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2018-08-31 (Fri)
シリーズ記事「日本産ヤンマ科の系統樹」、第1回の「Bechly (1996/2007) による形態系統解析」に引き続いて、第2回の今回は、von Ellenrieder  (2002) による形態系統分析結果から日本産ヤンマ科の属の系統関係を抽出したものを紹介します。

日本産ヤンマ科の全9属23種のリストを、今回記事の末尾に前回記事から再掲しておきました。
必要に応じて参照してください。

以下の堅苦しい話を少しでも和らげるために、ギンヤンマサラサヤンマの生態写真を再掲しておきます(写真1,2)。

 目 次
 ◆はじめに:von Ellenrieder(2002)による系統解析の対象
 ◆von Ellenrieder(2002)による系統解析の方法
 ◆von Ellenrieder (2002) の分岐図に基づいた日本産ヤンマ科の系統樹
 ◆日本のヤンマ科のリスト(前回記事から再掲)
 ◆Refereces (引用文献)
 ◆【追記:分岐分類学の専門用語について】(9月1日、付記)


はじめに:von Ellenrieder(2002)による系統解析の対象

アメリカの昆虫系統分類学者である、Natalia von Ellenrieder(2002)は、前回記事で紹介したBechly (1996) のようにトンボ目全体ではなく、ヤンマ科(広義)に絞って外部形態による詳細な系統解析を行っています。

Bechlyが化石種をも観察対象としたのに対し、von Ellenriederは現生種のみを対象としましたが、観察した外部形態の数は次のように圧倒的に多いです。

von Ellenriederは、Bechlyのように翅脈に力点を置くのではなく、成虫の頭部の口器から腹部末端の尾毛に至るまでの外部形態の、さまざまな部位(48形質)を詳細に観察・比較しました。それだけではなく、幼虫の外部形態(10形質)についても、主に文献により比較しています。

ギンヤンマ ♂
写真1 ギンヤンマ Anax parthenope ♂(過去記事より再掲)(写真はクリックで拡大します)

サラサヤンマ♂(3)
写真2 サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri ♂(過去記事より再掲)


von Ellenrieder(2002)による系統解析の方法

以下、原著(von Ellenrieder 2002)から、採用された系統解析の方法の概要を紹介します(以下、である体で記述)。

分岐分析プログラム「Hennig86 (version 1.5)」を用いて、最節約樹形図* (most parsimonious trees)が探し当てられた。

*生方注:最節約法(最大節約法)とは、考えられるすべての樹形図(分岐図)の中から、形質の変化の数が最も少ないものを選び出す方法のこと。

形質の極性**は、外群***(outgroup)の属として採用したPhyllopetaliaHypopetaliaを参照して確立した。

**生方注:形質の極性とは、形質の状態(例:腹節にくびれがある or くびれがない)のどちらが祖先形質でどちらが派生形質であるかについての言明。

***生方注:外群(outgroup)とは、対象とする分類群(今回はヤンマ科)には含まれないが比較的類縁の近い分類群から選ばれたサンプル種のこと。外群の種を対象群とともに比較・分析に供することで、対象群の中での形質の進化を読み解くことができる。

すべての形質は初期状態では同じ重みづけで扱われ、事後的(経験的:a posteriori)に、次々と重みづけが実行された(詳細については原著論文参照)。

分析から934個の最節約分岐図が得られ、引き続き連続的に重みづけをしていくことで、1783個の分岐図が得られた。

これら1783個の分岐図から、(最終的に、ひとつの)厳密合意分岐図****(the strict consensus cladogram)(原著論文のFig. 20)が得られた(詳細は原著論文参照)。

****生方注:厳密合意法(strict consensus method)は、基礎となるすべての分岐図にわたって合意できる分岐図を得る方法。

※今回の記事では、「樹形図」、「系統樹」、「分岐図」を同じ意味で用いていますが、厳密に区別するならば、「樹形図」は対象となる3種以上の生物の関係を、系統関係とは無関係に(たとえば、表現型の類似度のみで)樹木の枝のような図にしたものですし、「分岐図」は(相同派生形質の共有で姉妹群を確定するのを繰り返すことで)種分化による単系統群の分岐の新旧の相対的順序を推定した図です。「系統樹」は本来、分岐図の形をとるべきものですが、祖先形質の共有によるもの(側系統群)や平行進化の共有によるもの(多系統群)を、あたかも単系統群のように扱ているケースもあります(とくにHennigの分岐分類学の登場以前には多くありました)。


von Ellenrieder (2002) の分岐図に基づいた日本産ヤンマ科の系統樹

von Ellenrieder (2002)の原著のFig. 20の中から、筆者が日本産のヤンマ科の属を抽出して系統樹(分岐図)に描いたものが、図2です(前回記事からの通し番号)。

日本産ヤンマ科(広義)の系統樹: von Ellenrieder(2002)に依拠 
図2 日本産ヤンマ科(広義)の系統樹(von Ellenrieder [2002]  に依拠) (図はクリックで拡大します)

 この、von Ellenrieder  (2002) による形態系統分析結果から得られた日本産ヤンマ科の系統樹(図2)を、Bechly (1996/2007) による形態系統解析結果から得られた日本産ヤンマ科の系統樹(図1前回記事から下に再掲)と比較してみましょう。

日本産ヤンマ科(広義)の系統樹:Bechly (1996/2007) に依拠 

図1 日本産ヤンマ科(広義)の系統樹(Bechly [1996/2007] に依拠) (図はクリックで拡大します)


 von Ellenrieder  (2002) による日本産ヤンマ系統樹のBechly (1996/2007)によるものとの比較

von Ellenrieder(2002)の系統樹と、Bechly (1996/2007) との共通点・相違点は以下の通りです。

・サラサヤンマ属 Sarasaeschna がもっとも古く分かれた点はBechlyと一致する。
・Bechlyが提案したコシボソヤンマ属 Boyeria とミルンヤンマ属Planaeschna の姉妹群は、von Ellenriederでは解消されている。
・ミルンヤンマ属、コシボソヤンマ属、アオヤンマ属 Aeschnophlebia が順次分岐して残りの5属(単系統群)と離れたというBechlyの提案は、von Ellenriederでは追認されず、分岐順未確定のまま残された。
・上記以外の5属(ヤブヤンマ属 Polycanthagyna、カトリヤンマ属Gynacantha、ルリボシヤンマ属 Aeshna、トビイロヤンマ属Anaciaeschna、ギンヤンマ属 Anax)を単系統群とした点は、Bechlyと共通している。
・その5属の中で、ヤブヤンマ属がカトリヤンマ属よりも早く(古い時期に)分岐している点、Bechlyと異なる。
・カトリヤンマ属がルリボシヤンマ属よりも早く分岐しているのはBechlyと共通している。
・ギンヤンマ属とトビイロヤンマ属が単系統群を成す点もBechlyと共通している。

以上をまとめると、von Ellenriederによる体系では、ヤブヤンマ属の相対的分岐位置がBechlyの提案よりも早い点が大きく異なり、ミルンヤンマ属、コシボソヤンマ属、アオヤンマ属の分岐順序を保留している点も異なる。

以上のように、Bechlyにくらべてはるかに多くの形質を比較検討・分析したことで、von Ellenriederが得た系統樹は、一部(それも少なくない数の分類群)の分岐順が保留で残されるという、やや裏切られた結果となっています。

これは、形質の数が多いことで、得られた分岐図相互間でのトポロジー的な矛盾の数も増加してしまうからにほかなりません。

その一方で、多くの点で分岐順や単系統群の組み合わせがBechlyによるものを追認する結果ともなっており、形態による系統分析が、方法さえ共通基盤に立てば(今回の場合はHennigを始祖とする分岐分析という共通基盤)、かなり安定して類似の結果が得られるという、信頼感を醸成するものともなっています。

そんな中で、von Ellenriederが導いた、ヤブヤンマ属がカトリヤンマ属よりも早く(古い時期に)分岐しているという結果(Bechlyの結果とは異なる)が、より真実に近づいたものなのか、どうなのかには興味が持たれます。

次回の第3回記事では、ヤンマ科についての分子系統解析の結果を紹介しますので、この「ヤブ―カトリ」先行問題を含め、改めて検討することにします。
お楽しみに。


日本のヤンマ科のリスト(前回記事から再掲)

日本には、9属23種のヤンマ科の種が分布しています(下記リスト:尾園ほか[2012]による)。

サラサヤンマ Sarasaeschna pryeri (Martin, 1909)写真2
オキナワサラサヤンマ Sarasaeschna kunigamiensis (Ishida, 1972)
コシボソヤンマ Boyeria maclachlani (Selys, 1883)
イシガキヤンマ Planaeschna ishigakiana Asahina, 1951
リスヤンマ Planaeschna risi Asahina, 1964
ミルンヤンマ Planaeschna milnei (Selys, 1883)
アオヤンマ Aeschnophlebia longistigma Selys, 1883
ネアカヨシヤンマ Aeschnophlebia anisoptera Selys, 1883
カトリヤンマ Gynacantha japonica Bartenef, 1909
リュウキュウカトリヤンマ Gynacantha ryukyuensis Asahina, 1962
トビイロヤンマ Anaciaeschna jaspidea (Burmeister, 1839)
マルタンヤンマ Anaciaeschna martini (Selys, 1897)
ヤブヤンマ Polycanthagyna melanictera (Selys, 1883)
マダラヤンマ Aeshna mixta Latreille, 1805
オオルリボシヤンマ Aeshna crenata Hagen, 1856
ルリボシヤンマ Aeshna juncea (Linnaeus, 1758)
イイジマルリボシヤンマ Aeshna subarctica Walker, 1908
ヒメギンヤンマ Anax ephippiger (Burmeister, 1839)
アメリカギンヤンマ Anax junius (Drury, 1770)
ギンヤンマ Anax parthenope (Selys, 1839)写真1
クロスジギンヤンマ Anax nigrofasciatus Oguma, 1915
オオギンヤンマ Anax guttatus (Burmeister, 1839)
リュウキュウギンヤンマ Anax panybeus Hagen, 1867


Refereces (引用文献):

Bechly, G. (1996) Morphologische Untersuchungen am Flügelgeäder der rezenten Libellen und deren Stammgruppenvertreter (Insecta; Pterygota; Odonata) unter besonderer Berücksichtigung der Phylogenetischen Systematik und des Grundplanes der *Odonata. - Petalura, spec. vol. 2: 402 pp, 3 tabls, 111 figs (revised edition with 60 pages English appendix on the phylogenetic system of odonates). (Bechly 2007から間接引用)

Bechly, G. (2007) Phylogenetic Systematics of Euanisoptera / Aeshnoptera.

尾園暁・川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。

von Ellenrieder, N.(2002) A phylogenetic analysis of the extant Aeshnidae(Odonata: Anisoptera). Systematic Entomology (2002) 27, 437-467.



【追記:分岐分類学の専門用語について】(9月1日、付記)

今回のシリーズ記事では、以下のような分岐分類学の専門用語を頻繁に使用していて、解りにくい方も多いと思います。

系統樹/分類群/トポロジー/単系統群/姉妹群/側系統群/外群/形質/共有派生形質/最節約法/ホモプラシー

これらについて、図を添えて簡潔明瞭に解説しているウェブサイトがありますので、必要な方は参照ください。


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