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2017-08-13 (Sun)
昨年7月上旬、東京在住のトンボ研究家、夏目英隆さんのご案内のもと、他県のトンボ生息地数カ所を見てきました。 

この素晴らしいトンボ・トリップで、いくつかの種と初対面をはたすことができました。
数回の連続記事で、それらの出会いをご紹介したいと思います。 

初回の今回は、最初の立ち寄り地、農地に囲まれた溜め池群およびその周辺の湿地や水田で撮影したトンボたちから、その1です。  

この溜め池群に挟まれた湿地には広いヨシ原が残されていて、池で羽化した均翅亜目のトンボにとっては貴重な休息場所や前生殖期を過ごす場所になっているようです。 

その湿生草原沿いの小径をゆっくりと歩きながらトンボを探すと、いました。 
緑色の胴体と大きく開いた4枚の翅、尾部付属器の形から、アオイトトンボ属の♂であることはすぐ分かります(写真1)。 

コバネアオイトトンボ未熟♂
写真1 コバネアオイトトンボ Lestes japonicus 未熟♂(1) (写真はクリックで拡大) 

夏目さん:「コバネアオイトがいますね。」 
私:「これがコバネアオイトですか。初めて見ました。」  

翅胸部がオレンジ色がかっている(金属緑色がほとんど発色していない)のは未熟なためですが、それも相俟って、コバネアオイトトンボ Lestes japonicus Selys, 1883 のこの個体は私にはとても新鮮な印象を与えてくれました。 

下の写真2は、この溜め池群の周りの小径を更に進んだところで写したコバネアオイトトンボ の別個体です。 

コバネアオイトトンボ未熟♂(2)
写真2 コバネアオイトトンボ Lestes japonicus 未熟♂、別個体。

帰宅後、図鑑等で調べてみると、コバネアオイトトンボの形態的特徴として、「後頭部が淡色であること、縁紋がアオイトトンボに比べて太短い。尾部下付属器が短い。」などが挙げられており、写真のトンボの特徴と一致しました。 

本種は青森から鹿児島までのほとんど全都府県に分布していたが、全国的に個体群の絶滅が起きていて、すでに記録の途絶えている都県もいくつかあるようです(尾園ほか、2012)。 

このような状況から、本種は環境省レッドデータでは絶滅危惧ⅠB類(EN)にランクされています。 

記録のある生息地の環境保全を行うのは勿論、真に研究に必要な場合を除いては採集を自粛することが望まれます。 

現地の話に戻します。 

写真1のコバネアオイトトンボを撮影したポイントから小径を歩み進めると、他のいくつかの種のトンボに加えて、アオイトトンボ Lestes sponsa (Hansemann, 1823) の姿もありました(写真3、4)。 

アオイトトンボ♂(1)
写真3 アオイトトンボ Lestes sponsa  

アオイトトンボ♂(2)
写真4 アオイトトンボ Lestes sponsa ♂、別個体 

写真3、4のアオイトトンボの個体は写真1,2のコバネアオイトトンボの個体よりも翅胸部の金属緑色がしっかり出ていますので、より成熟が進んでいることが伺えます。  

アオイトトンボは北海道に永く住んでいた私にとってもおなじみのトンボですので、このブログではこれまでも今回のように脇役に甘んじることが多いです。 


ですが、ブログ開始当初の記事「アオイトトンボ♂」ではちゃんと主役を務めていました。  

この両過去記事には、アオイトトンボ未熟♀、成熟して白粉を吹いた♂の写真が掲げられていますので、よろしければクリックしてご笑覧ください。  

次回記事では、この溜め池群で撮影したイトトンボ科とモノサシトンボ科のトンボを取り上げます。 

引用文献: 
尾園暁、川島逸郎・二橋亮(2012) 『日本のトンボ』 文一総合出版。


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2017-08-11 (Fri)
今年6月前半の東海地方での、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 の観察記録は、今回の記事が最後となります。

前回までの関連記事が少し長すぎるきらいがありましたので、今回は短く締めたいと思います。

前日に交尾や産卵が見られた同じ場所(小さな小川でヨシ類が茂っている場所)で、私は単独♂が単独♀に対して求愛行動をしているのを観察・撮影する機会を狙って、ゆっくりと歩を進めていました。

しかし、なかなか、というか最後まで、その機会に恵まれませんでした。

そのかわりに、そのヨシ類の茂みの隙間を縫うように飛び回る単独♂が、中・後脚をスラリと伸ばして軍配を目立たせながら飛び回る姿を頻繁に目撃することができました。

10日、11時50分から約10分間の単独♂飛行の観察で、約60回シャッターを押しましたが、その大部分がこのように軍配誇示飛行となっていました。

ピンボケ写真の山を築いた60カットの中で、なんとか見せられるレベルに撮れたもの2カットを写真1,2に掲げます。

グンバイトンボ♂、軍配誇示飛行(1)
写真1 グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂、軍配誇示飛行(1)(写真はクリックで拡大)

写真1のシーンでは、中・後脚を斜め後ろ方向に真っ直ぐ伸ばすだけでなく、左右にも若干拡げていて、ムササビ類が飛膜を拡げて滑空している様子、あるいはスキーのジャンプ選手の手足を左右に半開した空中姿勢を彷彿とさせます。

グンバイトンボ♂、軍配誇示飛行(2)
写真2 グンバイトンボ P. foliacea ♂、軍配誇示飛行(2

写真2も同様の姿勢ですが、左右への拡げ方には若干の抑制が働いているようです。

とりわけ写真1のように綺麗に軍配を見せびらかされると、♀のほうもグッと惹きつけられるのではないでしょうか?

私は、今まで、♂は♀を発見してから軍配を誇示するのだろうと思っていましたが、もしかすると♂は♀のいそうな場所では常にこのように自らの美しく立派な軍配をひけらかすように飛び回り、♀がリアクションを起こすのを狙っているのかもしれません。

軍配の誇示は、♂同士の威嚇にも使われます。
というより、♂同士の威嚇には間違いなく使われています。

以下は私の以前の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」(昨年の四国での観察)からの関連部分の抜粋です。

「(グンバイトンボの♂は)相手の♂の接近に対して立ち向かっていくときに、脚を6本とも下方に垂らし、白い軍配状の脛節が(観察者から見て)大変目立った」

「♂が相手を追いかけ、別れて、戻る時に(も)、軍配面を後方に向け、軍配を「誇示」した」

「杉村ほか(1999)の『原色・日本トンボ幼虫・成虫大図鑑』の「グンバイトンボ」の項に、次のような記述がありました。『成熟雄は<中略>縄張りを保持<中略>ほかの♂にであうと軍配状の真っ白い肢をいっぱいに広げてホバリングしながらにらみあい、体を上下にゆさぶっては徐々に上方へ移行し、頃あいをはかって別れる。♀に対しても、まず肢を思い切り拡げて自己顕示を行う。』」

「ヨーロッパに生息するPlatycnemis latipes Rambur, 1842Platycnemis acutipennis Selys, 1841の♂の中脚、後脚も日本のグンバイトンボよりも少し劣りますが、広がった脛節をもちます(参考サイト:Hyde, 2016)。」

「しかし、これら2種の♂は(少なくともフランスの当該観察地では)求愛の際に拡がった脛節を用いず、飛行中に同種♂を威嚇する際に用いるとのことです(Hyde, 2016)」

この四国での観察でも軍配誇示飛行の撮影も狙ったのですが、ピンボケばかりでした。

以上で、昨年・今年の四国・東海を股にかけてのグンバイトンボ観察の報告を終わりにします。

私が一番強い関心を抱いていた、グンバイトンボ♂が♀に出会った時にどう軍配を見せつけるのかということについては、この目で確かめるのは来年以降に持ち越されることになりました。


下記の関連記事(横綱級の軍配とか世界軍配番付)もお見逃しなく。。。。


引用文献:

Hyde, Bruce  2016 Featherleg Differences.  http://www.ipernity.com/blog/bruce.hyde/4392388

杉村光俊・石田昇三・小島圭三・石田勝義・青木典司 (1999) 原色日本トンボ幼虫・成虫大図鑑。北海道大学図書刊行会。


関連記事:
  1. 横綱級の軍配を持つトンボPlatycnemis phasmovolansは何に見えたか?

    前回の記事「世界のグンバイトンボ類、軍配サイズ番付」で公表した「世界のグンバイトンボ類、軍配サイズ番付」では、ラオス産のグンバイトンボ属の種、PlatycnemisphasmovolansHämäläinen,2003(図1、2;再掲)が見事、東の正横綱の地位を確保しました。
  2. Platycnemis phasmovolans _ photo taken by Dr Matti Hamalainen 
    図1(再掲).Platycnemis phasmovolans, photo taken by Dr. Matti Hämäläinen. 
       (Platycnemis phasmovolans♂の標本写真。Dr. Matti Hämäläinen提供)
      (写真はクリックで拡大します)

    Platycnemis phasmovolans, teneral male _ photo taken by Dr Matti Hamalainen
    図2(再掲).Platycnemis phasmovolans teneral male, photo taken by Dr. Matti Hämäläinen.
      (Platycnemis phasmovolans未熟♂の貴重な生態写真(Dr. Matti Hämäläinen提供)。 
    dranathis.blog.fc2.com/blog-entry-441.html

  3. 世界のグンバイトンボ類、軍配サイズ番付

    (この記事の正しい公開日は、2017-04-08(Sat)です。)前回の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」では、日本産のグンバイトンボPlatycnemisfoliaceaSelys,1886の♂の中脚、後脚の脛節が軍配のように扁平に拡がっていることに注目し、若干の考察をしました。属の学名Pl
    dranathis.blog.fc2.com/blog-entry-437.html

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2017-08-10 (Thu)
今年6月前半の東海地方での、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 の観察の続きです。

前回記事で取り上げた交尾に引き続き、今回は産卵活動中の♂♀カップルの行動のうち、興味深い行動要素について、時系列順に取り上げます。

晴れた日の午前11時半、この日初めての産卵行動が観察されました。
私にとって、本種の産卵行動観察は初の機会になりますので、カメラを握る手に思わず力が入ります。

今回は、連結♂が直立する連結産卵の真上方向からの撮影となりましたので、♂♀の両者に同時にピントを合わせることができませんでしたが、仕方ありません。

言い訳はこのくらいにして、まずは♀にピントがあった写真から(写真1)。

グンバイトンボ産卵開始(1) 
写真1 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 産卵開始(1)(写真はクリックで拡大)

♂も♀も翅をわずかに開いた状態です。
♀は産卵管を産卵基質(水に浸った古い枯れヨシの茎)につきたてています。

写真2は同じカップルで、♂の体前部にピントが合ったものです。

グンバイトンボ産卵開始(2) 
写真2 グンバイトンボ P. foliacea 産卵開始(2) 

♂は腹部を真っ直ぐに直立させ(ただし、この写真では、腹部第6,7節の間を若干腹方行に屈曲させていますが)、脚は完全に折りたたんで胸部腹面に密着させています。

均翅亜目トンボの連結産卵中の♂に特有のこの姿勢は「歩哨姿勢」(城門等で見張りをする兵士の立ち姿の意味)と呼ばれます。

写真3では、歩哨姿勢が若干くずれて♂は脚を少し延ばしています。

グンバイトンボ産卵、♂は歩哨姿勢
写真3 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵。♂は歩哨姿勢 

何かの拍子に、若干バランスを崩して、少し慌てたのかもしれません。

写真4は連結産卵中の♀の頭部、胸部付近のクローズアップです。

グンバイトンボ産卵、タンデム結合
写真4 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵。タンデム結合部拡大

♂の尾部付属器がしっかりと♀の前胸背板をホールドして、しっかりとタンデム(連結)の態勢を維持していることがわかります。

不均翅亜目やムカシトンボ亜目と違って、♀頭部への♂尾部付属器の連結ではありませんので、♀の頭部は♀の意思どおり自由自在に動かすことができますし、首が千切れる危険性も大幅に軽減されています。

以上は、同一カップルのほぼ同一地点での2分間前後の連続観察から拾い上げたシーンです。

以下は、4分ほど後からの、別カップルについての観察です。

写真5は、水面に倒れかかったヨシ類の葉にとまったカップルの♀が、その重みで水面下になった葉の表面に産卵動作をとっているところです。

グンバイトンボ、ヨシ類の葉への産卵動作 
写真5 グンバイトンボ Pfoliacea ヨシ類の葉への産卵動作

♀は産卵管を葉の表面に突き刺していますが、♀の腹部が第5~7節付近で(体前方から見て)反時計回り方向に捻じれています。

もしかすると、産卵管を突き刺したものの、葉の裏側に突き抜けたため、実質のあるところを求めて産卵管の先を捻じるように45度ほど回転させて、組織内(実際は葉を突き抜けた水中)を探ったのかもしれません。

というのも、写真5の1コマ前(2秒前)の写真(不掲載)では、♀の腹部は捻じれない状態で葉の表面に産卵管をつきたているからです。

もう一つ、「おやっ?」と思うのは、写真5の♀の腹部先端付近と水面との関係です。
水面が腹部先端付近の胴体に吸いつくように引き寄せられ、吊り上げられて富士山の裾野のような形に盛り上がっているように見えます。

水道水と爪楊枝で実験してみても、水はこのようにはっきりとは盛り上がりませんので、この葉の上の水に、何か粘性を生じさせる成分が含まれていたのかもしれません。

下の写真6は、産卵中の2カップルが向かい合って産卵しているところです。 

グンバイトンボ2ペア対面産卵
写真6 グンバイトンボ Pfoliacea 2カップルの対面産卵

ピントが今一つなのは、ファインダーを覗かずに、カメラを水面近くまで下ろし、山勘を頼りに方向や焦点距離を少しずつ変えながらバシャバシャとシャッターを押したうちの、よりマシな1枚だからです。

私がこんな写真を撮影していた前後の時期にフェイスブック上で、ある方がグンバイトンボの2カップルが歩哨姿勢の♂同士が左右対称に向い合うような位置取りで産卵していて、更に水面にもこのカップルが映っているという、素晴らしい作品を披露していました。

このようなローアングルでの撮影には、最低限アングルファインダーは必要だということを痛感させることとなった作品間の大きな落差でした。

下の、写真7は、産卵活動の合間に静止中の連結カップルに、別の連結カップルが左後方から接近した瞬間です。

グンバイトンボ産卵ペアに別ペア接近、歩哨♂が軍配誇示 
写真7 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップルに別カップル接近

静止中のカップルの♂は歩哨姿勢をとっていましたが、この瞬間、両後脚を左右に広げて、後方から接近する別カップルに対して軍配を誇示しているようにも見えます。

静止カップルの♂は4枚の翅も広げて振動させていて、その点は他の均翅亜目が示すことが多い警告行動と同様ですが、軍配を拡げて警告の効果をアップさせているのは、さすがグンバイトンボといったところです。

下の写真8は、接近カップルが通過し去った後の、静止カップルの様子です。 

グンバイトンボ産卵ペア、別ペア通り過ぎると軍配おろす
写真8 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップル、別カップル通過直後

♂が脚を折り曲げて、本来の歩哨姿勢に近い状態に戻りつつあることが見てとれます。

下の写真9では、産卵中のカップルに、別カップルがやはり左後方から接近しています。

グンバイトンボ産卵ペアに別ペア接近、先いた♂は翅ブルブル、接近♂は軍配誇示か
写真9 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップルに別カップル接近(事例2)

産卵カップルの♂は、翅を開いてブルブル振動させて警告していますが、脚はしっかり閉じています。

逆に接近中のカップルの♂が中脚・後脚をだらりと下げて軍配を誇示し「いやなら、どいて」と言うかのようにプレッシャーをかけているように見えます。

そういえば、この一帯では、産卵カップルが目立つ割には、適当な産卵スポットが不足していると言えなくもありません。

もし、産卵スポットが不足していたとしたなら、産卵カップル間で、産卵ポイントを巡って、一種の干渉型競争が起こりうる可能性が出てきます。

そして、このような「産卵場所を巡っての相互排斥行動にも軍配誇示が利用されことがある」という仮説を立てることができるでしょう。

下の写真10は、前述の接近カップルが通過して行く瞬間のカットです。

グンバイトンボ産卵ペア、別ペア通り過ぎるたが、軍配上げている
写真10 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵カップル、別カップル通過直後(事例2)

通過したカップルの♂の軍配はこの時点では「収納」されていますが、逆に産卵カップルの♂は後脚を若干延ばし、軍配を若干目立たせています。

下の写真11は、ほんの少し離れた場所で2つの連結カップルが、水面上に出ている枯れたヨシ類の茎に、向かい合うように静止しているところです。

グンバイトンボ、2ペア近接産卵中。 互いに緊張
写真11 グンバイトンボ Pfoliacea 2カップル近接産卵中。 互いに緊張

互いの♂が前に倒れ込めば、ぶつかり合い、絡み合う距離です。
そのためか、こちら向きの♂の左後脚が延び気味となるなど、若干の緊張感が漂っています。

まもなく、この2カップルのいるポイントにもう1カップルが左後方からやってきました(写真12)。

グンバイトンボ産卵。3ペア目がやってきた
写真12 グンバイトンボ Pfoliacea 産卵。3ペア目がやってきた

こちら向きの♂は、更に緊張して、両方の中・後脚を半延ばしして身構えています。

すぐに、この狭い産卵スポットの真ん中に、その第三のカップルが割り込むようにとまりました(写真13)。

グンバイトンボ産卵、3ペア目が割り込む
写真13 グンバイトンボ P foliacea 産卵、3ペア目が割り込む

これは窮屈です。

真ん中のカップルがこのまま、上から見て反時計回りに向きを変えようものなら、そのカップルの♀の腹部の先端が、あちら向きのカップルの♀の頭部、あるいは♂の腹部先端付近にぶつかりかねません。

これに嫌気がさしたのか、元からいた2カップルのうち、あちら向きだったカップルは飛び立って移動していきました。

残ったカップルもしばらくそこに留まりましたが、硬くて産卵に適さないのでしょう、両カップルとも相前後して移動していきました。

最後の1枚(写真14)は、産卵活動の間の静止中のカップルの♂が、眼の前に着き出した草の葉先につかまっているところです。

グンバイトンボ産卵、連結♂が草につかまる
写真14 グンバイトンボ P. foliacea産卵、連結♂が草につかまる

「歩哨姿勢も結構つらいぜ」といったところでしょうか。

もっとも、これほど格好のつかまり場所は滅多にありませんので、この後はまた頑張ってもらうしかありません。

この♀は、♂が葉につかまった状態の時にも産卵姿勢をとりました。
しかし、ご覧のとおり、この枯れ茎は硬くて産卵管が刺さりそうもありません。

まもなく、カップルはすぐ隣にある、水面上に倒れかかったヨシ類の葉にとまり替え、そこで産卵姿勢をとりました。

今回のグンバイトンボの産卵行動の観察記録(20分間)はここまでです。


産卵の際の♀の産卵器の挙動

均翅亜目のトンボの産卵の際の♀の産卵器の動きについては、文献を引用しながら、下記記事で紹介しましたので、あわせてご笑覧ください。


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2017-08-04 (Fri)
今年6月前半の東海地方での、グンバイトンボ Platycnemis foliacea Selys, 1886 の観察(前回記事「グンバイトンボのファッション:四国 vs 東海」参照)の折りには、交尾や産卵についてもじっくり観察・撮影することができました。

今回は、そのうち、交尾が完全に成立するまでのプロセスを取り上げます。

それに加えて、交尾の際に合体する♂♀の外部生殖器の構造についても、先人の研究を引用しながら確認していきます。


まずは交尾写真と交尾動画

本論に入ると、細かい話が連続しますので、まずはシンプルに、無事交尾が成立した後の今回の主役カップルの様子を、写真1とYoutubeに私がアップした動画1でご覧ください。

グンバイトンボ、交尾(1) 
写真1 グンバイトンボ Platycnemis foliacea の交尾(写真はクリックで拡大)


動画1(外部リンク)(ただし、筆者自身による作品へのリンク):
グンバイトンボの交尾:生方秀紀撮影:

この動画では、♂は、交尾環を保ったまま、腰を屈伸する動作を繰り返しています。
この動作により、♂の副交尾器(ペニス)は♀の生殖器(膣)の中をピストンのようにスライドされることになります。


ちょっと横道(1):交尾中の♂の腹部前方屈曲動作の機能

このペニスのピストン運動は、♀の膣の最奥部にある交尾嚢、さらにはそれに付随する受精嚢の中にある、以前の交尾で注入された他の♂の精子を掻き出す(あるいは奥に押し込む)機能(精子置換)を持ちます(参考動画、外部リンク:by Rüppell)。

これにより、♂は自らの精子を受精に使われやすくし、直接の子孫をより多く残す可能性を高めることができるというわけです。

参考外部リンク動画
Georg Rüppell: Dragonfly Behaviour: Demoiselle sperm removal and egg fertilization


グンバイトンボの連結ペア発見(ストーリーを最初から)

それでは、主役のカップルが交尾前連結の状態からスタートし、何度か失敗を繰り返し、最後に完全な交尾に至るまでのプロセスを時系列に沿って見ていきます。

晴れた日の午前11時過ぎ、小さな小川のヨシ類の葉にとまるグンバイトンボの連結ペアを発見しました(写真2)。

グンバイトンボ交尾前連結(1) 
写真2 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾前連結

私がカメラを構えて近づくと、このペアは連結のまま飛び立って、小川の岸沿いに数十cm離れた別のヨシ類の葉にとまりました。


交尾開始は♂の動きから

そしてそこで、♂は♀の体全体を吊り上げ、これから交尾をする意図を露わにしました(写真3)。

グンバイトンボ交尾の試み(1)
写真3 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(1)

♀は、今のところ大人しく体を真っ直ぐにして、吊り下げられたままです。

次に、♂は更に♀を吊り上げ、腹先を下前方に強くカーブさせ、♀に交尾の態勢をとることを促します(写真4)。

 グンバイトンボ交尾の試み(2)
写真4 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(2)

この段階では、♀も自分から腹部を下前方にカーブさせて、自分の外部生殖器と相手♂の副交尾器とが接近するように「協力」しています。


交尾形成における♀の役割

この♂副交尾器と♀外部生殖器との定位には♀が重要な役割を果たしているようです。

というのも、♂の副交尾器は腹部第2節にあるため、腹部を♂の意思で左右に動かせるとしても、ごく僅かな幅でしかないからです。
その上、定位しようとしている場所はトンボの大きな複眼をもってしても死角となる、頭部から見て後下方になっていますから、♀の腹先を見ながらの腹部の微妙なコントロールはできないでしょう。

それに対して♀は、自分の腹部の先端の微妙な動きを視界の中でしっかりととらえることができます。
ですので、腹部に備わる随意筋をコントロールしながら、腹部先端、とりわけ♀の外部生殖器を♂の副交尾器に定位させる主要な役割を担うことができるはずです(写真5)。

グンバイトンボ交尾の試み(3)
写真5 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(3)

しかし、ことはそう簡単ではないようです。


交尾完成にてこずる

下の写真6では、♀の腹端は♂から見て右側に反れてしまいました。

グンバイトンボ交尾の試み(4)
写真6 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(4)

♂は左後脚をわざわざ持ち上げて、♀の腹部先端のコントロールを補助しようとしているかのようです。

最初の試みは、こうして、うまくいかず、いったんまっすぐな連結の状態に戻りました(写真7)。

グンバイトンボ交尾の試み中断(1)
写真7 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み中断(1)

その後、すぐにまた交尾を試みることを再開しました。


ちょっと横道(2):♀の外部生殖器の構造

ここで問題となるのは、均翅亜目♀の複雑な外部生殖器(広義の産卵管)の、交尾の際の取り扱いです。

その中でも、とりわけカーブした鋭い針状の狭義の産卵管(正確には、産卵弁腹片と産卵弁内片の各1対が束になったもの)を、♂の腹部に突き立てて怪我をさせたり、腹部の突起にひっかけてうまく交尾できないなどのことが起きては困ります。

均翅亜目♀の腹部第8,9節にある、広義の産卵管の形態(Tillyard, 1917)については、私の以前の記事「トンボの産卵器の構造:植物組織内産卵用」から、下に再掲しておきます(図1)。

均翅亜目の産卵管(Tillyard 1917) 

図1 均翅亜目♀の広義の産卵管の形態 (drawn by R. J. Tillyard, 1917)  
図のキャプションの訳【補訳】:Synlestes weyersi Selys ♀【ミナミアオイトトンボ科】の産卵器【広義の産卵管】。ap:前方突起【産卵弁腹片】;mp: 中央突起【産卵弁内片】; st: 尖突起;v: 産卵弁【産卵弁側片】。  

上の図は、トンボの体を、頭を上、尾を下にして立てた状態の、腹部第8節後端と第9節を、トンボから見て右斜め下から眺めたものです。  狭義の産卵管(産卵弁腹片[ap]+産卵弁内片[mp])は、産卵しない時は左右の産卵弁側片(v)の間に折りたたまれて収納されています。 


ちょっと横道(3):♀の膣孔の位置

次に、交尾の際、♂のペニスが挿入されることになる、♀の膣口の位置を確認しておきます。

均翅亜目の♀の膣口(va)は、産卵弁腹片(gp8 [図1のap])と産卵弁内片(gp9 [図1のmp])
のそれぞれの基部に前後から挟まれた正中線上にあり、その襟状部位は左右からクチクラに覆われた裂片(vl)で囲まれています(図2,3)。

図2,3で、グレーに着色された部分はクチクラ(硬皮)、波線は観察者が切り取った縁です。

Calopteryx♀交尾器、腹面図、Klass、図 

図2 Calopteryx virgo (Linnaeus, 1758) ♀の腹端部の外骨格、腹面図(Klass, 2008 のFig. 4から転載(転載許可済)(reproduction permitted)
<凡例>
a: 前方腹側角における背板の拡張(側腹部の腱を支持)extension of tergum at its anteroventral corner, supporting tendon et
ag: 付属腺accessory gland
ca: 第9腹節付属肢基節間の中央内突起 central apodeme between coxae IX
cr : 膣の首輪状の(柔軟な)隆起 collar-shaped (soft) 'ridge' of vagina
CX: 付属肢基節(数字は節)coxa (number=segment)
dl: 第9腹節生殖板【産卵弁側片】の背側裂片 dorsal lobe of gonoplac IX
gl9: 第9腹節生殖板【産卵弁側片】 projecting body of abdominal limb (without stylus)= coxal lobe; gonoplac on segment IX (number=segment)
GP8: 第8腹節陰具片の硬皮 sclerite of gonapophysis (number=segment)
gp8: 腹節陰具片【産卵弁腹片】 gonapophysis (number=segment)
GP9: 第9腹節陰具片の硬皮 sclerite of gonapophysis (number=segment)
gp9: 9腹節陰具片【産卵弁片】 gonapophysis (number=segment)
gt: 第8腹節の付属肢基節の前方の腱 anterior tendon of coxa VIII, median to apdeme ga
LS8,9: 8、9腹節側部付属肢基節の腹板 laterocoxosternum (number=segment) 
MS: 腹節陰具片【産卵弁腹片】間の欠刻の前端部の硬皮 sclerite at anterior end of cleft between gonapophyses VIII
oc: 共通輸卵管の内膜に被われた部分 part of common oviduct bearing intima
PS9: 9腹節腹面後縁部の「後腹板」(機能未解明)'poststernum' at ventral hind margin of segment IX (interpretation unresolved)
sI9: 9腹節螺旋硬皮 spiracle sclerite 9
sp: 受精嚢 spermatheca
TG8,9,10: 8、9、10腹節背板tergum 8,9,10
va: 膣 vagina
vb: 膣前方のバルブ様部分【交尾嚢】 anterior bulb-like portion of vagina (bursa copulatrix)
VB: 膣基部の側方壁の硬皮sclerite in basal lateral wall of vagina)
vl: 膣開口部に沿う裂片 lobes flanking vaginal opening
VL: 膣開口部に沿う裂片上の硬皮 sclerite upon lobe vl

Calopteryx♀交尾器、背面図、Klass、図
図3 Calopteryx virgo ♀の腹端部の外骨格、背面図(Klass, 2008 のFig. 3から転載(転載許可済)(reproduction permitted)。
<凡例>
図2の凡例と共通。


♂が交尾する際には、♂の副交尾器のうちのペニスを、産卵弁腹片(gp8)のフォークの股間をすり抜けて膣口へと押し込まなければなりません。

♂の眼からは死角となる♂の腹基部腹面側で行われているこの作業を完遂させるためには、♀の♂と一心同体の協力が不可欠となります。
その際、産卵弁腹片(gp8)のフォークはペニスを膣に導く、よいガイドとなっているのかもしれません。


ちょっと横道(4):均翅亜目の膣と交尾嚢

ちなみに、♀の体内で、膣は膣口(va)から、硬皮に被われた側方壁(VB):に囲まれた管を経て、腹部第8節後端付近の腹面側にある交尾嚢(bursa copulatrix; vb)へと延びています(図2,3)。
交尾嚢からは、小枝のような形の受精嚢(sp)が突き出ています。

♂のペニスの先端ははこの交尾嚢の中まで、そしてペニスの細い枝状の末端節は受精嚢の奥まで届き、この♀と先に交尾した♂の精子を掻き出す機能を持っています。
この記事の前半でリンクした外部動画(下に再掲)を、このことに注意しながら、もう一度ご覧ください。

参考外部動画(再掲):
Georg Rüppell: Dragonfly Behaviour: Demoiselle sperm removal and egg fertilization


ちょっと横道(5):産卵の際の卵の通り道と受精

交尾嚢には、卵巣で作られた卵を運ぶ共通輸卵管(oc)が開口しており(図2)、交尾嚢を通過中の卵はそこにある精子によって受精し、トンネル状の膣の中を通り抜けて外部の産卵管へと送られ、植物組織内に産み付けられます。


ちょっと横道(6):♂の副交尾器の構造

ここで、均翅亜目トンボ♂の副交尾器の構造(図4)を簡単に見ておきます。

均翅亜目トンボの♂の副交尾器のうち、主要な役割を果たすペニス(p)は、は腹部第2節の腹側正中線上に位置し、後方にバナナのようにカーブする細長い突起となっています。ペニスの末端関節中片(mp)の先端からは反り返った突起(側鞭)(lp)が突き出ています。

均翅亜目♂の副交尾器、Tillyardより 
図4 均翅亜目のSynlestes weyersii Selys, 1868 の♂の交尾器(Copulatory apparatus)。腹面図、ペニスは向って左に(倒しながら)ずらして描かれている。Reproduced from Fig. 96  (drawn by R. J. Tillyard) of Tillyard (1917) .
<凡例>
al: 前片(anterior lamina); cl: 前片の凹部(cleft of same); fr: 枠組み(framework); 
Ip: ペニスの側鞭(lateral flaps of penis) ; mp: ペニスの末端関節中片(middle piece of distal joint of same);またはペニスの開口部(or orifice of same); p: ペニス(penis); 
ph: 後鈎(posterior hamule); st1, st3: 第一、第三腹節腹板(first, third urosternite);t2: 第二腹節背板(second urotergite) ; vp: 精子嚢(vesicle of penis). 


♂の精巣で作られた精子は、腹部第9節の生殖門から腹部第3節前端にある精子嚢(vp)に♂自身によって移されて(雄内移精)一旦蓄えられます。交尾の際には、この精子がペニスの背面(図4では、向ってペニスの右端のライン)にある膜状の溝を通ってペニスの先端(mp)に送られ(Corbet, 1999; Fig. 11.41)、更に♀の膣あるいは交尾嚢中に注入されるわけです。


ちょっと横道(7):交尾の際の♀の産卵管の位置取り

交尾の際、均翅亜目♀の鋭い針状の狭義の産卵管(産卵弁腹片[ap]+産卵弁内片[mp])は、左右の産卵弁側片(v)の間に大人しく収められていると思われるかもしれません。

均翅亜目、ムカシトンボ亜目(ムカシトンボ;不均翅亜目に含める見解もある)、不均翅亜目でも植物組織内産卵をするヤンマ科などでは、交尾の際、♀の狭義の産卵管は♂の副交尾器の外枠部分にある、交尾前鈎(hamulus anterior)、交尾後鈎(hamulus posterior)、(均翅亜目では加えて)交尾前片(lamina anterior)のそれぞれによって左右から挟まれるようにホールドされ、♂の副交尾器の基盤をなしている腹部第2節腹面の縦長の広い溝に収まります(Corbet, 1999; Fig. 11.39)


話を本題に戻します:グンバイトンボの交尾完成への道(続編)

均翅亜目のトンボの生殖器の構造、交尾の仕方に少し詳しくなったところで、私の撮影したグンバイトンボの交尾完成への道の続きを見ていきます。

最初の交尾の試みがうまくいかず、いったんまっすぐな連結の状態に戻ったところ(写真7)からのリスタートです。

まもなく、このカップルは再び交尾を試みます。

産卵管が♂の溝にまっすぐ突き立てられたり、産卵管の先端が♂の腹部第1節のほうに行き過ぎてしまったり(写真8b)と、今回もなかなかうまくいきません。

写真8aでは、産卵管が♂副交尾器の溝に収まっていないので、産卵管その物がよく見えています。

グンバイトンボ交尾の試み(5) 
写真8 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾の試み(5)
a 左上、b 右上、c 左下、d 右下

このようなことを繰り返しているうちに、♂のペニスの基部の周りに体液の粒が付着しているシーンもありました(写真9a、bとほぼ同様のシーン)。

そして、また、いったん直列タンデムに戻りました。

懲りずに、このカップルは三たび交尾を試みます。

またうまくいかないものですから、♂は後脚で♀の腹端を操作しようとしている様子を2,3度見せました(写真8c)。
体液の粒はもう見当たりません。

今度も、産卵管が右にずれたりと、うまくいかず、また直列タンデムに戻りました(これで三度目)。

四度目の正直、この直後の試みでは完成形の交尾に移行することになります。

産卵管の先が♂の第1腹節のほうに出てしまう失敗が一度ありましたが、へこたれず、つづけます。

写真8dでは、立てた産卵管が半分見えています。

下の写真9a、bでは、またもや立てた産卵管が半分見えていますが、♂のペニスの基部の周りに再び体液の粒が付着しています。
この液滴は、精子嚢からの精液が大きくこぼれたものである可能性が考えられます。

グンバイトンボ交尾の試み(6)
写真9 グンバイトンボ Platycnemis foliacea 交尾成功まで
a 左上、b 右上、c 左下、d 右下

この後、♂♀の交尾器同士がしっかりとかみ合わさり(写真9c[写真10の部分拡大])、交尾はうまくいったようです。
この間、三度目の体液の粒が確認されました。

今回の記事の冒頭でリンクした、私が撮影したグンバイトンボ交尾の動画1は、写真10の撮影の直前に同じカップルを録画したものです。

グンバイトンボ、交尾(1) 
写真10 グンバイトンボ Platycnemis foliacea の交尾(写真1の再掲)

ここで、写真9cとその少し後の写真9dを見比べてみてください。
写真9dでは、写真9cの場合よりも♂が腰を背方に引いている状態のため、♂と♀の密着度が少し低下しています。

これは、写真9dでは♂のペニスが♀の膣から半分ほど引き抜かれた状態で、写真9cではペニスが膣の一番奥まで差し込まれた状態であることを伺わせます。

交尾リングのまま、♂が腰を背腹に屈曲させる運動は、即ちペニスのピストン運動の源となっていることも、このことからわかります。

連結ペアが1回目の交尾を試み始めてから、完全な交尾になるまでに約1分間、そのまま交尾を継続してそれを解き、連結になって産卵へと向かうまでに約9分間が経過していました。


ちょっと横道(8):交尾が終った後の♂のペニスの収納

今回は、グンバイトンボの交尾が解けた瞬間の交尾器の状態を、残念ながら撮影することはできませんでした。

そこでネット上で動画検索をしたところ、同じ均翅亜目に属するアオイトトンボの1種 Lestes australis Walker, 1952 の交尾の動画(外部リンク、Nature in Motionさん)の中に、そのシーンがあるのを「発見」しました。

動画(外部リンク)
Nature in Motion: Southern Spreadwing Damselflies mating with clear view of male genitalia

この動画を、コマ送りして観察してみました。

0分48秒:交尾は、ほぼ完全挿入の状態。この後、産卵管が抜ける様子が追跡できます。
1分01秒:産卵管がすべて抜けた瞬間、♂のペニスも抜けて「自由」になっているのがよく見えます。
1分07秒:♂はペニスを腹部本体に収納する方向に倒し込みつつあります。
1分37秒:♂のペニスは完全に収納されて見えなくなっています。

これがすべて1分程度の短い時間で行われています。


おわりに

以上、長くなりましたが、文献・動画等の引用で雌雄の外部生殖器の構造を参照しながらの、グンバイトンボの交尾プロセスの観察報告は、ここまでとします。

なお、今回の観察開始は、すでに交尾前連結が完成し、これから交尾リングを形成しようとしていたところからでした。

今後、機会があれば、単独の♂が単独の♀を発見して接近し、連結するまでのプロセス、更には連結してから交尾するまでの間に行うはずの「雄内移精」(♂が腹部第9節の生殖門から腹部第3節の精子嚢に精子を写すこと)を観察・撮影したいと考えています。

グンバイトンボの産卵行動については、今回観察・撮影できましたので、次回以降の記事で取り上げる予定です。

長文へのお付き合い有難うございました。


Acknowledgement
I thank Dr. K-D. Klass for kindly permitting me to reproduce two drawings from his article.


引用文献:
Corbet, P.S. (1999) Dragonflies: Behavior and Ecology of Odonata. Ithaca, NY: Cornell Univ. Press. 829. 日本語版: コーベット著、椿宜高・生方秀紀・上田哲行・東和敬 監訳(2007)トンボ博物学―行動と生態の多様性―海游舎

Klass, K-D, (2008) The Female Abdomen of Ovipositor-bearing Odonata (Insecta: Pterygota). Arthropod Systematics & Phylogeny 66 (1), 45-142.
www.senckenberg.de/files/content/forschung/.../asp_66.../66_1_klass_45-142.pdf

Tillyard, R. J.. (1917) The biology of dragonflies (Odonata or Paraneuroptera. Cambridge University Press. (2007年までに著作権期間が終了しています。)
 

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2017-07-25 (Tue)
今年6月前半の東海地方への取材旅行で、グンバイトンボPlatycnemis foliacea Selys, 1886を観察・撮影する機会がありました。

昨年6月の四国での本種との初対面で果たせなかった、交尾や産卵についても観察・撮影できましたが、それについては次回記事で扱うことにし、今回は単独♂の観察を通して気付いたことを取り上げます。

それは、
・斑紋パターンの場所間比較
・「軍配」の「汚れ」
・採食
についてです。

このうち、採食以外は、撮影したトンボの画像を自宅のパソコンで拡大し、じっくり観察した結果、その存在が判明したものです。

最初に、今回、東海地方の生息地(A地点とします)で撮影したグンバイトンボ♂3個体の静止写真を掲げます(写真1,2a,2b,3a,3b)。

グンバイトンボ♂、東海 
写真1 グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂、東海A地点 (写真はクリックで拡大)

グンバイトンボ♂、東海(3)
写真2a グンバイトンボPlatycnemis foliacea 別の♂、東海A地点

グンバイトンボ♂、東海(3)、拡大
写真2b グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂、東海A地点(写真2aの拡大)

グンバイトンボ♂、東海(2)
写真3a グンバイトンボPlatycnemis foliacea さらに別の♂、東海A地点

グンバイトンボ♂、東海(2)拡大
写真3b グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂、東海A地点写真3aの拡大)

なぜ、似たような写真を3点掲げたかというと、四国の同種個体と比較して、写真でわかる範囲の形態差がみられた場合に、それが地域差(つまり地理的変異)を代表しているのか、それとも個体群内の個体変異の幅が大きいための相違に過ぎないのかを、ファースト・アプローチとして判定するためです。

次に、東海地方(A地点)の本種と比較するために、昨年四国(B地点とします)で撮影した同種♂の写真を、以前の記事「グンバイトンボの軍配は何のため?」から1♂を再掲(写真4a,b)し、加えて、同じ機会に撮影した別の♂の写真を掲げます(写真5)。

グンバイトンボ♂
 写真4a グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂。四国B地点、2016年6月。(再掲)

グンバイトンボ♂体前部拡大 
 写真4b グンバイトンボPlatycnemis foliacea ♂。四国B地点、2016年6月。(再掲)

グンバイトンボ♂、四国(2) 
 写真5 グンバイトンボPlatycnemis foliacea 別♂。四国B地点、2016年6月。

最初に写真1(東海A地点)と写真4a(四国B地点)をざっと見比べた際には、形態も斑紋パターンもよく似ていて、「さすが同種。何千年、何万年もの長い間、離れ離れの場所で世代を紡いでいても、形態をコントロールするゲノムというのは変わらないものだな~」と、まずは感心しました。

しかし、「でも、何かわずかな違いはあるのではないかな?」と疑って、それらの写真をあらためてじっくりと見比べたところ、次のように、いくつか違いが見つかりました。

1)「軍配」(中脚、後脚の脛節が扁平に拡張したもの)の中軸の基部付近は、四国B地点の♂では、はっきりと黒い(写真4、5; 未掲載の写真IMG_5638も同様)のに対し、東海A地点では基軸全体に白い(写真1)あるいは基部近くのごく短い部分だけが黒い(写真2、)。
ちなみに、脚の体軸寄り(内側)の面の軍配の軸は東海A地点でも基部付近は黒い(写真2b)。

2)東海A地点では、翅胸前面の上端に左右方向の黄斑がある(写真1、2、)。
四国B地点の♂には、そのような黄斑はない(写真4、、未掲載の写真IMG_5638、IMG_5731)。

3)東海A地点では、翅胸の肩黒条の上端近くの中の黄斑が連続したL字形をなす(写真1)か、あるいはその黄斑が途切れる(写真2、)。
それに対して、四国B地点では黄色が途中で途切れて分断され、横方向に黄班が延長しないため、L字形にもならない(写真4、5、未掲載の写真IMG_5638、5731)。

4)四国B地点では、腹部第2節側面の黄色斑部分の中の黒班がはっきり出ている(写真4、5、未掲載の写真IMG_5638、5731
一方、東海A地点の写真1の♂では薄いが、写真2,3の♂では、もう少し濃く、四国B地点とそれほど差がはっきりしなくなる。

5)東海A地点の写真1、2の♂は、相対的に翅が長く、それぞれ腹部第6節の70%、90%程度に達する。ただし、写真3では60%とやや短い。
それに対して、四国B地点の写真4、未掲載の写真IMG_5638の2♂では50%と短い。ただし、四国B地点の写真5、未掲載の写真IMG_5731の2♂は80%と長い。
ということで、相対的な翅の長さの平均値は東海Aのほうが高い可能性はあるが、個体群内での翅の相対的な長さの変動範囲は大幅に重なっていることがわかる。

以上をまとめると、東海A地点のグンバイトンボ♂は、四国B地点のそれにくらべて、指摘した部位の黒班の縮小傾向あるいは薄れ傾向、言い換えれば黄斑の拡大傾向を示し、その変異幅にギャップがありそうに思われます。

ただし、(4)の腹部第2節側面の黄色斑部分の中の黒班の濃さには連続的な変異が認められ、この点についての両地点間の変異幅は連続すると考えられます。
また、(5)で、東海A地点の♂では翅の相対的な長さが四国B地点よりも若干長い傾向がありますが変動幅が明らかに重なていますので大きな相違とはいえないようです。

以上は、わずか1地点のたった1日の観察に基づき、ほんの数個体同士を比較しただけなものですので、今後、両地区の幅広い地域で多数(注*)の個体を観察するならば、それぞれの変異幅の重なりは当然、より大きくなりますし、ギャップがあるように見えた部位についても重なってくることは十分考えられます。

その一方で平均値の地理的差異が統計的に有意であることは、より検出されやすくもなるでしょう。

ところで、このような地理的変異が認められる場合、それは何を意味するでしょうか?

それは、生物の進化において主要な経路をなすところの、「地理的種分化」のプロセスの1断面を垣間見ることを意味するといえるでしょう。

この話をすると長くなりますので、今回はこのへんで。

最後に、今回かかげた写真から読み取れる、生態的な知見を簡単にチェックしておきます。

写真2bをご覧ください。
4枚の「軍配」のうち3枚がそれぞれ部分的に、褐色に着色しています。

これは遺伝子が作った色ではなく、皆さんもお気づきと思いますが、外的な原因による汚れですね。
ただ、軍配はグンバイトンボ♂にとって大切な「看板」ですので、♂同士で互いに相手を追い払おうとしたときに、相手にバカにされそうですね(笑)。
そういう意味で、若干ドジを踏んだ個体といえるかもしれません。

次に、写真3bをご覧ください。
口に何か咥えています。
もちろん餌です。
小さな昆虫を口器の中で器用に回しながら食べつくしていく途中のシーンです(つまり、採食)。

♂の♀への求愛、♂同士の威嚇しあいが行われている修羅場のすぐ近くでのシーンです。
腹が減っては戦ができぬ、といったところでしょうか。

人間で言えば、サラリーマンが外勤途中でコンビニで栄養ドリンクを購入してグーッと飲むシーンを想起してしまいます。

ご苦労様です。


注*:
以前はこのような形態の地理的変異の研究のために、大量の標本採集が行われていましたが、そのような大量採取はいかに科学的研究が目的であるとしても、個体群の存続基盤を損ねるおそれがあるので、可能な限り標本の持ち帰りは自制し、写真撮影のみによる調査、あるいは採取したとしても計測または撮影後、現地で再放逐することが望ましいと考えます(大量に生息する普通種の場合を除く)。


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