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2018-12-22 (Sat)
2017年9月末から10月初めにかけての四国遠征*の2日目、この日4番目の訪問地である、小河川の源流部では、案内役の飯田貢さんが採集した、ムカシトンボ Epiophlebia superstes (Selys, 1889) など3種のトンボ幼虫を観察・撮影(静止画&動画)することができました(直前の3回の記事参照)。

(* この四国でのトンボ探訪記は、シリーズ物として、これまでに20編の記事にしています[記事一覧はこちら])。

目 次
 ◆マユタテアカネ!
 ◆なんと、腹部背面に大きな穴が
 ◆穴が開いた原因は?
 ◆昆虫の体腔と血リンパ(文献から)
 ◆今回のケース
 ◆不幸中の幸い?
 ◆次回記事予告
 ◆謝 辞
 ◆引用文献


マユタテアカネ!

実は、この訪問地で見たトンボはもう1種ありました。

それはマユタテアカネ Sympetrum eroticum (Selys, 1883) (1頭の♀)です(写真1)。

マユタテアカネ♀ 
写真1 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀(写真はクリックで拡大します)

飯田さんが3種のヤゴを採集した渓流をまたぐ、小さな橋のたもとに近い林道脇の草の葉にとまっていました。


なんと、腹部背面に大きな穴が

撮影していた時点では気が付きませんでしたが、帰宅後パソコン画面で撮影画像を見たところ、腹端近くの背面に大きな穴が開いていることに気づきました。

下の写真2は、別の植物の葉にとまり替えた同じ個体を、反対方向(右側面)から写したものです

マユタテアカネ♀ 
写真2 マユタテアカネ Sympetrum eroticum ♀ (同一個体)

右側方から見た方が、その穴はより大きく見えます。

写真2の、該当部分をトリミングして拡大して見ました(写真3)。

マユタテアカネ♀腹端部拡大(傷痕) 
写真3 マユタテアカネ Sympetrum eroticum 腹部の負傷部分 (写真2の部分拡大)

腹部第7節の背面中央から右側面にわたって、外骨格(外皮)が大きくえぐられたように欠損しています。

更に拡大して見てみると、腹部背板の右側面の表面(クチクラの外面)の模様(体軸に沿った黒条)が、体の内部に押し込まれているように見えます。


穴が開いた原因は?

この見立てが正しいと仮定すると、体の外部から小さな鈍頭の硬い物が強い力で押し当てられ、外骨格が破断しながら体内に押し込まれたと考えられます。

おそらく、なんらかの肉食性節足動物がこのトンボの腹部につかみかかり、この部分に噛みついたときの傷であろうと思われます。

そのまま噛みつかれるに任せていたら、命を落としていたに違いなかろう、だからそうではなく、このトンボは敵を振り落として舞い上がり、逃げおおせることができたのだろうと、筆者の想像は膨らみます。

さて、身体にこんなに大きな穴が開いているのに、そのまま生きて活動を続けられるのか、という疑問がここで生じます。


昆虫の体腔と血リンパ(文献から)

昆虫を含む節足動物は開放血管系であり、外骨格*で覆われた体の内部の空洞部(体腔)は血リンパhaemolymphと呼ばれる体液で満たされています。

(*外骨格についてはこちらの過去記事[図入りで解説]を参照ください。)

この血リンパが、体の背面直下中央に体軸に沿ってほぼ全身を貫く背動脈拝借画像1参照)の中を往路(体後方の腹端部から前方の頭部内側に向って)のみ強制的に流動させられ、復路は体腔という大きなトンネル内を、ゆっくりと漂いながら後方に進むことで循環します。

昆虫の構造モデル(成虫)(Wikimedia Commons より) 
拝借画像1 昆虫の構造モデル(成虫)前々回記事から再掲):7. 背動脈 (図では、 赤く太い管状)Wikipedia日本語版も参照)
出典:Piotr Jaworski, PioM,17 V 2005r., POLAND/Poznań [CC BY-SA 2.0], from Wikimedia Commons

この血リンパには、血球のほかに、栄養分、酸素、ホルモン、生体防御分子などの、生きていく上で重要な成分と老廃物が含まれています(岩花 1982、相沢ほか ‎2012)。

この大切な血リンパを満たしている体腔を覆う外骨格が大きく破れるということは、人間でいえば太い静脈、リンパ管が破れて外気に触れ、外部からそこへ病原体や異物、小昆虫などが侵入したり、低血圧や運動障害を起こすなどして、その昆虫を手当てなしには死に至らせてしまいかねない状況に置くことになるでしょう。

昆虫の外骨格の小規模な傷に対しては、昆虫外骨格内の免疫応答として、抗菌性物質の蓄積やメラニン合成による傷口の修復などがある(朝野 2015)とされます。

外骨格にできた傷を観察すると、メラニン合成に伴って傷害部位が黒色化し、かさぶた様の黒色物質が形成されているようにみえる(朝野 2015)とのことです。

これにより、水分の蒸発を防ぐとともに、病原の影響をふせぐことができると考えられています(朝野 2015)。

外骨格の傷が深く、表皮を突き抜けるような場合は、血液由来の成分や血球によって傷口をふさぐと思われる(朝野 2015、Sun et al. 2006)とのことです。


今回のケース

今回のマユタテアカネのケースは上記の中の傷が深いケースに該当するといえます。

外骨格が大きく損傷を受けた直後は、血リンパの一部が流出したり、水分が蒸発するなどもしたでしょうが、血液由来の成分や血球などが空気に触れる部分を糊のように固める修復に活躍し、それ以上の血リンパの喪失や外部からの病原体や異物の侵入を抑制したかもしれません。

だからこそ、今回の写真のように、生き続け、正常に飛翔や静止を行えているのでしょう。

とはいえ、このトンボは腹部背面がえぐれていますから、背動脈も切断され、腹部第7節以降の腹節では血リンパの循環も失われ、栄養分の供給も途絶えることになります。

そのため、摂食や逃避はともかく、交尾や産卵は難しいのではないかと思われます。

なぜなら、交尾や産卵にかかわる内部生殖器への、そして腹端近くの腹節の筋肉への栄養供給の悪化や、その筋肉を支持する外骨格の損傷が生じているはずだからです。


不幸中の幸い?

翅の汚れの状態などから、撮影した時点でこの個体は、羽化後の日数はかなり経過し、生殖年齢にも達していたと想像されます。

この大きな傷を負う前に、いくらかでも子供を残していたのであれば、ここまで生きてきたトンボ成虫個体のミッションを、少なくとも一部は果たしたことになります。

トンボの世界では、成虫になる前に9割以上の個体が命を失うのが普通です。

羽化中や羽化した後でも天敵に襲われたり、風雨その他の影響による事故で次から次へと死んでいきます。

このようなことを考えると、ここまで行きながらえた今回のこの個体は、「怪我で済んだ」アンラッキーの中のラッキーな個体と見るべきかもしれません。


次回記事予告

以上で、昨年9月から10月にかけての2日間の四国トンボ探訪で見られた、全てのトンボについての紹介を終えました。

この探訪の2日目、第4の訪問地およびそこへ移動する途中では、トンボ以外にも、コオロギ、ハチに擬態した蛾、バッタ、カマキリにも出会い、それぞれ楽しい気分で撮影しました。

次回記事では、種名も添えてそれらを報告する予定です。


謝 辞
現地に案内して下さった飯田貢さんに謝意を表したいと思います。


引用文献

相沢智康、出村誠、河野敬一(2012) 鱗翅目昆虫で働く生体防御タンパク質の構造生物学, 蚕糸・昆虫バイオテック, 81, 115-123 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/81/2/81_2_115/_pdf/-char/ja

朝野 維起 2015 年.昆虫外骨格による生体防御.  蚕糸・昆虫バイオテック 84(3), 181-194
https://www.jstage.jst.go.jp/article/konchubiotec/84/3/84_3_181/_article/-char/ja/

岩花 秀典 1982 年  昆虫の病原微生物に対する防御反応
化学と生物 20 巻 9 号 p. 580-588
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/20/9/20_9_580/_pdf/-char/ja

Sun et al. 2006;朝野(2015)から間接引用。 


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