせない:これも適応的)、また交尾直後の♀が つつがなく産卵に移行するように、伴侶♂はおせっかいに産卵場所へといざなったり、と非常にソフィストケートされた、しかし自己中心的な種内競争のかたちを見せることは、トンボ同種社会の「隣人関係」として、ごく当然のことと言えます。

実際に、私の共著書(東・生方・椿 1987)では、全編を通して、繁殖地でのトンボの行動を個体の生涯繁殖成功のための戦略という視点で記述し、分析し、解説しています。

最後はちょっと理屈っぽくなりました。

今回記事をもって、8回にわたってレポートしたハッチョウトンボ関連シリーズ記事を閉じることとします。

次回は、ハッチョウトンボの生息地に続けて月井さんにご案内いただいた、溜池群で観察したトンボについてレポートします。


謝 辞
現地をご案内くださった月井栄三郎さんに、心よりの感謝の意を表します。


引用文献
Dawkins, Richard  1976: The Selfish Gene. Oxford University Press.(リチャード・ドーキンス 1991『利己的な遺伝子』。 紀伊國屋書店)。

Hamilton, W. D.  1964: The Genetical Evolution of Social Behaviour. Journal of Theoretical Biology, 7 (1): 1–16.

東 和敬・生方秀紀・椿 宜高 1987:『トンボの繁殖システムと社会構造』。東海大学出版会。

今西錦司 1951:『人間以前の社会』。岩波新書。

Trivers, R.L. 1971: The evolution of reciprocal altruism. Quarterly Review of Biology. 46: 35–57. 

UBUKATA, Hidenori 1974: Relative Abundance and Phenology of Adult Dragonflies at a Dystrophic Pond in Usubetsu, near Sapporo. JOURNAL OF THE FACULTY OF SCIENCE HOKKAIDO UNIVERSITY Series VI. ZOOLOGY, 19(3):758-776.

生方秀紀 2014: トンボ多様性の変化を追う-トンボ成虫群集モニタリングのプロトコール-。昆虫と自然」、49 (10):11-15.

生方秀紀 2017:「北国から見た「種社会学」から社会生物学へのパラダイム・シフト」、辻 和希編『もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ 生態学者・伊藤嘉昭伝』所収。海游舎。

生方秀紀・倉内洋平 2007:  トンボ成虫群集による湖沼の自然環境の評価―釧路湿原達古武沼を例に―。陸水学雑誌、68 巻(1 ): 131-144。




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