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2018-08-18 (Sat)
今年6月2日に栃木県の農村部の溜池群を訪れた際に、体形異常を伴ったショウジョウトンボ Crocothemis servilia (Drury, 1773) の1個体を観察したので、報告し、若干の考察を行います(この溜池群のトンボについてのシリーズ記事一覧はこちら)。

目 次
 ◆ショウジョウトンボ♂の体形異常
 ◆体形異常の原因
 ◆今回観察された体形異常が引き起こすであろう、トンボの生活上の問題
 ◆引用文献
 ◆耳より情報!(『トンボ博物学』特価頒布)


ショウジョウトンボ♂の体形異常

多くのトンボが活動する溜池群のうちの一つの池のほとりで、腹部後端近くが変形しているショウジョウトンボ成熟♂が、枯草の折れた茎の先にとまっていました(写真1、2)(午後2時40分)。

ショウジョウトンボ♂体形異常 
写真1 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia ♂、体形異常個体

ショウジョウトンボ♂体形異常 
写真2 ショウジョウトンボ Crocothemis servilia ♂、体形異常個体 (同一個体)

この♂個体は、腹部第7、8節付近が、背面から見て強く右に曲がっています。


体形異常の原因

今回観察された♂個体の腹部は、比較的、整然とカーブをなすように曲がっていますので、羽化直後の体表が軟弱なときに外部の何か硬いものとの物理的接触により変形したものとは考えにくいです(もしそうなら、曲げられた側に不規則なシワが生じ、押された側にはそれ相応の凹みが生じたはずです)。

そうではなくて、遺伝子の発現のプロセスで何らかの調整ミスが生じたか、あるいは遺伝子そのものがこのような変形を引き起こす塩基配列になっていた可能性のほうが高いように思われます。

遺伝子の塩基配列に影響を及ぼす要因としては、DNA複製に際しての偶然のミスの他に、突然変異原物質、紫外線、放射線などの外部要因が挙げられます。

福島原発事故が起きてからの日本人の思考回路では、形態異常を持つ生物個体が福島県や周辺地域から発見されると、その原因を放射線のせいにしがちなのではないでしょうか。

しかし、これについては冷静な物の見方も必要と考えます。

たしかに、事故を起こした原発のすぐ近くの地域では、とりわけ事故が起きた初年度から2、3年間は、高い頻度で生物の形態異常が観察されています(例:福島県川俣町でのアブラムシ(オオヨスジワタムシ Tetraneura sorini およびクロハラヨスジワタムシ Tetraneura nigriabdominalis)幼虫の尾部の分岐、脚の欠損など(2012年の1齢幼虫で、6~13%)[秋元 2016];福島県広野町、本宮町などでのヤマトシジミ Zizeeria maha の複眼の凹み・変形、翅の変形、脚・パルピの発達不全など(2011年秋の野外採集個体で30%)[平良ほか 2016])。

しかしながら、この頻度は事故原発から遠ざかるにつれて大きく低下し、たとえば千葉県柏市での形態異常の頻度は北海道(美唄、札幌)でのそれらと同等以下のレベルになっています(アブラムシの場合[秋元 2016])。

異常率は確かに地面線量率(地面からの放射線量)と正の相関がありますが(r=0.62、p=0.06;ヤマトシジミ、平良ほか[2016]の 図5)、線量率1.4の重度汚染地域と線量率0.1の非汚染地域との異常率の相違は、前者が後者の2倍程度に過ぎません(2013年秋のデータ)。

ヤマトシジミで異常率が最大だった2011年秋のデータで比較しても、汚染地域と非汚染地域の違いは3倍です(平良ほか[2016]の図4)。

アブラムシでも、重度汚染地域と非汚染地域(平均)との異常率の相違は4倍以下です(秋元[2016]の図4と図7)。

※アブラムシの調査データはゴール(虫癭)内での死亡個体までを含むものなので、実際にゴール外で私達が目にする形態異常個体の比率はかなり低くなるはずです。

※ヤマトシジミの場合も、野外で採集した成虫から採卵し飼育したF1世代における、死亡も含む総異常率は2011~12年の場合70%を超えているとのこと(平良ほか[2016]の図4)。

つまり、人目につくような形態異常をもつ生物個体が見られたとしても、それは福島原発事故がなかった場合でも起こりうること、つまり「通常」の場合でも数パーセントの割合で、いつでも生起している出来事であると認識すべきではないでしょうか。

その上で、やはり原発事故は人為的に突然変異原たる放射性物質を大量にばらまき、高度汚染地域では実際に多くの突然変異を生物に引き起こし、高い死亡率や次世代を遺せないなどの悲惨な結果をもたらしているという現実には、目をつぶってはならないでしょう。

そして、今後このようなことが二度と起きないような政権選択をしていくことが必要と考えます。

最後は、少々、政治的な意見が口を突いて出てしまいました。
もちろんこれは個人的な見解に過ぎません。
一つの参考意見、あるいは他山の石とお考えください。

このへんで、純粋に生物学的な話題に話を戻しましょう。


今回観察された体形異常が引き起こすであろう、トンボの生活上の問題

それにしても、このように腹部先端近くが曲がった♂は、うまく交尾できるのでしょうか?

まずは、♀の翅胸背面に乗りかかって、♀の頭部と自らの尾部付属器とを連結させる段階で、かなり厳しい試練に立たされるのではないでしょうか?

正常ならば、♂の尾部付属器は♀の後頭部の中央に自然とあてがわれるのですが、この変形した♂の尾部付属器は、♀の後頭部の中央よりもかなり右寄り、つまり♀の右複眼そのものにあてがわれることになりそうです。

もし、かろうじて♀と連結することができたとしても、次に交尾態になろうと試みる際には、♂の腹端の前後軸が背面から見て斜め左前方と斜め右後方を結ぶ線になっているがために、♀の生殖口は、♂の副交尾器のある♂腹部第2,3節の位置からずっと左に離れた空中を、もどかしく揺れ動くことになるはずです。

こうして、この♂はせっかく生殖年齢に達したにもかかわらず、自らの子孫を残すことなく、一生を終えることになる可能性が高いように思われます。

次回の記事では、この溜池群で見られた他のトンボの種について簡単に紹介する予定です。


引用文献

秋元信一(2016) 福島県高線量地域におけるアブラムシ類の形態異常の年間、地域間変動。「福島原発事故による周辺生物への影響に関する専門研究会」報告書, 23-31頁。

平良渉、檜山充樹、岩崎茉世、阪内香、大滝丈二(2016) 放射能汚染地域におけるヤマトシジミの調査。「福島原発事故による周辺生物への影響に関する専門研究会」報告書, 32-411頁。



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