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2019-01-28 (Mon)
関東平野の1月。北東の乾いた季節風が強く吹くと空気がいくらかでも澄みわたり、さいたま市からでも場所を選べば関東の山並をずらりと見渡すことができます。

本シリーズ「さいたま市境、羽根倉橋から見た関東の山々」では、昨年1月7日(快晴の日)の午前11時過ぎに さいたま市西端の荒川にかかる羽根倉橋から眺望・撮影することができた山々を紹介しています。

3回目の今回記事では、群馬県の特有な景観を作り出しているライバルの2つの火山、赤城山榛名山、そしてその両山の間や背後に見える山々を、望遠クロ―ズアップ写真を添えて紹介してゆきます。

目 次
◆裾野は長し赤城山
◆仙ノ倉山は雲隠れ
◆子持山・小野子山も、どっこい火山だ
 1)子持山
 2)小野子山
◆輝く上越国境:上ノ倉山~白砂山
◆榛名山:ライバル赤城山と向き合う
◆赤城山と榛名山、がっぷり四つ
◆火山と原発立地
◆引用文献
◆山座同定のテクニック
◆ハッシュタグ
◆次回予告


裾野は長し赤城山

前回記事の最後でご紹介した武尊山から視線を西寄りにずらすと、広大な裾野の上に個性的な形のピークが不規則に並ぶ、赤城山がどっしりと構えています(写真1)。

赤城山 
写真1 赤城山 (写真はクリックで拡大します)

私は小学2年から高校3年まで、群馬県沼田市で過ごしたので、沼田盆地を取り囲む山々の中でも真南から真東まで裾野を広げた赤城山(あかぎやま)は、原風景の一つとなっています。

中学校の徒歩遠足で赤城山の北側の裾野(溶岩台地)にある昭和村の大河原小学校まで往復したことを当時の記念写真を見るたびに思い出します。

赤城山にかかわる思い出話はこのくらいにして、赤城山の成因についてまとめることにします。

赤城山(1828m)は日本百名山に列せられ、群馬県のシンボル的な山岳の一つです。地質調査総合センター(2016)によれば、カルデラ、溶岩ドームを擁する複成火山*(西来ほか〔2014〕では成層火山*)です。

(*注:前回記事でも同様の並列をしましたが、複成火山は「休止期をはさんで複数の噴火活動を繰り返して生成した火山」、成層火山は「中心噴火を繰り返して、火口の周りに溶岩流や火砕物などを交互に堆積してできた円錐形の火山」をそれぞれ意味します〔三省堂 大辞林〕)。

赤城山は以下のピークによって構成されています。
 黒檜山(1828 m)外輪山;赤城山の最高峰
 駒ヶ岳(1685 m) 外輪山
 地蔵岳(1674 m)  溶岩ドーム
 荒山(1572 m) 溶岩ドーム
 鍋割山(1332 m)  溶岩ドーム
 鈴ヶ岳*(1565 m) 溶岩ドーム
(*鈴ヶ岳のみ写真1に写っていない)

早川(2019a アクセス)は、赤城山の成因について、およそ以下のように解説しています。
◇ 赤城山は底径35km×22kmの裾野をもつ大円錐火山。
◇ 39万年前頃に現在の最高峰を上回る高い火山体*がつくられ、そのあと山体崩壊**があり、15万年前から軽石噴火が頻繁に起こるようになった。
◇ 7万5000年前の噴火で、噴出源に荒山から鍋割山に至る溶岩ドーム列が残された。
◇ 4万5000年前の噴火では、大沼・小沼をいだく山頂火口が形成された。
◇ 3万2000年前頃からの噴火により、火口南部での小沼タフリング(凝灰岩丘)の形成、火口中央での地蔵岳溶岩ドームの上昇が起きた。

*注:守屋(1970)によれば、この火山体は高さ2500mに及ぶ富士山に似た円錐形の成層火山。
**注:守屋(1970)によれば、黒檜山や荒山は大規模な山体崩壊以降に侵食を受けていくつかの峰に分かれた。

及川(2012)は、古文書に基づき、赤城山の最新噴火が1251年であったことを指摘しています。


仙ノ倉山は雲隠れ

赤城山からさらにカメラレンズを西寄りにずらすと、谷川岳仙ノ倉山が見えるはずですが、今回は(も)雪雲に覆われて見えていません(シリーズ初回記事写真5を参照)。

以前、羽根倉橋から荒川の約3km上流側(運動公園北東隅付近)の左岸の土手の上で、同様の撮影をした際(過去記事参照)には、辛うじて仙ノ倉山(2026m;日本二百名山の一つ)の山頂付近が木立越しに写っていました(その写真はこちら)。

佐藤(2016)によれば、谷川岳から白砂山付近に至る上越県境は、一部を除き、前期中新世~中期中新世の火山岩類・堆積岩類からなり、フォッサマグナ地域内の急激な隆起を含む活発な地殻変動を経て形成されたものです。

それに対して、近くの苗場山、飯士山(いずれも新潟県)は火山であることがわかっています(茅原ほか 1981)。


子持山・小野子山も、どっこい火山だ

仙ノ倉山の見える方向のすぐ西並びには、子持山そして小野子山が並んでいます(写真2)。

子持山、小野子山 
写真2 子持山、小野子山 


1)子持山
子持山(こもちやま; 1296 m)は、沼田盆地の南西に横たわり、子どもの目には、武尊山(こちらの過去記事に沼田公園から眺めた武尊山の写真)同様、仰向けに横たわる人の横顔に見えたものです(こちらの過去記事に沼田公園から眺めた子持山の写真)。

子持山は、私が中学生の頃、両親、姉弟全員で家族登山した思い出を宿した山でもあります。

以下は、子持山の成因のまとめです。

地質調査総合センター(2016)によれば、カルデラ、溶岩ドームを擁する複成山*(西来ほか〔2014〕では成層火山)です。

飯塚(1996)によれば、子持山の火山活動は、約160万年前の綾戸活動期、90万年前頃の前期活動期と60~20万年前の後期活動期に分けられるとのこと。
後期活動期には、大黒岩を火道とする成層火山と山頂溶岩ドームが形成されたそうです。

早川(2019b アクセス)によれば、中心火道の位置が現在の山頂から南へ1km離れている(しかも200m低い)のは,山体の南半が北半よりも深く浸食されたからということです.


2)小野子山
小野子山については、育った場所から見えない上に、素人目にはインパクトが弱い山容なので、私には特別の思い入れはありません。

地質調査総合センター(2016)によれば、小野子山(1208 m)は約130万~120万年前に活動した複成火山(西来ほか〔2014〕では成層火山)です。

中村(1997)によれば、小野子火山の活動期間は中期更新世(78.1万年前から12.6万年前)の中頃であるとのこと。

そして、小野子火山の活動は、円錐火山からなる十ニヶ岳成層火山形成期、カルデラ状地形・溝状地形を形成した山体崩壊期、山頂溶岩類流出期の3ステージに区分されるということです。


輝く上越国境:上ノ倉山~白砂山

小野子山から西寄りに眼を向けると榛名山が見えてきますが、望遠撮影した写真のコントラスト調整を行うことによって、榛名山の東寄りの角度の、はるか後方に聳える白砂山上ノ倉山の連なりが浮かび上がります(写真3)。

上ノ倉山~白砂山 
写真3 上ノ倉山~白砂山

白砂山(2140m)は、群馬、長野、新潟の境界に位置する日本二百名山の一つです。

その東に稜線(群馬・新潟県境)伝いに、上ノ間山上ノ倉山などの2000m級の山が連なっています。

中村(2005)の地質図(Fig.3)によれば、白砂山から上ノ倉山にかけての稜線部は中期中新世の原層(はらそう)で覆われています。

前述の仙ノ倉山同様、白砂山から上ノ倉山にかけての稜線部もフォッサマグナ地域内の急激な隆起を含む活発な地殻変動を経て形成されたものです(佐藤 2016)。


榛名山:ライバル赤城山と向き合う

白砂山の西寄りには、テーブル状の平な山の上にいびつな団子を並べたような形の榛名山が、赤城山と肩幅と裾の広がりを競い合うかのように鎮座しています(写真4)。

榛名山 
写真4 榛名山

榛名山(はるなさん)は、私が子供のころ、住んでいた沼田盆地を後にして関東平野の北西隅(渋川市)を通過する際に右前方(西)に姿を現す、ごつごつしたてっぺんが連なる横幅の大きな山として認識していました。

小学校5年生のバス遠足では、榛名湖と石段の温泉街である伊香保温泉を巡った思い出もあります。

榛名山(1449m)は、日本二百名山の一つ。成層火山で、カルデラ、溶岩ドーム、火砕丘から成ります(西来ほか 2014)。50万年前から活動している複成火山で最新噴火は6世紀後半~7世紀初頭とされます(地質調査総合センター 2016)。

榛名山という名の山頂はなく、掃部ヶ岳*(かもんがたけ、1449m)が 最高峰で、10を超えるピークがカルデラの縁やその内外に散在しています。

今回の写真からは以下のピークが判別できました。
 烏帽子ヶ岳(1363m)
 榛名富士(1390m)
 水沢山(1194m)
 二ツ岳(1343m)
 相馬山(1411m)
 三ツ峰山(1315m)

 *掃部ヶ岳ほか五指に余るピークは写真4では確認できません。

写真4で榛名山の肩越しに見える白い頂きは、長野県にあり、西方に志賀高原を見下ろす岩菅山(2295m)らしいことが、撮影地点からの方向と相対的高度から判断できました。

早川(2019c アクセス)によると、榛名山は底径28km×22kmの大きな円錐火山です。

中村(2005)によれば、榛名火山は中期更新世(78万年前から12万年前)に活動した古榛名火山と、後期更新世~完新世(12万6千年前以降)に活動した新榛名火山に分けられるとのこと。

古榛名火山は、榛名湖直上を火口とする円錐火山として復元されています(中村 2005;大島 1986)。

そして、新榛名火山の活動により、山頂部にカルデラ地形、山体斜面に多数の溶岩ドームや爆裂火口が形成されたといいます(中村 2005)。

以下、早川(2019c アクセス)による解説から続きの部分を抜粋します。

◇ 50万年前から30万年前の層準に榛名山を起源とする噴出物が何枚もみられ、22万5000年前と22万年前にも噴火があったとのことです(中村の定義による、古榛名山の活動)。

◇ 22万年前から4万年前までの間、榛名山の噴火は休止していたとのこと。4万年前の噴出によって、山頂火口が3.5km × 2.5kmに拡大して現在の大きさになったといいます(中村の定義による、新榛名山の活動開始)。

◇ 火口中央にある榛名富士溶岩ドームは3万年前に形成されたといいます。1万千年前に出現した相馬山溶岩ドームは南東方向に陣場岩なだれを発生させて、相馬ヶ原や榛東村陣場に流れ山を残したとのこと。そして、水沢山は、およそ1万年前に形成された溶岩ドームとのことです。

◇ 古墳時代の6世紀前半に、約30年を隔てて二回の爆発的噴火(渋川噴火と伊香保噴火)が伊香保温泉の南から起こったといいます。


赤城山と榛名山、がっぷり四つ

群馬県の平野部辺縁部に、向かい合うように並ぶライバルの2つの火山、赤城山榛名山の火山活動をざっと見てきたところで、ライバル同士の経歴や体格を比べてみましょう。

まず標高ですが、これは赤城山が380mほど高く、ライバルを上から目線で見おろしていることになります。

次に、ぐるりと腰に巻いた化粧まわしのような裾野の広がり(底径)を比べて見ると、長径では赤城山が7km上回っていますが、短径はほぼ同じで、榛名山も遜色ありません。

火山活動開始の古さで見ると、榛名山が約10万年早く、赤城山にとって先輩にあたることになります。

現在に続く山頂火口の形成時期は、赤城山が約5千年早くなっています。

最新の噴火は、赤城山が約7百年遅くなっています。

以上をまとめると、どちらも活発に噴火活動を繰り返してきた中で、上背では赤城山が、一方経験年数では榛名山が上回っているということで、互いに譲らず、がっぷり四つのまま現在に至っていると言えるでしょう。


火山と原発立地:唐突ですが

擬人化した話はこのくらいにして、全国的な視野で火山活動を考えるならば、榛名山のように十万年単位の間を置いて破局的な大噴火を起こしている火山があることから、現在活動が見られていない火山であっても、その想定される被害地域内にある原子力発電所を廃炉にしないで存続させることには、差し迫っていないとはいえ、危険性が存在するのは確かです。

今回、話に出てくる個々の火山について、その活動史を扱っている文献をネット検索していた際に、結構、原発立地と火山活動との関連を主題にした報告書に類するものがヒットしたことは、印象的でした。

福島原発事故は地震、とくに津波の影響に関して、最悪の事態に備えていなかったからこそ起きたものといえるので、火山と原発の関係についてもこの教訓を活かさなければならないと思います。

原発は、火山その他の自然災害が生じ得ない立地においても、使用済み核燃料の最終処理・管理に多大な時間と人的・物質的エネルギーを要するものであり、短期的な経済成長を担うことはあっても、人類全体の長期的な視野から見れば膨大な損失を伴うはずであり、今すぐにでも、輸出を含め排除していくべきではないでしょうか。


引用文献:

茅原一也・小松正幸・島津光夫・久保田喜裕・塩川智1981越後湯沢地域の地質.地域地質研究調査報告.
https://www.gsj.jp/data/50KGM/PDF/GSJ_MAP_G050_07075_1981_D.pdf

地質調査総合センター2016日 本 の 火 山.
https://gbank.gsj.jp/volcano/index.htm
https://gbank.gsj.jp/volcano/Quat_Vol/volcano_list.html#E

早川由紀夫(2019a アクセス)早川由紀夫の赤城山ページ:赤城火山の成り立ち.
http://www.hayakawayukio.jp/volcanoes/akagi/akagi-history.html

早川由紀夫(2019b アクセス)火山の噴火史:子持山・小野子山.
http://www.hayakawayukio.jp/volcanoes/komochi.html

早川由紀夫(2019c アクセス)群馬県火山の噴火シナリオとハザードマップ:榛名火山の成り立ち.
http://www.hayakawayukio.jp/volcanoes/haruna/haruna-history.html

飯島義之1996子持火山の地質と活動年代.岩石鉱物鉱床学会誌、91(3), 73-85.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ganko/91/3/91_3_73/_pdf/-char/ja

守屋以智雄1970赤城火山の地形学図及び地質図に関する考察.地図,8:1−9.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjca1963/8/1/8_1_1/_pdf

中村庄八1997小野子火山の地質とその基盤の構造.地球科学 51(5), 346-360.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agcjchikyukagaku/51/5/51_KJ00004411567/_pdf

中村庄八2005群馬県吾妻川流域に分布する浸食された火山の内部と基盤構造.地球科学 59 巻 1 号 p. 5-24.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agcjchikyukagaku/59/1/59_KJ00004410128/_pdf/-char/ja

西来邦章伊藤順一上野龍之内藤一樹塚本 斉2014第四紀噴火・貫入活動データベース:データ一覧.産業技術総合研究所 深部地質環境研究コア.
https://gbank.gsj.jp/quatigneous/index_qvir_datalist.php

及川輝樹2012赤城山と栗駒山の歴史時代. の噴火記録. 日本火山学会 予稿集.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/vsj/2012/0/2012_140/_article/-char/ja/

大島 治1986榛名火山。日本の地 質「 3 関 東地 方」,共 立 出版,222 −224.(中村 2005から間接引用)I.

佐藤興平(2016)谷川岳花崗岩体の年代とフォッサマグナ地域における新第三紀の珪長質火成活動.群馬県立自然史博物館研究報告,20:85-104.
http://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin20_5.pdf

ウィキペディア:(各山についての一般的な知識について参照した)。
https://ja.wikipedia.org


山座同定のテクニック:
このシリーズ記事で採用している山座同定のテクニックについては、シリーズ初回記事に詳しく紹介してありますのでご参照ください。

ハッシュタグ:
#羽根倉橋から見える山 #さいたま市から見える山 #荒川から見える山 #埼玉県から見える山 #関東の山々 #関東の山並 #群馬の山 #関東の火山 #原子力発電所と火山

次回予告:
次回記事では、榛名山から更に西にカメラレンズを向けると見えてくる、草津白根山、四阿山、浅間隠山、そして活発に火山活動をしている浅間山を、望遠クローズアップ写真を添えて眺めます。


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