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2019-02-10 (Sun)
本シリーズ「さいたま市境、羽根倉橋から見た関東の山々」では、昨年1月7日(快晴の日)の午前11時過ぎに さいたま市西端の荒川にかかる羽根倉橋から眺望・撮影することができた山々を紹介しています。

5回目の今回記事では、東御荷鉾山(写真1、右端)からずらりと南に連なる関東山地の山々を、望遠クロ―ズアップ写真を添えて紹介する予定でしたが、その成因・地質を紹介する上で基盤となる関東山地の地質帯とそれを区切る構造線について、最新(2016年)の文献に基づいてまとめたものを先にご覧いただきます。

東御荷鉾山~大持山、山名入り、その2 
写真1 関東山地の北東縁部分の遠景 (過去記事掲載写真に加筆)(写真はクリックすると拡大します)

目 次
◆関東山地は一級品のジオパーク?
◆中央構造線を西から東へたどる
◆関東山地北東部を縁取る中央構造線
◆関東山地を構成する4つの地質帯
◆関東山地を区切る地質構造線
 1)御荷鉾構造線(三波川帯/秩父帯)
 2)仏像構造線(秩父帯/四万十帯)
 3)藤ノ木ー愛川構造線(四万十帯/南部フォッサマグナ)
◆次回予告
◆引用文献
◆ハッシュタグ


関東山地は一級品のジオパーク?

関東山地範囲・定義は文献によって微妙にずれますが、ここでは「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」による以下の定義に従うことにします。

関東山地の北限は鏑川の谷、南限は酒匂川谷、西限は千曲川谷、東限は藤岡から八王子を結ぶ階段状断層崖。埼玉、山梨県境部を特に秩父山地と呼び、南部は丹沢山地と呼ぶ。」

高橋(2016)によると、この関東山地の北縁から北東縁にかけて中央構造線が走っています。

中央構造線と並走する南側の地質は、はるか四国の四万十地方などとも連続する帯状の付加体(三波川帯秩父帯四万十帯)となっており、それぞれ地層の構成要素、堆積年代が異なります。

更にその南には、フィリピンプレートが運んできた地塊が衝突してできた丹沢山地(南部フォッサマグナに属する)が控えていることから、関東山地そのものだけで、お隣の富士・箱根・伊豆の山々の助けを借りなくとも、一大ジオパークの様相を呈しています。

東京帝国大学(現:東京大学)地質学教室の初代教授ハインリッヒ・E・ナウマン肖像写真;外部リンク)が政府に地質調査所の設立を具申したのも、学生を引率して1878年に長瀞を訪れ、岩畳で結晶片岩*を見つけたことが、一つのきっかけだったといいます(西村 2017)。

(*注:結晶片岩は低温高圧型変成帯に広く見られる変成岩の一種。引用元の文中の「結晶方岩」は漢字変換ミス。)


中央構造線を西から東へたどる

さて、関東山地の北から北東部を縁取る中央構造線について、少し詳しく見ていきます。

文字表記のみによる説明では分かりにくい方は、中央構造線について解りやすく解説したサイトである、大鹿村中央構造線博物館(2019アクセス)の解説記事などを参照するとよいでしょう。

中央構造線の最新(2016年現在)の位置図(日本地図上に描画)はこちら(外部リンク、斉藤・宮崎2016)の図2をご覧ください。

斉藤・宮崎(2016)は、「白亜紀の領家変成岩類と呼ばれる地質体の南端が、三波川変成岩類と呼ばれる地質体ないしそれより新しいものに接した断層が地表に現れた"線"を中央構造線」とする定義のもとで、九州には中央構造線は存在しないとしています。

一方、高橋(2016)は九州東部の一部にも中央構造線を認めています。

斉藤・宮崎(2016)、大鹿村中央構造線博物館(2019アクセス)、地質調査総合センター(2019 アクセス)を参考に、日本列島における中央構造線の走行位置を西から東にたどると、おおよそ、以下の通りになります。

中央構造線は、四国・愛媛県の佐多岬半島沖から岸沿いに東に進み、伊予市に上陸し、松山自動車道、徳島自動車道・吉野川づたいに四国山地北縁を通り、紀伊水道を越えて、和歌山県の紀ノ川(奈良県では吉野川)づたいに東に進み、三重県では櫛田川、宮川に沿って下り、伊勢二見浦から伊勢湾の入口の伊良子水道を越え、愛知県の渥美半島の先端にいったん上陸し、半島沿いの三河湾を抜け、豊川河口付近で再上陸し、新城市を通過したあたりで北東方向にゆるやかにカーブし、佐久間ダム付近で天竜川を横断し、静岡県のJR水窪駅付近から水窪川沿いに進み、長野県に入ってからは小嵐川、上村川、三峰川、藤沢川沿いの直線的で狭くて非常に長い谷底(赤石山地の稜線と平行)を国道152号と並走し、諏訪湖の南の茅野市で糸魚川-静岡構造線にたどりついたところで、いったん途切れます。


関東山地北東部を縁取る中央構造線

いよいよ本題の、関東山地沿いの中央構造線について見ていきます。

高橋(2016)と地質調査総合センター(2019 アクセス)にもとづいて、諏訪湖以東から関東山地辺縁までの中央構造線図1;オリジナルは高橋(2016)の図3;外部リンク)をたどってみます。

関東地方の地質区分と構造線(高橋、2016を模写) 
図1 関東地方南西部の地質区分と構造線高橋(2016)の図3を模写)(図はクリックすると拡大します)

中央構造線は、糸魚川-静岡構造線でいったん途切れたあと、諏訪湖の北の岡谷インターチェンジ(以下、IC)付近で、糸魚川ー静岡構造線から横枝のように分岐するかたちで地下での走行を開始し、王ケ頭、立科町のそれぞれ深部を通って滑津川(内山峡)沿いに東に走り、佐久市相立から初谷温泉にかけて地表に現れ、県境の熊倉峰の地下を潜ってすぐに東斜面(群馬県側)に現れた後、荒船山北斜面の地下、物語山の直下をくぐり、下仁田町大北野でまた現れ、以後、関東山地の北東部の山裾沿いを走り、埼玉県の比企丘陵を過ぎたところで関東平野に潜り込み、関東平野の厚い堆積層の下を千葉県銚子方面に向かうことが想定されています。

中央構造線が関東山地の北東縁をどのように通っているかを、もう少し分かりやすく示すと、上信越道下仁田ICから東へ吉井IC付近へと続く鏑川沿いに進んで関東山地の東北隅を回り、県境の神流川を渡って埼玉県にはいると、JR八高線のすぐ西に沿って南東に進み、荒川を渡る直前からは関越自動車道の西沿いに進んで嵐山小川IC付近に至ったところで途絶えます。

この経路を、更に詳しい地名表示によって示すと、下仁田町大北野で現れて以降東に進み、標高435mの浅間山を通過したあと、石淵、堀ノ内付近で鏑川に出て更に東に進み、高崎市吉井町大沢を経て、吉井町谷で東南東に折れ、藤岡市保美を経て埼玉県美里町猪俣で南東に折れ、寄居町牟礼付近を経て嵐山町と小川町の境界を流れる市野川に沿って進み、小川町本宿と嵐山町の杉山城跡との間あたりで関東平野に潜り込みます。


関東山地を構成する4つの地質帯

高橋(2016)によると、中央構造線で北東部を縁取りされた関東山地の地質ゾーンは、3つの構造線により、大きく以下の4つの地質帯に分けられます(図1;オリジナルは高橋(2016)の図3;外部リンク)。地層の構成要素および堆積時期は主にWikipediaによります。

ーー中央構造線ーー

三波川帯:付加体;地下深部で形成された高圧型変成岩;ジュラ紀~白亜紀

ーー御荷鉾構造線ーー

秩父帯:付加体;石灰岩・チャート;石炭紀~ジュラ紀
 (※高橋(2016)は、秩父帯の西半分を北帯、中帯、南帯に3区分していますが、ここでは一括して秩父帯として扱います)

ーー仏像構造線ーー

四万十帯:付加体;白亜紀~古第三紀。砂岩、泥岩、チャート、玄武岩、斑れい岩など

ーー藤ノ木ー愛川構造線ーー

南部フォッサマグナ(丹沢山地を含む)衝突 ・付加体;水中溶岩・水中火山砕屑岩類;礫岩・砂岩;第四紀火山の噴出物(天野ほか 2007);新第三紀以降


関東山地を区切る地質構造線

関東山地を構成する4つの地質帯を区切る地質構造線の走行位置図1;オリジナルは高橋(2016)の図3;外部リンク)を、高橋(2016)と地質調査総合センター(2019 アクセス)から読み解くと、およそ以下のようになります。

関東地方の地質区分と構造線(高橋、2016を模写) 
図1(再掲) 関東地方南西部の地質区分と構造線高橋(2016)の図3を模写)


1)御荷鉾構造線(三波川帯/秩父

御荷鉾構造線の走行位置は、関東山地でのこの構造線の西端にあたる稲倉山(群馬県甘楽町南東端の雄川源流部)から、東に向かって進み、西御荷鉾山山頂、東御荷鉾山頂を経て、神流湖(下久保ダム)の上流側で神流川(群馬・埼玉県境)を越え、不動山西斜面、宝登山を経て長瀞の親鼻橋で荒川を横切り、蓑山西麓、秩父市上郷、山田、上山田、横瀬町刈米、森下、丸山、堂平山南斜面、ときがわ町捫平、越生町赤坂、戸神、梅ノ久保、黒山、毛呂山町の中在家、午頭山の西麓、獅子ケ滝上流、阿諏訪を経て、大谷木までとなっています。

ただし、小川町と東秩父村の境界の官ノ倉山頂を含む稜線とその斜面、堂平山頂、小川町の下古寺、上古寺、京田を流れる沢地の斜面のあたり、そして越生町の大高取山の山頂と北斜面には、秩父帯が食い込んでいます(オリジナルの画像は高橋(2016)の図3;外部リンク)。

御荷鉾構造線の走行位置を集落名のみで説明したのでは分かりにくいので、秩父盆地の南東隅から東の山地の一帯での走行を地形的に説明し直します。

西部池袋線正丸駅付近から 日高市武蔵台付近まで南東に流れ下る高麗川やそれと並走する国道299号線は、この一帯の秩父帯地質の走行と平行する傾向がみられます。

高麗川のこの部分の北東側谷斜面をつくる稜線をなす、刈場坂峠、檥(ぶな)峠、飯森峠、高山不動尊奥の院を経て笠杉峠に至る稜線関東ふれあいの道が走る)と、それより南西側の山地秩父帯となっており、この稜線に沿う北東斜面御荷鉾構造線が走り、その線の北東側三波川帯になります。

東御荷鉾山~大持山、山名入り、その2 
写真1(再掲) 西北西方向:東御荷鉾山~堂平山~武甲山~大持山 

写真1の中央で最前列の低山地がくぼんで隠れたあたり(毛呂山町の山麓部)に御荷鉾構造線東端があり、それより右(北)の手前側の稜線とその背後の稜線(丸山より右〔北〕)は剣ケ峰笠山を含め三波川帯となります(ただし、堂平山の頂上秩父帯が飛び地状に入っているところ)。その更に背後の東西の御荷鉾山三波川帯です。

写真1の後方の稜線のうち、丸山のすぐ左(南東)のピーク*を基点に左(南東)にだらだらとつらなり、武甲山や大持山の手前を通り過ぎて、平野面へ落ち込んでいくゴツゴツした稜線(関東ふれあいの道がある)は前述のように秩父帯に属します。

(*注:このピークから北に分岐している稜線(大野峠から白石峠を経て長瀞へ)は三波川帯ですが、写真では丸山に続く稜線の背後に隠れています)

更にその背後の武甲山武川岳子持山大持山と連なる稜線も秩父帯、そのもっと背後から顔を出している両神山(秩父盆地の西縁)も秩父帯です。


両神山~鷹ノ巣山、山名入り 
写真2(過去記事から再掲) 西~西北西方向:両神山~武甲山~雲取山~鷹ノ巣山

写真2で、両神山武甲山小持山大持山を含む稜線は前述のとおり、秩父帯に属しますが、その背後から顔を出している雲取山高丸山鷹ノ巣山などの山々は次の四万十帯に属します。

武甲山の手前(東)にあり、左(南)に下っていく低い稜線は、関東ふれあいの道がある稜線と連続していて、秩父帯です。

写真1丸山のすぐ左(南東)のピークから、写真2芋木ノドッケまでの最背後の稜線は、秩父山地の中で秩父帯が作り出した山々のオンパレードということができます。


2)仏像構造線(秩父/四万十帯

仏像構造線は、北西から南東に向って以下の順に走っています。

長野県南佐久郡川上村川端下、甲武信岳と十文字峠の間を通って、埼玉県の奥秩父もみじ湖(滝沢ダム)、秩父市落合の道の駅、秩父湖(二瀬ダム)、雲取山の頂上直下の北東斜面を通過し、東京都にはいってからは天目山(三ツドッケ)・蕎麦粒山の南西、鷹ノ巣山の北東に挟まれた沢地、奥多摩湖(小河内ダム)の東の奥多摩駅付近(奥多摩町)、鋸山、大岳山の南西斜面、あきるの市戸倉、小和田(武蔵五日市駅の南西)を通過して、八王子市上川町に至ります。

もっとすっきりと表現するなら、仏像構造線は、御岳山から、妙法ケ岳、熊倉山、大平山、天目山、三ツドッケ蕎麦粒山、奥多摩駅、大岳山を経てあきる野市の五日市付近へと走っています。

とはいえ、仏像構造線は特定の川の流路に沿うような傾向がなく、次の藤ノ木ー愛川構造線と比べると、特定しにくいです。

写真3で、御前山大岳山を含む後方から2番目の稜線の山々、およびその手前の低山秩父帯です。

雲取山~大菩薩嶺~大岳山 
写真3(過去記事から再掲) 西方向:雲取山~大菩薩嶺~大岳山

大菩薩嶺~権現山 
写真4(過去記事から再掲) 西南西~西方向:大菩薩嶺~権現山

写真3、4で、最後方の雲取山高丸山鷹ノ巣山大菩薩嶺権現山を含む稜線に連なる山々およびその背後は、すでに触れたように四万十帯です。ただし、芋木ノドッケは前述のように秩父帯に属します。


3)藤ノ木ー愛川構造線(四万十帯/南部フォッサマグナ)

藤ノ木ー愛川構造線は、丹沢山地の北の縁から南東隅までを巻くように、以下の順に走っています。

山梨県の中央自動車道の大月ICから、桂川(相模川)と中央自動車道に沿いつつ神奈川県に入り、相模湖を過ぎたところで少し南西に反れて、愛川町の中津川に沿い、宮ケ瀬ダムを通り、相模川との合流点近くまで南下したところ(伊勢原市)で地下に潜ります。

権現山~富士山~大室山 
写真5(過去記事から再掲) 南西~西南西方向:権現山~富士山~大室山

富士山~丹沢山~三ノ塔 
写真6(過去記事から再掲) 南西方向:富士山~丹沢山~三ノ塔

蛭ケ岳~丹沢山~三ノ塔~大山 
写真7(過去記事から再掲) 南南西~南西方向:蛭ケ岳~丹沢山~三ノ塔~大山

写真5で、富士山南部フォッサマグナ地域内の第四紀火山ですが、その手前で、右(北)から左(南)になだらかに裾を引いている権現山生藤山を含む稜線は、前述のように四万十帯に属します。

写真5,6、7で、その後方(南西)から盛り上がって、大室山から檜洞丸蛭ケ岳丹沢山を経て三ノ塔大山と連なる丹沢山地は、南部フォッサマグナを代表する山塊です。

写真6では、藤ノ木ー愛川構造線は大室山の右(北)麓から始まって、丹沢山地の手前(北東)の麓を流れ下る相模川沿いを走っています。

このように、藤ノ木ー愛川構造線は他の2つの構造線にくらべて、地形的に大変把握しやすい構造線ですので、中央自動車道あるいは国道20号で上野原市(談合坂あたり)を通る際には北斜面を、東名高速道で伊勢原市を通過する際には北側の丹沢山地東縁(大山山麓)を(運転中でない時にかぎって)じっくりと眺めて、地球の歴史の一場面を想起しようと考えています。


次回予告

次回記事では、関東山地のうち、北東半分を占める2つの地質帯、すなわち三波川帯と秩父帯に属する個々の山々(東西の御荷鉾山、両神山、武甲山、御前山、大岳山など)を、望遠クローズアップ写真に地質データを添えて紹介する予定です。


引用文献

天野一男・松原典孝・田切美智雄(2007)富士山の基盤:丹沢山地の地質 -衝突付加した古海洋性島弧-.in:荒牧重雄・藤井敏嗣・中田節也・宮地直道 編(2007)富士火山.山梨県環境科学研究所、所収、p.59-68.
http://www.mfri.pref.yamanashi.jp/fujikazan/original/P59-68.pdf

地質調査総合センター(2019 アクセス)地質図Navi.産業技術総合研究所. 
https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php#9,35.512,139.485

西村敏也(‎2017)長瀞観光と長瀞駅前商店街.
https://repository.musashi.ac.jp/dspace/bitstream/11149/1955/2/sogo2016_26_164%281%29_nishimura.pdf

大鹿村中央構造線博物館(2019 アクセス)中央構造線ってなに?
http://www.osk.janis.or.jp/~mtl-muse/subindex03.htm

斎藤  眞・宮崎一博(2016)中央構造線に関する現在の知見−九州には中央構造線はない−.
https://www.gsj.jp/hazards/earthquake/kumamoto2016/kumamoto20160513-2.html

高橋雅紀(2016)東西日本の地質学的境界【第二話】 見えない不連続. GSJ 地質ニュース、 Vol. 5 No. 8:244-250.
https://www.gsj.jp/data/gcn/gsj_cn_vol5.no8_244-250.pdf

ウィキペディア:(地質についての一般的な知識について参照した).
https://ja.wikipedia.org


ハッシュタグ:
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付記:写真1のラベルを次のように訂正しました(2019.2.11.):丸山を正しい位置に移動し、剣ケ峰を追加。


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